出るとどうなる。
わからんのか。
原作とアニメとゲームのいいとこ取りして進めてきたこのシリーズがいよいよ以て各種原作との整合性が取れなくなる。
まあそれでもこのシリーズはこれまで通り続くのでご了承ください。
そんな感じの念を込めた50万字到達記念小ネタです。
【背負う過去】
――関東某所。
あまり
今時珍しいガソリンエンジンの音を響かせたバイクが、霊園の片隅にある駐車場に入り込んできたのは、昼を少し回ったあとの事だった。
アスファルトを敷き、白線で区切られた駐車場には、生憎とバイク専用の駐輪スペースは無かった。十台くらいは停められそうな駐車場に、先客は車一台のみ。それほど増えることはないだろうという目算の元、バイクの
「ふうっ……」
被っていたフルフェイス・ヘルメットを脱ぎ、キリト――もとい、桐ヶ谷和人は小さく息を吐く。押しつぶされていた髪を手ぐしでざっくりと梳かしたあと、跨がっていたシートから降りてヘルメットをケースへ放り込んだ和人は、代わりにオーグマーを装着した。そのまま電源を入れれば、聞き慣れた案内音声がオーグマーの起動を告げた。
「お待たせ。着いたよ、サチ」
『――ここ、なの?』
「ああ。菊岡の言ってたことが間違ってなければだけど……まあ、たぶん大丈夫だぜ」
『じゃあ、ここにあるんだね。私の……お墓』
オーグマーが投影する映像の中に浮かび上がる、セミロングの黒い髪の女性――サチは、そんな事を微かに呟いた。
墓参りがしたい。自分の身体が眠っているはずの場所に、行きたい。
サチがそんな事を言い出したのは、二週間ほど前のことだった。
何がサチを突き動かしたのか、それをキリトは知らない。それでもキリトは、そこら辺の情報を握っていそうな相手――菊岡に借りを一つ作る覚悟でコンタクトを取り、サチとのパイプを繋いだ。その後、彼女が菊岡と何をどう話したのかは聞いていないが、ともかくサチは己の墓がある場所の情報を受け取った。
もちろん、アリスのように
『せっかくのお休みなのに、ごめんね。キリト』
「いいさ、これくらい。お安いご用だ」
『ありがとう。そうだ。戻ったら、アスナさんにもお礼しないとね。キリトを貸してくれたお礼』
サチの言葉に、和人も頷きを返す。
アスナ――もとい、明日奈には、サチと二人で少し遠出するという事しか話していない。本当なら墓参りに行くことも伝えようと思っていたのだが、『いいわよ。何か特別な事情があるんでしょ? キリトくんの顔にそう書いてあるわ』と看破されてそれきりだ。
大した事情も聞かず、キリトとサチを信頼して快く送り出してくれたアスナには頭が上がらない。
『静かだね、ここ』
「……ああ」
隣に並んで歩くサチの言葉に、和人は小声で返答する。多くの死者が眠る霊園は、風に揺れる木々の枝葉の音と、墓石の間の道を歩く和人の足音だけが響いている。騒ぐ者のいない独特の静謐さが、和人の全身を包んでいた。
この墓地の中に、《SAO》で命を落とした者も混ざっているのだろうか。ついつい雰囲気に流された和人が、うつむき加減に視線を落としながらそんなことを考えていると、前方から足音が聞こえてきた。
視線を上げれば、そこには連れだって歩く若い男女の姿があった。
黒い髪を長く伸ばした女性の方は、見た目から察するに和人とそれほど年齢は変わらないだろう。端的に言って『美人』。一瞬視線が掠めただけでも整った顔立ちをしていることがわかる。
一方、その連れと見られる男性は明らかに和人より年上だった。しかしその雰囲気は、どことなく人間離れしたものを感じさせる。『狐が人間に化けているのだ』――とでも言われたら信じてしまいそうなほどの妙な存在感を持っていた。
すれ違う寸前、互いに小さく会釈をして通り過ぎる。
やがて、去って行く二人の足音が聞こえなくなったのと時を同じくして――和人は、一つの墓の前で足を止めた。
「ここだよ、サチ」
『ここが……私の……』
一般的なものより若干幅広かつ背が低い墓石。表面に『静偲』という祈りの言葉が刻まれた墓石とそれを乗せた台座は、どちらも濃灰色をした石から作り出されていた。
ここが、サチの肉体が眠る墓所。火葬されたサチの骨を収めた骨壺が、この下に納められているはずだった。
『なんだか……不思議だね。自分のお墓を、自分で見るなんて。
……幽霊って、もしかしてこんな気分なのかな』
冷たく固い石で作られた祭壇の前にかがみ込み、サチは興味深そうに己の墓所を見つめていた。
《SAO》でHPを全損したサチは、そのきっかり10秒後、ナーヴギアが発する電磁パルスによって脳を灼かれて死亡した。その死は医学的に検証され、確認され、その肉体は葬儀の後、法的手続きに則り火葬された。
それは仕方の無いことだ。まさか誰も――サチ自身すらも――サチの記憶と思念がザ・シード
いや、仮にそれを予想できたとしても、ナーヴギアによって完膚なきまでに破壊された脳髄を外科的に回復させる手立てなどどこにもない。あの日、和人が――キリトが《月夜の黒猫団》を守れなかった時点で、こうなることは決まっていたのだ。
『でも、来られてよかった。なんだかすっきりした。なんていうのかな……吹っ切れた気がするよ』
「――! サチっ……!」
『そんな顔しないで、キリト。大丈夫、私は……私は、どこにもいかないから』
拡張された現実の視界に映るサチ。その姿が、そのまま空気の中に溶けてしまいそうに思えて、和人は思わず手を伸ばす。こんなに近くにいるのに、互いに触れる事すらできない。それでもサチは、和人の差し出した手に己の両手をそっと重ねた。
見つめ合う視線が、二人の間で自然と重なる。しんしんと降り積もる雪のような、微かにして透明なサチの声が和人の耳に届いた。
『私ね、確かめたかったの。
私の身体はなくなってしまったけど……それでも、私はちゃんとここにいるんだって。キリトの側にいていいんだって』
「そうか……。だから、わざわざここに……」
『うん。本当は少し怖かったんだけど……キリトが一緒に来てくれるって思ったら、勇気が出せたんだ。
ありがとう、キリト。私のワガママに付き合ってくれて』
そう言って、サチは共に眠ったあの日のように微笑む。
「いいさ、これくらい。サチのワガママなら、いくらでも付き合ってやるよ」
『やっぱり優しいね、キリトは』
現在、《GGO》内から無事に回収されたサチのプレイヤーデータは、ラース原宿支社内に存在するライトキューブ・パッケージの一つに納められている。肉体はとうに無くなっても、彼女の意識や記憶の全て――『魂』は、今もそこにある。彼女は、今もちゃんと生きているのだ。その事実だけは、たとえ相手が誰であっても否定させるつもりはなかった。
『――そろそろ、いこっか』
「ああ。だけど、その前に……」
最後に一度だけ、墓の前で手を合わせる。そこに眠るサチの身体に祈りを捧げたあと、二人はようやくその場を後にした。
駐車場に戻ってきてみれば、停まっていた車の姿は既に無く、広い駐車スペースにはバイク一台だけがぽつんと取り残されていた。
『……ね、ねえ、キリト』
「どうかしたか、サチ」
バイクの側でヘルメットを取り出そうとした矢先、聞こえてきたサチの声に、和人は手を止めた。オーグマー越しの視界の中に映るサチは、両手をぎゅっと重ね合わせながら恥ずかしそうに俯いていた。
『ワガママ、もう一つだけ……いい?』
「当然。できれば、俺のできることの範疇で頼む」
『あのね……名前、教えて欲しいの。キリトの、現実の名前』
「え? いきなり何かと思ったけど、そんなことか」
『そんなことじゃないよ! 私にとっては、とっても大事なことだもん』
身に染みついたVRMMOプレイヤーの常識――自分のリアル情報を明かさず、相手のリアル情報を聞こうとしない――のせいで、サチに己の事を紹介するのをすっかり忘れていた。苦笑しつつ、軽く居住まいを正した和人は、正面からサチを見つめた。
「それじゃあ、改めまして。俺のリアルネームは、桐ヶ谷和人。よろしくな、サチ」
『きりがや、かずと……桐ヶ谷和人……。そっか、だからキリトって……』
胸元に当てた両手を握りしめたまま、サチは和人の名を繰り返し呼ぶ。その名前を、己の記憶の中にしっかりと刻み込むように。
「なんというか……安直で悪かったな」
『そんなこと思ってないよ。キリトも、和人も、どっちも素敵な名前だよ。
それじゃあ……次は、私の番だね』
ゆっくりと歩みを進めたサチを、和人は両腕を開いて招き入れる。現実の腕では、拡張現実にいる彼女に触れることはできない。それでも彼女の身体に腕を回し、その小さな身体を抱きしめる。
サチは静かに微笑み、和人の胸にこてんと頭を倒した。
『私の……私の名前はね――』
木々の間を、少しだけ強い風が吹き抜けた。
彼女が発した微かな声は、彼の耳だけに届いて――風の中を舞う粉雪のように、そっと消えていった。
【繋がる未来】
衛星写真を拡大しなくても見えてくる。人里離れた森(焼け痕多数)の奥に、ポツンと建つ一軒家。
いったいどんな人が、どんな理由で暮らしているのだろうか。
まあ、『どんな人』――と言われても、一言で言うのは難しいだろう。何せ住民の数は既に二桁。男が三人、女が十人以上。ペットが四匹(フェザーリドラ、ナガハシオオアガマ、セルリヤミヒョウ、トゲバリホラアナグマ)。大家族ホームドラマが撮れそうなレベルの大所帯である。
一方、『どんな理由』の方は単純である。落ちてきたのだ、空から。色々というには色々すぎる紆余曲折の末に。
そんなポツンと一軒家の周囲では、夜を徹した大規模な建築工事が続けられていた。目的はただ一つ、『ポツンと一軒家』状態から脱却し、襲撃者の戦闘意欲を削ぐ為の緊急駆け込み工事である。
壁や建物が増えることで攻め難く守り易い構造になるのはもちろん、襲撃者側に建築物を破壊する事への忌避感が生まれるかも知れない。それを期待しての建築作業だった。
「んー……。うぅぅぅん……?」
「どうしたんだよ、クライン。うなり声なんか上げて。ミーシャの物真似でも練習してるのか?」
「そうそう、これがなかなか難しくて――って、んなわけあるか!」
絶賛工事中の我が家の南方に流れる川。そこに投網をぶん投げ、食料となる魚を捕まえた何往復目の帰り。
背負った投網の中にたっぷりと魚を詰め込んだ男――クラインの叫びが森の中に木霊する。その隣で同じように魚の入った投網を担いだままキリトが怪訝な顔をすれば、クラインも同様になんとも言えぬ顔をしてみせた。
「なあ、キリの字よう。お前、なんか妙だとは思わねえのかよ?」
「いや、妙に思うことだらけだぞ。《ユナイタル・リング》そのものにしても、襲ってきた連中にしてもそうだし……」
「ちげぇよ。そういう事情が根深そうな方じゃなくてだな……アスナちゃんだよ、アスナちゃん」
「――アスナが?」
「おう、いきなりそんなマジな顔になるなっての。別にそこまで重い話じゃねえからよ。ほんっとおめーさんはよぉ……」
無意識に表情に力が入っていたキリトを、クラインが『どうどう』となだめる。
リアルの時刻ではそろそろ0時半を回る頃。23時すぎまでかかって
キリトとクラインの仕事は、住民やペットたちの食料となる魚を川から獲ってくるというものだった。もちろん、漁に使う投網はアスナのお手製である。スキルの熟練度上昇も兼ね、網を投げては引き、投げては引きの繰り返しで魚を集めるだけのお仕事である。
びちびちと跳ねる新鮮な魚を収めた網をストレージいっぱいに詰め込み、クラインは再び口を開いた。
「なんつーか、アスナちゃん……いや、アスナちゃんだけじゃねえな。なんか女の子達、皆……手慣れてる気がしねぇか?」
「手慣れてる……って、何にだよ?」
「この作業に決まってんだろ。工事というか、町造りというか……。
アスナちゃんを筆頭に、皆作業がテキパキしてるっていうかよ。俺らが横で口を挟むタイミング、全然無かったじゃねえか」
「まあ……言われてみれば、確かに」
クラインの言うことに、キリトは首を縦に振る。
町の原型を作ろうと言い出したのはキリトだし、現在の石壁の更に外側に新たな壁を設けた真円四分割構造にしようと提案したのもキリトである。
ただ、そこから先は女性陣の独壇場だった。
用途別のエリア分割に始まり、必要な素材量の計算と工事着手順、工事を円滑に進めるための道具の作成順から作業班の人員割り当て、更には今後のログハウス増築を見越した部屋割り案の作成まで――アスナを議長とした打ち合わせは実に恙なく終わり、そのままマンパワーに物を言わせた作業タイムに突入していた。
キリトとクラインは食料と水の確保。つまりは魚獲りと川からの水汲み。
エギル、リーファ、シリカ、それにトゲバリホラアナグマのミーシャを加えた三人と一匹は木材や石材といった重量物の確保および運搬。
集められた資材の類は、リズベットとレインが自慢の腕を大いに振るってどんどんと加工を進めていき、それを使ってストレア、サチ、セブン、そしてユイが建築を進めていく。面子が面子なのでなんとも賑やかな工事が繰り広げられているが、建築作業や配置に関してはアスナの完全統括が入っている。ちょっと目を離した隙に巨大な石像が建立されていた――なんてことも起きないだろう。
アリス、イーディス、シノンはパッテル族の有志を伴って周辺の簡易調査やマッピング。同時に襲撃者がブービートラップなどを残していないかを確認し、拠点周囲の安全をより確固にしていく。
フィリア、ロニエ、ルクスも食料確保担当だが、狙う獲物は果実や野菜、穀物といった類の植物系食料。これは新拠点内での生活を狩猟から農耕にシフトさせるための重要な作業だ。護衛と嗅覚による探索支援も期待して、セルリヤミヒョウのクロも随伴している。
今この場にいる面子をフル活用した人海戦術は予想以上の効率を発揮し、凄まじい勢いで各種工程を進行させていた。この調子なら、リアル時間が丑三つ時を迎える前に全ての作業を完了させ、眠りにつくことができるかもしれない。
アルゴにユウキや《スリーピング・ナイツ》の面々、プレミアとティア、クレハやツェリスカ達もいればさらに作業は効率的だっただろうが、生憎それぞれ《ALO》、《SA:O》、《GGO》から強制コンバートされたプレイヤー達が送られる初期拠点周辺にいると先日連絡があった。合流するにしても、それはもう少し先の事になるだろう。
もしここに、今は亡き友が――二百年の時の中、人としての一生を全うする事を選んだあいつがいたら。心のどこかでそう思わずにはいられない。
この切なさとは、きっと一生付き合っていくことになるのだろう。なんとなく湿っぽくなってしまった胸の内を誤魔化すように、キリトはわざと明るい声を出した。
「まあ、クラインの言うこともわかるけどな……お前、アスナが誰だか忘れてないか? あの《閃光》の副団長サマだぜ?」
「へっ。ドヤ顔で言うんじゃねえよ、ったく。
それをさっ引いたってよ……なんちゅうか、むちゃくちゃ手際がいいんだよな。まるで、前にもやったことがあるみたいによ。なあキリの字。お前さん、なんか心当たりあったりするんじゃねえのか」
「心当たりって、そんなもんあるわけ――」
ない、と言おうとしたキリトの口がフリーズする。脳裏にばっちり思い当たってしまうのは、少し前――《ユナイタル・リング》への強制コンバートが発生する前、キリトのプライベートVR空間内で行われた大規模区画整理の事だ。
キリトが思いつくまま、あるいは女性陣にねだられるまま違法建築を繰り返してきたことによって、さすがに雑然としてしまった空間内を整えるべく行われたスクラップ&ビルド&移築。3日に分けて行われた大規模区画整理は、最初こそ誰もが戸惑ったり手間取ったりの連続で、初日は遅々として進まなかった。
キリトには今でもはっきりと思い出せる。区画整理初日の夜、VR空間の3Dフィールドマップを見ながら行われた区画整理会議の様子が。
『――ここにこのサイズの闘技場を建てると、露天風呂からの眺望が全部塞がれちゃうのよね……』
『そっかー。じゃあ、こっちに移動するっていうのはどう?』
『あ、そこはダメ。私のシューティングレンジに端が被ってるわ』
『ねえねえ。この間作った私のトラップダンジョン、こっちに移動していい?』
『それは…………あっ、ダメですよ、フィリアさん。地下で妖精牧場の壁をぶち抜いちゃってます。こっちにしませんか?』
『そっちはダーメー! アタシの
『ふむ……この際ですから、剣道場も拡張してしまいましょうか』
『じゃあついでに、お姉ちゃんのメイドカフェと、ライブステージも大きくしちゃおうかしら』
昔から『女三人集まれば姦しい』とはよく言うが、此度の区画整理に参加した女性の数はその約5倍である。当然、姦しさも5倍――いや、余裕でそれ以上だった。キリトの書斎兼作業スペースに集まった女性達が、ああでもないこうでもないと言いながら議論と調整を重ねていく。
一応最高権限管理者として何度か口を挟もうとしたキリトだったが、その挑戦は全て無駄に終わった。
『キリト様、お茶でもいかがですか』
『……ありがとう。もらうよ、ルクス』
『先輩。お茶請けのケーキをお持ちしました』
「悪いな、ロニエ……」
完全に蚊帳の外に置かれたキリトを哀れに思ったのか、ルクスとロニエの二人が紅茶とケーキを供してくれる。二人が着ているメイド服は、レインの店から借りてきたのだろう。ロングスカートがふんわりと広がったデザインのメイド服がとてもよく似合っている。
甘さ控えめのマロンクリームケーキをフォークでカットし、一口。今日のケーキは、サチの作と聞いている。栗の風味が舌の上でとろけて溢れ出すケーキは、キリトが期待していた以上に美味い。茶葉の味と香りがしっかりと染み出た紅茶との相性は極上だ。
『……ところで、二人はあっちに混ざらなくていいのか?』
『キリト様のお気遣いは嬉しいのですが、私はこのVR空間に来て日が浅い方ですから。皆にお任せしようかなと』
『私もルクスさんと同意見です。それに……こういう時でもないと、先輩を独占できませんから』
ほんのりと頬を赤らめる二人にもう一度礼を言い、キリトは紅茶に口を付けた。
そうこうしている間にも、会議は相変わらずの姦しさで続いていた。だが、そこはさすがに《閃光》さまの面目躍如。しばらく議論を重ねる間に配置のコツや調整の感覚を掴むと、キリトが想像する十倍の速度で区画整理を進めていった。習得したテクニックを、アスナが他の女性陣に対し惜しげもなく伝授していったのも効果的だった。
かくして、キリトのプライベートVR空間は、見事に整理され美観を取り戻した。キリトとしては某アルゲードのようにもう少し雑然としている方が好みなのだが、提案する隙すら見つけられなかった。
一度団結した女性陣に勝てる者はいない。たとえそれが後宮の主たるキリトであってもだ。
そう。キリトのハーレムとは、傍から見ればキリトが頂上に立っているようで、実際の所は女性達の承認と信頼によって成り立つ超女権社会なのである。
もっとも、女性陣からの好意を盾に傍若無人な振る舞いに耽る――なんてつもりのないキリトにとっては、それくらいでちょうどいいというのが実情だったりもする。
とはいえ、それでキリトの希望が無下にされたかと言われればそれは違う。現にキリト好みの雑多で猥雑な雰囲気を保ったエリアも、『《GGO》を模したスペースを作る』という建前でいくつか残された。悪徳と退廃の象徴たる『黒夜城』もそのままだし、昼寝に適した草原は眺めの良い場所に用意されている。
まあ、とにもかくにも。
「――ないぞ、そんなの」
「本当かー?」
「本当だっての」
「……怪しい。ぜってー、怪しい……」
剣呑な目つきをしたひげ面のサラマンダーの視線がキリトを訝る。逃れるように視線を逸らしつつ拠点までの道を歩むキリトだが、クラインの疑念はまだ晴れないようだった。
とはいえ――話せるわけがないだろう。クラインはよき兄貴分ではあるが、それでも話すわけにはいかない。まさかキリトがここにいる女性陣のほとんど、そしてここにいない女性数名とも関係を持っているなどと。
女性達の体面の問題もあるし――なにより、万が一にでもクラインがその事実を知ればあまりの衝撃と絶望に切腹しかねない。あるいは錯乱してキリトに斬りかかってくる可能性だってゼロではない。そんな理由で《ユナイタル・リング》のプレイヤー数を減らすのはゴメンだった。
キリトがもう少し大人になって、きっちり全員の面倒を見られるようになるまでは秘しておくしかないのだ。
「怪しい……やっぱりどう考えても怪しすぎる。おいキリの字、まさかおめえ……」
「な、なんだよクライン」
妙に鋭さを増したクラインの瞳。そこから放たれる視線に、さしものキリトもたじろがざるを得ない。
まさか、ついに感づかれたか――。
「――俺に隠れて、アスナちゃん達と新しいVRMMO始めてやがったな!? クラフト要素のあるやつ!!」
全く以て杞憂も杞憂。
腐れ縁のサラマンダーが何一つ感づいていない事に、キリトは内心で胸をなで下ろした。
「あのなあ、そんなわけないだろ……。
だいたい《ALO》と《SA:O》と《GGO》の掛け持ちしてたのに、それ以上増やしてる余裕がどこにあったっていうんだよ」
「む……言われてみればそいつも確かに一理あるな……」
ウソは言っていない。クラインに隠れて女子チームと新しいVRMMOを始めたりはしていない。
クラインに隠れて――言い出すタイミングを逃したともいうが――プライベートVR空間を作った挙げ句、見目麗しき乙女達といちゃいちゃしたり同衾したり肌を重ねたり枕を共にしたり褥に招き入れたり三千世界の烏を殺して朝寝をしたり夜明けのコーヒーを一緒に飲んだりしているだけである。断じて、やましいことしかしていない。
まあ、いずれはクラインにも事情を明かすべき時が来るのだろう。だが、少なくともそれは今ではなかった。
「となると……やっぱりすげえんだな、アスナちゃん……」
「そうだぞ。だからもっと心の底から感謝して崇め奉るように」
「だからなんでおめーが自慢げな顔しやがるんだって――のっ!!」
ばしんっ、という鋭く重い音と共に、クラインの痛烈な平手打ちがキリトの背中を強かに打った。
「いっでえっ!!」
夜の森の中にキリトの悲痛な叫びが木霊し、クラインの何らかのスキルの熟練度が上がった。
かくして、彼らはまた新たなる仮想世界で、新たなる戦いに身を投じる事になるのだが――それはまた別の、そしてずっと先のお話。
非エロ回で申し訳ないけどこのシーンは書いておきたかったんです……。