コレデモカノジョデス 作:トクメイデス
「どうしてこうなった……」
記憶が確かなら、由崎は昨日嫁さんと一緒に奈良へと向かうために新宿のバス停に行ったはずだ。
そしてその翌日である今日、俺も新宿の地に足を踏み入れることになっている。
「堅っ苦しぃ……」
普段とは違う格好で。
クリーニングから返ってきたスーツ一式を広げ、着替えてみたのだが身体に馴染まず、肩を回して服をほぐした。
「ネクタイは……こんなもんか」
タイを締めてから俺は、玄関を通り外へと出た。
それは昨日のことだった。
夜間バスに乗る前にバイトに出る由崎を見送り、俺も銭湯から帰ろうとした時のことだ。突如、背中に凶器を突き付けられたのは。
「動くな……」
「あの、俺なにかしましたか?」
まあ、犯人は分かっているので、様子を見ようと大人しくしているわけだが。
「ちょっと聞きたいことがあるのよ。逃げない?」
「逃げませんよ……娘さんとの交際破棄されても嫌なので」
そう、後ろにいるのは要の母親だ。なぜ凶器らしきものを向けられているのかは分からないが、さすがに反撃するわけにはいかないのでじっとしていることにする。
「この前はびっくりしちゃったわよ。あの要ちゃんが取り乱しちゃってたんだから」
「あ――聞いてましたか?」
「あのこと、ってなあに?」
沈黙、それだけしか返せなかった。
もし話してしまうと、俺のやったことが無意味になってしまうから。たとえちっぽけなことでも、俺にとっては大切な日常だから。
「……話さなかったら、要ちゃんと別れなさい、って言っちゃうわよ?」
「それでも言えませんよ。残念ながら」
それをどうとったのかは分からないが、要の母親は俺の背中に当てていた凶器を降ろしてくれた。それに合わせて、俺も振り返って向き合う。
「そう、言えないのね。じゃあ残念だけど別れてちょうだい……」
「それなんですが……」
頬をかきながら、俺は申し訳なさそうに頭を下げた。
「……彼女を納得させないといけないので、自分で言ってくださいね」
「これからも娘をよろしくお願いいたします」
逃げた。あっさり逃げた。同じく頭を下げてきやがった。
いくら土地と銭湯の所有権が要にあるからって、速攻逃げやがった。そんなにあいつを敵に回したくないのか!?
「まあ、これ以上は話してくれなさそうだからいいけど、要ちゃんにはちゃんとフォローしてあげてね」
「フォロー?」
まあ、隠しごと頼んでるのはこっちだから、要に無理させているといえばそうなるのか。
「それでちょっと揉めちゃって……もう少しでお仕事ボイコットされるところだったわ」
「失礼を承知で言わせてください。あんたなにやった!?」
「失礼ね。話してくれるまで身体中くすぐりまくっただけよ」
本当に大雑把だな。この母親は。
「こっちとしても生活握られているから強く出れないのよね……お義父さんも私や綾ちゃんじゃなくて要ちゃんを後継者に選んじゃうし」
「いや、親父さんよりましでしょう?」
「ましなんだけどね……なにが『オタクと大雑把と天然に任せられっかバーカ!! バーカ!!』よ。失礼しちゃうわよね」
今は天国にいるであろうお爺様、グッジョブ。
当時は義務教育だったはずの要を選んだってことは、人を見る目は確かだったらしい。
「というわけで、話す気ないなら要ちゃんへのフォローお願いね。一泊だけなら朝帰りも許可するから」
「あの、お母様。ご自分が若いつもりなのかは知りませんがね、彼女高校生だってこと忘れてませんか?」
「え、でももうすぐ結婚できる歳じゃない?」
「少なくとも学生であることを考慮して下さい……」
まあ、これ以上話していてもしかたないか。
「とはいえ、たいしたことはできませんよ」
「それなんだけどね。こんなのどお?」
そう言って手渡されたのは、某レストランの無料招待券だった。しかも新宿の高級寄りな、より具体的に言うとホテル内の展望レストランでドレスコード有りなやつ。
「……これをどうしろと?」
「鈍いわねぇ。これで要ちゃんと食事してきなさい、ってことよ。そして食事の後は自腹で泊まっても良し!」
「失礼を承知で言わせてください。あんた本当に母親!?」
しかも自腹切らせるとか、明らかに俺の本気度合いを測ってきてやがる。払うけどさ!!
「貰いものだけど、要ちゃんの機嫌が直るなら安いものよ。だからお願いね」
「そういうことならいいですけど……泊まりに関しては本人の希望を優先させますので」
そして隠れて聞いていた要に、泊まりはどうするかと相談するのであった。
「ごめん雄一君、ウチの母が大雑把で」
「いやいいんだが……」
聞いていいのだろうか?
俺に突き付けていた凶器の正体が……なぜかボックスドライバーだったことを。
待ち合わせは渋谷駅にしようと思ったが、ドレスコードを考慮して草津風銭湯から少し離れた通りにしておいた。要の服は事前に送っておいたので、後は迎えに行くだけである。
「おお、いたいた」
そして驚く要を尻目に、俺は車から降り立ったのである。
「なんでベンツに乗ってんスか!?」
「いや、流石にドレスコードで電車に乗る気が起きなくて……」
そして正解だったらしい。
白菫色を基調とした黒い腰帯のあるフレアドレスだが、下手に背伸びしていない分、セクシー系のドレスよりも様になっていた。靴もそれに合わせてのハイヒールだが、普段運動靴ばかりなこいつにとっては不慣れな履物に違いない。
「いいから、ほら乗れ」
「……どうやって借りたんスか? これ」
「さすがに自腹は切ったがな、コネ万歳」
そしてノリのいい親父にも万歳。
普段使わないとはいえ、この手の商売をやっているところを知っているあたり、さすがだ。
「じゃあ新宿までお願いします」
「かしこまりました。では出発いたします」
運転手の倉臼さんの運転で、俺達は新宿へと向かった。
しかし慣れないドレスと雰囲気のせいか、要の奴は乗ってからずっど膝に手を置いて黙り込んでいる。
「どうした? ドレスが気に入らなかったか?」
「いや、気に入ってはいるんスけど……」
車の暗がりも相まって、伏せていた要の顔が赤いことに、俺はようやく気がついた。やはり慣れない雰囲気で気恥ずかしいらしい。
「にしても雄一君、よくこんな上等な中古品、見つけてきたっスよね……」
「ん? ああ……」
実は服を準備する際、中古品でいいと聞いたので探してみたらすぐ見つかったのだが、ほんの偶然に過ぎない。
「気に入っていただけて何よりですな」
「え? どういうことっスか?」
要の質問に答えたのは、なんと運転手の倉臼さんだった。
「そちらのドレスは私が以前お仕えしていたお嬢様のものを仕立て直したものなんですよ。少し小さいかと思いましたが、一度も着られなかったのでサイズが大きいことに今気づきましたよ」
「ということはこれ新古品!?」
「たいして変わらないだろ。むしろ着てやれ。ドレスがかわいそうだ」
それには倉臼さんも頷いてくれた。
数年前に仕えていたお嬢様が家を出たとかで身辺整理をしていた関係で親父のところにも出入りしていたらしいのだが、丁度服を探しに立ち寄った際に遭遇できたのは幸運と言える。
ということで、次回のロトくじは期待できそうにないな。
「じゃ、じゃあ……ありがたくいただくっス……」
「おう」
そして俺達は新宿にある割都出界ホテルの前に降り立った。
「では私はこれで。お迎えは明日の正午でしたね」
「はい、お願いしますね」
倉臼さんはベンツを走らせていった。
そして言った通り、今日はお泊りコースである。
「じゃあ行くか……ではお嬢様、お手を」
「あ、あう……うっス」
照れて顔を伏せたままの要の手をとり、俺達はホテルの中へと入っていった。
「しかし手慣れてるっスね……他にも女を連れ込んでるんスか?」
「生憎と親の付き添いばかりだよ。社交ダンスやエスコート術は仕込まれちゃいるが、ほとんど使わない付け焼刃だしな」
おまけに一度連れられた社交パーティで歳の近い女をダンスに誘ったこともあるのだが、何故か相手の悪戯の共犯にされてしまったこともある。本当に政治家の娘かと、本気で思ったほどだ。
「ちなみにパーティとかに行ってみたいなら連れてってやれるぞ? 親父のコネだけど」
「い、いや、いいっス……」
まあ俺も行く気はない。
変わり種か金持ち自慢しかいないから、一般人の俺が行っても疲れるだけだしな。
「いや、雄一君もかなりの変わり種っスよ」
「だから心を読むな……調子が出てきたじゃねえか」
そんじゃ行きますか、と俺は空いた手で軽く要の頭を撫でてから、展望レストランへと向かうエレベーターに乗った。