教会の周りを、ぐるりとまわる。
「結界にほころびはないようね」
「なんか、不気味だな……こんなに上手くいくなんて」
「何よ、私が失敗すると思ったって言うの?」
「いや、そうじゃなくて……」
私たち三人は、結界の様子を見に出向いた。
「そうですね……シロウの言いたいことはわかります。あの男が、大人しすぎる」
結界のぎりぎり外から、私は教会を見上げた。
結界の発動が確認できたあのとき。
着地した私は、即座に振り向いた。
壁は目には見えないが、すでに私たち三人とこの男を隔てているはず。
ギルガメッシュは自らの放った剣が地面に落ちるのをしげしげと眺め、ゆっくりと視線を起こした。
「ふむ……」
シロウとリンを押しのけ、歩いてこちらに近づいてくる彼に剣を向ける。おそらく、壁を壊そうと力の限りの攻撃を加えてくるだろう。結界は作用しているだろうが、何か仕掛けてくるかもしれない。
まっすぐに進んで、剣を構える私のすぐ前。そこでギルガメッシュは足を止め、辺りに視線を配った。
そして右手を挙げて、見えざる壁に触れる。
静電気のように、ばちばちと微弱な抵抗が光る。
触れたのは数秒だっただろうか。
その掌を眺めると、あの男はきびすを返し、何ら抵抗をすることなく教会へと戻ったの
だ。
何か結界を破る策があり、大きな準備が必要なのかもしれない。
そう考えてしばらくは動きがないか張り込んでいたのだが、彼はその日、結局何の行動も起こさなかった。
一夜明けた今。
あの男は今なお、この結界を破るための画策をしているのではないか。
「様子を見てきます」
鎧を身に纏う。
「油断させようって腹かもしれないわ。気をつけて」
「はい。こちらも万全の体制で行きます」
壁や長いすの至る所が崩れている大聖堂を抜け、奧の廊下に出る。
昨日散々に破壊された言峰教会は、瓦礫の山だ。一階正面の聖堂部分や地下は、人が住めるような状態ではない。
気配は二階にあった。
部屋の横に立ち、昨日と同じく呼吸を整え。
そして、ドアを蹴破るようにして開けた。
「もう少し丁寧に扱え。これ以上使える部屋を減らす気か」
昨日とほぼ同様。
ギルガメッシュはその部屋のソファーにゆったりと座っていた。武装して対峙する私に対して、この男は普段着のまま。
教会内にあったのであろう雑誌や本が、机の上にはいくつか積んであった。
それは魔術に関連するような書籍でもなく、表紙や背表紙を見る限り、大衆娯楽的なものだ。結界について策を講じている、その資料には見えなかった。
「何を……しているのです?」
困惑からそのように口にしたが、我ながら間の抜けた問いかけだ。
「暇をしている」
確かにそのように見える。天候が悪く外に出かけられないので、休日を潰している。そんな状況だと言われれば信じるような、自然な様子だった。
そんな風を装っているのだろうか。演技だとしたらどのような意図があるのか。
どうにも判断しかねて、その場に立ったまま彼を観察する。
部屋のソファーで雑誌をめくりながらくつろいでいる男と、鎧と剣で武装した自分。昨日もそうだったが、妙な取り合わせだ。
「座ったらどうだ」
あまつさえ、何のつもりだかそんなことを言い出す。
席を勧めるその言葉には返答せず、私は部屋を出た。
ギルガメッシュの様子を伝えると2人も釈然としない様子ではあったが、しかし、攻撃してこないのであればその方が良いには違いない、というのがおおむねの結論になった。
私たち三人はその後も見張りを続けたが、別段大きな動きはない。同じような出来事が二度、三度と続くばかりだ。
次第に監視は、私一人に委ねられていった。
結界に関してはリンに任せるしかないが、結界内に立ち入ることは危険を伴う。あの男の動向に関しては、私が見張るのが適任と言えるだろう。
見張る、とは言っても、なんのことはない。
いつも二階の部屋で暇そうにしているのだ。武装して行くのも馬鹿馬鹿しくなり、私も普段着のまま、変わりがないか確かめるだけになっていった。
彼は私の姿を見ると何かしら話しかけてくるが、それには答えなかった。世間話など交わしてしまえば更にこちらのペースが崩れるような、そんな気持ちの悪さもあったかもしれない。
「……ギルガメッシュ」
ついに声をかけたのは、彼を捕らえてから三日ほど経った頃だった。
それまで彼は逃げ出す素振りも、攻撃的な様子も見なかったから、少し安心していたのだ。そして、警戒が解けると共に、好奇心が出て来る。
三日もだ。
このように大人しく、ただ座っているなど。
私の知る彼の行動とは思えない。
めずらしく声をかけた私に、彼は驚いたようだった。
「大人しく、している様ですね」
私は率直に疑問を投げかけた。
「どうせ出られないのだ。反抗しても立場を悪くするだけだろう?」
「……いやに聞き分けが良いではありませんか」
「ふ……そうだな」
薄く微笑む彼に不穏なものを感じ、若干の緊張が生まれる。だが、この男が今私に危害を加えることはない。そうなったとしても、結界の外に出れば良いだけだ。
「大人しくしていれば、話し相手くらいにはなってもらえるのか? セイバー。此処に居るのは、とにかく暇だ」
「……考えておきます」
私は平静を装って、努めて抑揚のない声で返事をした。
「おかえりセイバー。変わりはなかったか?」
台所から顔を出し、エプロン姿のシロウが私を出迎えた。
「ええ、全く」
「そっか良かった。もうすぐごはんだけど、遠坂も来るはずだからちょっと待とう」
「わかりました。何か手伝いますか?」
シロウの腕に、もう包帯はない。でもあの日から、私は少しずつ家事を手伝うようになっていた。
まだ出来ることは少ないけど、少しずつ。
「そうだなーもうほとんどやっちゃったけど……じゃあ盛りつけやってもらおうかな」
「お任せください」
盛りつけの仕方については割とわかってきた。問題ない。
リンが姿を現したのは、そんなやりとりをしてからすぐのことだった。温め直す必要もなく、三人分のお皿を用意する。
ほどなく、テーブルの上にはシロウ特製のディナーが並んだ。
席についたリンが、私のレイアウトしたそれらを見て大げさに驚く。
「セイバーが盛りつけたの? 上達したわね。最初サンマが米に突き刺さってたときはどうしようかと思ったわ」
「ブリテンでは常識なのですが、こちらでは一般的ではないようですね」
「はは……イギリスってすごいところだな……」
「あっセイバーのご飯茶碗……大きくなってない? って言うか、どんぶり?」
「そうなんだよ。何度も食事中お代わり盛りに行くのもせわしないからさ」
「私専用ですよ! いいでしょう。ふふ」
これは大きくて使いやすい。しかも、可愛らしいライオンの柄が入っているのだ。
「まあ、そうね。最初っからどんぶりに大盛りっていうのも、潔くていいんじゃないかしら」
言いながら、リンは私が盛りつけたおひたしに箸を付けた。
それを見て、出遅れてはなるものかと私も大皿からいただく。
それにしても、シロウのごはんはいつも美味しいが、専用のお椀で食べるごはんは更に美味しい。
私たちの平穏で楽しい時間。
こんな生活がずっと続けばいい。