※この作品はR-18です。

Lost Materials   作:てんぞー

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Reflection Ⅱ

「あー、あー、あー! ダメです、だめですだめです、あー……あー……」

 

 物凄い幸せそうな表情で蕩けているシュテルの姿があった。猫カフェのふれあいコーナーでシュテルが猫たちに群がられていた。客が少ない事もあってほぼ店内を独占状態にしている為、暇を持て余した猫たちがそれなりに居るのだが―――それでもこれもか、という数の猫たちがシュテルに群がっている姿を見るのは面白かった。群がられているシュテルも実に幸せそうな表情で転がったまま、もふもふの猫たちに埋もれていた。幸せそうにダメですダメですと繰り返しているシュテルの言葉は次第に弱くなって行き、猫に埋もれながら昇天している。

 

 その様子を近くの席からラズベリーソーダを飲みながら眺めていた。

 

 猫カフェらしく、メニューもそれなりに猫っぽいもので、このソーダもグラスには肉球の絵が描かれていたりと、可愛らしいデザインになっている。まぁ、自分はまだ見た目が良いから許されるが、男には少々居づらい空間であるのは事実だった。全体的に可愛い可愛い、という感じに空間が彩られ、どこからどう見ても女子向けというのが雰囲気で解る店だった。

 

 まぁ、それでもシュテルが幸せそうに転がっている姿が見れたのならいい。というかあの三人娘に対しては自分、かなり駄々甘になってしまうことを少しは自覚したほうが良いのかもしれない。アンティークの時もそうだが、ちょっと優しくし過ぎていないだろうか?

 

「Well, I shall say that’s fine」

 

 幸せそうならそれでいっか、と結論してしまう。子供相手には甘くなってしまうのはどうしようもない悪癖だが、子供には罪はない。むしろ幸せな時代を過ごすべきだ。なら、まぁ、自分が少し苦労する程度で笑えるならそれはそれでいいと思う。

 

 少なくとも、どことなく闇を背負っている様に見える三人娘が心の底から楽しそうに、嬉しそうにしている姿を見るのは悪くない気分だった。

 

「にゃー、にゃー。みゃー? みゃあー」

 

 ただ猫語で話し続けるのを見るのはちょっと精神的に辛いものがある。あれが知り合いだと思われるのは少しだけ辛いものがある。椅子に座ったまま、猫たちと戯れているシュテルをドリンクをちびちびと飲みながら頼む。シュテルの意識が半分異世界に吹っ飛んでいる様子を眺め、店員を軽く呼ぶ。

 

「モンブラン一つ」

 

「はい。……妹さんですか?」

 

 店員が去る前に猫に埋もれているシュテルを見て、そんな質問をしてくる。シュテルの姿を眺めながら苦笑し、そうだなぁ、と呟く。

 

「そうだったら良かったな……」

 

 あの三人が妹だったら……もう少し、マシな人生をステイツの方で送れたかもしれない。もうちょっと、頑張ろうと思えたかもしれない。或いは家族の為に頑張ろうと思えたかもしれなかった。だが違う。現実は違うのだ。親父は死んだ。そしてそれは、俺がもう少し馬鹿じゃなければどうにかなった事なのだ。

 

 大切なものは後悔してから気づく。終わった後ではないと、それが大切であると気づけない。

 

「妹か弟、欲しかったなー」

 

 呟きながら猫に好かれまくっているシュテルを眺めると、足元でにゃぁ、というか弱い鳴き声が聞こえた。店員が去って行くのと入れ替わる様にやって来たのは、まだまだ小さい子猫であり、此方の足に顔を擦り付けながら鳴いていた。

 

「なんだ、お前あっちには混ざらないのか? 可愛い奴め」

 

 片手を下げて差し出せば、それに飛び乗って膝まで子猫が上がってくる。そしてそのまま膝の上で体を丸め、占領する様に落ち着いて眠り出す。天使の寝顔とでも表現できそうなその安らぐ様子に、当分は立ち上がれそうにない事実を自分は受け入れるしかなかった。

 

「あー、あー……あー……」

 

「まぁ、シュテルも脳味噌の再起動には時間がかかりそうだし別にいっか……」

 

 小さく笑い声を零しながら子猫の頭を軽く撫でてからソーダを飲み終わる。ついでにもう一杯、今度はモンブランに合いそうなコーヒーでも頼むとする。

 

 

♦

 

 

「今日はありがとうございました」

 

 猫カフェを出てしばらくすれば日が暮れ始める頃合いだった。結局、夕陽が沈み始めるこのころまで遊び続けてしまった。自分も自分で、それとなく楽しんでいたのかもしれない。そんなことを考えながらシュテルと暁町へと帰るためにバス停へと向かって歩いていた。夕陽を浴びて軽く赤く染まりつつある姿のシュテルは、そんな事を呟いた。繁華街からほどなく離れたバス停には人の気配もなく、静かだった。

 

「気にするな、俺も良い息抜きになったしな。偶にはひよこなしで過ごすのも悪くない」

 

 シュテルに答えつつバス停に到着する。誰もいないバス停のスケジュールをチェックし、後十分近くバスが来ない事を確認する。しばらくはバスを待っているだけになるだろうと確認している間にシュテルがバス停のベンチに座り、軽く足を揺らしていた。

 

「その……すみません」

 

「おいおい、どうしたんだよいきなり」

 

「いえ、迷惑をかけていると思いまして」

 

「俺は寝床を貸して貰えて助かってるけど」

 

「そういう事じゃなくて、ですね……その」

 

 シュテルが言葉に詰まる。だがその先を促す様な事はしない。バス停の標識に軽く背中を預けながら腕を組む様に、静かにシュテルが続きを喋るのを待つ。焦らせた所で良い成果が出ないのは良く解っている。だからシュテルが話し出すのを待ち、話たくなければそれで打ち切ればいいというだけの話だった。

 

 だがシュテルは続けるようで、

 

「……私、少し変ですよね?」

 

「少し? Hmm……少し?」

 

「そこは! 少しでも肯定してくれてもいいじゃないですか!」

 

「Sorry、嘘はつけないんだ」

 

「今思いっきり嘘ついているじゃないですかー!」

 

 そう言うと、シュテルが小さく笑いだすのにつられ、こちらも笑い声を零す。夕陽の中、他の誰の心配をする必要もなく、くだらない事を口にして笑っている。あぁ、本当に妹がいればこんな風だったのかもしれない。本当にあと一人、護らなきゃと自分に思わせられるような家族が―――あと一人だけ、居てくれれば自分も変わっていたかもしれないのに。小さな後悔を胸にしつつ、シュテルがそうですね、と言葉を置いた。

 

「私、普通の少女に憧れているんです」

 

「普通の少女?」

 

「はい……私たちが普通の存在ではない事は知っていますよね?」

 

 シュテル達は自分らを【マテリアルズ】というチームとして呼んでいる。それはもう一人、自分が未だに会っていない少女、ユーリという少女を含めたチームらしい。このトップがユーリであり、シュテル達三人はその護衛という立場に入る……という話も聞いている。そしてその為に存在している三人娘は、正確には人ではないらしい。

 

「あんまり興味なかったから気にしてないけど、そういう設定だったな」

 

「だから設定じゃないですってば。私達、元々は別の生物だったんですよ? まぁ、色々あって人間ですけど今は」

 

「その色々、が気になるんだけど……まぁ、いいわ」

 

「聞かないんですか?」

 

「無理やり聞き出した所で欠片も楽しくないからな。で、普通の少女か」

 

「はい」

 

 答えると視線をそらしながらシュテルが遠くを見る―――その視線の方には道路と住宅の姿が見えるが、その更に向こう側、もっと先に広がっているのは海だ。恐らくは其方へと視線を向けて何かを思い出しているのだろう、その目が閉じるのが見えた。

 

「えぇ……普通の女の子になりたかったんです。魔法も、力も、戦いもないそんな平和な日常を生きるだけの少女に」

 

 いらなかった、とシュテルは言う。

 

「力なんて。平和で、楽しく暮らせるならそれだけで私達の誰もが十分でした。私も、レヴィも、ディアーチェもユーリを守るために人の姿を、力を必要としました。ですが本当に求めていたのはそれが必要のない世界と日常でした」

 

 閉じていた瞳を開き、視線を此方へと戻す。

 

「この世界は良いですね。魔法文明が全滅していますから、魔法を使った戦争がありません。エグザミアを狙う存在も、存在していたという証拠さえも歴史に残されていません。おかげで初めて何も襲われる心配もなく生きていられます―――存在し続ける限りは」

 

「意味消失、だっけか」

 

「はい。今はユーリが休眠状態で抵抗してくれているおかげでこうやって、私達だけが日常を生きる事ができます」

 

 ですが、とシュテルは目を伏せる。

 

「今、この日常にユーリがいません。ユーリも一緒にこの日常を過ごすべきなんです。誰よりも彼女こそが一番、平和と平穏の中で安らぎを得るべきなんです。だから私は何時か、また争いの中に戻るとしても再び魔法を、文明を蘇らせたかったんです」

 

「期待外れで悪かったな」

 

「いえ……そんな事はなかったです。私を、私達を特別扱いしないで、普通に接してくれる人……それだけで十分です」

 

「……」

 

「普通に生きて、勉強して、遊んで、魔法も忘れて、恋をして、そして育っていく……そんな人生に憧れていたんです」

 

 夕陽の熱に充てられて口を滑らせたのか、それを口から零すとシュテルは黙り込んだ。その沈黙を破る様に小さく息を吐き、

 

「だから俺を彼氏役に、か」

 

「……すみません。ちょっと運命的な出会いでしたし。その、運命的な出会いから恋愛に発展したらちょっと漫画みたいでいいなぁ、って」

 

 そう言うシュテルは少しだけ恥ずかしそうにつぶやきながら視線を此方へと向けようとしない。どれだけ賢く、そして強くあろうとも、彼女たちの本質が少女である事実に変わりはなかった。それは普段から生活していれば解る事だし、今のシュテルの話を聞いてみれば解る。

 

 事情を抱えているのは事実だ。

 

 指先で人を殺すだけの未知の力を備えているのも事実だ。

 

 だがそれと同じように、その心は強いだけで、普通の少女であるのもまた事実だった。

 

 彼女たちの元がなんであれ、人として振る舞って生きている以上―――彼女達は立派な人間だった。その事実に間違いはなかった。だから普通の少女、という部分には少しだけ悩むのが馬鹿々々しいと感じられた。とはいえ、それをストレートに口に出すのは実に紳士的ではない。イケメンはこう、もっとストレートに口説く。

 

 そう、口説けばいいのだ。

 

 納得した。

 

「で、頑張ってみた結果どう?」

 

「物凄い申し訳なく思ってきてます。普通に良い人ですし。付き合わせたり、巻き込んじゃって本当に申し訳なく思っちゃってます。まぁ、そろそろ潮時なのでしょう……」

 

「Hm」

 

 小さくシュテルがそう言うのを見て、笑みをこぼしてから口を開いた。

 

「じゃあ、今からお前を本当に普通の小娘にしてやる」

 

「……ノア?」

 

「なに、俺も魔法使いだ。本当の魔法ってもんを今からお前にかけてやる」

 

「……大した魔法使えないじゃないですか」

 

「なぁに―――見ていろ」

 

 シュテルに近づき、その正面に顔を合わせてから、両手を前に出し、シュテルの両頬を掴んだ。その動きにちょっとシュテルが驚きながら、

 

「な、なんですか」

 

 ちょっとだけうろたえているシュテルの顔を正面から見て、優しく、慈しむ様に笑みを向ける。

 

「You, may want to become a normal girl, but that is impossible. As you have always been special to me, my sweet heart」

 

 そこから、そのままシュテルの額にキスをする。

 

「―――」

 

 そこで頬を解放し、ゆっくりと後ろへと下がってから立ち上がり、笑いながらシュテルの姿をポケットに両手を突っ込んだ状態で見下ろす。

 

「どうだ、俺に惚れただろう」

 

 シュテルは呆然と見上げ、自分の頬と額を触れてから、此方へともう一度視線を向け、

 

「あ―――っ……!!」

 

 一気に顔を赤く染め上げた。頭の上から湯気でも出るのではないかと思うほどに紅潮させると一瞬で言葉を失い、あ、う、い、等言葉にならない言葉を口に出し、自分が全く理解できない言語でラッシュする様に言葉を放ってから勢いよく立ち上がって飛び掛かる様に寄って来た。

 

「な、にゃ、にゃにゃ、にゃにをするんですか! にゃに! にゃ! にゃにぃ!」

 

「は、は、は、は」

 

「何を笑っているんですか! 笑っているんですかぁ! もぉ!」

 

「ほら、恋をしたいなら俺が口説いて惚れさせればいいから」

 

「何を! 言っているんですか!! もぉ! もぉ!!」

 

 顔を真っ赤にしながらシュテルが胸板を叩いてくる。それを笑いながら受け入れているが、ほとんど力が入っておらず、本気を出していないのが解る。視線を下げて眼を見ようとすれば、すぐに視線を外して焦り始める。もしかしてやらかしたかもなぁ、とは思うも、

 

 それはそれで楽しかった。なら、まぁ、良いのじゃないだろうか。

 

「もう、本当に……本当に……」

 

 言葉もない、と言わんばかりにシュテルは言葉を失いながら後ろへと下がり、軽くふらつきながら自分の両手で頬を抑え、ベンチに座り込んだ。

 

「もう、本当に……どうしてくれるんですか……」

 

「HAHAHAHA」

 

「アメリカン笑いで誤魔化さないでください」

 

 サムズアップを向けて許す様に頼むが、シュテルが睨みにならない睨み顔を作ろうとして、にへら、と表情を崩して失敗している。それを抑え込む様に両手で顔を抑えようとしている。

 

「あぁ、もう―――」

 

 でも、とシュテルが言葉を置く。顔を赤くしつつ、しかしはじけるような笑みで、

 

「ノア、貴方は……」

 

 言葉を口に浮かべ、

 

―――その体の端が分解され始めた。

 

「―――えっ?」

 

 その変化は突然だった。シュテルの体、その服装の端が色を失い、灰色になるとまるで崩れる様に空間に崩れて消えて行く。そうやって消えた姿は元に戻る事もなく、後に何かを残す事もなく、その変化が現れた瞬間、シュテルの表情に恐怖が浮かび始めた。明らかに想定され事ではない様子に、シュテルの名前を口に叫ぶ。

 

「シュテル!!」

 

「そ、そんな、意味消失、何故……何故、こんな時に……」

 

 シュテルの声が完全に絶望で震えている。その姿に素早く近づいて、抱き寄せる。

 

「シュテル? シュテル! おい、シュテル!!」

 

「いや、嫌だ……こんな時に何故急に……あっ、あっ、あぁ……」

 

 シュテルの服から始まった浸食が一瞬で体を蝕み、足の先から体を分解し、消滅させていく。それを止めようと手で掴もうとする、それが指先を擦り抜けてシュテルの体を蝕んでゆく。その様子がシュテルの瞳に映り、涙がその端から流れる。

 

「き、消える、私(・)達(・)が消えるんですか? あ、嫌、嫌だ、まだ消えたくない! 消えたくないんです、お願いします、神様、私、漸く恋を―――」

 

「シュテル! おい、シュテル!」

 

 シュテルが言葉を終わらせるよりも早く、

 

 消滅はシュテルの全てを塵へと変え、

 

 ―――まるで最初から何も存在しなかったのが当然の様に、その存在の全てをこの世界から消し去った。




 シュテルは普通の女の子を目指していた。何もない普通の世界であれば力も関係なく普通の女の子になれるのではないのだろうか? だがそれとは同時に、元の世界を取り戻さない限りユーリもこの日常に入って来れない。だから彼女は妥協する事を選んだ。恋愛ごっこする事で普通の少女らしい日常を過ごす事に。

 という訳でそろそろ本番だよ。
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