「響、うさぎのブルース教えて」
たえが、蔵練習の休憩のときにアンプで音作りしながら言った。
「うさぎのブルース? そんな曲しらないけど」
「ロックじゃないと思うの。ブルースかフォーク」
「はぁ」
「人参、おいしい、クリームシチュー、あったかい、労働、つらい、奴隷開放」
「は?」
「ブルースだね」
いい感じに音作りができたのか、ギターのトーンをかなり絞って、ピックアップをセンター+ネックに切り替え、手癖になってるペンタのリックを弾きはじめた。
「うーん、あんまりブルースっぽくない」
「マイナーペンタにブルーノート入れるだけだよ。五度のフラット」
「フラット? ふつうの五度も弾くの?」
「そうだよ」
「変なの」いや、ブルーノートもたえに言われたくはないと思うけど。「ほんとだ」
たえはやっぱり耳がいい。ブルースなんてあまり聴いてないし、そもそも弾こうと思ったこともないからブルーノートすら知らなかったのだろうけど、それでもどこかで聴いたことのあるブルースを思い出して、それっぽいフレージングができていた。
「それで、うさぎのブルースってなんなの?」
「人参おいしい、あったかい家あんしん、子沢山うれしい」
「もしかして歌詞?」
「そう。うさぎのブルース。天才かもしれない」
やべー。こいつ、なぜかブルースのことをよく理解してやがる。ブルースの歌詞は基本的にクソしょうもない。まぁ、日常のことを率直に歌うものだからしょうもなく見えるんだけど、なんでたえはそのことだけは知ってるんだろうか。
「おたえー! 続きやろーっ!!」
さっきまで有咲に抱きついたり有咲に呆れらたりしてた香澄が、アンプにつなげてないランダムスターをかき鳴らしながらそう言った。
「はーい」
「うわぁ、今日もあっちぃな~」
「もう五時なのにね」
俺たちが夏の暑さに辟易してるのを尻目に、香澄は、そんじゃね~、となにがうれしいのか満面の笑みで走り去ってゆく。
「香澄を見てるほうがあちぃな。あ~、帰ろ帰ろ」
いつもの有咲なら俺たちを見送ってくれるのだが、夏に弱いので早々に自室に引っ込んでいった。
「そんじゃ私たちも帰るね。また明日」
「またね~」
沙綾とりみは一緒に帰っていく。たしかに帰る方向は一緒だけど、りみは直帰じゃなくてやまぶきベーカリーにチョココロネを買いに寄るんだろうな。
「それじゃ行こ」
とんでもなく暑いというのにたえは俺の左手を握って歩き出した。
「え、どこに?」
「私の家」
「たえんち?」
「あ、花園家の家だね」
「いや、そういう疑問じゃないけど」
「じゃあなに?」
「なにしに行くの」
「うさぎのブルース」
「ああ……。もしかして今日作るつもり?」
「そう。思い立ったがイチジク」
「間違っとるで」
「いらなかった? お中元のイチジクまだ余ってたと思うけど」
「イチジクは食べる」
「オッちゃんたちは食べ物じゃないよ」
「わかってる」
「?」
こっちが「?」だわ。
俺たちはたえの私室でギターを弾きながらうさぎのブルースの作曲にとりかかった。たえが前もって考えていた歌詞はとんでもない花園で、たしかにロックじゃ無理だと思うのもわけはなかった。ただ歌詞そのものは短かったので、歌メロのパターンをそんなに考える必要がなく、うさぎのブルースはけっこう簡単に作れてしまった。
たえは一息ついて、スナッパーをスタンドに直した。棚からクロスを取り出して指板と弦をさっと拭った。
「たえ、その指板拭いたクロス貸して」
「いいけど、響もこれで指板拭くの?」
「ああ」
「えっちだ」
「え?」
「えっちだねぇ響は」
「なんで?」
「だって私がずっと使ってるクロスで拭くんでしょ」
「うん」
「変態だ」
「なんで?」
「私の汗と手垢と響の汗と手垢が混ざ、うわ、すごい雨降ってる」
「えっ? ああっ! そういえば今日の夜に台風来るって言ってたな」
「言ってないよ」
「たえはね。天気予報が言ってたの」
「天気予報も言わないと思うけど」
「あーーー、天気予報士さんが言ってたの」
「オッちゃん大丈夫~? 怖くないよー」
ここが花園ランドかぁ。
「うさぎのブルース完成したのはいいけど、俺はこれじゃあ帰れないな」
「お母さんに響のぶんのお夕飯作れるか訊いてくるね」
「おおお、ありがと。俺は家に連絡しとく」
「うん」
うん? なんか自然な流れで泊まることになってしまったな。別に帰れないくらいの台風の勢力じゃないんだけど。ま、いいか、もしたえと同じベッドで寝ることになっても間違いなんて起こるわけないでしょ。たえだし。
たえの両親もやっぱり花園なのか、俺が泊まるということにそんなに頓着しなかった。さらには、客間を用意してくれるということもなく、俺はたえの部屋で眠ることになった。たえの家は広いので使ってない部屋くらいあるだろうと思ったのだが、そこはうさぎの遊び場になっているみたいだった。
オッちゃんたちの世話をしてる間にシャワーに入ってくれとのことだったので、ささっと入り、パジャマ代わりに貸してもらったたえのジャージを纏った。
たえの匂いがするな。たえって匂いまでなんか美人だよな……。
みたいなアホなことを考えることで劣情を抑え込み、たえにあがったことを知らせにいった。たえはオッちゃんたちと戯れていたようで、俺に言われるとすぐにシャワーを浴びに向かった。
たえの部屋に戻ると、本当にここで寝るのか、とたえのベッドに目がいって意識してしまった。音が迷惑にならないように、指弾きで自分のCustom 24と戯れることで気を紛らわせた。
しかし、そんなことは無意味だった。
シャワーからあがったたえは、あたりまえだがパジャマを着ていた。うさぎのパジャマだ。モコモコの素材で、フードがあってそこにうさぎの耳がついている。お尻にもうさぎの丸くて短い尻尾がついていてめちゃくちゃ可愛い。しかし、夏仕様のパジャマだから、ホットパンツに半袖なのだ。あまりにも艶やかすぎた。
「うさぎパジャマ、響のぶんなくてごめんね」
「いや、着たいから眺めてたんじゃないんだけど」
「かわいい?」
「うん、とっても」
ホットパンツから伸びるのはとんでもない美脚だった。長い、細い、白い。
語彙がなくなるとはこういうことだな。
たえは人類史最強の天然だけど、頭がおかしくなるくらい美人だったということを忘れていた。俺、よくこんなやつとじゃれあったりできてたな……。我ながら意識的な鈍感力が冴えてたと思う。
「電気消すね」
「俺、どこで寝るの」
「藁がよかった? ごめん、さすがに人間サイズはないの。こんど買っとくね」
「いや、買わなくていいよ」
「そしたらオッちゃんと一緒に寝れるね。でも今日は響と一緒に寝るの。ごめんねオッちゃん。オッちゃんと響、比べられないんだ」
なんかちょっとキュンときた。
「てか、ほんとに一緒に寝るの?」
「嫌だった?」
「嫌ではないけど、ほら俺男だし」
「私は女だよ」
「だからだよ」
「だめだよ」
「でしょ」
「オッちゃんたちで手一杯だから」
「は?」
「うん? 赤ちゃんができちゃうってことでしょ?」
「なんでそこは理解してんの!?」
「だからだめだよ」
「わかってるよ」
「セックスはしないから」
「だからわかってるよっ」
それはっきりと言われたら意識するにきまってんじゃん。こいつ花園か? 花園だった……。
「消すねー」
灯りの消えた部屋の真ん中で立ち尽くし、台風の降らせる大雨が屋根を叩く音に耳を澄ます俺を尻目に、たえはベッドにダイブした。
「ふっ、いい夜だ……」
「なにしてるの?」
「瞑想」
「ベッドに寝転びながらでもできると思うよ。ほら、おいでー」
包まっていたタオルケットを持ちあげて、俺のぶんのスペースを作ってくれる。マジでそこで寝るんですか? 大丈夫ですか? 赤ちゃんできませんか?
「はやく」
「いや、あの、はい。あの、おじゃま、しますね」
「いらっしゃーい」
恐る恐る潜り込んだ。たえのベッドは高級なやつなのか、端っこであってもめちゃくちゃ寝転がり心地がいいことがよくわかった。これなら今晩一睡もできなくても、そんなに疲れることはないだろう。
「うさぎしっぽもふもふしっぽ」
「は?」
「やわらかい」
「もう寝てる?」
「寝てないよ」
「わっ」
「このベッドうさぎしっぽでしょ」
「たしかに」
「もっと真ん中来ないと本領発揮しないよ」
たえは、ベッドの端っこでガクガク震えていた俺の身体に腕を回し、ぐいっと真ん中で眠る自分のほうに引き寄せた。
「ちょまっ」
「どう?」
たえの胸に顔を埋めるようにして抱きかかえられてしまった。着ているジャージよりもずっと濃いたえの匂いがした。
「やわらかいよ」
モコモコうさぎパジャマ越しでも、たえの胸のやわらかさがわかった。そういえばたえってけっこう胸あったんだよな。手足が細っこくて背が高いモデル体型だから勝手に胸は慎ましやかだと思っていたけど、けっこうあるんですよね。ポピパのちょっと露出のある衣装でもわかることなんだけど。
「わっ、くすぐったいよ」
「ごめん」
「あははっ。オッちゃんの鼻息みたい」
こいつ、俺をうさぎ扱いしやがって。年中発情してる獣とちゃうねんぞ。これでもとんでもねぇ精神力で抑えてるんやぞ。いや、香澄とは我慢できずにチューしてしまったけども……。
「たえ、抱きしめるのはやめて。ちょっと恥ずかしい」
「ん」
たえは俺に回してた腕を外してくれた。これでやっとちゃんとした体勢になれるが、目を開けたままだと、たぶん横向きになってるたえと目が合ってしまうだろうから、ちょっとだけたえから離れてそのまま眠りにつくのがいいだろう。
「……私もちょっと恥ずかしかった」
「ほえっ」
たえもそういう感情あるんだな。あるよね。女の子ですものね。
うっ、わぁ……。たえも女の子だって意識するの、だめだ。
「顔赤くなってる」
「暗いからわからないだろ」
「わかるよ。私の顔見てみて」
「はいはい、白い白い」
「もー、いいから見て」
たえがそう言って、人差し指と親指を使って俺の瞼を開かせようとしてくるので、しょうがなく目を開いた。
「ほら、私の顔見て」
「……ほんとだ、赤い」
「でしょ」
「なんで?」
「響と同じベッドで寝てるからだよ」
そういうところは恥ずかしがらないのな、というか俺と同じベッドで寝るの恥ずかしいんだな。え? ということは俺のことを意識してるってこと?
「たえが?」
「もー、あたりまえでしょ」
「あたりまえなの?」
「んへへ」
たえの赤らんだ顔を見つめて問うと、照れたように笑った。かわいい。天使だ。舞い降りてる。
「響は?」
「そりゃ、たえと一緒だよ」
「んへへへへ」
にやけで顔がとろける。美人がうれしそうにしてるのをこうやって間近で見るの、幸せすぎてこっちもにやけてくるな。
「台風で音も消えるし、キスだけならいいよね。赤ちゃんできないし」
俺には聞こえていたが、たえは独り言でそう言ったあと、すばやく身を起こして俺に馬乗りになった。
「え?」
「いや?」
「え?」
「するよ」
「ちょま」
「んちゅっ♡」
驚いてる暇もないまま、馬乗りになったたえがキスしてくる。たえの唇は夏だからというにはあまりにも熱すぎた。たぶん昂奮で火照っているのだろう。
なんて、とんでもない展開にみょうに冷静になってしまった俺は、そのままたえがやることを受け入れた。
「はぁはぁ……。響と、ちゅーしちゃった」
「ちゅーされちゃいました」
「なんかれーせーだね」
「たえよりはね」
「それじゃあ私とおなじになるくらいするね」
「たえ?」
「んっ……」
たえは最初のときみたいに唇同士を合わせるキスをしたあと、頬にも何度か雨を降らせたり、指先で耳を愛撫しながらキスしてきた。
顎にもキスをされ、たえの手は胸元に置かれる。手探りで鎖骨が撫でさすられ、くすぐったくて身をよじると、たえはキスしながらうれしそうに鼻の奥で笑った。
「たえ……」
「ん、ほら、えっちな顔になった」
「たえもだよ」
「うん。だって今、すっごくえっちな気分だもん」
たえは、さっきから俺の右太ももを股に挟むようにして座っていた。たぶん無意識だろうが、ときおり腰を左右に揺らして大事なところをこすりつけてきていた。たえのお尻は熱かった。
「たえ、もっかいしよ」
「うん……♡」
迎え入れるように手を広げると、たえは艶やかに笑って覆いかぶさってきた。唇を受け止めると、俺は舌を出す。たえも俺が舌を出すのがわかっていたかのように、すぐに唇を開いた。あたたく濡れた舌が触れ合った瞬間、俺の右太ももが締めつけられた。たえの身体が、舌を入れるキスの気持ちよさに震えるのが感じられた。
たえは、腕や脚だけじゃなく舌も長いようだった。舌は俺とたえのあいだを縦横無尽に動いた。俺はその動きに翻弄されながら、その気持ちよさを味わい、そしてたえが余裕がなさそうに俺の舌を貪るのを感じて昂奮していた。
たえの背中に腕を回す。するとたえはますます密着して、胸を押しつけ、さらに強く太ももを締めつけてきた。頭を撫でながら、わけもわからず動くたえの舌を誘導するように、舌でやさしく絡め取る。たえはだんだんと動きかたがわかってきたようで、俺の舌とねっとりとしたダンスをはじめた。昂奮によるただの激しい呼吸から、喘ぎ声混じりの甘い吐息に変わる。たえが乗っかる右太ももが明らかに湿っているのがわかった。たえの匂いが強く香った。
そうして、俺とたえはお互いの決定的なところに触れ合うことはせず、深く甘いキスだけをして朝を迎えた。台風は去り、とても気持ちのいい青空が広がっていたが、俺とたえは昂奮を鎮めるためのことをしていないので、ただただムラムラと眠気に襲われていた。
「響」
「ん?」
「……なんでもない」
「なんだよ」
「なんでもなーい♡」
たえはニコニコ笑って、困惑に顔をしかめながら自宅に帰る俺に手を振った。
「またしよーねー♡」
「たえっ!」
「あははっ」
たえがいたずらっぽく笑う。世界一かわいい笑顔だった。