カルデアの主人 作:けっかくん
上機嫌に鼻歌を歌いながら自室まで戻ってきた私――ジャンヌ・ダルクは、軽やかな足取りで備え付けの自動ドアを潜り、部屋の中に入ります。いやあ、それにしても楽しかったですねえ。あの二人の無様極まりない恰好もさることながら、最後の
それにしてもエロかったですね、今夜のずりネタは死ぬほど悔しそうだった『アストルフォちゃん大好きぃ♡』で決定ですか――――あ、あれ?
あ……え、……。
ああ……まさか……、
「そんな――そんな、嘘……!」
私は、なんてことを。
「はあ、はあ――はあ、はあっ、うッ――うゔぉえっ!」
洗面台に倒れ掛かるようにして胃の中のものをぶちまけました。鏡には真っ青に脂汗をかく死にそうな私の顔が映っています。とても弱々しい瞳に見つめられていました。先ほどまでの記憶がフラッシュバックして――重石のような罪悪感が全身に覆いかぶさってきました。
私はなんてことをしてしまったんだ。
頭の中で冷ややかな私の声が鳴り響くのです。嘲笑の言葉、下卑た笑い声……ジャンヌ・ダルク・オルタの声でもない、正真正銘私の声が、延々と私の身体を焼き続ける……。
――あれは私じゃない。
そして、思考は逃避へと移り変わります。
――私は操られていたから、あれは私のやったことじゃない。私は悪くない。
そう思えればどんなに楽でしょうか。
確かにそれはある意味では正しい弁明です。私がまともだったのなら、あんな行いは絶対にしないと神に誓います。この身体にかかった制約が解けたら、何よりもまず彼らの拘束を解きに行くつもりです。私にはあの二人を辱めて愉悦を味わう気なんてありません。ですから、私は悪くない――
――もうやめてくれよ!
悲痛な叫びが聞こえるのです。
――もうやめてください! 酷いことしないで! お願いだ、お願いだから鎖を解いてください……
自分は悪くないと必死に思いこもうとしても、彼らの声が消えてくれない。
――解くのが駄目なら、せめて……、せめて殺してください……。
ああ――
――もう、楽にして。
「うう、ううう……うううううう――!」
涙が止まらない。
悔しくて、悔しくて悔しくて悔しくて。
生まれてから死ぬまで一度も経験の無かった『物にあたる』という気持ちの発散方法を試そうと、右の握り拳を振り上げたところで、
『ジャンヌ・ダルク。今すぐ服全部脱いでそのでかいケツとチチをブルンブルン振るスキップしながらあなたのオルタの部屋に来てください。あ、笑顔でらんららんららーんと歌いながらでお願いします』
「らんららんららーん♪ らんららんららーん♪」
あの男からの呼び出しがスピーカーを通じて私に届き、戸惑う暇も与えられず、私は服をその場に脱ぎ捨てて大急ぎで部屋を後にしました。大粒の涙と鼻水を垂れ流しながら狂ったような笑顔でおっぱいとおしりをブルンブルン振りながら全裸スキップをする私は、傍から見ればただの変態でした。
「来ましたか」
廊下の方から聞こえてくる「らんららんららーん♪ らんららんららーん♪」という、底抜けに馬鹿らしい声が次第に大きくなってきたところで、私――ジャンヌ・ダルク・オルタの背中に腰掛けている男はそう呟いた。本当、どうにかして殺してやりたいのだけれど、私の身体は四つん這いの姿勢をとったままピクリとも動かない。武装はパンツまで含めて全部奪われたし、サーヴァントとしての能力の一切も使えない。悔しくて歯噛みするのも無理。屈辱的なことに、今の私は完全にただの椅子だった。ちなみに足掛けは私のリリィ。あれも身じろぎ一つできないまま、私の隣で丸まってる。
いつか、いつかこの術をといたら、私のオリジナルですら泣いて謝るくらい長い時間をかけて、じっくり焼き殺してやる。
「らんららんららーん――ピシっ! おまぬけ聖女ジャンヌ・ダルク! ただいま参上いたしましたっ!」
視線も固定されているから私のオリジナルがどんな状態かは見えなかったけれど、想像は簡単についた。すっぽんぽんで敬礼してる――声が上ずっているから、多分泣いているんでしょうね。凌辱ならそれなりに慣れている筈の『私』だけど、やっぱり限界が近いのかしら。
「ふむ、少し遅いですよジャンヌさん。罰として、またあの二人をいじめに行きますか?」
「いっ――いえっ! も、申し訳ございませんご主人様! それだけは――口淫も手淫も、せ、セックスもさせていただきますので! それだけはさせないでください……!」
「冗談ですよ。笑ってください」
「あっはっはっはっはっはっ! ひぃーっひっひっひっひ!? ふふっ! あーっはっはっはっはっはっは! はっ、待って、息がっ――あっはっはっはっはっは!」
……完全に玩具ね。
改めてこの男に私たちが逆らえない、指の先から頭のてっぺんまでこの男の傀儡だということを、あいつが晒す痴態を見て(正確には聞いて)思い知らされる。
「楽しそうですね。何がそんなに面白いんですか?」
「はっはっはっはっは!? 何がって、ふふっ、別に――ぐふふぅ!? あっはっはっはっはっは! ごっ、ご主人さまぁっふひっ! めいれいっひっひっひ!? めい、めいれいされて――はーっはっはっはっはっは!」
「なんだかよくわかりませんが、楽しそうなのは良いことです。そうだ、その思いを何か作品をつくることで表現してみてはいかがですか?」
「いっ! いいっひっひっひ! いい、いい考えだと思いますぅっふっふっはっはっはっはっはっはっは!」
「笑いながらでは歌えないので音楽は駄目ですね。となると絵画でしょうか――創作ダンスというのもありますが、今日はお絵かきが良いでしょう。ちょうど筆もありますし」
「ふっ、ふぅ、ふでっ!? んふっふっふっふ――ふで、ふでなんてどこに――」
「僕が足を置いているこれですよ」
ねじの外れたようなあいつの笑い声は続いていたけど、部屋の中が少し静かになった気がした。
私のリリィは顔を伏せたまま身じろぎ一つしない。そういう命令が下っているから。
「はっ――サンタ・リリィがふで――?」
「はい。ウケるでしょう?」
「はっ、そんなっ、そんな――――!? ん……ぷっ、ぶぁーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
あいつは多分、我慢しようとしたのだろう。笑っちゃだめだ、笑うべきではない――冗句にしても酷すぎる宣告。必死で笑いを抑えようとした。けれど、そんなあいつの意志をもってしてもこの男の命令には抗えない。
あいつは死ぬほど下品に笑った。
私のリリィを物として扱うことが、心の底から可笑しくてたまらないと言わんばかりに。
私の表情は全く変わらない。瞬きすら禁止されていて、じっと向こうの壁を見つめている。今の私に自我があるのかどうか、あいつには判別がついていないだろう。
悔しい。
何も言えない。何もできない。何も、何も――
涙一つ流せない。
「今度は冗談じゃありませんよ? マジのやつです。ほら、ちょうどよい長さの髪じゃありませんか。あれにペンキを浸せば、中々豪快な絵が描けそうです」
「あ――あ、あ、あ“ーーーーーーーーっはっはっは!!」
笑いながら泣いている。
泣けるあいつが羨ましい。
「キャンパスはどこにしましょうか……大勢の人に見てもらいたいので、外の廊下の壁を使いましょう。ダ・ヴィンチの部屋からペンキとバケツをとってきてくださいジャンヌ。あとそろそろ一度笑うのやめてください。うるさいです」
「……はい……」
力のない足音が遠ざかり、扉の閉まる音とともに消えた。あいつの消えた私の部屋は途端静かになり、伸びをする男の衣がずれる音だけがかすかに響く。
「さて……何か言いたいことがありますか、オルタ」
と、首から上の拘束がある程度解けた。力が抜けたからがくんと一度首をさげるけど、すぐに起こして可能な限り男の方を向く。
罵倒の言葉は嵐のように思いつくけれど、それをぶちまけたところで何も変わらないのは見えていた。
「私を筆にしなさい」
だから私はそう言った。
「私を使わせなさい」
「……まあ、そう言うと思っていましたよ」
男は私から立ち上がり、足蹴にしていたリリィの方に近づく。
「今の彼女に意識はありません。自分がどんな状態なのかもわかっていなければ、先ほどのジャンヌの痴態も覚えていません。ですからほら――」
男が私を指さす。何だろう、また何かろくでもないことを――おっ、お、おおお――!?
「おっ、あっ、あんっ、ああっ、あああ――!?」
絶頂。
私の意志なんか微塵も汲み取らないで、普通じゃありえないレベルの性的快感が、連続して私の脳に押し寄せる。四つん這いのままぷしゃっ、ぷしゃあとおまんこから潮を吹く私は多分、相当アホな奴で、相当ひどい顔をしていたと思う。
「こんな風に、あなたがどんなことをやっても彼女は全く気がつきません。つまりあなたが彼女を庇ったことも現時点では知らないわけですが――」
では、いつお知らせしましょうかね。
無表情のまま男は言った。
「罪悪感の植え付け。それがジャンヌ・ダルクという英雄に対して最も有効な凌辱方法です」
「んっ、んんん――! あ、あんた、ああんっ! 殺す! 絶対殺すっ、ああっ、絶対殺してやるからぁあ♡」
ぷしゃああああ……。
怒っているのか悦んでいるのか、わからなかった。
サーヴァントは壁に頭をぶつけたくらいじゃ死なない。
死なないというか、傷もつかない。いくら痛覚を鋭敏にされようが、それでショック死するほどジャンヌ・ダルクは弱くない。
だけど、あいつは自分の痛みには耐えられても、他人の痛みには滅法弱い。
「私が筆になります!」
言葉の制限がある程度まで解けた瞬間、あいつは男にそう歎願した。
それが無駄な試みなのは明白だ。おつむのデキがあまりよくない私にもわかる。
「お願いします! 私がやります! やらせてください! どうか、どうかお願いいたします!」
「いえジャンヌ、あなたにその役目はやらせませんよ? どんな交換条件を出されたとしても、私にその気はありません」
「そんな、どうかお考え直しを! 私にもどうか罰をお与えください……!」
「申し訳ありませんが、それはありえないのですよ」
「私が、私が何の抵抗もできずに壁に叩きつけられるのを想像してください! 聖女の私が! 救国の乙女と呼ばれた英雄ジャンヌ・ダルクが! 無様に道具として扱われる痴態をご堪能したいとは思いませんか!?に、偽物の彼女なんかよりずっと背徳的ではないでしょうか!」
無い知恵を振り絞っているけれど、この男の考えは変わらないでしょう。というか、その辺にしておかないと手ひどい反撃を食らうわよ。
男は少し沈黙を空けた後、こう言った。
「私があなたを『そちらの役』から外さないのをわかっていながら、そうやって自分を売るような提案をして、なんとか罪悪感を緩和したいのはわかります」
「そ、そんなこと……」
「安全地帯から自己犠牲を謳うのはさぞかし楽しいでしょうね」
男がそう言ったのを最後に、あいつは何も言えなくなって、それで自由時間は終了。
本当にむかつくわね。
何でそんな言葉を律儀に受け取るのよ……!
「ごめんなさい……ごめんなさいオルタ……」
あいつは私を抱きかかえながら泣く。
私の首はくたりと力が抜けていて、半ば仰向けになっているから、あいつの涙が胸元にかかって熱い。ああうざい。何であんたが謝んのよ。あんた、何一つ悪くないでしょうが!
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……!」
「雰囲気が暗いです。絵はもっと楽しく描きましょう。ほらジャンヌ、笑って。身体はピンと気をつけなのに、首から上だけだらっとなったオルタ、おかしくてたまらないでしょう?」
「そんなわけ――ふっ、そっ、そんなこと……くっ、うぅ、ふっ――うわっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
私を見てあいつは笑う。あいつが笑うたびに、あいつの心が擦り減っていくのがわかる。本当に苛々させられる。何で罪悪感なんか感じてるのよ。あんたは悪くない。別に、誰もあんたを恨んでいないのに。
私は何も言えない。
首から上も、首から下も、全てあの男の所有物。
「あっはっはっはっはっは! で、では――ふふふっ、筆にペンキをつけまーす……ぐふっ!」
サーヴァントの筋力があれば、人間一人を持ち上げるのなんて造作もない。あいつは私の身体を横に抱えると、そのまま頭を下に持ち替えて、近くに置かれていたバケツの真上に私の頭を持ってくる。
「色は……! 色は全部で三色でーす! この筆をじゃぶじゃぶつけて壁に――壁に、殴り描いていこうとおもいます……!」
そう言うなりドボン――呼吸への配慮なんかまったくない手つきで、私の頭はじゃぶじゃぶというよりは寧ろガンガンという擬音語が相応しい調子で、青いペンキのはいったバケツに浸される。
「準備オッケー! ……で、ではさっそく、私のこの収まらない陽気な思いを、ここの壁に叩きつけていきましょう――!」
どうか――
――どうかこいつの心が壊れてしまいませんように。
思いっきり振りかぶられる。
そして後頭部から壁に直撃。
そこから先の記憶は、私にはない。
「ああ、そうそう」
回復魔術担当のメディア・リリィを四つん這いの姿勢にして腰掛けていた男は、帰り際、精も根も尽き果てて、憔悴した表情のまま完成した絵の前でへたり込んでいるジャンヌの横に、一つの小さなビンを置いた。
「今日貴女を呼んだのはこれを渡す為でした」
中には透明の液体。ラベルも無く、一目見ただけでは何が入っているかわからなかった。
「『正気に戻れなくなる薬』です」
ぼーっとしていて、話を聞いているのか聞いていないのかもわからないジャンヌに対して男はとうとうと説明する。
「効果は原則、永久です――これを飲んだ者は、私でも正気には戻せません。その後も私の隷下のままで、私の命令には逆らえませんが、自我を呼び出して辱めを受けさせるという愉しみはできなくなりますね。ああ、一応言っておきますが、他の者には飲ませないでください」
飲む権利があるのは、あなただけです――と。
それだけ言うと、男は去っていった。
後に残ったのはボロボロのジャンヌ・オルタ、彼女を治療しているメディア・リリィ、ジャンヌ――
『乙女の微笑み』と題された、ジャンヌの自画像。