幻影の魔族 作:オーク初心者
ゆきかぜと達郎がある種の本懐を遂げるのは決めてました。
ただ、この後どうするかは決めてません。(行き当たりばったりという)
達郎は覚悟を決める。このままでは近い未来、淫蕩の果ての腹上死しかないと。
横でどこかだらしない表情で満足そうに寝息を立てているゆきかぜ。だが。その下腹部付近には達郎から搾り取ったザーメンの跡が飛び散っている。再会して強引に迫られる形で一線を越えて数えで三日目の晩だろうか。時間の感覚が曖昧になり、頰が随分と痩ける程度には休むことなくゆきかぜとひたすら情交に耽っていた。記憶も断片的にしか残っておらず、意識が半分飛んだ状態で彼女にずっと犯されていたのが正しい表現とも言えよう。
他の男に破瓜を散らされ、高級娼婦として生きていけるぐらいまでにあらゆる技巧や肉体への感度改造、さらに苛烈、あるいは身もよだつ変態行為であろうが抵抗なく受け入れられる性行為そのものへの肯定感を刻まれたゆきかぜを、躊躇なく受け入れた彼の度量は人並み外れて大きいものであったが、精力においては人の範疇を大きく外れるものではなかった。一晩ならば何度でも男としての本懐を遂げることは出来る。だが、三日三晩休み無しというのは、彼に生命の危機を覚えさせるに十分であった。
二日目からは、精を吐き出せば力を失いすぐに勃たないはずのペニスは、ゆきかぜの性技で回数を数えるのも億劫になるほどに何度も奮い立たされ、短いスパンで何度もその役割を強制的に果たすことになった。精の放出量がほぼ無くなった頃、やっとゆきかぜは満足げに眠りについたのである。そんな恋人に身体を冷やさぬよう毛布をかけて、達郎は壁に半ば寄りかかりながら、部屋から何とか足を踏み出した。
「グレイさん……」
「達郎くん、お疲れ様。とりあえず身体を流そうか。凜子、その間に消化しやすい食べ物を用意してくれるかな」
「かしこまりました、ご主人様。……達郎、よく頑張ったな」
情交の臭いが強く残る部屋から出た達郎の身体が崩れそうになるのをリヴァイスがすぐに支えて、性行為の残り香が自分にも纏わりつくことも厭わず、そのまま浴室へと連れて行く。後ろからはバスタオルや風呂上がりに羽織るためのバスローブを手にした凜子が慈愛に満ちた微笑みを見せながら付いてきていた。
この東京キングダムで三日前にゆきかぜ達に再会した達郎は、リヴァイスから救出からこれまでの大まかな流れを、ゆきかぜと凜子からはそれぞれの観点で今の状態と細かな部分の説明を受けていた。その際にゆきかぜは再会までに季節が進んだことを感じさせる、オフショルダーのニットセーターに短めの丈のタータンチェック柄スカートといった格好で現れたが、凜子はヴィクトリアンメイド服姿で現れたのである。
久しぶりに会った姉が古風なメイド服に身を包んでいる時には目を疑ったが、服装が服に着られている感じではなく、これが姉の現在の日常なのだと納得できるぐらいには馴染んでいたのだ。同時に、ゆきかぜの母である不知火との再会もあったのだが、その驚きが一瞬で吹き飛ばされ、混乱の極みに陥るぐらいには衝撃的なことだった。
それでも姉を救出した相手は魔族であり、姉が洗脳されているという疑念はなかなか拭えない。話してみればどこかズレていて思い込んだら一直線という姉らしい理由があったのだが、あまりに突拍子がないという印象を受けてしまっていた。不知火がリヴァイスのパートナーとなったことを明かされたことも含めて、疑念が拭えなかったのだ。
「凜子先輩、自分より強い男性を見つけちゃったんだよ。それでいて、普段は温厚な性格ときたらコロって参っちゃって。あと自分の困った性癖に引くことなく付き合ってくれると分かったもんだから、もうね……どんだけ恋愛経験無いのよってぐらいに極端に走っちゃって……」
その疑念を解消してくれたのは、ゆきかぜだ。リヴァイスの素晴らしさを熱心に語られて、自分はもう対魔忍に戻らないと宣言する姉の説明では到底納得出来るものではなかったのだが、裏事情を知れば、むしろ姉の空回りや強引さをうまくあやしてくれているという感心すら抱いた。
なおその後、施されてしまった肉体改造の結果、定期的な強制発情により、ゆきかぜも凜子も定期的にリヴァイスに抱かれていることを知り、達郎は怒りの一撃をリヴァイスに見舞ったのだが……。
「グレイさん、話を聞いた最初に一発殴ってチャラだってやりましたけど……すいません、ゆきかぜの体力とか色々見誤って、ました」
「あの一発で後腐れなしってしてくれた達郎くんが男前だって。俺、刺されるぐらいの覚悟はし……」
「そんなことは私がさせま……もがっ」
話に割り込む悪いメイドさんの口元を水が覆う。達郎は姉をあっさり静かにさせた器用な術の使い方だと感心はするが、火遁にしても水遁にしても生活の便利グッズのように使われていることは見なかったことにしている。そもそも術の制御をきっちり出来なければ、こんな使い方など出来ない。
「刺されるぐらいの覚悟はしてたしね。ただ、ゆきかぜも大好きな君と繋がれたことが余計にハッスルするエネルギーになったんじゃないかな……」
「あ、なかったことにして話続けるんですね。でも、まぁ、グレイさんの言うとおりっていうか、こ、今回だけなら大丈夫って思えますが……」
「うん……ここまでの盛り上がりは無くなるにしても、近しいぐらいに求められるのは続くと思うよ」
実際、リヴァイスに向ける達郎の心情は複雑だ。姉や恋人を救い出し、適切な治療を施してくれた恩人でありつつ、姉や恋人を抱いた悪い男でもある。ともあれ、姉についてはむしろ任せられる相手が出来たという思いが強く、不知火から聞いた話でも、姉はすぐにでも彼の眷属となり魔族化することを強く望んでいるようだが、達郎に相談の上で時期は要検討と突っ撥ねられていると聞かされた。
「あの……なんで、ゆきかぜを俺の元へ帰そうと思ってくれたんですか」
「ん……その辺りはそうだね、お湯にでも漬かりながら話そうか」
凜子から身体を洗うためのタオル等を受け取り浴室に入った男二人はさっさと身体を洗い、浴槽に身を浸す。感嘆ともため息とも取れる声が喉から漏れるタイミングが揃っていたことで、二人はひとしきり笑った後に話を始めた。
「凜子やゆきかぜから聞いたように、俺は吸血鬼と淫魔のハーフなんだよ。ましてや、人と価値観がずれていることを認識している。俺の身の回りにいる女性は基本、俺と男女の仲だ。俺も求められれば拒まないし、相手もそれを望んでいる。外から見れば、俺が女を侍らせているようにしか見えないだろう」
不知火を救い出した経緯もゆきかぜや凜子から聞かされている。そして、彼女が対魔忍に戻ることはないことも。リヴァイスのパートナーとして生きることを選んだのだから。
達郎の後を付ける形で、任務として追いかけてきていた対魔忍の女性二人が彼女にあっさり無力化されたことも、不知火の心情を裏付けるものと思える。彼女達については別室で拘束されているとだけ聞かされていた。
「ただ、そんな俺にも優先順位っていうか、ずっと傍にいて一緒に生きて欲しいと思えた初めての女性が不知火なんだ。そうなるとさ、いや、だからこそなのかな、不知火の大切な娘であるゆきかぜは俺にとっても大事な娘なんだよ。大切な家族だ。なら、家族が歪な幸せにのめり込むのは……なんか、嫌なんだよ。いいオンナなのは間違いないけど」
年が近いからか、父ではなく兄と慕ってくれるあの子が、妹という立ち位置でいて欲しいという身勝手なエゴなんだよな、結局。
リヴァイスの呟きを聞いた達郎は、人よりもよっぽど人間らしい魔族だと、そんな印象を強く抱いた。不知火への思いを吐露した時の表情は、不知火を誰よりも思っている男の顔で……自分がゆきかぜに向ける感情と同じだと思えた。
「ゆきかぜの身体に施された強制発情の治療はまだ途中だ。ともあれ、学園の魔科医に任せたくないという不知火や本人達の意向もある。となると、達郎君。しばらく俺の元に来い。ゆきかぜの発情を君が受け止めるんだ。そのための協力はするし、体力や精力だけじゃなくて、あらゆる面で君を鍛え上げることはゆきかぜを守ることにも繋がる」
リヴァイスは九郎隊に伝手があり、そちら経由で学園側には連絡を入れられるという。達郎は瞑目し呼吸を整えた上で、リヴァイスの手を取った。なぜか身体が震えたのは、ここが自分の分岐点になる──心のどこかで感じ取ったからだと、達郎は後に振り返ることになる。
「ああ、同世代じゃ敵無しぐらいには最低限なってもらうぞ。ゆきかぜや凜子二人同時にして勝ち切れるぐらいにはなってもらわないとな? 厳しくいくけど、死にはしないから安心してくれ。治療体制は整ってるから」
「それのどこが安心なのか分からないですよっ!?」
「死ななきゃ安い。人間界の格言にもあるだろ?」
「それ格言じゃなくて、なんかのゲームネタですよねっ」
「お、達郎くん知ってるのか!? いやあ、今まで周りが女性ばかりでこんな話できる相手がいなくて」
決断を早まったかと焦る達郎に、急に砕けた態度に変わったリヴァイス。手早く食事の用意を済ませた凜子が更衣室近くまで戻ってきて、漏れ聞こえる二人の声を聞けば、気安い男同士のたわいもない日常会話を楽しんでいる様子が伝わってきた。
「ふふ。ご主人様と達郎は打ち解けたようだな。さて、冷めてもいかんから、少し出汁に熱を入れるとしようか。うどんは伸びてしまうから、ふむ、雑炊に切り替えるとしよう」
静かにその場を立ち去る凜子の顔には微笑みが浮かぶ。メイド服が完全に板についた彼女は所作においても何処か品の良さを感じさせるものになりつつあった。なお、愛刀については必要時に空蝉の術で呼び出すようにしているものの、ほうきや食事用のナイフ、フライパンなどを使いこなしてこそメイドさんだと公言しているとかいないとか。
「そんなわけで不知火さん、半分ずつ食べませんか? 伸びたうどんをご主人様に出すわけにはいきませんでしたので……」
「あら、それなら頂くわ。ふふ、凜子ちゃんもメイドさんらしくなってきたわよね」
なお、達郎がゆきかぜから解放されるまでの間、無力化された対魔忍たち二人は追加で借り上げた別の客室に隔離され、下手な身動きが出来ないようにされていた。凜子が水分と液体栄養食を差し入れているが、頑なに口にしない者もいる。ゆえに目の前で食事をすれば少しは食べる気になるだろうという狙いもあった。
凜子からメモを渡された不知火は達郎が休息に入ったことを手早く確認したことで、目の前の対魔忍二人をどうするか思案に入る。リヴァイスの意向を踏まえるなら、対魔忍の戦力を削ぎすぎるのは望ましくない。ゆきかぜや凜子をすぐに眷属化しないことについては不知火の希望とはズレがあるものの、夫(挙式はまだだが)の考えを立てることも妻の役目だと心得ていた。尽くしがいがある、そんな風にも考えている。つまりはベタ惚れであるのだ。
「あのー、私も頂いていいかしら?」
「あ、高坂先生も食べられますか。拘束を外すわけにはいきませんから、私が食べさせることにはなりますが」
「お願いできる? 固形物も食べたいと思っていたところだから。というか、拘束を解放してくれるのがありがたいのだけど」
拘束されている者の一人は花の対魔忍と呼ばれる高坂静流。木遁の術と多分野にわたる専門知識を活かし、隠密任務を主とする彼女なのだが……。
「高坂先生っ! 魔族の食事に手を出すなど、何を考えているのですかっ! 凜子ちゃん、貴女もお願いだから目を覚まして! 貴女は誇り高き『斬鬼の対魔忍』でしょう!?」
不知火の幻影陣による幻覚の影響下にあり、四肢が失われた達磨状態で叫ぶもう一人の若き対魔忍。元ふうま八将・紫藤頼母の孫娘であり、『対魔忍に二凜あり』と謳われる、紫藤凜花その人であった。なお、彼女は本来、煙遁の術の使い手で自分の肉体の一部を煙化するのが得意なのだが、そこを逆手に取られて、四肢を煙化させたまま、不知火の幻術に囚われている状況だった。
「紫藤さん……アナタって子は」
「いいわ、高坂さん。……紫藤さんだったかしら、貴女は少し黙りなさい。この状況でその闘争心を持ち続けるのは立派だけれど、四肢を封じられた貴女の命は今、私や凜子ちゃんの手の中にあるということを踏まえて発言することね」
静流が呆れとも苛立ちとも取れる口調で呟いた直後、不知火は放たれた言葉と共に、同じ向きにいる静流にも、不知火のすぐ隣にいる凜子にも一切影響を出さずに、精密な指向性を持たせた殺気を凜花一人へと叩きつける。
魔族の身となった不知火ではあるが、術の扱いに対する精密さや対応力の広さは損なわれることもなく、得意分野がより負担なく扱えるようになったと自認している。主でもあるリヴァイスの気質が影響しているのか、自覚の限りではあるが、元来の自分が変質することも無いように思う。
「凜子ちゃんからも報告を受けているけれど、随分とリィズのことを侮辱してくれたみたいね。私達があの人に従っているのは洗脳だ、マインドコントロールだ、薬物漬けにしただの……いい加減なことを言ってくれるものね」
不知火自身も分かっているが、元々、家族が絡むことになれば箍が外れやすいところはあったのだ。対魔忍という人々の平穏な生活を守ることへの誇りはあったけれど、それ以上に夫やゆきかぜという家族が大事だった。天秤に掛けられれば躊躇なく家族を取るぐらいに。
いまや、リヴァイスはゆきかぜと同等の、あるいはそれ以上の存在として、不知火の心へとしっかりと根を張っているのだ。リヴァイスへの侮辱は自分への辱めよりも強く怒りを覚えてしまう。
「あ、がっ……」
不知火の本気の殺意を一身に受ける凜花は、全身が硬直しもはや呼吸すら覚束ない。彼女は次代のエースと評されるがゆえに、自分より上位の実力者に圧を掛けられる経験が殆ど無かった。
「私も凜子ちゃんも自分の意思で彼に連れ添い、付き従うと決めたのよ。これ以上ふざけたことを口にするようなら、貴女を決して許さないわ」
一気に言い切り、圧を霧散させる。途端、脱力した凛花は力無く弱々しい呼吸音を繰り返すのみ。凜子の肩を軽く叩き、不知火は凜子に彼女の気付けを行うように短く指示を出して、再び静流へと向き直った。
「実力差を推し量ることも出来ない若手の優良株など、敵対組織に刈り取られるだけ。学園での教育方針を見直すことを勧めるわ、高坂さん。といっても、一人ではなかなか変えられないでしょうけど」
「そうですよね。不知火さんが戻ってきてくれたとしても、それでも難しいとは思います……はぁ」
なにせ静流は現役対魔忍時代の不知火を生徒として知っており、教えを請うこともあった。扱う術は違えど、力押し一辺倒ではなく、任務に対して様々な事前対策や情報収集の重要さを知る、貴重な教師だったのだから。
「ゆきかぜが現役の間は頑張って欲しいものだけど……あら、リィズ?」
「あっ、ご主人様ぁ♪」
このタイミングでリヴァイスが入室してきた途端に、ガンっ! と何かを打ち付けた音が響く。何のことはない、凜花を支えていた凜子がリヴァイスへと駆け寄るあまり、勢い良く頭を床に打ち付けた対魔忍がいたという話だ。
「彼女、呻いてるけど、大丈夫なのかい?」
「凜花はそんな柔な鍛え方をしておりませんから♪」
あるはずのない尻尾を全力でぶんぶん振っている幻覚がその場にいる凜子以外に見えているが、リヴァイスも自然と凜子の頭を撫でているあたり脊髄反射的な行動を取っており、どっちもどっちといったところである。
「リィズ、ゆきかぜ達は?」
「休息に入ったよ。ひとまず侵入阻害の結界も張ったし、使い魔に見てもらってる。何かあれば空遁で呼び寄せればいいからね」
「さすがご主人様ですっ、もう私以上に使い熟しています」
唖然とするのは、静流に痛みを堪える凜花だ。凜子が全力で媚びを売る姿など、今までの彼女を知る者達からすれば想像もつかない。
「この外道……凜子ちゃんやゆきかぜちゃんのお母さんの心を弄んで……!」
さらに観察能力の圧倒的不足により、己の感情に忠実に爆弾を躊躇なく投げ込んでしまう──ある意味、いつも通りの行動を取ってしまう凜花に対して、リヴァイスは不知火や凜子に手で制止のポーズを見せてから大きく息を一つ付いた。
「残念ながら、君は戦闘だけが得意なだけの本当の脳筋なのかな」
「なっ! 言うに事欠いて、アンタはぁ!」
「そもそも洗脳されてるって、何を持って断定してるのさ」
「そんなの見れば一目で分かるじゃない! 魔族と仲良く話をして、まるで慕っている様子を見るだけで明らかよ!」
凜花の怒りなど気にすることなく、凜子にリヴァイスはこれ幸いと人として生きる道を説きにかかる。同じ世界に生きる友人もこう言っているのだからと。
「……だってさ、凜子。やっぱり学園に大人しく帰るほうがいいんじゃないか? 体質の治療もあと一ヶ月もあればいけるだろうし」
「ご主人様の屋敷はそれこそ魔界の奥地なのに、学園に戻ってどうやってメイドの務めを果たせと仰るのですか? 仮に通いのメイドになるとしても、ヨミハラ経由で門を通るにしたところで簡単に通える距離ではありません。そもそも私は今の役目に満たされていますし、従者としても剣士としてまだまだ至らぬところがたくさんあります。ですから、私はご主人様の傍を離れませんよ?」
にっこり微笑む凜子の笑顔には無言の圧力がある。絶対に引かないし、男を離すことはないという女の情念を遺憾無く表していた。
「……何度も伝えただろう。俺は魔族で、凜子は人間だ。共に生きていくとなれば、凜子は人であることを辞めることになる。だから、色んな世界や、色んな人を知ってから結論を出しても遅くないんだ」
「嫌です」
「凜子……」
「私も何度でも言います。嫌です。私の幸せはご主人様の傍にありますから」
笑顔を全く崩すことなく、凜子も同じ言葉を繰り返すのみ。そして、先に引いたのはリヴァイスであるのもここ最近の定型のやり取りと言えた。
「あははっ、いや無理でしょこれ」
「高坂先生、何を言ってるんですか……?」
「少し考えれば分かることよ。今の感じだとむしろ魔族の彼はOKを出してもらえるとしても、連れて帰るとしたら秋山さんは本気で抵抗しそうだもの。私じゃ無理無理。二人掛かりでも一掃されそう」
静流は潜入任務を主にする関係上、今の組織の中で情報を重要視する稀な対魔忍と言える。だからこそ自分なりに観察眼は磨いてきたつもりであるし、ゆえにだろうか、多才な才女であるとの自覚から来るプライドの高さもへし折られるほどの実力差を感じ取れてしまっていた。凜子ですら敵わないと思い知らされるのに、不知火には子供に稽古をつけるように捻られてしまい、その主人となるリヴァイスから強者の気配を感じられないことが逆に彼の恐ろしさを際立たせていた。
実のところ、凜子もゆきかぜも実力の向上が見られている。不知火や不知火を制する実力のリヴァイス達と毎日立会いを行い、それぞれタイプの違う強者にどう戦うのか、試行錯誤を繰り返している。真摯に取り組む彼女達が素直に言葉を聞ける相手からの助言を受け入れ、戦いの幅も確実に広がっているのだ。
「自惚れと笑われるかもしれませんが、高坂先生や凜花を二人同時に相手するとしても、今の私が負けることはないかと思います」
「慢心ではなく、確たる自信よね。断定はしないあたり、油断も無いってことでもあるし」
静流の言葉に微笑みを返す凜子。佇まいは主人に仕える従者のものに直っているが、立ち姿は落ち着きと余裕を感じさせるものだ。
「ご主人様を狙う不埒な輩は駆除をすれど消えて無くなることもありませんので。ご主人様と同じく私も研鑽を積み続けるだけです」
「そうね、学園にいた時より強くなってるって何となく感じ取れるもの。うまく隠せるようにはなったみたいだけど」
「うまく擬態するのも鍛錬の一つと教えられておりますが、ご主人様や不知火さんのようにはなかなかいきませんね」
凜子は微笑みのままそう自嘲してみせたものの、静流からすれば彼女が殻を完全に破って、さらなる強者の階へと登ったようにしか思えない。
「……秋山さんに今抜けられるのは痛いわ、ほんと」
「ふふ、高坂先生にそう言って頂けると、少しは成長できたかと思います」
結果としてかもしれないが、メイドとしての立ち振る舞いを自分の日常とすることで、凜子は闘志は内に秘め、普段は穏やかに落ち着きを持って行動する癖がついてきている。
彼女の元来の気性においては、鍛錬時や夜のお務めの際にしっかりと解放させてもらえているため、自分の中でも無理なく切り替えができていた。
「何よぉ……さっさと女の幸せ見つけて、満たされた顔しちゃってさ。それで弛んでいるわけでもないって何よ。凜子ちゃんの裏切り者ぉ……」
そんな凜子の変化を受け入れられず、どこか不貞腐れる様子すら見せ始めた者もおり、リヴァイスは不知火に二人の拘束の解放を指示した上で、凜子に彼女の友人の対応を託すのだった。
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