灰色のひめしずか 作:かわいそうなのでも抜ける猫
ボコブリンスレイヤー。
――――誰かの声が聞こえたような気がした。
儚げで、透き通った声。触れたら壊れてしまいそうなくらいに澄んだ、綺麗な声。
ただ、それを思い出そうとすると、頭に割れるような痛みを感じる。
唇が、なんだか燃えるように感じる。
それでもそれは、空っぽの自分に、熱を注いでくれるような。無根拠だけど、どこかそんな感じがした。
会ったことがないのに、会ったことがあるはず人。
そんな人を探し求めて、ただ毎日をもがいてる。
今の自分を表すなら、そんな言葉が最もそれらしいのだろう。
△▼△
ハイラル南東に位置するのどかな村、ハテノ村。
大厄災から約百年が経った。城が陥落するほどの事態となったというのに、突如その魔の手を収めた厄災の存在を、地方の人々は忘れ始めた頃だった。
この村は、今日も平和な日常を描いている。
そんな田舎の通りを歩く、若い旅人が一人。
「うーん……羊泥棒?」
村の立て看板に書かれた文字を見つめては、その細い首を軽く傾げるその少女。
柔らかな水色に染まった髪を、少しばかり右にずらして一つにまとめている。若干煌びやかな、良く言えば物好きな旅人らしい奇抜な衣装に身を包んだ少女は、ぷるりとした唇を指で撫でながら、刻まれた文字を凝視する。
「……魔物に羊が盗まれた? 放牧をしていた羊飼いの少女も行方不明? 求む、勇敢な冒険者……!」
その文言を前に、彼女は顔をぱぁっと輝かせた。
勇敢な冒険者。そんな響きに、彼女は酔いしれる。嬉しそうにタップを刻んで、背中の碧い杖をしゃららと鳴らした。
「はーい! 初心者ですけど、勇敢な冒険者ですっ! 依頼主は……トコユさん! 牧場? 牧場ってどこー!?」
「やぁそこの旅の人、牧場ですかな? 牧場なら、あの丘の上にありまして。よろしければ、私が案内――――」
「丘の上ですねっ、有り難うございます! ラナ、いっきまーす!」
案内しようと名乗り出た防具屋の主、ソテツも振り払い、少女――ラナは一目散に走り出す。その猛烈な勢いに、恰幅のよい彼の腹の肉が流線を描いた。
「……嵐のような人だなぁ」
案内の申し出もスルーされ、彼は困ったように頬を掻く。
虚しそうに、腹の膨らみが鳴いていた。
「――――トコユさんっ! トコユさんはどこですか!」
ずざーっ、なんて音を立てながら、ラナは牧場へと滑り込む。
そのあまりにも奇抜な格好と奇怪な動作を前に、畑のフォークで黙々と作業をしていた少女――トコユは、ぎょっと目を見開いた。
「えっ……だ、誰だ……?」
「私、ラナと申します! 勇敢な冒険者です! あなたのお悩み、解決しに参りました!」
「お、おぉ……もしかして、あの看板を読んでくれたのか?」
「はい! それはもう、ばっちりと。羊泥棒と、羊飼いさんの捜索! 任してください!」
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいが……君は……」
「むっ……私が女だからって、もしや
トコユはラナの姿を見つめ、困ったように眉を曲げる。その様子を前にして、ラナは不満そうに頬を膨らませた。
だが、こほんと一息をついて。改めるように、咳き込んで。
彼女はその白いスカートを揺らしながら、背中の杖へと手に取った。冷気を纏ったような、その不思議な杖へと。
「私、魔法の心得があるんです。これはアイスロッド。どんな相手も氷漬けにしちゃう優れもの! こう見えても、私結構強いんだよ!」
そう言いながら大気の温度を調節し、細かな霜をラナは降らす。
突然ひんやりとした空気にトコユは少しばかりの寒さを感じつつ、分かった分かったと頷いた。
「……た、確かに魔術? みたいだな……じゃあ、やってくれる……のか?」
「はいっ。頑張りますっ!」
「そ、そうか……じゃあ――――」
折れたように、それでいて少し賭けてみるかのように。
トコユは東の方を指差した。
右手の丘を抜ければ、次第に見えてくる海岸線。その先に、奴らはいると。にっくき魔物たちが、そこで屯っていると。
それを聞いた瞬間、ラナは駆け出した。凄まじい速度で駆け出した。
そんな、嵐のような冒険者の背中を見ながら、トコユはただひたすらに困惑する。
あんな冒険者に任して大丈夫だったのか、なんていう一抹の不安。それを胸にしながらも、ぎゅっと大きなフォークを握り締めるのだった。
「……あれかな……?」
こっそりと、ラナは岩陰から顔を出す。
その海岸線には、木製のやぐらがあった。焚火で肉を囲んで踊っている、魔物たちの姿があった。
「……羊と、羊飼いの女の子は……どこ……?」
音を立てぬよう近付きながら、彼らの様子を窺うけれど。
ボコブリンとモリブリン。魔物が五匹集まっているだけで、羊の姿も、人間の少女の姿も見えなかった。
「……まぁ、あいつらを蹴散らせてからゆっくり探せばいいや」
そう、彼女は覚悟を決めて。
背中の杖を、ぎゅっと握って。
勢いよく、岩の上に仁王立った。同時に大きく息を吸って、彼らに向けて宣戦布告を告げる。
「魔物たちよ! これから白き魔女……と呼ばれる予定の、このラナが!! お前たちを成敗してやる! 覚悟しなさいよねっ!」
まさに正々堂々と? いや、愚かしく。
魔物たちはそれに気付き、のそのそと駆け出した。各々の武器を手に取って、突然現れた白い少女に向けて襲い掛かる。新たな獲物が来た、とでも言わんばかりに、醜悪な涎を撒き散らしながら。
振りかざされる棍棒に、跳びかかる亜人の影。
そんな恐ろしい存在に向けて、少女はその氷結の塊を解き放った。
「やあっ!!」
大気が解けて冷水に変わり、それが紺碧の渦へと変貌する。
一瞬で冷やされたその吹雪を受けて、先陣を切ったボコブリンは一瞬で氷結。跳び上がったままに地面へと直撃し、破片となって飛び散った。
いきなり、同胞が死んだ。その事実に、他の魔物はぎりっと歯を食いしばらせる。
いきなり、一匹仕留めれた。その事実に、ラナは嬉しそうに口角を歪ませた。
「やっぱり、私はやれる! なんたって、魔女の娘だもん! お母さんの娘なんだから!」
調子づいた彼女は、白いボコブリンに向けて駆け出した。
そのまま、紫色の模様の浮いたそれに向けて、ぎゅっと杖に力を込める。
――ラナ。あなたは本当にできる子よ。いつか、私みたいな立派な魔女になるわ。
――経験を多く積むのもいいけれど、引き際を見誤らないこと。ちゃんと、相手は選ぶのよ。
いつか聞いた母の言葉。
このハイラルのどこかに住まう魔女、シアの言葉が、彼女の中で反響した。
「このまま、無双してやるわっ!」
大丈夫。私はやれる。
お母さんに言われた通り、立派な魔女になるんだ。
だから、こんな奴ら、軽々と蹴散らしてやる。
そう意気込んで、声を張ろうとした瞬間だった。
――――彼女の腹が、勢いよく殴り付けられる。
「……っかはっ……っ!?」
振り切られた拳と共に、跳ね上がる少女の姿。
殴打の衝撃によって、彼女の柔らかい腹は窪みのような円を描いた。理解が追い付かず、痛みよりも息のできない感覚に彼女はまず驚いて。次いで、大柄なモリブリンに弾き飛ばされることで、自分は自分が殴られていることにようやく気付いた。
そのまま彼女が転がったのは、彼らの拠点であるやぐらの上。板を軋ませながらごろごろと転がって、喉に詰まった息を一度に吐いた。
「はぁっ、はぁっ……っ……!?」
自分でも、何がどうなっているのかよく分からなかい。分からないまま、ただジンジンと痛み出すお腹の感覚に、弾かれた頬の鋭い痛みに、瞳をうっすら潤わせる。
何が、何がどうなって――――。
そう考え付く前に。、理解し切る、その前に。
不意に、嫌な臭いが彼女を穿った。荒い呼吸に紛れ込んで、まるで軟体生物のぬめりのような、鼻に纏わりつく嫌な臭いが彼女の鼻に入り込む。
「……あ……」
やぐらに置かれた、彼らの荷物。木箱や宝箱やらが散乱している中に、それはいた。
ボロボロになった少女が、そこにいた。
もはや涙を枯らし切ったのか。充血させた瞳は焦点が合わず、色を失ったように見開かれている。
涎が垂れて、舌まで零れて。随意的に体を動かせないのがよく分かるその表情で、彼女はうつ伏せのまま倒れ込んでいた。牧場の娘らしい、栗色の長い髪は乱れに乱れ、彼女の白い艶肌へと絡まっている。
全裸。全裸だ。
服も靴も、全て剥ぎ取られて。まるで動物のように剥かれたままに、彼女は一体どうなったのか。
まだ未熟な秘部と、小さな肛門に。
激しい出血の痕がある。赤く染まって、裂けたような傷が走っていて。
それらを覆い隠すように、白濁した液体が詰め込まれていた。まるでゼリーのようなそれが、彼女の全身に塗りたくられていた。
「あっ……あぁぁ……」
ラナは、少女のあまりの惨状に、思わず身を起こした。
自分の痛みも忘れ、憐れな少女の元に駆け寄る。駆け寄って、その手を握るけれど、向こうから握り返されることはない。ただ無気力に、動こうとしなかった。
仄かな温かみが、死体であることの否定となっていることに安堵する一方で、あまりの仕打ちに少女は思わず涙を溢す。
「こんな……酷いっ、酷いよ……あんまりだよ……っ」
栗色の髪を撫でて、少女を抱きかかえようとして。
それを、武骨な手が遮った。背後から彼女に覆い被さる魔物の手によって、それは妨げられた。
「あっ……!?」
そのまま、ラナは床に叩き付けられる。
強く背を打って痛みに悶えるも束の間。羽交い絞めにされ、嗜虐的な様子で舌なめずりする魔物を前に、彼女は歯を打ち鳴らすしかなかった。
「きゃあっ!」
掴みかけられた手によって、彼女の服は引き裂かれる。
唐突に、青天の下で服を丸ごと剥がされて。少女はただ、ただ叫んだ。
「いやっ、いやぁ! やめてっ、やめてよ!」
下着も取られて露わになった、彼女の艶めかしい花弁を。
モリブリンはほぐすこともせず、ただ自らの獲物を突き刺していく。太く長く逞しいそれで、少女の花を奥まで貫いた。
「あぁっ……っっ……!」
全身を用いた抵抗も虚しく、数匹のボコブリンらによって抑えつけられた彼女は泣く泣く挿入を許す。
手足を抑えつけられ、その柔肌に舌を這わされて。露わになった控えめな胸の膨らみに、熱いぬめりが襲い掛かる感覚。それに、彼女は思わず身じろぎした。
「うそっ……私……っ、今魔物に……っ!」
小さな果実。されど、ない訳ではない。
固い胸板の上にそっと芽吹いた柔らかさ。軽く掌に収まり切ってしまうほどに小振りなそれを、ボコブリンは荒く掴んだ。あまりの握力に胸の周りの肉まで引き寄せられ、ただただ不快な痛みを彼女の刻んでいく。
その一方で激しく腰を振るモリブリンは。きっと、あの栗色の髪の少女にしたように。ラナを乱雑に犯し、小さな膣内をごりごりと掻き均した。
「ふあっ……うぅ、あっ……んっ……!」
ハイリア人と比べれば、幾分も大きなその肉棒。それに少女は、ただ泣かされて。
その泣き顔を前に亜人たちはけらけらと笑い、各々の一物を彼女に擦り付け始めた。
「やだっ……そんな汚いもの……っ!」
彼女が、そう鳴くと。
モリブリンは、いよいよ辛抱堪らんと言わんばかりに吠える。吠えて、腰の槍をさらに膨らませた。
「いっ……やだやだっ、それだけはやだっ! 許してっ、許して……!」
必死の拒絶の声も、彼らにとってはより興奮させるスパイスにしか成り得ない。
そう言わんが如く、巨人は自らの玉を解放させた。ラナの奥の、そのまた奥へ。自らの子種をばらまいた。
「……あっ……あ……」
腹の底が熱くなる感覚に、少女は儚げな声を上げる。
中に出された。
魔物の子種が、子宮に注がれた。
そんな受け入れがたい現実に、少女は放心する。いつか立派な魔法使いになれる――そんな言葉が、霧のように溶けてしまうような。そんな思いを抱きながら。
だが、魔物たちは彼女を休ませようとはしなかった。
その細い腕を掴み、無理矢理彼女を引き上げて。そうして板の上に座らせながら、各々の肉塊を摺り付ける。
ついさっきまで彼女の中を混ぜ返して、思いのままに吐き出したあの一本は。ずいっと彼女の顔に、白い汚れを無理矢理拭かせるかのように、荒っぽい所作で擦り付けた。その度に彼の睾丸が顔に触れ、ラナは思わず吐き気を催してしまう。
ぶよぶよとした、ラナの顔ほどもある二つの玉。それがまだ出し足りないと、肉棒が反り立たせていって――――。
「……いや、もうやだぁ……誰か助けてっ! 助け――――はがっ……!」
大きく叫ぼうとした彼女の喉を、その矛先が貫いて。
――それと同時に、一筋の鋭い矢が、その矛の持ち主を貫いた。
脳天を深々と射抜く一本の矢。それによってどす黒い血を撒き散らしながら、さかりに満ちた巨人は横転する。ずぼりと、ラナの喉を埋めた一物が抜け落ちた。
身じろぎ一つしない巨体は、そのまま闇に溶けるように消える。灰を被った囲炉裏のように、風に舞う。
「…………」
背後に、無言で弓を構える人影があった。
まるで空のような色に身を包み、黒いフードで顔を隠したその人物は。
――そのフードの奥で、確かな敵意を魔物たちに向けながら。そっと弓を仕舞い、背中の剣を抜き放った。
「……あ……」
フードの奥の、鋭い青い瞳。
ただ虚ろな目でそれを見るラナと、リーダーを失ったことに動揺するボコブリンたち。
蛇に睨まれたかのような感覚だった。突然自らが、狩る側から狩られる側になったことを感じ取らせるような、凄みに満ちたその眼光。
それでも、一匹が。亜人一倍勇気のある彼が、健気に武器を取る。
が、その瞬間だった。
取った腕が、落ちた。
「――――ッ!!」
声にならない、亜人の叫び。
腕を失って、思わず腰を抜かしたボコブリン。一瞬で詰め寄り、自らの腕を斬り落としたそのハイリア人に、彼は――いや、彼らは。ただただ、ひたすらに恐怖した。
一匹、それでも武器を構え直す。両手で持つに相応しいそれを、大振りな動作で振り下ろした。
風を鳴らす、ハイリア人の剣士。
ただ、静かな旋風を舞わせる。ただそれだけで、一体何をされたのかも理解できぬままに、そのボコブリンは細切れになった。腕を落とされた者も、斬撃の狭間に首を飛ばされる。一度に絶たれた二つの命。響き渡る、間の抜けた断末魔。
二つの影は、憐れにも空に溶けた。小さな欠片となって零れ落ち、次第に闇に飲まれていく。
格が違う。
あまりにも別格の強さだと、その様子を見つめていたラナは漠然と思う。
それはボコブリンらも同様のようで、もはや交戦の意思も失ってしまったようだった。踵を返し、何もかも放りだして、ハチに追われるように逃げ始める。
その背中を見ながら、剣士は背中の弓を引く。
さらに流れるような手付きで、矢筒から紅蓮の一矢を取り出して。
放ったそれは、火薬の香りを撒き散らした。そうかと思えば、横一列で逃げる真ん中の亜人に着弾し、一瞬でその身を弾けさせる。左右の個体も巻き込んだ爆破の渦は、彼らを一瞬で灰にした。
「…………」
それでも何かを発することなく、その青年は弓をそっと背に仕舞い。ただ爆風に目元を庇いながら、そっとその腰を屈ませた。
丸めて腰に携えていた毛皮を解いては、うつ伏せで倒れる少女の身を覆う。さらにマント状になったそのフードを外し、ラナの体をそっと遮った。
金の髪と青い瞳。潮風に揺れるその青年の姿に、ラナはただただ見惚れてしまう。
「……助けが遅くて、すまない」
青年はそう口にして、歯痒そうに目を伏せた。
そんな彼を前に、ラナはようやく、自分が助かったことを実感するのだった。
二人の少女が、体はもちろんのこと、心の傷をも癒すのには、それ相応の時間が掛かるだろう。
青年には、それにまで付き添う必要も理由もなかった。
ただ二人をハテノ村まで送り届け、自らの目的のために再び歩き出す。焦がれる思いに駆られるままに。
「あの……あなたの名前は……?」
去り際を引き止めた、ラナのその問いに対して。
「……リンク」
彼――リンクは、陰りに満ちた表情で、そう答えるのだった。