駅を一歩出た町は、道路から日常のものとは違った。レンガ敷きの開けた道は大都市のそれと一見似てはいるが、比べものにならないほど小綺麗に整えられている。見栄えを重視してか道は緩く弧を描いて、まわりにあしらわれた木々や芝生と調和する。道というより、見晴らしの良い公園のようだ。
「割と近場だけど、なかなか良い感じじゃない」
リンは辺りを見回して、満足げに言った。同感だ。
「そうですね。近い割りに観光地ってあまり行かなかったりしますし、新鮮ですね」
サクラもそれに同意する。
いきなり泊まりがけの旅行は大変だから、近場から制覇していこう。そう提案したのはシロウだった。衛宮邸は中々の好立地であり、新都から一時間も電車に揺られれば、それなりの観光地に行き着く。
「あたたかくて良かったですね」
春先の気温は高低差があって、安定しない。旅行の二,三日前には寒い日が続いたからどうなるかと思ったが、今日は春らしい陽射しの良い天気だった。
ガイドブックを片手におすすめの散歩コースを歩いて、目的地に向かう。
勾配のなだらかな坂道は自然も多く、たしかに散歩にはぴったりだ。途中何度か、大きなカメラを持った人ともすれ違った。
観光地だけあって、訪問者を招き入れるカフェや土産物屋は、表通りにいくつも軒を連ねていた。
その一軒の前で、足を止める。
こぢんまりとした木造の店構えは、おとぎ話のこびとが住んでいる小屋のようだ。その傍らの小さな黒板には、日替わりのデザートが書いてある。その内容にも心惹かれるものがある。
「このカフェも、可愛らしいですね……」
「そうね、ここでお茶にしてもいいかも……」
「ちょ、ふたりとも! ガイドブックに載ってるこの店に行くんだろ?」
店の扉ににじり寄る私とリンを、シロウがすかさず引き離す。
「そうでした……。まあ、私は両方でも可能ですが」
「他のメンバーはそうはいかないからな」
後ろ髪を引かれる思いでそこを通り過ぎ、目的地を目指す。
道中草花を楽しむ合間、そういったトラップは至る所に仕掛けられていた。坂道を登り切るのにはこんなにも忍耐を要するのだとは、思いも寄らなかった。
「ここだな」
「ですね」
そこは表通りからは一本入った通りにあったので、見つけるのに少々手こずった。ガイドブックに載っていなかったら、気付くこともなかっただろう。
しかし。目的の店に辿り着いた達成感といったら。
数々の誘惑を断ち切ってここまで来た甲斐があったというものだ。
可愛らしく、レースのテーブルクロスや切り花で飾られた可愛らしい円卓。だが、通された私たちは、すでに臨戦態勢だった。
「シロウ、ケーキはいくつまでです!?」
「三つ!」
「選んできます!」
メニュー表には名称しか載っていない。ケーキの実物があるショーケースの前へ選びに行こうと、今座ったばかりの席を勇ましく立ち上がった。
「姉さんは……いくつ頼むんですか?」
「そうね……あっちは三つらしいけど……」
「でも三つも頼んだら……カロリーが……」
「そうね……考えさせてちょうだい……」
眉間にしわを寄せてなにやら煮え切らない会話をしているが、私はお構いなしだ。
その後私を追ってケーキを選びに来た二人は、三つ頼んで全て半分に分ける、という方法で合意に至ったらしい。
姉妹はテーブルに運ばれてきたケーキを不公平が出ないようにとシロウに切ってもらっていた。イチゴの一つに至るまで厳密に。
「ハーブティーもたまにはいいわね」
「身体に良いかんじがしますよね」
「色も綺麗です」
「ほんとだな。これは何ていう花なんだろ」
いつもより少し遠出をして、みんなで可愛らしいテーブルクロスの敷かれた机を囲んで、ティータイムを楽しむ、午後。
それは、心から楽しい時間だった。
私は罰を受けている。
だから、今このときは幸せでも良いんだ。
足を踏み入れた聖堂は、荒れ果てていた。
並んだ長いすは踏み台になり、剣先を擦られ、木材が引きちぎれたような断片を見せている。廊下へと続く扉は武具の投擲を受けて粉々になり、その進行方向にあったのであろう祭壇をも破壊し尽くしていた。
瓦礫となった祭壇の前に膝を付く。細かな破片や塵が散らばっていて、ざらざらとした感触が刺さって痛いが、構わない。
目を閉じて、手を合わせる。
「何を祈る? 二度目の生に対する許しでも乞うているのか」
立ち上がって振り向き、声の主に目をやる。
「……いいえ、神の家を荒らした謝罪をしたまでです」
気配が近づいているのには気付いていたから、背後からの問いかけに、平静に私は答えた。
「なるほど。それは確かに、我が裁量できる範囲の話ではないな」
言いながら、ギルガメッシュは私の腰に手を回し、抱き寄せた。
その胸をやんわりと押し返す。
ここで何かされては堪らない。
「……っ、ここは神聖な場ですので」
「ああ、そうか。お前達の神殿は、我の時代とは違うのだったな」
あっさりと離れると、彼は聖堂を出て行った。
「気が済んだら二階へ来い」
無言でそれを見送ると、私は荒れ果てた祭壇の周りを整え始めた。
「やっと我の番だな」
彼が待っていたのは今までのテーブルとソファがある部屋ではなく、寝室だった。その直接的な意味合いに、眉をひそめる。
以前には、知らないから感じる恐怖があった。今感じる恐れは、それとは質の違う負荷だ。
「服を脱げ」
指示されるままに、ボタンに指をかける。
ブラウスのボタンを外す指先を無遠慮にじっと見つめる、その瞳が不快だ。露わになる肩をすべる視線に、鳥肌が立つ。
「知っているか? 我の時代の神殿では、異性の神官が交わって祝福を与えるのだぞ」
ベッドに腰掛けた男は、立ったままの私の身体を、指でなぞった。胸元からろっ骨を、腹をすべって。腹部を引き寄せて口付け、赤い瞳が上目遣いに視線を合わせた。
「お前の二度目の生を、我が祝福してやろうではないか」
嫌悪感と安堵で、目眩がする。
欲望が私を汚す。彼の見た目は美しいけれど、その接触はきっと、塵で汚れた祭壇とは比べものにならないほど汚い。
「そうだな……何をしてもらおうか」
ギルガメッシュは目を伏せて少し考えて、不穏な含み笑いを見せた。
「ああ、そうだ」
いいことを思いついた、とでも言いたげに、楽しげに声を弾ませる。
「足を舐めろ」
発せられた言葉。
その要求は……突拍子もないものではなかった。それは立場が逆だったときには繰り返されてきたことだ。しかし、この場においては私の予想を超えていて、理解が追いつかずに硬直する。そんな私に、空間から鎖が放たれた。
のど元を目がけて飛んでくるそれに身を竦めるが、鎖は首を絡め取って巻き付き、その一端を引っ張られる。
「うぐっ」
それは呼吸を邪魔するほどの締め付けではなかったが、拘束に引きずられるようにして体勢を崩し、手を床に付いた。犬のような恰好をしているかもしれない。
床に投げ出され、近くなった彼の素足に目をやる。
屈辱に唇を噛みながら、仕方が無くその足に手を伸ばす。
「手を使うな。そういうルールだったろう?」
羞恥を通り越して、血の気が引いた。
はだかで、床に這いつくばって、足を舐めろと言うのだ。
「な……っ」
抗議の言葉を口の中で噛み潰す。
拒絶する自らの精神を、一度目を閉じて、押さえ付けた。再び目を開くと、床に付くくらいに下げ、足の甲に口を付ける。
そっと舌を這わす。
……味は、特に感じなかった。体温はこちらの舌先のほうが高いが、ひんやりするというほどの温度差でもない。骨張った感触だけ。手足をついた床はひんやりと冷たいというのに、体勢のせいか屈辱のせいか、頭に血が上って熱い。
「丁寧に舐めろ。指の間も全てな」
「っ……」
言われて、指先を舐める。足の甲より皮膚が硬く、ざらつく。指の間にまで舌を這わすと、少し汗の味がした。
彼はなんで、私の足なんて舐めたがったのか。こんなにも屈辱的で不愉快極まりない、不様な行いはないだろう。
そう考えていると彼が身じろいで、ジッパーを下ろす音がする。
次にどういう命令が飛ぶのか予想が付いて、俯いたまま眉をひそめた。
何かをさせられることは、されることよりもいやだ。受け身でいることと違って、黙って耐えていれば通り過ぎてくれるものではない。
「色事に疎い貴様でも、流石に意味はわかるだろう?」
首に巻き付いた鎖を掴んで、頭を彼の腰の辺りまで引き上げられる。鎖が食い込む痛みに顔をしかめた。……首輪をされた動物だって、もっと丁寧に扱われるだろう。
「あ……」
露出されたそれを一目見て、気持ち悪い、と素直にそう思った。
「ほら、舌を出せ」
彼の両太腿に手を付いたまま硬直する。そうして膝の間で何も出来ずにいると、後頭部を掴まれてぐっと顔を近づけられた。仕方なく、見ないように目を瞑って、躊躇いながら恐る恐る口を付ける。
「それではきちんと出来ぬだろう。目を開けろ」
嘲りを含んだ声の方向を見はしない。にやにやして、楽しげに上から眺めている顔は容易に想像が付いた。
観念して目を開き、でも、なるべく見ないようにして舌先で触れる。足を舐めたときと同じで、味やにおいはない。
皮膚よりも薄い粘膜の、つるつるしたなめらかな質感。
舌を這わす動きに合わせて時折ぴくりと震えるような動きは、別の生き物のようだ。
「口に入れて見せろ」
言われるままに口内に含むと、それは口の中で一気に質量を増した。
「むっ……ぐ」
苦しい。のどまで届きそうだ。咄嗟に吐き出そうとするが、後退することが許されない。首を拘束する鎖はぴんと張って引き寄せられ、彼の右手に巻かれていた。
仕方なく、舌を動かす。彼が満足するまでこの仕打ちが続くのだから、状況を先に進める他ない。焦りと己のみじめさに、涙が滲んだ。
「ああ、良い子だ。出来るではないか。……だが、これではお前が気持ちよくないな?」
身体が持ち上げられて、宙に浮く。
彼の座っていたベッドの上に投げ出されたかと思うと、そこに寝そべった彼を跨いで、その上に四つん這いにさせられる。
顔を跨ぐ体勢に、羞恥で頭が真っ白になった。
「い、いやですっ!」
自分の置かれている状況も忘れて身体を起こし、必死で抵抗した。夢中になって蹴り上げたその足を取られる。
「あばれるな」
乾いた音が続け様に数回響く。
臀部に走った痛みで、少しだけ平静を取り戻す。
「ほら、続きはどうした。出来ぬのならずっとこのままだぞ?」
促されて仕方なく、彼の上に身を屈める。遮る物もなく彼の前に露出された秘部が、おしりを突き出すような体勢になって、より強調される。その辱めに震えながら、再び口を付けた。最初から、彼の指示に従う他ないのだ。それがどんなに耐え難いものであろうと。
「それでよい……」
先ほど打った箇所を、指先が優しく撫でた。
その指がすべって、彼の目の前に晒された秘所をなぞる。
「うう……っ」
涙がこぼれる。
ああ、いやだ。
彼の指が、焦らすように周りで弧を描く。その動きを追ってしまう。あられもなく投げ出されて、観察されているそこが熱を帯びているのがわかる。
爪の先が、敏感な部分を掠める。
「あ、あっ」
皮膚を引っ張って広げられる。粘膜に空気が触れる冷感で身を強ばらせるが、そんなことで彼の行動は止まらない。
「っひ、い……っ!」
押し当てられた舌の生暖かい感触に、全身が泡立った。途端に身体が飛び上がり、そこから離れようと足掻いて、またもや太腿を押さえ付けられる。
「あばれるなと言っただろう。腰を引くな!」
「ううっ!」
苛ついた口調で叱ると、彼は内股の皮膚に強く歯を立てた。噛みつかれた痛みに驚いて、這いつくばったまま背筋がのけぞる。
抵抗に対する罰なのか、乱暴に指が差し入れられた。粘膜がかき乱される生々しい感触と、卑猥な音。
「や、あ、あ! あああっ!」
逃げようとする身体をなんとか押さえ付けて、泣き叫んだ。自分の声がうるさい。かき回される度に膝ががくがく震えて崩れそうだ。でも体勢を崩したらまた怒声が飛ぶ。身体が逃げないよう必死に背筋に力を入れた。
「口が止まっているぞ?」
度重なる屈辱に半ば自暴自棄になって、何かが麻痺していた。黙って言うことを聞いていれば終わる。躊躇するだけこの時間が長くなる。
彼の身体を跨いだまま突っ伏すようにして、それを唇に宛がう。気持ち悪さや恥じらいはもう、感じている余裕がなかった。
何が何だかわからなくなって、ただ言われた通りに必死で口を動かす。同じように私の蕩けた箇所にも濡れた舌が絡みついて、それが蠢くたびに、電気が走ったように足が震えた。
「んん! ふ、んっ、んう……っ!」
抑えようのないくぐもった嗚咽と涙が、溢れるのに任せてこぼれ落ちる。
「ああ……、犬のように這いつくばって発情して、実に愛いな。愛玩動物としては上出来だ」
満足したのか、ギルガメッシュは嬲る手を緩めた。
身体を横たえられる。体勢を崩すことを許され、解放された私はシーツに身を埋めるように倒れ込んだ。
ぐったりと脱力した私に覆い被さって、彼は私の頭を撫でる。
「拙いが、よく従ったからな。褒めてやるぞ」
先ほど見せた苛立ちや暴虐は鳴りを潜めて、やわらかいキスが落とされた。
……理解できない、わかるわけがないと思っていたのに。
虐げる快感を、残念ながら私はすでに知っていた。
提示されるままに、望まれるままに苦痛や屈辱を受け入れようとする、従順。その愛おしさ。
頭を撫でる彼の心境を知っている。それは慈愛にも似た、傲慢で不気味な情だ。
「褒美だ。可愛がってやる」
密着したまま下腹部に手を伸ばされて、緊張する。でもそれは心だけで、身体はすでに抵抗する力を持っていない。強ばることも逃げようとすることもなく、指が汗ばんだ肌をつたうのを許した。
指で割り開かれるそこに、先ほどまで私が愛撫していたそれが押し当てられる。抗いはしない。ただ、こんなに辱めを受けた直後だというのに、これ以上なにを失うでもないのに、涙が出た。
徐々に押し入ってくる感触に、息を呑む。
嫌悪感はすでになくて、しかし、内側に侵入される抵抗感はあった。この前のような鋭い痛みはなかったが、圧迫される苦しさはある。
臓物を抉られるようなぞっとするイメージに、冷たい汗が浮かぶ。
それでも、ただなされるがままになることは楽だった。
「うう……っ」
内臓を迫り上げるような侵入が止まって、入りきったのだと認識する。変わらず彼は私の頭を撫でていて、どういうわけか、心が落ち着く。
……そうされることで安堵する自分が悔しくて、更に涙があふれた。
「なにを泣いている。痛くはないだろう?」
優しくしてくれるつもりなのだろう。抱き締められることが心地よい。
自分の中で這いずるように動くそれには抵抗があっても、それでも、身体はそういう風にできているのだろう。擦れる内壁がじりじりと熱くなってくる。
「あ、あっ、は……」
声を殺さなくては、という意識も希薄になって、彼の鎖骨の辺りに、甘い息を漏らす。
「可愛らしい声だ」
先ほどとは打って変わって、彼はうっとりと目を細めて、愛おしそうに私の唇を指でなぞった。
大切に、されている。
私の快感を引き出すように、強弱をつけてじわじわと溶かされているのがわかる。それは先ほどまで私がしてきた奉仕への労いのように感じられた。
「気持ち良いか」
そんな恥ずかしい質問には答えず、ただ胸元に顔をすり寄せた。
「ひゃ、やぅ、っあ、あ」
激しくされて、縋るように彼の腕にしがみつく。
奧に何度も打ち付けられるのは少し痛いけれど、嫌ではなかった。
噛み殺したような低く呻く声がして、中に温かいものがひろがる。
「ふあ…………」
そのじんわりとした熱に、吐息が漏れた。
「セイバー……」
名を呼ばれて抱き寄せられる。
無意識に抱擁を返し、その自らの行動にはっとした。
労いが心地よくなって、褒美を得ようと彼に尽くす。そんな風に隷属する未来が見えて、背筋が凍った。
私の意図を越えて、変えられてゆく不安。
拒もうとぎゅっと目を閉じても、寄せられた頬は温かかった。