※この作品はR-18です。

さよならしか言えない   作:添牙いろは

1 / 2
さよならしか言えない

 人の身体にはある種の本能的な周期が備わっているようだ。

 瀧は決して――三葉を蔑ろにしているわけではない。

 むしろ、誰よりも深く愛し、異性としても魅力を感じている。

 なのに――

「あっ、ん……あぁ……っ❤」

 瀧の腕の中で、恋人の身体が淫らに爆ぜる。

 しかし、恋人の 膣(カラダ)の中で瀧が爆ぜることはない。

 満足そうな力強い抱擁を、ただ一身に受け止めている。

 これ以上は続けられる気分でもない。瀧は自身を引き抜くと……道半ばであることは一目瞭然。

「……ごめんね、私ばっかり気持ちよくなっちゃって」

「いや、俺も気持ち良かったよ」

 その言葉に、偽りはない。三葉を抱きしめることで性的な幸福感は確かにあった。

 しかし、どこか物足りないところがあるのも否めない。

 今朝も恋人との逢引きを前にして、明け方にはやる気に満ちていたのに……陽が昇るにつれて気持ちが落ち着いてしまった。

 それでも。

 朝の昂ぶりが戻ってきてくれないか……と一縷の望みに縋り、瀧は裸の恋人と優しい時間を語り合う。

 ふたりで横になるためにあつらえられたベッドは広々としていて、不自由なく男女の身体に触れ合っていた。

 なのに、新たな波は一向に訪れない。

 そしてとうとう。

「……あ、そろそろシャワー浴びとこっか」

「そうだな」

 三葉の祖母が帰ってくる時間は近い。同じ部屋というわけでも、声が筒抜けというわけでもないが、いつでも肉親から声を掛けられる状況となる。これは、三葉からすると極めて愛しづらい。

 ゆえに、ここからは健全な時間。三葉だけでなく瀧も手伝って、夕飯の支度に取り掛かる。父の俊樹は政治家としての地方巡礼。妹の四葉は大学の友人と遊び歩いており、今夜はオールになるとのこと。それで、食卓には瀧と三葉と祖母の一葉との三人だけ。

 その後はソファに並んでテレビなどを見ながら穏やかに過ごしていたが……何故だか瀧の中で、妙な気持ちが膨れ上がってくる。

 決してロマンスを誘発するような番組ではなかった。

 なのに、これからふたりで夜の街に出掛けたくなってくる。

 そして、できればホテルに泊まって――

 相手が恋人だけに、邪な気持ちが抑えきれない。

 瀧は甘えるように身を寄せて、隣からさり気なく手を握る。

 三葉もまた、彼の気配をしかと感じていた。

 とはいえ。

(お祖母ちゃんいるから、ね?)

 小声でそっと彼氏を諌める。

 欲しければ、ふたりきりだった昼間に求めてくれれば良かったのに、と思い返しながら。

 ゆえに、瀧もそれ以上は何もしない。

 ただ、寄り添う以上のことは。

 しかし、その触れ合いが、瀧の気分を高めていく。

 もし、いま義祖母が急遽出掛けていったら、すぐさま三葉のことを押し倒してしまいそうなほど。

 だが、そんな機会も訪れず……

「そろそろ、終電だね」

「ああ、そうだな」

 帰宅の時間となってしまった。

 玄関までやって来ると、瀧は強く三葉を抱きしめる。

 そしてその口づけは、別れのキスと呼ぶにはあまりに激しい。

「ん、んふ、ん、ん……」

 三葉はこんな瀧も嫌いではないが、祖母がいつ通り掛かるかわからない。それに何より時間もないため、このような交わりはすぐに収まる。

「じゃあ……また来週な」

「うん、またね」

 家の中で見送りながら、帰り際の瀧は寂しがり屋なのかな、と少し可愛く思っていた。

 が、瀧の中ではもっと不純な感情が多くを占めている。

 どうして、成すべき時間に、こんな気持ちになれなかったのだろうか。

 この日に備え、独りで衝動を収める行為さえ先週末から控えてきたのに。

 明日の日曜日はそれぞれ予定がある。あまり夜遅くまで振り回すわけにはいかない。

 だが、願わくは、あのまま三葉を連れ出したかった。

 綺麗な夜景を眺めながら街を歩き、手頃な部屋に入って朝まで激しく……!

 恋人と別れたばかりだというのに、恋人のことばかり考えている。

 それも、恋人との淫らな行為ばかり。

 だが――

 男としての本能が、その姿を少しずつ変えていく。

 地下鉄の入り口まで差し掛かったとき、瀧はそこで足を止めた。

 のんびりしていては、終電を逃してしまう。

 それは判っているけれど――

 ……何もなければ、それでいい。

 欲望と罪の意識に苛まれながら、瀧はその偶(・)然(・)を待っていた。

 

       ***

 

 ごめん、ちょっと朝までは無理かも、と四葉はひとりカラオケから離脱する。

 その兆候は、ファミレスで駄弁っていた頃からすでにあった。

 昼間、ノリで入ってみたランジェリーの店。

 悪巫山戯のような厭らしい下着。

 買ったところで見せる相手はいない。

 ゆえに、当然買わなかった。

 だが、見せたかった相手ならいる。

 その思いが、店を出た後もずっと燻り続けていた。

 ――逢いたい。

 そんな綺麗な感情ではないことは自覚している。

 ――抱きしめたい。

 それどころでも済まないことも。

 だが。

 その相手は、姉(・)の(・)彼(・)氏(・)である。

 これ以上望んではならない。

 だけど――

 友達との楽しい夜をふいにしてまで、自分は何をしているのだろう。

 電車に揺られながら、四葉は寂しくため息をついた。

 希望なんて持つべきではない。

 きっと帰れば布団の中で独り慰め、朝には自分の間抜けさに呆れ返ることだろう。

 それは判っているのに、

 何故か解っていない。

 根拠のない経験則に導かれるように、四葉はここに来てしまった。

 自宅の最寄駅で下車して、地上への階段を踏みしめていく。

 そして――

「あ」

 その姿に、四葉は笑みを抑えることができない。

 同じように、瀧もまた。

「あ」

 今夜は朝まで帰ってこない――そう聞かされていた四葉が確かにここにいる。

 逢わなければいい――理性ではそのように願っていた。

 しかし、本能はその真逆。

 そして。

 この偶然がふたりの良心をみるみる溶かしていく……!

「…………」

「…………」

 何も言えない。

 言えばきっと、厭らしい本音が露呈してしまう。

 だが、何か言わなくてはならない。

 それで瀧は、極めて平凡なことから。

「夜道は危ないし、送っていこうか」

 これに四葉も、俯いたまま答える。

「うん、ありがと」

 ここで自宅まで付き添わせては、瀧の終電は間に合わない。

 それを解っていながらの甘受。

 だから、ふたりは通じ合っていた。

 言葉にできない、お互いの想いを。

 

 少し歩いたところで、四葉は家への進路を逸らす。

「ちょっと、コンビニ寄っていっていい?」

「あ、あぁ……」

 少しだけ回り道をして、ふたりは明るい店内へと足を踏み入れた。

 とはいえ、瀧自身に買いたい物などない。それで、何気なしに同伴者に連れ添っている。

 だが、四葉はそれを手に取ることに躊躇しない。年頃の異性の目の前だとしても。

「!」

 女のコが手にしているのは……紛れもなくコンドーム。恥ずかしそうにチラリと男のコを見上げ、そしてまた目を伏せる。だが、引き返すことなく、レジへ持っていった。それを瀧は黙って見送る。その意味を問いかけることもできずに。

 

 このまま家まで送り届けるだけ――そんな選択肢などとっくになくなっている。言い出しにくいことを、どちらが言い出すかを待っているだけで。最初、駅前では瀧から。コンビニでは、四葉がそれに応えた。ならば次は自分の番か――と男子は思う。

「ちょっと……公園で話でもしないか?」

「……うん」

 ここまで、ふたりの間に語らいなどまったくなかった。この先も、話すことなどないだろう。だが、四葉は頷いた。伝え合うのは、言葉だけではないと知った上で。

 この公園に来たのは初めてのことではない。その思い出が、ふたりの胸のうちに蘇ってくる。

 少し奥まったところへ行けばそこは木々に囲まれており、敷地の外から覗かれることはない。そんな 人気(ひとけ)のないベンチにふたりは腰を掛ける。背もたれはなく、座板だけ。長々と寛げるような場所でもなさそうだ。

 話すことがあるのなら、早々に切り出すべきだろう。

 だが、何も言えない。

 それは、口にしてはならないことだから。

 少しの間押し黙っていたが……ここまで連れてきてくれたのは男のコである。

 だったら今度は私から、と四葉はそっと手を添えた。

 控えめに、男のコの足へ。

 それは、控えめなつもりだったのに。欲する想いがつい態度となって現れる。

 するすると手のひらは撫で上がってゆき、いつしか際どいところへ。

 これに瀧もまた、女の腰へと手を伸ばす。より、密に寄り添うことになった。

 欲しい、欲しい……欲しい!

 力いっぱい抱きしめたいし、抱きしめてもらいたい!

 けれど……

 いまはこれが精一杯。

 女のコは男のコの方へ顔を向け、瞳を閉じて、静かに待つ。

 愛らしい表情に、瀧の唇も吸い込まれていく。

 それが、合図となった。

「ん、ん……ん……」

「むふ、ぅ、んん……んふぅ……」

 暗がりの中で、お互い欲しい場所へと手を伸ばす。

 最初は、お互い服の上から。

 男の 勃起(おお)きくなったところを撫で回し、

 女の膨らんだところをその手の平に収める。

 だが、それはすぐに内側へと。

 女の指先によってジリジリとファスナーを開かれ、慣れた手つきは熱くなったところを探り出した。

 男の指先は女のシャツの裾から潜り込み、中で締め付けるものすら押しのけていく。

「ふ、ふ、ん、ん……」

「は、はむ、ん、ん……」

 口の中でも舌と舌が激しく踊り、唇の境界を行ったり来たり。

 欲するままに瀧は女子の太腿へと指を這わすが、足の間は軽く閉じられている。

 いまはもう、そのような気分ではない。

 代わりにお尻を浮かせて……男子の欲望を待っていた。

 それに応えて瀧はスカートの中の下着をしっかりと掴み、それを外へと引きずり出していく。

 それで四葉もまた 勃起(カタ)くなったところから手を離した。そして、鞄の中から買ったばかりの紙袋を手繰り寄せる。

 下着が膝を越えたあたりで、四葉は右足からそれを引き抜く。瀧の勢いはすでに女子を凌駕し、四葉はベンチの上に押し倒されてしまっていた。シャツどころか、ブラジャーまでも捲りあげられ、優しい蕾は男の舌に転がされている。

「ん、ん……んふぅ……❤」

 その快感に身を捩りながらも、四葉は焦る手つきで箱の封を切った。その中からひとつだけ千切り――残りはポトリとベンチの下へとこぼれ落ちる。

 指の内に残ったひとつを唇に咥え込むと、空いた両手は瀧のお腹の下あたりへ。ベルトを緩め、ジーパンを追いやったところで……まるで獣だ、と四葉は思う。我が身に食らいつく様子は、まるで理性を失った獣のようだと。

 だが……

 食らいつかれることを心から望んでいる自分も淫らな獣だ。もうこの気持ちを抑えることなどできない。

 だからそれは、人としての最後の理性でもある。くるり、くるりと本能が包み込まれれば……もう、人であることなどできようもない!

「はっ、あ、あぁぁぁぁ……❤」

 ずっと、ずっと欲しかった女の 膣内(ナカ)を、男の 陰茎(モノ)が犯していく。

 ずっと、ずっと欲しかった男の 陰茎(モノ)に、女の 膣内(ナカ)が犯されていく。

 この寝床は快適なものではないが、ふたりは決して離さない。腰を引き、そして貫く。身を焦がすのは激しい脈動。欲しても欲してもまだ足りず、それは最果てへと至るまで。

 罪の意識もいまだけは忘れていたい。懺悔ならば、夜が明けてからいくらでも跪こう。

 だから……いまは……いまだけは……!

  射精(イク)……っ! 瀧の 精巣(ナカ)がこれ以上耐えきれなくなっている。

  絶頂(イク)……っ! 四葉の 膣内(ナカ)もそれに抗うことなどできそうにない。

 ゆえに――

 

 ドプッ、ドクッ、ドクン、ドクン……ッ!

「~~~~~っ❤❤❤」

 

 この想いは、三葉の 膣内(ナカ)で爆ぜさせたかった。

 しかし、四葉でなければここには届かない。

 恋人に対する後ろめたさはある。しかし――

「はぁ……あぁ……ふぁぁ……❤」

 ビクビクと 搾精(しぼ)りながらうっとりと自分を見つめる女のコを見せつけられては、瀧には何も言えなくなってしまう。

 四葉の、幸福そうな笑顔。

 その笑顔に、瀧自身も幸福を感じている。

 もっと彼女に幸福感をもたらしたいと思えるほどに。

 だから。

 地面の方へと手を伸ばし、瀧は残りの四枚を拾い上げる。

「こんなもの、女のコが家に持って帰ったら良くないぞ」

 それに四葉は……捨てていくなどと言えるはずもない。

「なら……帰る前に使い切ってもらっていい?」

 今度は瀧が封を切り、収まりのつかないところを再び包み込む。

 結局――

 四葉は予定通りの帰宅となり、

 瀧は始発で家路に就くこととなった。

 

       ***

 

 人の身体には本能的な周期のようなものが備わっているようだ。

 瀧が三葉を求めるとき、三葉はそのような気分にはなれない。

 だが逆に、三葉が瀧を求めるときもまた、瀧はそこまで盛り上がらない。

 これは恋や愛を超えた、生来のリズムのようなものともいえる。

 それが。

 不幸なことに。

 四葉とは恐ろしいほどに一致する。

 瀧が三葉の身体に手を出せず身悶えている頃、

 別室で四葉は、自分の 性感帯(カラダ)を慰めていた。

 四葉が切なさに身を焦がしている頃、

 時を同じくして、違う場所で瀧は抑えきれない想いを手の内に溢れさせる。

 互いの意思など関係なく、ただ、そうあっただけ。

 

 そんなふたつの波長が絡み合ってしまったのは、一年ほど前のある晩のこと――

 会社の飲み会で、瀧は遅くなっていた。

 が、帰れないこともない。

 上司もタクシーを出すと言ってくれている。

 しかし――恋人の家が近いから、と瀧はそれを断った。

 何だか無性に、三葉に逢いたくて。

 合鍵で勝手に上がり込み、三葉の部屋へと向かう。

 既に彼女は寝入っていた。

 それでも、シャツを脱ぎ、勝手に布団へと潜り込む。

 が――瀧は完全に失念していた。

 三葉は出張中で留守にしていたことを。

 だが、確かに寝入っている。

 姉がいないのをいいことに、密かに入り込んでいた四葉が。

 恋人たちのベッドは広くて新しい。

 寝心地は良いし、何より……ここで性行為が繰り広げられていたかと思うとドキドキする。

 それでつい……

 ズボンを下げ、

 胸元も肌蹴させ、

 思うがままに妄想を耽ったところで――不覚にも寝落ち。

 恋人を求めてやってきた瀧は、そうとも知らず。

 とはいえ――

 ひとたび抱けば、人違いにはすぐに気づく。

 だが……男は不覚にも魔が差した。

 酔っていたということもあり。

 何より、別人が恋人のベッドで寝ているなどありえない状況だ。

 気づいていないフリをして……そのまま寝ている義妹の女体をまさぐり続ける。

 しかし。

 四葉もまた、ここまでされればさすがに気づかないはずがない。

 微睡みなど既に覚めており、姉の彼氏による悪戯を把握する。

 だが……女もまた、魔が差した。

 大きく熱い身体に抱きしめられ、

 自らの恥ずかしいところを、

 しかし、 性感(カン)じるところを優しく撫でられていく。

 もう少しだけなら……もうちょっとだけなら……

 寝たフリを決め込んで、姉の彼氏にされるがままになっている。

 掛け布団は剥がされ、仰向けにされては自分が四葉だと気づかないはずがない。

 だが、瀧は薄暗くて見えなかった、と思い込み……義妹の乳首に唇を付ける。

「ん、ん……ん……」

 そこに触れてもらうのは好きだった。が、ここまで 性感(カン)じたことはない。ベッドから伝わる雰囲気か。それともその抱き方か。甘い刺激に魅入られて、四葉にはもう女としての貞操を保つことができない。

 瀧が膝の間に割り込んでくれば、自然と足を開いてしまう。

 独りで致した後なので、そこには何も着けられていない。

 ゆえに、そこに軽く指を這わされただけで……

「はっ、あ……あぁ…‥❤」

 女の熱は、すっかり昂ぶっていた。これではもう声を抑えることもできない。

「ん、んふぅ……ふぁ……はぁん……」

 割れ目の中の大好きなところ。そこを触れられては腰だって跳ねてしまう。

 ここまで反応されては、瀧から見ても意識が戻っていることは明らかだ。

 それでも、四葉は何も言わない。

 だから、瀧も止めることができない。

 ゆえにここからは、暗黙の了解で。

 女の太腿を押し開き、

 その濡れ滴る一筋に男の先を押し当てる。

 ぬるり、ぬるりと内側を掻き回せば、これから訪れる展開は疑いようもない必然。

 ここまでしたのだから、

 四葉は起きたフリで引き止めてくれるはず。

 瀧君は良心で引き返してくれるはず。

 互いに相手が、自分の欲望を諌めてくれると信じて疑わない。

 四葉は、瀧には一線だけは超えないという信頼があった。

 瀧にもまた、四葉は一線を超えさせないという信頼があった。

 倫理という名の境界線。

 しかし――

 それは、実在しなかった。

「ん、んふ、ん、んん~……」

 これは、本当にマズイ。

 だが、四葉の 膣内(ナカ)は温かく、

 瀧の 肉棒(カラダ)は逞しく、

 女は誘い、

 男は奪い尽くしていく。

 そして、それが 子宮口(オク)まで到達したとき――

「んんん……っ❤」

 四葉はもう、耐えられなかった。

 男の頭を両腕で捉え、その唇を強引に奪う。

 そして、瀧もこれには耐えられない。

 さらなる快楽を求めて、四葉の 膣内(ナカ)を掻き回す!

「ん、んふぅ、む、ふぅ……っ」

 避妊具なしの愛撫では気を緩めることはできない。

 それも、相手は恋人ではなくその妹だ。

 万が一さえあってはならない。

 様々な負い目は去来するも、膣肉の抱擁がすべてを溶かしてしまった。

 繋ぐべきところだけは繋ぎ合い、男は少しだけ身を起こす。女のコの、女のコらしいところを 視姦(み)つめるために。

「いいっ、いい……あぁん……はぁん……っ」

 瀧にとって、これまで四葉は恋人の妹としての認識しかなかった。女子大生らしく、少しすました雰囲気の。

 そんな女のコが、目の前で乳房を晒し、

 足を開き、

 男を受け入れたうえ、

 悩ましげに呻くのは可愛らしい嬌声。

 そのすべてが、瀧を高みへと導いていく。

 そして、

 四葉にとって、これまで瀧は姉の恋人としての認識しかなかった。社会人とはいえ、少し頼りない雰囲気の。

 そんな男のコが、寝床を襲い、

 下半身を剥き出しにして、

 自分を抱きしめ、

 息を荒くして求めている。

 彼氏との交際経験はいくらかあれども、こんなに胸が高鳴ったことはない。

 初めての快感に、四葉はどこまでも導かれてゆく。

 それは、かつてないほどに――

 

「 絶頂(イク)…… 絶(イ)…… 頂(ク)ゥ……❤」

 ビクッ、ビクン、ビクン……っ!

 

 このままでは――!

 急速に締まっていく 膣内(ナカ)を掻き分けて、瀧は強引に自らを引き抜く。 膣外射精(ソトだし)――温かな 膣(カラダ)に名残はあったが、解き放たれた先は女の腹の上。

 四葉は冷えていく男の迸りを感じながら……それを痺れる 子宮(ナカ)で 受精(う)け止められなかったことを寂しく思う。

 だが……

 お互いの満足感の後にあったものは、深い後悔。

 結局止められなかった。

 最後まで至ってしまった……

 瀧は自責の念に駆られるも、ここから立ち去ることができない。

 少女の指先が、少年の指を儚げに捕らえていたから。

 これ以上、共にいてはならない。

 だとしても。

 いまの四葉に、この現実をひとりで受け止められる強さはなかった。

 目の前の男のコに傍にいて欲しい――

 ただそれだけを願い、

 しかし、願ってはならない。

 いまにも崩れてしまいそうな女のコを前にして、瀧は――

 彼女に、救いの手を伸ばす。

「三(・)葉(・)……起きてるか……?」

 自分はまだ、勘違いをしている。

 四葉を、その姉だと疑っていない。

 そう信じ込ませる。

 互いの、罪から逃れるために。

 だから彼女は無言で応える。

 男からの誘惑に甘える形で。

 それで、少しだけ唇を尖らせた。

 こんな可愛くねだられては、瀧も奪わずにはいられない。

 それは口元だけに留まらず、すぐに胸元へも。

 さらには、女の女たるところまでも。

「ん、ん……んふ、ふむぅん……❤」

 四葉は、三葉として眠り続ける。

 姉しか得ることができないはずの愛を、その一身に懐きながら。

 

       ***

 

 あれは一夜の過ち――もう二度とあるまい。

 そう考えていたのだが……

 瀧は恋人と会う週末に向けて、自分を律し続ける。

 だが、どうしても色欲に溺れたあの一瞬を忘れることができない。

 それでついに、金曜日の夕方頃――

「あれ、瀧君……?」

 四葉は、姉に対する裏切りを酷く後悔していた。

 もうあのようなことは絶対にしない。

 そう、固く誓ってきた。

 なのに……

 今日に限っては変な気分に犯されている。

 昼間駄弁っていた友人の惚気話に当てられたのかもしれない。

 メールだけなら……そんな甘い気持ちに揺られながら大学のキャンパスから出てきたところで、不意の邂逅。

 その日の瀧は、どうにも胸がそわついていた。仕事も手につかなかったので、おそらく残業しても効率は上がらなかっただろう。それで、定時で上がってきたのだが……何故だか、真っ直ぐ帰る気にはなれない。

 四葉のサークル活動が終わる時間は、以前宮水家の食卓で聞いていた。それで――漠然と熱を感じながら、瀧はそこへとやってくる。途中で買ってしまった避妊具は、明日の三葉のために使うもの――決してこれからを期待してのことではない。

 そう長々と彷徨いていては不審者そのものだ。少しだけ様子を見たらすぐに帰ろう。そう思っていたところ――

「ぐ、偶然だな……」

「うん……」

 大学の正門前ともなれば、人も少なくはない。それに、陽も既に落ちている。そんな暗い夜道で、ふたりは導かれるように互いを見つけ出した。

「どうしたの? こんなところで」

「ああ、俺もちょうど帰るところなんだ」

「それなら……途中まで一緒に帰ろ」

 相手は恋人の妹。

 相手は姉の彼氏。

 顔見知りとして、別段不自然な行為ではない。

 だが、男と女の中では、邪な想いが黒い影となって蝕んでゆく。

 ゆえに、何事もなく駅に辿り着くことさえできなかった。

 道行きながら、何気なく触れ合う身体は次第に貪欲に求め合う。それは必然的に、人前では晒せないところまで。ならば、と示し合わせたようにビルの非常階段へ忍び込む。そして……

「あ、あぁん……瀧君……瀧君……っ」

 もう止めることなどできない。事を成すためにかぶせるものまで用意してきた男のコに四葉は女のすべてを明け渡してしまった。それも、一度では済まず、二度、三度と。それでようやく満足したが、その別れ際……

 これで、本当に最後にしなくちゃ――

 その想いとは裏腹に。

 これで、本当に最後だなんて――

 その決断を、四葉には下すことはできない。

「もう本当に……これで最後にしようね」

 口では、そう呟きながらも――

 ――ひらり

 踵を返す四葉の手から、ハンカチが足元へと舞い落ちた。

 彼女を引き止めることのできなかった瀧は、ひとりそれを拾い上げる。

 断たなければならない絆が辛うじて繋がったことを考えないようにして。

 

 今度こそもう逢うこともないだろう――瀧は自らを強く戒める。

 だが、その週のデートでも、瀧は三葉の 女体(カラダ)では至ることができなかった。

 いつものように心を疼かせながら迎えた週明け、もう自分で満たしてしまおうか――そんなことを考えていた夜遅く――

“ハンカチをどこかで落としたみたいなんだけど”

 その一枚は、さほど貴重なものでもない。

 だが、四葉は昨日デートから帰ってきた姉の様子を思い出してしまい、耐え難いほどに心が寒くなっていた。

 今朝までは平気だったのに、この夜になって、突然。

 それで、思わず妙なメールを送ってしまった。

 ハンカチについては瀧も身に覚えがある。

 だが、今度宮水邸を訪れた際に渡しておけば良いはずだ。

 しかし。

“うちにあるよ”

 思わず返してしまった誘い文句。

 これに四葉もまた胸をときめかせてしまった。

“今から取りに行っていい?”

 これを断ることなど、瀧にはできない。

 ただ手渡すだけだから――そんな建前など、逢ってしまえば脆くも崩れ去る。

 結局四葉は、友達の家に泊まっていく、という言い訳を自宅に送るしかなかった。

 

 その後は、この繰り返しである。

 四葉は瀧の部屋で肌を重ねる度に何か私物を忘(・)れ(・)て(・)いった。

 こんなことは良くないと、ふたりとて悩まないはずがない。

 だが、心が弱くなる隙が何故か偶然重なってしまう。

 そしていつしか、

 切なくなる度に、相手のことを思い出すようになっていた。

 

 しかし。

 肌を重ねれば重ねるほどに、慣れという油断が見えてくる。

 とある日曜日の夜、また明日と友人らと別れた四葉は……何故か寂しくなってきた。

 抱きしめたい。

 そして、抱きしめて欲しい。

 ならばきっと、瀧君も同じ気持ちのはず――

 そう信じて、終電で想い人の済むマンションへと向かう。

 しかし――

「あ」

「え?」

 確かに、瀧は異性を欲していた。今日も恋人との波長が合わず、煮え切らないまま送り返そうとしていたから。

 それでも翌日には仕事があり、三葉は帰らなくてはならない。それで、駅まで送り届けていた矢先に――

 固まるふたりの間に、割り込むように三葉が口を開く。

「四葉、こんなところで何してるの?」

「え、いや、その……」

 もちろん、瀧に逢いに来たなどと言えようもない。今日の姉は休日出勤だと聞いていたが、その帰りに恋人の家に寄るという可能性は頭から抜け落ちていた。

 最も見つかってはならない相手に見咎められ、四葉は動揺を隠せない。

「え、えーと……このへんに友達の家があってね、ちょうど、帰るところ」

「ふぅん」

 三葉とて、妹の交友関係に精通しているわけではない。だが、その様子は極めて不審だ。何しろ、駅(・)か(・)ら(・)遠(・)ざ(・)か(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)歩(・)い(・)て(・)き(・)た(・)のだから。

 先日、瀧の家で四葉のものとよく似たボールペンを見かけて以来――三葉は、これまで考えないようにしてきた疑いを口にする。

「友達って……瀧(・)君(・)の(・)こ(・)と(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)わ(・)よ(・)ね(・)?(・)」

「そんなわけないじゃん!」

 反射的に否定するも、その力強さがかえって白々しい。

「なら四葉、一緒に帰りましょうか。だから瀧君、ここまででいいわ」

「あ……あぁ……」

 微笑みの奥にある冷たさに怯んで、瀧にはそれ以上何も言えない。

 男はふたりを、ここで見送る。

 これまでの、自らの所業に苛まれながら。

 

       ***

 

 妹と出遭ってしまった帰り道、三葉は何も問い詰めない。

 友人のことなど訊きもせず。

 言葉ひとつ発することはない。

 真実が露呈するのを恐れて。

 だが……

 四葉が瀧の家に訪れることは、もうなかった。

 瀧が四葉の大学の周辺に現れることも。

 どんなに心が求めても、

  性感帯(カラダ)が求めても、

 ひとりで慰めることしかできない。

 かといって、忘れることもできない。

 互いの距離は縮まることなく、半年の月日が流れていた。

 その間、四葉は瀧を思い続ける。

 毎日、というほどではない。

 ただ、時折寂しくなるだけで。

 寂しくなると瀧のことを思い出し、瀧のことを思い出すと逢えない寂しさが心を焦がす。

 だから――

 今日から連休を使ったサークルの合宿だというのに、発作のように四葉は瀧を求める。

 決して求めてはならないと理解しながら。

 待ち合わせは地上線のターミナル駅。だが、そこへ行くには地下鉄を利用して、そこから少々歩いた方が乗り換えの都合が良かった。

 偶然にも、瀧の家の最寄り駅であることを意識して。

 逢うことなどできない。

 逢ってはならない。

 だとしても――

 逢いに行かずにはいられない……!

 少し遠回りする道のりさえ計算に入れて。

 当日の朝、四葉は早すぎるくらいに家を出てきた。

 そして、瀧の住むマンションを目の当たりにしたとき――喉を詰まらせるほどの苦しさが込み上がってくる。

 せめて、想い出だけは感じていたい……!

 エントランス脇の茂みの裏に、四葉は素早く身を潜ませた。

 そして、少し肌寒い早朝の中に、柔らかな裸身を晒していく。

 瀧君……逢いたい……抱きしめたい……!

 その想いを、自分の身へと刻んでいく。

 決して、届くことはないと知りながら。

 

       ***

 

 今日から連休であり、昨日の晩から瀧は三葉を泊めている。仕事帰りということもあり、食べて帰った後はお互いすぐに眠ってしまった。

 燻る想いはあったものの……疲れていた恋人を慮って。

 だが、瀧は朝早く、 熱(いき)り立つ生理現象にうなされ目を覚ました。

 三葉は本当に疲れていたようで、いまもすっかり寝入っている。こんな時間に起こすのも忍びない。

 せっかくだから……外にゴミでも捨てておこうか。休日の早朝ともなれば、誰が出てくることもないだろう。少なからずだらしないが、シャツにトランクスという格好で瀧は収集所まで下りてきた。

 こんなとき……瀧は無意識に探してしまう。抱きしめたいときにいつも逢いに来てくれた女のコのことを。

 もうそんなことはないというのに。

 少しだけ周囲を見回して……諦めてゴミを捨て場へと運んでいく。

 だが。

 その帰り、どうしても気になることがあった。

 エントランスから外れたところにある茂みに、何だか動く気配があったようで。

 おそらく気の所為だろうし、いたとしても猫だろう。

 だが、確かめずにはいられない。

 その頃……

 誰かが建物から出てきたとき、四葉は社会的な死を覚悟していた。

 が、その姿を視認したとき……むしろ、それだけで 絶頂(イキ)かける。

 しかし。

 それは、逢ってはならない相手だ。

 だが、逢いたい。

 相反する強い衝動に、四葉の心は耐えきれなくなってきた。

 衣服は、既に半分以上気崩れている。パンツで来たため下は半裸で、ブラも完全に外れて襟元まで露わになっている。だが、その中途半端さが煩わしい。清々しい朝焼けの空の下で、四葉は瀧への想いを天へと馳せさせる。

 そこに……

 想い人の方から近づいてきたのである。

 自分にもう逃げ場はない。

 こんなところで、異常な痴態を晒していることがバレてしまう。

 ならば、いっそのこと……!

「!?」

 瀧とて、本当に出てくるとは思っていなかった。

 そのうえ、思い描いていたままの姿で。

 いや、ここで脱いでいるとは思わなかったけれど。

 瀧が邪な気持ちを抱いたとき、脳裏に蘇るのはいつでもこの 裸身(カラダ)だった。

 いままさに、欲してやまなかったものがそこにある。

 だから――飛び出してきた恋人の妹を夢中で抱きしめていた。

 そしてそのまま、貪るように唇を重ね合う。

「ん、ん、ん、ん……!」

 こんなところで……しかも、部屋には恋人を残してきている。

 四葉もまた、これから合宿の待ち合わせに向かわなくてはならないはずだ。

 それなのに。

 そんな僅かな間でさえも……!

 四葉の勢いに押されて、瀧は踵をつまずかせる。

 土の上に倒れても、ふたりが抱擁を解くことはない。

 だが、この奇跡的な巡り合わせに――互いの想いは繋がった。

「四葉、俺……俺は……っ!」

 どうしてこんなところで裸になっていたのか――それは、訊かない。

 ただ、四葉の求めに身を委ねるだけ。

 男の下着が引き下ろされれば、中身は簡単に飛び出してくる。

「私、欲しい、欲しい……ずっと……欲しかった……っ!」

「俺も……俺も、四葉が……四葉が……!」

 裸で舞い降りてくる想い焦がれた女性を、どうして拒むことができようか。

 男を想い、涙を湛えていた蜜壺がみるみる愛に満たされていく。

 そこは、貴方だけのモノ――そう言わんばかりに、男の身に吸いついた。

 僅かな凹凸さえも、すべて味わわんと……!

「あっ、あぁ……っ、あ、あぁ……っ!」

 かつては、欲しいときにいつでも求めていた。

 生命を 性感(カン)じたいとき、その 男(カラダ)のすべてを。

 だが、そこから身を引いたことで思い知る。

 この幸せが‥…こんなに尊いものだったなんて……!

 そして、瀧もまた。

 いまはもう、目の前の女性しか映らない。

 一心不乱に自分を求めてくれる、彼女しか。

 我が身を包み込むのは、女による吸い込むような抱擁。

 内側に秘められた貪欲なまでの淫らさ。

 嬉しそうに我を忘れて、綺麗な乳房を朝陽に捧げている。

 黒い綿毛から絞り出される甘い蜜は、大地を染み渡らせていくようだ。

 しかしそれは、男の 精巣(オク)からも溢れ出そうとしている。

「四葉…… 射精(イキ)そう……!」

 だが……

「瀧君っ、私も 絶頂(イキ)そうだから……もう少し……我慢して……っ!」

 このまま 膣外(ソト)に逃すなんて絶対にイヤ。

 瀧君を抱きしめて 絶頂(イキ)たい。

 それを、

 それだけを夢見てどれだけの夜を涙で濡らしたことか。

 お願いだから……もう少しだけ……!

「でも……ホントに……俺……!」

「気持ちいいの! 気持ち良くなりたいの! だから……あぁ……っ!」

 四葉と触れ合っていると、つい本能に負けてしまう。力づくでも振り落とすべきなのだろう。

 だが。

「 絶頂(イカ)せて……お願い……っ! 瀧君のおちんちんで 絶頂(イキ)たいのぉ……っ!」

 四葉の 膣内(ナカ)は心地よく、

 悶える四葉の肢体は美しい。

 もっと、もっと、 視姦(み)ていたい。

  性感(あじ)わっていたい。

 そんな強くひたむきな想いはついに――

「 絶(イ)…… 頂(ク)ゥ……っ❤」

 ひときわ艶めかしい嬌声に、瀧は耐えきったと安堵する。

 が、最後の一撞き、二撞きに耐えかねて――

 

 ドクンっ!

「あ……❤」

 

 しまった! ……と後悔するも既に遅い。

 ドクン、ドクン、ドクン……と繋がったまま、瀧は至らされてしまった。

「あ、あ……あぁ……あぁ……❤❤❤」

 絶頂の余韻の中でも、四葉は確かに 性感(カン)じている。子宮の中が、熱い 精液(モノ)に 受精(み)たされていくのを。

 はじめての…… 膣内射精(ナカだし)……

 刹那的な快楽と未来への不安の間で、ふたりは何も言えない。

 熱い脈動が収まっても、そのまま空を仰いでいた。

 その青さが、重なる影をより暗いものとしていく。

「ごめん……俺……」

「私こそ、ごめん」

 とんでもないことをしてしまった。

 けれども……たった一度で 孕(デキ)てしまうはずがない。

 そのはずだ。きっとそうだ。

 ふたりは、望まぬ未来に目を瞑る。

「あぁ……私、もう行かなきゃ……」

 ガクつく膝で何とか身を起こし、手早く脱ぎ散らかしていたものを纏い直した。

 たっぷりと 受精(そそ)がれてしまった精液はそのままに。これは、ハンカチを仕込むことで何とか誤魔化す。

「それじゃ……行くね……」

「あぁ……」

 これまで、一度だけで満足したことなどなかった。

 燃え上がった炎を鎮めるためには、二度・三度と肌を重ねなくてはならない。

 だが。

「ホントに、ごめんね」

「俺の方こそ、ごめん」

 覆水が盆に帰ることはない。

 これ以上触れあえば、きっと元には戻れなくなる――それを恐れて、ふたりは黙って背を向けた。

 もう同じ道を歩むことはできないのだろうと予感して。

 

       ***

 

 別れの朝からおよそ一ヶ月。その間、瀧と四葉は逢っていない。

 だが、彼女を想わなかった日などひとつもなかった。

 しかし、自分の気持ちに整理がつかない。

 逢いたいのに、逢えばすべてを失ってしまうから。

 恋人を抱くのもいつしか作業のように。

 近頃は三葉もまた、疲労が快感を上回っていた。

 汗だけ掻いて、ゆくべきところには至らない。ただぐったりと同じ布団の中で並んで横になっている。

 そんな恋人に、三葉は語りかけた。

「ねぇ、瀧君。実は――」

 その表情だけで、深刻な話を切り出そうとしていることは瀧にも伝わる。

 だからこそ。

 その手を握り、言葉を待った。

 どんなことを言われても受け入れるつもりで。

 しかし、その中心人物はこの場にいない者だった。

 

 ――四葉がね、妊娠したの。

 

「え……?」

 恐れていた、ただひとつのこと。

 神は、たった一度の過ちすら見逃してはくれなかった。

 瀧の中に、様々な感情が蠢く。

 しかし――結局、こんなことしか言えなかった。

「大変……だな」

 それは、極めて他人行儀。ゆえに、それが瀧らしくない、と三葉は思う。

 だからこそ、本来先ず問うべきことを三葉自身が問い返した。

「誰の子か、は訊かないのね」

 それで、瀧はハッとする。その瞳を見つめても――恋人の目は、自分のことを見ていないから。

 こちらは向いているのに、その存在を認知していない。

 三葉は、瀧の家からの帰りに四葉と会ってから――いや、その前からも薄々感じてはいた。あの晩に、それが確信へと変わっただけで。

 その後は二度と会っていない――そう、信じていたのに――

 もう、この人を信じることはできないだろう。

 力なく握る男の左手を、三葉は右手を引き解いた。

 そして。

「ねぇ、私たち――」

 

 ――別れよっか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。