※この作品はR-18です。

さよならしか言えない   作:添牙いろは

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さよならを言うまで

 それは、ふたりがずっと気になっていた映画の封切り日。

 互いに一日の仕事を終え、食事を採った後にレイトショーで楽しんだ。

 終電はまだ先だが……夜は深い。

 何より、ここは繁華街である。

 恋人同士であれば、そのまま朝まで愛し合う流れも不自然ではない。

 と、昼間の三葉は考えていた。

 しかし、いざそのときになってみると――

「うーん……明日も仕事あるし……」

 決して、その映画がつまらなかった、ということはない。

 むしろ実に面白かったため、気分はとても盛り上がっている。

 だが……思いの外、身体は疲れているのかもしれない。

 これから彼氏と休(・)み(・)に行くということは、そ(・)う(・)い(・)う(・)こ(・)と(・)なのだから。

 ソ(・)レ(・)はまた今度の機会に。

 恋人にそう言われてしまっては――男としても、引き下がらざるを得ない。

 使うべきときを待ち望んでいた、ポ(・)ケ(・)ッ(・)ト(・)の(・)中(・)身(・)を感じていても。

「あ、あぁ……そうだな」

 それでも不貞腐れることなく、地下鉄の駅まで付き添っていく。観たばかりのラブストーリーへの思いなどを語らいながら。そして、彼氏は彼女を送り出す。改札口の外から、手を振って。

 独りになると……瀧は深い溜め息をつく。行き場を失った恋人への想いをどう割り切ったものか。

 帰りの電車がなくなるまで一時間程度。このまま帰るのも味気ない。改めて繁華街へと引き返すとしても――どこから先が浮気となるのか、男の良識とオスの本能をせめぎ合わせていた。

 

       ***

 

 大学生に 徹夜(オール)はつきものである。

 とはいえ、連日遊び歩いているわけでもなく、週の半ばともなればなおさらか。

 そこそこの時間に切り上げて――四葉は、不毛な寄り道を試みる。

 もしかすると、友人から彼氏の自慢話を聞かされたからかもしれない。

 その頃から、四葉の想いはどこまでも膨れ上がっていた。

 私も――逢いたい――

 だが。

 姉を通じて、その人の予定は知っている。

 今夜は、映画を観ていくはずだ。

 夜の、最も遅い回で。

 その後の、恋人同士の行動なんて決まりきっている。

 絶対、朝までふたりきり。

 だとしても――

 上映が終わり、改札まで恋人を見送りに来たとしたら……このくらいの時間か。

 映画館最寄りのその駅に、四葉は意味もなく立ち寄ってみる。

 もし、仮に、万が一。

 ……どこぞのドラマのような展開などなく、自分もこのまま普通に帰るだけだろう。

 そんなことは、四葉自身が一番よくわかっていた。

 なのに、妄想は留まることを知らない。

 この先に、空虚な現実が待っているとしても。

 きっと、その瞬間まで覚めることはないのだろう。

 寂しい現実を、この目で見るまでは。

 なので――

 四葉は、夢から覚めることはなかった。

 驚くべきことに、妄想の続きが改札の前にポツンと佇んでいる。

 それはまさに、逢いたい、と願っていた相手。

 こんな偶然って、ある?

 自分を疑いながら。

 それでも、信じずにはいられずに。

 できる限りの、早足で。

 その頃――瀧の中で結論は出た。

 DVDを買って観るくらいなら……許されることだろう。

 だが、このとき思い描いていたのは、恋人のような大人びた女性ではない。

 もう少し若手の、女子大生のような。

 それは、かつて一度だけ過ちを犯してしまった、どことなく幼さを残した可愛らしい――

 思い焦がれて顔を上げたその先に、思い焦がれた人がいた。

 強く、強く欲していた相手が、すぐ目の前にいる。

 こんな偶然があるものか、と瀧は己の正気を疑わざるを得ない。

 が、それは実像として話しかけてくる。

「あれぇ……こんなところでどうしたの? 瀧君……」

 四葉の妄想は、とっくに終わっているはずだった。結局何もなく、そのまま改札を通り抜けることで。

 なのに――どうして――

 頭の中に描けていたのは、逢いたい、という想いだけ。

 逢った後の展開に、明確なイメージはない。

 ただ、ドロドロと渦巻く本能だけ。

 ……抱きしめたい。

 もっと、もっと近くで。

 でも、どこまで近づいていい?

 もうあんな事(・)故(・)なんて二度と起きないだろう。

 けれど、起きて欲しい。

 姉のいないところで、こうして出逢ってしまったのだから。

 これ以上の偶然が、さらに重なるはずがない。

 例えば、何らかの事情で一緒の部屋に泊まらなくてはならなくなる、とか。

 あり得ない。

 でも、あり得て欲しい。

 どうして良いかわからず……いま、できることだけを。

 少しでも、この人の近くにいたいという、それだけ。

 間近で見上げてくる恋人の妹から、瀧は目を離せない。

 「四葉こそ……どうしてここに?」

 瀧の後ろのポケットに入っているモノの感触がチクチクと痛みだした。欲望が、それを催促するように。

 いますぐ抱き寄せたい――その想いを押さえながら、瀧は紳士的な態度で女性に接する。

 だが、どうしてもその服の中身を夢想せずにはいられない。

 事(・)故(・)とはいえ、この手中に収めてしまった、そのすべてを。

 肌と肌で触れ合い、繋ぎ合い、その果てに得たものは……恋人とのあらゆる行為よりも男の 性感帯(カラダ)を熱くしてくれた。

 それを忘れることなどできない。

 忘れなくてはならないのに。

 パーカーの中から膨らんだその曲線を、

 短いスカートから伸びる素足を、

 どうしても視線でなぞってしまう。

 この指で触れることなど許されないのに。

 そんな厭らしさを感じながら……四葉もまた、それを甘んじて受け止める。

 今日は、お姉ちゃんとのデートだったはずなのに。

 恋人でもない私に、変な気を起こそうとしてる?

 エッチ、しなかったのかな。

 ナニもせず、解散しちゃったのかな。

 それを確認するように、四葉は恐る恐る尋ねてみる。

「友達と遊んでこれから帰るとこ。瀧君こそ……今夜は、お姉ちゃんとデートじゃなかったの?」

 もしかして、トイレに寄ってるだけかもしれない。

 そしてこの後は……恋人同士の然るべき場所へ。

 自分はただ、その合間に空気も読まず鉢逢ってしまっただけ。

 そうでないことを四葉は祈る。

 これに対する瀧からの答えは……願ったとおりのものだった。

「ああ、それで、ここまで送ってきたところ。俺も、そろそろ帰らなきゃ」

 時間も時間である。瀧も四葉もこれから帰路に就かなくてはならない。

 だが。

「う、うん……帰らなきゃ……ね……?」

 四葉は瀧の瞳をじっと見る。その視線は帰さないといっているようだ。

「ああ……そうだな……」

 瀧の両腕は、目の前の女のコを抱き締めまいと必死に堪えている。手を出してはならない異性だと自分に言い聞かせて。

 しかし、ふたりは吸い寄せられずにはいられない。じっと見つめ合ったまま、一歩、いや、半歩。

 ただ、胸の先が触れ合っただけ。それが、四葉の均衡を崩した。

 男のコの硬い身体……もたれかかりたい……。

 つい重さをかけてしまえば、お腹も、その下の膨らみも。

 ふたりを止めるものはなく、どこまでも密着していく。

 強く、ここまで異性の体格を感じているのだから、その腕の位置など瑣末事。

 その温もりを刻みつけるように、四葉は男の背を撫でる。

 柔らかな誘惑に――瀧はもう、抗えない。同じように、腕の中に柔らかな身体を抱き寄せる。

 これにより、男と女の間に合意ができてしまった。

 間近で視線を絡み合わせれば――その距離は、どこまでも縮んでいく。

 世界のすべてから目を逸らすように、瞳を閉ざしながら。

「ん、んふ……ぅ……」

 温かい……柔らかい……そして、優しい……

 ふたりの中から、抱えていた不安が溶け出していく。

 この人は姉の彼氏――

 このコは恋人の妹――

 近しい他人でありながら、決して近づいてはならない異性。

 それは、誰よりもこのふたり自身が理解している。

 だが、いまだけは。

 この瞬間だけは、その現実を忘れさせて欲しい。

「は、はふ、あふ、あぁ……❤」

 唇の隙間で絡み合う舌と舌。

 腰は下腹部を求めて激しくうねる。

 暗い視界の中に 性感(カン)じられるのは相手だけ。

 相手の存在だけ。

 それを、もっと 性感(カン)じたい。

 心の奥に、秘めているところで。

 背筋を労っていた四葉の手の平が、男の丸みにまで下りてくる。

 柔らかな生地の向こう側にあるのは、たくましく厚い肉の壁。

 しかし、その間に何かが挟まっている。

 ポケットに収まるほどに薄く、四角い何かが。

 四葉は、すぐにそれを把握する。

 彼は、直前まで恋人と逢っていたのだから。

 何より四葉自身、それをずっと思い描いていたのだから……!

 持ち主には無断で、女の指が滑り込んでいく。

 瀧もまた、それを拒むことはない。

 それを、女のコのため、

 何より、自分のため。

 使う機会を願っていた。

 四葉はそれを引き出して確信する。

 硬い梱包の中の丸い輪の感触によって。

 やっぱり、アレだ。

 それは、いまの四葉が何よりも欲しいもの。

 欲するものを求めるために必要なもの。

 だから、ふたりは目を開けた。

 本来ならば、然るべき密室に赴くべきなのだろう。

 しかし――ふたりにそこは遠く感じられた。

 いますぐ――欲しい――!

 ここは自販機が壁となり、駅員窓口からは陰になっている。

 正面の売店は閉店済み。

 電車の間隔も減ってきたようで、周囲から人の姿はなくなってきた。

 なら……もう……!

 抱擁を解くのは、終わりを意味するものではない。

 むしろ、逆。さらなる続きのために。

 少し付近がどよどよしてきた。ちょうど、電車が到着したのだろう。

 それでも、四葉は――これから使うべきものを男のコに預けると、スカートの中へ手を入れる。そして、するりと下着を抜き出した。

 一方瀧も、それを 露出(だ)す。彼女と出逢ってから、収まることのなかった自分の一部を。

 四葉は、未だ熱の残る白い生地を握りしめたまま、再び瀧の胸にしがみついた。自分の 帳(とばり)で男のコを隠すために。

 その布地をかぶされた内側で――瀧は密かに進めていく。手探りで、一心不乱に。

 公共の場で男女が抱き合っていれば、否応なしに目立ってしまう。とはいえ、それをジロジロと観察する者はいない。誰もが、チラリと一瞥するだけ。ゆえに、股の前で行われている不審な手元に気づかない。

 そして、人の波が捌けると、それはまさに阿吽の呼吸で。

 身を翻してお尻を向ける四葉。

 その腰に手を当て、先の感覚で探り当てる瀧。

 ぬるり、ぬるりと上下に滑り、収まるべきところはすぐにわかった。

 ここまで来たら、迅速に。むしろ、グズグズしている方が問題は大きくなる。

 だから――

「ん、ん……んん~~~❤」

 四葉は、奥からこみ上げてくる悦びを懸命に抑える。

 男のコの胸の中でずっと待ち望んでいたこと。

 男のコだって……女のコの前で、ずっとはちきれんばかりに 勃起(カタ)くなっていた。

 ズボン越しでも判るほどに。

 それを、ずっと受け入れたかった。

 女のコの 膣内(ナカ)を、蜜で滴らせて。

 そしてそれが、ようやく叶った。

 こんなの……嬉しくてたまらない……!

「んっ、んんっ、ん……はぁんっ!」

 こんな場所だとはわかってる。だけど、気持ち良すぎて……気持ち良すぎて……!

 瀧もまた、その勢いを止めることができない。

 この思いは、恋人の中で爆ぜさせたかった。

 しかし、逢引きの果てに出逢ったのはその妹。

 愛でてはならないことはわかってる。

 なのに……いまは、このツインテールの女のコが可愛くて仕方がない。

 小さく響く、その甘えた鳴き声までも。

「いい、いい……はぁっ、あぁ、あぁ……❤」

 膝を押さえて、快楽に崩れないよう必死に耐えている。その様子はどこまでも健気だ。さらに力強く撞き続ければ、さらにその支えを脆くしてしまうのだろう。だとしても、それを受け止めて欲しい。何より――彼女もそれを望んでいる。

 だから――

「いいっ、いいのぉっ、もっと……もっとぉ……」

 再び場がざわついてきた。次の電車がやってきたに違いない。すぐに降車客が、そこの改札から出てきてしまう。

 だとしても。

「お、お願い…… 絶頂(イキ)…… 絶頂(イキ)そうなの……っ」

 その呟きは、喧騒に潰され瀧の耳には届かない。だが、女の腰がそう言っている。自ら、男の骨盤へと打ち付けて。

 ギリギリまで……もう少し……! 瀧もまた迫り上がってくる射精感を導いていくが……周囲はそれを、待ってはくれない。

「んっ! ん……んん……っ!」

 出てきてしまった。ひとり、ふたり……もっと……!

 それでも四葉は腰を振り続ける。ここまで高められたのだから……もう少しだけだから……!

 瀧もまた、女のコから求められては拒むことなどできない。せめて、少しでも手早くするよう、より強く。

 ただ男女が抱き合っているだけでも怪しげなのに、男が前屈みになった女の尻にくっついていては……もう、ソレとしか見えない。かかわらないよう見なかったフリをして、誰もが足早に立ち去っていく。

「んっ、はぁっ、ん……んはぁ……❤」

 だめ! だめぇ……どうしても……声が、抑えられない……!

 聞かれちゃう……何より…… 視姦(み)られてる……!

 なのに……どうして……気持ちよさを止められない……!

 もっと欲しくて、 性感(カン)じちゃって……

 あ、あ……っ、あぁ……!!

 

 ドクンっ!

 

 ゴム袋の中で、男のコが膨らんだのがわかった。その一撞きを受けて、四葉も――

 

「はぁっ!  絶頂(イク)っ、 絶頂(イク)ゥゥゥゥゥっ❤❤❤」

 ビクンッ! ビクビクビクッ! ビクビクビクゥ……ッ!!

 

 ふぅ、とふたりは息をつく。もう、人波はすでに捌けていた。きっと、先程の一団のすべてに 視姦(み)られてしまったのだろう。しかし、すべては手遅れだ。

 ともかく、このままの体勢ではいられない。ふたりは離れ、瀧は残骸の溜め込まれた袋の口を強く結ぶ。そして、危ういところをしまい込めば――熱い衝動は温かい労りへと変わっていく。これならもう、誰に見られても……改めて抱き締め合えば、唇の繋がりは当然のように。

 だが。

「……もしもしおふたりさん、次で下りは終電ですけどー!」

 突然の強い語気に、ふたりはさっと身を離す。声の方を振り向くと、駅員が不埒なふたりを睨んでいた。さすがに通報があったのだろう。駅員側も、ここで男女が長々と抱き合っているのは認知していたが……一線を超えられては、厳重注意せざるを得ない。

 だが、幸か不幸か現行犯には至らなかった。ゆえに、警告だけ。水を差すような運行状況の連絡。それでふたりも――互いの立場を思い出した。瀧にとって、四葉は恋人の妹であり、四葉にとって、瀧は姉の恋人である。

 だから。

「そ、そうだったね。私、行くよ」

「お……おぅ、引き止めて悪かったな」

 それは、まるで立ち話でもしていたかのように。しかし、四葉の手にはいまも下着が握られており、瀧の手には残骸の詰まった水風船が。そんな現実を振り切るように、四葉は改札へと駆け込んでいく。スカートの翻りに気を付けながら。

 

       ***

 

 人の身体には本能的な周期のようなものが備わっているようだ。

 瀧が三葉を求めるとき、三葉はそのような気分にはなれない。

 だが逆に、三葉が瀧を求めるときもまた、瀧はそこまで盛り上がらない。

 これは恋や愛を超えた、生来のリズムのようなものともいえる。

 それが。

 不幸なことに。

 四葉とは恐ろしいほどに一致する。

 瀧が三葉の身体に手を出せず身悶えている頃、

 別室で四葉は、自分の 性感帯(カラダ)を慰めていた。

 四葉が切なさに身を焦がしている頃、

 時を同じくして、違う場所で瀧は抑えきれない想いを手の内に溢れさせる。

 互いの意思など関係なく、ただ、そうあっただけ。

 遡ること半年前――ふたりは、と(・)あ(・)る(・)事(・)故(・)により関係を持ってしまった。

 それまでも、密かに期待していたところはある。

 だが、一度でもそれが実現してしまえば……二度目を期待せずにはいられない。

 期待して構えていては、三度目、四度目も訪れる。

 それらは、すべて偶然に。示し合わせたことなど一度もなかった。

 だというのに。

 瀧が求めるときには四葉がおり、

 四葉が求めるときには瀧がいる。

 偶然と呼ぶにはできすぎており、

 それゆえに、ふたりは偶然を予感してしまう。

 なれば、それはすでに必然。

 波長が一致するゆえの――不幸だった。

 

 瀧と過ちを犯す度に、四葉は自分を戒める。本当に、あんなことは最後にしないと。そのような確たる誓いを立てられるのは――四葉の周期が、収まっているから。

 時が経ち、再びその流れに差し掛かると……その誓いに甘えが生じ始める。

 あんな偶然、そういつまでも続くはずがない。

 絶対にアレで最後。

 瀧君とふたりきりにならなければ……きっと、大丈夫。

 だけど……もし瀧君から求められたら……❤

 そしていつしか、潜在意識は“求められたい”へと変わっていく。

 腹部が痛み始めれば、妙な感情は収まっていくはずなのに。

 なのに、むしろ昂ぶってくる。

 いまなら、いつもよりも、 孕(デキ)にくい……

 だったらまた……あの夜みたいに……❤

 って、それはダメだってば!

「ダメ……ダメ……なのに……あ、あぁ、あぁ……っ」

 寝る前の布団の中で、密かな本能に身を委ねる。

 だが、もう少しなのに、やっぱりそこへは至れない。

 それはおそらく……ここに、大好きな人がいないから。

 

 瀧もまた、度重なる偶然に気を重くしていく。恋人と 射精(イク)ためには、無駄に発散してはならない――そんな制限を自分に課すが、その成果は芳しくない。

 いつも歯車が噛み合わず、帰宅してから独り虚しく 扱(しご)き上げていた。

 だが、そんなとき、つい思い描いてしまうのは――恋人ではない女のコの痴態。

 公園で。道端で。前回のような駅の改札前は、本当にやめておいた方がいい。

 だが、止められない。

 四葉と逢うと、つい求めてしまう。

 だがそれは、まるで 暖簾(のれん)に手を差し出すように。

 拒まれる手応えは何もなく、欲望はみるみる飲み込まれていく。

 あのコとて、いつもそんな様子ではない。

 気分が落ち着いているときは、普通に接することができる。

 が、やましい心が大きくなってくるとき――

 彼女の瞳も、どこかやましい。

 それはまるで、こちらに合わせているのではないかとさえ思えてくる。

 だが、自分の立場として、心を強く持たなくてはならない。

 そのような確たる誓いを立てられるのは――発散させた直後だから。

 再び恋人のための禁欲生活に入ると、徐々に別の女性への想いが強まってくる。

 しかし、いまだけは本当に控えなくてはならない。何故なら――もうすぐ、三葉の誕生日である。その日をふたりの愛で満たしたい。そのために、瀧はひたすら自制の日々を送るのだった。

 

       ***

 

 姉の誕生日には落ち着いていて欲しい――そう願っていた四葉だったが、その燻りはむしろ大きくなっている。

「ん、む、ん……はぁぁぁ……」

 乳首にはローターを充てがい、バイブの振動も最大に。激しい性感によって、 膣内(カラダ)は熱く引き締まっていく。だが……届かない。ふと我に返ってしまえば、こんなものは痛いだけ。求めているのはこれじゃない。温かい血の通った、腕と、胸と、そして――

 それは、求めてはならないもの。

 手に入らないもの。

 そう思うとみるみる気分は萎えていくのに―― 子宮(カラダ)だけはそれを求める。

 淫らな行為の先にある神秘を。

 週末は、我が家で祝うことになっている。

 否応なしに顔を合わせざるを得ない。

 でも、どの面下げて?

 このままでは間違いなく、欲に満ちた厭らしい目で瀧君を 視姦(み)てしまう。

 恋人である、姉の前で。

 それを避けるため、四葉は自身を慰め続ける。独りで 絶頂(イケ)るようになれば、きっと……もう歪んだ想いを向けたりしない。

 恋人の妹として、普通に接することができる。

 だから――

 それは、四葉にとって無意識な言い訳。火照った 性感帯(カラダ)を癒やすための。

 独りで……満たさなきゃ……!

 焦り、試みる度……逆に、四葉の想いは大きくなっていくのだった。

 

 ふたりの不安はまったく収まることはない。

 何も解消されないまま――ついに当日はやってきた。

 

「三葉は主賓なんだから、そっちで休んでろって」

「ん、ありがと」

 何気なく労いながらも――瀧は心中穏やかに過ごすことなどできない。何しろ、すぐ上の階の部屋にいるのは曰く付きの相手。だとしても、今日ばかりは不貞行為などありえない。何しろ、すぐ傍に恋人がいるのだから。

 夕飯のメニューを考えるのはふたり一緒に。しかし、それは誕生日を迎える者をもてなすものだ。なので、瀧はひとりでカウンターキッチンの中に立ち、三葉にはダイニングのテーブルで寛がせている。祖母と共に、ドキュメンタリー番組を観ているようだ。

 その間、四葉は二階の自室に閉じこもる。恋する男のコの存在を感じて。

「ん、あ、は、瀧君……」

 瀧君……瀧君……瀧君……っ!

 力強く摘み上げるバイブはいつになく激しい。想い人がすぐ床の下にいて、自分はこんな端ない姿で、端ない行為を。

 だけど、だけど……

 だけど!

「ぅ、ぅ……ぅぅ……」

  絶頂(イケ)ない……こんなの、 絶頂(イケ)るはずがない!

 本人がすぐ近くにいるのに、妄想するだけなんて悲しすぎる。

 もう、エッチはできなくていい。

 ただあの人の傍にいて――その笑顔を分けてもらえたら――

 きっと、今度こそ、 絶頂(イケ)そうな気がする。

 それはこれからの私にとって必要なもの……!

 四葉の思考は、すでに正常に働いていない。

 ただ瀧に逢いたい――その目的のためにすべてが正当化されていく。

 すぐ戻るから……

 瀧君を感じたら、部屋に籠もって、独りで続きをするから……!

 スカートを穿いて、Tシャツだけかぶり、四葉は台所へと下りていく。

 その姿を見て、誰よりも驚愕したのは――

「よ……四葉……?」

 ただ、漠然と、下りてくるのではないかという予感だけはあった。

 が、自分たちの関係はあまりにも危うい。みだりに接点をもつべきではないことは、四葉もわかっているはずだ。

 なので、食事の時間までは下りてこないだろう――という理屈で。

 自分の予感は、ただの希望的観測だ、と一笑に付して。

 にも、かかわらず。

 理屈を越えて、予感が実現してしまった。

 これに思わず瀧は……その 女体(カラダ)に期待してしまう。

 だが、いまはこのような目で 視姦(み)ることさえ許されない。

 三葉の――恋人の前なのだから。

 よそよそしく視線を逸らす瀧に一抹の寂しさを感じつつも……四葉にもわかっている。

 いまは、姉の前だ。

 見つめ合いたい気持ちを抑えて、冷静に、平然と。

「た、瀧君、私も……手伝うよ……」

 その様子は、三葉から見てもどこか怪しい。

 だが。

「私だって、お姉ちゃんのお祝いしたいし」

 そう言われれば、止める理由はない。

「珍しいわね。瀧君の邪魔しちゃダメよ」

「しないってば!」

 四葉とて、当番制で食卓を預かる身である。足手まといになることはない。

 だが、瀧は心をざわつかせる。身体に刻み込まれた温もりが蘇り、性感帯の疼きも止まらない。

 それでも、どうにか、平常心で。瀧は調理台の方にその女のコを迎え入れた。

「じゃ、じゃぁ……ケチャップ取ってくれるか……?」

「う、うん……」

 ふたりの様子はこれ見よがしにぎこちない。だが……あまりにジロジロと眺めては観察しているようだ。なので、三葉はあえて視線をテレビに移す。

 その背後の、カウンターの向こう側で……

 四葉は床に屈んで、冷蔵庫を開けていた。

 瀧の方を、見上げて。

 少し開いた裾の中に、ブラジャーは見えない。

 優しい山なりと、その穏やかな谷間だけ。

 だから、男子は気になってしまう。

 女のコの、もっとも可愛らしいところが。

 それに気づいたから、四葉は――

 スルン、とシャツの裾を捲りあげる。

 姉には見えない、密かな場所で。

 下着もない、裸の乳房。

 淡く可愛い乳首をも、すべて魅せつけて。

 そこから……瀧は目を離せない。

 だから、四葉も隠さない。

 視姦して、視姦されて。

 それで、ふたりの心は重なり合っていく。

 だが、何もしないわけにもいかない。

 食事の準備も、愛の準備も。

「ね、ねぇ……せっかくのご馳走なら……」

 何気ない言葉をかけながら、四つ葉の手は……瀧のベルトへ。

「わりといいヤツもあるんだけど……」

 緩めて剥き出しにされては……むしろ、慌てた方が怪しまれる。

 なので、何事もない素振りで。

「じゃ、じゃぁ……そっちにしとくか……」

「……んっ❤」

 これは……瀧君を覚えておくため。

 あとのオカズにするため。

 そう自分に言い聞かせ、四葉は瀧の 性器(カラダ)を味わう。

 ずっと欲しかったもの。

 愛でたかったもの。

 言葉には出さず、舌と唇で伝えていく。

 溢れんばかりの想いを受けて、瀧は……ダイニングに背を向けた。

 この幸福感を顔に出さず、抑えきれるわけがない。

 いまにも破裂しそうな快楽の――一歩手前。そこで、四葉は口を離す。目的のケチャップの瓶が、流しの下から見つかってしまったから。

「た、瀧君……これぇ……」

 四葉はボトルを持ち、シャツの裾を直しながら立ち上がる。だが……スカートが床から着いてこない。瀧と同じように、ふわりとした毛が顕になっている。胸よりなお過激な誘惑に、瀧は自分を抑えることしかできない。無闇に動けば、そこへと手を伸ばしてしまいそうだ。

 なので、次の指示は四葉が下す。姉の変わりない様子をちらりと覗き見て。

「いつものケチャップは……冷蔵庫にしまっといて❤」

 食材とも冷蔵庫とも無関係に、四葉は足を大きく開く。その意味を、瀧は即座に察した。片付けるべきものを手に取り、冷蔵庫の前で屈み込むも……それを仕舞い込むことはない。ただ、目の前にあるところへ。

「ん、ん……んっ❤」

 男のコの前に、女のコを突きつけ、突きつけられた女のコに男の舌がねじ込まれる。その姿勢はより露骨に。ケチャップを仕舞って扉を閉めても、未だ毛のうちへと張り付いている。それはもう、男のコの顔に跨るように。

「くぅっ、は、は、ぁ、あ、あぁ……っ」

 刺激は玩具より弱いはずだ。

 バイブほどの力強さはないのに、その舌使いに四葉の腰はガクンと落ちる。それを瀧が下から支え……だが、これ以上は本当に 絶頂(イキ)かねない。

 そろそろ調理に戻っておくべきか……と瀧は四葉の隣に立つ。しかし、高揚した吐息は収まらない。熱く滾ったところを調理台に向けたまま――

「ん、は、あぁ……」

「はっ、あ、あぁん……」

 コトコトと煮込まれていく鍋の前に並んで、ふたりはふたりを愛し合う。

 シコシコシコ……

 クチュクチュクチュ……

 遠くから流れてくるテレビの音すら、遥か彼方のように。

 だから、四葉はさり気なく。

 欲しいところに触れてもらうため……そっとシャツを手繰り寄せた。

 そんな可愛いところを露わにされては、男子も求めずにはいられない。

 最初はちょっとだけのつもりが、ひとたび触れればどこまでも大胆になっていく。

 柔らかい中の、 勃起(カタ)い蕾。それを手の平に 性感(カン)じることで、己さえも 勃起(カタ)くしていく。それは、四葉の手の内でもしっかり 性感(カン)じられるほどはっきりと。それが嬉しくて、擦る手付きも激しさを増していく。

 だが、そのとき――

 ガタリ、と椅子が動く音がして、ふたりは慌てて間を離した。

 が、振り向いてみると、席を立ったのは――

「三葉、寝ちゃったみたいやから……夕飯できたら起こしてやり」

 祖母は、ふたりの下半身に気づいていない。何事もなかったかのように、そのまま自室へと引き返していく。

 残された三葉は……日頃の疲れからか、机に突っ伏していた。

 そんな恋人を労ってやりたい……と瀧が思う前に、四葉は男の胸に飛び込んでいく!

「……っ!?」

 いまは眠っているとはいえ、いつ目覚めるかわからない。そんな危うい状況なのに……こうして抱き寄られては……!

 その胸、

 その背中、

 そのお尻まで――

 瀧の中に、女のすべてが収まっている。

 しかも、剥き出しになった秘所は直に触れ合い、反り返ったところは 勃起(カタ)く、熱い。力を緩めることもできず、割れ目に沿って下から撫で上げようとしている。

 もう、言葉にして伝え合う必要もない。

 唇も舌も、快楽を分かち合うためだけにある。

「あむ、はぁ……あ、む……あぁ……❤」

 もっと、欲しい……欲しい……!

 瀧は血流の集う場所で、そう訴える。

 もっと、欲して……欲して……!

 四葉は、蜜を湛えた場所で、それに応える。

 女の膝がカクンと落ちれば、身体は男の腕によって静かに床へと横たわらせられる。

 シャツの裾は、再び自ら顎の下へ。そして、足を開いて男を招き、その厚い身体を離さずに――

「はぁっ、ん、ん……っ!」

 やっぱり……ダメなんだ……

 どんなに激しくても、あんな作り物じゃ絶対 絶頂(イケ)ない。

 瀧君が……瀧君に抱きしめてもらって…… 挿入(キ)てくれなきゃ……!

「ん、んっ、ん、ん……」

 部屋では、どうしても越えられなかった一線。

 それを……瀧君となら簡単に越えられる。

 でも、今日はゴムをかぶせていない。

 だから、最後はソコ以外となる。

 それならば、と四葉は願いを託した。

「 飲精(の)ませて……お願い…… 飲精(の)んでみたいの……❤」

 その味を教えてくれたら、瀧君との思い出のひとつになる。

 だから……お願い……私は 絶頂(イキ)そうだけど……

 私が、 絶頂(イッ)ても……っ!

 

「ん~~~~~っ❤❤❤」

 ビクビクビクっ! ビクンっ、ビクンっ……!

 

 何度も、何度も、その手前で引き返してきたからか。

 それらをすべて取り戻すかのような激しい痙攣。

 四葉は必死に口を結び、声が漏れないよう耐えている。瀧はその絶頂を 性感(カン)じながら……男の憤りを止めることはない。

 女のコの想いに応えるために、きつくなった 膣内(ナカ)を、さらに、さらに、犯し続けていく。

「んっ、んんっ、ん……んん……っ!」

 それは、相性が良いからかもしれない。その腰の撞き方で、四葉には瀧も近いことがわかってしまう。

 もうすぐ、この口の中に男のコが。

 ゴムの中に、お腹の上に、お尻に……

 これまで色んなところで受け止めてきたけれど、ここで愛するのは初めてのこと。

 苦いと聞く。

 臭うとも。

 でも、それを 受精(う)け止めたい。

 瀧君の、すべてを知りたいから。

 しかし――

 

「ん……あれ……寝ちゃってた……?」

 

 心臓を止めるかのような三葉の声。瀧はすぐさま立ち上がる。

「み、みたいだな。夕飯、もうすぐだぞ」

 目前で抜き出されるが、熱く 滾(たぎ)った欲望は容易に収まることはない。上下に激しく身悶えるそれを 視姦(み)て、四葉は迷うことなく咥え込む。

「ん、ん、ん……♪」

 欲しい……欲しい……もうすぐだから……瀧君だって、もうすぐだから……

 だが、そんな僅かな間すら、ふたりきりになることはできない。

「四葉は……?」

 三葉はぼんやりと、もうひとりの所在を尋ねる。ここで返事をしなければ、その後が余計に面倒だ。

 ゆえに、そこから口を離す。

「ここだよー」

 と、ガチャリと冷蔵庫の扉を開いた。冷蔵庫に用がある、と装って。

 しかし、握った手はそこから離さない。

 自分たちがいま、とんでもなくマズイ状況にあるのはわかっている。

 ズボンも、スカートも上げていないのだから。

 でも、欲しい、欲しい……欲しい……!

 何より……男のコも…… 射精(イッ)てくれなきゃ……!

 それはただ、異性を至らしめるためだけに。

 強く、激しく、乱暴な手つきで。

 しかし、そこにわずかな優しさが交じる。

 ペロリと滑らかに舐められたことで、瀧の 括約筋(カラダ)も負けを認めた。

 これ以上は、女の意思に逆らえないと。

 

 ビュクッ!

「っ!?」

 

 つい、ぼんやりと。四葉は自分の舌つきに恍惚としていた。

 男のコの形を、敏感なところで感じ取って。

 うっとりと眺めていた先から、激しいほとばしりが一度、二度。

 それは、自ら味わいたいと願っていたものなのに。

 我に返ると、慌ててそこを口の中へと含む。

 ビュクリビュクリと喉の奥に打ち付けるものを 性感(カン)じるために。

 これが……瀧君の精液……

 熱い……それに、とっても濃いのは……今日のために溜めてきたからかもしれない。

 それを、私が 受精(もら)ってしまった。

 横取りしてしまった……!

 この後、ベッドでふたりがうまくいかなかったら……それはきっと、自分の所為である。

 お姉ちゃんの、誕生日なのに……!

 不貞の後は、必ず悔いる。

 瀧も同じ気持ちであることは、 射精(だ)しきった 陰茎(カラダ)からも明らかだ。

 顔にベットリとついてしまったものを、すぐにでも洗い流したい。

 だが……

 ダイニングの方から、三葉は不思議そうに調理場へ尋ねる。

「ねぇ、今日はお肉にしたよね」

「あ、あぁ……そうだけど」

 欲望を満たした下腹部を仕舞い込み、瀧は三葉とようやく向き合った。恋人の顔はまだ眠そうだが、しっかりと鼻は利かせている。

「なんか、お(・)魚(・)っぽい匂いもするような……?」

「きっ、気のせいだろ!」

 瀧は否定しつつ、横目で四葉の顔を見る。その惨状は……どう足掻いても振り向くことなどできそうにない。困り果てて、視線も右往左往させている。だが、口調だけは淡々と。

「そうだよー。せっかくのビーフシチューなのにー」

 と鍋を覗き込むも、鼻の上にこびりついた瀧の香りが四葉に焦りを募らせる。

 うぅ……早く顔を洗わなきゃ……でも、さすがにここでは不自然だ。

「お姉ちゃん、眠いのならシャワーでも浴びてきたら?」

「んー……もうちょっと後にしておく」

 どうにかして姉をダイニングから引き剥がしたいが、どうしても動く気配がない。怪しんでいるわけでもなく、意地悪なのではなく、ただ眠気が覚めずに立ち上がるのが億劫というだけで。

 結局、キッチンペーパーで拭き取るだけで精一杯。四葉は、瀧の精を 性感(カン)じながら食卓を囲むことになってしまった。

 

       ***

 

 祝いの席で、少し飲みすぎてしまったらしい。

「すぅー……すぅー……」

 恋人同士の営みを致す前に、三葉はすっかり寝入っている。だが、瀧に未練はない。その妹が、予め男を満たしてくれたお蔭で。

 台所で四葉によって至らしめられたときから、こうなるような気はしていた。今夜も、このような流れになるのではないかと。三葉とは、どうにも噛み合わない。なのに、四葉とはことごとく噛み合ってしまう。

 そして四葉も。絶対受け入れてくれるなんて思っていなかった。恋人が、あんな傍にいたのに。だけど、止められなかった。私が欲して、瀧君はそれを与えてくれて。

 でも……あんな危ないところで再び求め合ってしまっては……いつか露見してしまう。かといって、外泊もまた敷居が高い。

 そういえば、瀧君は一人暮らしだったはず。なら――何かキッカケが欲しい。ひとりで瀧君の家に訪問するための言い訳が。

 こんな偶然がそう何度も続くはずがない。だけど――もしもう一度だけ続いたら、それはもう、運命なのだろう。

 

       ***

 

 しかし――

 どこまでも堕ちていく男女の関係は、そう隠し通せるものではない。それから一年経たず、四葉が瀧の子を身籠ったことで白日の下に晒された。

 三葉は、恋人のいないはずの妹に、誰の子かを問い質すことはない。ただ、予感めいたものはあった。

 新たな生命を宿すには、性と性を結びつける必要がある。それは、理屈や感情ではなく――肉体の、構造として。

 だから、別れた。やはり、それに抗うことなんてできなかったのだ、と。

 三葉は瀧の家を出て――もう、二度と訪れることはないのだろう。しかし、真っ直ぐ帰路に就くことはない。立ち寄るべき場所へと、少しだけ道を逸らす。

 これから向かう先に、電話をかけながら。

「もしもし、こっちはちゃんと別れたよ。だから、そっちも別れてくれるんだよね? ……テ(・)ッ(・)シ(・)ー(・)」

 

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