幻影の魔族 作:オーク初心者
「うーん、いいわね♪ 凜子ちゃんと凜花ちゃんが並ぶと本当に華になるわ。メイアさんもドレスがとても似合うし、三人並べばそのまま絵になるもの♪」
「不知火……私は貴女の着せ替え人形になった覚えはないのだ、け、ど、ね! ……まったく、どこまでも私にフィットする造りなのが忌々しいわ。可憐さと動きやすさをここまで整えられてしまうとね」
「はいはい、メイアも素直じゃないんだから、もう」
屋敷への帰還後、不知火は瞳を輝かせながら、凜花用のメイド服の量産体制に入った。リヴァイス達と細かい擦り合わせも行うために短期間という縛りはあるものの、花の対魔忍である高坂静流も同行しており、魔界産の植物の種を報酬に不知火の作業に巻き込まれていた。
『お母さん、そんな凝り性になるところまでお兄ちゃんを真似なくていいんだから!』
ゆきかぜのカミナリが不知火に落ちるという珍しい一幕もあったりしたが、静流としてもいい息抜きになったのか、楽しい時間を過ごした様子である。
なお、苦々しい表情を浮かべながらも、少し前から不知火お手製の衣服を日常的に着用するようになったメイアは強く反発するわけでもない。まだそれほど長い付き合いでもないのに、メイアの衣服に関しての嗜好を完全に掌握してしまっている不知火は、自分の好みのデザインばかりを生み出していくのだから。そんなメイアを宥めるナディアにしても浴衣姿となっているから、不知火が普段着を仕立てるのは最早日常と化していた。
「お母さん、ほんと楽しそうよね。まー、私の好みとお母さんの好みがかけ離れてるから、余計に今はっちゃけてるのかも。たまに着るのにはいいんだけどねー。私や達郎まで同じ仕様でメイド服や執事服まで仕立ててもらっちゃったし」
不知火のやり切った感のある満足気な表情を横目で見ながら、幼き頃は不知火お手製の可愛い系の洋服を毎日着せられていた実娘のゆきかぜは、矛先が三人に向いていることに深く安堵しているのだった。
「あら? ゆきかぜは昔も今も変わらず可愛い服が似合うわよ。お母さんが保証するわ」
「はいはい、だから一着作ってくれたじゃない、お母さんだって。それに、畏まった場となればお願いすることはいくらでもあると思うもん」
「そう? いつでも言ってくれたらすぐに仕立てるから、相談してちょうだいね」
凜花もブーツのフィッティングを済ませて、日が経つごとにメイド服で過ごす生活に慣れてきている。凜子と並び、凛とした佇まいが似合う女性であり、ヴィクトリアン調の服装を見事に着こなしていた。
「凜子はもちろんだけど、凜花も本当に似合うよね。どこにでも安心して連れていける従者さんだ」
「あ、ありがとう、旦那様。でも、屋敷内とはいえ、本当にこんな砕けた話し方でいいのかしら」
「お仕事とか公的な場でしっかり使い分けてくれればいいんだよ。凜子はとことん俺に対してメイドを徹底することに拘りが強いみたいだけども」
今は砕けた口調でありながら、普段の呼び方は旦那様呼びが定着したあたり、凜花の敬意は確固たるものになっていた。リヴァイスが代官として業務にあたり、その補助を行う際には言葉遣いも完全に従者のそれに切り替わるため、メイア達も特に問題視はしていない。
というのも、夜の営みにおいてまだまだ初心さがついて回る凜花に、メイア達にとって凛花は姉妹の末っ子のような立ち位置に落ち着きつつあり、凜花にしても自分より明らかな強者であるナディアやメイアに対してしっかり敬意を払う態度を見せているため、新たに加わった屋敷の仲間はスムーズに受け入れられていたのである。
「たぁ~つぅ~ろぉ~? いつまでも紫藤先輩に見蕩れてるんじゃないわよっ!」
「いづづっ! 耳引っ張るなよ、ゆきかぜっ! 見蕩れてなんかいな……いや、すごく穏やかな笑顔に引き付けられたから、そうなるのか……?」
「ふふ、ごめんなさいね、達郎くん。もし、私がそんな表情を見せているとしても、それは旦那様のお陰だから」
「うわぁ、紫藤先輩、グレイさんにべた惚れだぁ……学園でその表情したらヤバいことになりますよ」
「確かに、あの微笑みは普段とのギャップでやられて、突撃する連中がいそうね……」
変化が著しい凜花の表情や態度に、元から凜子を通じて知人となっている達郎が見蕩れてしまい、ゆきかぜが怒りを示してしまうが、そんな二人の反応への、凛花は柔らかな微笑みを浮かべたまま。そして、息抜きできたはずの静流の表情はまた曇るのであった。
「学園に戻れば、旦那様が傍にいるわけではないから、その辺りの切り替えは大丈夫と思うのよね」
「うむ、ご主人様が傍にいなければ、私も従前の私に切り替わるだろうさ。さっき、ご主人様が仰られた公的な場みたいなもので、学園での私の振る舞いをするだけだな。まぁ、そもそも戻るつもりもないが」
「うん、凜子ちゃんの言う通り、学園に戻ったとしても公の場としての振る舞いをする感覚だと思うわ。使い分けを無理なく自然にできるようにしておかないとね」
凜花自身の感覚も日を重ねるごとに、メイドの格好でリヴァイスの補助なり屋敷の管理作業を行うのが、少し前まで学生服を着て学園に通っていた自分から変化した自分の『当たり前』になりつつある。また、毎日設けられるリヴァイスや不知火たちとの訓練や立ち合いの時間を通じて、さらなる強さが確実に身に付き始めている実感もあり、また、メイド服が戦闘服としても問題ない造りであることも体感していた。
旦那様や不知火さんからお願いされている、共同墓地への墓参りへの手筈は高坂先生に協力してもらって、手早く整えるとして、学園での滞在期間をできるだけ短くしないとね……。というか、早くこっちの生活にもっと馴染んでいきたいもの。乱戦形式の模擬戦だと全然うまく立ち回れていないから、もっと対複数の戦い方も磨いていかないといけないし、強くなるだけではなくて、色んな戦場を想定した経験も積みたいわ。旦那様は傭兵稼業もやっていると聞いているから、一緒に参加させてもらって……。
まぁ、その前にまずは私が一旦戻るときに、凜子ちゃんも五車に連れて行って学園への報告はさせないと。任せきりだったら即座に抜け忍になりそうだし、できる限り長期潜入任務の格好に持っていきたいわね。旦那様が傭兵協力している八津さんの部隊の人とも顔合わせがあるって聞いているし、その時は従者として動くわけだから、制服も持って行かないと──。
考えることが増えていくものの、理想と思える男性を主人と仰ぎその家族達と過ごす、穏やかでありながら、より魅力的な女性へと互いに切磋琢磨する、充実している日々。
気位の高さゆえに学園では気難しい表情でいることも多かった凜花も、自然と柔らかな表情をしている時間も増え、何も知らぬ学園側からすれば同姓同名の別人、またはクローン、あるいは洗脳による人格書き換え済としか考えられないような変質ぶりだったのである。
「秋山さんも紫藤さんも短期間で変わり過ぎよぉ……絶対に敵対組織の洗脳を受けているって思われるわ……」
「静流って言ったっけ、アンタも苦労してるのね……。まぁ、不知火を娶った後のリィズって自重を止めてるから、自分に興味を示した女はフツーに堕としにかかるような言動をするし、パートナーになるって決めたあの子達もそりゃ変化もするわよ」
「分からなくはないですよ? 一生の伴侶となる男性を見つけて、取り繕った自分を捨てていいんだってなれば、ああもなりますよ? でも、私達の組織としては大打撃過ぎますよ……」
「リィズがやってる傭兵契約だっけ? あれを部隊単位でやってもらったら? いくら訓練や模擬戦で鍛えたって、リィズも実戦での連携とか経験に勝るものはないって言ってるもの。お金はかかるけど、確実に成果が望める部隊が動けるって計算ができるって前向きに考えるしかないと思うわよ」
ただ、メイアが気まぐれを起こしてフォローに入るぐらいには、静流の消沈度合いは増すばかりであった──。
その後も順調にゆきかぜや凜子の体質改善は進む。同時にリヴァイスの淫魔としての力や不知火の水遁の幻影を利用した、洗脳等への対精神攻撃への耐性を込めた刻印──淫紋の亜種のようなものだ──を、五車へ戻るゆきかぜと達郎に刻む措置も施していた。なお、一時的であったはずの凛花の刻印は恒常化することとなった。ある意味当然とも言える。
「この刻印は凜子や凜花は別としても、高坂さんや他の学園の人には知られないようにね。不可視化はしてあるけど、対魔粒子が活性化するとどうしても隠し切れないから。あと、過信も禁物。俺や不知火の影響下にあることで、他の精神干渉を受け入れないような術式だけど、絶対的なものではないからね」
「うん、ありがとうお兄ちゃん。デザインも達郎と対になっていて、お気に入りなんだよね」
「その辺りは不知火のセンスに感謝してくれ。下腹部に刻むって言われて、俺は目隠しの上で不知火の誘導で刻んでるんだから、ゆきかぜのは実際に見ていないわけだし。まぁ、達郎くんのは見えてもらったから、合わせ絵の完成図はなんとなくわかるけど」
「だって、女の子にとっては冷えは大敵だもん。任務用のスーツは最低限覆われてるけど、だといっても、やっぱり、いつでもほんのり温かいのは助かるよ。月のモノが来ても、痛みが抑えられるってすっごく大事なんだからね!」
「うん、力説ありがとう。ただ、生々しい話を彼氏の前で義理の兄にするのはどうかと思う」
「あはは……。でも、姉さんもありがたみを熱く語っていましたから、よほどのことなんですよ、グレイさん」
「洗脳防止が目的だけど、女性陣にとっては痛みの緩和とか冷え防止の副産物のほうが大事なのがよく伝わったよ」
屋敷に戻ってからは二人の懇願に押し負ける形で、リヴァイスが心を無にしながら、結合した状態の二人に淫気を操り、互いの気脈を行き渡らせる感覚を覚えさせていた。二人が薄っすらと感覚をつかめた後は、日常の合間合間にゆきかぜと達郎が手を組み合わせた状態で、ナディアが補助を行うことでその感覚の強化を促していく。
ゆきかぜや凜子の治療の終わりが見えた頃には、達郎とゆきかぜは集中さえすれば、まだ細くゆったりとしたものであるが、二人だけでやり取りができるようになっていた。
いずれ、集中を必要とせずとも互いの気を行き交うことが可能なレベルまでいけば、二人の関係性は、リヴァイスと不知火の関係と変わらぬものへと到達するだろう。
「この刻印だけじゃありません。グレイさんやナディアさんのおかげで、ゆきかぜと互いの『気』を行き渡らせるのも少しずつ分かってきましたし、対魔粒子だともう少しやり易いので、練習にもなりますし自分の術の威力を高めるのにも役立っているので」
気脈よりも対魔粒子のほうがやり取りの感覚をつかみやすいのは、現役の対魔忍ゆえか。リヴァイスが淫魔の力を持つ魔族側のため、不知火を筆頭にパートナー達には気脈でのやり取りが馴染んではいる。
「ゆきかぜのほうがまだまだ粒子量は多いので、受け取る量の調整も練習ですね、受け取り過ぎると、許容量を超えてしまって強い痛みになりますから」
細かな調整は達郎のほうが得意としているため、二人の力のやり取りは達郎が主体になりつつある。いずれは二人で雷遁や風遁で、かの井川アサギを模した光速の動きを目標にしていくという。
「二人の粒子の親和性がもっと深まれば、ゆきかぜが風遁を、達郎くんが雷遁も使えるようになるかもしれない。気脈だけではなくて、そちらも重要になってくるね」
身と心を幾度も重ね合い、互いの持つ力を受け入れられるベースが出来上がり、リヴァイスが刻んだ刻印が補助する。疑似的にリヴァイスの眷属化の状態にあることで、ゆきかぜと達郎は対魔忍としても互いが唯一無二の相棒になれる可能性が開けたのだ。
「まぁね、気にしても粒子にしてもって結局生命力だからさ。健康な心身が力の活性化にも直結してくる。その感覚は忘れないように訓練は続けつつ、しっかり睡眠は取ってくれと伝えておくぞ」
リヴァイスの苦笑いの意味が分からないゆきかぜや達郎でもない。潜入任務などとなれば、リヴァイスが懇意としているゼキナ等を経由して必ず知らせを飛ばすようにとの言葉も受けて、二人も義兄の助言に素直に頷いていた。
「そういえば、お兄ちゃん。静流先生にも淫紋シールを何枚か渡したんだっけ?」
「オブラートにもう少し包んでくれ……いや、そもそも淫紋シールじゃないから。そういうデザインなんかにしてないし、刻印シール、だから。張り付けたままなら2~3日効果が見込める奴だし、お腹に貼る必要もないからね?」
「でも、冷え対策になるって聞いて、静流先生もやっぱりお腹かなって言ってたよ。モニターになって有用だったら、生産体制が整い次第、自分が買い占めてもいいとも言ってたし」
静流とも今後の有用な関係性を保てるように、身体に直接刻むことなく一定の効果が見込める試作品を彼女には渡していた。シールタイプとはいえ、リヴァイスや不知火の魔力を込められる素材でなければならないため、早々量産できるものではなかったりする。あくまでテストの一環という域を超えないものだ。
なお、短期間で帰還するはずだった静流の滞在もゆきかぜ達との同時帰還へと日程が延びている。元教え子である静流の消沈ぶりに、不知火がゼキナや九郎隊の伝手をたどり対魔忍側に過労からの体調悪化を通達した上で、静流に戦力低下の代替まではいかずとも、彼女の任務の成功率をより高めるための魔術つき忍具等を手配するようにしていた。
「その辺りはおいおい相談かな。素材がそもそも集まるのかという話でもあるし」
「お兄ちゃんの魔力を込めて耐えられる素材、素材かぁ……ん~」
「魔界の植物や高坂さんからもらった植物でも色々試してみるよ、これからね」
そんな未来への小さな投資も試行しつつ、リヴァイス達の五車町遠征の準備は確実に進んでいくのだった。なお、不知火がどうしようもなくなってくればこちら側に来たらいいと静流に誘いをかけていることを、パートナー陣とゆきかぜは聞かされており、知らずはリヴァイスや達郎ばかりである。