※この作品はR-18です。

Lost Materials   作:てんぞー

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Seaside City Ⅲ

「だーかーらー」

 

 レヴィが臨海公園でバルニフィカスを片手にしながら手を大きく振るっている。ひよこを頭に乗せたまま、レヴィの放つ言葉に耳を傾けているが、呆れ半分でどうしたもんか、という形で困っているのが事実だった。バルニフィカスを片手に、レヴィは手を振るう。そうする事によって空間に幾何学模様の線が走る。見た感じ、その線が何を意味するのかを理解するのは難しいだろう。だが拡大される幾何学模様の中には、それぞれ小さな図式や文字、数字が刻まれている。それが一つ一つ意味を作り、巨大な模様が一つの形を生み出すというのが、自分の今の知識から理解できる。

 

 だがその精密さ、密度が異様だ。

 

 この浮かび上がっている模様は術式だ。魔法を使う為の術式である。

 

「魔法は儀(・)式(・)で(・)も(・)信(・)仰(・)で(・)も(・)な(・)く(・)技(・)術(・)なんだよ。どちらかと言えば数学に近い感じで」

 

「知ってるぜ」

 

 レヴィの真似をするように手を前に出し、ダイヤルを掴む様に空間を回してゆく。それに合わせ、フレームワークの様に空間に黒色の魔力が走る。それが空間に形を刻み、レヴィがやったように術式を空間に刻む様に幾何学模様が広がって行くが―――それはレヴィの半分も届かない。つまり、自分が記憶していられる限界だ。しかもレヴィの力強く滞空する術式とは違い、こちらは切れかけのネオンの様に偶にちかちかと光りながらその輝きを失って行き、

 

 やがて、電源を落とすかのように完全に光を失った。

 

「Ah, not what I expected to be……」

 

 電気の切れた看板状態の術式を眺め、消え去った虚空をしばらく眺めているとレヴィがだーかーらー、ともう一度言葉を口にする。

 

「術は全部覚えないと意味がないんだってば。その上で湿度、温度、風向き、次元の影響力、それらの要素を加味してリアルタイムで魔法の細かい部分を調整していくんだよ。魔法は技術。つまり法則によってコントロールする事の出来る現象なんだから、覚えて適応しないと意味がないんだってば」

 

「覚えていられるお前らがおかしいんだよ」

 

 少なくとも当たり前の様に30桁の数字を複数覚える必要があるうえで、それらを計算に使うのだから更に複雑化する。それをレヴィは暗記しているのだというから、普段は馬鹿っぽく見えていても、その脳のスペックは常人では測り切れないレベルで高いのが良く解る。少なくとも自分はその三分の一も無理だった。今自分が広げようとして失敗した術式は、召喚魔法のそれだ。

 

 つまり曲芸に使っている召喚と送還の術式だ。これ一つを暗記するのに1週間ほどの時間がかかった―――遅い、とレヴィには煽られているが、とてもじゃないが人間が覚えるような構造をしていない。それを覚えられただけ、褒めても良い事だと思っているのにレヴィは更にこの先を学べと教えてくる。今日、こうやって臨海公園で魔法の練習をレヴィに教わりながらやっているのはまたレヴィが遊びに連れ出す様に魔法を教えてくれるからだった。

 

 ぶっちゃけ、召喚と送還があればもうそれだけで便利だから魔法に関しては満足しているのだ。だが、レヴィは本来の適性のスペックをフルで発揮できるならそんなものじゃないと魔法を教え込んでいた。

 

 ちょっとめんどくさい。

 

 もっとできる、とか魔法の話をされてもぶっちゃけ、使うところがないのだ。破壊力を追求できるとか言われてもそれ、何に使うの? と言いたくなるような平和な街だし。だから魔法を覚える事に対しては消極的だった。とはいえ、レヴィは教えている間、楽しそうにしていた。

 

 だったらそれを断って嫌な気分にさせるのも良くないだろう。

 

 まぁ―――適度な暇潰しだった。

 

「つってもな、覚えるだけでも大変なんだよ……!」

 

「えー、そうかなぁ。頭の中で数式を構築するだけだよ?」

 

「出来るか。これが限界だわ」

 

 もう一度空間をひねる様に術式を空間に刻みだす様に出現させる。それによって浮かび上がった姿を見て、何とか片手をもう片手で握って支え、しばらく浮かべ続けながらその様子を見ようとする。だが一秒、一秒過ぎていくたびに少しずつちかちかと光を失い、最終的に消えてしまった。

 

「はぁー……集中が持たねぇ。頭の中に抑え込んでおくだけなら何とか出来るんだけどな」

 

「普通、魔法を使うときはいったん、魔法陣を展開してから発動させるから、一切外に出さないノアのやり方はけっこー異端なんだけどね」

 

「そうなのか?」

 

「そーだよ。そもそも魔法って技術による現象発生のコントロールなんだから、それが内側じゃなくて外側へと向かって発生するのは当然じゃん。だから術式を抱えるというのは空間に対する干渉ではなくて自己に対する干渉なんだよね……なんで発動できてるんだろ?」

 

「さぁ……?」

 

「ぴよぉー?」

 

 頭の上のひよこも羽を組んで首をかしげている。本当に芸達者な奴だった。とはいえ、本当に魔法技術に関しては俺は素人だ。レヴィが当然の様にやっていることさえ出来る訳でもない。一つ一つやるのに滅茶苦茶苦労しているし、頑張った所で到達できる訳でもない。まぁ、やる気があるという訳でもないのだが。

 

 或いは本気を出すことが出来れば、やる気で満ち溢れれば結果の一つや二つ、鼻歌交じりに乗り越える事も出来るのかもしれない。

 

 だがそこまで取り組む様な事でもなかった。

 

 ともあれ、半径20メートルという距離の制限はあるものの、その範囲内であればそれなりに高い精度で召喚行動が自由に行えていた。無機物相手であれば即座に手元に引き寄せたり、好きな場所へと飛ばしたり。変な使い方ばかり上手くなっている自覚があった。とはいえ、それを支える筈の基礎や下地という部分は皆無であり、

 

「うーん、やっぱり初歩的な訓練とか教育から始めた方が良いのかなぁ」

 

「最初からそうしろよ」

 

「でもさぁ、魔法が使えているってことはある程度の下地自体はあるってことなんだよね。本当に何の準備も出来てなかったらそもそもリンカーコアから魔力を取り出す事さえも一苦労な筈だし。魔法が使えるって事はちゃんと才能がある証なんだよね。だから今更初歩的な事をやらせても意味が薄いしなー」

 

 息を吐きながら手を下ろし、軽く振るって指先と手首をほぐす。レヴィが課してくる魔法訓練は意外とハードだった。魔力を使い込むと、体の中の何かが締め付けられるような苦しみを覚えるし、ひたすら試行し続けなければいけないので、頭の中はヒートアップしている。それを維持しながら体を動かしたりしないといけないので、これが滅茶苦茶大変なのだ。

 

 まぁ、マルチタスクを学んでからは多少なりとも楽となったのだが。

 

 ミッドチルダという魔法文明ではどうやら、このマルチタスクによる思考分割がデフォルトの技能らしい。

 

 魔境か。

 

 しかも魔法技術で大体常に殺し合っている。

 

 怖いわ。

 

 改めて、魔法文明が根絶されたという事実に安心感を覚えながらも、自分が身に着けて行く魔法技術は便利なものが多いと思う。特にマルチタスクは一つの事に集中しておきながらその集中力を落とさずに別の事を同時に考えることが出来る技能だ。便利なのにも程がある。

 

「やっぱレヴィが使っているバルニフィカスみたいなデバイスを持つのが一番楽そうだな」

 

「まぁ、そうなんだけどねー」

 

 レヴィがバルニフィカス―――片手で握る機械式の杖の様なものを振るう。シュテルが保有するルシフェリオン同様、これは魔導士の戦闘行為を補助するための道具であり、デバイスと呼ばれるものらしい。ユーザーの代わりに魔法陣を生み出したり術式を記録し、詳細な計算などを代替してくれる。その為、デバイスにそういう演算を任せてユーザーは魔法を使う事だけに集中できるのだ。これがあれば今、自分が経験しているような苦しみを回避できる優れものでもある。

 

「まぁ、バルニフィカスは僕専用で、ルシフェリオンとエルシニアクロイツも専用にチューンされているから貸して使わせる事も出来ないんだよねー。デバイスを新しく作るだけの材料も技術もないし。残念だけどなしで頑張って貰わなきゃダメかな」

 

「俺もかっこいいアイテムが欲しかったなぁ」

 

「あ、解る解る。皆、専用のデバイスの一つは憧れるんだよね。格好いいし」

 

 そう言うとバルニフィカスを変形させてレヴィがポーズを決める。刀モードへと変形したレヴィのバルニフィカスが振るわれ、それをバク転で回避しながら軽く距離を取る。くるくると回転させるデバイスをレヴィは更に変形させ、大剣モードへと切り替えてもう一度ポーズを決める。その間も一切浮かべている術式に揺らぎはなく、完璧に維持している。つまりデバイスの操作と、魔法の維持をマルチタスクでしっかりと分割して試行しつつ、集中力を揺らがせていないという証でもある。

 

 子供の姿をしていながら、怪物的な頭脳だった。

 

 普段はどことなく抜けているような発言が目立つレヴィではあるが、魔法という分野においてはプロフェッショナルである事は明白だった。

 

「危ないだろお前!!」

 

「いや、ノア避けるじゃん。というか魔法を使ってもいないのに良く避けられるよね。もしかしてナントカツルギ流とかいう流派の生徒だったりする?」

 

「何を言ってるんだお前は」

 

「え? 知らないの?」

 

 レヴィがそういいながら魔法を使った素早い動きを見せながら刀モードのバルニフィカスを振るう。その斬撃が時折此方へと飛んでくるのを紙一重で何とか回避しつつ、その動きについて来れないひよこを片手で掴んで避難させる。

 

「こう……こんな、こんな感じで残像とか出して戦える人達だよ。魔法なしで」

 

「フラッシュまでいたのか日本には。やべーな」

 

「多分海鳴だけだと思う」

 

 話を聞けば聞くほど魔境と化していく海鳴。一体この土地はどんな大罪を犯したのだろうか、気になってくる。ひよこを再び頭の上へと戻しながらバルニフィカスを杖に戻したレヴィの姿に軽くため息を吐き、頭の上のひよこを軽く撫でた。なんだかんだでひよこを頭に乗せる生活にも慣れてしまった。

 

「というか危ないからそれぶんぶん振り回すのやめろ」

 

「え、大丈夫だよ。死にはしないから! ただちょっと吐いて漏らすほど痛いだけの非殺傷設定だから!」

 

「それ、社会的に死ぬって言うんだぜ」

 

 はぁ、とため息を吐いた。まぁ、魔法で生活が便利になるのは別に良いのだが、ここまでハードとなるとやる気をなくす。それとも外付けで何か、術式を覚えていてくれる媒体でも用意すればいいのだろうか?

 

「んー、スマートフォンにそういう感じのアプリを作って入力すればいいか……?」

 

「代演するのはスマホでも出来ると思うけど、魔力を通す様にできてないからスマホ壊れるよ」

 

「駄目かぁ」

 

 今のは結構いけるかと思ったのだが、まぁ、そもそも魔力とか魔法とかを想定している文明ではないので、魔法を使おうとしたら失敗するのは当然なのかもしれない。レヴィ達と比べれば間違いなくポンコツと呼べるレベルの魔法使いではあるものの、

 

 まぁ、手品レベルの魔法が使えるなら楽しいしこれでいいんじゃないだろうか?

 

「ぴぃーよぉー!」

 

 と、思っていると頭の上からひよこが飛び降りて華麗に大地の上に着地した。それから地面の上でポーズを決める。

 

「Hey, trying to learn magic?」

 

「ぴよっ」

 

 不格好なサムズアップで応えて来るひよこの姿に和む。だがその姿を見てレヴィは首をかしげる。

 

「うーん、でもリンカーコアを持たないから魔法は使えないと思う―――」

 

「ぴっ」

 

 そう言っている間にひよこが放電した。

 

 ひよこが、放電した。

 

 片手で目を拭ってからもう一度ひよこへと視線を向け、ひよこサンダーが放たれているのを見た。しかもその副作用で物凄い羽が膨らんでいる。その姿を見て、腕を組み、首を傾げ、もふボール化したひよこへと視線を向け、レヴィがその姿を見て呟く。

 

「あ、ノアよりも上手」

 

「……俺が負けた? ひよこ以下……? 俺はひよこ以下なのか……?」

 

 両手両膝を大地につけて項垂れるとひよこが煽る様に目の前で小さく放電しながら踊っていると。それで気づいた。自分の魔力が減っている。そしてその代わりにその魔力がひよこに流れ込んでいることを。

 

「お前俺の魔力じゃねぇかそれ……!」

 

「ぴっぴっ!!」

 

「ぷぷぷ、くくく……ダメだ、我慢できないや!」

 

 そう言うとレヴィが腹を抱えて笑い出す。びりびりしているひよこを見て軽くため息を吐きながら立ち上がり、ひよこには負けていられないと少しだけやる気を出す事にする。ひよこ以下という称号はなるべく早く返上しなくてはならない。

 

 今度は両手を前に突き出し、空間を掴む様にしながら手をゆっくりと回す様に流そうとしたところで、レヴィが少しずつ、小さく笑う声のボリュームを下げていき、

 

「ノアにーさん」

 

「おう?」

 

「魔法は奇跡じゃないからね。技術で出来る出来ないには全て意味がある。それを忘れちゃダメだよ」

 

「……? おう。まぁ、俺は天才な上に格好いいからな。ちょっと頑張ればあっさりと覚えられるさ」

 

 サムズアップを作ってレヴィに応えた瞬間、術式を構築する為に編んだ魔力が一瞬で暴発し、バックファイアによって体が後ろへと数メートル吹っ飛ぶ。そのまま近くの植え込みに背中からダイブし、腹を抱えながら笑っているレヴィを見た。

 

「Hmm……ちょっとミスった」

 

 この少女たちに魔法というジャンルで追いつけるには後何年必要になるのだろうか。

 

 そんなことを考えながら隠れる事もなく、臨海公園で魔法の練習を続けた。




 無能無職研究所住まい23歳児ひよこ以下男性。

 ひよこ、前科一犯。犯人は「寝起き直後に許可は貰った」と言っており……。
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