※この作品はR-18です。

金毛獣の檻   作:あさ子

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金毛獣の檻ー7

 駅を一歩出た町は、道路から日常のものとは違った。レンガ敷きの開けた道は大都市のそれと一見似てはいるが、比べものにならないほど小綺麗に整えられている。見栄えを重視してか道は緩く弧を描いて、まわりにあしらわれた木々や芝生と調和する。道というより、見晴らしの良い公園のようだ。

「割と近場だけど、なかなか良い感じじゃない」

 リンは辺りを見回して、満足げに言った。同感だ。

「そうですね。近い割りに観光地ってあまり行かなかったりしますし、新鮮ですね」

 サクラもそれに同意する。

 いきなり泊まりがけの旅行は大変だから、近場から制覇していこう。そう提案したのはシロウだった。衛宮邸は中々の好立地であり、新都から一時間も電車に揺られれば、それなりの観光地に行き着く。

「あたたかくて良かったですね」

 春先の気温は高低差があって、安定しない。旅行の二,三日前には寒い日が続いたからどうなるかと思ったが、今日は春らしい陽射しの良い天気だった。

 ガイドブックを片手におすすめの散歩コースを歩いて、目的地に向かう。

 勾配のなだらかな坂道は自然も多く、たしかに散歩にはぴったりだ。途中何度か、大きなカメラを持った人ともすれ違った。

 観光地だけあって、訪問者を招き入れるカフェや土産物屋は、表通りにいくつも軒を連ねていた。

 その一軒の前で、足を止める。

 こぢんまりとした木造の店構えは、おとぎ話のこびとが住んでいる小屋のようだ。その傍らの小さな黒板には、日替わりのデザートが書いてある。その内容にも心惹かれるものがある。

「このカフェも、可愛らしいですね……」

「そうね、ここでお茶にしてもいいかも……」

「ちょ、ふたりとも! ガイドブックに載ってるこの店に行くんだろ?」

 店の扉ににじり寄る私とリンを、シロウがすかさず引き離す。

「そうでした……。まあ、私は両方でも可能ですが」

「他のメンバーはそうはいかないからな」

 後ろ髪を引かれる思いでそこを通り過ぎ、目的地を目指す。

 道中草花を楽しむ合間、そういったトラップは至る所に仕掛けられていた。坂道を登り切るのにはこんなにも忍耐を要するのだとは、思いも寄らなかった。

「ここだな」

「ですね」

 そこは表通りからは一本入った通りにあったので、見つけるのに少々手こずった。ガイドブックに載っていなかったら、気付くこともなかっただろう。

 しかし。目的の店に辿り着いた達成感といったら。

 数々の誘惑を断ち切ってここまで来た甲斐があったというものだ。

 可愛らしく、レースのテーブルクロスや切り花で飾られた可愛らしい円卓。だが、通された私たちは、すでに臨戦態勢だった。

「シロウ、ケーキはいくつまでです!?」

「三つ!」

「選んできます!」

 メニュー表には名称しか載っていない。ケーキの実物があるショーケースの前へ選びに行こうと、今座ったばかりの席を勇ましく立ち上がった。

「姉さんは……いくつ頼むんですか?」

「そうね……あっちは三つらしいけど……」

「でも三つも頼んだら……カロリーが……」

「そうね……考えさせてちょうだい……」

 眉間にしわを寄せてなにやら煮え切らない会話をしているが、私はお構いなしだ。

 

 その後私を追ってケーキを選びに来た二人は、三つ頼んで全て半分に分ける、という方法で合意に至ったらしい。

 姉妹はテーブルに運ばれてきたケーキを不公平が出ないようにとシロウに切ってもらっていた。イチゴの一つに至るまで厳密に。

「ハーブティーもたまにはいいわね」

「身体に良いかんじがしますよね」

「色も綺麗です」

「ほんとだな。これは何ていう花なんだろ」

 いつもより少し遠出をして、みんなで可愛らしいテーブルクロスの敷かれた机を囲んで、ティータイムを楽しむ、午後。

 それは、心から楽しい時間だった。

 

 私は罰を受けている。

 だから、今このときは幸せでも良いんだ。

 

 

 

 

 

 

 足を踏み入れた聖堂は、荒れ果てていた。

 並んだ長いすは踏み台になり、剣先を擦られ、木材が引きちぎれたような断片を見せている。廊下へと続く扉は武具の投擲を受けて粉々になり、その進行方向にあったのであろう祭壇をも破壊し尽くしていた。

 瓦礫となった祭壇の前に膝を付く。細かな破片や塵が散らばっていて、ざらざらとした感触が刺さって痛いが、構わない。

 目を閉じて、手を合わせる。

「何を祈る? 二度目の生に対する許しでも乞うているのか」

 立ち上がって振り向き、声の主に目をやる。

「……いいえ、神の家を荒らした謝罪をしたまでです」

 気配が近づいているのには気付いていたから、背後からの問いかけに、平静に私は答えた。

「なるほど。それは確かに、我が裁量できる範囲の話ではないな」

 言いながら、ギルガメッシュは私の腰に手を回し、抱き寄せた。

 その胸をやんわりと押し返す。

 ここで何かされては堪らない。

「……っ、ここは神聖な場ですので」

「ああ、そうか。お前達の神殿は、我の時代とは違うのだったな」

 あっさりと離れると、彼は聖堂を出て行った。

「気が済んだら二階へ来い」

 無言でそれを見送ると、私は荒れ果てた祭壇の周りを整え始めた。

 

 

 

「やっと我の番だな」

 彼が待っていたのは今までのテーブルとソファがある部屋ではなく、寝室だった。その直接的な意味合いに、眉をひそめる。

 以前には、知らないから感じる恐怖があった。今感じる恐れは、それとは質の違う負荷だ。

「服を脱げ」

 指示されるままに、ボタンに指をかける。

 ブラウスのボタンを外す指先を無遠慮にじっと見つめる、その瞳が不快だ。露わになる肩をすべる視線に、鳥肌が立つ。

「知っているか? 我の時代の神殿では、異性の神官が交わって祝福を与えるのだぞ」

 ベッドに腰掛けた男は、立ったままの私の身体を、指でなぞった。胸元からろっ骨を、腹をすべって。腹部を引き寄せて口付け、赤い瞳が上目遣いに視線を合わせた。

「お前の二度目の生を、我が祝福してやろうではないか」

 嫌悪感と安堵で、目眩がする。

 欲望が私を汚す。彼の見た目は美しいけれど、その接触はきっと、塵で汚れた祭壇とは比べものにならないほど汚い。

「そうだな……何をしてもらおうか」

 ギルガメッシュは目を伏せて少し考えて、不穏な含み笑いを見せた。

「ああ、そうだ」

 いいことを思いついた、とでも言いたげに、楽しげに声を弾ませる。

「足を舐めろ」

 発せられた言葉。

 その要求は……突拍子もないものではなかった。それは立場が逆だったときには繰り返されてきたことだ。しかし、この場においては私の予想を超えていて、理解が追いつかずに硬直する。そんな私に、空間から鎖が放たれた。

 のど元を目がけて飛んでくるそれに身を竦めるが、鎖は首を絡め取って巻き付き、その一端を引っ張られる。

「うぐっ」

 それは呼吸を邪魔するほどの締め付けではなかったが、拘束に引きずられるようにして体勢を崩し、手を床に付いた。犬のような恰好をしているかもしれない。

 床に投げ出され、近くなった彼の素足に目をやる。

 屈辱に唇を噛みながら、仕方が無くその足に手を伸ばす。

「手を使うな。そういうルールだったろう?」

 羞恥を通り越して、血の気が引いた。

 はだかで、床に這いつくばって、足を舐めろと言うのだ。

「な……っ」

 抗議の言葉を口の中で噛み潰す。

 拒絶する自らの精神を、一度目を閉じて、押さえ付けた。再び目を開くと、床に付くくらいに下げ、足の甲に口を付ける。

 そっと舌を這わす。

 ……味は、特に感じなかった。体温はこちらの舌先のほうが高いが、ひんやりするというほどの温度差でもない。骨張った感触だけ。手足をついた床はひんやりと冷たいというのに、体勢のせいか屈辱のせいか、頭に血が上って熱い。

「丁寧に舐めろ。指の間も全てな」

「っ……」

 言われて、指先を舐める。足の甲より皮膚が硬く、ざらつく。指の間にまで舌を這わすと、少し汗の味がした。

 彼はなんで、私の足なんて舐めたがったのか。こんなにも屈辱的で不愉快極まりない、不様な行いはないだろう。

 そう考えていると彼が身じろいで、ジッパーを下ろす音がする。

 次にどういう命令が飛ぶのか予想が付いて、俯いたまま眉をひそめた。

 何かをさせられることは、されることよりもいやだ。受け身でいることと違って、黙って耐えていれば通り過ぎてくれるものではない。

「色事に疎い貴様でも、流石に意味はわかるだろう?」

 首に巻き付いた鎖を掴んで、頭を彼の腰の辺りまで引き上げられる。鎖が食い込む痛みに顔をしかめた。……首輪をされた動物だって、もっと丁寧に扱われるだろう。

「あ……」

 露出されたそれを一目見て、気持ち悪い、と素直にそう思った。

「ほら、舌を出せ」

 彼の両太腿に手を付いたまま硬直する。そうして膝の間で何も出来ずにいると、後頭部を掴まれてぐっと顔を近づけられた。仕方なく、見ないように目を瞑って、躊躇いながら恐る恐る口を付ける。

「それではきちんと出来ぬだろう。目を開けろ」

 嘲りを含んだ声の方向を見はしない。にやにやして、楽しげに上から眺めている顔は容易に想像が付いた。

 観念して目を開き、でも、なるべく見ないようにして舌先で触れる。足を舐めたときと同じで、味やにおいはない。

 皮膚よりも薄い粘膜の、つるつるしたなめらかな質感。

 舌を這わす動きに合わせて時折ぴくりと震えるような動きは、別の生き物のようだ。

「口に入れて見せろ」

 言われるままに口内に含むと、それは口の中で一気に質量を増した。

「むっ……ぐ」

 苦しい。のどまで届きそうだ。咄嗟に吐き出そうとするが、後退することが許されない。首を拘束する鎖はぴんと張って引き寄せられ、彼の右手に巻かれていた。

 仕方なく、舌を動かす。彼が満足するまでこの仕打ちが続くのだから、状況を先に進める他ない。焦りと己のみじめさに、涙が滲んだ。

「ああ、良い子だ。出来るではないか。……だが、これではお前が気持ちよくないな?」

 身体が持ち上げられて、宙に浮く。

 彼の座っていたベッドの上に投げ出されたかと思うと、そこに寝そべった彼を跨いで、その上に四つん這いにさせられる。

 顔を跨ぐ体勢に、羞恥で頭が真っ白になった。

「い、いやですっ!」

 自分の置かれている状況も忘れて身体を起こし、必死で抵抗した。夢中になって蹴り上げたその足を取られる。

「あばれるな」

 乾いた音が続け様に数回響く。

 臀部に走った痛みで、少しだけ平静を取り戻す。

「ほら、続きはどうした。出来ぬのならずっとこのままだぞ?」

 促されて仕方なく、彼の上に身を屈める。遮る物もなく彼の前に露出された秘部が、おしりを突き出すような体勢になって、より強調される。その辱めに震えながら、再び口を付けた。最初から、彼の指示に従う他ないのだ。それがどんなに耐え難いものであろうと。

「それでよい……」

 先ほど打った箇所を、指先が優しく撫でた。

 その指がすべって、彼の目の前に晒された秘所をなぞる。

「うう……っ」

 涙がこぼれる。

 ああ、いやだ。

 彼の指が、焦らすように周りで弧を描く。その動きを追ってしまう。あられもなく投げ出されて、観察されているそこが熱を帯びているのがわかる。

 爪の先が、敏感な部分を掠める。

「あ、あっ」

 皮膚を引っ張って広げられる。粘膜に空気が触れる冷感で身を強ばらせるが、そんなことで彼の行動は止まらない。

「っひ、い……っ!」

 押し当てられた舌の生暖かい感触に、全身が泡立った。途端に身体が飛び上がり、そこから離れようと足掻いて、またもや太腿を押さえ付けられる。

「あばれるなと言っただろう。腰を引くな!」

「ううっ!」

 苛ついた口調で叱ると、彼は内股の皮膚に強く歯を立てた。噛みつかれた痛みに驚いて、這いつくばったまま背筋がのけぞる。

 抵抗に対する罰なのか、乱暴に指が差し入れられた。粘膜がかき乱される生々しい感触と、卑猥な音。

「や、あ、あ! あああっ!」

 逃げようとする身体をなんとか押さえ付けて、泣き叫んだ。自分の声がうるさい。かき回される度に膝ががくがく震えて崩れそうだ。でも体勢を崩したらまた怒声が飛ぶ。身体が逃げないよう必死に背筋に力を入れた。

「口が止まっているぞ?」

 度重なる屈辱に半ば自暴自棄になって、何かが麻痺していた。黙って言うことを聞いていれば終わる。躊躇するだけこの時間が長くなる。

 彼の身体を跨いだまま突っ伏すようにして、それを唇に宛がう。気持ち悪さや恥じらいはもう、感じている余裕がなかった。

 何が何だかわからなくなって、ただ言われた通りに必死で口を動かす。同じように私の蕩けた箇所にも濡れた舌が絡みついて、それが蠢くたびに、電気が走ったように足が震えた。

「んん! ふ、んっ、んう……っ!」

 抑えようのないくぐもった嗚咽と涙が、溢れるのに任せてこぼれ落ちる。

「ああ……、犬のように這いつくばって発情して、実に愛いな。愛玩動物としては上出来だ」

 満足したのか、ギルガメッシュは嬲る手を緩めた。

 身体を横たえられる。体勢を崩すことを許され、解放された私はシーツに身を埋めるように倒れ込んだ。

 ぐったりと脱力した私に覆い被さって、彼は私の頭を撫でる。

「拙いが、よく従ったからな。褒めてやるぞ」

 先ほど見せた苛立ちや暴虐は鳴りを潜めて、やわらかいキスが落とされた。

 ……理解できない、わかるわけがないと思っていたのに。

 虐げる快感を、残念ながら私はすでに知っていた。

 提示されるままに、望まれるままに苦痛や屈辱を受け入れようとする、従順。その愛おしさ。

 頭を撫でる彼の心境を知っている。それは慈愛にも似た、傲慢で不気味な情だ。

「褒美だ。可愛がってやる」

 密着したまま下腹部に手を伸ばされて、緊張する。でもそれは心だけで、身体はすでに抵抗する力を持っていない。強ばることも逃げようとすることもなく、指が汗ばんだ肌をつたうのを許した。

 指で割り開かれるそこに、先ほどまで私が愛撫していたそれが押し当てられる。抗いはしない。ただ、こんなに辱めを受けた直後だというのに、これ以上なにを失うでもないのに、涙が出た。

 徐々に押し入ってくる感触に、息を呑む。

 嫌悪感はすでになくて、しかし、内側に侵入される抵抗感はあった。この前のような鋭い痛みはなかったが、圧迫される苦しさはある。

 臓物を抉られるようなぞっとするイメージに、冷たい汗が浮かぶ。

 それでも、ただなされるがままになることは楽だった。

「うう……っ」

 内臓を迫り上げるような侵入が止まって、入りきったのだと認識する。変わらず彼は私の頭を撫でていて、どういうわけか、心が落ち着く。

 ……そうされることで安堵する自分が悔しくて、更に涙があふれた。

「なにを泣いている。痛くはないだろう?」

 優しくしてくれるつもりなのだろう。抱き締められることが心地よい。

 自分の中で這いずるように動くそれには抵抗があっても、それでも、身体はそういう風にできているのだろう。擦れる内壁がじりじりと熱くなってくる。

「あ、あっ、は……」

 声を殺さなくては、という意識も希薄になって、彼の鎖骨の辺りに、甘い息を漏らす。

「可愛らしい声だ」

 先ほどとは打って変わって、彼はうっとりと目を細めて、愛おしそうに私の唇を指でなぞった。

 大切に、されている。

 私の快感を引き出すように、強弱をつけてじわじわと溶かされているのがわかる。それは先ほどまで私がしてきた奉仕への労いのように感じられた。

「気持ち良いか」

 そんな恥ずかしい質問には答えず、ただ胸元に顔をすり寄せた。

「ひゃ、やぅ、っあ、あ」

 激しくされて、縋るように彼の腕にしがみつく。

 奧に何度も打ち付けられるのは少し痛いけれど、嫌ではなかった。

 噛み殺したような低く呻く声がして、中に温かいものがひろがる。

「ふあ…………」

 そのじんわりとした熱に、吐息が漏れた。

「セイバー……」

 名を呼ばれて抱き寄せられる。

 無意識に抱擁を返し、その自らの行動にはっとした。

 

 

 

 労いが心地よくなって、褒美を得ようと彼に尽くす。そんな風に隷属する未来が見えて、背筋が凍った。

 私の意図を越えて、変えられてゆく不安。

 拒もうとぎゅっと目を閉じても、寄せられた頬は温かかった。

 

 

 

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