カルデアの主人 作:けっかくん
この男の呪縛から逃れられない。
召喚に応じなければよかったのにと、私は本気で後悔している。不出来な後輩をフォローしつつ送るカルデアライフはそれなりに楽しそうだなと思った私をぶん殴りたい。真祖は真祖らしく引き篭もっていればよかったのだ。人類史なんて勝手に滅びれば良い。そう思って干渉しなければよかったのに。
「あんた、いつか絶対殺してやるから……」
カルデアの主人と名乗る男を睨む。殺意を煮詰めて凝縮した視線を男に向けるのだけれど、こいつは全く動じない。どころかにやにや笑っている。私の身体の自由を全て掌握していて、私が素っ裸で気をつけの姿勢のままピクリとも動けないのがわかっているからだ。ムカつく。イライラが止まるところを知らない。怒りが溜まりすぎて、それだけで一、二回死んでしまいそうだ。
「それは諦めてください」
「はい。諦めます——って、チッ!」
私の口が勝手に動く。あの男が言わせたのだ。さらに怒りが増す。殺す。絶対に殺してやる。即死じゃなくて、散々痛めつけて殺す。蘇生魔術をかけながら、私の知ってるありとあらゆる処刑方法を一つずつ試して殺す。
そう心に誓いながら、私は真剣な表情で屈辱的な誓いの言葉を吐いていた。「私、虞美人は、持てる全てをかけて、ご主人様を愉しませるためでしかない、取るに足らない使い捨ての玩具になることを誓います!」——全裸にガニ股Wピースの格好でね。その様はパシャリと写真に撮られた。あいつは「このポーズの写真は名簿に必要なんですよ」とかほざく。きっとカルデアにいるサーヴァント全員分の写真があるんだろう。
「ああそうそう、私のことはご主人様とお呼びください」
写真を撮られた後、私はご主人様の後ろをついてカルデアの廊下を移動した。道中、さっきの私と同様に屈辱的な格好で止まっている少女とか、幼児ベッドの中から悲痛な声で「ばぁー、だあー! ぇえー!」とこちらに何かを訴えかけるオムツ姿の成人女性とか、カルデアの陥落を示す状況がいくつも見えた。それを見て、怒りの隣に恐怖の感情が心の中で生まれる。私は何をされるんだろう。私は一体何に成り果ててしまうんだろう。
——やめろ。そんなこと考えるな。怒りだけを覚えていろ。反撃の機会を窺い、いつか目に物見せてやるんだ。
「着きました」
ご主人様が足を止めたのは、男子トイレの入り口だった。そこにはすでに肌色の人だかりができていて、数人の女サーヴァントが局部を隠しながら所在なさげに立っていた。この時は彼女たちの名前を知らなかったけど、後からわかった。メディア、巴御前、キルケー、ブーディカ、ブリュンヒルデ。彼女たちはご主人様に怯えていた。あからさまに逃げ出したりはしないのだけれど、視線を合わせず、声を上げず、必死でおとなしくしていた。
「皆さんに新しい仲間が加わります。虞美人さんです」
ご主人様が私を紹介したから、彼女たちの視線は私に注がれる。皆、一様に私を哀れむような目をしていた。「よ、よろしくお願いします……」と、いかにも誰も言わなかったからって感じで巴が言う。その様子がなんだかいたたまれなくてまともに応対する気になれず、私は「……どうも」とだけ呟いて頭を下げる。
「なんだか寂しいですね。皆さん元気よく挨拶しましょう」
「「これからよろしくお願いします!」」
五人の全裸の女たちは一斉に口角を上げて、背筋を伸ばしたかと思うと、わずかな乱れも見せずにピシリと揃って腰を90度に曲げる。私も満面の笑みを浮かべて「こちらこそよろしくお願いします!」と挨拶した。その後は笑顔のまま、六人全員と握手、ハグをする。素肌が接触するけど拒絶なんてできない。各自の名前はこの時知った。ご主人様への殺意がグツグツと煮えたぎる。
「虞美人さんのは一番手前に割り振ってあります。では、あとはご自由に。ゆっくりお楽しみください」
「「はい!」」
私たちは声を揃えて返事をして、そこでようやく笑顔から解放される。背筋を伸ばす縛りも解けた。自由を得た私は、背中を見せて悠然と歩き去ろうとするご主人様を追いかけて走り出す——けど、足が勝手にくるりと反転する。「あっ、くそ、違う!」踵を返した私は、またトイレの前まで帰ってきてしまう。ご主人様を睨みつけるけど、あいつはこちらのことを振り返りもしなかった。
「無理だよ虞美人……私たちは『ご主人様』に危害を加えられない」
キルケーが言う。それがいかにも弱々しくて、癇に障った。「は!? なにお前、諦めてんの!?」「違うよ! 諦めてなんかいないさ! こんなところ、今すぐにでも出たいよ!」「『出たい』って何。あいつをぶっ殺したいとかはもう思わないわけ?」「お、思ってるよ! 怒りと恨みが身体をビリビリに破きそうだ!」
「やめなさい!」
私とキルケーの間にメディアが割って入る。彼女の豊満な乳房がぷるんと揺れた。
「……もうすぐ時間よ。構えましょう。今回こそは耐えられるように」
メディアの言葉を聞いてキルケーは黙る。キルケーの顔からは血の気がひいていた。他の女たちも沈痛な表情をしている。これから何が起こるのか、わかっていないのは私だけみたいだった。
「耐えるって、何によ。拷問? 強姦? ああ、まさか便意? うんちが我慢できなくなるとか、そういう暗示がかけられるわけ? ここトイレの前だしね」
嘲るように笑う私だけど、まさか本当にそうだったらものすごく嫌で、メディアが否定してくれるのを心の中で願った。
「……違うわ」
メディアはそう言った。内心安堵しつつ、でも、じゃあ私たちは一体何に耐える必要があるのかわからず不安になる。
「恋心よ……」
「は?」
恋心? なにそれ——と訊くより前に、天井のスピーカーからチャイムが鳴った。ごーん、ごーん、という低い鐘の音。それを聞いた途端、私の身体に異変が起こる。
身体が熱い。
胸の奥が、苦しい。でも、痛いんじゃない。外的な苦しさじゃなくて、なんと言うか、精神的な切なさというか——「なに、これ……」胸を押さえながら周りを見ると、メディアたちも同じような症状にかかっているみたいだった。みんな、顔だけじゃなくて全身を真っ赤にして震えている。「落ち着くのよ……落ち着いて……落ち着いて……!」メディアは目を閉じて、ぶつぶつと呟いていた。「これは偽物、これは偽物、これは偽物、本物じゃない! 違う! 私はこんなこと思っていない!」頭をかきむしりながら必死に叫ぶブーディカ。「ふっ、ぅうええええん……。ぅうう、なぜ、なぜ私は……!」ブリュンヒルデはその場にへたりこんで泣き始めた。それを契機として、巴も涙を流す。異様な光景だ。彼女たちはみんなおかしくなっている。怖い。何が起こっているのかわからない。でも一番怖いのは、私自身が泣きそうになってしまっていることだった。何がなんだかわからないけど、とてつもなく切ない。もどかしくて、我慢できなくて、寂しくて寂しくてたまらなくて、涙が溢れそうになる。そう、まるで項羽様を失ったあの時のような感覚——
「もっ、もう無理!」
突如としてキルケーが立ち上がり、男子トイレの扉の方へ駆け出す。「待ちなさい!」とメディアがそれを制した。キルケーが開けようとした扉を、身体でメディアが押さえつける。
「入れておくれよ! 駄目だ! もう耐えられない! せっ……切なくて頭おかしくなりそうなんだぁ!」
べそを掻きながら喚くキルケー。意味がわからないと思いながらも、なぜかその気持ちにだけ共感できてしまう。
メディアはのぼせきった表情になりながら、それでも扉から退こうとしなかった。
「れ、冷静に……冷静になって……。よく考えなさい、これは、あいつに植え付けられた偽の感情よ……。私たちは……無理やり……心を、弄られている……」
「そんなのわかってるさ! でも無理だ! はやくあの人に会いたい! 会えないと、会えないと駄目なんだ! 本当に死んでしまうよお!」
「人、じゃない……。ど、どう考えても、恋愛対象、じゃない……」メディアの目にも涙がにじむ。
「わかってるよ! わかってるのに、止められないんだぁ!」
二人の足元に液体が滴り落ちているのに気づいた。涙だけじゃない。二人の股下から、尋常でない量の液体が出ているのだ。そしてそれは二人だけじゃなくて、周りの女も、私にしても例外ではなく……。
「なに、どういうこと……これ——」
「うっ、うん、あ、もう、もう駄目! もう無理無理無理無理!」
ミイラ取りがミイラというか、扉を押さえていたメディアが我慢の限界を迎えてしまったようで、狂ったように叫びながらくるりと回転して扉を開ける。
「ずるいぞっ!」
すぐさまキルケーも中に入る。他の女も、我先にとトイレへ入って行った。私の足も、みんなに続いてふらふらと動き出し、扉を潜る。
中には異様な光景があった。
彼女たちは横一列に備え付けられた小便器に対して一人ずつ向き合い、涙を流しながらも、思い思いに小便器と「愛し合って」いたのだ。メディアは泣きながらペロペロと便器の中を舌で舐めている。キルケーは「えへへ、しあわせぇ! しあわせぇ!」と狂人のように叫びながら小便器と抱擁し、流すボタンにキスをしていた。巴は「義仲様……申し訳ございません……!」と謝り続けながら豊満な胸を小便器に押し付ける。ジャージャー水を流しながら「ありがとうございます! ありがとうございます!」と言って流れる水を飲むのはブーディカ。ブリュンヒルデは「あんっ、ああ、ああぁあ!」と喘ぎながらお尻を小便器に埋めて上下に振っていた。
メディアの横に、空いている便器が一台。
それに気づいてから、私はそれから目を離せなくなる。
まずい——と、理性の残りカスみたいなものが警鐘を鳴らすけど、一歩、また一歩とそれに近づいてしまう。冷静さを保とうと、私は生涯の思い人の名を口にした。「項羽様……」——けど、駄目だった。あのお方の名前なのに、びっくりするほど響かない。便器が、便器が目の前にある。そこでようやくわかった。私の心の変化がなんなのか——私は、この小便器に発情しているのだ。
性的嗜好を植え付けられている。
そんな馬鹿な——と思う反面、そうだったのかという納得感が私を包む。「きゅんっ」と心が締まった。付き合いたい、愛し合いたい、子どもを残したいっていう気持ちが止めどなく溢れ出る——真祖だのなんだの関係ない。ものすごく大きな気持ちに襲われている。よりによって小便器を相手に。ふざけてる。ありえないはずなのに、気持ちはどんどん大きくなっていく。これはまずいと思い、ご主人様への怒りを必死に保とうとするけれど、恋心が肥大化していくに連れて相対的に怒りが矮小化されていって、でも、なけなしのプライドだけでどうにか本能を押さえつけようとするのだけど、限界がじりじりと迫ってきていて——好き、もう、好きっ、好き好き好きぃ!
「ぅう、あああああああ!」
気がつけば、私は小便器に抱きついていた。男子便所の小便器に、全裸で。プライドが砕け散る。私、私は何をやっているんだろう。ご主人様に操られて、こんな汚いものに抱きついて。でもそれがたまらなく幸せなんだ。やっと会えた。最愛の人にようやく会えた。嬉しい。私には項羽様がいるのに——偽物の気持ちだって頭ではわかっているのに、衝動が押さえきれない。私はそのままキスをした。陶器のひんやりした感触が唇に当たる。格好いい、格好いい、格好いい。項羽様なんて目じゃないくらい格好いい。そんなはず無いってわかってるのに、小便器が素敵に見えて仕方ない。
「畜生……畜生っ!」
私もまた、他の女たちと同じように涙を流しながら小便器と愛し合う。
わかっているんだ、これがどう考えてもおかしくて、ご主人様が私たちの心を造り替えて、弄んでいるだけなんだって。小便器に発情する女なんて最低だ。尊厳が無いし、項羽様に申し訳が立たない。端から見たら、とんでもない無様を晒しているのがわかる。こんな姿、誰かに見られたら生きていけない。でも、止まらない。止まれない。子どもが欲しい。子どもが欲しい。子どもが欲しい! 無理だってわかるのに、何かをどうにかして、この小便器の子どもを孕みたいと願ってしまう!
「あぁ、あんっ、あんっ、あぁっ、ああぁあっ!」
無我夢中で、お汁だらだらの秘部を便器に押し付ける。便器に性器はない。どうやっても私の悲願が達成されることはないけれど、何かせずにはいられない。セックスしたい。せめてセックスの真似事でもしていないと、心がどうにかなってしまう。
横からメディアの声が聞こえてくる。
「ずっと会いたかったんです! 会えなくて寂しかったの! 会えて嬉しいっ! 本当に幸せぇ!」
彼女は涙と鼻水と汗で顔をぐしゃぐしゃにしながら、これ以上ないほど嬉しそうに小便器に愛の言葉を捧げていた。彼女の眼は狂気に染まっていた。どれだけ容姿が整っていても、これには近づきたくないと思わせる怖さがあった。
——私も、こうなってるの?
「ひっ……」
転じて、自分の身がどうなってるか見る。後ろの手洗い場の鏡を覗くと、そこにはメディアと同様、変な液体にまみれた裸の女が映っていた。途端、これまで自分が何をしていたのか痛感する。「嫌っ……!」私は小便器から離れ、バランスを崩し、床に尻餅をついた。
「お楽しみのようですね」
入り口の方から声がかかる。
ご主人様だった。
「お前……!」
「気に入っていただけたようで何よりです」
ご主人様が笑う。私を見て。もうボロボロになっていたプライドがさらにすり減る。見られていた。今の醜態を。悔しい。結局私も、ご主人様のいいように操られている。悔しい。自分が情けない。
涙が止まらない。
「とっ、解けよぉ……! これぇ……!」
ご主人様に縋りつく。この状況を止められるのはこいつしかいない。私を元に戻せるのはご主人様だけだ。私だけじゃ、歯止めが効かない。今だって、便器のある方を振り向きたくて仕方ないんだ。
理性と感情が激突して、身体の中がカオスになってる。
「頭おかしくなるからぁ……! いやだぁこんなの……も、戻しなさいよ……!」
「戻して、よろしいのですか?」
そう問われて、ドクンと嫌な鼓動が胸に響く。「あぁ、え……」当たり前でしょうがと、返せない。言葉が出てこない。この気持ちを喪った自分を思い描いて、愕然とする。
カレを想うこの気持ちが消えるの?
「あ、違う……こんなの、こんなのまやかしで……」
嫌だ、嫌だ、もっとずっと愛し合いたい、永遠に二人で一緒にいたいって衝動が昇ってきて、私は片手で頭を抑える。嘘だ。そんなの嘘の気持ちなんだ。本当の私はそんなこと思ってないって必死に心に蓋をするのだけれど、でも、衝動はどんどん強くなる。
「まやかしですか……、そんな風に言われて、あなたのカレはなんて思うでしょうね」
ご主人様にそう言われ——プツンと、耐え続けていた理性が壊れた。
「あっ……」
振り向く。小便器の方を。
小便器を見ながら、想像をしてしまう。
あるはずのないカレの心を。
襲い来るのは罪悪感。小便器に対して、急激に「申し訳なさ」が湧き上がってくる。ひどいことを言った。「まやかし」だなんて、私はなんて酷いことを言ってしまったのか。嫌われたらどうしよう。仮定される未来、心に空く虚無の穴。気がつけば「ごめんなさい!」と謝っていた。「ごめんなさい、本当、本当にごめんなさい! 申し訳ありませんでした! 謝るっ、謝るから! ごめん、大好き、大好き! だから嫌わないで! 捨てないでぇえぅううゔゔゔゔうう! ごめえん許じでぇ!」
嫌われるのは嫌だ、嫌われたら生きていけない、この小便器に嫌われるのは死ぬより辛い。ご主人様が後ろで見ているのにも憚らず、私はギャンギャン泣き喚きながら小便器に抱きつき、謝り続けた。
正気にかえったのは、それから二時間くらい経った後。
小便器の排水溝に舌を突っ込んでペロペロ汚れを舐めていた時、まともな意識が戻ってきた。いくら絶頂しても落ち着かず、ずっと昂ったままだった精神が、無理やり通常レベルまで引き下げられる。突然視界がクリアになった気がした——瞬間、自分が何をしているのか気づいて、猛烈な吐き気に襲われる。
「うっ——ゔうう、ぉおヴエッ!」
耐えられず、吐いてしまう。そのまま便器の排水溝に。舌に乗っかった形容しか難い味はすぐには消えず、延々と胃酸を吐き出した。
——なんてザマだ。
先ほどまでの自分を思い出して、絶望する。
おぞましい、異常な性欲に支配された状態。
みっともない。死ぬより酷い。
何より辛いのは、項羽様を裏切ってしまったことだ。正気を喪ってたとはいえ、こんなものを、項羽様よりも愛おしく思ってしまった。そのことが、一番、堪える。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ちょっと落ち着いてきた頃、横を向くと、私と同じ境遇の女たちが疲弊した様子でそこにいた。すぐ隣のメディアは壁に背中をつけて座り込み、両手で頭を抱えてうずくまっていた。
みんな疲れ果てている。
「……これが、私たちに植えられた設定よ……」
私に宛てて、メディアがぽつりと呟いた。
「毎日、決められた時間に、『これ』への恋慕の情が止められなくなる……発情して、『これ』と交尾したくてたまらなくなるの……。あり得ないわよね……? 対物性愛だとしてもおかしいでしょう……男子用小便器が、愛しの人だなんて」
メディアは力なく笑った。
その後、誰かの名前を呟いていた気がしたけど、小さすぎて聞こえなかった。
にゅう工房のイラストにこんなんあったな。なんかその辺の手すりとかゴミ箱とかにしとけばよかったか。
屈辱的な姿で停まってる少女はアルトリアで、おむつ女はアイリスフィールです。
エロ小説はモチベーションの維持が難しいです。自作だとあんま抜けないし。