感謝……圧倒的感謝の極み……!
ヒュマンハイブは多民族国家だ。
国土が広いゆえにあらゆる人種や種族があり各々の風習を持っている。
大都市や王都には人間がもっとも多く幅を効かしているが一度離れれば
そして更に辺境に離れれば単一種族が集落単位で暮らしていることが多い。
イズモの故郷もそんな俗世から切り離された特別な風習を持つ集落であるらしい。
「どうだ、見えるか?」
木で組まれた変わった家が乱立する集落を一望できる場所で俺達は集落の様子を探っていた。
「……うん、見えるよ。この【遠見】って魔法便利だね」
【遠見】は文字通り遠くのものを拡大して見る魔法だ。
魔力量と魔力コントロールによって見る距離と精度に大きな差が出る魔法だがイズモはかなりの使い手になっていた。
「どれどれ、俺も……」
【遠見】を発動させ集落の様子を伺う。
変わった建築物ではあるがおかしな所は見受けられない。
いや、
「住人が居ないな」
「うん。たぶんあそこ」
イズモが指差したのは集落のある山間から登った山の中腹だった。
「あそこがボクの元お家。玉藻の前の化身である金毛多尾を奉る社だよ」
山の中腹から山頂にかけてそこは風変わりの神殿の様になっていてその存在を誇示していた。
「おいおい、大豪邸じゃないか。まるで山の主だな」
「間違いじゃないよ。あそこはこの辺り一帯の地脈の集合地になってて金毛多尾が産まれるとそこで地脈の制御をすることになってるんだ。そうしてあの集落は自然の恵みを得て暮らしてる」
「金毛多尾がいないときはどうすんだ?」
「霊的な楔を先代の金毛多尾が打って繋ぎ止めておくんだ。それで新しい金毛多尾が産まれるとその楔を取ってそこに据え置く。……でもおかしいな、ボクが捨てられた時より周りの自然が枯れてる気がする。それに社自体もなんか大きい」
北に近いここは気温が低い所ではあるが初夏のこの時期は過ごしやすい位の気温だ。
だがイズモの言う通り確かに少し緑が薄い気がする。
「ふむ……『イヴ』」
『はい』
『思ってたより面倒な事になりそうだ、先に
『かしこまりました』
イヴが胎をさすりながら応える。
「それで親御さんはどこだ?復讐の対象外なんだろ?先に省いておかないと邪魔になるぞ」
「……分かってる。多分二人はあの社の中、だから……」
「了解了解、進入までは任せな。ただし説得はしないぞ」
「うん」
さて、まずは淫花の土壌を耕そう。
イズモ達と共に一度山を下り社に至る長い階段のすぐ傍まで行く。
「よし、じゃあここから行くか」
「は? 真正面から!?」
「応。【
イヴとイズモ、そして俺に周囲の風景と紛れる魔法を掛けた。
「わ! 消えた!」
「音と匂いまで誤魔化せる優れもんだ」
「でもこれじゃあ一緒に行動できないよ?」
「大丈夫大丈夫、イズモは好きに動いていいぞ。俺達は後を追えるから」
「え? どうやって……」
「イヴは俺の配下、俺の体の一部があれば居場所が分かる。例えそれが極僅かな体液であっても、な」
顔は見えないがイズモの顔が茹るように赤くなっているのが分かる。
「あれ意味があったの!? 今朝も掛けられたんだけど!?」
まぁ掛けられて必死にイクのを我慢している様子が愛らしくてやってたのもあるけど。
「おう、新鮮だから分かりやすいだろ。なぁイヴ」
「はい。手に取るように」
「うぅ……状況的には良い筈なのにすごい複雑……」
「ほれほれ、さっさと行くぞ」
俺が急かしてようやくイズモは動き出した。
イズモの後をイヴが続き、その後を俺が進んでいく。
社の中はとても山奥にある辺境の地とは思えないほどに豪奢で大都市にあっても遜色ないほどだった。
(けど不自然だよなぁ……どこにこんな資源があったんだ?この辺なんてつい最近手を加えたような感じだぞ?)
イズモが言っていたようにどうやら最近拡張が行われたようだ。
つぶさに内部を観察していると前方から人の声が聞こえてきた。
「大丈夫? 大丈夫ならすぐに立ちなさい、もう少しでヤクモ様の余興が始まる時間なのよ」
「わ、分かってます……」
「ならぐずぐずしない! あの御方の機嫌を損ねるならあなたも余興の一部にされるわよ!」
「っ……!」
前にいたのは二人の
それに一人はともかく床にへたっていた一人はやけに衰弱していた。
明らかに何日も寝ていないだろう。
(服装は眼福だが健康状態が良くないな……それに余興?)
気になる言葉があったがイズモが止まらずに進んでいるので俺は二人を尻目についていく。
木で組まれた社の表側を抜けると今度は山をくり貫いた奥に進んだ。
だがそこでおかしいと思った、やけに人が少ないのだ。
『イヴ、【広域探知】で人の集まっているところを探知しておいてくれ』
『はい』
イヴに探知を任せた後もイズモについて進んでいくが内部にも飾るようにいくつもの金細工が施されており最早くどく感じる。
山頂に続くのであろう内部の階段を登りその天頂に着くと他の部屋とは比べ物になら無いほど豪華な両開きの扉があった。
イズモは一度そこで立ち止まると目を逸らすように早足でその豪華な扉の脇にある質素な扉を静かに開けた。
恐らくそこが両親がいる部屋なのだろう。
「……え?」
だが部屋の中はもぬけの殻だった。
「お、おかしいよ! 二人はここで過ごしててボクが遊びに行くといつも笑って出迎えて……」
「あー、イズモ? それっていつの話なんだ?」
「え? 確かボクが六歳の時だったから、大体九年前……」
「お前さんが奴隷同然の扱いを受けていた時もここで暮らしてたのか?」
「その筈だよ。だってここは金毛多尾の親族が暮らす場所で……ヤクモが居るなら絶対にここに……」
「もし、そのヤクモとやらが両親を親族として認めてなかったら?」
俺の言葉にイズモは動揺の気配を示した。
「そ、そんなわけ……」
「ここに来るまでの間やけに人の数が少なかったよな? 最初は高貴な所だからおいそれと人は立ち入らないんだと思っていたんだが……イヴ、どうだった?」
「はい、ここよりずっと下に多数の生命反応がありました」
「ずっと下? そこはボクのいた牢屋しか無いはずだけど……まさか」
賢いイズモの事だ、俺の言いたいことはもう分かっているだろう。
「う、嘘だ……」
「ああ、嘘かもな。だが本当かもしれない……どうする?」
ここで退くも進むもイズモの自由だ、俺はイズモの意思に任せた。
「……行く。確かめないと……」
イズモがふらふらともと来た道を戻り俺とイヴがついていく。
長い階段を下り、入り口を通り過ぎて、更に山の内側の奥に進んでいく。
段々と空気が淀んできて腐臭のような匂いが漂ってくる。
そしてついに牢屋があるという部屋の前に来た。
「……ここに反応があります。数はおよそ200です」
「集落ほぼ全員居るんじゃないかな、それ。この牢屋そんなに人は入んないよ? き、気のせいじゃ……?」
「イズモが言ったんじゃないか、"社が大きくなってる"って。それに聞こえるんだろ? ……悲鳴が」
俺の言葉にイズモは口を閉ざす。
この辺りがベストかな?
「信仰には種類があってな。慕うものが集まって出来た信仰、希望として縋る信仰、……恐怖から来る信仰。なぁイズモ、妹が異常に信仰されるようになったのは、いつの事だ?」
答えは分かっている、イズモが地下牢に閉じ込められる寸前だ。
「周囲が妹を崇めているというのに両親だけがお前に優しく出来たのは何故だ?」
俺がクズな思考をするならこう考える、"玩具を逃がさない首輪がいるな"と。
「どうして廃人のフリをするだけで簡単に捨てるという判断が出来たのか?」
おそらくフリをしているとわかった上で別の遊びをしようしていたから。
「どうするイズモ。この扉の先の地獄を覗いて復讐を果たすか? はたまた優しい思い出のまま復讐を遂げずここから去るか?」
既に【欺纏】は解き代わりに【
目も前のイズモの顔は顔面蒼白だ。
「ま、まだ地獄って決まった訳じゃ……」
「そう思いたいなら結構。だがもう分かってるんだろ? 既にお前の両親は……」
「やめて!!」
引き裂くような叫び声だった。
イズモは耳を塞いで
「なんでそんなこと言うの!? お母さん達はボクをいつも助けてくれた! 辛いときも慰めてくれた!」
「でも逃がそうとはしなかった」
ハッとイズモが顔を上げる。
「謝ってはいたのだろうけどそれはお前に頑張らせるためだ。"自分達も苦しい思いをしてるからあなたも頑張りなさい"ってな。でないと観客は
悪辣な事だ、希望を与えて足掻かせるなんてどっかの腐れ教会と同じ手法じゃないか。
「イズモ、真実を見たいなら【透視】を使え。昨日イヴが教えてたしお前ももう使えるよな?」
その名の通り障害物を透かして見る魔法、これがあれば壁一枚程度なら容易に覗ける。
だがイズモは動かない。
(この光景を見せればイズモの洗脳は大まか解ける筈、ある意味心の支えが崩れるんだからな)
だからイズモには見せなければならない、イヴと同じ存在になるには一度全てを差し置いて俺に委ねて貰わねばならないからだ。
(かといって無理矢理見させるのは愚策だ。自分で見るのと他人に見せられるのでは心の持ちようがまるっきり違う)
どうにか自分で見てもらおうとするが先に結末が予想できてしまっているせいか思考停止に陥っている。
どうしたものかと考えているとイヴがイズモに近寄りその手を優しく握った。
「イヴさん……?」
「地獄は辛いものです。ですが隣に道を共にする仲間がいればその苦しみは分け合えます」
卑猥な装飾、冒涜的な服、鼻孔を擽るのは発情した雌の匂い。
清廉とはかけ離れた格好のイヴではあるがイズモを映すその瞳は慈愛に満ち溢れている。
人を辞め堕王の性奴隷に身を堕とそうとその本質は変わらない。
あの貧乏な孤児院で共に過ごしていた時から誰かが辛い時必ず傍に寄り添っていた優しいイヴそのものだ。
そんなイヴを懐かしむ様に、泣き笑う様に俺は目を細めた。
「あなたが地獄を歩むのならば私はそれに付き添いましょう。その地獄の先には報いがある筈です」
イヴはそっと微笑み俺を見つめた。
釣られてイズモも俺を見る。
一度主導権をイヴに取られた後では何とも言えないが俺は肩を竦めて正直に話した。
「俺はこの先の地獄を見て欲しい。地獄を知っている
「……こんな時にそれ?」
「後にそれが復讐に大きな影響を与えるから事になる。それに……」
俺はイズモの頭に手を置いて優しく撫でる。
「お前はもう俺の物なの。俺は自分の物は大事にするしケアだって欠かさない。もしイズモが辛くて堪らない時はイヴを見習って優しく接するさ」
「……性的に、でしょ?」
「当然! 快楽は苦しみも悲しみも全部洗い流してくれる! だから安心しな」
蒼白だったイズモの顔は色は変わらないものの幾分か固さが取れ苦笑いを浮かべるくらいには良くなった。
「……まだ決まった訳じゃ無いけど、その時はお願い」
「おう」「ええ」
イズモはイヴの手を固く握ったまま深呼吸を繰り返し唇を引き結んだのち唱えた。
「───【透視】!」
聖教会
世界で最も規模の大きい宗教、信仰している国は主要国家の凡そ八割に及ぶ。
なおヒュマンハイブは国教としていない。
人間至上主義で亜人には排他的。
亜人に生きる価値無しという訳ではなく"全てのものは人間に管理されるべき存在"と認識され人間に隷属しているのであれば存在は肯定される。
しかし人間に隷属せず生きている亜人は不浄の存在とされ"粛正"の対象となっている。
遥か昔に女神が降臨し世界の再編を行い、始めに人間が造られて後に亜人が造られたとされている為人間上位の教義となっている。
人間の後に造られたものは全て女神が人間に遣わした道具と認識されているので使ってあげているという感覚が多数。
一万年前から教会の原型はあったとされ今の形になったのは2000年程前とされている。
信仰されている女神の名は"エミイリア"、幼い少女とも妙齢の女性とも言われ善行を成した人間の夢枕に立ち祝福を与えると言われている。
一人の教皇、三人の枢機卿、五人の大神官、十人の勇者・聖女がトップに立ち運営をしている。
勇者と聖女は火水風土光に分けられそれぞれ一人ずつ常に存在している。
勇者は男のみで最も適正のある中から選ばれ"神器"を与えられることで正式に認められる。
基本的に寄付で成り立っているが神の与えた"道具"を使い商売をすることは許されており各地の教会は自分で生計を立てている。
これは万が一の時に自分の力のみで動けるようにという方針が起因している。
■■は望まれたからやっただけ。
それが"■"の幸せになるって言われたから。
■■は間違ってない、だってこんなに■は■ってるんだから。