「お父様が、亡くなった…!?」
喫茶店でキルカとライドが共にした日から1週間ほど経った頃。ガウレイユの城内は忙しなくなっていた。
「はい、誠に残念ですが…。」
「貴方ほどの治療師でも駄目だったというのですか!?」
「申し訳ございません。」
専属で就いていた治療師のウルスが深々と頭を下げる。
「キルカ嬢。あまりウルスをいじめないでやってくれ。彼も尽力してくれていたのだ。」
「オルゾフ…そうですわね、ごめんなさい。」
「いえ、お助け出来なかったのは事実ですから。」
「キルカ嬢。王は最期に遺言を遺されました。」
「遺言…?」
オルゾフは懐から自身の手帳を取り出すと読み上げる。
「ガウレイユならびにガウレード全土の執政権を一時的に大臣オルゾフが持つものとする。これは新たにガウレイユの血族に十分な資質を持った成人男性が現れるまでとする。…その他、細かい内容はこちらに。」
そう言うと、オルゾフは1枚の紙をキルカに渡す。
「これは、本当なのですか?」
「本当も何も…ウルスも聞いていただろう?」
「はい。間違いございません。」
(オルゾフはともかく、ウルスはソルアーク大教会から派遣された腕利きの治療師。間違いようは無いですわね…。)
「それでは、私はご葬式の準備等がありますので、失礼いたします。」
「うむ、よろしく頼む。」
「よろしくお願いしますわ。」
「お父上のお顔を見に行かなくてもよろしいのですかな?キルカ嬢。」
「告別式でお別れいたしますわ。わたくし1人のために時間を取らせるようなことは致しません。」
「それはそれは…。そういうことでしたら、王が亡くなってすぐにこのようなことをお話するのは心苦しいですが、早急にお世継ぎの方をご検討願いたいものですな。」
「っ…!」
ほんの一瞬読み取れたオルゾフの表情。それだけでキルカはオルゾフが仇なすものであると感じていた。
(まさか…いや、いくらオルゾフでも…。)
「おっと、私も会議があるのでした。このお話はまた後ほど、ごゆっくりと。」
(オルゾフの狙いはオルフレッドとわたくしの結婚。それは分かっていますけれど、それ以上になにか…。)
自身の父の死と目まぐるしく変わる状況に頭を抱えながら、何もできないキルカは自室に戻るしかないのだった。
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(仮に、オルゾフが父を殺したとして…どんな利益があるのかしら…。2人は決して仲が悪かったわけではないはず。むしろ盟友と言っていいほど。だとすると、そんな盟友を手にかけてまで欲しかったものって一体…。)
同じような思考がぐるぐると繰り返され、気づけば夜になっていた。城の者達もキルカをそっとしておくつもりなのだろうと察しがついていたし、それに甘えてキルカも自室を出る気にはならなかった。
「はあ…。何も分からないですわね…。あの人なら…ライドならどうするかしら。」
最近出会った不思議な冒険者。その実力だけでなく政治面の知識もありげな、キルカが今最も気になる人物の名を呟く。
「呼んだか?」
「えっ!!?ラ、ライド!?」
さも当然と言わんばかりに鍵と防衛魔法のかかった窓の外からライドが入ってくる。
「どうしてここに!?それにそこからは入れないはずなのに…!」
「キルカが呼んだから来ただけだ、と言いたいところだが、俺には俺の情報網があるものでな。助けに来たというわけだ。」
入った方法については答える気が無いらしいことを悟ると、キルカは何とか状況を飲み込む。
「わたくしを助けると?」
「キルカが望むならな。」
「以前にわたくしは冒険者の力は借りないと言いましたのに、何故助けようとするのですか?」
「俺の本業は冒険者ではないのでな。」
「…やはり、そうですのね。大泥棒か何かかしら?」
「欲しいものなら何だろうと手に入れるのが大泥棒なら、そうかもしれんな。」
「食えない方ですわね。」
キルカは少し落ち着いたのかベッドに座り直す。
「それで、どう助けるおつもりなのかしら?」
「助けて欲しいのか?」
「…助けて欲しくない、と言いましたら?」
「残念だが、俺の見当違いだったということになるな。潔く見捨てよう。」
「わたくしが必ず助けを求めると?」
「いや、お前はどんな手を使ってでもこの国を救う覚悟があると思っているだけだ。」
「まるで貴方の手を借りるのが正道に反するかのようですわね。」
「このまま闇の中へ落ちていくか、それとも闇をもって闇を制すか。
今までは特異なところのある程度の認識だった冒険者が、今は異様な存在にキルカは感じていた。底知れない危険人物であると直感するほどに。そんなキルカに片手を差し出すライドを見ながら思案する。
(しかし、ライドの言う通り、今のわたくしはかなり危うい状況にありますわね…。まさしく
政治の世界ではただ1つの判断、発言が命取りに成り得る。それは重々承知していたし、幾度となく乗り越えてきた父を見てきたのだ。故にキルカは己の今までの経験からくる直感を信じた。
「その手、取らせていただきますわ。」
差し出された手を握り、キルカは立ち上がった。
「では、まずは俺が泊まっている宿まで案内しよう。」
「窓から出るんですの?」
「入口はここだったからな。なに、誰にも見つからん。」
わざとらしくライドは笑い、キルカを抱えて窓から飛び降りた。
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あっさりと城を脱出し、誰にも気づかれずに移動するライドの魔法に感心しているうちに、宿まで辿り着く。キルカのことを知らない民などほとんどいないはずで、いつもはハッキリと一瞥するのに、知らない冒険者を見かけた目でしかなかった。
「あんな魔法が使えるんですのね。」
「朝飯前だ。リース。」
「はい、こちらに。」
宿の部屋に入るとテーブルの席に着き、綺麗な女性が何かを持ってくる。
(仲間がいたのかしら…?いえ、仲間というよりは上下関係…?)
「リースさんとおっしゃるのですか?わたくしはキルカ。お初にお目にかかりますわ。よろしくお願いしますわね。」
「リースです。ところで、自己紹介は済ませたのですか?」
「いや、まだだ。まずは俺の本業から話すとしよう。ふむ、どこから話すべきか…。」
「闇をもって闇を制すと仰っていましたわね。」
「どんな前置きをしているんですか…。」
やや呆れ気味にリースが肩を落とす。まるで困った子供の面倒を見る母親のようでもあり、余計にキルカを困惑させていた。
「まあ勿体をつけても仕方がない。簡単に言うと俺は魔王だ。」
「……はい?随分唐突な冗談ですわね。貴方がそういうことを言うとは思っていなかったですわ。」
「簡単に言いすぎですライド様…。魔王ライドの名、流石に知らないことは無いと思いますが。」
魔王ライド。とてつもなく強大な巨悪であり、380年前に倒された存在。瞬時に掘り起こされた知識は、しかし目の前の人間にはどうも結び付かなかった。
「勿論、魔王ライドは知っていますわ。しかし、にわかには信じがたいですわね。今からでも冗談だったと言われた方がマシですわよ。」
「冗談でも嘘でもない。数ヵ月前に俺の側近であるリースに呼び戻されてな。身体は人間のものになってしまったが、大きな支障はない。」
そう言うとライドは近くの装飾物に軽く手をかざし、魔力を放って跡形もなく消滅させてしまう。
「まあ、この程度の事は魔王でなくても出来るが……しかし魔王であることの証明とは難しいものだな。」
「そうですね。ダンジョンの中にいるわけでもないですから。」
「…仮に貴方が魔王だとして、どうしてわたくしを助けるのですか?益々理解できませんわね。魔王は人の世界を破壊してこそだと…。」
「確かに昔は手荒な真似も数えきれんほどしたし、これからもすることはあるだろう。だが、俺とてしたくてしていた訳ではないとも言っておこう。破壊するより支配するほうが益も多いからな。」
「つまりガウレイユ、ひいてはガウレード全土を支配するつもりなのかしら?」
「誤解の無いように言っておくが、この国はキルカのものになってもらう。そのキルカを手にするのが俺ということだ。」
「今回キルカさんを助ける条件はキルカさん自身ということです。そして成功した暁にはもう1つ我々に協力すること。これで以上です。」
リースが補足する形で、助ける条件がキルカに提示される。その身を差し出す事と何かしらの協力をさせられること。相手が魔王であるなら、国を取り戻したとして果たして無事に済むかどうか分かったものではない話である。
「魔王に協力しろというのですか?」
「断るなら別の手を使うだけだ。キルカを助けるのはその方が手っ取り早く楽であるからに過ぎん。」
(この男が本当に魔王なら、目的を手段によって躊躇うことなどないはずですわね…。最初からわたくしに選択肢など無い。確実な終わりを待つか、この男という闇の手を取るか。)
「魔王というだけはありますわね。わたくしには救いの手を受け入れるしか選択肢は無いということですか。」
「諦めない限りはな。」
「そんなことはしないと、分かっていますでしょう。」
キルカはそう言いながらやや自嘲気味に小さく笑う。これもまた
「それで、どうやってこの状況を打開するつもりなのかしら?先ほどリースさんが持ってきたコレが関係あるのですか?」
「はい。そこを押してみてください。」
「これかしら…。」
キルカが装置を起動するとオルゾフとウルスが投影される。
『首尾はどうかな?』
『問題ありませんよ。良い薬でしょう?』
『ああ、順調すぎるぐらいだ。少しずつ体力を奪い、死に至らしめる毒薬。長い時間をかけた甲斐があったよ。』
『残りの報酬も頂けますか?』
『勿論だとも。流石は葬送のウルスと言ったところかな。』
それは短くもキルカに衝撃や怒り、悲しみ、情けなさ、様々な感情を与える内容だった。嫌な想像がそれ以上の現実となって突きつけられていた。
「これが私達の掴んでいる彼らの悪事の証拠です。他にも同様なものを数点用意しています。いかがですか?」
淡々と聞くリースにキルカは思わず掴みかかろうとする身体を何とか抑え込む。分かっていながらどうして父を助けなかったのか。そんなのは当然自分との交渉材料にするためだと頭では分かっていた。
「キルカさんの気持ちが全て理解できるとは言いませんが、2度とこのような事が起きない国を作るのが貴方のお父上への弔いになるのではないでしょうか。」
今度は少しだけ同情か憐れみか、少しだけ感情の入った声でリースが語りかける。
(父……父は立派な為政者だった。民を第一に考え、時に厳しくも正しき道を進もうとする人だった。場合によっては自分が傷つくことも厭わなかった。だから皆がついてきていた。今度は…わたくしの番ですわ。)
「すぐに結論を出せとは言わんが、あまり時間をかけすぎないほうがいいぞ。時が経つほど不利になっていくだけだからな。」
「いえ、もう決めましたわ。」
「ほう?」
「貴方の手を取ることに致します。魔王ライド。」
「そこまで早く決断するとは思っていなかったが…いい決断だ。リース、準備を頼むぞ。」
「お任せください。キルカさん、最高の舞台を用意しておきます。」
リースはニヤリと笑いながらそう言って装置を回収すると部屋を出ていく。
「随分あっさりとしていますわね。」
「人間と魔王の間で契約書など交わしても意味は無いだろう。信用するかどうか、ただそれだけだ。それに今回の場合はこちら側が上なのでな。反故にされる心配はしていない。」
「相手が魔王では何をされるか分かったものではないですものね。それにしても、魔王だというならいろいろと聞いてみたいですわね。」
「答えられることなら構わんぞ。ベッドで聞いてやる。」
「早速、というわけですか。魔王は節操ありませんのね。」
「対価は得られるうちに手を出すものだ。」
キルカの手を取ってベッドの前まで連れ歩くと、手前でキルカが立ち止まる。ライドがキルカを見るとその足は僅かに震えていた。
「怖気づいたか?」
「…先にシャワーを借りてもよろしいかしら。少しぐらい、心を決める時間を頂いてもよろしいでしょう?」
「そうだな。真面目で腕っぷしのきく王女ともなればこういう経験は無いか。」
「貴方、意地悪だと言われることが多いのではないですか?」
「魔王が意地悪なのは当然だろう。シャワーは向こうだ。」
「でも、ある意味紳士かもしれませんわね。こうして淑女の願いを聞くぐらいには。」
「大事な客人でもあるからな。普通よりは丁重に扱うとも。」
「そうですか。では、お言葉に甘えて少しお時間を頂きますわ。」
脱衣場に着くと少しずつ服を脱いでいき、下着姿で自身の手を見つめる。どの道を選ぼうとキルカが清い身ではなくなるのは確実だとしても、はいそうですかと簡単に受け入れられるものではない。
(でも、彼らよりもライドのほうがずっとマシに思えますわね…。ライドは人間の敵である魔王だというのに、可笑しな話ですわ。)
少なくともライドの方は何か害をなしたわけではない。魔王がいなかったとしても今の状況は起きていたし、今の選択肢も無かったのは間違いない。
(結局、魔王も人間も関係ない。どんな意志を持って行動しているか。今何をしようとしているのか。それが一番重要なことでしたわね。)
下着も脱いで一糸纏わぬ姿になると風呂場に入り、立ったままシャワーに手をかける。
シャアアアアァァ…
(今倒すべき敵はハッキリしている。そのために必要なら魔王にだってこの身を捧げる。それが正しい事かは神様でもないと…いえ、神様なら絶対にダメと仰るでしょうね。でも、わたくしは確実な方法を選びますわ。)
「んっ…」
自身の身体を手でなぞるように撫で、備え付けの等身大の鏡に映る全身を見つめる。非の打ち所がない美しいプロポーションであり、いつか契りを結ぶ殿方を満足させられるようにと手入れをされてきていた。キルカ自身はそういう考えは好きではなかったが、もし恋をして結ばれるようなことがあれば、喜ばせられたら嬉しいことに違いはない。
(まさかその初めてが魔王になるなんて、誰も思わなかったでしょうね。…いえ、まだ本当に魔王だと分かったわけではなかったでしたわね。)
そうは考えを及ばせつつも、十中八九そうだとキルカは直感していた。およそ人間とは思えない得体の知れなさがあったし、オーラのようなものを感じていたのだ。
(まあ、ライドが魔王でなかったとしても、その力は本物。なら、やる事は変わりませんわね。)
「ふうぅ…」
シャワーを止めて鏡に手をつき、深く息を吐く。もはや退路は無く、やる事は決まっている。必要なのは前へ踏み出す勇気だけだ。
(今までありがとう。)
キルカは風呂場のドアに手をかけ、部屋へと戻っていった。
Hな部分は後日、23話として書く予定です