「ふぁー……ぁ」
欠伸を漏らしながら片手で顔を抑えて体を持ち上げる。肌寒さを感じ始めるこの季節、少しずつだがベッドの中から起き上がってくるのが億劫になってくる。ひよこもベッドサイドテーブルの上にある、専用のベッドの中で暖かそうにして眠っている。あのひよこもこの二カ月でだいぶここでの生活に馴染んでいる。
そう、もう海鳴にやって来てから二カ月が経過している。
ここでの生活に慣れるのも当然と言えば当然だろう。家に自分の部屋を置いて、ストリートパフォーマンスや新聞配達のアルバイトで金を溜め、部屋には私物が少しずつ増えている。親父の遺言を果たす為に、その為に海鳴にやって来たのだが、
いつの間にかこの街に居ついていた。目的があるのは事実だが、それ以上にこの街には心地よさがあるのも事実だった。住んでみると不思議とここに足を止めたくなるような、そんな不思議な魅力があった。それが理由で自分も足を止めている。
まぁ、元々アメリカにあった物は全部売り払うか捨てている。あっちに残っている物は何もない。問題があるとすればビザの問題だけだろう。それも、まぁ、裏技で取得したものだ。数年はこちらで生活していてもまるで問題ないだろう。そこまでこの国に残っているかどうかは、また別の話になってくるだろうが。ともあれ、
ここで生活するだけの糧を得る……程にはなってないが、それでもなんとか生きていくだけの場所は出来た。
「Wonder when I can finish all this……」
呟きながらベッドから体を持ち上げて、起き上がり、降りて立ち上がる。背筋を伸ばして少し冷えてきた空気を吸い込みながら着替えを取り出す為に近くのチェストの中を適当に探っていく。そこから服を取り出している間にひよこの方も目を覚ましたらしい。ぴよぴよと眠そうな声で鳴くのが聞こえて来る。視線を向ければベッドからもぞもぞと動き出すひよこの姿が見える。
二カ月も経過すれば十分に鶏に近づいている筈なのに、不思議とこのひよこは一切成長する兆しを見せなかった。今も出会ったときのひよこ姿、そのままであった。魔法を勝手に使ったり、賢かったり、不思議な生物なのでシュテルやディアーチェに検分を頼んだのだが、魔法生物でもなんでもなく、普通のひよこだという結論に至った。
海鳴の謎の一つである。
「日本語で生活するのにもだいぶ慣れてきたしなぁ」
ずっと英語で生活してきたものの、日本で暮らす分には日本語でしゃべっている方が便利だ。そういう事で日常的に日本語を使っていれば、だいぶ日本語で生活する事にも慣れた。とはいえ、咄嗟に出て来る言葉はやはり、英語になるのだが。これでも20年以上英語で生活していたのだから当然なのだろうが。
ササっと着替えを取ったらひよこが嘴でひよこ用ゴーグルを嘴に咥えるので、それを手に取ってひよこの頭に装着してやる。暇なときに作ってやったひよこ用ゴーグルを頭に装着したひよこは満足そうにぴより、肩の上へと飛び乗ってきた。別段、使い魔とかにしているわけではないが、自然とマスコットと飼い主という関係は続いていた。
まぁ、どうでもいい話である。
この海鳴にはちょっとした不思議が溢れているのだから。
「さて、朝のシャワーでも浴びるか。髭も伸びてきたし剃っておく必要もあるな」
「ぴーよぴーよ」
ひよこを連れてそのまま風呂場へと向かう。
また新しい日がやってきた。
「おはよー!」
「おう、おはよう」
テレビを前にコーヒーの入ったマグを片手に、テレビを適当に流して眺めている。一番最初にリビングにやって来たのはレヴィだった。起きてから完全に眠気は抜けているようで、駆け足でキッチンへと向かうとシリアルを漁り始める。これでまだディアーチェの作る朝食を待ち望むというのだから本当に良く食う奴だった。
その間に適当にニュースをかけて、その内容を確認する。
流しているテレビからは日常的などうでもいいニュースの類が流れる。魔法とかに関して何か、ニュースにならないかどうかを考えてニュースをかける習慣をつけたが、それでもニュースに希望する様な内容がかかってくる事はなかった。やはり魔法はこの研究所の外の世界には存在していないのかもしれない。そんなことを考えながらコーヒーをちびちび飲んで、少しずつ眠気を晴らしてゆく。膝の上ではビスケットをかじかじと食べているひよこの姿もある。
適度にひよこの頭を撫でていると、リビングにまた入ってくる足音が聞こえた。
「おはようございます」
「おはよシュテるん」
「モーニン」
リビングにやってくるシュテルが此方を見つけると迷う事無く滑り込む様に横に座り込んでくる。そしてぴたり、と横にすり寄って座る姿はどこからどう見ても猫みたいだと表現できる姿だった。まぁ、美少女ジャンルには一応はいるのだから、仲良くしていて気持ちの悪い事は何一つとしてないのだが。
「ノア、今日は休みでしたよね?」
「そうだなぁ」
流石に無職のままここに居るのも問題なので、アルバイトとして地理を覚える為に新聞配達を始めている。無駄に高い自分の身体能力に、魔力を体に通す事で上がる僅かながらの身体能力、その合わせ技で走り回ると給金の割には結構楽に稼げるというのが自分の認識だった。学歴が死んでいる外国人を働かせてくれる場所は結構、探すのが難しい。
そういうこともあってまともな社員待遇で働けそうな場所はなく、アルバイトで金を稼ぐ事ぐらいしか今は出来なかった。悲しいが、これが日本での就職状況だった。ただ、アルバイトである為、それなりに休みの日が多いというのが救いだろうか。それはともあれ、シュテルがそれを聞いてくるという事は、
「デートの予約か?」
「はい、デートの予約です。今日は外でランチなんてどうでしょうか」
「よし、乗った」
「えー、いーないーなー。僕も行きたいなー!」
「駄目ですよ、私が先約を取り付けたんですから」
「むぅ……じゃあ今度は僕と食べに行こう!」
「ははーん、こいつ食事の事しか認識してないな?」
ソファに寄り掛かりながら振り返る様にテーブルでシリアルを食べるレヴィの姿に軽く苦笑を零しながら視線を正面、テレビの方へと戻す。するとレヴィを言い負かしたシュテルが視線を前へと戻しながら距離を詰める様に更に密着してくる。少女の体の熱をすぐ横に感じる。
「ふふ……」
楽しみにするように小さくシュテルが微笑む。
「―――まさにデート日和という奴ですね」
暁町を出て、シュテルと二人で海鳴へとやってきた。普段は暁町で買い物などを済ませる事が多いが、それでも一番栄えているのはやはり、海鳴だ。歩いたり、大きな買い物をしたり、食べに出るのならやはり海鳴まで足を延ばした方がいい。そういう事からシュテルと二人で海鳴まで足を延ばしていた。歩いても疲れるような体力をしていないとはいえ、少し遠出するのであればバスに乗った方が時間は短縮できる。
暁町からバスに揺られて数十分、海鳴の繁華街に到着する。バスから出て眺める宙は青く澄み渡っている。海から少し離れた位置にあるものの、新鮮な空気が流れてきているのも感じる。そこまで栄えているイメージがないのは、海鳴には目玉となる様な施設や観光資源が存在しないからだろうか? 何か、人を引き付けるようなものがあれば或いは……もう少し、後押しする様な人がいるかどうか。
まぁ、存在しないから住宅街メインの街になっているのだろうが。
「楽しそうだな?」
「えぇ、なんだかんだでデートという行いには憧れを抱いていましたから」
そう言うシュテルは楽しそうに歩き出す。その横を一緒に歩きながら、繁華街を巡る。ランチ前という事実もあり、人通りは多い。海鳴の商店街よりも人が多いのが悲しい事実だろうか。
「あ」
近くのアンティークショップの窓を覗き込むように足を止める。ウィンドウに近づいて中を覗き込むシュテルの横に移動して、同じものへと視線を向けた。その先にあるのは、猫が三匹集まっている置物であった。それぞれ、首輪の代わりにリボンを首に装着した三匹の猫の置物をシュテルはじっと見つめている。
「欲しいものでも見つかったのか?」
「そこはこっそり買ってくれる所じゃないんですか?」
「それは自意識過剰な男のやる事だよ。いきなり形にずっと残るプレゼントを貰っても重過ぎるだろう? 最初のプレゼントは形に残らない物の方がいいのさ」
「成程、確かにそうですね」
形にずっと残る様な物をプレゼントする奴はいわゆる愛が重い、と言われて忌避される。だからお菓子とか花とか、消えるものの方が最初のプレゼントとしては適切になっている。少なくとも元カノから貰ったマグカップっていつまでも部屋に置いておけないよね? とは思う。
そこらへん、俺は心配いらない。
ちゃんと全部処分してきた。
いいお金になってくれた。
それはともあれ、シュテルはじっとガラスの向こう側を眺めている。それからチラリ、と此方へと視線を向けて、もう一度視線を戻した。
「私、形に残る物は良いと思いますよ」
「……」
何か、欲しそうにしているシュテルの姿を見てから軽くため息を吐き、扉を開けて店内に入る。レジにいる店員は此方の姿を見ると、見ていましたよ、とアピールする様に苦笑した。軽い溜息を吐きながら親指を飾られている猫の置物へと向け、
「1万8千円になります」
「Ok,それじゃ値下げ交渉をしようか」
「残念ですけど日本じゃ値下げ交渉してないんですよ」
「Fuck! やっぱ―――」
視線を背後へと向けると、ウィンドウの向こう側からキラキラした瞳を向けてくるシュテルの姿が見えた。いかにも期待しています、といった視線を向けられて、
財布をポケットから引き抜いて2万円をカウンターに叩きつけた。
「お釣り諸共持ってけ!」
「毎度ありー」
ウィンドウにある置物を召喚魔法で手元に召喚する。完全に魔法で消え去って出現した置物の存在に店員が驚き、ちょっとだけ気分が良くなった。片手で持ち上げられる程度の大きさしかない置物を軽く上に投げて掴みながらちりんちりん、と店の扉のベルを鳴らして出る。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
投げ渡したそれを同じように片手でシュテルは掴むと、嬉しそうに表情をほころばせた。両手で握り、持ち上げながら正面から覗き込むようににゃーにゃー、と猫の置物を眺めながら呟く。その頭に猫の耳が生えたように、一瞬だけ見えた。ついでに尻尾が動いている姿も幻視出来た。
「にゃー、にゃーにゃー……ふふふ」
微笑みながら置物を手に眺める姿は、演技もなにもない、少女の姿に見えて―――初めて、自分の前で一切の演技を止めた笑みを見せたようにも思え、小さく息を吐いた。
まぁ、高い出費だったが、この笑顔が見れたのなら別にいいか、と思えるぐらいには可愛らしい笑みだった。それをしばらく微笑みながら眺めているシュテルに、声をかける。
「好きなのか、猫?」
「そう、ですね……好きですよ。一番好きな動物で、一番身近な動物でしょうか……」
置物をしばらく眺めていると、呟く様にシュテルが言葉を発した。先ほど見せた笑みは失せて、思案する様な、懐かしむ様な表情を浮かべる。猫という生き物をシュテルが日常的に溺愛しているのは偶に公園に出て猫と戯れている姿を見れば解るのだが、そこには動物として好き以上の何かを感じられた。
とはいえ、それをほじくり返すのが野暮な男という物であり、
スマートフォンを取り出して、ブラウザにキーワードを軽く叩き込んで検索し、目的の店を見つける。
「近くに猫カフェあるらしいけど」
「行きますッ!!」
「お、おう……」
食い気味に反応するシュテルの姿に驚きつつ笑い声を零し、その頭を軽く撫でてから歩き出す。そんな自分の姿に即座にシュテルが追いついてくる。
「ちょっと待ってください、今私の事を子供扱いしていませんか? シチュエーションは恋人同士のデートなのですから、今の頭の撫で方はおかしくありませんでしたか?」
「俺は動物の頭を結構良く撫でる」
「女性扱いされてないじゃないですかそれ! シチュエーションを守ってくださいよ! 今はホラ、デートですから!」
「はいはい」
「そう言いながら対応が適当じゃないですか!」
笑いながらもう一度シュテルの頭を撫でれば、拳で軽く腰を殴ってくる。その姿を受け入れつつ、
二人でちょっとしたデートを楽しむ。
真似事とはいえ、こうやって誰かとデートをするのは久しぶりだった。
ひよこ以下研究所住まいアルバイター23歳児無能。
あ、なのは映画見たのでガンガン設定とか輸入するよ。それにしてもDetonation面白かったね……。