日曜の午後。
最近は寒い日が続いていたが、今日は日差しも暖かく、過ごしやすい陽気だ。出たときよりも更に陽が高くなって明るい道を、ゆっくり歩いて帰った。
「ただいま」
「おかえり、セイバー」
ふすまを開けると、シロウ、リン、サクラがそろっていた。
「みんな来てたんですか」
「それで、どうだった?」
「なかなか面白かったですよ」
左手に提げた紙袋を机に置く。
中には今日の実習で作ったパンが入っていた。
「人数が多いので、足りないかもしれませんが」
シロウと食べようと思っていたのだが、二人も来ているとは。量の問題もそうだが、私の初めて作ったパンは、少し形がいびつだ。それをあまり多くの人に披露するのも気恥ずかしい。
「味見だけで大丈夫よ。ねえ、開けていい?」
リンがアルミホイルを開いて、中身をシロウが持ってきた皿に広げる。
「中々よく出来てるんじゃない?」
「そうですね」
流石に売り物のようとは行かないが、褒められて悪い気はしない。
「じゃ、早速実食~」
リンがパンの端をつまんで食べた。
「あっ遠坂。いま包丁も持ってきたのに」
台所から出てきたシロウに言われて、リンは少し顔を赤くした。
「あら、いいじゃない。みんなでつまんで食べれば」
サクラもリンに続いてパンを手で千切ると、シロウもそれにならう。
「うん。ふわふわでおいしい」
「上出来ね!」
「あ、ありがとうございます」
料理上手な面々に手放しで褒められては、流石に照れくさい。お茶を飲みながら俯いて、赤くなっているかもしれない顔を隠した。
今日は体験講座だったが、こんなに喜んでもらえるなら本講座に申し込むのもいいかもしれない。
「衛宮君、お茶おかわり」
「自分で注げよ」
言いながらシロウは、結局急須を持ってリンのお茶を注ぎ足す。私の湯飲みにも足そうとして、添えられた左手に目をとめた。
「セイバー、手、怪我してるじゃないか」
「あ……、実習で少し、切ってしまって。でも大したことはありません」
袖口の裾を引っ張り、後ろに手を回して隠した。
「え? 治しましょうか?」
リンが見せてみて、と覗き込んでくる。
「いえ、本当に大した傷ではないので。大丈夫です」
「そう? 気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
平日昼間。
シロウは学校に行っているし、この時間帯は暇を持て余す。
冬木大橋を渡り、未遠川沿いの道を歩く。昼過ぎに目的もなく家を出て、なんとなくここまで歩いて来てしまった。もっと遠くまで歩くこともあるけど。
ふと気付くと、何気なく歩いていたつもりだが、そこはよく見知った岐路だった。新都に続く広い道と、教会に続く、閑静な遊歩道に分かれている。
散歩には相応しい、緑の多い道。その向こう側にある様々な光景が脳裏を過ぎり……。私は、踵を返した。
進路を変更して、未遠川に面した公園を歩く。平日の昼という時間帯、ましてや外に長く居たい季節でもない。かなり広い敷地であるが、人影はほとんどない。
自販機の横のベンチに腰掛けようとして、そこで、落ちていたものに目が留まった。
お酒か何かの空き瓶だった。
それを手に取ると、強く握り締める。
瓶は手の中で砕け、大小のガラスの破片となる。地面にぼたぼたと血がこぼれた。
皮膚が切り裂かれ、肉に鋭利な切っ先が食い込む。
痛い。
しかしそれも一瞬。アヴァロンは手元にないとは言っても、生来の高い治癒力によって出血はすぐに止まる。戦闘に慣れきっている思考回路は、左手の動作に支障の無い程度の損害を無視する。
痛みはすぐには引かない。大気に触れる傷口が染みるような感覚を伝える。
でも、そんなのは大した苦痛ではないのだ。
私にとっては、あんまりにも日常的な、ありふれたものだ。
……こんな苦痛では、足りない。
代償としては、軽すぎる。
公園内の水道で軽く傷口を洗うと、私はまた歩き出した。
行き先があるわけではない。ただ、歩いて時間を潰すだけ。私の中に芽生えた愚かな選択肢が薄れて消えるまで、彷徨うだけ。
川沿いの道をずっとずっと歩く。川幅は広くなっていき、やがて河口の港まで辿り着く。来た道をまた引き返して、賑わう新都の複雑な道を通る。その頃には陽は陰っていて、とっくに昼ではなくなっていた。
何度目かの、岐路に立つ。
夕暮れの坂道は手招きをするかのように、静かに私を見つめている。
良からぬ思案が、私の中には浮かんでいた。
あの獣にこの身体をくれてやったら、私にはどれ程の傷が付くのだろう。
少なくとも私の鈍感な痛覚に訴えるよりかは、ずっと大きな苦痛だろう。
彼が私を本当はどう思っているのか。
丁度良い暇つぶしのおもちゃ程度の認識なのか、それとも、多少なりとも本当に恋愛感情のようなものを抱いているのか。
……いや、そんなことはどうでも良い。
大事なのは、彼が自身の利益を、それだけを考えていること。
そして、そこに私の幸福は、計算されていないということだ。
「ああ……セイバー。待ち侘びたぞ」
結界内に気配を感じ取り、我は歓喜の余り呟いた。
彼女の中に渦巻く苦悩。その鬱積が、ついに現界を越えたのだ。
‘私だけがのうのうと生きながらえ、幸福な暮らしを得て良いのか’
‘私の幸せを願う人々を裏切って良いのか’
矛盾するふたつの苦悩が、軋轢を生む。
ひずみの集約する先、この場所はその帳尻を合わせるために存在していた。
彼女は自らに罰を与えようというのだ。ここが教会だというのは何という皮肉だろう。
扉を開けた彼女は目を合わせはしなかった。
俯いた顔は、一週間前よりもやつれて、顔色も良くない。そして、悲壮感漂うただならぬ雰囲気を纏っている。
それが可笑しくて、笑みを噛み殺した。
まるで、処刑場までを自らの足で歩く死刑囚のようだ。
そんな風に深刻なことではないだろうに。
「セイバー、久しぶりではないか」
椅子を立って、歓迎の意を示す。
「もう来ぬのではないかと思った。会いたかったぞ」
扉を締め、一歩部屋に入ったその位置から動かない彼女に駆け寄る。
抱きしめようと両肩に手を添えると、たじろいだ身体が半歩下がって、その背が扉にぶつかった。
「……っ、白々しい演技は止めたらどうです。不愉快です」
険しい顔で彼女がそう切り出したことは、意外ではあった。薄々は感づいていたとしても、口当たりの良い言葉で装飾されていた方が心地よいだろうに。
いや、彼女はこの空間に、最早それを求めてはいないのか。
「……そう両断するな。演技とは言うが、お前を歓迎しているのは本心だ。尤も、来ぬのではないかと思った、というのは偽り言だが」
「私が来ると?」
「ああ、無論だ」
媚びる微笑みを剥いで尚、自然と唇の端が吊り上がる。
「その意図も、わかっているつもりだ」
頬を撫でて、その指先を唇に滑らす。そのまま首すじへと掌が移動すると、セイバーは息を飲み小さく震えた。全身が緊張しているのがわかる。
ふと視線を落とすと、握り締められた右手とは対照的に、左手に力は込められていなかった。その手首を掴んで目の前に持ってくる。
「自分でやったのか。可哀想に」
大小の直線的な創傷が痛々しく、小さな掌を彩っていた。
背をかがめてその傷を舐めると、彼女は顔を顰めた。
「っ……!」
指の間から、初めて目が合う。翠緑の瞳からは恐怖を読み取ることが出来、それは快く胸を躍らせた。
「だが、もうこの様な傷を付ける必要はない」
その役目は、我が引き受けよう。
ソファに座るように促すと、彼女は大人しくそれに従った。
服を脱がされる彼女は顔面蒼白で、触れた手足は氷のように冷たかった。
遠い記憶。初夜権の法の下、我に暴かれようという年端も行かぬ花嫁たちも、こんな風だった様に思う。
生贄のようで、従順で、泣きもしない。
……最初のうちは。
下着が足を離れても、それほど動じる様子は見えなかった。
おそらく彼女は、肌を晒すということそれ自体への抵抗は希薄なのだ。男として生活してきて、女性的な倫理観や羞恥心は薄れているのだろう。
それでも、いや、それだからこそ。
一糸纏わぬ姿になった身体を横たえ、そのきめ細やかな肌をなぞる。
「……っ」
途端、大きく身震いして、鳥肌を立てた。
「美しいではないか……。未成熟だが、それも面白味がある」
小さな胸のふくらみを撫でると、顔を背けて唇を噛んだ。
彼女は、情欲の対象になったことがないのだ。
女性であればそれだけで向けられるような、そういった視線に晒されたことさえない。
ぎゅっと閉じた瞼の上からでも、吐き気を催さんばかりの嫌悪がありありと見える。拒絶。拒絶。拒絶。それだけ。
こんな風に育つ女はめずらしい。どんなに純粋培養されようとも、ここまではいかない。非常に稀有であり、完成されたひとつの美術品のような存在。
あまりの美しさに、ため息をついた。
覆い被さって顔を向けさせると、唇を奪う。噛み締められた唇は、侵入を拒む。それ以上追わずに身を起こした我を、彼女は意外そうに目で追った。
その頬を打つ。
乾いた音が響いて、少女は目を見開いた。
傷一つない、美しく白い頬に跡が付く愉悦。
「反抗的な態度を取るな」
気に入らないことがあれば手を上げていたのは、今までは彼女の方だったが。
状況は、変わったのだ。
支配する愉悦の次は、支配される悦びを教えてやる。
「ひどくされたいのだろう? 安心しろ。お前が望む以上の物を約束してやる」
痛みなんて、この女には何ら苦痛ではない。
背後の空間から小瓶を取り出すと、その中身、大した量では無いそれを呷り、口に含んだ。
「何を……」
その液体について尋ねるのを無視して、そのままもう一度口付ける。彼女は今度は歯を食いしばらず、大人しく舌先の侵入を許した。
「……っ、ん、ぐ」
口内に流し込まれた液体によって、呼吸が阻害される。否応なくそれを嚥下すると、酸素を求めて口が開いて、艶めかしい声が漏れた。束の間の息継ぎをしたその唇を再び塞ぎ、舌を絡めた。
右手が華奢な身体を滑る。女性らしい丸みに欠ける肢体は、それでも男のそれとは違い、やわらかく頼りない。
指先が胸の先端を掠めると、身体が跳ねた。
「ぅ……っ、ふ、う」
息が苦しいのだろう。押し返すように舌が動く。それを絡め取って解放せずにいると、先ほどの液体のように、混ざり合った唾液が飲み下された。
それを確認して満足し、唇を離す。上気して潤んだ瞳が、力なくこちらを見上げた。
「効いてきたか」
赤みを帯びて、肌が熱を持っているのがわかる。胸が上下するその間隔も短く、息が荒い。
「あっ」
先ほどの様に肌を撫でると、それだけで声を漏らした。
「お前がどのような痴態を演ずるのか、楽しみだ」
足を強引に開くと、咄嗟に抵抗して膝を閉じようと足掻く。その白い内股を、平手で打った。
「っ……!」
「抵抗するなと言っている」
聞き分けの無い仕置きに、もう数発、柔らかな足の内側をぶつ。朱に色づいて、薬で紅潮した肌がより一層華やいだ。
「可愛らしく色付いたな……」
ひりひりと痛むであろう腫れをなぞって、足の付け根、秘所まで指先が辿り着く。指で開いてやるまでもなく、そこは厚ぼったく膨らみ、熱を持って口を開けていた。
「こちらも、色付いている」
「ああっ!」
爪の先が掠める、触れるか触れないかという刺激だというのに、咄嗟に裏返った大きな声が上がった。
「この前のように、口で溶かされたいか?」
「………………っ、だめ……です……っ」
声は震えていて、想像したのか、蜜が一すじ零れ出た。
「……そうだな、こんなにはしたなく蕩かせているのだから、準備は良いだろう」
前を寛げ、怒張したそれを押し当てる。
蕩けているとは言え、まだ割り開かれたことのない秘肉は硬直して、全身が緊張した。
「っい、……っ!」
媚薬が効いているとは言え、流石に痛みが上回った。
拒もうとする身体を抉じ開ける。その苦痛に端整な顔が歪む様は、何とも心地よく嗜虐心を満たす。この美しい作品は、壊されるときにこそ真価を発揮するのだ。
異物を押し返そうとする堅い肉壁を、体重をかけて蹂躙する。
「ぁああっ!」
慣れるのを待たずに動くと、無理に引き伸ばされた粘膜が軋む。その圧迫感と痛みから、鋭い悲鳴が上がった。
「痛いか。だが安心しろ、すぐに過ぎる」
薬品によって強引に潤わされたそこは、直に快感を拾い出す。
徐々に柔らかくなって受け入れ始めると、引き攣れる感触がなくなって抜き差しが楽になる。それを見計らって緩慢な動きで焦らすと、味を覚えた秘肉が媚びるように収縮して、飲み込んだものを初々しく愛撫した。
「や……っ、こんなのっ、違う……っ!」
拒絶する心をそのままに、自らの身体に裏切られる。
度し難い屈辱と羞恥に混乱して、涙を流す。
自らの意志でここへ来たというのに、それすら忘れて抵抗する。暴れて胸を押した両手首を掴んで、噎び泣く顔の両脇に押さえ付けた。
「っ、ああ、セイバー……、期待以上だ……」
昂揚するままに打ち付けると、小さな身体が為す術も無く跳ねた。
「いや、あ、あっ……!」
身を捩って逃れようとして、その動作が更なる快感を生んでしまう。動転してそれが理解できないのか、打ち付けられては何度も足掻いて、中を震わせた。
「悦いぞ、もっと奉仕しろ」
不本意な奉仕を労う。何を指してそう言われているのか、それもわからないだろうが。
「あ、だめ、やっ、うっ」
昂ぶるままに激しく突くと、大きな瞳を見開いて涙を零す。
「褒美だ。一番奧に、出してやろう」
「っひ、ぃやだっ! あ、あっ、いやあっ!」
一際大きく拒絶の意を叫んだ、その奧に押しつけて、吐き出した。
身体が大きく震えて悶えると、やがて力なく投げ出され、弛緩する。
目をぎゅっと瞑って、止め処なく泣き続ける。汗と涙で金髪が頬に張り付いて、まだ荒い呼吸をしながら、しかし声は押し殺して。そのあまりの痛ましさと愛らしさに、大きく上下する肩を抱き締めた。
掌の切り傷などとは質が違う、深い傷だ。
彼女の中に根を張って、これからを支配する。
余韻と予感が、甘く胸を満たした。