※この作品はR-18です。

超次元ゲイムネプテューヌ Origins Visionary   作:シモツキ

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・初閲覧の方は、『はじめに(確認推奨)』を見る事をお勧めします。
・今回の話のように、就寝前及び起床後のどちらか、又は両方が描写されない場合もあります。
・通常のリクエストは勿論の事、特殊作品群に該当するようなリクエストも受け付けております。しかしその場合は当然相手となる作品の作者さんに了承を頂かなくてはいけない為、必ずしもリクエストにお応え出来るとは限りません(既存シリーズの続きが読みたい、というリクエストも承っております)。




人物・イリゼ

内容・連続絶頂 拘束 触手 媚薬


牢獄の悪夢 最終話

 自身を騙し、監禁し、拷問の限りを尽くしてきた少女…アキの本心を、漸くイリゼは聞く事が出来た。国の事は建前でしかなく、彼女の心の内にあったのは、イリゼへの純粋な想いだけだった。

 されどそれを、イリゼは肯定する訳にはいかなかった。想いは尊いものでも、やはり行動はただで許せるようなものではなかったのだから。だが同時にイリゼはアキを拒絶するつもりもなく、彼女がやり直す、やり直せる可能性を信じたいと思っていたが、アキはその手を取らなかった。取れなかった。

 

「アキ…一体どこに……」

 

 逃げてしまったアキを見つけるべく、イリゼは施設の中を探し回る。部屋も一つ一つ調べていき、いるかどうかを確かめていく。

 

(やっぱり、とにかくアキを追い掛けるべきだった……)

 

 探すイリゼの思考によぎるのは、迷いを抱いてしまった事への後悔。普通に考えれば身体能力はイリゼの方が上であり、追い付ける筈だったが、アキが走り出した際、イリゼは「今のアキには一人で考える時間が必要なのではないか」と思ってしまった。それによってイリゼは出遅れ、アキの事を見失ってしまった。

 しかし自らの判断ミスを悔やむ事はあっても、立ち止まったりはしないのがイリゼという女神。焦って探せば見つけられるものも見つけられなくなる、と自分に言い聞かせながら、イリゼは探し続け……不意に、イリゼは見つける。元いた場所からは大分離れた廊下、その真ん中に立つ少女の存在を発見する。

 

「……!アキ!」

 

 見つけた直後に声を上げ、駆け寄るイリゼ。俯くようにして立っていた、無言で立っていた彼女を発見すると同時にイリゼは安堵を抱き…抱いた気持ちに嘘偽りはないものの、自分がアキの心配をしていたのだという事に対してはほんの少し苦笑いをしていた。

 

「イリゼ…ちゃん……」

「良かった…ごめんね、アキ。やっぱり、すぐには気持ちの整理も付かないよね。だってそれは…アキにとって、凄く大事で、他の方法なんて考えられなかったようなものなんだもんね」

 

 宥めるように、落ち着かせるようにイリゼは語り掛ける。イリゼにアキを糾弾しようという気持ちは微塵もなく、あるのはアキが前向きに受け止めてくれれば…という思いのみだった。だからイリゼは、幾らでも言葉を尽くすつもりで…しかしすぐに、アキは言葉を返す。

 

「…いいんだよ、イリゼちゃん。もう、大丈夫だから」

「…本当に?」

「うん、本当に。今度こそ、心底すっきり出来そうだもの」

(あれ……?)

 

 冷静さを感じる、静かな声音。それは確かに大丈夫そうな、心に穏やかさを取り戻したかのような声であり…されどイリゼは違和感を抱く。明確に変な点があった訳ではない。だが声音が、言い方が、内容が…何かこれまでとは違うと、イリゼは直感的に感じていた。

 

「それより、戻ろうイリゼちゃん。私、イリゼちゃんとじっくりゆっくりしたい事があるの」

「…………」

「…イリゼちゃん?」

「…アキ、調子が悪いの?やっぱりまだ、納得出来てないの?それとも──今の貴女は本当に、私が知っているアキなの?」

 

 じっと見つめるアキに対し、イリゼは言う。真っ直ぐと、一瞬たりとも目を離す事なく、静かに問う。

 それは、確証がないからこその言葉。違和感はあれど、断言は出来ないが故に、踏み込みながらも探りを入れる言葉を選んだ。そしてその言葉を受けたアキは、ふっと黙り込む。数秒間の沈黙が訪れ……次の瞬間、アキは笑う。

 

「…はぁ、折角この女のフリをしてあげたのに、こんなすぐに見抜くだなんて詰まりませんわ。女神は本当に、遊び心がないんですのね」

「……ッ、貴女まさか……!」

 

 ご名答。そう言いながら、アキは…否、アキではない存在は笑みを深める。その笑みで、言葉遣いで、何よりアキの身体を何者かが乗っ取っているような状況で、イリゼは確信した。今自分が話しているのは、アキではなく……幽霊の少女だと。

 

「…何が狙いなの」

「狙いも何も、こうなったのはこの女がわたくしを滅しようとしたからですわよ?憎たらしい事に、技術だけはあるんですもの。けれどそれも、こうして身体を頂いてしまえば無意味な事。それに…ある意味こうなったのは、怪我の功名とも言えるかもしれませんわ。だって、この女の身体で貴女を痛め付ければ、この女の心も苦しめられますもの」

「……っ…性根が腐ってるっていうのは、こういう事を言うんだろうね」

「その憎まれ口も、これからこの女の身体で貴女の命を奪うと思えば愉快に聞こえてきますわ。あはぁ、自分の身体で女神を亡き者にしたとなれば、さぞや絶望して無様な姿を見せてくれる事でしょう♪」

「……ふん。幽霊になって、人としての身体だけでなく心までも失ったか」

「うふふ、そう睨まなくてもいいんですのよ。心配せずとも、その後はこの女の子も始末するつもりですもの」

 

 まるで新しい玩具を手に入れ喜んでいる子供の様な少女の口振りに、イリゼの怒りは静かに…されど激しく燃え上がる。

 しかしイリゼには、少女へ手出しする事が出来ない。それはアキの身体を傷付ける訳にはいかないという事もあったが、それ以前にアキの身体である以上、下手に手出しをしようとすればアンチシェアクリスタルの指輪の力によって身動きを取れなくなってしまうという『縛り』が、イリゼの行動を封じていた。

 

「あらあら、どうしたんですの?威勢良く吠えておきながら、何もしないので?」

「…………」

「今度はだんまり…あぁ、何も言い返せないんですのね?それは悪い事をしましたわ。まあでも、貴女を言葉で虐めても面白くないですし……さぁ女神様。今から遊びのお時間ですわよ♪」

 

 誘うように、イリゼへ向けて手を開く少女。その手の前に、魔法陣が浮かび上がり……あの触手が、溢れ出すようにして出現する。

 現れた触手は、瞬く間にイリゼへと殺到。腕に、脚に、胸や胴にも絡み付き、イリゼの肢体を拘束する。それは一度少女が逃げ出す前に行った、イリゼへの拷問を思い出させるものであり…しかし現れた触手は、それだけではない。

 

「お次はこれですわ」

「むぐ……ッ!?」

 

 新たに浮かび上がる魔法陣。そこから出てきたのは、酸素マスクを思わせるような形状の触手。ゆらりと顔に近付いてきたその触手から逃れようとイリゼは首を左右に振るも、別の触手に髪を掴まれ無理矢理向きを変えさせられる。

 そして次の瞬間、飛び掛かるようにしてマスク状の触手はイリゼの鼻と口元を覆う。更にその直後、イリゼの身体は燃えるように熱くなる。

 

「……──っっ♡!?(こ、これって……)」

 

 身体が芯から熱くなる。下半身が激しく切なく疼きを上げる。それは、もう何度も体験してきた媚薬の感覚。覆われた直後、まだ大して呼吸もしていない筈でありながら一気に身体が熱くなった事でイリゼは戦慄し、咄嗟に息を止めて耐えるも、幽霊の少女がそれを想定していない訳がなかった。

 

「無駄無駄、息を止めて乗り切ろうとしても無駄ですわ」

「……っ、ぅ…♡!」

 

 少女が軽く手を振れば、また新たに現れた触手がイリゼの服の中に入り、その前面を強引に破く。胸も腹部も、更には股間も露わになり、そんなイリゼの姿を無様だとばかりに少女は笑う。

 曝け出された胸を鷲掴みにする、少女の手。握り潰さんばかりの力を少女は込め、イリゼに痛みを与えるが、イリゼは歯を食い縛ってぐっと堪える。更に少女は乳房を引っ張り、胸の付け根から引き千切ろうとするかのように乱暴に振り回すも、イリゼは口を開かない。こんな程度の事で崩されるものかと、堪えて少女を睨み付ける。

 

「えぇえぇ、良いですわ。あっさり陥落しては面白くありませんもの。頑張って耐えて、必死に堪えて…そんな努力が無駄になる姿を、わたくしに見せて下さいまし♪」

「…ぅ、ッ……!」

 

 一頻り乳房を引っ張ったところで、あっさりと少女は手を離す。しかし当然終わりではなく、一旦は離したと思いきや、再び少女は乳房を握る。今度は乳搾りをするように、左右の乳房の中程を掴んでその先端を張り詰めさせる。

 強い力で締め上げられ、薄い桃色から赤くなる乳首と乳輪。そこへ触手二本が近付き、それぞれの乳首をピン、と弾く。一瞬でも媚薬を吸ってしまっていた今のイリゼにとっては、それだけでも痺れるような快楽か迸り、びくんと肩を震わせるも、少女の操作を受けた触手は責めを続行。先端を高速で上下させ、擦るような動きで乳首だけを狙って刺激。快楽の連打にイリゼは目を見開き身を捩るが、四肢へと絡み付いた触手はびくともしない。

 

(ま、まだ耐えられる…大丈夫、大丈夫…大丈──)くふぅッ……♡!?」

 

 乳首への集中攻撃が続く中、また別の触手が伸びてきたかと思えば、乳房へと巻き付いて締め上げてくる。少女は両手を離すも、触手の締め上げる力は強く、全く苦痛は楽にならない。

 それでも耐えようとしたイリゼを襲う、新たな刺激。より激しい、身体を貫かれるような快楽。一瞬してからイリゼはそれが、少女に膣へと指を突っ込まれた結果の刺激だと気付くも、分かったところで打つ手はなし。乳首を襲う触手の乱打はそのままに、下半身からの快楽もイリゼの心を追い詰める。

 

「ほらほら、まさかもう限界なんて事はないのでしょう?もっと耐えられますわよね?女神ともあろう者が、弱い訳がありませんものねぇ?」

「ぁ、くッ…ぅ"ぅぅ……♡!」

 

 にやにやと笑いながら、少女は膣を掘り返すように指を動かす。その指使いは乱暴であり、いつ膣壁を傷付けてもおかしくないような乱雑さだったが、元より少女にそんな配慮などは微塵もない。

 性感帯である三ヶ所への、同時責め。休む間もない、絶え間ない責め苦。それ自体も辛いものではあったが…もう一つ、今の少女の責めにはイリゼの心を苦しませる要素があった。

 

(こんな、事ッ…アキは、望んでなんか……ッ!)

 

 今イリゼの目の前にいる人物、その姿は間違いなくアキ。意思は幽霊の少女のものでも、身体はアキのもの。散々痛め付けてきた理由は身勝手なものであり、ただで許すつもりなどはイリゼも毛頭なかったが、それでも自分への深い『想い』のあったアキを、道具の様に利用している…それがイリゼを怒らせていた。そのアキの身体で、想いではなく悪意を滾らせている…それが何より許せなかった。

 だがこの場、この状況において、判断を鈍らせる危険性のある怒りは本来抑えなければいけないもの。それはイリゼも分かっているが、落ち着いて気持ちを鎮める余裕などない。息を止めた状態で性感帯への責めに耐えている今のイリゼは、既にもういっぱいいっぱい。

 

「どうせ耐えても意味などないのに、無駄に頑張りますわねぇ。あぁそれとも、無駄だって事も分からない程の馬鹿なんですの?もしそうなら、馬鹿同士この女とはお似合いですわ」

 

 苦しさ、快楽、それに怒り。その全てを堪えながら、必死の形相でイリゼは睨む。必死な様子が愉快だとばかりに、少女はイリゼを嘲笑う。それが更にイリゼの怒りを強くさせるが、イリゼは両手を強く握り締める事で、感じる全てを今一度耐えようとし……

 

「まあでも、いつまでも貴女の我慢に付き合うつもりもないですし……ほら、さっさとイけ」

「……──ッ!?…ぁ……〜〜〜〜っっ♡♡!」

 

 指を折り曲げ、うねらせ、出し挿れする事で膣を刺激していた少女の責め手。だがある時、不意に膣への刺激がなくなり……次の瞬間、ずぶんっ、と鈍く重い衝撃が下腹部を貫いた。一瞬イリゼは何が起きたのか分からず、されど頭は理解していなくても身体は反応し……杭打ちのように叩き込まれた太い触手の一突きで、その刺激で、息を呑む。マスク型の触手で鼻と口を覆われ、その中に媚薬のガスが充満している状態で、吸い込むようにして呑んでしまう。

 全身へ広がる、燃え上がるような熱。下腹部どころか快楽を感じ得る場所全てが凄まじい疼きを訴え、そのまま弾かれるようにしてイリゼは絶頂。腕と脚を拘束されたままびくんと仰け反り、全身を激しく痙攣させる。

 

「あーあ、イってしまいましたわね。それじゃあもう、貴女はお終いですわ♪」

「お"ッ、あ"ッ、ん"ほぉ"お"おぉおおぉぉッ♡!ふッひ、ぬ"ぐぅうぅううぅう"ぅ"ぅ"ッ♡♡!」

 

 悪辣さに満ちた笑みを浮かべる少女。しかしもう、イリゼはそんな少女を睨めない。睨んでなどいられない。

 絶頂により、イリゼは今まで耐えていた分全てを吐き出し、吸い込んでしまった。耐えた分の反応を受けるように、無理矢理返済させられるように、媚薬ガスを大量に、それも一気に取り込んでしまい、最初の絶頂がまだ通り過ぎない内に次の絶頂へと押し上げられる。そんな状態では息を止める事も出来ず、更にイリゼはガスを吸う。これまでとは打って変わって、瞬く間に媚薬ガスを連続摂取してしまう。媚薬ガスを吸い、絶頂し、それによりまた吸い、より媚薬に侵された身体で絶頂する、快楽地獄の無限ループ。

 

「あ"ーッ♡♡!あ"あ"あ"あ"ーーッ♡♡!ぬ"ぐぉ"ひぃ"いい"い"い"い"ぃ"ぃ"ッッ♡♡!」

「あははははははッ!とんでもない事になっていますわねぇ!いいですわ、そういう無様で惨めで笑える姿、もっとわたくしに見せなさいな!」

 

 連続ですらない、止む事のない絶頂の渦。目を見開き、全身をガクンガクンと激しく揺らしながら絶叫するイリゼの姿に、少女は腹を抱えて笑い転げる。ほんの少しだけ触手マスクの密着を緩め、イリゼの叫びを堪能する。その上で緩めている間は媚薬ガスの供給量を増やしている為に、イリゼの陥った状況は全く以って楽にならない。

 そうして一頻り笑った少女は、無慈悲に触手を操り、当たり前の様に性感帯への責めを続ける。もう何もしなくても絶頂しっ放しであると分かった上で、更に刺激しイリゼをより深く鮮烈な絶頂の中へと叩き落とす。

 

「ふごッ…ぉ"ッ、ンォ"ぉ……っ♡!」

 

 長い長い、気の狂いそうになる…しかしアキの用意したリングによって狂う事も出来ない苦しさの果てに、イリゼの絶頂は止まった。しかしそれは、収まった…などという言葉で表現出来るものではなく、嘔吐の末に何も出なくなったのと同じような、もう絶頂も出来ない程何もかも吐き出し吹き飛んだ後のような、もうまともに声を出す事も叶わないような状態だった。

 そのイリゼを満足そうに眺めていた少女は、不意に触手の拘束を解き、イリゼを床に落とす。イリゼは足で着地するどころか受け身も取れず、落ちてそのまま倒れ込む。今のイリゼに出来るのは、ただ弱々しく呼吸を繰り返す事のみであり……そんなイリゼを見下ろす少女は、倒れたイリゼに跨る形でその上に立つ。そこから少女は膝を突き、背中を屈め…両の手で、イリゼの首を掴む。

 

「さぁ、終わりですわ。最後に何か、言い残す事はありまして?」

「…ぁ…が……っ…」

「はぁ、折角温情を掛けてあげたというのに、何も喋れないとは。ならばせめて、最後に苦しむ顔を見せて下さいまし」

 

 喋れない理由を省みる事もなく、体重を掛けるようにして少女はイリゼの首を絞める。気道が潰され、呼吸が途絶える事でイリゼの口からは微かな呻き声が漏れるが、ただそれだけ。イリゼは殆ど抵抗出来ず、少女が操るアキの腕を掴む事も叶わない。

 苦痛に歪む表情。口の端から垂れる唾液。幽霊の少女が望んでいたのは、もっと生にしがみ付くようにもがき苦しむ姿だったが、表情を歪めながらも何も出来ず、ただ死へと向かっていくばかりな女神を、自分の思い通りにならなかったイリゼを見る事が出来た為に、しかもイリゼの事が好きなアキの身体を利用した上での行為である事に、それはそれで満足していた。それを示すように、彼女の口元はにたり、と笑みの形になっていた。

 

(だ、め…まだ…私、は……)

 

 必死に意識を繋ぎ止め、力を掻き集めて腕を上げるイリゼ。しかし腕が上がったのはほんの一瞬だけで、すぐに力なく床へと落ちる。そうしている間にも、意識は薄れ、曖昧になっていく。

 まだ死ぬ訳にはいかない。そう思うイリゼの心は、心だけは、折れていなかった。信仰してくれている人々の為、きっと今も自分を探してくれている家族や仲間達の為、何より今苦しんでいる筈のアキを救う為、自分はまだ死ねないと、終わる訳にはいかないと、寸前のところで踏み留まり、食い縛っていた。…それでも、身体は動かない。思いは折れずとも、身体はもう限界を迎えていた。力を抑制された今のイリゼの身体は、女神の心に付いていく事が出来なかった。

 そうして遂に、何も聞こえなくなる。何も感じなくなる。朧げとなった視界の中で、唯一残ったのは冷たさだけ。それも段々と遠ざかっていき、掌から、指の間から零れ落ちるように、イリゼの意識は暗く深い闇の底へ……

 

「──ッぁ…っ!がッ、げほげほッ……!」

 

 咳き込む声。走る衝撃。熱と共に、戻る痛み。──それは全て、イリゼのものだった。イリゼは咳き込み、激しく胸を上下させていた。

 

「はーッ…はーッ…な、んの……」

 

 暫く荒い呼吸を繰り返した後、イリゼは何のつもりだ、と言おうとした。しかし言い切るより前に、言い切るより先に、イリゼは気付く。少女の様子が……否、目の前にいる女性の様子がおかしい事に。先程まで浮かんでいた、悪意に満ちた笑みがない。それどころか、今は首を絞めていた両手がイリゼから離れている。一瞬何か別の企みがあるのか、とも思ったイリゼだったが、女性は何をするでもなく、ただイリゼを見つめ……言う。

 

「…逃げ、て……」

「え……?」

「早く…また私が、乗っ取られる前に…早く……」

「……っ!まさか、アキ…!?」

 

 それは正しく、幽霊の少女ではなくアキの言葉。意識を奪われ、身体を乗っ取られていた筈のアキの言葉にイリゼは目を見開くも、アキの身体は震え始める。

 

「…だ、め…やっぱり、もう……」

「それって…まだ追い出せてはいないって事…!?」

 

 予想外の事態を前にイリゼが混乱する中、そのイリゼの言葉にアキは小さく頷く。それからゆっくりとイリゼの上から降りるも、そこでアキの動きは止まってしまう。

 

「お願い…逃げて…もう、本当に……」

「お、落ち着いてアキ!不完全でも身体の主導権を取り戻せたって事は、きっと乗っ取りには何かしらの穴がある筈…!それが分かれば……」

 

 当然逃げるという選択などしないイリゼは、乗っ取りへの対策、対抗を考えようとする。今こそチャンスの筈だと、アキへ訴え掛ける。されどアキは、そんなイリゼを制するように…ただ静かに、首を横に振る。

 

「私は…いいの…。きっとこれは、私が…悪い事をした、罰だから…やってきた事の、報い…だから……」

「そ、そんな事……」

「だから…イリゼちゃんは、逃げて…。…それ、から…これまで、何度も何度も…酷い事を、して…ごめん…なさい……」

「……っ!」

 

 乗っ取られた事を悔やむでも苦しむのでもなく、アキが口にしたのは受容の言葉。その上で今一度、イリゼに逃げるよう告げ…謝罪の言葉を最後に、操り糸の切れた人形の様に、アキは動かなくなった。

 しかしそれも、数秒の事。茫然とするイリゼの前で、項垂れるような状態となっていたアキは顔を上げる。再びイリゼの顔を見て…笑う。

 

「…ふぅ、悪足掻きとはこの女も面倒な事をしてくれますわね」

「お前は……!」

「えぇ、わたくしですわ。そちらからすれば、良い余興になった…というところかしら。けれどもう、同じような事は二度と起こらない──」

 

 その瞬間、再度アキを乗っ取った幽霊の少女が言い切ろうとした瞬間に、イリゼは乗っ取られたアキの両肩を掴み、そのまま床に押し倒す。先とは逆に、イリゼが上を取る体勢になる。

 

「……っ、これは……」

「私がアキに危害を加えようとしたら、行動は封じられる。でもそれは、先回りする形で封じてくる訳じゃないし…当然一瞬でも勢いが付いていれば、それを消せる訳じゃないんだよ」

 

 驚く少女を、イリゼは押さえ付ける。イリゼは行動を封じられた際の経験を元に、考えていたのだ。指輪はイリゼの意思に反応して行動を封じてくるが、実際の行動制限にはほんの僅かにタイムラグがあると。だからこそ、至近距離且つ動いた事によって発生する慣性も利用すれば、押し倒す事だけなら出来るかもしれないと。

 そしてその狙い通り、イリゼはアキの身体を乗っ取った少女を押さえ付ける事に成功した。当然少女はイリゼを引き剥がそうとしたが、イリゼは微動だにしない。指輪の効果でイリゼは動けなくなっている…ある意味今の姿勢で固定されている事と、少女が乗っ取ったアキの身体能力は大して高くない事とが組み合わさる事で、少女の脱出を阻んでいた。

 

「…それはそれは…けれど、残念でしたわねぇ。得意気に語ったところで、所詮はわたくしを押さえ付けているだけ。それ以上の事は出来ないんでしょう?」

「そうだね。だからじっくりと、待たせてもらうよ。もう一度、アキが自分を取り戻すのを」

 

 暫くもがいた後、無理だと悟った様子の少女は再び笑みを浮かべて嘲笑う。しかしイリゼは動じる事なく、真っ向から視線を送り直して答える。両者の視線が交錯し……それから少女は、忌々しそうに鼻を鳴らす。

 

「折角逃げるチャンスだったのですから、この女の事など放っておいて、さっさと退散すれば良かったものを…そんな事も分からない程、女神は愚かなんですの?」

「そんな選択肢など、初めからない。私は元より、アキを救うつもりなんだから」

「救う?身勝手な理由で、貴女を散々苦しめてきたこの女を?」

 

 意味が分からない、とばかりに怪訝の表情を浮かべた少女に対し、イリゼは真面目な顔で頷いてみせる。何故?と少女は更に問い…イリゼもまた、答える。

 

「確かにアキには、散々苦しめられた。酷い事をされてきたし、そもそも騙されてここに監禁されてもいる。それ自体は、間違った行いそのものだけど…その事をアキは、反省していた。謝ってくれた。また身体を乗っ取られそうになる中で、自分の事より謝罪を優先した事に、その心に嘘があるとは思わないし…アキはお前に襲われた私を、助けにも来てくれた。あの時のアキが、必死になってくれていた事を、私は知っている」

「まさか、反省し、謝っただけで許すと?必死に助けに来たからそれで良いと?ふん、随分と安いものですわね」

「いいや、安くなんてないよ。少なくとも、私にはね。…それに何より、アキは神生オデッセフィアの…私の国民だ。女神が人を守る事に、理由なんて必要ない」

 

 きっぱりと、はっきりと、イリゼは断言する。少女に愚弄されようとも、堂々と言い切る。そして語った言葉に嘘などない事は、少女にすらも伝わっており…それでも次に彼女が負けたのは、呆れの表情。

 

「女神というのは、とことん馬鹿なんですのねぇ。ここまで愚かだと、いっそ可哀想ですわ」

「理解出来なくても結構。…今の言葉、アキに聞こえていれば十分だから。聞こえていると、伝わっていると…信じているから」

 

 再び言い切るイリゼに対し、少女はやれやれと首を振る。もう馬鹿にする気も起こらない程に呆れているようで…しかし少女の悪意が変わる事はない。

 床に押さえ付けられた少女は、身動きが取れないまま。されど慌てる事は微塵もなく…イリゼに気付かれぬよう、ひっそりとイリゼの背後に魔法陣を展開する。

 

(まあ、どうせ気付かれたところで逃げられる訳がありませんのだけど…今からこの不安なんてないと言いたげな表情が崩れるのが楽しみですわ)

 

 思わず浮かべてしまいそうになる笑みを堪えながら、少女は魔法陣から触手を出現させ、イリゼへと近付けていく。イリゼに気付いた様子はなく…というより、魔法関連の才能は皆無なイリゼはどちらにせよ魔力感知など出来る筈もなく、目論見通りに少女は触手を展開する。そしていよいよ、隠しきれなくなった笑みが口元に浮かび…少女の操作で、触手がイリゼに絡み付く。

 

「……ッ…!」

「あはぁ、形勢逆転ですわ!残念でしたわねぇ、残念でしたわねぇ!」

 

 無理矢理引っ張られ、少女から引き剥がされるイリゼ。狙い通りの展開に少女は心底愉快そうな声を上げ、イリゼを嘲りながら立ち上がる。これでもうイリゼ側は万策尽きた。後はあっさりと逆転され、打つ手なしとなったイリゼの表情が苦渋に歪むさまを眺めるだけ。…内心で勝ち誇るように、少女はそう思っていた。確信していた。だが……。

 

「……あ…?」

 

 眼前にあったもの。少女が見たもの。…それは、穏やかな…余裕に満ちたイリゼの、女神の面持ちだった。諦観でも、現実逃避でもない…初めから結果は分かっているとばかりの顔であった。

 その表情は、少女が想像していた…期待していたものとは真逆。そんな表情を浮かべられた事で、見せられた事で、数瞬前まで勝利を確信していた少女の中で不快感が、腹立たしさが一気に湧き上がり、それ等は身勝手な怒りへと変わる。それは許さない、許されないと、笑みの消えた顔で睨み付ける。

 

「…ほん、っとうに…不愉快な女神ですわねぇ!それならお望み通り、この女を信じたままお終いにして差し上げますわッ!」

 

 この時もう、少女の中にイリゼを弄ぼうという気持ちはなかった。玩具の癖に自分を苛つかせるなら捨てるだけ、ズタボロにして分からせるだけ。そんな感情剥き出しの思考で、イリゼの首を締め上げようとした。その指示を既に出していた。そして次の瞬間には触手がイリゼの首へ巻き付き、その首を一瞬でへし折る……

 

 

 

 

……そう、少女は思っていた。今度こそ本当に、と確信していた。だがその時、その瞬間──イリゼの身体を、眩いばかりの光が包む。

 

「な……っ!?」

 

 予想だにしない光を前に、反射的に少女は目を瞑る。一体何事か、何が起きたのか…目を瞑った状態で当然の疑問を抱いた少女は、光が収まると同時に目を開ける。そうして、目を開いた少女が見たのは……

 

「──あぁ、その通りだ。これで、もう…終いだ」

 

 混じり気のない、純然たる白の髪。光を思わせる黄の瞳。威風を全身に纏った姿。……それは、正しく女神のものだった。女神オリジンハート…現れる筈のない存在が、されど確かにそこにいた。

 

「は、ぁ…?…何故…どうして……」

「さて、な。私の力を封じる指輪が誤作動を起こしたのか、貴様が知らず知らずの内に触手で壊してしまったのか…或いは、封じる力を超える思いが、シェアが私に届いたのか。何れにせよ、もう私を縛るものはない。こんなものは……通用しない」

「……ッ!」

 

 堂々たる声と共に、イリゼは自身を今も締め上げんとする触手を引き千切る。得物を使う事もなく、あっさりとその拘束を振り解く。そして一歩、触手によって引き離された分の距離をイリゼは詰め…無意識の内に、少女は後退っていた。逃げるように、足が下がり…それに気付いた瞬間、彼女の感情は爆発する。

 

「ふ…ふざけるなぁッ!そんなっ、こんな…馬鹿な事があって堪るかぁぁぁぁッ!」

 

 怒り、困惑、焦り、動揺。ほんの少し前までやはり自分の思い通りになると思っていたのに、今や信じられない状況になっている。その状況を前に、自分は怯えてしまっている。…それが認められず、受け入れられず、少女は普段の態度を忘れてイリゼに吠えていた。アキの身体から抜け出て、イリゼへ向けて突っ込んだ。

 当然、幽霊の少女が狙っているのはイリゼの身体の乗っ取り。如何に女神であろうと、その身の支配権を奪ってしまえば今度こそ自分の勝利は確定になる…ただそれだけを考えて、少女はイリゼへ突進した。そうしてそのまま肉薄し…狙い通り、少女はイリゼの内側へと入り込む。

 

(あははははっ、女神の姿になれたからって油断しちゃって!でも女神だろうとなんだろうと、乗っ取って操っちゃえばぜーんぶわたくしの思い通り──)

 

 体内ではなく、その存在の内側へ潜り込んだ少女は、心の中で笑い声を上げながらイリゼの体を乗っ取りにかかる。こうなるとイリゼの顔を見られなくなるのは残念だが、もうこの際気にしない。むしろ女神の身体を乗っ取れたと思えば、ここまでの不愉快な気持ちにさせられてきた分も釣り合いが取れると、少女はイリゼの身体を支配し、その身体で大笑いをする……筈、だった。

 

「…こんなものか」

「……え?」

 

 冷めた、イリゼの声。笑いには程遠い…少女へと向けた言葉。…イリゼの身体は、支配されていなかった。少女の乗っ取りも、干渉も受ける事なく…イリゼはイリゼのままだった。

 その事実を前に、茫然とする少女。一体何が起きたかといえば、少女の乗っ取り能力…幽霊として得た、霊体だからこその力が、『思い』という精神に起因し、それがシェアに、シェアエナジーという力になる事で形作られている『女神』に対しては、ある種近しい力であるが為に通用しなかった…早い話が、本来の力を発揮する女神と少女では格が違ったというだけの事なのだが、それを少女が知る由などない。

 しかしそれでも、これまでの少女は思考の片隅でイリゼという女神を警戒し、念の為物理的な感触に留めていた。乗っ取りは試さずにいた…のだが、すっかり頭に血が登っていた少女はそれを忘れていたが為に、いよいよ本当に追い詰められる。

 

「う、嘘だ…こんな、事って……」

「…今すぐ立ち去り、二度と人に害を為すな。であれは今は見逃してやる。だかもし、再び人に害をもたらした時は──」

「……ッ!〜〜〜〜っっ!」

 

 怒りと、屈辱と、不愉快さと……そして恐怖。混沌と化した感情の中で、幽霊の少女は声にならない叫びを上げ…イリゼの前から、逃げ出した。敵わないと、分かっているから。分からされてしまったから。

 イリゼは追わない。ただ鋭い視線を少女の背へと向け…その眼光からも逃げ出した少女が止まったのは、それからかなりの距離を移動してからの事だった。

 

「許さない…絶対に許さない…!この屈辱、必ずや晴らして……」

 

 やはりと言うべきか、少女に自らの行いを改めようという思考はなく、廊下で浮遊しながら湧き立つ恨みを募らせる。一先ず今は逃げるにしても、絶対にこのままでは終わらせない。絶対イリゼに今自分が受けた以上の屈辱を味わわせてやると強く強く思いながら、少女は施設から出ようとし……

 

「──え?」

 

 その時だった。施設内を巡回していたロボットに見つかり、そのままロボットが持っていた対幽霊用レーザーを照射されてしまったのは。

 それは、完全に死角からの攻撃。恨みで頭が一杯になっていた…結果周囲への警戒がおざなりになっていたからこそ、レーザーを当てられるまで全く以って気付かなかった致命的失態。レーザー照射を浴びてしまった彼女は、一溜まりもなく……こうして身勝手に、勝手気ままに振る舞い続けていた幽霊の少女は、あっさりと…本当にあっさりと、消滅させられてしまうのだった。

 この消滅が、本当にただ消されてしまったのか、それとも幽霊として成仏出来たのかは……分からない。

 

 

*

 

 

 逃げ出した幽霊の少女が恨み節を呟いていた頃、それから消滅させられていた頃、イリゼはアキを介抱していた。

 とはいえ、イリゼの医療の知識は素人に毛が生えた程度しかなく、そもそも幽霊に身体を乗っ取られた後の対処法など知る筈もない。そんなイリゼに出来るのは、アキを安静な状態にする事、声を掛け続ける事しかなく……呼び掛け続けた甲斐あってか、アキの瞼がぴくりと揺れる。数拍の間を置いて、ゆっくりと目を覚ます。

 

「……っ、ぅ…?」

「良かった…目が覚めたんだね、アキ」

 

 意識を取り戻したアキを見て、イリゼは安堵の声を漏らす。一方アキは、起き上がりつつもイリゼの顔を見て暫くぼんやりとしていたが、意識がはっきりしていくと共に何があったのかを思い出していったのか、ふっと表情が引き締まる。

 

「…ぁ…そ、そうだ…!あの、幽霊は……」

「…あの幽霊なら、逃げていったよ」

「逃げた…?…って、その姿は……」

 

 イリゼの返答でぽかんとしたアキは、そこでイリゼの姿に…女神化している事に気付き、目を見開く。すぐにその視線はイリゼの手、指へと向かうが、彼女の記憶通り、そこには女神の力を封じる指輪がある。にも関わらず、イリゼが女神化している事で更に驚き…しかし同時に、アキは興奮も抱いていた。

 

「す、凄い…封じられてる筈なのに、女神の姿になれるなんて…!やっぱり、イリゼちゃんは凄い……!」

「ふふ、ありがとうアキ。だけどこれは、私だけの力じゃない。私の思いと、私を信じてくれる皆の思いと……それからアキの思いがあったからこそ、封印を打ち破る事が出来た。…私は、そう思ってる」

 

 柔らかな笑みを浮かべたイリゼは、それからアキを見つめ、言葉を返す。イリゼにとっての純粋な…心からの、思いを伝える。

 そのイリゼには、女神オリジンハートらしい、堂々たる威風があった。正しくそれは、嘗てアキを助けた、アキの記憶と心に鮮烈な思い出として今も焼き付いているあの時の女神そのものであり…知らず知らずの内に、アキの口元にも笑みが溢れる。

 

「…うん、やっぱり…やっぱりそうだ」

「…アキ?」

「やっぱり、私の想いは間違っていなかった。やっぱりイリゼちゃんは、人の…誰かの為を思って、一生懸命に助けようとする女神様で…だから私は、好きになったの」

 

 それは、まるで…否、正しく告白。自分の気持ちに向き合い、確かめ…その上でやはりそうなのだと確信を得た、穏やかな言葉。そこにはもう、これまでのアキの様な、ある種自分でも制御出来ていない感情の昂りなどなく……彼女の告白は、更に続く。

 

「…だけど、私のした事は間違いだった。あの幽霊に体を乗っ取られて…自由を奪われて、やっと自分のしてきた事が、どれだけ酷い事なのか分かった。こんな事をする人が、好かれる訳ないって理解出来た。だから──ごめんなさい、イリゼ様。私は自分のした事の、罰を受けたいと思います」

 

 深く頭を下げた、アキの謝罪。それからアキはイリゼの手に触れ、指輪を外す。アキ自身が外す事で、指輪の機能を作動させる事なく、本当にその効力から解放する。

 そしてそれは、この施設からの…監禁からの解放も意味していた。イリゼを縛るものがなくなった今、アキにその行動を制限する力などなく…同時にそれは、どんな裁きも受け入れるという意思表示でもあった。

 

「…アキ、貴女のした事は重いよ。アキの行いを、アキを、絶対に許すべきじゃないと考える人もいると思う。私もアキの行いに、同情の余地は微塵もないと思ってる」

「…はい」

「……だけどね、アキ。私は、やり直す事の出来ない人間なんていないと思う。どんな人も、自らを悔い改めて、改心する事が出来ると…変われると、信じている。だって私は、女神だから。私の中には、私を想ってくれるアキの心も…シェアもあって、それが私を私でいさせてくれているんだから」

「……っ…」

 

 言い切ると共に、イリゼはアキの肩に手を置く。その言葉に、触れた手に、アキは肩を震わせ…ぽつりと一筋の涙が落ちた。涙は次々と溢れ出し、アキは嗚咽を上げてその頬を濡らした。

 自身の罪の重さを改めて感じたのか、イリゼとの時が終わってしまうからなのか、或いは罪深い自分をまだイリゼは拒絶せずにいてくれるからなのか…その涙の理由を、イリゼは訊かない。ただ静かに、アキの涙が止まるまで待ち…落ち着いたアキを連れて、そのアキに案内される形で、イリゼは施設の中を出た。漸くイリゼは、この悪夢の様な牢獄から解放され…アキと共に、神生オデッセフィアの街へと向かう。アキを抱えて、空を行き……どこか憑き物が取れたような面持ちのアキへと、静かに言う。

 

「アキ。いつになるかは分からないけど…罪を償った先で、また会えたら……今度はちゃんと、友達になろう」

「…いいん…ですか……?」

「勿論。…アキが、嫌じゃなければだけどね」

「……っ!嫌じゃない…嫌じゃないよ、イリゼちゃん…!」

 

 そうして、アキという少女によるイリゼの拉致監禁事件は幕を閉じた。アキの言った通り、施設の中と外では時間の流れが違い、神生オデッセフィアではまだ世間に知られる程の大騒動にはなっていなかった。その事にイリゼは安堵し、自身を心配してくれていた家族や友人に謝罪と感謝を伝え……イリゼは、女神としての日常に戻っていく。自身を想うがあまり、道を踏み外してしまった少女が、再び歩み出す日を信じながら。

 

 

*

 

 

 ぼうっとした思考の中で、瞼を震わせ目を開ける。自身のベットの上で、自らの部屋で……イリゼは、目を覚ます。

 

「ふぁ、ぁ…。…なんか…すっごい、長い夢を見ていた気がする……」

 

 欠伸と共に、イリゼは身体を起こす。随分と長い事寝ていたような…その中でずっと夢を見ていたような感覚を抱きながら、ベットから降り身支度を行う。

 イリゼは、朧げながら夢の内容を覚えていた。災難続きで、苦難と苦痛の連続で、実際に体験したいかと言われれば断じて否と言うような…しかし、綺麗さっぱり忘れてしまいたいとも思わないような、並々ならぬ夢を。しかしどんな内容であろうと、夢は夢。イリゼは深く考えず、準備を整え部屋を出る。

 

(さて、と…今日は面接があるんだったかな。独特な経歴を持ってて、得意分野の業界ではそれなりに知名度もあるって話だったけど……)

 

 慣れた手付きで朝食の準備を進めながら、イリゼは今日の予定を頭の中で確認する。その内の一つ、職員の面接を行うに当たって事前に目を通しておいた履歴書や各種情報についてを、頭の中で思い出していく。

 そうしていつも通り、家族と朝食を取った後に、イリゼは仕事へと向かう。昨日の仕事の続きを行い、職員の報告や提出書類を確かめ、休憩も挟みながら仕事に勤しみ…面接の時間が近くなったところで、イリゼは面接用にセットされた会議室へ。

 

「……うん?…そういえば、名前って……」

 

 面接する人物が教会に来た、という連絡を受けたところで、念の為、ともう一度履歴書を見るイリゼ。流し見程度のつもりだったイリゼだが、その人物の名前を見た瞬間にふと止まり……いや、まさかね…と肩を竦める。そこに書かれていたのは、今イリゼの頭の中で良くも悪くも深ーく残っている名前だったのだが、偶然だろうと頭を振る。

 室内ではイリゼを含めた数人が待つ中、会議室の扉がノックされる。入るよう指示を出せば、緊張からか若干上擦った「失礼します」という声と共に、ゆっくりと扉が開かれる。そして入室した人物は、椅子の隣まで移動し……言う。

 

「──わ、私はアキと申します。本日は、よ…宜しく、お願いしますっ!」

 

 深々と…礼儀正しいというよりも、本当にこういった場面に慣れていない事が伺える所作で頭を下げた一人の少女。夢の中で出会った女性とそっくりな容姿をした、朧気な夢でもはっきりと覚えている彼女と酷似する声をした、酷い内容だったが最後は前向きに捉える事の出来る結末を迎えたあの夢の登場人物と同じ名前をした……何よりも今、ここにいるアキ。

 

(…この、子は……)

 

 思わず数秒程目を見開いていたイリゼだったが、我に返り、平静を装って面接を開始する。まずは決まった通りの質問を行い、アキの話を聞き、その後はその場で抱いた問いや、掘り下げたいと思った話を職員達と共に振っていく。その問いに一つ一つ、アキは一生懸命に答えていく。話す中で、聞く中で、少しずつ目の前の彼女の事を知っていく。

 

「……ふふ」

「へっ…?…あ、あ、あの……」

「あぁいや、今のは気にしないで。…じゃあ、次の質問だけど……」

 

 夢の中で、アキという少女は常識外れの…それこそ夢の話でもしているような、規格外の技術力を有していた。対して今ここにいるアキは、彼女も彼女でかなり優秀な人物の様だが、夢の中のアキには劣っている。雰囲気も態度も、普通の少女の範疇に留まっている。

 これは一体、どういう事か。偶然か、必然か。その答えを、イリゼは知らない。だが、それでも……

 

(…『アキ』にもちゃんと、胸を張れる…誇れる未来がある。その道のどこかでまた、巡り合う事が出来る。きっと…そうだよね)

 

 今、イリゼの心の中にあったもの。それは……晴れやかな、真っ直ぐ前向きな思いだった。

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んっ…んぅ、ぅ…ふぁ……」

 

「…………」

 

 

 

 

「……え、あ、夢!?夢オチだと思ったら、現実でもこんな事が…っていう夢だったパターン!?夢から覚めたという体でまだ夢の中だったって事!?…いや、まぁ…そういう事ならそういう事でいいけど、それはややこしいって…。…でも…ここまで印象深い人が夢の中で出てきたって事は、案外どこかに…或いはいつかの時代に、モチーフになった人が本当にいたりして…ね」

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