※この作品はR-18です。

金毛獣の檻   作:あさ子

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金毛獣の檻ー3

 

「セイバー」

 私を見て声をかけ、そして微笑む。

 歓迎されているのだ。

 私はこの男の敵であり、ここに彼を閉じ込めている張本人の、そのひとりなのに。

 しかし彼が会話できる人間は今、私だけなのだから、そんな気持ちになるのも無理はないのかもしれない。

 この部屋も大分雑然としてきた。

 雑誌の他にもパズルやら空いた酒瓶やら、他の部屋から集められたものが散らかっている。

「少しは片付けたらどうですか」

「む…………。我が掃除など……」

「まさか十年間掃除もしなかったわけではないでしょう」

「……今まではコトミネがほとんどやっていた」

 そう言って目をそらすのは、どういう含意なのか。

 身の回りのことを任せきりにしていたせいで出来ないという、その気まずさなのか。それとも、亡くなった人物の話に対する躊躇なのか。

「……そうですか」

 同居人を失い、この敷地内に閉じ込められ、王であった身には到底似つかわしくない雑然とした部屋で、ひとり弱っていく。

 ぼんやりと頭に浮かんでしまったストーリーは、なんとも後味の悪いものだった。

 ……ましてや私は加害者だ。

 昼を過ぎて、外は明るい。私は窓を開け放った。

「寒いではないか」

「換気も必要です」

 机と床の別もなく詰まれた雑誌や本を、なんとなく見栄えの良いようにサイズをわけて整理する。

 これくらいはしてやっても良いだろう。

 それを見てか、彼も酒瓶を集め始めた。

「ごみは出しておいてあげます」

「助かる」

 私だって得意分野なわけでは全くないのだが、その日は部屋の掃除に時間を割いた。

 大人しく黙々と、彼もそれに倣った。

 ……しかし。

 このように過ごしている彼には、何か報いなければならないような、そんな気になってくる。

 受肉した体を持っているのに関わらず、ギルガメッシュは飢えることもない。きっと彼の宝物庫には食料など山ほどあるのだろう。

 でも、何か持って行ったら喜ぶかもしれない。

 

 

 

「おかえりなさい」

 出迎えたのはサクラだった。

「サクラ、来ていたのですね」

 居間でお茶を飲みながらシロウとくつろいでいる。その姿を見るのは久しぶりだ。

 ギルガメッシュの襲撃がいつあるかわからないという状況では、戦えない人間は、この家から極力遠ざけられていた。

「セイバー、おかえり」

 シロウが私の分の湯飲みを持って台所から出てくる。

 サクラがここに居ることは、シロウがすでに危機は去ったと、そう認識している証拠でもある。

 認識が甘い、とシロウを咎めるべきか。

「ただいま。お茶ありがとうございます」

 迷ったが、今し方一緒に部屋の掃除をした彼のことを思い出し、その言葉を飲み込んだ。

 当面、危険はないだろう。

 卓上に目をやると、色鮮やかなチラシが何枚も置かれていた。

「……旅行? でしょうか?」

 大きく書いてある拾える文字は、どうやら国内外の様々な地名だ。

「はい。春休みに旅行もいいかなって話してたんです」

 なるほど。

 それも良いかもしれない。

 サクラもリンもシロウも、普段は争いごとなどには関わることのない学生なのだ。聖杯戦争で心身共に摩耗したことだろう。ここで一度、羽を伸ばすために旅行に出るのもいいかもしれない。

「良いのではないですか」

 私がそう言うと、二人は顔を合わせて大げさに喜んだ。

「セイバーがそう言ってくれてよかったよ」

「ええ。この一ヶ月ほどは大変だったでしょう。留守の間は私に任せて、ゆっくりして来てください」

「え」

 何か変なことを言っただろうか。

「いや、そうじゃなくて」

「……?」

「セイバーを旅行に連れて行きたいなって、そう話してたんだ」

「私、ですか」

 まさかの返答。

 私に休息を、という話だったのか。

 驚いたが、有り難いことだ。

 今までは戦闘の指揮を執るのは王である私であって、兵を労う立場だった。シロウたちに対してもそんな気持ちがあったのかもしれない。しかし、聖杯戦争においては私は兵だ。労われる側の立場なのだ。

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

 硬直していたシロウとサクラが、ほっと胸をなで下ろす。

「立派な考えです。シロウが兵を大事にする良きマスターであることが誇らしいです」

「ええと、褒められるのはうれしいけど……やっぱり何か違うかな……?」

「何がです?」

「あの、セイバーさん」

 おずおずと答えたのはサクラだった。

「私たちは、セイバーさんがこの時代で楽しめるものがあるといいなって。それで、まずは旅行にでも行って、色々なものを見るのがいいんじゃないかと思ったんです」

「楽しめるもの……」

 趣味とか、そういうものだろうか。

「セイバーは、何かしたいこととかないのか?」

「したいこと……ですか」

「ああ。何でも言ってくれ」

「ううん……すぐにはちょっと、思いつきませんね」

「そっか。なにか浮かんだら、いつでも言ってほしい」

「ええ。二人とも、ありがとうございます」

 二人の気遣いが、とてもうれしい。

 ……その一方で、私の中に何か煮え切らない、何とも言えない違和感があった。

 

 

 

「セイバー。今日は早いな」

「そうですね」

 教会に着いたのは、正午の頃だった。いつもならば様子を見に行くのは午後なのだが、今日は少し早い。

「サンドイッチを持ってきましたが、食べますか」

 その理由は、商店街のちょっとおしゃれなベーカリーで買って来た、これである。白い手提げ袋から茶色い紙袋を取り出し、中身を見せた。

 フランスパンに色取り取りの具材が挟まれた、見た目にも豪華なサンドイッチだ。

 とは言っても商店街で売っていたものだし、ギルガメッシュは一笑に付すかもしれないが。

 しかしまあ、それならそれで私が食べれば良い。昼食は早めに食べてきたが、まだまだサンドイッチくらいは余裕で入る。

「ほう。……いただこう」

 思いの外素直に、彼は受け取った。

「多いな。ひとつで良い」

「そうですか」

 自分を基準に二個買ってしまったが、一般的には多かったかもしれない。

「どちらが良いですか」

「……これにしよう」

 野菜と鶏肉のあっさりしたサンドを選んで、彼は包みを開けた。返ってきたのはローストビーフサンドで、私が食べたかった方だ。

 私もソファーに腰掛けて、ラップをはがす。

 市販の品は家で食べるものより味付けが濃いが、これはこれで美味しい。あっという間に平らげて隣を見ると、ギルガメッシュの方はまだ半分ほど残っていた。

「セイバー」

「はい?」

 なんだろう。味に対する文句なら受け付けないが。

 不意に、顎の辺りに彼の手が触れた。

「ついている」

「え」

 ああ、ソースで口元が汚れてしまったのか。

 拭おうと手を伸ばすが、それより彼が早かった。顔が近づく。

 唇の端に、感触。

 舌で舐め取られたのだと気づいたその瞬間。

 咄嗟に頬を張っていた。

 乾いた音が響いて、はっとする。

 紅い視線が一瞬鋭く、私を射貫いた。

 息を飲む。

 しかしそれは、まばたきをしたその瞬間に消え失せていた。気のせいではなかったのかというほど、その攻撃性は刹那のことだった。

「あ……っ、私……」

 目を伏せた彼の白い頬が、赤みを帯びている。

 それを見て、私の胸に罪悪感が芽生えた。仮に、例えば突き飛ばしたとしても、ぶつ必要はなかったのではないか。彼はずっと暴力的な態度を取らずに居たというのに。

「ギル……」

「申し訳ないことをした」

 彼の口から出た謝罪の言葉に、私は耳を疑った。

「いえ、私こそ、このような……」

「許しを得ずに勝手な真似をして、飼い主に躾を受けただけだ」

「飼い主……?」

「そうだろう。今のお前は、我の飼い主だ。違うか?」

「それは…………」

 飼い主、歴然とした力関係。そんな風にこの男を考えたことはなかった。

 でも、確かにそうだ。

 今、私はこの獣の、手綱を握っている。

 

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