コレデモカノジョデス 作:トクメイデス
それは、俺が草津風銭湯内にあるマッサージチェアの上で夢うつつになっていた時のことだ。
「言葉だけでいいんスか?」
ふと目を覚まし、まぶたを薄く開けてみると要と由崎がなにやら話しているのが見えた。何を話しているのかは知らないが、耳だけは二人の話を聞こうと開けておく。
「指輪っスよ指輪。結婚といえば、やっぱ指輪は欲しくなるでしょ?」
指輪、か……個人的には指から抜けなくなりそうだから、あんまり好きにはなれないんだよな。
「甘えんなぁあああ!!」
そんなことを考えていると、要が突如、叫んできやがった。
「それが全部旦那のプライドを傷付けたくない嫁の優しさだってことに、いい加減気付けボケェェ――!!」
そして要は掃除道具を片手に女湯の方へと消えていった。残されたのは呆然と立ち尽くしている由崎と、これから起き上がろうとしている俺だけだ。
「……それで、要の奴は何を叫んでたんだ?」
「あれ、雄一君起きてたの?」
「ついさっきな。全部聞いたわけじゃないから話が読めないんだが」
すでに時間が経過して停止したマッサージチェアから降り、一先ずはと俺と由崎は備え付けのソファに腰を下ろした。
「いや、要ちゃんから結婚指輪はどうするんだって話になった時に、ウチのお嫁さんそういうの欲しがるタイプかなー? って言ったら怒られちゃって」
「そりゃ駄目だろ、お前」
ソファの背もたれに体重を預けたまま、俺は天井を仰いだ。本当にこのイカレ数学野郎は。
「欲しいかどうかはともかく、勝手に判断するのはまずいって。お前のお嫁さんは人形でもダッチワイフでもないんだろ?」
「そういう言い方やめてくれる? 特にダッチワイフ。たしかに勝手に決めるのはまずかったかもしれないけどさ……」
「かもしれない、じゃなくてまずいんだって」
要するに結婚指輪をどうするかでこいつは別にいいや、って自己完結したってことか。俺自身はどっちでもいいと思うがな。
「というか、夫婦間のことなら自分で決める前に嫁さんと相談しろよな。じゃないと離婚まっしぐらだぞ」
「的確だけど不吉なこと言わないでよ……でもたしかにそうだよね」
どうやら理解したらしい。
それを見て取った俺は、荷物を持って帰ることにした。
「じゃあ俺は帰るわ。嫁さんによろしく」
「うん、またね」
由崎の挨拶を背に受け、俺は銭湯を後にした。
『まったく、先輩は何考えているんスかね』
「分からんでもないが、あまり愚痴るなって」
時間は既に深夜帯。由崎ですらバイト上がりになっている頃だった。
仕事をしていると要から電話があり、そこまで忙しくないからとハンズフリーで通話して見れば、いきなりの愚痴である。
いくら相手が由崎でも、彼女の口から他の男の愚痴が漏れるのはあまりうれしくないものだな。しかも話している内容は由崎とまったく同じだから、聞くのは実質2回目だし。
『ところで雄一君、今電話してても大丈夫なんスか?』
「そこまで忙しくないからな。長話はできないが、今のところは問題ない」
さすがに仕事中に電話し続けるわけにもいかないしな。変なところで切れても後味悪いし。
「そういえば……」
『なんスか?』
そろそろ切らないとまずい。なのだが、一つ気になることがあったので、それを最後に電話を切ろうと要に聞いてみた。
「お前は指輪とか、って欲しいの?」
『私っスか?』
まあ、彼氏彼女だから別に指輪を用意する必要はないと思うのだが、それは俺自身の回答だしな。要も同じとは限らないから、せっかくだし聞いてみたのだが。
『まあ、貰えるなら欲しいっスね。指輪に限らず付き合っている証、みたいのが』
「証、ね……」
そういえば、付き合ってからこっち、大した贈り物はしてこなかった気がする。誕生日だって向こうが忙しいから、と仕事の手伝い+猫のぬいぐるみをプレゼントしたっきりだったな。
「……じゃあ、今度一緒に買いに行くか?」
『デートのお誘いっスか?』
「そんなところだな」
別にデートしない、ってわけでもないのだが、大抵はどっちかの家で会うってのが大半だし、二人きりで出掛けること自体そうあるわけでもない。
そこでいい機会だから、と誘ってみたのだが、要はどう返してくるのだろうか。
『それなら明日の放課後にしましょう。当然拒否権は無しっス』
「暇だからいいけど拒否権は用意しろよ。用事あったらどうするつもりだよ?」
『そんなもの、私と用事とどっちが大事なんスか!? って聞く絶好の機会じゃないっスか!!』
仕事ですれ違う夫婦か。由崎と違ってまだ結婚する気はねぇ、ってのに。
と内心でツッコむが、特に返す気にもなれずに聞き流すことにした。
「じゃあ明日の放課後に駅前な。モヤイ像の方で」
『了解っス。じゃあ雄一君、お休みなさいっス』
「はい、お休み――」
電話を切った後、俺は仕事を片付けようと集中した。
一応仕事はないのだが、残業で潰さない為にだ。
「……さて、さっさと片付けますかね」
そして翌日。
「そんなんで良かったのか?」
「これがいいんスよ」
放課後になり、要と待ち合わせして適当に近くの店を物色していくのを繰り返した。そうしていると通りから離れた小さな雑貨屋を見つけて入店、そこで売っていたキーホルダーを購入してから、二人並んで帰路についた。
他に寄っても良かったのだが、これでも彼女は銭湯の娘。そんなに長く出かけてるわけにはいかないのだろう。
「しかし、これなんのキャラだ?」
「さあ? デザインが気に入ったんでなんとなく買ったっスけど」
しかしどこかで見たことがあるんだよな……この耳のでかい豚っぽい生き物。
それぞれが同じキーホルダーを片手に並んで歩いていると、いつの間にか銭湯の煙突が見えてきた。
「そろそろだな、ついでに入って……」
ふと、足が止まる。
「どうした?」
「ぅぅ……」
要に空いている手を引かれて足を止めたが、振り返った先にいたのは見慣れない生物だった。
「……ょっと」
空いた手で俺の手を掴み、もう片方の手はキーホルダーを握り締めたまま口元に当てている。すると要は目元を伏せながら、顔を赤らめさせて呟いた。
「もうちょっと、一緒にいたいっス……」
「よし近くの喫茶店に行こう」
「じゃあ雄一君のおごりで」
間髪入れずに素面に戻りやがった、こいつ。
俺が何かをする間もなく、要は通りにある喫茶店に入って行く。彼女の手に揺れるキーホルダーが視界から消えたので、しかたなく後を追いかけた。
「……ま、いっか」
コレデモカノジョデス、と態度とは裏腹に一緒にいたいと甘えてくる彼女に従い、俺も喫茶店の扉を潜ったのであった。
後程、銭湯内で珍しく遅い時間に来た由崎との会話より。
「それで、その後要ちゃんとどうなったの?」
「どうもこうも、インスタ映え目的のパフェ全部食おうとして要の奴、腹冷やしやがったんだよ。今頃腹巻を巻くか葛藤してんじゃねえの?」
要のグル白質問コーナー
Q:今回は人参を袋詰めしないんですか?
A:彼氏といちゃつくのが目的の話っスので、毎回やると思うなよこのロリコン野郎共め。