プラウダ高校の戦車道隊長室。
”地吹雪の”カチューシャ隊長が、”ブリザードの”ノンナ副隊長、及び”謎のロシア人留学生”クラーラからの報告を受けていた。
カチューシャは二人の説明を受けながらざっと資料に目を通し、僅かに口角を上げる。
「まぁまぁね、前月比15パーセント増。年度で見ても計画通りよ」
「ありがとうございます。同志カチューシャ」
「特に育毛剤『ハエールX』の伸びが目立つわ。クラーラ、説明を」
「畏まりましたカチューシャ様。この『育毛剤』は、一部の戦車道関係者でその効果が話題となり、ネットや口コミで人気が拡がっていったものと思われます。
……尤も、ネットの拡散には我が校の情報科も一枚噛んではいますが」
「……最近覚えたとは思えないほど流暢な日本語ね。クラーラ」
「お褒めにあずかり光栄です。これもプラウダ式高速学習術の賜物ですね」
「その学習術も通販で売れば大儲けだわ! ……ところで、なんでおじさんじゃなくて、戦車道女子に育毛剤が必要なのかしら」
そこまで分析していなかったクラーラの視線が泳ぎ、となりで直立不動の姿勢を取るノンナに助けを求める。
戸惑いを隠せない青い瞳をなだめるように、黒髪の美少女は静かに口を開いた。
「戦車道は実弾を扱う武芸であり、極度の緊張と状況判断の連続に晒されます。
まして隊長格ともなれば、自軍敵軍の戦力分析、作戦研究、および練習や実戦で多くのストレスを背負うのです。
世の中の戦車道女子は同志カチューシャほど優秀ではないので、円形脱毛症に悩まされる者も多いのですよ」
「分かったわ、クラーラは引き上げていいわよ」
「До свидания.」
――クラーラが部屋を出ていくと、隊長室にはカチューシャとノンナだけになった。
カチューシャは小さな顔をきょろきょろ動かして、分厚い隊長室のドアと、窓ガラスが全部しまっていることを確かめてから、小声で眼前のノンナに話しかけた。
「(ノンナ、『ハエールX』って、髪の毛以外にも効果があるの?)」
「はて、何のことでしょうカチューシャ」
「(……だから、頭以外に塗っても生えるのかどうか聞きたいのよっ!)」
「飲み薬ですから塗るものではありません」
「ノンナっ! あのっ!」
カチューシャがうなじまで赤く染めながら、テーブルによじのぼってノンナの耳元に口を近づける。
ふむ、ふむとひそひそ話を聞いていたノンナが、0.1秒だけ物凄い笑みを浮かべてから……カチューシャに諭すように、優しく話しかけた。
「それは無理ですね。……別に他人に見せるものではないのですから、宜しいではないですか」
「お風呂で恥ずかしいの……。ノンナやクラーラどころか、ニーナやアリーナにも生えてるのに私だけツル……生えてないのは我慢できないわっ!」
「生えたものが抜けたわけではないですよ。何事も自然が一番です。そのままのカチューシャでいてください」
「えっと……開発中の『フイフイマリュートカX』はどうなのよ!?」
「あれも同じです。髪の毛以外には効果がありません」
「ムキー!!」
テーブルの資料の上でイヤイヤジタバタをするカチューシャを、とりあえず最近買ったHTC U12+に録画しながら、ノンナは本当の効果を……当分はカチューシャに教えないでおくことにした。
と同時に、”育毛剤”を飲むのは自分とカチューシャ、どちらがいいかを想像し――鼻血が出そうになったので、頭の中で素数をかぞえはじめた。