結界内に立ち入った気配。
その兆しに、窓から外を見る。
門の入り口に、春になってずいぶんと薄着になったセイバーの姿が視認できた。
彼女がここに来る頻度は、一番多かった頃には毎日だった。女王のように振る舞って、気に食わないことがあれば手を上げていた時期だ。それが今は、三,四日に一度の来訪になっていた。
扉を開いた彼女が部屋に入るや否や。
抱き寄せて、唇を塞ぐ。
咄嗟のことだが、抵抗しなかった。それだけ警戒心が解けている証拠だ。
「む……」
口付けて含ませたものが何か、わかっている。
わかっていて尚、彼女は落ち着いていた。
「飼い犬の立場は逆転しただろう?」
「それは……違います」
「何が違う」
「あなたは、ここから出ることは出来ませんから」
だから、今も優位は自分にあるのだと。
「それもそうだな」
結局は私が好きにさせてやっているのだ、という精神的余裕。
虐げられていても、その関係性をいつでも自ら断ち切ることができるのだという安堵が、そこにはあった。
だからこそ、安心して身を委ねるのだろう。
「我はただ、餌を貰っているということか」
「不服ですか」
「いいや、問題ない。所望するものが与えられるならば同じだ」
セイバーの精神が以前よりもずっと安定していることは、傍目にも明らかだった。
贖罪によって満ち足りている。
つくづく、不幸な女だ。
彼女が幸せな人生をこの現世でやり直したところで、それが何だというのか。
それで、過去の存在であるブリテンの臣下たちが不幸になるわけでも、幸福になるわけでもない。
だというのに、この女は幸福を拒絶する。
そうしたところで、誰にこの第二の生を譲ってやれるわけではないのに。
か細く薄い身体が、そうしているうちに腕の中で熱を帯びてくるのがわかる。
媚薬など、最早必要ないのだが。
しかしこの薬も面白いもので、使い方によっては色々と楽しめる。
「っあ」
無造作に胸を鷲掴みにされただけで、おもしろい位に反応して声を上げた。
額に汗が浮かんで、呼吸が浅い。
ブラウスのボタンを外し、服の中に手を滑り込ませる。
胸を弄り続けると、早くも熱が溜まって自制が効かないのか、内ももを擦り合わせるようにくねらせて悶えた。
「まだだ……、まだ耐えろ」
頬を上気させて、せわしく姿勢を変え落ち着かない。許せばすぐにでも自慰を始めてしまいそうだ。
ブラウスとスカートを、ゆっくり脱がす。
その緩慢な動きに焦れて、身体が揺れる。微かに触れる箇所にも、敏感に反応した。そういった意図でなくとも、快感に繋がって徒めいた吐息を漏らす。
ストッキングを剥ぎ取ろうと腰に手を回すと、もはやそれは嬌声に変わった。
「んっ、あ、う」
時間をかけて、薄布を脱がせながら両足をなぞる。下までおろすために屈むと、立ったままでいるのがつらいのだろう。我の肩に掴まって倒れないように体重をかけた。
ストッキングを完全に脱がせ終わったときには、立て膝で彼女を下から見上げていた。
「布の色が濃くなってしまっているぞ」
丁度目線の高さに来たそこには、滑らかな光沢のある布地が、水分を含んで貼り付いてしまっていた。
そのまま、ふらつくセイバーの身体を離れて、ベッドに座った。手伝ってやらなくても、充分な痴態を演ずることだろう。
「あとは自分で脱げるな?」
少女は躊躇って、目を泳がせる。
そうしながら、最終的には俯いて、後ろに両手を回して背中のホックを外した。
最初は、服を脱ぐということにこれほどの抵抗を見せはしなかった。肌を晒すことがどういう意味を持つのか、教え込んだのは我だ。
その変化に口元が緩む。
小ぶりな乳房が露わになる。心許ないのか肩をすくめるようにして、片手を胸の前に握り締めた。
しかしもちろん、まだ終わってはいない。
視線で促して、続きを要求する。
「……っ」
身体を隠すように、こちらから見て少し横向きになる。その姿勢には注文を付けたいところだが、恥じらう様子は可愛らしい。そのまま何も言わず許した。
最後の一枚に両手を添えて、膝まで下ろされる。
艶めいた液体が糸を引く。
「ほう……」
それを目で追って、自然と嘆息が漏れた。
水分を吸って少し重くなった下着を床に置いて、セイバーは所在なさげに前で手を組んで立つ。
「そこに座って、足を開け」
「あ……」
床に座るところまでは、順調だったが。膝を立てて足を僅かに開いたような体勢で、彼女は硬直していた。
「その程度で許されると思うか?」
言われて、もう一歩分、足を動かす。埒が明かないと見て、具体的な指示を出した。
「自分の手で、足を持って抱えろ」
「え……?」
よくわからないまま、その命令に従う。右手を右足の膝裏に、左手を左足の、と同じようにしたところで、どういう体勢になるのかが理解できたようだ。泣きそうな顔でこちらを見た。
「そのまま引き寄せろ」
「そんな、こと……」
何か抗議しようというのか、彼女はそこまで言って、そして諦めた。いや、元々抗議などする気はなかったのだろう。口を突いて出てきてしまった感想が、今の言葉だったのだ。
おそるおそる、ゆっくりと、足が開いてゆく。
両足が身体に付くほどに引き寄せられて、秘部が露出される。
「そうだ、よく見せてみろ」
貶められて、なじられて、嘲笑される。その恥辱を噛み締めて、頬を紅潮させる。
てらてらと光って、卑猥に主張するそこが目の前に晒された。
中々望む刺激を与えられず、飢えてよだれを垂らす。
「っああ」
寝台に腰掛けたまま、足を伸ばして素足でそこに触れた。ぬめる体液の温かさが、皮膚を通して伝わる。
足の指では、手とは違って細かいことはできない。
ぞんざいな愛撫だが、その仕打ちに昂ぶってか膝を震わせた。足の裏で感じる粘膜が熱く、求めていた刺激にひくつく。
「足蹴にされて、感じているのか?」
睨み付けることもせず、目を伏せて顔を真っ赤にする。その嗜虐心をそそる態度に興が乗る。
「返事をしたらどうだ」
「うああっ」
強く踏みつけられて、ぼろぼろと涙を流した。そのまま身体を痙攣させる。どうやら、今の暴力的な刺激で達してしまったらしい。
少女のまま時を止めている体躯が、より一層哀れを誘う。
眉を寄せて、ぎゅっと唇を結んで、それでも余韻に漏れてしまう声と涙が愛らしい。
痛みと快楽と屈辱と。嗚咽は、おそらくはそういった内訳だろうか。
痛みと恥辱。
……つまり苦痛は、彼女の好むところだ。
引かない熱に、身を捩る。薬の効果も手伝っているだろうが、もうこれだけで満足できる身体でもない。
「どのようにねだるのか教えただろう」
幾度となく数を重ねても、未だ恥辱を感じるのだ。調教の出来は上々だろう。
「……っ、う……」
躊躇するが、しかしそうしたところで許されることはない。要求が緩和されることもない。それは学習している。
やがて彼女は赤く潤んだ粘膜を自らの指でひらいて、小さく鈴の鳴るような声で口上を述べた。
「……っ、……犯してください……っ」
「上出来だ」
たまらない愛らしさに寝台を立ち、そう口にした震える唇を塞ぐ。
「っふ、……っう」
そのまま抱き上げて、ベッドの上に放った。
咄嗟に横向きに手を突いて着地した身体が、やわらかいシーツの上で頼りなく弾む。その時間さえも惜しいと、前を寛げながら覆い被さる。うつぶせに押さえ付けると、望みを叶えてやろうと性急に腰を沈めた。
「ふゃ、んんっ、んんんっ!」
シーツに顔を埋めて、くぐもった嬌声が上がる。
後ろから犯す動物的な体勢は、この愛玩動物との戯れにはよく似合っている。
「そら、望むものの味はどうだ?」
腰を打ち付ける度に悲鳴を上げて、奥まで受け入れている部分が蠢く。その狂乱といったら、我の言葉が届いているのか、理解できているのか怪しいものだ。
「おい、聞いているのか?」
動くのを止めて身体を起こし、顎を掴むと強引にこちらを向かせた。上半身をかなりひねって、きつい体勢だろうが、それで幾分か正気に戻ればいい。
「あっ、や、やめたら、やらぁ」
「どのように感じているのかと訊いている」
呂律も回らず懇願して、これでは理性的な解答は期待できそうにないが。
焦らしながら、ゆっくりと円を描いて腰を回す。
「ふあ、きもち……いっ」
「もっと詳しくだ。どこが、どのように?」
耳たぶに唇が付く距離で、命じる。言えない限り、これ以上を与えてはもらえないとわかっている筈だ。
「……っ、いま、あたって、そこ、あ」
押し広げるように揺すると、ぽつりぽつりと口にしながら、もどかしく自ら身体をくねらす。
「こう、か?」
わざと少しずれた所に当てて、誘う。
「あ、あ、もっと、ここ、あ、はう……っ」
自分で気持ち良いところに擦りつけて、いやらしく吐息を漏らす。それでも緩慢な動きを続ける我を満足させようと、さらに多くを口にする。
「っ、いっぱい、ひろがって、あ、だめ、も、我慢、できない……っ」
自ら腰を回す動きが大胆になって、それでも満たされない火照りに涙を流した。
「いい子だ」
再びシーツに突っ伏すように組み伏せる。
「ああああっ!」
強く突き入れられて、もはや掠れた声で、それでも絶叫した。
「ふあ、ん、激しい、の、きもち、い……っ!」
命じられるまでもなく卑猥な言葉を口にする。貶められることに陶酔して、この関係性に溺れている。
それに応えるように、手酷く、乱暴に愛してやる。
腰をベッドに強く押しつけられて、身動きが取れない。ただ、シーツを、そこにあるものを必死に掴んで、内側から全身を侵す波に泣き叫ぶ。
強い締め付けと積極的な動きに追い立てられて、我の方も抑えきれなくなってくる。より一層責め立てて、刺すように打ち付けた。
「あ、あっ、ひあ、……っ!」
絶頂に中がよじれて、その衝撃にこみ上げる。
「っ、かけてやろう」
引き抜いて、迸るものを浴びせる。可愛らしく赤みを帯びた尻や背中が、白い飛沫で彩られた。
「ああ……っ」
身体を汚されて、彼女は恍惚の声を上げた。
うつぶせたまま沈み込む身体の、その隣に身を横たえる。泣き腫らした瞳はまだ虚ろで、遠くを見ていた。
どう足掻いても幸せにはなれない。その有様がいじらしい。
「哀れな女だ」
愛おしさを込めて、そう呟いた。
セイバーはそれを侮蔑のひとつと取ったかもしれないが。
この女の目が覚めるのは、いつになるのか。数百年もすれば気付くのだろうか。その呪縛から逃れるまで、付き合ってやろう。
その日の空気は、ここ最近の、のどかなものとは違った。
「お邪魔するわよ」
それは、午前一時を過ぎた頃。
「リン……?」
夜分遅くの来訪に驚く私を置いて、リンは居間へと上がった。
「遠坂、なんだこんな時間に、忘れ物か?」
「違うわよ」
最初はきょとんとしていたシロウも、その空気を感じ取る。
彼女の周りには、ずっと続いていくのかと思われた平穏のどかな日常のものではなく、もっと慣れ親しんだ、ある種の緊張感が漂っていた。
「魔術協会から連絡があったわ」
それは私には、何のことだかわからなかった。
今のまま。全ては保留状態になっていて、停滞がこの先も続いていくのだと、信じて疑わずにいたからだ。
そのために、適切な返事をすることが出来なかった。
「なにが、ですか?」
「え? もちろん……ギルガメッシュのことよ」
「な……っ」
その名前に、心臓が跳ね上がる。
動揺が不自然ではなかったか、いま自分はどういう顔をしているのか、変に思われてはいないか。
何か勘付かれるのではと恐れたが、私の様子を窺うような余裕は、少なくともシロウの方にはなかったようだ。
「それはもう……終わった話じゃないのか」
シロウは顔を強ばらせて、その名が出たことに驚嘆していた。
彼も、私と同じく平和に慣れきっていたのだ。
「魔術協会だってバカじゃないのよ。あの結界は時間稼ぎで、問題の解決にはなってない」
ぶり返された不穏な話題。
私の方は、保留として認識していた。
シロウは、すでに終焉したものと思っていた。
リンや彼女を取り巻く人々の間では、そうではなかったらしい。
彼女にとっては進行形の状況で、三者三様のズレがあった。
各人がその齟齬に気付いて、黙り込む。
「…………下手に手を出さない方がいいんじゃないか」
口火を切ったのはシロウだった。
「大人しくしているようですし、あのままでは駄目なのですか」
それに私が続く。
「あいつは危険よ。それに、結界を解いて利用しようっていう輩が現れないとも限らないわ。……そう簡単に解けるとは思ってないけど」
「でも、戦うんならまた、犠牲が出るかもしれないだろ」
「魔術協会には策があるみたいよ。あれだけの、限られた結界内っていう条件付きなら、確かに大魔術を行使できるんでしょうよ」
「失敗する可能性はないのか。それで町の……関係ない人々に、被害が出たり……」
シロウの一番の心配は、過去の聖杯戦争による惨劇が繰り返されることだ。
「まあ……無駄な戦闘は避けたいっていう気持ちはわかるわ。でも、そもそも手を下すのは魔術協会の魔術師達だから……私たちはとりあえず静観。多少手伝うことになるかもしれないけど」
それは、私たちが何かをするまでもなく、事態は動いているということだ。主導権はリンではなく、魔術協会。その時点で、彼女をどう説得したところで意味がない。
それが実行されたら、私は、どうなるのだろう。
この均衡が、安定が崩れる。
敵を失って、私がここに存在していい理由もなくなる。
翌日、いつもの通り、彼の元へ出向いた。
肌を重ねる毎に、畏怖と嫌悪は薄まっていったが、羞恥は消えずに残った。彼に与えられる苦痛は救いだ。こんな仕打ちに耐えている自分は、他の時間を幸福に、穏やかに過ごして良いのだと思えた。
そうやって、その日も幸せを償って、身支度を終え、少しだけ彼を振り向く。
素知らぬ顔で、平静を保っていたつもりだったが、ギルガメッシュは本当に勘が良い。
「……どうした?」
どこがいつもと違ったのか私には自覚できないが、彼はそう聞いてきた。
一瞬、答えに迷った。
近いうちに襲撃があります。
逃げてください。
そう言ったところで、何になる。彼はどこへも逃げようがない。
それならば迎撃するだろう。
彼が勝つ確率は、事前に知っていたことで上がるかもしれない。
だが……それは重大な裏切りだ。
「いいえ、なにも」
足早に部屋を出る。これが最後になるかもしれないが、恋しくはない。