幾多の性を謳歌する 作:のーる
族長の朝
「寒っ……、そろそろ冬だな」
俺は眠い目をこすりながら、下に柔らかい苔を敷き詰め、トブ・ベアの毛皮を上にかけた寝床から這いずりでる。
洞窟の奥だというのに、外の冷たい風がここまで届いているようで、予想外の寒さに思わず身震いをした。
「ブルザ様、お早う御座いやす。 へへへ、今日は随分冷え込みやすね?」
私室である部屋から扉替わりに入口に掛けてある毛皮を押しのけて出ると、部屋の前で俺が起きてくるのを待っていたらしいホブゴブリンが挨拶をしてくる。
それに答えて軽く手をひらひらと振った後、俺は腕を上げて凝り固まった背筋を伸ばした。
「ああ、だが洞窟の深い所で火を焚くのは危険だからな。 ……一先ず、火の気がある食堂まで行こう」
「へい」
このホブゴブリンの名はラーガと言って、この部族の中では族長の俺に次ぐ実力者だ。
子供の頃に自分が所属する部族が大型の魔物に襲われて壊滅し、唯一生き残ったラーガはトブの大森林の過酷な環境に耐えられず、森の外で人間を襲っているゴブリンの集団に合流した。
人間を襲って生活の糧を得ていく内に、何度か戦闘訓練を積んだと思われる強い人間と戦い、ある時は命からがら逃げ出しながらも、見よう見まねで人間の技を真似していった。
そうする内に戦士としての才能が開花し、ホブゴブリンの身でありながら幾つかの武技さえ身につけている精鋭。
それが俺が族長を務めるブルザ部族の副族長、ラーガである。
言葉遣いが粗野な所はあるが、お世辞にも洗練されているとは言い難い、ゴブリンの社会での事。
族長である俺を侮りさえしなければ、あまり細かい所は気にしない事にしていた。
曲がりくねった道を暫く歩き、洞窟の入口から比較的近い所にある食堂に入ると、そこには既に三十体程のゴブリンが中央の焚き火を囲んで座り、炙った干し肉や茸、木の実を齧っている。
彼らは俺の姿を見ると、手に持っていた食物を地面に置き、一斉に頭を下げた。
「お早う、諸君。 食べ続けても構わんぞ。 俺も飯にしよう」
焚き火の一番近くに敷かれた毛皮に座ると、雑用係のゴブリンが串に刺した獣の生肉を数本運んできた。
俺はそれを火にあてて炙ると、赤い肉汁が滴る獣肉にかぶりついた。
食事を取っていると、食堂にゴブリン・メイジのメルケが入ってきた。
彼は直ぐに俺の姿を見つけると、早歩きで俺の方に向かってくる。
「ブルザ様、昨日おっしゃっていた通りに狩りの準備を整えておきました。 ラーガが訓練を施した戦士が6、荷運び役を20、そしてオーガを3。 勿論、このメルケも準備万端でございますぞ。 何よりブルザ様も参加するとなれば、今回の狩りは成功間違いなしで御座いますなぁ、ヒィーヒッヒッヒ」
このような話し方ではあるが、メルケはまだ若年と呼べる年齢だ。
高度な文明を持つ種族が行うような学問としての魔法の知識は無いが、それでもゴブリン・メイジとして第二位階までの合計二十七個の魔法を覚えている。
「もう終わらせたのか……、ゆっくり飯を食ってから準備しても良かったんだがな。 まあいい、俺も急いで飯を食ってしまうとしよう」
一年程前からラーガに命じて、戦士の才があると見込んだゴブリンに訓練を施させて来たが、その強さは精々レベル3~4といった所。
これから狩りに行く予定のバハルス帝国の騎士を基準にすると、一般的な騎士でも一対一では少し厳しいかも知れない。
ただ、これにオーガが三体とメルケが付けば、十人程度の騎士隊を相手取って十分に戦える筈だ。
まあ俺の本当の力を使えば、帝国四騎士が束になって掛かってきた所で全く相手にもならないのであるが。
俺は今ホブゴブリンの姿をしているが、本当の種族はドッペルゲンガー。
元々はユグドラシルでロク号という名前でゲームをプレイしていたが、ゲーム最終日に一人でこの世界に転移してから、もう百年近くになる。
それから人間の姿や亜人の姿を借りて、様々な場所を見て回ってきた。
自分の前にこの世界に転移したと思われる、プレイヤーの痕跡も知った。
そして俺が得た結論は……、あまり派手に暴れたりせずに、この世界に自然に馴染んで人生を楽しんだ方が得策だと言う事だ。
真なる竜王や何か力を隠している可能性があるスレイン法国など、百レベルのプレイヤーにとっても警戒すべき存在は山ほどあるし、調子に乗ってそれらの勢力を敵に回しては堪らない。
それよりは色々な種族に変身しながら、適度な戦闘や快楽を楽しんでいた方が、よほど良いというものだ。
俺のレベルの内訳は、種族レベルはドッペルゲンガー系の種族が合計20レベルで、残りは全て魔法職。
ドッペルゲンガー系の種族レベル20以上と、魔法職レベル60以上を取ることで選択可能となるクラスで覚えるスキルに、自分の分身を作るという物がある。
この分身のレベルは自由に決められるが最大でも60レベルまで。
しかも同時に存在出来るのは一体まで、かつ100時間に一体しか作れない。
この分身は自立行動能力は無いが、プレイヤーはこの分身に非実体化した状態で憑依して、操作する事が出来る。
憑依した場合、もし分身が倒されても自分の命に別状は無く、スキルを使用した地点に戻されるだけ。
このスキルを利用すれば、俺は分身の体でリスクを冒さずに行動する事が出来る。
今の俺は2年程前から、自分のステータスやスキルを60レベル分までコピーした分身に憑依して、ホブゴブリンとして暮らしている。
とは言ってもトブの大森林に生息していたホブゴブリンの姿と能力をコピーしており、そのレベルが9レベル分。
自分のドッペルゲンガー系種族レベルの20レベル分は、ホブゴブリンの9レベルに置き換えられてしまっているので、俺のレベルはホブゴブリンの9レベルと、魔法職レベルが40レベル。
魔法職レベルを七割の戦士職レベルに変換する《ベテラン・ウォリアー/熟練の戦士》という魔法を常時使用しているので、今の俺は能力的にはホブゴブリン9レベルと戦士職レベル28レベル。
合計37レベルの戦士として活動している。
装備にも十分に注意しており、魔法のアイテムを幾つか身に付けてはいるが、それは全てこの世界で作られたアイテムで統一している。
可能な限りユグドラシルの臭いを出さないように、細心の注意を払っていた。
文明度の低い種族に変身して、集団を作ったり、戦ったりするのも面白いかも知れないと思いたったのが約二年前。
それから部族に属さずに、小規模の集団で森の外で狩りを行っていたゴブリンやオーガ達を力で統合し、今はトブの大森林の奥地で百五十体程の集団を作り上げている。
既に今いる者達を冬の間、十分に養える程度の食料の蓄えはあったが、寒さと飢えで他の部族から去らざるを得なくなったゴブリンを吸収する事があるかも知れないし、もう少し備蓄が欲しかった。
異形種となった事で生じた精神の変化の為か、今の俺は人間を殺す事には特に躊躇いを感じない。
しかし流石に、元人間として人間の肉を食うことには抵抗がある為、部族のゴブリンには、人間の肉は体に悪いなど適当な理由を付けて、人間を食うことは禁止している。
ただし武器や各種道具、布など、ゴブリンには作れないが是非とも欲しい物資は数多い。
アイテムボックスから出せば簡単なのだが、不自然さを消すために、物資は可能な限り現地調達するべきだと考えている。
今回はそれらを調達する為に、部族の一部を引き連れて、数日がかりで帝国に遠征に行くことにしていた。
「さて、と。 行くとするか」
口の端についた肉汁を拭い、俺はゆっくりと腰を上げた。