「うーむ、今日は牛肉の切り下ろしが特売だな……うむ、なら今夜は肉にするか。レヴィがよく食うから少し多めに5パックにするか」
「あいよ」
ケースから牛肉を5パック掴んでディアーチェが押しているカートのバスケットに入れていく。そこには牛肉の他にも色々とお菓子や飲み物が積み込まれている。何をしているかと言えばわかりやすく暁町のスーパーで買い物だった。成人男性1人に年ごろの少女3人という組み合わせはそれなりに食べる量が多い。その中でも特にレヴィがよく食べる。成人男性二人分は普通に食べる。三人の中では一番女らしい体つきをし始めているレヴィの事を見て、シュテルは胸に栄養がいってると襲い掛かりながら言っていたのが記憶に新しい。
「うーむ、焼き肉でもいいのだが、余り変わり映えせんな……」
「そこまで深く考えるものか?」
「厨房担当だしな、我は。任されている以上はどうにか飽きない様に回したいところだ」
「普通の家なんざ大体4日ぐらいのローテーションで同じもんが回ってくるだろ。その事を考えるとかなり頑張ってるだろ」
「そうか? そうであればいいな」
「ぴよぴよ」
頭の上に完全に居ついているひよこがぴよぴよと鳴きながら同意の声を零す。こういう人間の言葉を理解したり、反応したり、対応できる動物はどうやら、この海鳴には偶に出没するらしく、珍しくはあるが驚くほどの生物ではないらしい―――つくづく、ここに来てから自分の常識が打ち砕かれている気がする。まぁ、そこらへんは深く考えない方がまだ心には優しい。
俺も、なんだかんだでこのぬるま湯の環境が心地よくて、海鳴から離れられていないのもあるし。
「しかし厨房は完全にお前の聖域だよな」
「まぁ、我が面倒を見るのが好きというのもあるが、シュテルとレヴィはそこらへん、面倒がるからな。むしろ我は貴様が普通に料理ができる事実に驚いたぞ。どう見てもピザとコーラを片手にカウチに座っているアメリカンだと思ってたのだが」
「俺、学校ではどちらかというとジョック側だったから」
苦労話を自慢した所で余り意味がないから口には出さないが―――それでも、まぁ、それなりの苦労はあった。母親は物心がつく頃には既に死んでいた。だから残されたのは自分と親父の二人だけ。収入もあまり良くなく、何時も仕事で忙しく走りまわっている親父に変わって家の面倒は自分が良く見ていた。だから料理や掃除の様な家事に関する事はそれなりに出来る様になっている。
格好悪いから、絶対にそれを口に出したくないけど。
「レパートリーは多くないけどな」
「栄養の事を考えて料理出来るだけマシだ。レヴィに任せれば食卓には肉しかならばんし、シュテルに任せると栄養第一で他の事には頭が回らんからな、全く」
そう言うディアーチェは牛乳のパックを取る様に頼んだ。それに従い、牛乳を2パック取ってカートに乗せる。それを押しながらうーむ、とディアーチェが唸る。
「味噌汁にするか、それともポタージュにするか……我自身はどちらかというと味噌汁の方が好みなのだが、レヴィとシュテルでここら辺は意見が分かれるのよな。ノア、貴様はどうだ?」
「俺か? そうだな、ポタージュが飲みたいな。ミソ・スープも嫌いじゃないけど、やっぱり慣れた味の方が落ち着くし」
「ふむ、そうなるか。では今日はポタージュにするか」
「俺の意見を通しちゃってもいいのか?」
その言葉にディアーチェはカートを止めながらにやり、と笑った。
「我の料理で文句を言えるような奴など居らんわ」
「大したもんだよ、お前は」
自信満々のディアーチェの様子に小さく笑いながら引き続き、買い物に付き合う。
買い物が終わった所で、それなりの量の買い物袋が残された。一応、ディアーチェも魔法を使えば身体能力は軽々と人間を超えるだけのものがある。魔力を体に通すだけでも成人並の身体能力を発揮することが出来る。魔法技術とはそれだけ、とんでもないモノであった。だが、ディアーチェはそうやって魔法で生活を楽にするのを嫌がっていた。その為、ディアーチェはめったなことでは魔法を使わず、誰か荷物持ちを頼んでいる。つまり、自分を荷物持ちに毎回頼んでいる。
両手いっぱいにビニール袋を握りながら、夕日が赤く暁町を染めていく。スーパーから研究所へと続く道を歩いて行く。時間的に学校から帰ってくる子供たちの時間と被り、親子の姿で道を歩き帰宅する姿や、サッカーボールを片手に公園へと急ぐ姿が見える。極々、普通の家族の姿が歩きながら見える。その姿をディアーチェが視線で追いかけているのが見えた。
「すまんな」
「気にするな」
「違う、事情に巻き込んだ事に関してだ」
「
そう言葉を返せば、ディアーチェは少しだけ驚いたような表情を浮かべ、しかし同時に溜息を吐く。
「貴様は普段からもう少しそういう姿を見せていればいいものを」
「おいおい、俺が普段から真面目にやっているとモテすぎて困るんだよ。ほら、俺の体ってば一つしかないからね、取り合いになるのは避けたいんだ」
「その戯けた言動さえなければなぁ」
にやり、と笑って返す。笑える事は恐らく、人生でもかなり大事な事に入る。だからなるべく、余裕を維持する様に、軽く茶化す様に笑みとジョークを口に浮かべる事を忘れない。それを笑顔の魔法だと自分は思っている。
とはいえ、その魔法でも出来る事と出来ない事はある。
「ノアよ」
「ん?」
「我はな……別に、魔法とか本当はどうでもいいのだ」
溜息を吐きながらディアーチェが語り出す。
「シュテルと、レヴィと、ユーリが……我らが4人揃って平和に暮らせているならそれだけでよいのだ。元の世界とかどうとか、正直そういうのに執着は薄い。魔法なんてものは存在しなければいい、ぐらいには思っている。余計な力は余計な破壊しか生まぬ。しかしそれから我らは生まれてきたのだ。なんとも皮肉な事か……」
「……」
片手を持ち上げ、小指を耳の中に差し込みながら掻き、小指を軽く弾く。そのまま、無言でディアーチェの話を聞く。
「あぁ、すまぬ。別に貴様が邪魔だと言っているわけではない。どちらかというと感謝している。特に何かをしたとは思っていないだろうが、魔法を使える人間が増えたというだけで救われる部分もあったのだ」
「……だからシュテルにもうちょっと付き合ってくれ、と」
その言葉にディアーチェが視線をそらし、頬を軽く掻いた。
まぁ―――シュテルの態度が、どことなく不審と呼べる事実は存在する。
必要以上にべたべたしている、縋っているような言動、態度。どことなく過剰とでも表現できるその態度は、普通と呼ぶには少々難しい態度だった。実際、シュテルの態度はなんというか、恋する少女を演じている。そういう部分がある様に思えた。少なくともそれが本当ではないのは、恋愛経験というものがあるのであれば解る。ただシュテルの態度は彼女自身がそれを信じようとするものがある。
そこがまた可愛らしいものだと思っているのだが。
「まぁ、付き合うだけは付き合うさ」
「すまんな」
「寧ろ世話になっているのは俺の方だろう。場所と飯用意して貰って」
「我らの都合と事情に突き合わせているから、これぐらいはやるのが筋というものだ」
「Japanese Ninkyo……!」
「我、それは違うと思うぞ?」
そうやって夕日に照らされている中で、視線を合わせてくすり、と笑う。奇妙な共同生活がここでは繰り広げられているものだと思っていた。何よりも妙なのは、まるで三人娘だけで研究所に住んでいたり、そこに新しく男が住み着いた事に対して暁町の人間が誰も疑問に思っていない事だった。そんな異常性、普通なら警察でも調べに来ることだが、
まるでそれが当然の様に、常識の様に処理されていた。
そういう意味では、研究所に当然の様に居ついてしまった自分もある意味ではおかしいのかもしれない。とはいえ、まだ出て行けるわけでもない。少なくとも自分の中にあるルールはシンプルだ。
これだ。このルールがある。そして親父の遺言は果たすと誰にでもない、自分に約束したのだ。その件もこれで最後―――調べても調べても魔法、時空管理局等の単語は全くヒットしない。疑う訳ではないが、それでも本当に存在するのか。或いはどこかの小説の設定なのか。そういう事を調べていたりもした。
だが皆無だ。
それらしい単語は存在しなかった。類似する設定はあっても、それでも違うものだと納得できるのは、シュテルやディアーチェが説明した内容があまりにも詳細で、それでいてリアルだったからだ。いや、リアリティなんてまるで欠片もない事情だ。だけど、それを言葉にする彼女たちは心の底から信じていた。その姿を自分は信じる事にしたのだ。そしてそれ以外のヒントもない。
半分、惰性で付き合っているとも言える。その感覚が少しだけ嫌だった。
「解っておるかもしれんが……世界を修復云々の話は、ぶっちゃけた話、無理な話だ」
「そうなのか?」
「うむ。いや、道具は揃っているのだ。研究所にある巨大なVR機械があるであろう? アレを使えば疑似的に歴史に介入できるのだ」
「おぉ、凄い」
これを使えばヒトラーが勝利した世界に、なんて事も出来てしまいそうだ。ある意味、存在しているだけ恐ろしい道具でもある。だが、
「何かあるんだろう?」
「まぁ、当然な」
ディアーチェは苦笑しながら歩き続ける。
「我らが実は人間ではない、と言ったら驚くか?」
「割と」
「そして?」
「ディナーにデザートを要求する」
「なんとも貴様らしいな……」
寝食を共にしておいて今更、という話だ。人間だとか人間じゃないとか馬鹿々々しいにもほどがある。
「それにお前は人間じゃないかもしれないが、こいつはひよこだ」
「ぴよ」
頭の上に居座っているひよこがサムズアップらしきポーズをとっているが、親指がないので微妙に不細工なポーズを決めている。それを見たディアーチェが小さく笑い声を零し、そして溜息を再び吐いた。
「我らはエグザミアから供給される魔力によって何とか存在を繋いでいる状態だが―――装置を稼働させるには大量の魔力が必要だ」
「成程な」
「うむ、そういう事だ。だから我は無理だと思っているし、興味もない。我は我でこの生活が続けばそれで十分だと思っているからな……我は」
自分は、と言葉をディアーチェが付け加える。少なくとも現状でディアーチェは満足しているし、それ以上を望んではいない。だがその方針はシュテルと食い違っているのは事実だ。
「だからな、我はぷっ!?」
「ぴよっ!」
話を続けようとしたディアーチェの顔面にひよこがひよこキックを叩き込んだ。それにディアーチェが言葉を中断し、蹴りを入れたひよこがサマーソルトをキメながら此方の腕の上に着地する。そこから袖を上って頭の上へと戻っていく。
「ぴょっふ」
「ん……ん!? 今我、ひよこに妨害された……!?」
「ぷ、くくく……」
頭の上に戻ったひよこは胸を張る様に自慢げな姿を披露している。その姿に笑い声を零しつつ、ディアーチェの頭を軽く撫で、前へと向かって進んで行く。
「それ以上は言う必要ないってほら、ひよこも言ってるだろ」
「ひよこが。我を」
ひよこに負けた女ディアーチェという言葉が一瞬脳内を駆け巡る。ディアーチェは一瞬だけショックを受けたような表情を浮かべたが、次の瞬間には小さく笑い声を零しながら、小走りで追いつき、横に並んでくる。
「まぁ、我も少しらしくはない事を口にしたと思う」
「ほう、つまり?」
「良かろう、我がとっておきのデザートを追加しよう」
「よし!」
「ひよこにな!」
「Fuck」
頭の上で勝利のポーズを取るひよこの姿を感じ取りつつ、小さく笑い声を零しながら研究所に到着する。そのまままっすぐ家にまで帰り、扉を開けるとレヴィが飛び込んでくるので、デコイ用に飛び込んでくるレヴィの背後へと向けてお菓子の箱を一つ投げる。
空中でUターンしてレヴィがお菓子を回収してリビングの方へと一瞬で消える。
「あ、お帰りー」
そんな声がリビングの方から漸く聞こえて来る。そして明らかにお菓子を待たずに食べ始める気配を。それを追いかける様に頭から飛び降りたひよこがリビングの方へと消えていき、そこからレヴィと争う様な騒音が響き始める。
「……」
その様子を自室から首だけを出したシュテルが確認する。
片手に分厚い辞書を抱えたシュテルがそれを半分引きずる様にリビングへと向かい―――二度、衝突する様な音が響いた。静かになったリビングからシュテルが出現し、そのまま自室に戻っていく。
「読書中だったかー」
読書中のシュテルはそれを邪魔されると鬼の様にキレる。その結末がアレである。
「……こんな日常がずっと続けば良いのだがな」
「ま、何もしなければ続くんじゃないか」
ディアーチェの呟く言葉に応えながら帰宅する。
ここでの生活にも、だいぶ―――馴染んできた。
日常的な雑用とかやったり、後漸くバイトを見つけたりして働く産廃。
ひよこは恐らくメインヒロインであるに違いない……!