※この作品はR-18です。

夢見る魔女の空想   作:ひとさぎり

4 / 8
めっちゃ前置き長くなりましたすみません、あと今回は夢魔女攻めです
【今回の夢魔女】
ナタリア・シルヴェスター
階級:中尉
身長:169cm
使い魔:シェパード(白)
備考:肩くらいまで伸びた癖のある銀髪が特徴的なブリタニアウィッチ。常に低血圧気味でテンションが低く、怖い人に思われるのもしばしば。根本的には優しいが幼少期からの実家の教育によってひねくれてしまい、本人もそんな性格を自覚しているので人を遠ざけるようになった。
備考2:青(右)と金(左)のオッドアイ。これは先天性のもので特に固有魔法と関係があるわけではない。


グリュンネ編 愛を知るもの

ブリタニア有数の商家、シルヴェスター家。

この長女であるナタリア・シルヴェスターの日々は苦悩に満ちていた。一番上の姉であるという立場上、貿易を営むこの家柄の跡目を継ぐという責務を生まれた時からずっと背負わされ続け、甘えの許されない生活を余儀なくされていた。厳しい躾に管理されたスケジュール。同じ屋敷に暮らしている妹たちとすらほとんど顔を合わせることがない。あるとすれば窓の外の庭で遊んでいる彼女たちを眺めるだけだし、それすらも咎められる。おかげで教養は身に付いたがそれは鬱憤と引き換えのものだった。

 

そして、その秘められた鬱憤が爆発したのは彼女が16歳の時のことだった。ナタリアには魔法力が発現していた。ウィッチになれる素養があったのだ。それに初めて気付いたのは2年前、14歳の時。自由に空を飛ぶのに憧れて、でも叶わないその願いを少しでも慰めるように空いた時間で書斎から持ち出したウィッチの本を読んでいた。それだけが唯一の楽しみだったと言っても過言ではない。

 

しかしどこかで見られていたのか、誰かが告げ口したのか。本の存在はバレてしまい、没収される。それはナタリアにとって自分自身を奪われるような重大な事件だった。私に許されるのはこの家に尽くすことだけ。これまでも、これからも自由なんてなくて、華々しく女の子らしく過ごしていく妹たちを横目に家柄という言葉に縛り付けられてシルヴェスター家の存続のために好きでもない相手と結婚させられる。そんな人生、想像するだけでぞっとする。

 

そう思ってからの展開は早かった。

父親に直談判をしに行って断られて、その足で家を出て軍に志願した。親からの手紙は全部無視して新しい生活が幕を開ける。家に居た頃程ではないが自由な時間はあって好きなことをしていても怒られない。初めのうちは晴れた気分でいられたが、一年も経たないうちに気分はどんどん沈んでいった。自分のせいで妹たちに重荷を負わせているんじゃないか、親に余計な苦労をかけていないかなどと次々に心配事が浮かんでくる。それでも飛び出した手前自分から戻ることなんてできもしなかった。

 

それは彼女が第506統合戦闘航空団、18の頃にガリア基地に転属になってからも消えることのない悩みの種だった。ここに来た経緯や送られ続ける実家からの手紙など。口下手な性格も加えて人に言えないようなことが積み重なって彼女は徐々に摩耗していった。

 

そんなナタリアを支えようと奮闘していたのが名誉隊長であるロザリーだった。暗い顔をしていれば声をかけ、紅茶を用意してくれる。数年ですっかり荒んでしまったナタリアはそれを半ば突っぱねるように遠慮していたが、それでもロザリーは気にかけ続けてくれていた。

 

「やめろっ!!」

 

…その綻びは突然に弾けた。

ナタリアのもとに届く手紙。実家からのものだ。それは普段通り目も通さずに「捨ててくれ」と頼まれていたがこの日のロザリーは引き下がらなかった。差出人が父親ではなく、ナタリアの妹だったからだ。何か大切なことが、ナタリアのためになることが書かれているのではないかと踏んでなんとか読ませようとして。家のことを口にした結果、彼女を逆上させてしまったのだ。

 

「っ…」

 

大声に身を竦ませたロザリーを見てもナタリアは止まらない。これまで溜め込んできた鬱憤を一気に爆発させてまくし立てる。

 

「もう放っておいてくれ!もうどうだっていいんだ、あんな家のこと!どうせ帰ってきて欲しいだとか媚びた文章が書かれてるんだろ、見なくても分かる!それもただシルヴェスター家の存続のためだけ!私は、愛されてなんていないんだ…!」

 

そう絞り出すように言ったナタリアの表情はこれまでにないくらいに苦しそうだった。見ている方も辛くなるほどに。

 

「…あんたも、二度と私にその手紙を見せるな。それができないなら私に話しかけるな」

 

「……ごめんなさい……」

 

「………くそっ……」

 

二人の間に生まれてしまった不和は深く、大きかった。元々ナタリアが人を遠ざけたがるのでそれほど会話もしない二人だったがあの日を境に一言も話さないようになった。それでもお互い気にはかけているのかたまに目は合うがすぐにどちらともなく気まずそうに視線を逸らすだけ。それを見た他の隊員も気付いて気にするほどだった。

 

そして数日の時が過ぎ。ガリアの空で、ナタリアは一機のネウロイと対峙していた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

敵は一機だけとはいえかなり大きい。実力があっても一人で相手をするには無謀と言っていい。現に息も上がっていて飛行を続けるのですら苦痛に思えてくる。それでも退けない理由があった。

後方に控えるは506基地。他の隊員は別方面に出現したネウロイの対処に当たっている。共に出撃したイザベルはストライカーユニットをやられてしまい、一時退却でナタリアは時間を稼ぐ役回りだ。だが穴のないビームの雨に曝され、シールドを使わされたことによって魔法力の消耗を余儀なくされる。だが、退けば基地が危ない。そんな時、ふとーーーふと、思い出した。

 

『あ、あの……気をつけて…』

 

脳裏に浮かぶ声。

基地を出る直前、ロザリーがかけてくれた言葉。控えめな声で、だけど心配されているというのは伝わる。それに対して何も答えずに空に上がったことがなぜか胸につっかえたままだった。あの日、あの不和が生まれた日が最後に交わした会話になるとしたら、隊長に申し訳なくなる。なんて後ろ向きな考えをした自分を嘲笑するように小さく息を吐き、自身の中で魔法力を練り上げる。

 

「…良くて相討ちか」

 

限界が近いのは自覚している。ならばやれる限りのことをやるだけ。もし自分が死んでも後の奴らがなんとかしてくれると。禍々しく、紫檀色に輝く両眼でネウロイの機体全体を視界に捉えた。

 

するとネウロイは動きを止める。否、動こうとしているが動けない。空間に縛り付けられるように静止してしまっているのだ。これはナタリアの魔眼の力によるものだ。様々な視ることに関する効果を得られる魔眼の中でも彼女のは特に異様だった。だがネウロイほどの巨大な物体を、しかも抵抗する相手を止め続けるには莫大な魔法力が必要となる。すでに消耗していて余裕はない。すぐに残った力を込めて銃を上げ、トリガーを引きっぱなしにする。

 

「うおおおおっ!!」

 

放たれた無数の弾丸が黒と赤のパネルに吸い込まれ、外板を引き剥がしていく。厚い鋼鉄のボディも集中して攻撃すればすぐに内部の構造物まで見えてきた。しかしコアにはまだ至らない。もう魔眼も持たない。万事休すか、という言葉がよぎった瞬間。紅い輝きが瞬いた。

 

「見えた…!」

 

あれを潰せば終わる。だが、彼女の魔眼はすでに効果を失っていた。

狙いを定め、数発の弾丸を撃ち込むと同時に、ネウロイのビームが降り注ぐ。シールドの展開は間に合った。

が。

 

「ぐあ…!」

 

その耐久力までは、保証されなかった。

残滓ほどしか残っていなかった魔法力で張られたシールドは板一枚分程度の役割しか果たさず、貫通してきたビームはナタリアの左鎖骨の下あたりーーー心臓に近い部分を容易に抉った。ぼやけた視界に鮮血が散る。見えたのは砕け散ったネウロイの破片。それだけを最後に、ナタリアの意識は途切れた。

 

ーーーーー

 

「…………」

 

暗い。暗い。

自分は今どこにいるのだろう。何も見えない。何も分からない。あるのはただ当てもなくさまよっている感覚だ。自分は…どこに行くのだろう。この暗闇はどこまで続く?

 

『ーーーーー』

 

……何か、聞こえた気がする。あっちか?

…いや、違う。こっちだ。

 

『ーーー……いで……』

 

ああ、そうだ。合ってる。さっきよりはっきりと聞こえる。

 

『……うか…どうか…』

 

……光だ。あそこが出口?

 

『……死なないで…うっ、ううっ…』

 

…分からない。分からないけど……ああ、なんだか知っている声らしい。聞き覚えがある……知ってるヤツだとしたら、どうして泣いているんだ。……分からない。

 

……分からないけど、誰かが泣いてるのはイヤだ…。

……今、そっちに…。

 

ーーーーー

 

「……隊、長…」

 

目を覚ましたナタリアの目にまず映ったのはロザリーの泣き顔だった。

 

「………っ」

 

身体の色んな場所に巻かれた包帯。それよりも広い範囲で痛む全身。目覚めたばかりだというのに指先を動かすのも億劫なほどの疲労感がのしかかる。状況が飲み込めないでいるナタリアにロザリーは。

 

「よかったぁっ!!」

 

「うぐうぅっ…!?」

 

思いっきり抱き着いた。

 

「よかった…!よかった、よかった…!本当に、本当に…!」

 

「いっ、いた、痛い、いててて…!た、隊長、痛いぞ…!」

 

ナタリアの抗議も聞かず身体を抱いたまま離そうとしないロザリー。泣きじゃくっていてとても平静とは言えなかった。

 

「心配したんですから、たくさん泣いたんですから!あなたが死んじゃったらどうしようって…!」

 

「………あ…」

 

そうか、と自分の身に起きたことを理解する。

あのまま墜落して大怪我をして、生死の境を彷徨ったのだろう。同時に多大な迷惑と心配をかけてしまったのも思い出して。…そして、あれだけ酷いことを言った自分をそこまで思ってくれていたことに深い感謝と申し訳なさを覚える。今までの自分が情けなくなるくらいに。

 

「……悪かった…心配、かけたんだな……」

 

「いいえ、いいんです…あなたが生きてくれていただけで…」

 

「…………」

 

そこに確かに存在して、生きているのを確かめるように抱き寄せてくるロザリー。気付けばナタリアも後頭部と背中に手を回して宥めるように撫でていた。相手の方が歳上だというのにこっちがあやしているみたいだと、思わず笑みがこぼれる。それは彼女が家を出てから初めて自然に笑った瞬間だった。

 

それからの二人の仲が深まるのは実に早いものだった。

幾分か丸くなったとはいえ、未だ不器用な部分が抜けないナタリアは認めようとはしなかったが周りからもお似合いの二人だの、お熱い仲だの揶揄されるほどにだ。時にはこんなこともあった。ネウロイを撃墜し、基地に帰投する。ハンガーに戻ってくると出撃していたナタリアをロザリーが出迎えた。

 

「おかえりなさい」

 

「ん……ああ」

 

「……ふふふ」

 

本人は素っ気なく返事をしたつもりだったが、それを後ろから眺めていたイザベルは愉しそうに笑う。なぜなら具現化したナタリアの使い魔であるシェパードの尻尾がぶんぶんと振られていたからだ。使い魔が犬だとこういった感情まで分かりやすく出てしまう。しかしあまりじろじろと見ていると本人もそれに気付いて。

 

「ん?何を見て……っ、ち、違う!これは違うからな!」

 

「何が違うんだい?まだ何も言ってないよ」

 

「くっ…悪趣味なやつめ…!」

 

自爆したナタリアは眉を曲げて怒りの感情を露わにするが、頬に朱みが差していてまるで威圧感がない。むしろ微笑ましいくらいだ。

 

「やっぱり二人とも仲良しだね。この基地で一番のお似合いなんじゃない?」

 

「何馬鹿なこと言ってる!おい隊長、あんたからもなにか…」

 

助け舟を出してもらおうと、ロザリーの方に振り向く。すると彼女は驚きながらも、満更でもなさそうに頬を染めている。

 

「え、あ…あの、私は、その……」

 

「な…!?」

 

「よかったね。隊長は嬉しそうだよ」

 

「う…うるさい!そんなわけあるか!」

 

「うんうん、ごちそうさま。甘いものはもらったし今日のデザートは黒田さんにあげようかな」

 

にこにこと笑っているイザベルに返す言葉もなく、顔を真っ赤にしながら足早にハンガーを出る。ロザリーの顔はとてもではないが見られたものではなかった。

 

それでも実際のところ、泣かせてしまったことに後ろめたさを感じているのか、恩を返そうとしているのかナタリアはロザリーの補佐として働く立場となっていたしロザリーもまたナタリアがそばに居てくれることを好意的に思っていた。

 

その感情が友達や家族に抱くような親愛から特別なものに昇華したのがいつ頃だったのかは分からない。気付けばお互いに心惹かれる存在だと感じるようになっていたのだ。ただ、決定的だと言える出来事は覚えている。ある日。夕暮れ時にその日の事務作業を終えようと二人が司令官室に居た時のこと。資料が必要だと、ロザリーが席を立つ。

 

「ん…っ」

 

司令官室の棚の高い位置にある資料だ。手と足を伸ばしてもロザリーの背丈では指先が掠めるくらいにしか届かない。それを見兼ねたナタリアが横に付く。

 

「いい、私が取る」

 

「だい、じょうぶ…ですからっ」

 

「届いてないだろ。無茶するな」

 

ナタリアとロザリーの身長差は10cm。当然ナタリアが手足を伸ばした方が目的には届くのだがロザリーは手間をかけさせまいと遠慮して小さく跳び始める。

 

「おい、危ないぞ。いいからあんたは座って…」

 

「本当に大丈夫、です……きゃっ!」

 

「うわっ!?」

 

無理に資料を取ろうと跳ねたロザリーとナタリアがぶつかる。バランスを崩した二人は縺れるようにそのまま床に倒れ込み、衝撃に反射的に目を瞑った。

 

「……つ…おい、怪我してないか…」

 

「あ……は、はい、平気で…っ!?」

 

「…? ……!?」

 

お互いに目を開き、驚愕する。二人は鼻先が触れ合うほどに近い距離だった。その上ロザリーが顔の横に手を付き、まるで押し倒したような形になっている。ナタリアの方も、咄嗟に受け皿になろうとしてこぼさないよう回した腕が彼女を受け入れているみたいになっていて。しばらく、夕陽の差す司令官室の時間が止まっていた。

 

「………あ、あの」

 

「そ…そろそろ退いてくれないか…」

 

「え?あ、は、はいっ!ごめんなさい、その…私……」

 

立ち上がり、乱れた衣服を正して埃を払う。躍り、跳ね回る心臓の音が相手に聞こえていないことを祈りながら努めて冷静に振る舞ってみせる。

 

「いや……怪我がなくてよかった」

 

「は、はい…あの、大丈夫ですか?どこか痛むとか…」

 

「…心配ない。ほら、これだろ」

 

「あ……ありがとう、ございます…」

 

それからの会話はなかった。だが自分の気持ちに確信を抱くのには十分すぎる出来事だった。お互いに真っ赤に見える顔は差し込む夕陽の仕業だと、そう自分に言い聞かせながらその日は終わってしまった。

 

また別のある日のこと。普段からロザリーのことは「あんた」か「隊長」と呼んでいたナタリアだったが。司令官室で休憩を取っていた時。

 

「……ロザリー。新聞読み終わったんなら貸してくれ」

 

「ああ、はい。……はい?」

 

「?」

 

あまりにも自然すぎて二人とも違和感に気付くのに時間を要した。下の名前で呼んだことを、下の名前で呼ばれたことを理解して同時に耳まで赤くなっていく。

 

「…い、今…」

 

「いや!ち、違うんだ、忘れてくれ!」

 

何が違うというのか。いつも通りの意味を成していない言い訳をしているうちにおずおずと、不安そうに胸の前で手を握りながらロザリーが呟いた。

 

「じゃ、あ……な、ナタリア…さん……」

 

「………!!」

 

これまでは「シルヴェスター中尉」という呼び方だった彼女が、合わせるように下の名前で呼んでくる。その特別な響きに、声にならない声を上げて硬直してしまう。

 

「……………」

 

「……ナタリアさん?」

 

「………! な、なんだ」

 

「あの…ダメ、ですか?名前で呼ぶの…」

 

「う…」

 

まだ一言も言っていないが彼女の視線は否定を否定するような、有無を言わさない強制力を孕んでいる。まるで小悪魔だ。もし断ってしまえば泣き出しそうな、そんな気弱ささえ感じられる。そこから繋がるのは庇護欲。この場におけるそれは、名前で呼ぶことを許可するのを意味する。彼女を悲しませたくないという一心でナタリアは口を開いた。

 

「…か、構わない…」

 

「…! ほ、本当ですか?」

 

「……けど、あれだ…他のやつらに聞かれたら、また変な噂されるだろ…だから、二人っきりの時だけに…」

 

「………」

 

そこまで言って、ロザリーの熱に茹だった顔を見て失言だったと気付く。そんな条件で名前で呼ぶのなんて、逢瀬そのものだ。あっという間に羞恥心に満たされて再び同じように赤くなる。しかし一度言ってしまった手前、撤回するのは忍びない。

 

「……な、なら…私の方も、二人っきりの時だけにしないといけませんね…ナタリアさん」

 

囁かれるように穏やかな声。そのセリフが、名前を呼ぶ声が脳内で何度も繰り返されて自我が蕩けそうになっていく。

 

「えへ…二人っきり…」

 

指先を合わせながら何やら嬉しそうに呟くロザリーに限界を迎えた彼女は『花を摘みに行ってくる』と育ちの良さが表れた発言を残して司令官室を出た。そして廊下の壁に額と拳を打ち付け、長く長く、声にならない声で呻いていた。

 

 

二人が名前で呼び合うようになってから月日を重ねた頃。

ロザリーが珍しく休暇を取ることになった。と言うのも、A部隊の隊員たちが普段なにかと世話になっている隊長を労おうと画策して代わりに仕事をすることに決めたのだった。サプライズ的にそれを打ち明けられたロザリーは皆の好意を無下にするわけにもいかず、ならばといったふうに外に出掛けることを決めた。そしてそうなると隊長という立場、しかも何かと政治的な思惑が交錯するこの部隊。当然一人で行かせるわけにはいかないので同行する隊員が一人選ばれることになったのだが。

 

「それで、誰が護衛するんだ」

 

そう口にしたナタリアに、出掛ける当人であるロザリーも含めた視線が集中する。全員を一瞥した彼女は一気に怪訝な表情へと変わった。

 

「…私か!?」

 

「そなた以外に誰がおると言うのじゃ」

 

「適任だな」

 

「お土産、楽しみにしてます!」

 

「隊長も中尉がいいってさ」

 

「言ってないだろ!」

 

四人に一斉に推薦されて反論も丸め込まれてしまう。苦笑を浮かべるロザリーのもとへ文字通り背中を押され、「よろしくお願いします」という挨拶に不服そうに「ああ…」と返して車両へと乗り込んだ。

ナタリアの握るハンドルによってガリアの広大な土地を駆ける。

 

「まったく…あいつら、好き勝手言って…」

 

「えぇと…すみません、付き合わせる形になってしまって…」

 

「……いい、気にしてない。それよりあんたも、せっかくの休暇なんだから楽しめ」

 

「…楽しみましょうね?」

 

「わ…私も一緒か?」

 

「じゃなきゃ一緒に来る意味がないじゃないですか!」

 

身を乗り出してくるロザリー。見る人までも温厚な気持ちにさせるほどに柔和な顔立ちをした彼女は、頬を膨らませていようがどこまでも可愛らしく思える。だが今は運転中、じっと見つめたくなるのを堪えてやんわりと制止を促す。

 

「わ、わかった。分かったからちゃんと座っていてくれ、危ないだろ。もしあんたの身に何かあったら…」

 

「…………」

 

また、口を滑らせてしまったことに自分でも気が付く。ロザリーは明らかに次の言葉を待つかのように沈黙を貫いたままだ。だが戦場に居る時とは多違いで、ここできっぱり言い切れるほどの度胸はナタリアには無く。

 

「…な、何かあったらセダンの奴らになんて言われるか分かったものじゃないからな…」

 

「…………」

 

横から突き刺さる視線に気付かないフリをしながらハンドルを握り締める。不自然に強く踏み込んだアクセルによって二人は早いうちに街の方へ到着した。

 

「…いい天気だな」

 

「そうですねぇ…」

 

時刻は正午前。少し早いが腹拵えにと入ったカフェテラスで軽食を摂ることにした二人は外の席にてオーダーの品を待っている。空を見上げれば、世界中で戦争が起きていることなど嘘のような美しい青が広がっていた。幼い頃から何も変わらない、大好きだった空だ。思えば、こうして何も考えずに平和な時間を過ごすのはいつぶりだろう。街の人々の活気に満ちた喧騒も愛おしく思えるほどに心が穏やかになっていくのを感じる。それは久方振りの休暇というだけでなく、一緒に居て安心出来る人物がそばにいるというのもあるのだろう。ふと、視線を落としてロザリーを見る。するとそれに気付いた彼女はにこり、と微笑み返してきた。見惚れるほどに綺麗で、慈愛に満ちた表情だ。思わず目を逸らして何事も無かったかのようにまた空を見る。

ナタリア自身は気付く由もなかっただろうが、この時の彼女はロザリーも初めて見るくらいに安らいだ表情をしていた。

 

「…ふぅ」

 

「…そろそろ行くか」

 

「はい」

 

支払いを済ませ、店を後にする。隊長を労うということで行先は一任してついて歩くことにしていた。当てもなくぶらぶらとしているように見えたが、目的地は決まっていたらしく入ったのは女性物のアクセサリーショップだった。様々な商品を見て回る中で、ロザリーが足を止めたのはカチューシャが並ぶ棚の前。

 

「あ……これ」

 

「どうした?」

 

「…こんなのもあるんですね」

 

彼女が手に取ったのは猫のものを模した耳がついたカチューシャだった。特にアクセサリーの類は着けていないナタリアだが、普段から着用していれば興味も出てくるのだろうと見守っていると。

 

「……どう、ですか?」

 

「………!」

 

猫耳のカチューシャを頭に当てるロザリー。控えめでワンポイントながらも本人が着けているというだけで何倍にも可憐に見えてしまう。あまりの衝撃に言葉を失いかけていたが、返事を待つような目線でかろうじて我を取り戻す。

 

「…あ、ああ…似合ってる…いいと思う」

 

「…! そ、そうですか…ふふ」

 

精いっぱい絞り出した賛辞は好評価だったらしい。その後も店内を見て回り、今度は眼鏡屋の前にて。

 

「…目、悪いのか?」

 

「いえ、最近はレンズを入れずにお洒落目的で眼鏡をかけるなんていうのも流行ってるみたいで。ほら…これなんてナタリアさんに似合いそうです」

 

手渡されたのはフレームレスのシンプルな眼鏡。かけてみた自分の顔を、置かれていた鏡で見てみる。確かに飾り気はないがそれ故に着飾らない自分には似合っているように見えた。ロザリーの鑑識眼に狂いはないのだろう。

 

「似合ってるか?」

 

「はい。知的なイメージに見えます」

 

そう言われれば悪い気はしない。褒められたこともあって少し上機嫌になったのか、軽口を言ってみる気にもなった。

 

「普段は馬鹿、みたいな言い草だな」

 

「あ、いえ…!そんなことはないんですっ」

 

慌てた様子のロザリーを見て口角を上げる。意地悪なことを言ったと謝ろうとしたが続く言葉によって遮られた。

 

「普段からナタリアさんはかっこよくて、頼りになる人だと思っているので…」

 

頬を染めていながらも真っ直ぐに見つめながらということは、分かっていて言っているのだろう。凄まじいカウンターで殺し文句を投げかけられたナタリアは自分で頭が「ボフンッ」と弾ける音を耳にした。ぷるぷると震える手で眼鏡を手に取り、元の場所へ戻す。

 

「…買いかぶり…すぎだ…私はそこまでできた人間じゃ……」

 

「そ、そんなことありません!あなたは優しくて、いつも私を気にかけて支えてくれていて」

 

「や、やめろ!もういいから!認めるからやめてくれぇ!」

 

耳まで真っ赤になりながら頭を抱えて情けない声を上げるナタリア。それを見るロザリーの嬉しそうな笑顔は天使にも悪魔にも思えた。

 

そしてその後も街を歩き回り、存分に休暇を満喫した二人は車へ乗り込む。買った荷物を率先して運んでいたナタリアは少し疲れ気味だ。

 

「帰りは私が運転しますね」

 

「いや、いい。私が…」

 

「そんな、ナタリアさんもお疲れでしょうし」

 

「あんただって休暇だろう」

 

「それを言うならあなただって…」

 

しばらくの押し問答の末に、ロザリーの「事故でもしたら大変ですから」というもっともな理由に押し切られて渋々ながらも運転を任せることにした。帰路への道すがら、車に揺られていると疲れもあってか眠気がこみ上げてくる。

 

「……眠いなら寝ていてもかまいませんよ?」

 

欠伸を噛み殺していたのを見られていたらしい。遠慮しようとも思ったが、ぼんやりとした思考ではまた言いくるめられるのが目に見えていたために素直に従っておくことにした。

 

「…すまん、任せる…」

 

「はい。…おやすみなさい」

 

目を閉じればすぐに微睡み、意識は心地良い闇の中へ沈んでいった。

 

 

それからどれくらいの時間が過ぎただろうか。

 

「ナタリアさん…ナタリアさん」

 

「…ん……」

 

身体を小さく揺すぶられ、隣からロザリーの声が聞こえる。基地に着いたのかと伸びをして車から出た。…が、霞む目を擦ると視界に入ったそこは見慣れた光景ではなく。

 

「……!?」

 

妖しい光を放ち、誘い込むようなネオン。貼り出されたいかがわしい字体のポスター。わずかに見受けられる道行く人はどれも特別な関係を匂わせる二人組ばかりの夜の街だった。

 

「お、おい…!ここ、そういうところじゃないのか!?」

 

「……………」

 

同じように車を出たロザリーは頬を染めたまま何も言わない。さすがにこの街がどういう場所なのかは分かっているらしい。

 

「あ、あの…道に迷ってしまって…」

 

「なら今からでも帰れば…」

 

「だ、ダメです!」

 

「なんでだ!?」

 

「え、えっと…ほら、基地の周りは暗いじゃないですか。事故でもしたらみんなナタリアさんのこと心配します…」

 

「心配されるのはあんたの方だ!それにこんなところに女二人が来る方が心配沙汰だろう」

 

「……はい」

 

と、申し訳なさそうに肩を竦める。もし仮に本当に道に迷っただけだとしたらこれ以上責めるのは酷だと思い、ナタリアもひとつ息を吐いて気持ちを落ち着かせる。確かに街から離れた基地の周りは明かりがなく、いくらライトがあるとはいえ道を踏み外せば事故になるだろう。身の安全を考えればここで泊まって夜を明かすのは合理的と言える。

 

「……仕方ない。どこか泊まれる場所を探すぞ」

 

「は、はいっ」

 

「……一応、言っておくが……」

 

「………?」

 

「その……アレ…があるのは知ってるだろ。もし何かの間違いで手を出されたくなかったら言っておいてくれ。私は車で寝てるから」

 

アレ、とは言うまでもないだろう。女性には存在しないはずのモノのことだ。以前あまりにも距離感が近いロザリーを窘めるために少しでも意識してもらおうと打ち明けたことがあった。その時は「思春期のウィッチには稀にあることだそうですから…」と赤面しながらも悪くは思われなかったようだが、今は場所が場所なだけに予め忠告しておく必要がある。なにせモノが具現化していると自分でも理性を抑えられなくなることもあるからだ。もしそれで彼女を傷付けてしまうようなことがあれば一生悔やむことになるに違いない。

 

「そ、そんな!せっかく着いてきてもらったのに車で寝かせるわけには…!」

 

「遠慮はしなくていい、私のことは男だと思え。何をするか分からないぞ」

 

「…い、一緒に来てください」

 

「う……」

 

下から見つめられ、思わずたじろいでしまう。一緒に行くことがどういう意味か分かっていないわけではないだろう。それとも手を出さないと信用されているのか。そうだ、そうに違いないと出した結論に従う。

 

「……分かった…」

 

「あ、ありがとうございます…!」

 

花が咲いたように笑うロザリー。確かにこんなところを女性一人で歩かせるわけにはいかない。彼女のように魅力的な人物なら尚更だ。先に向かおうとするロザリーの手を後ろから掴み取って握る。

 

「きゃっ…!」

 

「へ、変な声を出すな!ふらふらしてはぐれられたら困るだろ…それに、ここだとこうしてた方が変に思われないからな。行くぞ」

 

べらべらと言い訳を並べながらも手を繋いだまま歩き出そうとするナタリア。それを見たロザリーは彼女の腕に、自身の腕を絡めた。当然胸も密着するわけで、その柔らかい感触にナタリアは狼狽える。

 

「お、おいっ…そこまでくっつく必要は…」

 

「ま、守ってください…ナタリアさん」

 

「〜〜〜っ……!」

 

返事はしないが振りほどきもしない。顔を真っ赤にしたままぎこちなく歩く二人は初々しい恋人同士のようにも見える。複雑ではあるが、この街にはお似合いだった。そしてやがて空いている休憩所を見つけ、なぜか深呼吸をしてから無人の受付を通過して部屋に入る。

 

「い、いいか。本当に寝るだけだからな…」

 

「は、はい…」

 

予想はしていたが当然のごとくベッドはひとつだ。ナタリアは床で寝ると言ったがロザリーも遠慮して私が床でと言い張ってくる。押し問答をしていても仕方ないので先にシャワーを浴びるのを促したが、これもまた譲り合いになった。最終的にナタリアから持ちかけたコイントスでロザリーが先ということになり、ベッドに腰掛けたままナタリアは物思いに耽っていた。勿論、考えることは現状をどうするかだ。寝るだけだとは分かっていてもぎこちない関係のせいで色々と考えてしまう。

 

(…こんなところにまで着いてきてほしいなんて言うか、普通…?)

 

(……や、やっぱりあいつ、私のことが好きなのか…?)

 

(い、いや!違う!絶対違う!ただの勘違いだ!私なんかが好かれるはずがない!何を考えているんだ私は!)

 

頭を抱えて目を閉じれば余計に耳から入る情報が気になってくる。

降りしきるシャワーの音。時折変わるそれは扉一枚を隔てた向こうでロザリーの肢体が動いているということで。水滴が伝う首筋や濡れた髪が張り付いた肌。脳裏に浮かぶのはそんなイメージばかり。

 

(うわああああ!!やめろやめろ考えるな考えるな!心を無にしろナタリア・シルヴェスター!!)

 

雑念を振り払うようにぶんぶんと首を振る。無心であるように努めているうちにシャワーの音が止み、しばらくして扉が開く音が聞こえた。

 

「あ、あの。上がりました」

 

「…あ、ああ…」

 

振り返ったそこにはバスローブに身を包んだロザリーの姿。さすがにタオル一枚で出てくるような無防備な真似はしなかった。だが、うっすらと縦の線が見える胸元。優雅という言葉を体現するかのようにすらりと伸びた脚。ほんのりと上気している、露わになった肌。下ろされた髪は普段の粧し込んだものとは違う、ありのままの彼女を演出していて。そのどれもが魅了されたように視線を釘付けにして離さない。

 

「…ナタリアさん?」

 

「……! す、すまん…」

 

立ち上がり、入れ替わりでバスルームへと向かう。

 

「…私が上がる頃には寝てるんだぞ、いいな」

 

「……はい」

 

直前に言いつけた台詞への返事は消え入るように小さかった。

そしてシャワーを浴びている間も湧いて出てくる思考を振り払い、できるだけ時間をかけて身体を洗い流した。眠っているロザリーを見てしまえばまた色々と想像してしまいそうなので部屋に戻ったらすぐに床に寝転ぼうと。そう決心してバスルームから出るが、彼女はベッドの縁に腰掛けたまま微動だにしていない。

 

「……寝てるように言っただろう」

 

「……………」

 

おもむろに振り向いたロザリーは何も言わない。ただじっとナタリアを見ている。それにいざなわれるように。自分でもなぜそうしているのか分からなかった。夢魔に取り憑かれたかの如く、ゆっくりとした足取りでベッドへ向かい、ロザリーの隣に腰を下ろす。

 

「……ナタリア、さん…」

 

そっと寄り添ってくるロザリー。バスローブ越しだというのに互いの体温が、鼓動が伝わってくる。そのうちに目を閉じたロザリーがゆっくりと顔を近付けて。唇があと数センチで触れ合うところでのことだった。

 

「……ま、待て…!」

 

ナタリアは身を引いた。我に返ったように額に手を当てている。その様子を不安げに見るロザリー。ナタリアも心苦しそうな表情を浮かべていた。あの時の、手紙を渡した時と同じ顔だ。

 

「…やっぱり、駄目だ。あんたは…そんなことするべきじゃない…私なんかが愛されていいわけがない…」

 

「ナタリアさん…」

 

卑屈なまでの自己評価は幼少期から続くシルヴェスター家へのコンプレックスだろう。家柄も継ごうとせずに逃げ出し、さらには周りの人間には不器用にしか接することができない自分が許せなかった。自分が人に愛されるなど、烏滸がましいにも程があると。そう自分を戒めていた。

 

「……やめた方がいい…私よりも、もっと他の奴を好きになった方がきっと幸せに」

 

「…やめて!」

 

そんな卑下の言動を打ち破ったのは滅多にないロザリーの張り上げた声だった。見れば、彼女も辛く苦しそうな表情を浮かべている。今のナタリアのそれと全く同じだ。

 

「そんな悲しいことを、言わないで…だって、あなたは優しいじゃないですか。あなたはいつも頑張っているじゃないですか。さっきだって、私を守ってくれていた。いつだってそばで支えてくれて、私を見守ってくれているのに…」

 

「…………」

 

「優しいあなたが愛されてはいけないなんてことはありません。だから、そんな悲しいことを言わないでください……私は、あなたのことが大好きだから…」

 

「…………」

 

沈黙が流れる。ナタリアは答えようとしない。否、答えを探しているのだろう。もっと正確に言えば答えが見つからないのだろう。ロザリー言葉になんと返すのが正解なのか分からずにただ黙っている。そんな彼女の顔を優しく包んだまま、ロザリーはそっと。

 

「……んっ」

 

「……!!」

 

ナタリアに口付けた。柔らかく、温かい感触に包まれる。唇同士でのキスは本心からの愛情を伝える行為に他ない。動作としては緩慢そのものだったがナタリアにとってはあまりに唐突な出来事で思わず硬直してしまった。やがて呼吸を紡ぐのに二人は離れる。が、ロザリーはすぐに街を歩いていた時と同じように腕を絡めて密着してきた。

 

「…今度は、ナタリアさんからも…してください…」

 

求められている。接吻など初めての行為だったが、先ほどされたのを真似て空いた左手で頬に手を添え、そっと寄せて。

 

「ロザリー…」

 

「ナタリアさん…んっ…」

 

唇を重ねた。自分でしてみれば愛を交わすのはこんなにも簡単なことだと思えた。腕に絡んでいた手はいつの間にか肩に置かれ、身長差を埋めるようとより近くへ寄せられている。精いっぱい、呼吸の限界まで幸福を積もらせるようなキスを交わしたあと。離れた二人はお互いに紡がれる吐息を感じ合う距離にいる。そして、また。

 

「もっと…」

 

「…!」

 

「もっと、ください…あなたの愛を…」

 

首の後ろへ腕を回され、身体を預けられる。もう後戻りができないのは明白だった。

 

「…後悔、しないんだな」

 

「はい…あなたになら、私…」

 

その返事を聞いて、細い腰に回した腕で抱き寄せる。今度は交わすというより奪うように口付けた。ロザリーは驚きに目を見開くがすぐにそれは細められて。長い睫毛が小さく震えるのがどうしようもなくナタリアの心を揺さぶった。

 

「んっ…はぁ、んん……ふ…ぅ」

 

くっつけては離し、くっつけては離し。時折漏れる艶めかしい吐息は理性を溶かす悪魔の甘言にすら思えてくる。どちらともなく続いていた長いキスの流れを変えたのはロザリーの方だった。

 

「…はしたない真似かもしれませんが…」

 

そう言って、再び唇を重ねたかと思えばすぐに舌を差し込んできた。濡れた厚い肉が探り当てるかのように咥内を這い回り、自身のそれに絡み付いてくる。普段の彼女からは想像もできないほどに積極的で、熱烈なアプローチだ。それに応えるように舌先をつんつんとつつき、引っ込んだものを追いかけて今度はロザリーの咥内へと侵入する。かすかに漏れた声すら、くぐもった声となって吸い込まれた。

 

「は……ん、ちゅっ…ふぁ…あむ…んっ、れろ…」

 

唇をなぞり、また口付け、それだけで粘ついた水音が響く。舌が絡み合って鳴り響くそれはもっと大きく、耳までを犯しているかのようだ。薄く開かれた瞳には彼女の人となりそのものを表した、慈愛に満ちた光が宿っていた。だがそれも淫らに咥内を貪り合ううちに陰りを見せ、やがて情欲に浮かされて快楽を求める女の表情へと変わる。唇を離した二人の間にかかる透き通ったアーチが互いの熱中ぶりを物語っていた。そしてロザリーはそっとナタリアの右手を握り、自身の胸へと触れさせた。

 

「………!」

 

「感じて、ください……私のこと…」

 

期待に潤み、鈍く光る瞳がナタリアを射貫く。手のひらに伝わる、羽毛のように柔らかい感触。それでいてしっかりと跳ね返る若々しい弾力。年相応に熟れた果実からは力強く脈打つ想いが伝わってきた。

 

「ん…ぁ、っ…」

 

指を押し進めるとどこまでも沈んでいく。力を込めればその分だけ形を変える乳房。指を、手を動かす度に耳元をくすぐる吐息が漏れる様はまるで楽器を鳴らしているかのようだ。ぎこちなく緩やかな刺激にもどかしさを覚えたのか、もっと触れて欲しいと言わんばかりに肌を密着させてくる。

 

「あ…んん、はぁ…」

 

両手を使い、押し上げるような愛撫を行うとうっとりとした表情を見せるロザリー。着実に快感を募らせているらしく、手のひらに凝った先端の感触が伝わった。今度は趣向を変えてそこへ指先を這わせてみると触れ合った肌がぴくりと震える。

 

「ふあ…!」

 

布の上からでも、爪先で引っ掻くように弾いてやれば十分な反応が帰ってきた。甲高い嬌声が上がり、俄に息が乱れていく。女の性感に喘ぐ様を見てか、ナタリアの雄も昂りを抑えられなくなっていた。

 

「ぁ…ナタリアさんのここ、もう…」

 

「っ…!」

 

バスローブを押し上げる男根へ沿うようにしなやかな指が触れる。刺激を受けて歓喜するかのごとくそれはビクビクと震えた。そのまま指が絡み、手に余るほどのサイズのモノを愛でるように刺激していく。輪を作り、かえしに引っ掛けつつ上下させたり、裏筋に這わせたり。ほとんど手探りの状態だったがどれも反応は上々だった。

 

「震えてます…」

 

「…ロザリーも」

 

互いの感じる場所に触れ合う。時折交わされるキスは愛情の確認だろう。それもあってか二人はすっかり準備ができた状態になっている。

 

「んっ…!」

 

衣服の下の、ロザリーの秘部へと手を伸ばすとそこはすでに濡れそぼっており、軽く触れただけで端正な眉が顰められた。秘裂に沿って指先でなぞる程度ですら肩が跳ねる。見つめる瞳ははやく、はやくとせがむように切なく揺れていた。

 

「…じっとしていろよ」

 

「きゃっ…」

 

背中と膝の裏へ手を差し入れて持ち上げ、ベッドに寝かせてそこへ覆いかぶさるように顔の横に手を付く。締め帯を解き、捲り、現れたのは貴族と呼ぶに相応しい玉体だ。火照り、朱みの差した肌は溶けかけたアイスクリームのようで、まだ乾ききらない肢体の水滴へ思わず舌を這わせたくなってしまう。目の前にある肉感的な二つの果実も、頂点の蕾が目に毒なほどに自己主張をやめない。しばらく食い入るように見つめていると羞恥心に堪えきれなくなったのかロザリーが手を伸ばしてきた。

 

「あ、あの…いつでも、大丈夫…ですから…」

 

「……待たせて悪かった」

 

その手を取り、シーツへ押し戻したまま握って。槍のような男根の先端を今か今かと待ちわびる秘裂へと宛てがう。それだけでどちらともなく大きく、熱い息を吐いた。そのまま腰を押し進め、ゆっくりと慣らすように挿入していく。やがて奥へと辿り着く頃には目下の麗人は息も絶え絶えだった。

 

「はぁ…はぁぁ…!」

 

「…大丈夫か?」

 

「っん、すみませ…想像していたのより、ずっと、すごくて…」

 

「きつそうならやめた方が…」

 

「あ…ダメです、やめないで…」

 

握った手が強く握り返される。動いてもいないのにぎゅうぎゅうと締め付けてくる下腹部は溶けそうなほどに熱が滾っている。もはやここで止められる方が一番の苦痛になるところまで来ているのだろう。

 

「…泣いて喚いてもやめないからな」

 

「はいっ…いっぱい、くださいっ…」

 

頬へと伸ばされた手を掴み、指を絡めながら腰を引き、また戻す。絞るように甘い声が吐き出された。肉の襞を掻き分け、進む度にそれ以上の強さで絡み付いてくる肉壁。その感触を、快感をもっと味わいたくて。抽送運動のペースは上がっていく。

 

「あっ…はっ、や、あぁ、んんっ!」

 

ロザリーの透き通った声に入り交じる熱。普段の彼女を知っているだけに余計に淫靡に思える。腕の下にいる彼女は、叩き付けられる快楽にすっかり蕩けた表情になっていた。首の後ろに腕を回して必死にしがみついたまま離そうとしない。もっと欲しいと腰をくねらせ、貪欲に精を搾り取らんと淫魔のように肉筒が吸い付いてくる。

 

「ナタリアさん…ナタリアさん…!」

 

「ロザリー…!」

 

「んぅ…!ん、んんーーーっ…!!」

 

呼びかけに応え、ぷっくりとした蠱惑的な唇を奪うのと下腹部の収縮は同時だった。咥内にくぐもった絶叫が響き、突き入れた男根が根元までぎっちりと締め上げられる。それに遠慮することも無く、大きく、断続的に脈打った剛直は存分に精を吐き出した。

まだ誰も染め上げたことのない花園を自分のモノで犯し、穢す感覚。これ以上ない背徳感は絶頂の快楽に勝るほどに思えた。

 

「ふぁ…はぁ、ぁ……っん、ぅ…」

 

余韻に浸るように力無く背中を抱き締めるロザリー。それをゆっくりと解き、今だ虚ろに宙を見つめるそのそばへと引き抜いたばかりのそれを持って行くとおもむろに口に含み始める。

 

「んん…はぷっ、んぅ…ちゅっ…」

 

竿に、裏筋に、亀頭に。舌が這わされる、湿った感触。先ほどまで自身のナカに入っていたモノを淫蕩の表情を浮かべたまま、愛おしそうに、丹念に舐め上げる。褒美と言わんばかりに解かれた鮮やかな髪を撫でてやれば心地良さそうに目を細めた。

 

「…もういいぞ」

 

「ぷぁ…はい…」

 

離された口と先端に透明な糸がかかる。入念な掃除によって混ぜられた愛液と精液は綺麗に舐め取られており、次の準備もできている。

 

「…ほら」

 

手を差し出し、握られた手を引いて抱き起こす。と思いきや、そのままの勢いで背中を押してベッドに手を付かせた。要するに四つん這いの状態だ。

 

「動くなよ」

 

「えっ…えっ?あの、ナタリアさん…?」

 

「泣いても喚いてもやめないって言っただろ」

 

その後ろから、付いた手に手を重ねてマウンティングするナタリア。体格差もあってロザリーは抵抗を許されない。彼女の不穏な予感はお尻に擦り付けられるソレによって的中した。

 

「ま、待って…!まだ、さっきのが残って…!」

 

「うるさいっ…」

 

「んくっ、ううぅ…!?」

 

ロザリーの制止も聞かず、ぴたりと秘所へ宛てがった逸物を容赦なく押し進める。先ほど散々苛め抜かれたのもあってか、肉壺は蜜を垂らしたまますんなりとそれを迎え入れた。

 

「あっ、あぁ…!だ、ダメぇっ…!」

 

手を押さえつけられたまま逃れ得ぬ快楽に身を捩ることしかできない。その動きが繋がったままの雄を余計に悦ばせるだけのアクセントにしかならないことも知らず、叶わぬ抵抗を試みる。

 

「あんた…興奮してるだろ」

 

「えっ…」

 

「さっきより、中が締め付けてくるぞ。……こうして組み伏せられて、無理やり犯されるみたいにされるのが好みなんだな」

 

「そ、そんな…私、ちがっ…ふあぁっ!」

 

「…とんだ変態だな」

 

「あぁっ…!ち、ちがうの、あ、やっ!だめぇ!」

 

ナタリアが耳元で囁く度、呼応するかのように濡れた膣壁はうねり、きゅうきゅうと絡み付いてくる。獣が交わるような体勢で犯され、ひと突きごとに軽く絶頂するみたいにびくびくと震える背中。あまりに強烈な快楽に自分を支えていられなくなったのか、がくりと肘が砕けて頭からシーツに沈み込んでしまう。

 

「んっ!あ、ひっ!あっ、はぁん!」

 

「後ろから突かれるのはどうだ。こっちは素直に反応してくれてるが」

 

「いっ、言わないで…!くぅ、うん…!ひゃっ!?」

 

美しい金色の髪が振り乱され、汗ばんだうなじが露わになる。そこへ口付け、犬歯を立てて甘噛みしてやれば可愛らしい悲鳴が耳をくすぐった。それによってまた激しく蠕動を繰り返す膣肉。被虐によって悦ぶ体質だというのはもはや言い逃れの利かない事実だった。そこを狙い、肉と肉がぶつかる音を鳴らしながら腰を打ち付けて責め立てる。

 

「あ、あっ、やっ、だめ、また…っ!ぁ、ふああーーーっ…!!」

 

二度目の絶頂は早かった。蕩かされた蜜壺を半ば強引に犯され、それでもなお悦ぶ身体がすぐに達してしまったのだ。その淫らな穴に舐め回すような刺激に曝され続けたナタリアの方も限界だった。しっかりと腰を最奥へと押し付けたまま、手に力を込めて絶対に逃がさないようにしながらどくどくと注ぎ込んでいく。やがて満たされたそこから、溢れ出た白濁がねっとりと糸を引きながらシーツを染めた。

 

「あぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ…ふぅ…んっ、ふぁ…」

 

射精の余韻が終わり、男根を引き抜くとロザリーはお尻を下げてぐったりと倒れ伏した。少し落ち着くと勢いに任せてやりすぎてしまったかと、申し訳なさが出てくる。が、しばらくすると彼女は身体を起こしたかと思うとナタリアが何かを言う前に肩を押してベッドに寝かせた。

 

「ろ、ロザリー?」

 

「はぁ……今度は、私の番…ですっ」

 

そう言うと、足の上に跨ったまま今だ湿りを失わない秘裂で男根をなぞるように腰をグラインドさせていく。彼女の瞳にはまだ発情の証のように鈍い光が湛えられていた。

 

「お、おい」

 

「はぁっ…はぁっ…ナタリアさんはじっとしていてくださいね…んんっ…!」

 

胸の下に添えた手を支えにして腰を浮かせ、ぴたりと割れ目に先端をくっつける。そして端正な口元が歪むと同時に、一気に腰を落とした。

 

「あ、はあぁぁっ…!?」

 

当然身体の中心を串刺しにされる快楽は推して量れるものではないだろう。それだけで目を見開き、がくがくと歓喜するように全身が打ち震えている。

 

「だ、大丈夫か…?」

 

「か…はぁっ、ぅ…へ、へいき、です…」

 

あまりにそれが長く、ナタリアが声をかけてからようやく反応したほどだ。顔を上げてはにかんだ彼女はナタリアの上にぺたんと座り込んだまま、再び腰を浮かせる。

 

「はっ、ぁ♡んっ、あっ♡」

 

そして落とし、また浮かせては落とし始めた。いわゆる騎乗位という体位。こうすると簡単に奥へとモノが届き、雌としての悦びに浸ることができるのだろう。まるでナタリアの肉棒を使って自慰をしているかのように独りよがりな行為だった。それほどまでに快楽の味を占めている証拠だ。

 

「ごめんっ、なさい、こんな♡はしたない女でっ…」

 

「…いや。そこも引っ括めてあんたのことが好きだ」

 

「はいっ…私も大好きです、ナタリアさん…んぅ…♡」

 

こうなってしまえば愛の告白に羞恥心などほとんどなかった。むしろ互いに求め合うための良いスパイスになる。近付いてきたロザリーを抱き寄せ、唇を奪うと同時に飛び込んでくる舌へさらに舌を絡ませて歓迎する。唾液をおくり、おくられ、熱烈に舐り合い、息継ぎをする間も惜しんでキスに耽る。

露出した乳房への刺激も忘れていなかった。ぐりぐりと気持ちいい箇所へ男根を押し当て、小さく断続的に喘ぐ声を漏らしているロザリーの果実を掴む。それだけで身体がビクついたが遠慮もせずに揉みしだき、可愛らしい桜色の頂点を摘むと悲鳴のように大きく喘いでナカが締め付けられた。

 

「もっと、もっとぉ…!」

 

ねだりながら執拗に腰を揺らすロザリー。普段の淑やかな彼女は消え失せ、貪欲に愛を、快楽を求める獣へと成り果てている。それに応えるナタリアもまた獣だった。逃がさないよう腰を掴んだまま、器用に突き上げて最奥をこつこつとノックする。女性にとってそこを嬲られる快感は至上の悦びだった。白い喉を反らし、だらしなく開かれた口からは涎と、恥も何もかもをかき捨てた嬌声だけが出しっぱなしになっている。

 

「んっ、ふぁ、ひっ…♡きもちいい、ですっ…♡」

 

「私も、だっ…ロザリー…」

 

「ナタリアさん…好き、好きです、大好きっ…♡」

 

「ああ、私も好きだ、ロザリー…!」

 

二人の間に付け入るものは何もない。存分に愛の言葉を交わし、水音を鳴らし、互いに快楽を刻み付けていく。やがて深く腰を埋めた刺激でそれが頂点を迎えた。

 

「う、くっ…!」

 

「ああぁっ…!」

 

抱き合ったまま互いの絶頂を感じる。上向きだというのに勢い良く跳ね回る男根から吐き出される精液を一滴残らず搾り尽くそうとする肉壺。その脈動が終わっても二人は離れようとしなかった。

 

「ん…♡はむっ…ちゅっ、んぅ…ふぁ……んん…♡」

 

それどころかもう何度目かのキスを交わし、熱烈に互いを貪っていく。背中に腕を回し、頭を掴み寄せたまま胸がつぶれるのも厭わずに密着して舌先を触れ合わせる。そして長い長いそれが終わったかと思うと、また二人の身体は繋がったまま倒れ込んで。

 

「ロザリー…」

 

「ナタリアさん…♡」

 

再び行為に及び始めた。それからしばらく、この一室にはすっかり蕩けた女の嬌声だけが響いていた。

 

ーーーー

 

目を覚ましたのは部屋に差し込んだ光だった。一日の始まりを告げるそれによって嫌でも瞼は開いてしまう。

 

「……う…」

 

「あ…」

 

その視界に飛び込んできたのは、こちらを見つめるロザリー。と、その麗しい裸体だった。一度、二度まばたきをしてぼやけた景色が鮮明になる。と、同時に猛烈な勢いで飛び起きた。

 

「…うわぁっ!?」

 

「お、おはようございます…」

 

「あ、あっああ、おはよう…じゃなくて!あ、あんたなにやって…!」

 

「お、覚えてませんか?昨日の…」

 

そう言われて自分の格好を見れば同じように生まれたままの姿だということに気付く。起きむくれの頭だったが徐々に思考が追いついてきた。むしろ酒に酔っていたわけでもないのになぜ今まで忘れていたのか。そうだ、昨日はあんなに熱烈に愛し合っていたじゃないかと思い出す。それと一緒に、妙な気恥ずかしさがこみ上げてきた。

 

「…………」

 

「あの…?」

 

「…思い出したよ、全部…私とあんた、そういう関係になったんだったな…」

 

「は、はい…」

 

「…………」

 

かけられた布団に顔を埋めたまま動かないナタリアを見て、ロザリーは不安げな声色で呟いた。

 

「…あの…やっぱり、ダメですよね…私が一方的に押し付けたようなものですし、勢いでしたようなものでしたし…ナタリアさんが嫌でしたら、前の関係に戻れるように……」

 

そこまで言ったところでようやくナタリアは顔を上げた。

 

「嫌なわけあるか!」

 

「は、はいっ!」

 

「ただ…ほら、分かるだろ!恥ずかしかっただけだ…あんたのことは嫌いじゃないし…す、好きだからな…」

 

真っ赤になった横顔を見ながら安心したように笑うロザリー。そしてそっと、ナタリアの肩にしなだれかかり、腕を絡めて。

 

「お、おいっ」

 

「はい、私も大好きです…これからも末永くよろしくお願いしますね。ナタリアさん」

 

「っ…あ、ああ…よろしく、ロザリー」

 

どちらともなく微笑み、口付けを交わした。

 

 




これで年内の投稿は最後です。ありがとうございました。
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