※この作品はR-18です。

幾多の性を謳歌する   作:のーる

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馬車

大森林の道なき道を歩く集団の先頭に立っていた俺に、絞首刑蜘蛛(ハンギング・スパイダー)が木の上から白い糸を吹きかけて来るが、俺はそれをあえて避けずに受ける。

 

手や首に粘性の強い強靭な糸が絡まり、普通のゴブリンならば容易に木上まで引き上げてしまえる程の力で引かれる………、が俺はそれを意に介さずに、体に絡んだ糸を無理やり引きちぎった。

 

両足に力を込めて、高さ五メートルはある木の上にいる絞首刑蜘蛛を目掛けて跳躍し、腰につけていたショートソードを抜くと、蜘蛛目掛けて振りぬく。

 

甲殻を断ち切る硬い衝撃と、肉を切り裂く柔らかく水っぽい感触が剣を通して手に伝わり、俺が地面に着地すると同時に、胴体を両断された蜘蛛の死骸が下草の上に落ちてきた。

 

「さ、流石はブルザ様。 オーガでさえ逃れるのは難しい絞首刑蜘蛛の糸を、簡単にちぎりとってしまうとは……」

 

ゴブリン・メイジ、メルケが賞賛の言葉を投げかけてくる。

見渡せば、他のゴブリンやオーガも畏怖や羨望の篭った目を、俺に向けていた。

 

(うむ……、やはりゴブリンにとっての強敵を倒す姿を見せるのは、求心力を高めるのに効果的だ。

高度な文明を持たない種族の場合は、単純な力こそが大きな意味を持つからな)

 

俺はその結果に満足するが、既にゴブリン達の中には絞首刑蜘蛛を見て、物欲しそうな表情になっている者もいる。

 

そういえば昨日の朝に住処を出発して、今日も朝早くから、日も暮れつつあるこの時間まで歩き通しだった。

流石にもう、休ませるべきだろう。

 

「大した敵ではない。 もうじき森と平原の境目につくが、今日は歩き通しで、皆疲れたし腹も減っただろう。

丁度、手頃な獲物も獲れた事だし、今日はここで寝るとしよう」

 

「はっ!」

 

手近な木の根元に腰を下ろすと、メルケがゴブリン達に指示を出して胴体だけでも一メートル以上はある絞首刑蜘蛛を解体していく様子を眺めた。

 

 

―――――――――

甲殻類を思わせる弾力に富んだ蜘蛛の肉をかじりながら、メルケと明日の狩りの方針について話し合う。

人間だった頃は蜘蛛の肉など見るのも嫌に思ったかも知れないが、今の俺は様々な種族の姿で百年も生きてきたのだ。

人間や、それに近い外見をした種族を除けば大抵の物は抵抗なく食べられる。

 

ちなみにゴブリンやオーガにとって虫は主食の一つであり、絞首刑蜘蛛の肉も喜んで食べている。

 

一般的にゴブリンという種族は、トブの大森林に生きる生物の中でも戦闘能力が低い為、大型動物や魔獣を狩るような事はリスクの高い事は滅多に行わない。

木の実、苔、木の皮、小さな虫など安全に手に入れられる食料を主食としており、モンスターの肉はたまにしか食べられないご馳走として扱われる。

 

 

メルケは部族内での地位は三番目だが、ラーガは住処の防衛の為に拠点に残してきており、遠征隊の中ではメルケが俺に次ぐ権限を持つ。

 

今回の狩りの目的には、冬越しの備蓄として保存の効く食料を手に入れる事も含まれていたが、それは最優先の目標では無い。

量に余裕があるとは言えないものの、部族に所属している者達を養うだけの備蓄は既にしているし、もし更に食料が必要になった時の為に、もう少し備蓄があった方が……という程度の話だ。

 

 

俺が一番欲しいのは、洞窟の改造を行う為の道具だった。

一年程前から部族の住処にしている、地面に空いた穴から入る事が出来る洞窟は、入口が一つだけで奥の方で幾つかの通路に分岐している構造。

 

元から150体程度のゴブリンやオーガ達を住まわせるには十分な広さを持っていたが、部族の構成員が増えた時の為に今の内から拡張工事をしておきたい。

それに入口が一つしかない地下洞窟なので換気が悪く、今は入口から近い部屋でしか火を焚くことが出来ない。

もうじき来るだろう冬の為に、洞窟の外から幾つかの空気穴を掘って、洞窟の深部で火を焚いても煙が篭ったり、酸欠になる事を防げるようにしたい。

 

その為にも、農具などが豊富にあるだろう辺境の村を襲う構想を立てていた。

 

「いよいよ明日で御座いますなぁ、ブルザ様。 人間の村を襲うというお話ですが、村には魔法の知識を記した書物や、それを使えば一度だけ自分が覚えていない魔法も使用出来ると言う、スクロールもあるのでしょうか?」

 

「……無いだろうな。 紙は人間の社会では高級品だし、更に魔法の知識が記された本となると辺境の農村などに置いてある理由が無い。 スクロールも財力のあるものしか購入出来ないしな」

 

現在俺が演じているブルザというホブゴブリンは、元々は部族を飛び出して様々な場所で経験を積んできた、渡りと呼ばれる存在で、人間とも何度か取引を行った事があるので、人間の国家についての知識を持っている……、という設定だ。

メルケはそんな俺の答えを聞いて肩を落とした。

 

「そうで御座いますか。 はぁ……、更なる魔導の力を求めて部族を飛び出しましたが、魔法の知識を得るという事はなかなかに難しいですなあ」

 

メルケはゴブリンの上位種、ゴブリン・メイジ。

生まれながらにして、いずれは部族の実力者として多くのゴブリンの上に立つ事を約束されたようなものだったが、彼はそれに満足せずに部族を出奔して渡りとなった。

 

それは魔法に焦がれて、更なる魔法の力を得たいという純粋な欲求ゆえの行動。

暫くは他の部族を幾つか回っていたようだが、やがて同じゴブリンからは高度な知識は学べないと悟り、人間の冒険者を襲って、魔法について記された書やスクロールを奪い取ろうとした。

 

しかし、そう都合よく狙った物が手に入る筈もなく、困っていた所を俺が声をかけて部族へと引き入れたのだ。

その際、俺についてくれば、この力で魔法の知識を手に入れる手助けをしてやると言った手前、そろそろ何らかの成果を上げてやりたいとは思っている。

 

「まあ………、もう少し部族が大きくなれば、魔法の知識を持つ種族と取引して、お前の望む知恵を手に入れる事が出来るかも知れん。 焦らずに気長に待っていてくれ」

 

「……はい」

 

話している内に食事もすみ、俺たちは見張りを立ててから森の中の空き地に寝転がり、明日に備えて寝る事にする。

ゴブリン達は寒さに身を寄せ合い、ひと塊になり眠っていた。

 

――――――――――

次の日、前から目をつけていた辺境の農村へ向かおうとしていた俺は、遠くにあるものを見つけ、ゴブリン達を静止させる。

 

そして森に生えた藪の中に身を潜め、三百メートル程離れた地点を進んでいく幌馬車の様子を伺った。

 

「街道から外れたこんな場所を商人や旅人が通る筈がない……、魔物を討伐しに来た帝国の騎士か?」

 

「帝国の騎士……、ブルザ様からお聞きしましたな。 戦士や盗賊、魔法詠唱者としての技能を身につけた人間であり、バハルス帝国という国に仕えていると」

 

「ああ……、そう考えるのが妥当だろう。 もしくは冒険者、か」

 

馬車の二十メートル程前を歩く者が一人、馬車を取り巻くように歩く者が十数人。

馬車を動かしている者が一人。

幌馬車の中にも人間がいるかも知れないし、大体二十人程度の集団と見るべきだろう。

 

「さて、どうするか」

 

藪の中に隠れている俺達には、まだ気がついて居ないようだが、草原に出れば直ぐに見つかる。

つまり奇襲は不可能だ。

 

一般的な強さの騎士を相手にすると、訓練を受けたゴブリン達は一対一でやや不利、二体がかりなら互角に戦えるかも知れない。

 

今回の遠征は人間を殺すこと自体は目的としていないが、有利に戦える相手ならばあえて遠征隊に戦わせて、経験を積ませようとは考えていた。

 

ただこれは少し、相手が悪い。

俺抜きでは、到底敵う相手とは思えなかった。

 

ここはやり過ごしても良いか……、と思いかけていると、メルケが横から話しかけてきた。

 

「戦いましょう、ブルザ様。 倒せば武器や防具が手に入るかも知れませんし、魔法詠唱者もいるなら本や魔法のアイテムが手に入るかも知れません。 戦う価値はあるかと」

 

「………なるほど、お前は戦いたいわけか」

 

確かにメルケがブルザ部族に入ったのは、魔法の知識を得る為。

そのチャンスが目の前に転がっているのに、俺がそれを掴む事を許さなければ、反感を抱かれてしまう可能性もある。

 

メルケはゴブリンの上位種としての知性で、部族の形成に大きな貢献をしてくれたし、ここらで褒美を与えておくのも悪くないだろう。

 

「いいだろう。 ただしお前達に戦わせるには、少し厄介な相手だ。 ……俺が出よう」

 

そう言って、俺は武器を片手に草原へと踏み出した。

 

 

 

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