幾多の性を謳歌する 作:のーる
私に与えられた狭い部屋に、今、アマナという女の亜人がいる。
不本意ではあるものの、形式上は妻とすることを了承してしまったからには、部族の決まりでアマナも私の部屋に住まなければならない。
なぜ人間の私に、ホブゴブリンの女を宛てがったのか。
ブルザの意図はよく分からないが、亜人の思考は人間のそれとは違うのかも知れない。
そうすれば私が喜ぶとでも思ったか、単なる気まぐれかのどちらかだろう。
アマナは数分前に無言のまま私についてきて、今は部屋の隅で膝を抱えている。
こいつをどのように扱ったものか。
私は未だに考え続けていた。
「くそっ………」
思わず声が喉から漏れるが、すぐに迂闊だったかもしれないと気が付く。
ブルザ部族の掟として私がアマナをどのように扱おうと誰にも文句は言われない筈だが、ゴブリンを妻にすることへの嫌悪感を他の者に知られると、立場が悪くなる可能性がある。
一先ず、同居人として最低限の扱いはしておかなければならないだろう。
「他の種族の女を妻にするなんて……、あなたにとっても嫌でしょう?」
その時、黙りこくっていたアマナが初めて口を開いた。
だが、その質問には何と答えていいのか分からず、私は話を逸らすことにする。
「そうなったからには仕方ない。 族長の前で言ったことを翻せる訳も無いんだ。 一応、食料はやろう。 先程、これまでの働きを見て食料の支給量を増やすと、ブルザに言われたからな。 ………後は好きにしろ。 私はお前に深く関わる気も無いし、何かをする気もない。 ただ同じ部屋に居るだけだ」
「……はい、ありがとうございます」
そうしてアマナは又、口を閉ざしてしまった。
しかし今日はメルケが狩りに出てしまったらしく、奴に魔法を教える事はない。
部族に属するゴブリンが急に増えた事で、本格的に冬に入るまでもう間もないというのに、食料の調達作業は忙しなく続けられている。
戦士階級のゴブリン達も、採取部隊の護衛や野獣やモンスターを対象にした狩りの為に、頻繁に森に出ていた。
暫くは部屋の中で座ったまま土が剥き出しになった壁を見ていたが、流石に暇を持て余してしまう。
ふと気まぐれを起こし、すぐ後ろに居るアマナと話してみようと思い立った。
深く関わる気は無いといっても、同じ部屋で過ごす以上、少しはこいつの性格を把握しておく必要がある。
「……お前、この部族に来る前は何をしていたんだ?」
アマナは私の声にびくりと肩を振るわせ、おずおずと上目遣いで僕を見上げる。
「あ、はい……、タオパ部族では戦士をしていました」
「戦士? 女なのにか?」
意外だった。
私はゴブリンの生態をよく知らないので、他の部族でも女は最底辺の扱いをされていると思っていたのだが。
「はい、普通女は住処やその周辺での作業に従事するのですが、私にはそれが退屈で……。 ホブゴブリンとして生まれ、並みのゴブリンよりも体格も力も上だったので、特別に戦士になることを許されていたんです」
「……強かったのか?」
「私は男の戦士に負けない程強いと思っていたのですが、部族が襲われたときは結局戦えませんでした。
ただ恐ろしくて、逃げていただけ。 女子供だけでも幾らか逃がせたのは、他の勇敢な戦士達が命懸けで時間を稼いだからで、私は結局ただの弱い女でした。 なのに戦士の誇りを捨てきれず、ブルザ様に逆らったせいで、余計に立場が悪くなってしまいましたし」
こいつはホブゴブリンではあるが、その顔に浮かんだ諦めと卑屈さを含んだ笑みは私にも読み取れた。
「……ふん。 まあ、この部族で女が戦うことなど無いし、逆らおうが逆らうまいが、結果はそれ程変わらなかっただろう。 誰かの妻か、共用妻か。 私はお前に何かを求める気はないから、むしろ楽な立場になれたかも知れないな」
それ以上会話が続くこともなく、することもない。
私は気晴らしに洞窟の中を散歩してくることにした。
便所で用を足した後、近くに積み上げられた大きな枯葉で尻を拭いて、下ろしていたズボンを上げた。
この部族の便所は、洞窟の中にある。
何でも住処から近い森の中に排泄物やごみを捨てると、モンスターや危険な獣を呼び寄せる可能性があり、あまり望ましくないそうだ。
かと言って、洞窟から離れた場所で用を足すには、トブの大森林は危険すぎる。
そこで部族では、大部屋の地面に深い穴を掘り、そこで飼っている
メルケから聞いた話では、飼われているのは
つまり糞便やゴミを与え続けている限り、下手に刺激さえしなければ、生きている生物を襲うことはない。
ゴブリンが用を足すときは、穴の上に作られた、丸太を組んだ足場に跨って行う。
スライムの数が増えすぎた時は適当に間引きする必要もあるが、ゴブリンにしては中々考えられた方法だ。
便所がある大部屋から通路へ出た所で、私はブルザと出くわしてしまった。
この族長は、以前は旅をしながら様々な部族を巡っていたようで、人間と取引をした経験もあるという。
その為、周辺国家の事情なども案外良く知っていたりする。
しかし人間の世界の事を話題に出来る相手が、私以外に居ない為か、会えば何かと話に付き合わされる事が多かった。
普段は今帝国で流行っていることや、料理の事など他愛のない話題だけだが、今日は珍しく政治の話題だった。
「帝国には鮮血帝と呼ばれる皇帝が居るらしいな。 随分優秀な男で、多くの成果を上げていると聞いたぞ。
いずれ部族が更に大きくなれば、一つの参考にするのも良いかもな」
「しかし貴族からは評判が悪いですね。 毎年王国と行う戦争だって、大部分の負担を押し付けられるのは貴族です。 自身の権力を高める為に、代々帝国に尽くしてきた貴族達を蔑ろにしているのですよ」
帝国では口が裂けても言わないような事も、ここでは別に問題ないだろう。
私自身驚く程、多くの悪口が口から流れ出た。
「くく、帝国と王国の戦争については聞いたことがあるぞ。 毎回勇ましく出陣する割には、大して戦いもせずにお互いに兵を引かせているとな」
「ええ……、ですが今年は、王国軍にかなりの被害を与えたようですね。 あのガゼフ・ストロノーフが死んだ事が影響したのだと思いますが」
「ガゼフ……、名高い人間の戦士だったな。 ………誰かに討ち取られたのか?」
「いえ、殺されたのは戦争の前のようです。 王国の方では帝国の兵士が宣戦布告も無しに辺境を攻撃し、ガゼフはその兵士達と戦い命を落としたと主張しているとか……。 他にも野盗に殺された、王国の貴族に暗殺されたなど色々な噂がありますが、命を落とした事は事実だと思います」
「そうか、死んだか……。 知らなかったな」
ブルザは何かを考え込むような顔つきになり、その後別れた後は、自分の部屋の方へと歩いて行った。
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帝国がここ最近、王国と戦争を繰り返している理由は、戦費を貴族に負担させて貴族達の力を弱める為だと読んでいたが………、本当に帝国が非常の手段を使ってガゼフを殺したのだとすると、案外帝国は本気で王国を攻め落とすつもりなのかも知れない。
別に王国に思い入れがある訳では無いが、あの犯罪組織が跋扈し、腐敗した貴族が支配する国にもいい所はある。
社会構造が未熟な分、人間に変身した時に社会に溶け込みやすいということだ。
帝国は年々成長を続ける優秀な国だし、いずれはスレイン法国のように戸籍の整備にも乗り出すかも知れない。
だが、その場合、社会に溶け込む事は不可能ではないが、色々と面倒が増えるだろう。
それを考えると、まだ王国には滅びて欲しくはない気もする。
(だが、今のゴブリン共の力では何も出来んか………)
とりあえず手は考えておくが、あまり目立つ事はしたくない。
俺はその日、頭を悩ませる事になった。