※この作品はR-18です。

おそらくはありふれた究極的なやりかた   作:Hastnr

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導入部分に趣味でオマージュ入れたら長くなったので分割投稿です。
濡れ場は06-2までお待ちください。




06-1.剣理殺人刀 (リズ・レイン) [▲]


 

 空中戦。

 それは《ALO》が最大の特色として誇る一大要素。

 《SA:O》、《GGO》、《アスカ・エンパイア》などの他メジャーMMOには存在しない『背中の羽根』を用いて空中で行われる戦闘。

 多くの空中戦は、相手より高い位置を奪い合う所から始まる。何故か? 答えは単純である。高さとは即ちエネルギーであり、エネルギーとは即ち破壊力であり機動力であるからだ。

 相手より高い位置を占めた側は、下方に位置する相手に向けて降下することで、重力加速を大いに活用した非常に効率的な一撃を加えることが出来る。一方、相手に高所を明け渡した側は、重力に逆らって上昇しながら応ぜざるを得なくなり、必然的に速度や一撃の威力も減ぜられてしまう。

 これは二合目以降も同様である。降下加速を得た側はその加速力を用いて素早く再上昇出来る一方、上昇した側は相手の追撃に備えるだけの加速度を得るため、泣く泣く降下して体勢を建て直さざるを得なくなるからだ。

 かくして、羽根持つ妖精達の空中武闘は『∞』の軌道を描きながら幾度となく繰り返される。

 一部では『双輪懸(フェアリィ・ダンス)』とも呼ばれるこの空中戦闘機動は、高い実力を持つもの同士がぶつかりあうほどより美しく、より乱れなき模様を描くとされ、その光景に魅了された多くのプレイヤーを空と闘争の舞台へと駆り立て続けてきた。

 

 繰り返しにはなるが、双輪懸の基本は『相手より高い位置を占めた者が圧倒的優位に立つ』。そこに尽きる。

 そして、戦闘における基本中の基本は『相手より多く頭数を揃えた側が圧倒的優位に立つ』。これに尽きる。

 ――しかし、何事にも『例外』は存在するものだ。 

 ここ、音楽妖精(プーカ)族領地の一角に存在する大峡谷地帯・《ドラグーンケイブ》上空において、今まさに繰り広げられている空中武闘は――その例外によって支配されていた。

 漆黒の死神の姿をした、例外中の例外に。

 

『――《トロール》、《ユーウォーキー》戦闘続行不能。

 《アラハバキ》、《ホットボルト》……共に、応答ありません。

 いかがいたしますか……我が主《アスカロン》』

 

 わなわなと唇を震わせながら、どうにか報告を済ませたナビゲーションピクシーの声が耳元で聞こえる。

 レネゲイドクラン『ブラッドクルス』の盟主たるサラマンダーの男・キャラクターネーム《アスカロン》は、両手剣の柄を握る手の力を我知らず強めていた。

 『ブラッドクルス』はPvPを主目的としたレネゲイド――多種族の妖精で構成されている事を意味する――クランである。これまで幾度となく敵プレイヤーを屠り、金やレアアイテムを巻き上げてはリメインライト化してきた。

 《ALO》においてPvPやPKは禁忌ではなく、プレイスタイルの一環として認められている。

 彼らが主な狩場としている、ここ『ドラグーンケイブ』は良質の金属素材の産地でありながら凶悪な敵Mobが少ないため、よくレプラコーンやプーカ、スプリガンといった生産・アイテムハント系の妖精が集まってくる。そんな連中をこっそり尾行し、連中が高く売れる素材アイテムを集められるだけ集めた所を急襲する――それが『ブラッドクルス』のプレイスタイルだ。

 何を咎められる事があろう。これはゲームであり、遊びなのだから。

 

 今日も今日とて、クランメンバーの一人《アラハバキ》から、『素材を集めに来たと思しき女性レプラコーンの二人組を発見した』という報告を受けたアスカロンは、その二人を獲物と定めると、いつものようにクラン全員を招集して包囲網を形成。

 彼女らが『狂乱せし賢者(アルハザード)のランプ』と『辰気まとう銀星の欠片(フォーリンダウン・シルバー)』という、なかなかのレアアイテムの採掘に成功して気が緩んだ瞬間、ケットシーの《バロウズ》が得意とする強力なスタン魔法を使用させ、哀れなレプラコーン二人を一気に麻痺させる事に成功した。

 あとはいつものように彼女らの身ぐるみを剥ぎ、金やアイテムを吐き出させるだけ吐き出させた上で、リメインライト化するだけ。そう判断したアスカロンは潜伏させていた仲間を呼び集め、獲物を威圧するために包囲網を狭めた。

 

 ――その瞬間に起きたことを、アスカロンは未だに正確に把握できては居ない。

 確実にわかっているのは、直上から凄まじい速度で飛来した黒い何かが、アスカロン達の眼の前に急降下してきたことだけだ。

 それは暗闇色をした天の鉄槌(いなずま)か、あるいは怒り狂った嵐の化身か。プレイヤーであることすら理解できなかったそれの正体が、黒い装備を身にまとったスプリガンだと判別できた時には、既に《アラハバキ》と《ホットボルト》の両名は悲鳴を上げる間もなくリメインライト化させられており、アスカロンも片腕が欠損扱いとなる程の大ダメージを負っていた。

 おそらくは、斬られた――単純にして不可解なその事実を飲み込めぬまま、アスカロンは咄嗟に空中への退避を命じたらしい。

 奇襲を免れ、辛くも生き残ったメンバーは計7名。アスカロン、バロウズ、ユーウォーキー、トロール。インプ族の《ガルム》に、シルフ族の《アベンジ》。そして、アスカロンが保有するナビゲーションピクシー《イナダ》だ。

 しかし、アスカロンがダメージ回復に専念するために戦場から距離を置いたこの僅かな間に、機に逸ったトロールとユーウォーキーは、アスカロン達を追って空に上ったスプリガンの剣によって斬り伏せられ、リメインライトに変わりながら地表へと落下していった。

 

(ありえん……たった数分、たった一人で、しかも高度優勢を明け渡しておきながら……!

 トロールとユーウォーキーをあれほど容易く屠ってみせただと!! あのスプリガンはバケモノか!?)

 

 結果的には敗北したとはいえ、敵が無防備になりやすい地上から空中への第一次上昇を狙って、トロールとユーウォーキーが攻め手を選んだのは間違いではなかった。唯一の誤算は、敵がこちらの想定を数段――否、数十段上回る上昇加速性を持っていたということだけだ。

 攻撃準備動作に入っていたトロール達を二(・)刀(・)両(・)断(・)した事で、結果的にたった一人で『ブラッドクルス』を半壊の憂き目にまで追い込んだ黒いスプリガンは、アウトレンジから射掛けられるバロウズの矢を物ともせず、ガルムとアベンジを相手に今も空中戦を繰り広げている。

 右手に漆黒の、左手に純白の両刃剣を携えた剣士が繰り出す見事な技。ガルムの斧槍を受け流しつつ、アベンジの連接剣を背面で受けて弾き返すその剣技の冴えは、敵が相当な手練であることを否が応でも伺わせる。頭上をバロウズの矢で牽制していなければ、戦場の趨勢は彼奴の側に大きく傾いていただろう。

 

「……まさか、あれが噂の《絶剣》とやらか……?」

「否定します、我が主。かの《絶剣》はインプ族とのこと。スプリガン族である彼奴とは別人と推定します」

「……え、そうだったっけ?」

「はい。先月もお伝えしましたが、なんでもかんでも《絶剣》だと思うのはやめましょう、我が主。

 主が『まさか、こいつが《絶剣》か?』という旨の発言をしたのは、これで10回目です」

「ああ、うん。気をつけます、はい……」

 

 呆れた様子でため息をつくイナダに、アスカロンは素直に詫びる。

 たまたま『ブラッドクルス』メンバーの都合がつかなかったとある日に、なんとなく一人で潜ってみたらそのまま踏破できてしまったダンジョンの最奥部で、ボスMobからドロップしたこのナビゲーション・ピクシーは、主やクランメンバーの耳が痛くなる事すら躊躇わずに言ってのけるありがたい存在である。

 

「まあ、それはさておくとして――で、イナダ。このまま撤退したとして、全員が無事に済む確率はどれくらいだ?」

「皆無です、我が主。敵の速度は恐らく、我らの内で最も早いアベンジの最高速度に匹敵……いえ、最悪の場合、凌駕している可能性すら存在します。

 誰かを足止めに残さなければ、後方より喰い付かれて全滅する可能性が高いと判断します」

「そうか……承知した。レアアイテムをストレージに保管しているのは、確かガルムとバロウズだったな」

「そのとおりです、我が主」

 

 それだけ確認できれば、十分だった。ついに欠損ダメージ状態から回復した左腕に力を込め、得物であるツヴァイヘンダー・『偽剣アスカロン』の柄を固く握りしめる。

 ――己がプレイヤーネームと同じ名を持つ大剣を得たあの日から数えて今日に至るまで、味わった敗北はたったの二度。

 一度目はサラマンダーの将軍・ユージーン。二度目はウンディーネの猛者・スメラギ。

 『二度ある事は三度ある』とは言え、このような所で偶然相見えただけの名も知れぬスプリガンを相手に、アスカロンが三度目の敗北を喫するつもりなど欠片もあろうはずがなかった。

 

「イナダ。生き残った連中に伝えろ。『即時撤退せよ。あのスプリガンは俺が相手をする』――とな」

「――っ……承知!」

 

 背中の翼をぶんと大きく羽ばたかせ、アスカロンは天高く垂直上昇。高度確保を完了した直後、飛び去る仲間達とすれ違うタイミングで、己の肩に乗っていたイナダをアベンジに引き渡す。

 そうして、戦場に残る最後の一人となったアスカロンは、怨敵目掛けて一気に急降下。《二刀流》を操るスプリガン目掛けて正面から襲いかかり、上段より渾身の一撃を叩きつける。

 フィールドボスクラスの敵Mobすら一刀両断するアスカロンの一撃。その一撃を、スプリガンは両手の剣を交差させ、真正面から受け止めてみせた。

 

「――ほう! 我が一撃に耐えるとは……相手にとって不足無し。

 首を取る前に名を問うておこうか、スプリガン!」

「生憎、名乗るほどの者じゃなくてな! あんたこそ、真っ向勝負とはえらく堂々としてるじゃないか!」

「なあに、尻追い戦(ドッグファイト)は趣味でないだけの事よ!」

 

 互いの相対距離が皆無となるのも一瞬。剣と剣がぶつかりあって生まれた激突音を引きちぎりながら、二騎の妖精は猛加速と共に再び距離を開ける。

 降下軌道を取っていたアスカロンはセオリー通りに重力加速を利用し、反転しつつ急上昇。確保された高みの中、視界の遥か下方にようやっと反転を終えたスプリガンの姿を捉えたアスカロンは、偽剣の刀身を肩に担ぐような上段の構えを取り直し、再び突撃体勢に移る。

 

(さて、どう出る……黒いスプリガン!)

 

 凄まじい相対速度が両者の相対距離を貪りつくす。早鐘を打つ心臓の鼓動三つ分の間に、再び剣の間合いへと辿り着いたアスカロン。その大剣の間合いから逃れるべく、スプリガンはアスカロンの下方へ抜けて駆け違う事を狙ってか、僅かに仰角を下方へと向ける。

 

「よい判断だ――だがな!!」

「っ!!」

 

 上段に対して、上に逃れるは戦を知らぬ愚物の振る舞い。下に逃れるは戦に慣れた武者の成道。ならばその成道を封じてこそ、戦に長けた戦巧者。

 間合いが縮まりきる寸前。アスカロンは上段に構えていた両腕を自らの胴の側へと引き込み、振り下ろしから即座に刺突の構えを取り直す。片手剣やレイピアならまだしも、ツヴァイヘンダー級の大物では通常ありえないスイッチングに虚を突かれたスプリガン目掛け、アスカロンは偽剣の切っ先を突き込む。

 天を舞う妖精。その最高速度が生み出す破壊力が一点に集中される刺突撃の威力をまともに受けて、無事でいられるものは無い。それを知っているが故に、スプリガンは飛行姿勢が崩れるのも構わず遮二無二に防御態勢を取り、双剣を以て切っ先を受け流した。

 

「――くっ、あああっ!!」

「ほう、これすらも躱すか!」

 

 その防御行動は無駄ではなく、必死必殺の一撃はスプリガンの側を掠めて、双剣との間に無数の火花を散らしながら流れ去るに留まる。

 しかし、その結果だけを以てアスカロンの目論見が外れたかと問うならば――答えは『否』だ。この一撃すら、『偽剣アスカロン』の本領を発揮するための過程にすぎないのだから。

 

「褒めてやろう、名も知れぬスプリガン。貴様は我が全力を出すに値する、稀有なる相手だ」

 

 降下加速を用い、アスカロンは再び反転。そのまま一気に高度を上げ、天頂高くに陣取りながら、下方を飛び回るスプリガンを見下ろす。体勢を大きく崩した事が災いし、スプリガンの飛行速度は先程の半分以下までに落ちている。奴がアスカロンのいる高さにたどり着くまでには、ある程度以上の時間が必要になるはずだ。

 本来であれば、この位置より三度目の強襲をかけるのがセオリー。そのセオリーを敢えて捨てたアスカロンは、空中に静止したまま愛刀を再び上段に構え直す。更に、刀身が背に触れる寸前まで、深く。陽光を喰らい尽くせとばかりに、鋭く。

 奇手の一撃を以て稼いだ時間を贄とし、丹田に力を込めながら、己が持つマジックポイントの全てを『偽剣アスカロン』へと注ぎ込む。熱量(カロリー)を無理矢理吸い上げられているような冷え冷えとした感触が腹の内を奔り、同時に偽剣の刀身が白い輝きを放ち始める。

 

「故に……我が奥義に相見え、果てる栄誉をくれてやる!」 

 

 偽剣の話をしよう。

 偽剣とは、真作を真似て構築され、真作を持つに能わぬ者によって行使されなければならない。

 レジェンダリー・ウェポン『聖剣アスカロン』の贋作として造られた『偽剣アスカロン』は、あらゆる面で真作に遅れを取る。一撃の威力、武具自体の強度、斬れ味は言うに及ばず、真作が持つ『竜種装甲無効化』のエクストラ効果も持ち合わせていない。

 更に致命的なのが特殊効果の差だ。

 討ち果たした竜の炎を吸収し己の力へと変えたという設定を持つ『聖剣アスカロン』は、振るう度に刀身より魔法の炎を放ち、ただでさえ長大な刀身の斬撃範囲を更に倍化させるという。

 一方『聖剣アスカロン』によって討たれた竜の死骸より鍛え上げられた『偽剣アスカロン』に宿る特殊効果は、当然ながら真作ほどの使い勝手はない。真作同様、内に強力な竜の炎を宿しこそすれ、その炎を放とうとするならば空中あるいは地上に一定時間静止し、自らのMP全てを燃料として捧げてチャージを行う必要がある。

 せめてもの救いとして、チャージ時間に応じて竜炎の射程範囲が伸びるという特殊効果がついてはいるが、地上戦に於いてそんな悠長にチャージをしている時間があるはずもなく、自在に飛び回れる空中戦に於いて大技がそうそう当たるものではない。

 『当たらなければ無意味だ』。そう考える賢者たちは、聖剣アスカロンの柄を握る資格を持つ。

 『当たる状況を作ればいい』。そう考えた愚者だけが、偽剣アスカロンの使い手足りうる。

 

「避けられまい! 避けられるはずがあるまい!!

 ――高度優勢を明け渡し、数で勝る敵中に敢えて飛び込むほどの仲間思いならば、尚更!」

 

 双剣を構え、下方より全速で駆け上ってくるスプリガンの渋面を遠くに見るアスカロンの顔には、獰猛な狩人の笑みが浮かんでいる。

 最初の奇襲の折、奴は二人を斬り倒しながらも先行して空に上がろうとはしなかった。奴が空中に舞い上がったのは、こちらの団員が全員空に昇った後の事。

 シルフ族のアベンジ以上の速度を持つと類推されるプレイヤーが、なぜそこまで出遅れる? そして、数で勝る敵を圧倒する剣の腕を持ちながら、奴はなぜ一度たりとも高度優勢を得ようとしない?

 気づいてみれば簡単だ。

 ――庇っているのだ、奴は。足元に残してきた、あのレプラコーンの片方、あるいは両方を。

 出遅れたのではなく、待っていたのだ。敵がレプラコーン達の側から離れるのを。高度優勢を得ようとしなかったのも、敵の注意を己にひきつけ、地上にいる仲間たちを意識させないため。

 ならば、勝利への道筋は単純極まる。

 奴と地上のレプラコーンを結ぶ軸線上に陣取り、炎が地上に届くだけのチャージ時間を稼ぐ。そして、それは今この瞬間達成された。

 

「地上の連れごと――消し飛べええええええッ!!!」

 

 振り下ろしたアスカロンの刀身が、太陽をも灼き滅ぼす閃光をまといながら、超高温竜炎(ドラゴンブレス)を解き放つ。偽剣アスカロンが誇る奥義(アウトロウ)は、死と滅びを体現する紅蓮の奔流となってスプリガンを襲う。

 無数のデメリットを踏み越えた先にある、魔法の速度と斬撃の威力を兼ね備えた奥義。そんな物を真正面から受けた者の末路は『リメインライト化』の一つに尽きる。

 盾もなく、大した鎧も無く、魔法防御があるわけでもないあのスプリガンが、耐えきれる道理がどこにある。荒れ狂う炎の中、黒い妖精は塵と化す。それが不変にして絶対の結末なのだ。

 

 ――そのはずだった。

 何事にも『例外』は存在するという、単純にして理不尽なその事実さえ無ければ。

 

(――馬鹿な)

 

 世界を流れる時間そのものが酷く重たく、粘性を持ったかのように感じる。

 刹那の瞬間が、永劫に等しく引き伸ばされたかのような錯覚の中、アスカロンは目の前で起きている出来事をようやく理解する。

 

(馬鹿なっ! こんな、こんな事が……!!)

 

 断ち割られている。

 竜の炎が。絶対の一撃が。己が頼みとする最強最後の奥義が。

 その炎に焼き払われるはずだったスプリガンによって。黒い剣士が携える二振りのロングソードによって、正面から真っ二つに斬り裂かれている。

 

「消し飛ぶのは――お前の方だ!!」

 

 ありえざる雄叫びを聞く。ありえざるその姿を視界に捉える。ありえざる敗北の理を肌で知る。

 ほんの一瞬前屠ったはずの敵が未だ健在であることと、無敵の炎を斬り破るという絶技は、既にアスカロンの理解の範疇を越えていた。

 

(……ありえん。こんな、こんな理不尽が……あるというのか。この世界には、まだ)

 

 滝を遡り竜へと至る魚の如く、炎の奔流を穿ち貫いて迫り来る漆黒の悪夢を前にしながら、それでもアスカロンの内心は驚くほどに静かだった。

 例えばそれは、地より放たれた流星が大気圏を突き破るかのような。あるいは、ただの人間が対物狙撃銃の銃弾を叩き斬るのと同じ程度には非現実的な光景。

 偽剣アスカロンの奥義を斬る――つまりは『魔法を斬る』。そんな事が出来ないかと夢想した時もあった。それが不可能であることは、アスカロン自身が身を以て知っている。一瞬の判断が生死を分ける戦場にありて、魔法というスキルが持つごく小さな着撃判定そのものを打ち払う事など出来るはずがない。

 そう思っていた。今、この瞬間に至るまでは。

 

(なるほど、我らが束になっても……勝てぬわけだ。……ああ。やはり、名を聞いておくべきだったな)

 

 武の鬼道を歩んだ者の逃れ得ぬ運命(さだめ)、今がその時。

 十六連の剣閃が一帯を為した流麗なる剣技と、三度目となる敗北の味を噛み締めながら、リメインライトへと変わったアスカロンの肉体は地上へ向け真っ直ぐに堕ちていった。

 

 


 

 

 紅蓮の炎は風に散り、たった一つ残った小さな魂の火は真下に落ちていく。

 周囲からようやく敵の姿が消えたことを確認し、黒いスプリガン――もとい、キリトは腹の中に込めていた力を安堵の息と共に緩めた。

 左右の手に携えていた二振りの騎士剣が、鞘に戻る事を待たずして砕け散ったのは、それとほとんど同じタイミングだった。

 

(……よく、保ってくれた。ありがとな)

 

 空となった両掌を見つめながら、キリトは内心でつぶやく。

 漆黒の剣『黒瀬童子』。白磁の剣『ディス・イズ・ジ・エンド』。何代目かになる、《ALO》でのキリトの愛剣達。

 共に同じ職人の手によって造られた二振りの兄弟剣は、キリトの無茶苦茶な――空中からのノーブレーキ降下強襲で敵を一刀両断し、あまつさえソードスキル『ソニックリープ』『ヴォーパル・ストライク』の連続攻撃(スキルコネクト)を以て炎の奔流を真正面から打ち破るという運剣に耐えきり、その使命を全うした。

 しかも武器の耐久値に直接ダメージを与えてくるタイプの敵Mobと戦闘を終え、耐久値回復もままならぬままPvPに雪崩込むという想定外の事態にありながら、だ。並の品であれば、良くてあのサラマンダーの一撃を受けた時点で、悪ければ最初の奇襲の時点で刀身が粉々に砕けていただろう。

 ほんの少しの間だけ感傷に浸ったあと、キリトは背中の翼を羽ばたかせ、地上に残してきた彼女たちのもとへ向かった。

 

「――リズ! レイン! 二人とも、大丈夫だったか?」

 

 地上に降り立ったキリトが駆け寄る先は、採掘場に取り残されていた二人のレプラコーン。

 《ALO》で知己となった赤く長い髪が目を惹くレインと、《SAO》時代からの付き合いがある桜色の髪をしたリズことリズベット。

 スタン効果が残っているのか、採掘場そばに置かれていた荷車に寄り掛かるように座り込んだまま、二人はどうにかこうにかという様子でキリトと視線を合わせる。

 

「あんたのおかげで、どうにかね。……うう、まだ全身ピリピリする……」

「わたしも、なんだか痺れが残ってる気がする……。鉱石を取りに来ただけなのに、なんでこんな目に……」

「来るのが遅くなってごめん、二人とも。ほら」

 

 リズとレインの方に腕を差し伸ばし、キリトは二人の体を引き起こす。男の手に引かれよろよろと身を起こした二人は、服についていた土埃を払いつつ、軽く身なりを整えた。

 

「別に気にしてないわよ。もともと、護衛を頼んでた訳じゃないし。ね、レイン?」

「リズっちの言う通りだよ、キリトくん。むしろ、助けに来てくれるなんて思ってなかったから、びっくりしちゃった」

「あら? あいつらに囲まれた時、小声で『助けて、キリトくん……』って言ってたのはどこのどなたでしたかなー?」

「そ、そっちだって! キリトくんが来てくれた時、わたしの隣で幸せオーラ全開にしてたくせに~!」

 

 けらけらと笑うリズにからかわれ、レインの頬が髪色に負けないくらいの赤色に染まる。

 実際、キリトがここを訪れたのは偶然の産物だ。『ドラグーンケイブ周辺に、レアな装備を落とす敵Mobが出現する』という噂に期待を込めて足を運んでみれば、現れたのは『レアな装備を落とす敵Mob』どころか『レアな装備の耐久度を容赦なく落とす敵Mob』。

 完全な無駄足を踏んだ帰り、採掘場の上空をフライパスしていると、リズとレインがPK集団に囲まれているのを発見し――後の顛末は言うまでもないだろう。

 

「しっかし、あたしはともかく、レインの不意を突いて麻痺させるなんて……厄介な連中もいたもんね」

「うん。あの人達、結構手練のPKクランだと思う。いいアイテムが手に入って油断してたってのもあるけど……『危ない』って感じたときには、もう魔法を回避できる余裕もなくて……」

「ここ、結構いい採掘場だったんだけど……面倒なことになりそうね。キリトはどう思う?」

「……そうだな。俺もレインの意見に賛成だ。

 あれだけの頭数がいながら、リズとレインに存在を気取らせなかったあたり……採掘しにくるプレイヤーから察知されにくいポイントを把握してるんだろう。ここをメインの狩場にしてる可能性は大きいと思う」

 

 謙遜するリズは言わずもがな、レインも《SAO》時代から場数を相当に踏んだ手練。そんな二人に一方的な奇襲をかけられるとなれば、少なくともそれなり以上に腕が立ち、頭の回るクランと見ておいて間違いは無い。

 恐らく、自らの存在を秘匿する為、領主や情報屋に注目されない程度の襲撃頻度を保ちながらPKを行っているのだろう。

 

「……で。二人とも、どうする? 街に戻るっていうなら、送っていくけど」

「そうね……。欲しい物は手に入ったし、お言葉に甘えさせてもらうわ。レインは?」

「わたしも戻るよ。さっきのクランみたいなのにまた襲われても困るし」

「わかった。じゃあ、一緒に帰ろうか」

 

 そう言いつつ、キリトは右手でアイテムウィンドウを呼び出すと、ストレージに格納していた武器をオブジェクト化する。

 万物を絶つ金色の大剣――レジェンダリーウェポン《エクスキャリバー》が実体となり、主たるキリトの背に顕現する。『黒瀬童子』と『ディス・イズ・ジ・エンド』を失った今、キリトが持つ剣はこの『エクスキャリバー』一振りのみだ。多少目立つとはいえ、さっきの連中のような手合が再び現れる可能性を考えると、無手のままでいるわけにはいかなかった。

 

「……あれ? 今日は二刀流じゃないの? キリト」

「それが……リズが作ってくれた剣、両方ともさっきの戦いで折っちゃってさ……」

「あー、そういうこと……。まったく、どこいってもあたしの最高傑作をぽんぽんぽんぽんへし折ってくれるわね。

 われらが黒の剣士サマは」

 

 《SAO》はもちろん、《ALO》や《SA:O》で手にした幾本もの剣の事を思い返し、キリトは苦笑する。

 かつてキリトが使い潰してきたその一振り一振り全てに、リズは大変な労力を注いでいるのだ。その苦労の重さを思えば、リズには頭が上がらない。

 剣士たるもの、己が得物と定めた一振りを生涯の剣とすべし――VRMMO全盛の現代に於いても残り続ける、そういった古式ゆかしい風潮は嫌いではないが、しかし従えない性分(プレイスタイル)だ。ならばせめて、職人たる彼女が捧げてくれる剣は最大限大事にしたい。たとえその末路が、耐久値を使い尽くした上での消滅か、新たな剣への転生のどちらかでしかないとしてもだ。

 

「……ま。限界まで使い込んでくれるのは、職人冥利に尽きますけども。うちの売上にも貢献していただけてますし」

「はは……。また頼むよ、リズ。いつものとおり――」

「予算無制限。今できる最高の剣を一振り――いや、今回は二振り必要なんでしょ? ちゃーんとわかってるから、任せときなさい。

 それじゃ、早く帰りましょ。次に鍛える剣について、細かい打ち合わせもしたいし」

「ああ、行こうか」

 

 再び背中の翼を展開したキリトが宙に舞い上がり、一拍遅れてリズとレインが続く。ここを狩場にしているPKクランが一つとは限らない。キリトは念のために周囲を索敵しつつ、リズ達を負荷をかけない程度の緩い速度を保ちながら先頭を切って空を征く。

 そうして飛び続けることしばし。ほんの少しだけ飛行速度を上げたレインが、おもむろにキリトの隣に並んだ。

 

「ねえねえ、キリトくん」

「ん? どうした、レイン」

「さっきの戦いの時もそうだけど……キリトくん、あんまり『エクスキャリバー』を使わないよね?

 いつも、リズっちが造った剣ばっかり使ってるし」

「確かに、そうだな」

「だよねだよね! それでね、剣士兼鍛冶師の端くれとしては、その理由がなんとなーく気になっちゃいまして……」

 

 端正な顔立ちに曖昧な苦笑いを浮かべつつ、レインはどこかもじもじと照れた様子で問いかける。

 ――実のところ、かつてリズ本人にも同じような内容を問われた事がある。そして、キリトの答えは今も変わっていない。

 

「確かに、エクスキャリバーは強いよ。ステータスだけ見るなら、どんなプレイヤーメイドの剣より上を行く。

 でもさ、なんていうか……リズが造ってくれる剣は、馴染むんだ」

「馴染む?」

「ああ、『しっくりくる』って言えばいいのかな。俺が思った通りに振り回せる、体の一部みたいな感じなんだ。

 ……その点、エクスキャリバーはじゃじゃ馬でさ。強いには強いけど、リズの剣ほど素直に言うことを聞いてくれない――そんな感じがするんだ」

「そうなんだ……。キリトくんにそう言われると、なんか納得しちゃうかも」

「だろ? それにほら、いざという時ならともかく、普段からエクスキャリバーを抜きまくるのはシノンに悪いかなって……」

「あははっ、なるほど。確かにそれは一理あるかも。二人の思い出の剣なんだよね、それ」

 

 キリト同様に剣士であり、そしてリズと同じく鍛冶師であるレインには、キリトの言わんとする事がちゃんと伝わったらしい。

 二人のその話を後方に控えながら聞いていたと思しきリズは、どこか自慢げな様子で羽根をはためかせると、キリトの隣へと並んだ。

 

「伊達に《SAO》の時からこいつの装備の面倒見てきてないのよ。ねー、キリト?」

「ああ、リズにはいつも助けられてるよ。でも、まさか《ALO》や《GGO》でも世話になるとは思ってなかったけどさ」

「ふふん♪ 今後とも、リズベット武具店をどうぞ末永くご贔屓に。うちの大事なVIP会員さん?」

「『VIP会員』じゃなくて、『いいカモ』の間違いだろ?」

「あらあら、よーくわかってるじゃない」

 

 げんなりした顔で苦笑するキリトを挟み、リズとレインはくすくすと笑いあう。

 エクスキャリバーは『最強』の剣。ステータスだけを見れば、比肩しうる剣は一振りたりとて存在しない。仮に実装されるとしても、それはきっと《ALO》が何度目かの大規模アップデートを迎えた後、つまりは遠い先の事だ。

 故にリズが造る剣は決して『最強』の剣ではない。

 しかし、キリトにとっての『最良』の剣であることは間違いない。

 全てが0と1で構成されるデジタルな世界であっても、数字だけでは割り切れない確かな何かがある――そう信じるに足るだけの想いが籠もった剣があったからこそ、キリトは今まで戦い抜くことができたのだ。

 他愛もない話をしながら飛び続ける内、気づけば近くにあるプーカ領の村が見えてきた。入り口の手前で羽根をしまったキリト達は、村の正面に設置されたゲートを徒歩で潜った。ここまで来てしまえば、もう誰かに襲われる心配はない。

 

「さーて、帰る前に軽く食事でも……」

 

 串焼きの屋台でも出ているのだろうか。広場の方から漂ってくる獣の脂が焼ける香ばしい匂いに、キリトの空腹中枢が刺激される。

 牛でも豚でも鳥でも羊でも、なんなら蛙の肉でもいい。とりあえず歩き出そうとしたキリトの袖を――レインがくいくいと引いて押し留めたのは、そんなタイミングだった。

 

「……ねえ、キリトくん。前にスヴァルトエリアでしてくれたあの話って……まだ、有効かな?」

「話って?」

「ほら。わたしが、キリトくんの武器を鍛えるっていう、あの話だよ。

 もし、まだ大丈夫なら……キリトくんの新しい剣は、わたしに造らせてほしいの!」

 

 白い両手でキリトの左手をぎゅっと握りしめながら、レインはいたく真剣な眼差しをキリトに向ける。真っ直ぐに見つめながら答えを待つ深い琥珀色をした彼女の瞳から、キリトは視線を逸らすことが出来ない。

 

「レイン。すごくありがたいけど……でも、どうして急に?」

「助けてもらったお礼――っていうのもたっぷりあるけど。わたしだって、レプラコーン鍛冶師の端くれだよ?

 あんなにいい顔しながら、リズっちの剣の良さを語られたら……同じ職人として嫉妬しちゃうよ。

 ……それとも、やっぱりわたしなんかじゃダメ……かな?」

 

 自信なさげな表情で見上げてくるレインの瞳は、拒絶されることへの不安に潤んでいる。

 そんな彼女を前にして『ダメだ』と言える程、キリトは無情な人間ではないが――それでも、今はレインを拒絶しなければいけない。

 口約束とはいえ、新たな剣の鍛造については既にリズに依頼した後なのだ。いくら仲間同士とはいえ、それを今から別の職人に任せるなどと言って約束を翻してしまっては、リズに対して礼を失する。

 《SAO》の時から、彼女が造り、鍛え、磨き上げてきた武器に、キリトは命を預けてきたのだ。その恩義と信頼は軽々しく扱って良いものではない。

 

「……レイン。気持ちはうれし――」

「はい、ストーップ。キリトもレインも、一旦落ち着いてリズ様のありがたーいお話を聞きなさい」

 

 断りの言葉を口にしようとしたキリトに先んじ、リズが唐突に声をあげた。機先を制されたキリトが口を噤む中、リズはぴしりと指先を突きつける。

 キリトの手を握ったまま、きょとんとした顔で困惑するレインに向けて。

 

「レーイーンー。キリトにお礼がしたいっていうあんたの気持ちはよーくわかるけどね。

 うちの大事な常連さんを、店主の目の前で掻っ攫っていこうとするのは、ちょーっとどうかと思うわよ?

 レインだって、イベントのトリを任されてたのに、いざ本番って所でいきなり別のアイドルがトリになったら……いい気分しないでしょ?」

「うっ……それは、確かに……。ごめんね、リズっち……」

「ふむ。わかればよろしい」

 

 痛い所を突かれ素直に詫びるレインに、リズはどこか仰々しい動作でふんふんと頷く。その仕草と雰囲気からは、リズが本気で怒っていたわけではないことがよくわかるが、一国一城ならぬ一店の主としては譲れぬ一線があるのもまた確からしい。

 そんな彼女の視線が、しょぼくれた様子で俯くレインと、その側に佇まざるを得なくなったキリトの間をちらりちらりと行き来する。やがて何度か小さく咳払いした後、リズはおもむろにキリトの方へと視線を向けた。

 

「ああ、そうそう。キリトに大事なことを言い忘れてたんだけど」

「大事なことって?」

「納期よ、納期。あんたクラスの使い手を満足させる剣を二振りとなると、完成までに結構な時間がかかっちゃうのよね。それでもいい?」

「それは……」

 

 『構わない』――と言いかけたキリトを押し留めたのは、何か企んでいる時特有の含みのある笑みを浮かべたリズの視線。視線の主が浮かべる表情は、クリスタライト・インゴットを取りにアインクラッド55層の雪山に向かう直前、『金属を取るには鍛冶師の協力が必要』と宣った時の悪い笑みとよく似ていた。

 隣で落ち込むレインに気づかれないようリズに小さく頷きを返しながら、キリトは答えを口にする。

 

「――ものすごく困る。なにせ、エクスキャリバーは俺の《お守り》みたいなものだからな。

 できるなら、いざという時までは温存しておきたい」

 

 今この瞬間、キリトとリズは共犯関係を結んだ。

 『グッジョブ』とでも言いたいのか、キリトにだけ見える絶妙な角度でこっそりとサムズアップしたリズは、わざとらしくため息をつきながら腕組みをしてみせた。

 

「そうね……お得意様だし、最優先で仕事させてもらうけど……。いくらあたしでも、一人じゃ限界ってものがあるのよね」

「そこをなんとか、頼む」

「そう言われてもねぇ。

 ……よし。こうなったら、リズベット武具店に期間限定で入店してくれる凄腕鍛冶師を探すしか無いわねー。

 ねえ、キリト。うちで働いてくれそうなプレイヤーの心当たり、ある? できれば、剣を一振り、最初から最後まで鍛えられる即戦力な子がいいんだけど」

「そうだな……職人ビルドしてるプレイヤーの知り合いは多くないけど……」

 

 すっとぼけるリズの調子に合わせ、キリトもまたすっとぼける。そしてほんの一瞬だけ、己の徒歩ゼロ秒圏内でしょぼくれる彼女に視線を向けたあと、キリトは再びリズの方を見つめて頷いた。

 

「――《ALO》随一の妹思いで、特殊効果付きの武器作成が上手くて、歌って踊れるアイドル系レプラコーンで良ければ……一人だけ心当たりがある」

「それ、本当!? あたしの求める条件にぴったりじゃない!

 誰のことを言ってるんだか全っ然わからないけど、是非とも紹介してくれない?」

「ああ、もちろん。

 ――というわけで。どうかな、レイン? リズの所で、職人を募集してるそうなんだけど」

 

 かくも堂々と嘯きながら、キリトは困惑している赤い髪のレプラコーンに水を向けた。

 わたわたと混乱しながらキリトとリズの間で視線を彷徨わせていたレインは、事態の流れをようやく理解すると、熟れた苺のように頬を真っ赤に染めたまま、ゆっくりと視線を上げてリズの方を向いた。

 

「え、えっと……リズっちのお店で、鍛冶師の求人を出してると聞いたんだけど……」

「ええ、してるわね」

「応募します」

「採用♪」

 

 キリトのソードスキルが敵を斬るのと同程度の速さで新規従業員の採用を決めたあと、リズは改めてキリトの方を向いた。

 

「さーって、従業員の当てもできたし。早速だけど打ち合わせにいきましょうか、キリト」

「そうだな。じゃあ、リズの店に……」

「それでもいいけど……ほら、うちの店って人気店だからしょっちゅうお客さんが来るじゃない? 

 落ち着いて相談するのにはちょっと向いてないと思うのよね! ねっ、レイン?」

「……そ、そうだね! 私も、リズっちの言う通りだと思うよ! キリトくん」

 

 少しだけもじもじとした様子の鍛冶師コンビの指先が、キリトの指に触れる。先の戦闘で固く握りしめられていた拳を労るような二人の手付き、そしてキリトに向ける視線の中には、どこか意味ありげな色がたっぷりと含まれている。

 以前のキリトであればそれに気づくことはできなかったかもしれないが、今は違う。そして、それに気付いてしまった以上――そこから先へは、男の方から誘うべきだろう。仮にもキリトは、あの世界を管理する者なのだから。

 

「確かに、それもそうだ。

 ‥…じゃあ、もう少し落ち着ける所に行こうか。二人とも」

 

 紅をさしたかのように頬を赤らめた二人は、首を微かに縦に振ると、《ALO》からログアウトしていく。

 妖精の世界から消えていく二人の姿を見送ったあと、キリトもまたコンソールを呼び出し、《ALO》からログアウトした。

 《ALO》と同じ『種子』から育ちながら、限られた者達しか入ることを許されない世界――とある個人宅のサーバ内に作られた仮想世界へ再度ログインしなおすために。

 




06-2.剣理活人刀 へ続く。
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