※この作品はR-18です。

おそらくはありふれた究極的なやりかた   作:Hastnr

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幕間. Awakening R / Rising S  [▲]

[ From starting of a night party. Before 187 minutes,12 seconds ]

 

《 Awakening R 》

 

 

 

「――星王陛下と光の巫女様に、まさか本当にご再訪いただけるなんて……このローランネイ・アラベル、光栄の至りにございます」

「その『星王陛下』ってのは勘弁してくれないか……アラベルさん」

「私も『光の巫女』と名乗ったのはハッタリようなものでして……。今になってそう呼ばれるのは、なんというか、だいぶ気恥ずかしいと言いますか……」

 

 居心地悪そうに頬を掻く星王――もとい、キリト。うっすらと頬を赤らめる光の巫女――もとい、アリス。

 今やアンダーワールド中の崇敬を集めてしまう存在になった二人は、そう言いながら石の階段を下っていく。コツコツという硬い足音を薄暗い地下空間に響かせながら。

 

「失礼いたしました、陛下」

「『陛下』もやめてくれるとありがたいんだがな……俺の事はキリトでいいよ。アリスは?」

「私もアリスで構いません。どうかその通りに、アラベル殿」

「承知いたしました。それと……よろしければ私の事は『ローラ』とお呼びください。キリト様。アリス様」

 

 二人を先導する形で階段を降りていく少女――機士ローランネイ・アラベル、もといローラは、様付けだけは止めるつもりが無いらしい。ひとまずそこを妥協点とした二人は、それ以上の訂正を諦めて大人しく彼女の後に続いた。

 茅場が送りつけてきたIPアドレスを頼りに、キリト、アリス、そしてアスナの三人で、200年が経過したアンダーワールドにダイブしたあの日から数えて、これが二度目のダイブとなる。前回持ち帰った情報を元に菊岡や比嘉、神代博士らと検討を重ねた結果、現在のアンダーワールドはリアルワールド側の想定を超えて発展していることが発覚。更なる情報を求めて、キリト達に再ダイブの許可が下りた。

 とはいえ、三名とも気軽に街を出歩けるような身分(アカウント)ではない。ひとまず、友好的な協力者の一人であるローランネイ・アラベルという機士の少女にアンダーワールドの現状を聞くため、アラベル家の屋敷内にのみ行動範囲を限定するという制限付きでの再ダイブとなった。

 セルカとの再会が叶うことに一縷の望みを託していたアリスは落胆していたが、それでも気丈にキリトの護衛役を買って出てくれている。なお、この場にアスナがいないのは『アンダーワールドへの影響を最小限に留めるため、STLの使用は一台のみに限定する』という神代博士のお達しのせいである。STLが無くともどうにでもなるアリスが随伴者に選ばれたのは当然の成り行きだった。

 

「それで、アラ……じゃなくて、ローラ。俺に見せたいものがあるって言ってたけど」

「はい。我がアラベル家に伝わる至宝、それをどうしてもキリト様にご覧いただきたく」

 

 靴音を響かせ、二人に先んじて階段を降りながらローラは首を縦に振る。

 アンダーワールドの現状についての聞き取り調査が一段落し、手に入れた情報を整理・共有するために一度ログアウトするかを検討していた二人に『どうしても見てもらいたい物がある』とローラが告げたのは数分前の事だ。

 彼女の使命感に満ちた彼女の真剣な眼差しは、二人を頷かせるに値する輝きを秘めていた。結果、二人はローラの先導のもと地下室に向けて歩みを進めていた。当然ここもアラベル家の屋敷の敷地内ではあるため、神代博士との約束はどうにか破らずに済んでいる。

 

「さあ、こちらです。お二人とも」

 

 数十段分の階段を下った先にあったのは、キリト達の背丈を大きく上回るサイズの石扉だった。その風体をざっと見る限り、作られてから軽く百年以上は経過しているのではないだろうか。

 両開きの扉の前に立ったローラは、懐から古びた鍵を取り出すと、石扉の隅にひっそりと据え付けられていた鍵穴へ差し込む。しばしの間を置いて、石臼を引くような重々しい駆動音を上げながら、分厚い石扉が左右へ割れた。

 

「システム・コール。ジェネレート・ルミナスエレメント――」

 

 ローラが生成した光素の粒が壁面を走るガラス管の中に充填され、暗かった室内を明るく照らす。

 それなり以上に年期を経たと思しき、石造りの室内。ゆるやかなドーム状となった天井までは、ざっと10メル――10メートルはあるだろうか。床面積も広く、大人数十人を詰め込んでもまだまだ余裕がありそうだ。

 その部屋が何のために作られたのかをキリトに知る術はない。できるのは、ただ推測することだけだ。

 扉を開けた途端――視界に真っ直ぐに飛び込んできた、漆黒のシルエットを手がかりにして。

 

「こいつは……」

「鎧……でしょうか。いえ、それにしては大きすぎますし、形状も……」

 

 鎧。竜。人。神。機。鬼。鋼。魔。その全てが正しく、そしてその一字では表せぬ漆黒の巨躯。

 ローラの後に続いて室内に脚を踏み入れた二人を出迎えたその存在を、キリトもアリスもただ呆然と見つめていた。

 

「――試作竜騎兵(プロトドラグーン)・『月影(げつえい)』。我がアラベル家に代々伝わる至宝です」

 

 威風堂々たる漆黒の異形――それが『月影(げつえい)』なる名を持つ存在であることを、ローラがはっきりと告げる。

 頭頂から爪先まで3メートル半、いや、それ以上はあるだろうか。間接の一部を除いたほぼ全てを金属製の装甲が覆うその姿は、なるほど確かに鎧のようにも見える。

 人間のそれをそのままスケールアップしたような強靱な四肢、そして頭部の兜らしき装甲部分にある鋭い一対の目と、頭の左右から斜め上方に向けて伸びた角が、全体に強く雄々しい印象を与えていた。

 そしてそれ以上に目を惹くのは、背中から生えた金属製の翼だ。竜のそれを思わせる一対は、本体を保持するハンガーユニットに支えられて左右に大きく広げられている。その翼を閉じれば、ちょうど全身を覆ってしまえそうなほどだ。

 

「この月影は、現在主流となっている宇宙用大型機竜の原型となった機体だそうです。

 大気圏内用機竜が持つ出力をそのままに、大きさと形状を乗り手となる人間や亜人族に近づけることを目的として設計・試作されたものだと言われています」

「機竜……たしか、ローラ達が乗ってたアレだよな。その出力をこのサイズにそのまま落とし込んだってことは……。

 なるほど、こいつは一種の宇宙服……いや、強化装甲(パワードスーツ)ってわけか」

 

 月影の機体全体を興味深げに見回しながら、キリトは一人頷く。機体の背面を見れば、双発式戦闘機のジェットエンジンを思わせる装備が二機、翼の間に接合されている。おそらくはこれが宇宙空間を飛び回る際の主推力源として機能するのだろう。腰の辺りから伸びるしなやかで長い尾は、バランサー兼サブアームといったところだろうか。

 搭載量(ペイロード)ではローラ達の機竜の方が遙かに上を行くだろうが、出力とサイズ比から考えれば、近接格闘戦では圧倒的優位に立てるに違いない。分厚い装甲による防御力も考えれば、《ALO》の世界樹上空に広がっている『雷竜の巣』も余裕で突破して、空の王フレースヴェルグに再度謁見するのも不可能ではないだろう。

 

「この月影は、星王陛下自身が考案・設計し、当時のアラベル家代表と共に開発されたものだそうです。つまりは……キリト様ですね」

「……俺? 俺と君のご先祖様が、これを?」

「はい。この機体をベースに、指揮管制と支援能力を強化したA型、機動性を大幅に向上させたL型、長距離砲撃および狙撃に特化したS型など、様々なバリエーションの設計が行われたそうなのですが……星王陛下以外にまともに性能を引き出せた者がほとんどいなかったらしく、制式量産されることは無かったそうです。

 その後、月影の開発に協力していた当家の代表が、記念にこの機体を下賜していただいたのだと記録されています」

「へえ……そんな歴史があったのか……」

 

 一端の学者か技術者のように両腕を組みながらほうほうと頷くキリトの横で、ローラが若干怪訝な顔を見せた。

 

「あの、大変失礼な事とは思いますが…………もしかして、覚えていらっしゃらないのですか?」

「あ、ああ……」

 

 バレたか、とでも言いたげな気まずさ全開の表情で頷きつつ、キリトはぽりぽりと首筋を掻く。

 

「実は、ちょっと事情があって……俺が星王だった頃の記憶のほとんどは消去しちまってるんだ。

 アンダー……いや、この世界のことを考えると、あまりおおっぴらにはできない話だからさ。申し訳ないけど、このことはローラも黙っててもらえないか?」

「も、もちろんです! たとえ記憶があろうとなかろうと、陛下が陛下であることはお変わりありません!

 このローランネイ、墓場まで持っていく秘密といたします!」

 

 びしりと威勢良く臣下の礼を執るローラを、キリトは慌てて押しとどめる。ルクスもそうだが、溢れる崇敬を素直にぶつけられるとなかなかどうしてこそばゆい物がある。かといって悪意を以てしている行為というわけでもないため、無下にもできないのが困りどころだ。

 その微笑ましい様子を横目で見ながら、アリスは軽いため息をついてから口を開いた。

 

「それで、ローラ。キリトにこれを見せてどうするつもりだったのですか?」

 

 場を制するようなアリスの冷静な言葉に、ローラは慌てて居住まいを正す。そうして機士としての体裁を整えると、改めてキリトを真っ直ぐに見つめた。

 

「キリト様。アラベル家現代表――ローランネイ・アラベルより、貴方様にお渡ししなければならないものがあります」

 

 キリトとアリスをここに導いたときと同様の真剣な眼差し。誇りと責任感に満ちあふれた声。その様子にただならぬ物を感じ取ったキリトも、相応の真剣さを以て頷きを返す。

 

「キリト様。どうか、月影の装甲に触れてくださいませ」

 

 ローラに促され、キリトは月影の腕に触れる。冷たい金属の感触が帰ってきた直後、キリトの触れた場所から一筋の光素が迸り、月影の装甲表面を駆け抜けていく。

 それはきっと、一種のバイオメトリクス認証だったのだろう。光素が月影の兜に到達した数秒後、月影の両目がほのかな光を放つ。目の前にいるのがかつての主、星王・キリトと同一人物であることを認識したらしき月影は、ぶぅんという重い起動音を響かせながらパーツを動かし始める。

 頭部の装甲が背中側へ回ると同時に、胸部甲鉄が下方へとスライド。鋼の竜人騎は、その身のうちにて守り続けてきたモノを外気へと触れさせた。

 

「――改めてご紹介させていただきます。キリト様」

 

 操縦者が収まるスペースを占拠するのは、琥珀を思わせる飴色をした硬質物体。おそらくは機体がここに安置されるのとほぼ同時に内部を満たしたのであろう物体の中に捕らえられていたのは、かつて過ぎ去りし古い時間だけではなかった。

 小さな体を膝から抱え込むようにして、琥珀の中へ収まっていた者の姿を目にした瞬間――キリトも、アリスも、共に言葉を失って立ち尽くした。立ち尽くすことしかできなかったのだ。

 

「彼女こそ、キリト様と共に月影の開発に携わった者にして……遡ること七代前のアラベル家当主」

 

 たとえ王の記憶を無くそうとも、彼女の事だけは忘れない。

 時の彼方に消え去り、もう二度と会うことはないだろうと思っていた彼女。短いながらも同じ時を過ごし、共に剣の技を磨き、剣を振るう意味を学び、幾多の戦いで命を賭けた者。

 その名を。その微笑みを。その声を。キリトが忘れるはずがない。

 

「その名を――」

「――ロニエ。ロニエ・アラベル……!」

 

 静かなる琥珀の海に浮かぶ少女――ロニエ・アラベル。長き時の流れの中を、月の影たる揺り籠(ムーン・クレイドル)の内にて過ごしながら、いずれ再び来たるはずの王を待ち続けた者。

 予想だにしなかったその再会は、驚愕に掠れるキリトの声と共に幕を開けた。

 

 

 


 

 

[ From starting of a night party. Before 121 minutes, 12 seconds ]

 

《 Rising S 》

 

 

 

「――なるほど。つまりキリトくんは向(・)こ(・)う(・)でヤリ捨てしてきた子の責任を取りたいって事っスね」

 

 空気が凍る瞬間とは、恐らくこういった瞬間のことを言うのだろう。

 ハードでもソフトでも厳重なセキュリティで守られたラース六本木支社。その中でも特に一部関係者のみが使用を許された作業ブースの中で比嘉が発した不用意な一言は、間違いなく場の空気を凍らせた。

 

「比嘉君……」

「あなたねえ……もうちょっと言い方ってモノがあるでしょう……?」

 

 その『一部関係者』に含まれている(書類上では)故人の菊岡と、最近色々と無理を頼まされっぱなしの神代博士が揃ってため息を吐く。呆れたような冷たい視線を発言者に向けながら。

 一方、その隣では。

 

「キリト。『ヤリ捨て』とは、いったいどういう意味の――」

「……アリス。それは聞かないでくれ。頼むから、今だけは聞かないでくれ……」

 

 サファイアブルーの色を困惑に揺らすアリスと、彼女がぶつけた悪意0%の問いかけにクリティカルダメージを受けているキリト――もとい、桐ヶ谷和人の姿があった。

 ローランネイ・アラベルの屋敷地下で、当に天寿を全うしたはずの後輩と思いがけぬ再会を果たしたのは今から一時間ほど前の事だ。試作竜騎兵・月影の内にて、琥珀状の物質――ローラ曰く『夜空の剣』の記憶解放術を応用したものらしい――に包まれて眠ったままのロニエを一旦ローラに預け、キリトとアリスはロニエの処遇と今後について関係者に話を通すべく、アンダーワールドからログアウトしていた。

 そして、ローラから聞いたアラベル家に関する諸々の話とロニエの現状、そして現在のアンダーワールドについての話を関係者に共有したところ――真っ先に飛び出してきたのが先の比嘉の発言だった。

 

「な、なんスかみんなして! 事実は事実じゃないっスか! ねえ菊さん!」

「――と、比嘉くんは言っているがね。実際の所はどうなんだい、キリトくん?

 そのローランネイという少女は……かつての君が、ロニエという後輩との間に設けた子の末裔なのかい?」

「いや、さすがにそんなわけないだろ! …………たぶん」

 

 歯切れの悪いキリトの言葉に、比嘉は『それ見たことか』と笑い、菊岡は『なるほど』と肩を竦め、神代は『まったく……』とため息をつく。

 実際、キリト自身としては『事実無根だ』と言い切りたいのも山々なのだが、なにせそこら辺に関わる記憶が一切無い。政治家が言い訳に使う『記憶にございません』というアレではなく、実際に記憶そのものを削除(デリート)しているのだからどうしようもないのだ。

 ローランネイ・アラベル――もとい、ローラという少女が、かつて己がロニエに産ませた子の末裔なのかもしれないと言われても、そもそもロニエに対してそういった事をした記憶もなければ、していないという記憶も無いのだから。

 

「さっきも言ったけど、俺の記憶があるのはあの大戦が終わってから向こう一ヶ月くらいの間までで……。

 少なくともその間、というかそれ以前を含めてもロニエに、その……そういった事はしてない! どっかのゴブリン以下とは違う! これだけは誰がなんと言おうと断言できる!」

「なるほど。だが、それ以降に手を出さなかったという保証はしないと」

「そんなの……記憶にも記録にも残ってないんだから、俺がどういったって保証しようが無いだろ。

 ――俺の記憶のコピーでもあれば話は別だけどさ」

 

 がしゃんっ――という、けたたましい音と共に比嘉の悲鳴が響いたのは、まさにその直後だった。

 音のする方へ集中した四人分の視線の先では、大人しく椅子に座っていたはずの比嘉が、その椅子ごと派手にすっころんでいる光景が広がっていた。

 

「ちょっと、大丈夫? 何やってるのよ比嘉くん」

「だ、大丈夫っス、先輩。その、皆さんにハブられてて暇なもんで……ぼけっと遊んでたら、うっかり……」

「あなたねえ……小学生じゃないんだから……」

「はっ、ははっ……ほんと面目ないっス……あはははは……」

 

 そう言って、妙に青白い顔をして冷や汗を額に浮かべた比嘉がいそいそと椅子を起こす。

 その様子に改めてため息をついたあと、神代博士はキリトの方を向いた。

 

「キリトくんって、アンダーワールドで王様してたわけよね? そんな人が、王妃様(アスナ)以外に手を出して子供まで産ませたっていうなら……か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)なんて言ってられなくなるくらい、現地の記録にはっきりと残ってるんじゃないの?

 江戸時代の大奥と将軍家みたいに」

 

 もっともらしい神代博士の問いかけに、キリトは静かに頭を振る。

 

「それが、ローラが言うにはそう単純な話でも無いらしくてですね……」

 

 ローラ曰く、ロニエとアラベル家に関わる事の顛末は次のようなことになっているらしい。

 ティーゼと共に北ノーランガルス皇帝を討ったことや合成ミニオンによる奇襲(テロ)を防いだことなど、様々な勲功をあげたことで正式な整合騎士に昇格したロニエが名実共にアラベル家代表になってからしばらく後。突如、彼女は未婚のまま養子を迎えて己の息子とした。アンダーワールド中を巻き込んだあの大戦争やその後の動乱の余波で両親を失った遠い親戚の男子ということらしく、少なくとも書類や手続き上に問題は無かったそうだ。

 とはいえ、良家や元貴族からの縁談が掃いて捨てるほど寄せられていた彼女が、突然外部から養子を迎えたことを訝しむ声は少なくなかった。

 星王の側に仕える若き整合騎士にして、王妃の憶えも目出度き存在。そんなロニエが数多の縁談を蹴り飛ばして養子を迎える理由。ゴシップ好きな一部の層でなくとも、考えつく理由は一つしかない。

 『実はロニエは星王の愛妾であり、星王の種で為した子を表向き養子として迎え入れたのだ』――と。そんな噂が広がるのも、仕方の無いことだったのかもしれない。

 

「ありがちな話ね……」

「ローラの家に残ってる記録だと、ロニエが養子を迎えたのは本当みたいなんですよ。ただ、その……」

「王様との間にできちゃった子をなんとかするための偽装工作だったかどうかまでは書いてないと。

 当たり前でしょ……それが真実にせよ、根も葉もない噂にせよ、影響が大きすぎて書き残せないわよ。そんなの」

 

 本当に星王の落とし胤であれば大問題。そうでなければ『星王の落とし胤かもしれない』と思わせておく方が得。そんな事情が重なった結果、ロニエは――アラベル家はそこら辺の真実をぼかしたままにしておく判断を下したのだろう。

 深々とため息を吐く神代博士と入れ替わるように口を挟んできたのは、やけに真面目な顔をした菊岡だった。

 

「それで、キリトくん。改めて確認させてもらうけれど……君としては、彼女をどうしたいんだい?」

 

 眼鏡の下に鋭い眼光を隠しながら、菊岡が問う。

 もっとも、キリトに必要なのは答えでは無く、ともすれば非常にエゴイスティックな答えを口にするための覚悟。ただそれだけだった。人間一人の人生を大きく変えてしまうという事への覚悟が。

 自身でも気づかぬまま、掌に爪が食い込むほど強く握りしめられていたキリトの拳。その拳を労るように、そっと重ねられたアリスの両手の感触が――キリトを奮い立たせる。

 

「俺は、彼女を……ロニエを目覚めさせたい。約束したんだ。『再び世界が重なる時、必ず君を迎えに来る』って」

 

 その約束も、約束をしたという記憶すらも、今のキリトには存在しない。全てはローラが伝えてくれた、アラベル家の伝承の中にある星王の言葉に過ぎないのだ。

 それでも――それでもだ。遠き彼方、たった一つの約束を胸に、終わりの見えぬ孤独な眠りにつく道を選んだたった一人の後(・)輩(・)を見捨てられるほど、乾ききった人間に落ちぶれたつもりは無かった。

 たとえ記憶が消えようとも、思い出は消えることは無いのだから。

 

「菊岡さん、頼む。ライトキューブパッケージを二基……いや、三基。どうにかして用意して欲しい。

 向こうで目覚めさせたロニエを……ロニエの『魂』を俺がワールドエンド・オールターからそこにログアウトさせて、リアルワールドに連れてくる」

「ふむ……」

 

 顎に手を当てて考え込む菊岡。様々な権謀術数を巡らす元自衛官の視線がキリトの方を外れ、神代博士の方へ向いた。

 

「人工フラクトライトそのものは、転送先設定を変えた上でラース本体と六本木(ここ)のダイレクト回線を経由させればどうにかなるとして……。

 凛子博士。念のために確認したいのですが……禁忌目録――つまりは柳井の妨害コードが残った状態の人工フラクトライトを、アリスくん同様のライトキューブパッケージに搭載したと仮定した場合、どういったリスクが考えられますかね?」

「そうね……」

 

 菊岡に水を向けられた神代博士もまた、しばしの間考え込むと、ふと何かを思い出したかのようにアリスの方へ視線を向けた。

 

「アリスさん。あなたは以前、《SA:O》や《GGO》に迷い込んできた事があったと聞いているけれど……。その時、エネミーや他のプレイヤーと交戦したと思うのだけれど、《右目の封印》が発動した事はあった?」

 

 アリスはただ静かに、首を横に振った。

 

「ありがとう。となると……パッケージはともかく、マシンボディはすぐには数を揃えられないだろうから、ロニエさんには《ザ・シード》規格の仮想世界で生活してもらうことになるだろうけれど……。

 戦闘がメインのVRMMOでコードが発動しなかったのであれば、それほど大きなリスクは無いはずよ。菊岡さん」

「なるほど……ありがとうございます」

「それと……念のために言っておくけれど。ロニエさんのフラクトライトからデータを抽出して、柳井のコードを解除するプログラムを作ってアンダーワールド中に散布しよう――なんて考えない方がいいわよ。

 たぶん、人間の脳味噌をみじん切りにしてから繋ぎ直す方がよっぽど成功率高いはずだから」

 

 神代博士の釘差しと、キリトとアリスの鋭い視線に晒された菊岡が『仕方ない』とでも言いたげに両手を上げて降参のポーズを取る。十中八九、菊岡にもその意図はあったのだろう。アンダーワールド人を過剰に押さえつけている禁忌目録――つまりは柳井の妨害コードが無くなれば、アリスのように己の限界を超えたフラクトライトの持ち主がもっと多く現れる可能性があるからだ。

 

「残念ながら、今の状況だと確約はできないが……パッケージの手配に関しては尽力しよう。それでいいかな、キリトくん」

「ああ……頼む、菊岡さん」

「コードの件を抜きにしても、これは僕にも利のあることだからね。アンダーワールド人が仮想世界でリアルワールド人と交流するという……今後起こしていきたい展開のテストケースとしてね」

 

 ラースの解体やライトキューブクラスターのリセットを防ぐための方策として現状考えられる唯一の手段。それが人工フラクトライトに人権を付与し、一つの命として保護すること。ひいてはそれを国民が認めること。それを為し得るか否かは、リアルワールド人とアンダーワールド人の交流にかかっているのだ。

 両者を平等に受け入れる世界――仮想世界での交流に。

 

「諸々の準備と再ダイブの体制が整ったら、こちらから改めて連絡しよう。悪いがそれまでは大人しく待機していてくれたまえ。

 キリトくんはもちろん、アリスくん。君もね」

「承知しています」

 

 どうにか話がまとまり、あとは流れで解散するだけ――という雰囲気になりかけた作業ブース。半ばハブられつつもまだその片隅にいた一人の男・比嘉は、ようやく決心が付いたかのように片手を上げた。

 

「あ、あのー……質問、いいっスかね? キリトくん」

「比嘉さん? ……どうぞ」

「誰も聞こうとしないので聞くけど、なんでライトキューブが三基いるんスか?

 いや、そのロニエって子の分で一基。セルカちゃん……でしたっけ。おんなじように眠ってるアリスさんの妹さんの事を考えて一基ってのはなんとなく想像つくけど……もう一基は?」

「あー……それは……」

 

 比嘉の何気ない質問に、キリトはしばしの間を置いてから答えた。

 

 『かつて果たせなかった約束を、今度こそ果たす為に』――と。

 

 


 

 

[ From starting of a night party. Before 1 day, 3 minutes, 13 seconds ]

 

 

「~♪ ~~~♪ ~~♪」

「あら、デイジーちゃん。『赤鼻のトナカイ』なんて……ちょっと懐かしい歌ね。いつのまに覚えたの?」

「はい。少し前、サチさんが歌っているのを偶然耳にし、教えていただきました」

「そうだったの。……そういえば、今日はサチさんを見かけていない気がするけど……キリトくん達と一緒なのかしら」

「いえ。サチさんなら先程、セブンさんと一緒にログアウトされたようです。何か大事なご用があるとのことでして」

「そうなの……。デイジーちゃんに素敵な歌を教えてくれたお礼を言いたかったのだけれど……また今度にしましょうか」

「はい、マスター」

 

 銃声轟く雪原に、優しい歌声が響く。

 かつて喪われた鋼鉄の城。死と恐怖が渦巻く悪夢の果てに、それでも幸あれと祈りを載せて。

 

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