幾多の性を謳歌する 作:のーる
馬車を先導していた野伏の技能を持った騎士が、手で敵出現という意味の合図を送ってくる。
それにより試験に同行してくれている騎士達の緊張が俄かに高まり、付近の空気が一気に張り詰めたような気がした。
「敵が一体?」
野伏が更に続けたハンドサインを見て、騎士の一人が訝しげに呟く。
この辺りに現れる事が想定される敵は、ゴブリンやオーガ等の亜人や、狼などの野生動物。
いずれも単独行動を取ることは珍しい種族だ。
だが騎士達に油断の色は無い。
群れていないという事は、裏を返せば群れる必要がない程に強いモンスターだということも有り得る。
十四人の騎士達と、私を含む帝国魔法学院の学生八人。
学生の内、魔法詠唱者は第一位階まで使える者が私ともう二人。 第0位階までしか使えない者が二人。
残りの四人は魔法学科以外の学科だが、剣技や弓術を訓練した経験があるので戦力には数えられる。
野伏の視線を辿ると、三百メートル程遠くの森と平原との境界に黒い影が見えた。
馬車へと近づいてきた彼は、この騎士隊を指揮する小隊長に詳細な情報を報告する。
その間も森から出現した何かから、目を逸らすことはない。
「細部までは定かではありませんが、人型の生物と見られます。 現在は静止……、いや、走って来ました!」
黒い点しか見えない程に遠かった何者かが、徐々に大きく見えてくる。
これは戦闘になるかも知れない……、そう予感した私は昇級試験の班を代表して、小隊長に声をかけた。
この試験の主役はあくまでも私達、学生。
出来るだけ自発的に動き、積極的な発言をしていくことが高い評価に繋がると言われている。
「小隊長殿、我々の中で第一位階を扱える者が「速っ、速いです!」」
野伏の言葉に視線を小隊長から正体不明の者に移すと、目を離してから五秒程度しか経過していないのにも関わらず、既に距離は半分程にまで縮まっている。
慌てて騎士達が弓を構え、五本の程の矢が放たれたが、相手のあまりの速さに狙いが定まっておらず、ばらばらの地点に着弾しただけだった。
そしてそれは、私達から十メートル程離れた場所で立ち止まる。
黄色っぽい、明るい茶色の肌に黒い髪。
茶色い革靴に、銀色に輝くブレストプレート。
頭部のみを覆い、視界を遮らない形の兜を装備しており、一見して戦士だと見て取れる。
筋骨隆々という言葉が相応しい、闘争の為に発達した肉体は人間の大人と同じくらいの背丈があり、隆起した肩の筋肉とほぼ同化した首の上には、低い鼻と太い顎。 そして大きな口の中から、小さな牙が上向きに生えている。
私はその亜人を学院の図書館に置いてある本の挿絵で見たことがあった。
ゴブリン、それも大きさからして上位種だろうか?
戦士では無い私も、その亜人の外見と先程の速さから、私では到底届かない領域に到達していることは察しがつく。
班員の学生も騎士達も、敵と自分との戦力差を悟ったのか身動き一つ取れていない。
誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。
「あ、あなたはホブゴブリンとお見受けする。 我々は辺境の安全を確保する為の巡回を行っている帝国の騎士。 一体我々にどのような用件ですかな?」
それでも小隊長は精一杯平静を取り繕って、この亜人との交渉を試みている。
微かに声が震えていたが、話しかける事が出来ただけでも、この小隊長は勇敢だと思った。
「………いきなりで悪いが、死んでもらうとしよう」
「なっ……」
小隊長に一言発する間も与えずに、亜人が持つ剣が彼の首を切り飛ばす。
鮮やかな血飛沫が切断面から吹き出て、皆がその光景に目を奪われている間にも、亜人は次々と剣を閃かせていく。
目の前で、班員だった第一位階の魔法詠唱者の首筋に赤い線が走った時、私はやっと我に帰った。
「《マジック・アロー/魔法の矢》」
極限状態に置かれて逆に冷静になったのか、黒い風のように騎士と学生の集団の中を駆け抜ける敵に、必中の攻撃魔法を放つことに成功する。
しかしそれの一撃は、亜人の腕のひと振りで、石ころを払いのけるかの如く消し飛ばされる。
目の前が一瞬で暗くなり、次に気がついた時には共に旅をしていた者達の中で、私だけが赤く染まった平原で佇んでいた。
――――――――――
彼らは恐らく、魔法学院の学生と護衛の騎士隊だったのだろう。
俺は数年前はバハルス帝国に潜入していた事もあり、魔法学院の学生は昇級試験で、危険なモンスターと戦う事がある、という話を聞いた事があった。
初めは騎士も学生も皆殺しにして物資だけを頂こうと思っていたが、スクロールや魔道書の類がなければメルケを落胆させてしまう事になる。
戦いの途中にそう考えて、《マジック・アロー/魔法の矢》を使ってきた学生を一人、殺さずに残しておいた。
書物を手に入れても文字を学ぶまでがまた一苦労だし、魔法の教育を受けた学生に直接知識を教えてもらうのが、最も効率のいい方法だろう。
「お前以外は片付いたな……。 本当は皆殺しにするつもりだったのだが、あの状況で俺に攻撃魔法を放ったお前は見所があるかも知れん。 どうだ? 俺の部下になれば、命は助けてやるが」
「へ……?」
流石に話が急すぎたか。
まだ少年と言えそうな年齢の男は、おろおろと視線を彷徨わせている。
よく見ると彼のズボンの股部分は、漏れ出した尿で濡れていた。
混乱から立ち直れていないのは明白だったが、こういう交渉は乱暴でも一気に畳み掛けてしまう方がいい。
人を最も容易に従わせる方法は恐怖で支配することなのだから。
「嫌だと言うならば仕方ないな」
ショートソードを構えて鼻先へと突きつけると、彼は後ろへ仰け反って地面に尻をついてしまう。
「あ、いや……、あなたの部下にでも何でもなります! で、ですから私の命は……」
「……そうか」
構えていた武器を腰につけた鞘へとしまう。
俺が殺した者の中に、この男の大切な人間がいた場合は、既に恨みに我を忘れて向かってきている筈。
しかし彼が自分の保身を優先したという事は、やり方次第でこちらの思惑通りに働かせることが可能だろう。
人の従え方については今までの人生で学んで来たが、初めに強すぎる恨みを持たれると、完全に従える事はかなり難しくなる。
そういう意味では、この男は手駒として使い易そうな雰囲気を感じた。
「お前、名前は何というんだ?」
彼は俺の声に一瞬びくりと縮こまり、やがておずおずと答える。
「ら、ランゴバルトです。ランゴバルト・エック・ワライア・ロベルバドと言います」