「…ぐう」
「起きろレナ。起きろって」
既に移動を済ませてしまった俺たちは標的が隙を作るのを待ち、宿の上で待機していたのだが。
途中でレナが船を漕ぎ、そして
「……フレイヤ」
「承知。せいっ」
剣の腹で叩かれ、レナの頭が火花を散らす。
涙目で捲し立てるレナを軽くあしらい、俺は標的を改めた。
ジョブは【吟遊詩人】、生まれは22年前。
貴族としての名は持っておらず、本当に買収できるほどの財産を持っているのか謎である。
そしてこれはあまり信じることができない情報だが、過去に単独でダンジョンをクリアしている。
ダンジョンというのは魔物が発生するために必要な魔力とマナを自ら抽出する建造物のことで────
「来た。レナ、静かに。開けた窓から離れたら一気に詰めるぞ」
「はい」
「うんっ」
「わかった~」
標的は窓を開け、夜風を気持ち良さそうに受けている。
金髪がさらりと揺れ、遠目からでもその美貌がよく見える。
ふむ。次はアイツにしようか。
どこかで見た覚えがあるが…忘れるのだから大したことではない。
窓を開けっ放しにして離れた瞬間、ランプで俺の影を作り、【影幻の実体術】を使って影を固定、俺の影の手や足をつたって窓の中に滑り込む。
「なっ!?キミたちは…」
「【シャドウ・イルミネーション】っ!」
「あ…あ…」
十四代目の影魔法は【シャドウ・イルミネーション】。
その実を精神に関与する魔法であり、催眠、洗脳、なんでもござれな魔法である。
まずはこれで動けないように催眠、そのあとにじっくりと…
「アル…?アルなの!?」
「うおっ!?なぜだっ!?」
【シャドウ・イルミネーション】をかけたにも関わらず、女は俺に抱きついてきた。
おかしい、俺は【シャドウ・イルミネーション】を洗脳には使っていない。
だとしたら、それほどの抵抗力を…いや、ただの吟遊詩人にそれほどの芸当ができるとは思わない。
と、俺の体に異変が起きた。
魂が塗り替えられる感覚…先代が魂を混ぜたときに似ている。
「アル…アル…!」
「『すまない、体を借りるぞ、15代目よ』…十四代目っ!!」
ばちん、となにかが弾けるような音がし、俺の意識はそこで落ちた。
◇
ああ、いい気分だ、久しぶりの体は。
このままだと先代たちに怒られそうなので、早めに本題に写らなければならない。
「シェイ…どうしたの…?」
「すまない、チヨよ。貴様の恋人の体を少しの間貸してくれ。生き霊のようなものだ」
「わかりました。しかし万が一、主様になにかあったとしたら…」
「わかっているさ。魂だけ断ち切るつもりだろう?」
先代の力を借り、少しの間だけ恋人に会えるようにしてもらった。
この時間、有意義に使わなければ。
「アル…」
「アルテイルだ。しばらくぶりだな、スフィア」
「アルぅ…寂しかった…」
「私もだ」
私に抱きついている愛しき
久しぶりに愛し合いたい衝動にかられるが、この体はシェイ…15代目の物。
好きかってするわけにもいかず、その口に人差し指を当てる。
「あ…」
「よくみろ。この体は私ではない。ターナなら、私が私であるときに欲しがると思うがな」
「…………あぅ。ごめん、仕事だよね。報告する」
スフィアは机の中から書類の束を出した。
渡されたそれに目を通せば、しっかりとレポートが録られている。
「実験通り、魂を組み換えた者なら即位の術式で朽ちることはないようだよ。それから、クローン技術。結果として、1259回の失敗のすえ、ようやく成功」
「私たちがちゃんとした体を持つのも、時間を待てば良いだけ、か」
「うん。そしたら、また…愛しあお…?」
…これは私の体じゃない、これは私の体じゃない、これは私の体じゃない…【シャドウ・イルミネーション】…。
影魔法までもを使い込み、自己暗示をかける。
私はそこまで欲望に忠実じゃない。
…………そろそろ時間だろうか。
「すまないスフィア、時間のようだ」
「そっ、そんなぁ」
「次に会うときは、君の作ったクローンとして会いたいものだ」
私にしかわからない話だ。
クローンや継承魔術の対策など、15代目には到底わかる話ではない。あれでまだまだ子供だ。
だから、この思念に15代目の知りたい答えを残しておこう。
スフィアに影法術士の事を調べさせたのは、スフィアの研究に影魔法が必要だからだ。
彼女は吟遊詩人でありながら、魔法に優れている。
彼女なら、きっと君の力になれるだろう。
あと、彼女は私のものだ。やましい感情など抱かぬように。
◇
さすがに俺も人妻を寝とる気は無い、とだけ言っておこう。