幻影の魔族 作:オーク初心者
「うーん、味噌がそろそろなくなりそうだ……」
不知火が来てからというもの、彼らの主食は和食となっていた。元々、リヴァイスは自炊が基本である。生まれの兼ね合いから狙われやすい身の上であり、外食はいつ何を混入されるか分かったものではない。多少の毒や薬には耐性があるし、中和できる術も自分で持っているが、自分で栽培したり狩ったものを自分で調理して食べるというのがあくまで基本。まして、今は不知火が一緒だ。用心するに越したことはない。
長期巡業中の育ての母とそれに同行している義姉に調味料などを仕入れてもらい、直接受け取りに行き、不知火に和食の基本を学び、二人で台所に立って、それぞれ一品か二品ずつ作るのがここ最近の流れである。
「あとはお米かしらね。こればかりは栽培となると手間がかかり過ぎるもの」
つまり、調味料や米が無くなると、今の二人にとってわりと死活問題であった。生きることに問題はないが、ただ、心の安寧は何事にも変え難いことである。
「だね。よし、買出しに行く。あと、温泉にも入りたいから、一緒に泊りがけで行こう」
「リィズがいいなら私は構わないけれど……どこで温泉なんて知ったの?」
「その辺りはまだ秘密。あ、でも、魔界にもあるんだよ。ただ、無防備に浸かるには危険過ぎてちょっとなぁ。あと、地味に遠いんだ」
安心して浸かれない温泉など、臭いのするただの熱いお湯じゃないか。そうリヴァイスは言い切った。
「不知火も数時間は普通に動けるようになってきたし、情報屋にたまには直接顔を出した方がいいから、ちょうどいいかと思って」
不知火が驚くほどにリヴァイスは日本文化に理解があるし、正座もお手の物だし、甚平姿で緑茶やほうじ茶を啜る姿も見慣れたものだ。最初は違和感があったが、親しみやすさに繋がったことを思えば、変わり者の魔族で良かったと思える。なお、この住居の風呂は檜風呂であり、その辺りにもこだわりが表れていた。
「あと、甚平の裾がほつれてきたからついでに新調するとして、あと、寝間着用に浴衣も手に入れたいし。不知火も浴衣買わない?」
不知火の普段着は洋装であるが、嗜みの一つとして自分で着付けは出来るし、部屋着としてならば下着を身に着けなくてもいいため楽という利点がある。だらしない肢体にならないように普段から気をつけているとはいえ、時には気を緩めたい夜もあるのだから。
「一、二着はあってもいいかと思うけれど……出してもらってばかりじゃない、私。これ以上はどうかと思うのよ」
ここ最近になりリハビリを兼ねて、一緒に短期間の傭兵や護衛稼業を手伝って、多少は生活費を稼ぐようにはなったものの、この数ヶ月の生活費は全てリヴァイスから出ている。人間界でいう家賃収入に近いものがあり、普通に暮らすには収入に困ることは無いというのだが……。
「俺の目の保養になる、それじゃ駄目か?」
「……もう、ズルい言い方を覚えて。悪い子ね。ふふ、いいわ。じゃあ、何巻か反物を買ってくれる?」
「自分で仕立てるのか? うわぁ、流石に俺はそこまでは出来ないな……」
「嫌いじゃないのよ、元々。ゆきかぜの着る物も自分で縫ったりしていたし」
「おおぅ、不知火ほんと家事万能だよなぁ……あ、どうする? 日程は長く取れるから、娘さんに会いたいのなら出来るように手配するけど……」
不意に問われた一言に不知火は言葉に詰まってしまう。ゆきかぜに会うということは、この生活を続けるかどうかの分岐点になるということでもある。
「いや、困らせるつもりで言ったんじゃないんだ。……不知火が望めば、すぐに動けるようにはしてるからさ。今回じゃなくても、心積もりが出来たらいつでも伝えてくれ」
「……ええ、ありがとう」
申し訳なさそうに、答えを先延ばしにするようにしてくれるリヴァイスに、不知火はお礼を返す。五年余りも離れていた自分が、ゆきかぜに会う──受け入れてくれるか分からない不安や怖さに、今の生活の穏やかさに、不知火は未だ惑いの中にあった。
いつまでも優しさに甘えているわけには行かないという自分と、五年近くにもわたる自身に刻み付けられた陵辱の傷が癒えたわけではなく、まだ安らぎと優しさを強く欲している心の内と。何より、毎日彼と身体を重ね合うことで、彼に愛される時間を待ち侘びている身体と、それに確実に引っ張られている心。
優しく甘美な洗脳を受けているのと同じなのだと不知火は自覚している。緩やかに堕ちていく自分が分かっていて止められない。まして、堕ちたとしても決して不幸ではなく、心と身体は乖離することなく、日々幸せを感じる毎日を過ごすことが出来るだろう。おそらくだが、ゆきかぜに定期的に逢うことを否定することは無いだろうし、条件さえ調整できれば、共に暮らすことも考えてくれる──その確信もある。
身勝手な考えだが、いっそ愛の言葉を囁いて、自分の全てを奪ってくれればいいのにと、そんな不満を覚える夜もある。そんな自分に自己嫌悪するのも一連の流れではあるが。避妊具なしで毎晩身体を重ね合っても、淫魔の血を引く彼であることから、その辺りの対策は抜かりないため、強引なきっかけも生まれることが無い。
「本当に……狡い男よ、貴方は」
不意にリヴァイスを抱き寄せて、彼の肩に頭を預ける動きと囁いた声は言葉の内容とは違って、どこか甘えが交じり親しみに満ちている。急な不知火の行動に何を言わず、静かに抱き止めて髪を撫でてくれる男に彼女は唇を押し付け、台所で一戦を交えてしまうのだった。
「へぇ? 温泉宿ですかい。あっしは温泉はよくわかりませんが、そそる女との二人旅ってのは楽しいもんですからなぁ」
そして数日後、東京キングダムの地に二人の姿はあった。リヴァイスに抱えられる格好で、水遁の術で自分達の身体に添うように水の幕を張り、高度による寒さや風の問題を緩和しながら、人間界に通じるゲートまでは空の旅。荷物はしっかり不知火が抱えて、その不知火をお姫様抱っこしつつ翼を広げたリヴァイスが移動するというやり方だった。
この移動手段が取れることに、こればかりは吸血鬼と淫魔のハーフである自分に感謝だとリヴァイスは軽口を叩いていたが、寒暖対策を取っていた空の旅は思った以上に快適で、まして憎からず思う男の腕の中だ。見える景色についても彼の解説つきであり、なかなか楽しく心弾む空の旅であった。
そして、キングダムの高級宿で一泊の後、翌日から三泊の予定で温泉宿に泊まりながら、反物や調味料の調達に勤しむ計画である。買出しによって増える荷物については、リヴァイスの使い魔を召還して一緒に運んでもらう予定としていた。
不知火が得意とする幻影陣の応用で、重量そのものを誤認させられないかというテストも行ったのだが、人や魔族の感覚に干渉するのとは違い、物質そのものを騙すのは困難だったのだ。増えた荷物を抱えるリヴァイスや不知火の感覚を誤認させるのは難しくないが、実際には重量物を抱えて空を飛ぶことを考えると、後で身体へのダメージが来そうだということも踏まえて、ひとまず取り止めとしていた。そういう発想と試行までしようとする辺り、やはり変わり者の男だと不知火が感じたのは無理もないことである。
「しっかし、旦那の女の好みは広いですなあ。年端もいかない少女に若い女ときて、今回は大人の色気たっぷりの女ときている」
宿に荷物を置いて、念のため幻影の罠を二重に仕掛けてから、二人は寂れたバーの片隅で情報屋──奴隷商人ゾクトの縁戚だという──との会合に臨んでいた。金さえしっかり払えば、人であろうと魔であろうと確実な仕事をするという評判の男オークだ。なお、彼は片目に眼帯をしており、ゾクトとの差別化であると嘯いている。
彼とは定期契約を結んでいて、今回は気になる情報をつかんでおり、現在裏取りをしているため、帰りにもう一度寄ってくれと伝えた彼は、リヴァイスが差し入れた年季モノのウィスキーをロックで少しずつ口にしながら、不知火が聞き流せない言葉を口にした。
「へっへっへ、女の顔色が変わりましたね、旦那?」
「おい……少女や若い女性の格好をした長寿の魔族、だろう?」
「いい女ばかり連れてる旦那はやっかみの対象ですからねえ。爆発しろ、でしたか。人間界のスラングじゃあ」
「ねえ、リィズ。一体、誰のことなのかしら?」
自分でも信じられないほどに冷たい声が出ていた。自分はこんなに面倒な女だっただろうかと心の内で自虐しつつも、実際には自分の恋人でも夫でもない癖に、嫉妬の炎が燃え盛るのを止められない。
「お袋と姉。話したことがあるだろ?」
自分が幼少期に両親を失いながら生き延びられたのは、育ての母と姉の存在がいたからだと。しかも、聞かされた名前は魔族の支配階級として、対魔忍の頃に聞き及んでいた名前だった。
「あ……」
「旦那ぁ……老婆心ながら、いつか女に刺されますぜ」
「ブ男じゃないとは自認してるけど、色恋沙汰になるほどモテちゃいないよ」
リヴァイスのそっけない口ぶり。対して、情報屋の男の溜息混じりの助言。それだけでも、不知火が察するには充分だった。
義母や義姉のような存在は成長したリヴァイスを息子や弟としてではなく、今や一人の男として見ているのだ。周りから見れば一目瞭然なものなのに、彼だけが家族愛がそう見えるだけだと受け取っている。
リヴァイスの風貌は確かに道行く者が振り返るような圧倒的な美貌ではないが、西洋系の外見をベースに各部のパーツは整っており、やや切れ目でありながら穏やかな瞳の奥にある強い意思の光を見てしまえば、やられてしまう女は一定数いるはずと予想出来てしまう。それなのに、自分が女性を惹きつける強い要素など無いと思い込んでいる節がどこかにあるのだ。生まれの母親を早くに失ったことにより、愛情に関する感度がどこか鈍いのか、あるいは歪んでしまったのか。
「それより、仕事は引き続きしっかり頼むよ。対魔忍の戦闘部隊の動きは押さえておかないと、魔界の環境破壊も御構い無しだからな」
「そこは抜かりなくやりますよ。アイツらが暴れたら草一本残らねえ。更地にするには便利ですがね」
ゆきかぜが実戦部隊に組み込まれかねない年齢に達しており、不知火の懸念を払うためにも、リヴァイスは情報屋であるゼキナにその辺りも探るようにしてもらっていた。
しかし、話を聞いているだけでも、組織のやり方がパワープレイ一辺倒で搦め手に弱そうなのは相変わらずのようだと分かる。力づくで何とか出来るのは頭領たるアサギの実力が隔絶した強さであるからであって、情報収集や下準備を軽視する風潮が強まっていることに不知火は密かに溜息をついた。
今の情報屋とのやり取りの中でも、不知火は幻影で顔つきを変えているし、またシーラと偽名を使うように言われていた。情報屋にしても依頼人であるリヴァイスの名を呼ぶことはなく、旦那の呼び方で通している。信用が出来る取引相手であっても互いに最低限、保険は掛けておくものだ。そういう用心は、対魔忍を含めて裏に近い稼業に関わる者には本来、必須と言われるはずなのだが……。
「ねえ、リィズ。私、本気で身の振りを考えたほうがいいのかしら……」
「そのまま戻ったら過労死待ったなしって感じがするよ、正直」
その後、宿に着いた二人は山と海の幸に舌鼓を打ち、部屋つきの源泉掛け流しである露天風呂に身を任せていた。会話の内容は情報屋のところで出た対魔忍の組織そのものである。
「不知火のことがある前でもさ、傭兵とかの仕事でもあっさり罠にかかって捕まって躾けられてるのをよく見かけたしな。不知火みたいに意思も強くなくてすぐに壊れていたし、助ける気にもならなかった」
同じ組織の者達の末路に何も思わないということではない。ただ、確かな実力と慎重さと多少の運、それを軽視した者としなかった者の差でもある。同情はすれど、リヴァイスの判断に異を唱える気にもならない。
「対魔忍の戦闘力の高さについて、俺のような魔の血が混じっていることが大きいって話したことがあるだろ? 人によってその濃さは違うものの、その影響で基本的に頑強な人が多くて、奴隷として重宝するから逆に狙われやすいって」
彼の杯にお酌をして自分も返杯を受けながら、温泉で月見酒という風流な楽しみ方をしながらも、会話の内容はどうにも色が無い話をしている。とはいえ、二人の影は一部重なるほどに寄り添っており、不知火は彼の腕に自らの腕を絡めて身体を預けているし、時に互いの口を杯の代わりとしてそのままお互いの舌を絡めて吸い合ったりもしているのだから、しっかり楽しんでもいた。ただ、急く必要もなく、のんびりと会話と愛撫を織り交ぜながらの湯治と洒落込んでいる。
「魔族の支配階級ならば誰でも知っているってことも合わせて、聞かされた最初はすごくショックだったのよ? 長い陵辱や身体改造に自分を保てたのも、私自身が魔族との混血だったお陰なのかもって……」
「あくまで一つの要因でしかないよ、代を重ねて随分と薄まっているだろうから。不知火が擦り切れそうになっても、家族への想いを失わなかったのは不知火の意思の強さがあってこそだ。少なくとも俺はそう思ってる」
「……ありがとう」
そして再び唇を重ね合い、不知火は徐々に身体の疼きが強まっていくのを自覚する。強制的なあの理性を焼き尽くす発情が近づいてきていた。
「不知火、随分と瞳が潤んできてる……せっかくの温泉宿だ。自分が飛んでしまう前に……おいで」
「……ええ」
岩風呂の中にいるなど問題にならないほど既に膣内はしとどに濡れており、彼に股がる体勢となった不知火は割れ目に位置を合わせ腰を下ろすだけで、リヴァイスの逸物を滑らかに飲み込んでいく。
「は、あぁぁぁっ、んんんんっ……!」
この数ヶ月で下腹部の内側はリヴァイスの形を完全に記憶し、彼をより受け入れやすくなるように子宮へと至る媚肉の柔らかさを増していた。結果、彼と繋がることがより強い快楽を生み出す循環を生み出している。
あまりにスムーズに受け入れ過ぎたのか、子宮へと繋がる入口を自分で押し上げることになり、不知火の視界は早速真っ白に染まり、星々が瞬く錯覚を覚えることとなった。
「やぁ……リィズのおちんぽ挿れただけでイっちゃってるの……」
「ああ、最初からすごい締め付けだ。俺もとても気持ちいいよ、不知火」
「深い、深いのぅ……簡単に私、リィズのおちんぽ全部飲み込んじゃってるぅ……完全に覚えちゃってるのぅ、この逞しいおちんぽ、私のおまんこ完全に覚えちゃってるのよぉ……」
口元が緩み溢れそうになる唾液を啜るように、リヴァイスはまた不知火の唇を奪い、口内を舌でかき回す。懸命に不知火もその動きに応えるように自分の舌を彼の舌に絡ませていく。
もう随分と亡き夫の顔に靄がかかるようになってしまっている。ああ、なんて薄情な女だと自分を罵りつつも、自分が名実共にリヴァイスの女になっていっているのだという意識が芽生え、彼を悦ばせることが自分の悦びとなり、彼に従属することを強く望む自分がいることを不知火は否定も出来ず、どこかで肯定してしまっていた。
長年の調教により、身体は男に従属する悦びを完全に覚えてしまっており、娼婦や性奴隷としての振る舞いや技術も無意識下のレベルで染み付いている。自分の制御下に完全に置くことも出来ずに、強制的な発情の周期はやってきて、その度にリヴァイスに鎮めてもらう始末。
心だけだ。自分が男の慰み者になるしかない惨めな存在ではなく、一人の母として、ゆきかぜを守るために戦うのだと叫び続けている。
でも、どこかで疲れ果てていた。一度、擦り切れかけた心だ。立て直しはしたが、深い絶望は相変わらず自分に纏わりついてきている。お前の身体はもう性奴隷でしかない、それ以外の生き方など出来るわけも無いのだと。おまけに、自分には寄りかかれる存在が出来てしまっていた。不知火の個を尊重し、一人の女性として接してくれる魔族の男が。
自分の一番深い場所にある器官が日々訴えてかけてきていた。従属を誓い、この男の子種で孕ませてもらえばいいと。早く孕んで、完全にこの男のモノになってしまえば、もう孤独な戦いに心を傷つけなくてもいい。調教によって植え付けられた男の精への飢餓感を、一人の逞しい男の存在で埋め尽くしてしまえと。その代わり、自らの全てでその男を愛し、尽くす。それは女の幸せの形の一つなはずだと。
「ねえ、リィズ……?」
「ん?」
ゆったりと腰の動きは止めず、じんわりと染み渡るような悦楽の波に身をたゆたわせながら、不知火はとうとう自分から問いかけていた。
「……私達、周りから見れば夫婦に見えるのかしら」
「仲睦まじいって前置詞がついた上でね」
アサギには申し訳ない気持ちはあるが、そもそも不知火にとっての優先順位は夫が亡き今、第一に愛娘のゆきかぜ。ほぼ同列に近い第二にリヴァイスとなっている。対魔忍に戻る利点が甚だ見えないのが正直なところだった。
幸せは小さく手に届く範囲で十分に満足できるのが、元来の不知火の性質だ。煌びやかな財宝や衣装も、豪勢な食事も、大きな屋敷もいらない。あり合わせのものでご飯を作れる自分を密かに誇って、服が足りなければ縫えば良く、家に少しの庭があればなおいい。亡き夫もリヴァイスも日々の頑張りをしっかり認めて褒めてくれる、そういう男である。
あなた……恨んでくれていいわ。私は、私は……狂気の淵から救い上げてくれて、私を慈しんでくれているこの男性と共に歩んでいきたい。その想いがもう、止められそうにないの。
不知火は瞳を閉じて、心の内で夫へと別れを告げる。娼婦として、性奴隷として扱われる未来とて、リヴァイスは選べたはずだ。だがこの数ヶ月を経て、今の自分の扱いは妻または恋人、それ以外の何者でもない。
リヴァイスはそれでも強要はせず、不知火へ判断を委ねていた。身体の均衡、今後の方向性、心の向く先……彼女の中で整理がつくまで待ち、その結論を尊重する。それが不知火に対するリヴァイスの姿勢だった。
「一つだけ、聞かせて?」
「なに、不知火」
新しい夫と、眷属として魔族化し夫が好んでくれる今の外見を維持したままの自分と、愛しいゆきかぜと、彼との間に生まれる新たな子ども……そんな風景を夢想する。ゆきかぜにはいずれ独立して人間界で暮らすか、魔族化するか選んでもらう選択肢も取れるはずだと。
もちろん、ゆきかぜが亡き夫を忘れ、魔族の男に寄り添うことを認めてくれるかなど分かるはずも無い。それこそ、裏切り者として敵意を向けてくる可能性も十分にあった。それでも、不知火はもう止まらない。
「……私が望めばずっとリィズの傍においてくれる?」
「不知火、それは」
「ええ。ゆきかぜにどう言われるかは分からないけれど。私は貴方から、リィズからもう離れられない。離れたく、ないのよ。ずっと傍にいたい。……愛してしまったのよ、リィズ、貴方を」
男は一度だけ目を伏せ、そして目を見開いた。覚悟を決めた、不知火が惹かれる強い瞳の色がそこにはある。
「不知火の気持ちは分かった。俺もどこかでそれを強く望んでいたし、喜んで受け入れたい。ただ、平穏な生とは行かないぞ。それは承知の上? 今みたいな出来るだけ穏やかな生活を過ごさせてあげたいけど、そうもいかない事情もある」
「教えて。ただ、結論は変わらないけど」
繋がったまま彼から聞かされた、彼自身の抱える事情。確かに大変な驚きが伴うものではあったし、逆に彼自身の年不相応の実力について腑に落ちたところも大きい。あとは平穏な生活をずっと続けるのは難しいということも。
「こんな俺でも不知火は、本当に付いてきてくれるの? もちろん全力で守るつもりだし、大事にする。俺の愛する妻になってくれるんだから。ただ、不知火が望む平穏な生活を長くは過ごさせてあげられないだろうから……」
自分が日々の何気ない生活に幸せを探して喜べる性格であるのは見ていれば良く分かったからと。重たい事実に戸惑いかけた心を、その一言が一気に洗い流して行く。
リィズは
孤独を拭い去ってくれた彼を、孤独にしてなるものか。彼から懇願されても、金輪際きっぱりと独りにはなれないと思い知ってもらう。
女として今一度覚悟が定まれば、心が一気に熱を持つ。力が満ちてくるように感じる。私とリィズの幸せを壊そうとする輩は永遠の幻影に閉じ込める。そして、彼以外の者にこの身を二度と好きにさせてなるものか。そのために、私も力を、さらなる高みへと自分を鍛え抜いてやる──。
「分かったわ。眷属化してもらえば私も魔族になれるわけだし、子どもを産むのは急がなくてもいいわよね?」
「へ?」
なんて気の抜けた声を出すのか。ただ、それもやむを得ないかとも思い、不知火はそっと彼の頭を腕の中に包み抱く。覚悟を決めた女は愛する男が傍にいれば、どこまでもしなやかに強くなれる。そのことはこれから時間をかけて分かって貰えばいいのだから。
「私、リィズの子供を産むもの。出来れば何人でも。人のままなら焦らないといけないかなと思っていたけれど、数百年単位で生きる魔族ならばその辺りは余裕が出来るものね。赤子を抱えてしまうと貴方の足手まといになってしまうから、しばらくはお預けになるのが残念だけど……まぁ、煩い連中を黙らせないと、子供達の生活環境にも良くないから。まずは、強くなることに注力するわ」
そこまで考えるぐらいには、悩んでいたんだから。耳元に囁いた最後にそう告げれば、『ありがとう』と消え入りそうな声が届く。どこか愛に飢えていた頑張り屋の男の子を、まずは溺れさせるぐらいの勢いで愛するところから始めましょう──。
そう決めた不知火は、その後の交わりにおいても自分の意思で激しく乱れた。身体と心が同じ方向を向いた情交の多幸感を味わうのは本当に久方ぶりであり……まして、魔族の強い身体に彼自身の能力を合わせれば、それこそ何度でも彼の精を子宮に浴びることが叶う。
露天風呂の中で湯に漬かったまま、立ち上がって岩風呂の縁に手をついて後ろから、浴槽の傍のタイルの上で真正面から、幾度も幾度も不知火はリィズの愛を一身に受けた。受ける合間には必ず管に残る精を吸い出すお掃除奉仕を欠かさず行い、彼の一物が完全に硬さを取り戻すまでの短い間であるが、口で、胸で彼を楽しませる。
「愛してる、愛しているの、リィズっ、ああ、ずっと伝えたかった。もう我慢しなくても、何度でも言えるのっ、大好き、ずっと愛するの、リィズ! 私は貴方を愛してるのぉ!」
オーガズムの間際にも愛の言葉を口にし続ける。何度精を受け、どれだけ愛情を伝え続けただろうか。夜闇の向こうから薄っすらと陽が登り始める頃、とうとう不知火の体力が尽き、気を半ば失うこととなった。
「リィズ……好きぃ……愛してるのぉ……」
部屋に戻る前に身体を清められる間も、不知火はほとんど夢の中。その夢の中ですら愛を囁き続ける不知火に、リィズは照れ臭そうな笑みを浮かべながら、自分も愛していると、必ず不知火が望む幸せを手にしてみせると、眠りの中の彼女に告げ、同じ掛け布団の中へと包まるのだった。