翌日の昼休み、和季はふたつのランチトートを手に智史に連れられてここに赴く。奇跡的に同じクラスのふたりは、教室では人が来てうるさいからと、空き教室で昼を摂ることにしていた。
向かい合わせに机を並べたその上には、こぼしたときにすぐ拭けるようにとウェットティッシュとティッシュボックスがロッカーから運ばれてくる。菓子なども持ち込むこともあるが、怒られないのは基本的にウェットティッシュとティッシュボックス以外は持ち帰っているからであろう。
「和季」
「さ、さぁちゃん……?」
準備万端と座ろうとしたところで、智史に腕を取られてしまった。にこりと笑うその顔で。
えと思う間もなく、無理矢理机の上に座らされた和季が智史を見上げれば、ぴくりと躯が跳ねる。太ももを撫でる智史は「足を開いてスカートを上げろ」と命令した。
「な……、なんでだよ?」
「俺に黙っていた罰がまだだったからな。早くしろ。それとも縛られたいのか?」
ネクタイに手をかけた智史に慌てて「待った!」と制止し、「わ、解ったから……」とスカートをたくし上げて足を開く。M字の先、下着を見つめる熱い視線に目を閉じようとすれば、智史は口端を上げた。
「目を閉じたらどうなるか、解るな?」
「は、い」
目を閉じたら、智史はひどく抱く。許しを乞うその口を塞ぎながら。身を持って体験したのは一度ではない。ぞくりとするほど綺麗な顔が蕩ける様が見られるのはいいが、体力的につらいものがある。
「早くやれ」
智史の言葉に下着を膝したまで下ろし、和季は自身に手を添えた。ともすれば緩く立ち上がるそれを扱く。
「っ……ふ……、ん……んっ」
「もう勃ててるのか。はしたないな、和季は」
「さぁちゃっ、が……オレを、見るから……」
熱い視線が和季を昂らせ、くちゅくちゅ水音を響かせるようになるまでにそう時間はかからなかった。
片手で躯を支え、耳まで赤くさせながら和季は指の腹で先端を抉る。間近でその姿をじっと眺める智史は和季の色気に当てられていた。くらくらするような錯覚はいつもある。だから今回も早い。
「っあ……、あ……、さぁちゃん、さぁちゃんっ ――んぅっ!」
そうそうに色気に負けた智史は荒々しく震えるその唇を塞いだ。窮屈そうに収まるそれに気付かせるように、わざと手に押し付けながら。
「ん、ん……!」
「……和季」
口付けの間に和季と囁く智史は、その後頭部に片手を添えて深く唇を重ねる。重なる舌からぴちゃぴちゃ漏れる音が恥ずかしく、和季は思わず目を閉じてしまった。瞬間、髪の毛を掴まれ引き剥がされていく。いつも思うが、智史のアップは心臓に悪いだろう。
「目を閉じるなと、言ったはずだけど」
「ご……ごめんなひゃい」
「そんなに俺に抱かれたいのか、和季は」
和季の頬を軽くつねった智史は顔を綻ばせながらそう囁いた。「違う! 本当は違わないけどっ、いまは違うから!」と慌てる和季にくつくつ笑い、「慌てなくても、帰ってから死ぬほど愛してやるし」ともう一度口付ける。和季の手を自身のそれに添わせて。
「さ、さささっ、さぁちゃんっ」
「キツいから俺もイかせろ」
「さ、さぁちゃんが、いいなら」
和季の両手はふたり分を扱き、智史の指は溢れる蜜を塗り広げるように蠢く。何度も唇を重ねながら。
「っん……、さぁちゃ……、きもち、い……?」
「聞くのか、それを」
吐息を吐き出す智史の顔は快楽に堪えるように眉を寄せている。なんて色っぽいのかと直視できず、和季は伏し目がちに手を動かし続けた。
「あ、あ……っ、さぁちゃん、も……オレっ」
「まだ、だ」
「んぅ――――!」
ぐっと後頭部を掴まれ、角度を変えた口付けは深い。と同時に、先端を抉られ、和季は智史の手に熱を吐き出してしまう。少しして智史も果て、ウェットティッシュが取り出される音がした。そうして唇を離した智史は「ごちそうさま」と、自身の口端を舐める。
「……っ!」
反則だと和季は顔を背け、ウェットティッシュを勢いよく掴んだ。
片付けが済んだあとドアが軋む音がし、まさか見られていたのかと振り返れば、そこには隙間ができていた。
「うわあああああ!?」
「あ、そうだった」
パニックになる和季は机から飛び降りその場にうずくまるが、智史はなにかを思い出したかのように歩き出した。ドアに向けて。
「さ、さぁちゃん?」
「和季に謝りたいらしいよ。――この二人」
うずくまる傍から見えるのは足元だけ。渋々机から顔を出す和季は目を丸めて凝視する。ふたたびのまさかだ。自分を襲った二人がそこにいたのだから。
■□■
「謝る時間をやるよ」と智史は購買へと行ってしまった。もちろん和季に手を出したらぶん殴ると釘を刺すことを忘れずに。
「すみませんでした!」
頭を下げられた和季は「あ……えと……」と目を泳がす。朝、智史が呼ばれていったのはこのためかと察した。
「もういいよ……。オレをヤれって言ったのはオレだし。撮った写真や動画をネットにアップさえしなければ、もういいから。だから頭上げて」
「い、いいんですか……?」
「おれらのこと、許してくれるんすか……?」
「許す、わけじゃないけど……、飯、食いたいし。あ、アンタたちもお昼持ってきてるんだ?」
「あ、はい……、一応」
手に持つビニール袋に気付いて、和季はしかたがないとため息を吐く。
「戻っても時間なくなるだけだし、さぁちゃんに手を出さないって誓ってくれるなら、一緒に食べてもいいよ」
「誓います!!」
瞬時にハモる言葉に和季は頷き、「約束だからな。絶対だぞ」と机に向き直った。甘い処遇だと解っていても。
「用意するから待ってて」
残る二つの机をくっ付ける間、男は和季に問う。「瀬谷さんとアンタはどういう関係なんだ?」と。
「さぁちゃんとオレは幼馴染みだよ。家が隣同士の。幼馴染みっていっても生まれたときからじゃなくて、さぁちゃんが隣に引っ越してきたんだ。それからはずっと一緒にいる」
「そんな格好してる理由は?」
「『男同士が気になるなら、和季が女になればいい』って、さぁちゃんが言ったから。さぁちゃんが傍にいてくれるなら、女装ぐらい易いよ。それでもやっぱり、初めの頃は恥ずかしかったんだけどさ」
「ずっと一緒ってことは、いまだに童貞ってこと?」
もうひとりの男が首を傾げれば、和季は固まった。俯いたその顔は青や赤に変わっている。
「童貞ではない、けど……」
「え、違うのかよ?」
「まぁ、一応は」
「誰としたわけ? お姉さん系の美人か?」
「そんなこと――っ」
「そんなこと言うわけないだろ!」と言う前に、ひどい音が響き渡る。事実、購買から戻ってきたらしい智史が教室のドアを蹴り飛ばしていた。
「お前たちは謝ればいいだけだ。よけいなことをする気なら、その口をへし折るぞ」
ドスの聞いたその声にいち早く反応したのは男たちだった。「すみません、瀬谷さん」と土下座で詫びをいれる。
「詮索は二度とするな」
「はいっ」
「解ればいい」
男たちから視線を外して和季に向き直る智史は、「和季も和季だ」とズカズカ大股で歩み寄る。
「いちいち答える必要はないだろ」
「ごめんなさい」
しゅんとなる和季の頭を撫で、「次はないからな」と優しく忠告した。頷く和季の手を掴み、イスへと導いていく。
「ほら、プリン」
「ありがとう、さぁちゃん」
机上に置かれる二つのデザート。プリンの他に買ってきた果物ゼリーは智史のものらしい。和季の向かいに腰を下ろす智史は「お前たちも早く食べろ」と放った。男たちを一目して。
「はい!」
ランチトートから弁当箱を取り出す和季を眺める智史の顔には、にたりとした笑みが浮かんでいる。
智史が男たちに呼び出されたのは、昨夜にそうしろと提案をしたからだ。
『罪悪感があるのなら――謝らせてやるよ。ホームルームが始まる前に俺を呼び出せ。そうすれば不審がられないだろ』
『解りました』と返る言葉に電話を切る。
二台持ちの片方は、忠犬との連絡用に使っていた。わざわざもう一台を教える義理もない。
連絡が済めばネット部屋からすぐに出て、リビングで寛ぐ和季を抱き寄せる。
『悪かったな、途中で放り出して』
『大丈夫だよ。電話終わった?』
髪の毛を拭く作業を再開させる智史は『あのな』と腹に手を回した。
『終わったから戻ってきたんだろ。ウザいから部屋に置いてきた』
『大丈夫か? また電話かかってこない?』
『かかってきても無視だ。何度もかかってきたから出たんであって、基本的に和季といる時間の方を取るよ』
『さぁちゃんがいいならいいけど』と背中を預ける和季はへらりとしていた。
智史の悪事に微塵も気付かないのは、気付かせないように細心の注意を払っているからである。智史は和季の横髪を梳き、小さく笑みを浮かべた。
――駄犬には小さなアメを。忠犬には大きなアメを。和季を繋ぎ止めるために利用される覚悟があるのなら、もっと甘い時間を。そのどれを選ぶかは、選ぶ者自身が決める。
口外しない旨の誓約書を書かせるのを、決して忘れず。
■□■
「瀬谷さんはどうしてあのチビを構っているんですか?」
「和季だから」
昼を食べ終わり、空の弁当箱をトートに戻した和季は、デザートの容器を洗ってくると席を立った。ランチトートを片手に廊下で待つのはもう用がないからだ。
「あんなの見せられるなんて思いませんでした」
「誰のものか知らしめないと意味がないだろ」
赤面する男たちをちらりと見た智史は「駄犬にも解るように言ったはずだ」と腕を組む。
「俺は和季以外を見る気はないし、興味もない。いまここに巨乳の女が現れてもな」
「瀬谷さんの性格知ったら怒りますよ」
「それはどうだろうな。和季は俺に甘いから」
「それは瀬谷さんも同じです」
この学校で智史が和季に甘いことなどみんな知っている。だから少しでも自分に気を引かせそうと、みんな必死なのだ。たとえ利用されるだけだとしても。
足音が近付くのが解り、男たちは「また使ってくれますか?」との言葉を紡いで歩き出す。「気が向いたらな」と返した智史に男たちは頷いた。
「待たせて悪い! ゴミ捨ててきたから、帰ろうぜ。あ、アイツら帰ったんだな」
入れ替わるように来た和季は智史の腕を引こうと手を伸ばした。が、すぐに引っ込め、「あのさ」と智史を見上げる。
「どうした?」
「さっきまでなに話してた?」
「大したことない話」
「本当に? 学校でしてたの、言いふらしたりしないよな?」
「そこは大丈夫。ちゃんと言い聞かせたし」
「そっか。さぁちゃんが言うなら大丈夫だな。帰ろ」
今度こそ手を取り、歩み出す。しかし少し進んだ先で、和季は辺りを見渡した。人の影はないと解り、智史を壁に押しやる。
「和季? ――っ」
どうしたのかと問う前に和季の唇が重なり、智史は目を丸めて和季を見据えた。「さぁちゃん」と紡ぐ和季は数回キスを続け、そして恥ずかしげに目を伏せる。
我慢できずに手を伸ばした智史は、掻き上げる髪を口実に赤い耳へと優しく触れた。ぴくりと躯が跳ねると同時に、顔が上げられる。真っ赤な顔でも、瞳は不安げに揺れているようだ。
「……オレは……、オレは、さぁちゃんにとってなに?」
「和季、もしかしてこれ、は――」
「さぁちゃんが! 言わせるように仕向けろって言ったんだろ!」
察したことを口に出せば、和季はそうだと声を荒らげる。確かに仕向けろとは言ったが、こんなに可愛くとは言った覚えはない。
智史は噴き出し、腹を抱えて笑いだした。やはり和季は可愛すぎてどうしようもない。
「笑うな! オレは本気で知りたいんだよ!」
「悪い、悪い。和季が、可愛くて……」
「だから笑うなっつの」
もう嫌だと真っ赤な顔を逸らす和季の髪を掬い、口元へと運ぶのはすぐだ。「悪かった」と紡いで。
「教えてやるから機嫌を直せ。和季は俺のお姫様だよ。和季こそ、俺のことをどう思ってるわけ?」
「――王子様。で、オレの一番好きな人」
キラキラ輝く廊下で和季は微笑み、智史の背中に腕を回した。瞬時に顔を赤らめる智史が持っていた二つのランチトートが片手から滑り落ちるのは、至極当然である。
初めて会ったその時から、君は麗しの――。
ー了ー
【 あとがき 】
あとがき代わりのおまけです。
楽しんでいただけたらと思います。
■おまけ■
可愛らしくあった智史は、とても美しく育った。
それを見てきた和季にとっては、お姫様でもあるわけだ。王子様と言ってしまったが。
和季が「あ、でもやっぱり……」と言いよどめば、智史は落ちたトートを一瞥して軽く咳払いをし、「言えよ」と先を促す。
「お姫様でもあるよ。だって、小さい頃のさぁちゃん可愛かったし。いまは綺麗だし、それにかっこいいよ! いや、いまも可愛いときがあるけど――って、これはいいか。王子様とお姫様、両方じゃダメか?」
「俺はなんでもいいよ。和季が俺のことを好きならな。けど俺の方は変わらない。和季は俺だけのお姫様だ。――俺の一番愛しい人」
掴まれた手の甲に唇が落ち、和季は湯気が立ち込めそうなほどに全身を朱に染めた。
蕩け顔の智史の目の先で。
――この先も、お互いに勝てない日々は続いていく。