この素晴らしい世界に居座るTSド変態野郎にも祝福を 作:らいじゅう
「オオオオオオオオオオオオオ!!!!」
地鳴りのような音も立てながら、それは私の目の前で蠢いた。透き通る薄い紫の巨体を揺らしながら触れる生物全てを飲み込み、何十という牙を不規則に体内を漂わせながら、体から伸びた丸太のように太く生糸のように滑らかな触手で空気を切り裂きながら━━━━スライムと呼ぶには、あまりに巨体で、あまりに異様な化け物は大気を大地を揺らして進む。
小鹿のように足を震わせ、源泉の前で一人ファイテングポーズを取る水色へ向かって。
「ちょっ、な、なんでよぉーーーー!!カズマさぁぁぁぁぁん!!助けてぇ!これは死んじゃう!私でも死んじゃうからぁ!!女神なのにぃ!私女神なのにぃぃぃ!!」
完全に逃げ遅れた図だけど、あれは何故か逃げなかった水色が悪い。他の信者達はダクネスとカズマの誘導で安全圏とは言えずともそこそこ退けている。スライムの狙いが水色ならまず標的になる事もない位置だ。
まぁ、何がともあれ俺も軽い様子見を終わりにして、いよいよ敵の攻撃射程へ入る。相変わらずの声を意識の外へ。意識を闘う事へ集中。
俺の雰囲気を察してか、牽制を引き受けていた調査隊の男が肩を掴んだ。
「お、おい!おっかない嬢ちゃん!迂闊に近づくなって!」
「大丈夫、大体把握した!!牽制続けて!!」
「━━━っち!おい!牽制班!!攻撃ペースあげろ!!少しでもあいつの気を引き付けろ!!おっかない嬢ちゃんが突っ込むぞ!!」
調査隊の男を聞きながら敵へと駆ける。
カズマの言葉を思い出しながら武器を握り、姿勢を更に地面へと傾け加速する。
肉食獣のしなやかで鋭い走りを頭で思い描き、足を強く蹴り飛ばす。少しでも前へと踏み出す。
カズマは言った、時間を稼いでくれと。
それは勝つことでも、ましてや負ける事でもない。
ありとあらゆる手段を使い敵に何もさせない事。
時間という概念をただ、ただ、消費させる事。
それが時間を稼ぐ者の役目。
カズマが倒せと言わなかった以上、俺自身思っていた事ではあったが勝機はないのだろう。攻撃手段の相性か、はたまたあれが存在として格が違い過ぎるのか・・・何にせよ、目が利き頭のよく回るカズマが倒す算段所か、ただただ時間を欲しがったのだからそういう事だ。それが何を意味するのかは考える間でもない。目の前のあれはそれだけ規格外の化け物という事で、まともにやり合ってまず勝ち目はないという事だ。
「━━━━━っ!」
矢と魔法の雨をくぐり抜け、不意に触手の一本がこちらを薙ぐよう振り回された。冷静に攻撃の着弾位置を見極め、地面を思い切り蹴飛ばし宙へ跳ぶ。
直後、足元を轟音と共に触手が通りすぎていく。
俺のかわした触手は勢いそのままに、けたたましい音をあげながら地面の岩肌を抉り飛ばす。すっかり抉り取られ深い影の落ちるようになった地面を見れば、注意しなくてはならないのが紫色の怪しげな体に内包される成分だけでない事は明白で、あれが魔王軍の幹部である事がよくよく理解出来た。確かにあれは驚異だ。
そうこうしてる内、二本目が振り落とされた。
フェイントもなしの縦に真っ直ぐ。
駆ける足を止めずに横へとステップ、次に備えて武器を構えた。
落雷のように地面へ叩きつけられた一撃。
砕かれた岩肌が周囲へ礫となって弾け飛び、地震でも起きたかのように地面が激しく揺れる。地面の揺れは地震大国に生きる者なら誰しもが持つジャパニーズハーツで乗り切り、飛び散るそれは武器で叩き落とす。特に礫に紛れて飛んでくる紫の体液は確実に。
防ぎ切れなかった岩の礫に皮膚が多少裂けたものの、当たるとヤバそうな体液の被弾はゼロ。致命傷もなし。身体を動かすに不足はない。武器に付着した紫の体液が怪しい臭いを醸し出しながら煙を上げている以外、大した問題は見つからない。
しかし、腐食効果があるのは考えていたけれど、ここまで効果が強いのは誤算だった。刃が駄目になるのも時間の問題。防げてあと何回か。であれば、やはり出来る限り触れないで対処するしかない。
武器についた毒を振り払い、更に向かってくる触手を身を翻してかわし進む。そのまま一気に駆け抜け、水色の前へと滑り込んだ。
「うぇぇぇぇん!カナデぇぇぇ!」
「いいから、強化ァ!」
声を上げれば直ぐに半泣きで強化魔法を掛けてくる。
腕や足に力が沸き上がる感覚が走っていった。
伊達にアークプリーストではないらしく水色の魔法の効果は絶大で、手足にみなぎるそれは普段の数倍近いモノが宿ったように思う。
「死にたくなかったら走れ!!時間稼ぎはするけど、お前の面倒まで見てられないぞ!!」
「で、でも!温泉が!!」
「今日は頑固だなぁ!」
そうこうしてる間に触手が放たれた。
解き放たれた矢の如く、真っ直ぐに宙をかけてくる。
狙いは直線上に並ぶ俺と水色だろう。
水色はなんのかんのかわす気配がない。
寧ろ受け止めるつもりなのかキーパーみたいな構えをし出した。これが止められるなら稲妻シュートも怖くないだろう。本当にアホだ。
でも、まぁ、こういう馬鹿に付き合うのも悪くない。
守ろうとしてるのが、変態宗教の信者なのはいかんともし難いが。
全身のバネを使い地面をコの字に切り裂き、ハルバードを二つの斬撃を繋ぐそこへありったけの力を込めて突き刺す。そして強化した腕力で、柄を地面へ向けて無理矢理押し倒した。
木製の柄が弓の用にしなり、嫌な音が柄の所から響いてくる。だが、それでも剣と魔法の世界らしくファンタジック満載のハルバードが壊れる気配はなく、逆に地面に大きな亀裂が入った。
「━━━━ハァァッ!!」
震脚と共にハルバードの柄を地面へと更に叩き落とせば、斬撃と亀裂の入ったそこから地面が捲れ上がった。テコの原理で空へと浮き上がった地面の一部は触手とぶつかり轟音を立て弾け飛ぶ。
流石に相殺する事は出来なかったが、着弾位置を大きく逸らす事は出来た。調査隊達の方から「ゴリラだ!」とか暴言が飛ぶがそれは無視しとく。言ったやつは覚えておくけど。
「うわぁ!?ちょ、カナデ!ちゃんとやって!ちょっと入っちゃったわよ!?」
声に視線を向ければ、紫色が滲む源泉を覗き込みアワアワしてる水色の姿が見える。悪いとは思うが、こっちもギリギリで何とか直撃を防いだのだ。感謝はされても文句を言われる筋合いはない。水色の態度にそう文句の一つも出かかったが、それより早く水色が湯気の立ち上るそこへ手を突っ込んでしまい、それどころではなくなった。
「あっつぅ!?あっつぅぅぅ!?ぴゅりふぃけーしょん!!ぴゅ、『ピュリフィケーション』!!」
「お前っ、手を抜け!!馬鹿か!」
「嫌よ!!このまま放って置いたら毒が回っちゃう!温泉が駄目になったら、私の可愛い信者達が生活出来なくなっちゃうの!!『ピュリフィケーション』!!『ピュリフィケーション』!!」
あれを可愛いというのは世界でこいつだけだろう。断言しても良い。
ふと視線をそこへと向ければ、やはりと思わざる得ない光景があった。
「異教徒が邪魔するな!」
「そうよそうよ!温泉の危機なのよ!生活が掛かってるの!」
「異教徒は滅びろーー!」
「あっ、投げないでくれ!頼むから物を投げないでくれ!石鹸が地味に痛いから、あっ饅頭も駄目だぞ!食べ物を粗末にするな!頼むから避難を━━━━っおふっ?!ちょっ、あっふん、らっ、らめぇ!」
「何遊んでんだ、変態騎士!!お前少しは自重しろよ!?」
「おっ、おたくら余裕だな!!」
こんな時でも異教徒への制裁を忘れない逞しいアクシズ教徒の姿である。さっきまでパニックて逃げたのにもう復活してる。あの不屈さと驚異の団結力は何処からやってくるのか。本当やだ、あの一団。
ついでに避難誘導し始めは真面目だったのに、もう趣味に入り込んでる変態と、それを嗜める彼氏の姿。それと避難誘導に割り当てられた調査隊達の姿が視界に入ってくる。変態はあとで締めるとしよう。
「━━━━はぁ、まったく。水色!やるからには根性みせて最後までやれ!!あれは俺が引き受ける!!」
「『ピュリフィケーション』!わっ、分かったわ!『ピュリフィケーション』!飲み込まれちゃ駄目よ!『ピュリフィケーション』全部溶かされちゃったら、私でも蘇生出来ないから!」
逃げる様子のない水色を背に、回避の間に合うギリギリの位置までスライムとの距離を詰める。すると予想通りスライムの狙いが俺へ向いた。
距離に比例するように触手の振るう頻度が高まり、巨体の進行方向が明らかに揺らぎが見える。スライムを軸に時計回りに移動すれば、それに吊られて地面を揺らしながら巨体がジリジリ追い掛けてくる。
突っ込む前に少し試して分かった事ではあるが、このスライムには恐らく知性はない。本当の姿を現す前、本人自らが溢していたようにスライムの本能とも言える食欲だけで動いているのだろう。調査隊の矢や投石で注意を逸らそうとしてもまったくの無反応。魔法には僅かに反応もあったが動きを制限する程でもない。━━━━なのに、地面に生えた小さな雑草には面白いくらいに飛び付いた。アクシズ教徒の投げた石鹸と饅頭でもそれは同様で、饅頭に大して進行方向に揺らぎが出る程反応を示した。その上動きを観察すれば、食べやすく食いでの獲物がいても距離があくと見向きもせず、痩せ細った近場の獲物を追ってしまう事にも気づいた。
そう、あのデカブツは兎に角利に叶わない事ばかりする。
だから思ったのだ。
あれには理性も知性もなく、本当にただの食欲だけで動いてるのではないかと。
そして、その予想は当たったらしい。
触手が鳴らす風切り音を紙一重で聞きながら。
俺は耳元スレスレを通り過ぎ、空へと遠ざかっていく触手を見ながら染々思う。
まったくもって損な役回りで、面白い役割だと。
「━━━もう少し、付き合って貰うぞ。デカブツ」
◇◇◇
饅頭と弓矢を背負い戻ってくると、そこで天女が踊っていた。紫の触手の合間を縫うように、彼女は淀みのないしなやかな動きで体をクルクルと舞踊らせる。
雄々しく手にしたハルバードで風切り音を鳴らしながら、優雅に艶やかな黒髪を靡かせながら、可憐に額の汗を輝かせながら━━━━彼女は、カナデは、その顔に見惚れるような愛らしい笑みを浮かべつつ、そこが舞台の上であるかのように華麗に踊る。
その光景に息を飲んだのは俺だけじゃないようで、作戦実行の為についてきた連中も一同に言葉をなくしていた。男も女も関係なく、食い入るように見てしまう。
動けずにいると、不意に背中を叩かれた。
意識が戻ってくる感覚と共に振り返れば真面目な顔をしたダクネスがそこにいる。
「呆けている場合か!恐らくアクアの強化を受けて動いてる筈だ!長くは持たないぞ!!」
言われてようやく頭が回った。
確かにあれは普段の動きより速く力強い。
強化を受けているのはまず確実だろう。
「あっ、わ、分かってる!お前ら!用意は良いな!」
慌てて号令を出せば、背後に控えていた連中がバラバラと返事を返し動き始める。
「これから魔王軍幹部ハンスの討伐を始める!全員役割を思い出せ!思い出せたら、気を引き締め直してついてこい!!行くぞ!!」
再びの号令に今度は息のあった返事が返ってくる。
俺はそれを確認し駆け出した。
巨大な敵を一身に引き付け踊る、カナデに向かって。