コレデモカノジョデス 作:トクメイデス
ガッ!
「ったく……」
先に言っておく。正当防衛だ。
適当なチンピラを数人蹴散らし、路地裏からゆっくりと出てきた俺は脇に置いていた鞄を取って歩き出した。
なにやら聞こえてくる声を無視して、イヤホンを耳にあてながら。
水蓮寺ルカの新譜を聴きながら歩いていると、不意にその背中をたたく奴がいた。
「先輩、なにやってるのだ?」
「……歩いているところをお前に背中ブッたたかれたんだよ」
イヤホンを外して振り返っても、そこに彼女の要はいなかった。代わりにいたのは後輩兼喧嘩の弟子みたいな存在だった。
「そっちはなにやってんだよ? 三千院」
「バイト中なのだ」
話しかけてきたのは、高校の後輩である三千院凪だ。
なにかの宣伝だろうか、蛍光色の強い看板を担いで歩いていたところで俺を見つけて声をかけたらしい。
「しかし、相変わらず背中が弱いな。先輩は」
「ほっとけ。さっさとバイトに戻れよな……」
シッシッ、と手を振るも、三千院は気にすることなく俺の後をついてきた。
「よかったら先輩もどうなのだ? コミック増量中」
「……読みたい漫画出てないからいいわ」
そもそも単行本は購入派だ。基本雑誌だけでことたりてるけどな。
というか、ネカフェの宣伝だったのか。
「……ああ、そうそう。先輩も気をつけた方がいいぞ」
「なにが?」
丁度分かれ道だからか、三千院は看板を肩にかけたまま立ち止まり、俺を呼び止めた。
「さっき会った昔馴染みから聞いたのだが、昨日ここらでチンピラが徒党を組んでカツアゲをやっていたらしくて、巻き込まれて……先輩?」
「……いや、なんでもない」
なんとなく察した。多分さっきの奴らだ。
「念のため聞くが……そいつらの数は?」
「少なくとも二十人規模だとは聞いているぞ?」
ひぃ、ふぅ、みぃ……足りない。まずいな……
「まあ、先輩ならほっといても死なんだろうが……」
「おい。俺を超合金かなにかと勘違いしていないか、お前」
こいつはどうも、男は頑強というイメージを持っている節があり、たまに面倒臭い要件を押しつけてくることがある。まあ、ヤクザまでいってないからなんとかなっているが。
「そうなのか? 私の知っている男はロボットや人さらいなんて一ひねりだったぞ」
「……そいつ、本当に人間?」
三千院の知る男に疑問を抱きつつも、俺は後輩と別れて再び街へと繰り出した。
このまま銭湯に行って要の顔を見に行くのもありかと思ったが、その前にやることができたので方向転換することに。
「ぎゃあ!?」
「だからしつこいっ!」
そう、さっきの連中が仲間を連れて報復に来たのだ。
まあ、結局は徒党を組んだチンピラ程度なので、ちょっと細い路地に入って逃げながら一人ずつつぶしていけばどうにかなる。
「おら回り道ぃ!!」
……そう思っていました。
「必殺、目に携帯用制汗スプレー!」
「ぎゃあ!?」
しかし回り込まれても関係ない。相手の目を潰して蹴り飛ばせばどうにかなる。
「次来たらライターも追加するぞ!」
「それ火炎放射器!」
もちろんはったりだ。というかライター持ち歩く趣味ねえよ。
いまだに目を抑えている馬鹿を盾にしながら走っていると、とうとうビル群の隙間にできた広場に出てしまった。
「やっべ、ミスった……」
「こ、ここまで、だ、な……みずもってない?」
「お前、チンピラ向いてねえよ……」
とりあえず人質作戦として、水を要求した馬鹿の首根っこを掴んで前に出した。そいつの手はいまだに自らの目元にあてられているが。
「おい! 卑怯だぞお前!」
「人質を取るなんて、お前に人の心はないのか!?」
「このひとでなし!」
「集団で一人を囲んでるお前らに言われたくないわ!」
しかしこうなってくると、俺が悪人に思えてくるから不思議だ。実際は向こうにさっきのカツアゲ犯がいるから違うが。
「さてどうするかな……」
「あの、俺の身体まさぐるの、やめてもらえます?」
なにかないかと人質を探ってみるも、大したものは持ってなさそうだった。
「お前まさか、リーダーの貞操を!?」
「やめろ、そいつには三日前に彼女が!?」
「なわけあるか! というかそんな奴がカツアゲしてんじゃねえ!」
「デート代が欲しかったんだよぉ……」
すると泣き出す人質の男。
どうやら主犯格だったらしい。チンピラが粋がった結果、徒党を組んでカツアゲに精を出そうとしたとか。
「お前らアホか……それでデート中にカツアゲのことがばれたら、即破局だぞ」
『あっ!?』
今気づいたのかよ。
「真面目にバイトしろよな……ホラ」
人質を蹴飛ばして返してから、俺は反対の路地裏に全速力で逃げ込んだ。
ゴミ箱とか蹴飛ばしながら。
視点を変えて。
「あっ、待て……」
「……いや、いい」
チンピラのリーダーは、仲間から受け取ったミネラルウォーターで目を洗ってから、静かに立ち上がった。
「俺が間違っていた。女のためとはいえ、人から金をパクるなんて最低だったな」
「リーダー……」
全員が、息をのんだ。
いままで人に迷惑をかけてばかりで、そんな手段しか知らなかった彼等だが、それでも一人の人間のために行動したかった。
それだけに、リーダーが間違いを認めてしまったのは彼らの動揺をひどくさそってしまったのだ。
「もうやめよう……彼女には、まっとうな金で向き合う」
「……ああ、そうしよう!」
「俺達も付き合うぜ、リーダー!」
「お前達……」
リーダーは神に感謝した。こんな最低だが、最高な仲間達と出会えて。
「よし、やろう。俺達なら……」
なんだってできる。そう思っていた。
つい、この瞬間までは。
「あ、氷室! この人達だよ!」
「おや、そうですか。大河坊ちゃん」
大河坊ちゃんと呼ばれた少年に言われて、褐色肌の執事服の男は薔薇をたずさえて、チンピラ達の前に立った。
「うん。さっきこの人達にカツアゲされそうになったのを助けてくれた人がいたんだよ。その人にお礼が言いたいんだ」
「それは素晴らしい。人として、礼儀を欠いてはいけませんからね」
それを聞き、数人が逃げ出そうとするが、行く手を数本の薔薇に止められてしまう。
「というわけで、あなた方から大河坊ちゃんを守っていただいたお方について……知っていることを全て教えていただけませんかね?」
「あ、いや、その……」
別の路地にあとずさろうとする面々。しかし、そこから新手が来た。
「ようやく見つけたわ……」
虚空から飛び降りてきたのは、眼鏡をかけたショートカットのシスターだった。しかし彼女の手に握られていたのは聖書ではなく、
「あなた達ね? 昨日亘君からカツアゲしようとしたのは……」
肩に担がれた、十字に固定された電柱だった。
「あ、いや、えっと……」
改心しようとしたチンピラ達だったが、自らの罪にむらがってきた罰の重さに、完全に腰を抜かしてしまっていた。
「大河坊ちゃんは少し外していただけますか? これから尋問もとい聞き込みをしなければいけませんので」
「これ以上あのメイドに亘君の気を引かせたくないのよ……せめて私の恋の養分になってくれる?」
龍の逆鱗に触れた状態で虎の尾を踏んでしまった。
後に、チンピラから卒業してバイト生活にいそしむことになるかつてのリーダーはそう語った。
「おい! この皿まだ汚れているのだ!」
「すみません! すぐに洗い直します!」
……三千院凪の後輩として。
そんな未来が連中に待っているとも知らず、俺はつけられていないことを確認してから帰路についた。
「ああ、疲れた……」
正直草津風銭湯に行こうかとも思ったが、ボロボロの格好を見て断念した。というか先に着替えたい。
鍵を外してからドアノブに手をのせて開けた。
「誰もいないけどただいま~、っと」
「誰かいるけどお帰り~、っス」
……なぜか要がいた。
ソファの上に寝転がってぽっきぃをくわえながら、漫画雑誌をながめていた。
「……なんでいる?」
まあ、一人暮らしだし特に隠すものもないからと合鍵は渡しているので、いても不思議ではないのだが、きているなら連絡しろといいたくなる。
実際はチンピラ相手におにごっこしていたから、相手している暇はなかっただろうが。
「部活が急に休みになったので、暇だから遊びに来たっス」
「そうかよ……」
ドッと疲れがふき出た俺は、着替えるのもおっくうになり、鞄を置いてそのままベッドの上に寝転がった。
「なんか疲れてるっスね。雄一君」
そんな俺の顔を見たからか、ぽっきぃを口に入れてソファから起き上がった要が近寄ってきて、そのまま覗き込んできやがった。
「なにかあったんスか?」
「ああ……」
カツアゲしている奴を見つけてぶっとばし、その後仕返しに来た連中から逃げ出して……ああ、そうだな。
「……いつも通りだ。なにもない」
「ならいっスけど……」
再び漫画雑誌に視線を落とした要の横で、俺は睡魔に負けて夢の世界に旅立っていった。
そう、いつも通り彼女のそばにいる。変わらない日常だった……
その数十分後、褐色肌の執事から文字通りお礼参りを受けることになるのだが、その時の俺に知る術はなかった。