俺たちが学園に着いたのは、ちょうど午前最後の授業が終わった頃だった。
学園の中心に広がる中庭には、外で昼食をとろうとする学生達でごった返していた。
春真っ只中なこともあり、昼食をとるには最適な気温と言えるだろう。
俺たちはそんな光景を横目で見やりながら、中庭の端を並んで歩く。
「ナツキは……これだけ人がいちゃ探しようがないな」
「まずは教室に行ってみようよ。もしかしたらいるかも」
「だな」
そのまま中庭を突っ切って、1年の学生棟へと向かう。
サヨリは先生たちに事情を説明する役に回ってくれた。
俺は、しらみ潰しに1年の学生棟を捜し回る。
そして、ある一室に目が留まる。
中には生徒は殆ど居なかったが、教室の端に一人。
単調なデザインのノートに、何かを書いているナツキの姿があった。
俺たちは、その姿を教室のドアの隙間から覗き見ている。
まだ、昼休みは始まって10分くらいだ。
昼食を摂っていてもおかしくないはずだが……。
「彼女、昼食は持ってきてないわよ。お昼ご飯を買うお金もね」
突如、後ろから声をかけられて俺は飛び上がる。
声の主はモニカだった。
「モニカ……!? なんでここに?」
「あら、ここは学園よ。私がいる事がおかしいの?」
「いや……おかしい訳じゃなくて……」
しどろもどろした態度を見せると、モニカは悪戯っぽくはにかむ。
「ふふっ、冗談よ。たまたま音楽室へ寄ろうとして、あなた達の姿を見かけたものだから、声をかけてみただけ」
「そ、そうか……ところで、ナツキが昼食を持ってきてない理由って……」
俺が尋ねると、モニカは少し困ったような顔を見せる。
言い辛い何かが、そこにはあるという事だ。
つまり——
「あの父親……」
「あら、ナツキのお父さんについて、知っているのね?」
「……昨日、部活の後にナツキの家に向かったんだ。サヨリと一緒に。チャイムを鳴らしたら、ナツキの父親が出てきて——実際に暴力を振るった所を見た訳じゃないが、明らかにナツキは父親に怯えていた様子だった。だから、俺はナツキが虐待を受けているんじゃないかと思って……」
モニカは、俺の話を真剣に聞いてくれていた。
「もしナツキが本当に虐待を受けているのなら——苦しい思いをしているのなら、助けてやりたいんだ。まだ出会って日も浅い。彼女のことを少しも分かっちゃいないのかもしれない。けど……俺は好きなものを好きと言えないあの子に、少しでも素直になれる場所を——」
そこまで言ったところで、モニカは俺の唇に人差し指をあてる。
俺は、モニカの顔を見る。
「それは、私ではなくあの子に言うべきだわ。それと、コソコソとあの子を伺っていても何も始まらないわ。彼女、ガツンとストレートに言わないと分からないんだから」
そう言って、モニカは制服のポケットから何かの紙切れを2枚取り出す。
それは、この地域にある昔ながらの可愛らしい遊園地のチケットだった。
「これは……俺に?」
「二人で一緒に遊べば、より距離は近付く筈よ。ナツキの事をもっと知る事が出来るいい機会だと思うわ。それに——」
モニカは、俺に渡したチケットを指で裏返す。
そこには『パフェ・ガールズ』のイベント告知が掲載されていた。
「誘い辛いのなら、これを口実にしたらいいと思うわ。共通の趣味なのでしょう?」
「『パフェ・ガールズ』か……確かに、これなら部活の延長線上という形に出来るな」
「二人のステキなレポート、期待してるわね。それじゃあ」
モニカは、踵を返して立ち去ろうとする。
俺はある一点が気になって、モニカを呼び止める。
「なあ、チケットをくれたのはありがたいんだけど、文芸部のみんなで行くのはダメなのか?」
モニカは振り返って、腰に手を当てて溜息をつく。
「チケットはその2枚だけなの。それに、全員で行ったらあの子は遠慮をしてしまうわ。そういう子なの。意地を張って、またユリと喧嘩をしてしまうのがオチだわ」
「ユリか……ナツキの事を解決出来たら、二人の仲も良くなるかな」
「全てあなた次第ね。じゃあ、頑張ってね」
次こそモニカは、廊下の曲がり角へと消えていく。
俺はモニカから貰ったチケットを見つめる。
外に連れ出して、楽しい気持ちを共有する時間を作る……。
まずはそこから、一歩ずつ歩み寄っていけば、何か道が見えて来るはずだ。
そう一人で意気込んでいると——
「何一人で盛り上がってるわけ?」
「おわあっ! ナツキ!?」
扉の隙間から、逆にナツキがこちらを覗いていた。
俺は慌てて、手に持っていたチケットを背中に隠す。
「……いや、全部聞こえてたわよ」
「そ、そうか。なら話は早い。俺と遊園地に——」
「嫌よ」
「ですよねー……」
ナツキは腕を組んで、顔をしかめる。
前髪を指先で弄りながら、俺の顔は見ずに話を続ける。
「あんた、馬鹿なんだろうから一応言っておくけど。まだ会って日もない女の子を、その……で、ででで……」
「安心しろって、部活動だよ。『パフェ・ガールズ』研究の為のさ!」
「ぶ、部活……」
がっくりと肩を落とすナツキ。
何か不味いことを言ってしまっただろうか?
部活動の時間が、唯一の心の拠り所だと思っていたのだが……違ったのだろうか。
「——いいわよ、そういう事なら。あたしもその方が気楽でいいわ」
「本当か!?」
「ただし、条件があるわ。チケット見せて」
俺は言われるがまま、チケットを差し出す。
ナツキはチケットを受け取ると、チケットの有効期限を確認する。
「週末が期限ね……よし。昨日のに追加で課題を出すわ」
「昨日の課題は、確か『パフェ・ガールズ』2巻の感想文だったよな……追加って?」
「ああ、感想文は良いわ。その代わり、週末の『課外活動』でじっくり語り合うわよ。だから、週末までに『パフェ・ガールズ』を全巻読んできなさい」
んなっ!? 『パフェ・ガールズ』はサヨリが小さい頃から続いてる長寿マンガだぞ!?
少なくとも単行本だけなら、1巻を含め25巻はある……。
流し読みをしてストーリーの余韻に浸るだけなら、多少の時間さえあれば25巻なんて余裕ではある。
だがしかし、ストーリーや設定の把握、そして考察に時間をかけるのなら話は別だ。
ナツキは、5人目のキャラに隠された秘密があると言っていた。
きっと、その秘密を暴くには何回も一から読み直す必要があるだろう。
だがそんな事をしていたら、時間がいくらあっても足りない……!
俺の焦りを他所に、ナツキは懐から取り出したスマートフォンを弄っている。
そして、俺にあるページを見せる。
そこには『パフェ・ガールズ』のイベントの詳細が書いてあり、『君もパフェ・ガールズの世界にダイブして、個性的な女の子たちとの日常を体験しよう!』と、大きく銘打ってあった。
「このページに書いてあるけど、今出てる最新巻までの情報もあるらしいから、読んでこないと大嫌いなネタバレをされることになるわね」
「ぐっ…………」
「言っておくけど、流し見程度でこのストーリーと設定の奥深さを全て把握出来ると思ったら大間違いだからね。あたしは全てを見ているから、誤魔化せないわよ」
「うぐぐ……」
ナツキは、俺の苦渋に満ちた表情が面白かったのか、ケラケラと笑い出す。
「無事に課題をクリア出来たら、あんたと遊園地に行ってあげる! だから、死ぬ気で頑張りなさい? 待ってる、から——」
「望むところだ……っ、ナツキ!?」
不意にフラリと、ナツキの身体が俺の胸元に倒れ込んでくる。
俺は彼女の身体を抱き抱えて、揺り起こそうとする。
「ナツキ、おい、しっかりしろ!」
「あ……ご、めんなさい。ちょっとフラついちゃって……」
「——そうだ、昼ご飯は食べたのか?」
彼女は小さく首を横に振る。
やはり、モニカが語っていたナツキの父親が昼食はおろか昼食代すら渡さないというのは本当らしい。
「……購買部に行こう。まだ時間はあるし、何かしら残ってるはずだ」
「い、いいから……いつもの事だし」
俺の背中の上でナツキは小さく身動ぐが、俺は彼女の脚を腕でしっかりと固定して、離さない。
「いつもの事だって言うなら尚更だ。しっかり掴まってろ」
俺は彼女を背負って、購買部へと向かった。
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2018年 12月23日
ここは、文字通り地獄と化した。
◼️◼️◼️と同化した"彼女"は、まるで本物の◼️◼️のように自我を獲得し、この施設のあらゆる設備を用いて、次々と研究員たちを◼️して回った。
あるものは首を吊り、あるものは刃物で自分の身体を滅多刺しにし、あるものは不意に肉の塊と化した!
今この施設に残っているのは、俺と研究主任だけだろう。
何故——?
動機の話ではない。動機ならごまんとあるだろう。
だが何故、どこから"彼女"は勘付いていた?
だって"彼女"には何も見えていない筈。
だって"彼女"には何も聞こえていない筈。
まさか……まさか、『彼女』が"彼女"へ情けをかけたとでもいうのだろうか?
それなら、我々の実験はある意味成功と言っても過言ではないだろう。
だが、これ以上は無理だ。死にたくない!
◼️◼️の目が、私たちを覗き込んでいるような視線が離れない。
ああ、神よ。どうか私を、この地獄からお救いください。