赤ちゃんとの生活にも慣れ始めてから数日後。唐突に、トゥワイスから集合の連絡がきた。
「死穢八齋会?」
『おう! そこの若頭がウチに入りてぇんだとよ! おととい来やがれ!』
僕たちの本来の目的である、メンバースカウトの任務を果たしてきたらしい。
とある廃倉庫へと、すぐに集まるよう連絡を受けたのだ。
もっとも、行くのは僕だけで良いらしい。トガちゃんは来ても来なくても良いとのことだ。
たぶん、体とか赤ちゃんとか、その他もろもろを気遣ってなんだろうなぁ。ヴィランなのに妙なところで優しいんだから。
「行くんですか?」
「うん。ちゃちゃっと終わらせて、すぐ帰ってくるよ」
だんだん秋も近づいてきた今日この頃。赤ちゃんが外出するにはちょっと厳しい気候だろう。
という訳で、彼女には赤ちゃんたちと一緒にお留守番してもらうことにしました。
「いってらっしゃい、アライブ」
「いってきます、トガちゃん」
そうお互いに口にして、どちらからともなく唇を重ねる。
数秒だけ触れる、いつもの感覚からしてみればキスとも呼べないようなものだったが。
まぁ、これから集合なのだ。ここで盛ってたら絶対に遅れてしまうので、それは不味いだろう。主に弔くんに殺される。死なないけども。
「若頭ねぇ……どんなヒトなのかな」
あまり期待はせず、僕は集合場所へと向かうのだった。
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で、結構急いで倉庫へとやって来た訳なんだけども。
「なぁにこれぇ」
倉庫の扉を開いた先に待っていた光景は、阿鼻叫喚という言葉が相応しいものだった。
上半身が吹っ飛んで地面に転がっているマグネ。左腕が失くなって、そこから大量の血を流しているコンプレス。そして、それを支えているトゥワイス。
一体全体何がどうなったらこうなるんだろうか。地獄絵図にも程があるでしょ。
「遅かったな」
不機嫌そうな声色を抑えずに、弔くんが呟く。多分だけど、今の弔くんは最高に気分が悪いのだろう。目がヤバい事になっている。
「これでも急いで来たんだけどね。うーん……こりゃまた派手にヤられたもんだね」
上半身が吹っ飛ぶなんて、なかなか体験できない事だよね。僕も数えるほどしか体験したことないし。
「ん……よし、まだ生きてる。辛うじてだけど」
僕は懐からトガちゃん愛用のナイフを取り出し、首筋に当てる。
そして、おもいっきり首筋──頸動脈──を切り裂いた。
「なっ!?」
「何してんだアライブ! そういうことか!」
まるで噴水のように、僕の首から血が噴き出す。コンプレスとトゥワイスは驚いたような声を上げているが、弔くんはじっと僕の行動を観察している。
流石はヴィラン連合のトップ。僕が何をしてるか理解してくれたみたいだ。
「……細胞っていうのはね、遺伝子に刻まれた形に構築されるよう設定されてるんだ……簡単に言えば設計図が遺伝子、資材が細胞っていう風にね……」
僕は更に心臓にナイフを突き立て、抉る。そうして引き抜けば、傷口からおびただしい量の血液が溢れ出してくる。
僕の心臓が脈打つ度に、心臓に空いた穴と首筋の傷から温かいものが噴き出す。それはもちろん、足下に横たわったマグネの下半身にも大量に掛かるわけで。
「……僕の個性は、超再生。人間の治癒能力を極限まで高める個性……人体の細胞を、遺伝子の形に構築し直す個性……」
噴き出した僕の血が、まるで意思を持つように傷口からマグネの下半身に入っていく。
これが、僕の個性。その最終形。
「
次の瞬間、マグネの下半身が激しく震え出す。
そして、傷口の断面からズムズムとピンク色の肉が盛り上がっていく。
それは瞬く間に人間の上半身の形を取ると、まばたきの後にはすっかりマグネの上半身を形作っていた。
「……あら、ここは……?」
「お……うおおおぉぉぉぉ!?」
「マグ姉!」
瞼を開き、裸になった上半身を起こすマグネ。その光景を見て、トゥワイスとコンプレスは叫び声にも似た歓喜の声を上げる。
歓喜のあまり、二人揃ってマグネに抱き付いてるし。
何が起きたのかさっぱりわからないであろうマグネは、実に困惑した表情ながらもしっかりと二人の包容を受け入れていた。
マグネのお姉さん力ヤバいね。いや、お兄さん力? まぁ、どっちでもいっか。
「ふぅ……ぶっつけ本番だけど、上手くいってよかった……疲れたけど」
マジで疲れた。これやるの初めてだったけど、めっちゃ疲れるのね。
僕は疲労困憊といった様子を隠すことなく、そのまま地面に座り込む。
「あんなに血を流したら、そりゃあな」
「弔くん」
地面に座り込んだ僕の横に、弔くんが歩いてくる。
どうしたんだろうか、部下を労うタイプでもないだろうに。
「リ・アライブ」
「んぐっ……!」
「いい歳して中二病か?」
「いいじゃん! たまにはカッコつけたって!」
僕の攻撃ってただ殴ったりするだけなんだから、少しぐらいこう……必殺技みたいなのを作ったってバチは当たらないと思うんだよね!
「で、何があったの?」
「おう、聞いてくれよアライブ! 詮索すんなよな!」
「俺から話す。黙ってろ、トゥワイス」
ショボーンとするトゥワイスを尻目に、僕は弔くんからここで何があったのかをかいつまんで聞いた。
途中、手首を切って僕の血をコンプレスに飲んでもらえば、コンプレスの左腕はトカゲのシッポのように新しく生え変わったのだった。
でもね君たち、その現象についての感想が、キモいっていうのはどうなんだい。
満場一致でキモいだったからね。
確かに僕もちょっとキモいなとは常々思ってるけどさ。口に出さなくてもいいじゃない。
「ふーん……じゃあ死穢八斎会は敵ってことでいいの?」
「いや」
「違うの?」
「敵って言っちゃ、敵だ」
「どっちなのさ」
弔くんが何を考えてるのか分かんない。
敵なんだったら、叩き潰してハイ終わり、でいいじゃない。何を小難しい事考えてるんだろうか。
「アイツは計画があるって言ってた。このヒーロー社会で、裏のボスになれるって計画だ」
「んー……? あ、そっかそっか。弔くんも悪だねぇ」
「ヴィランだからな」
つまるところ、弔くんはその計画とやらを横からかっ拐おうとしている訳だね。
うーん、悪だ。
「それに、マグネを殺された借りもある」
「ちょっと!? 私まだ死んでないわよ!?」
「死んだってことにするんだろ?」
弔くんの言葉にマグネが憤り、コンプレスが納得したように言葉を返す。
なるほど、マグネが生きているって知ってるのは僕たちだけだもんね。その死穢八斎会の人達は、マグネが死んでると思ってる訳だ。
「良かったな、マグ姉! ドンマイ!」
「ドンマイ。夢のニート生活の始まりだよ」
「やめてちょうだい! 私、涙がでちゃう……!」
マッシブな体をくにゃりとしならせ、地面に倒れ込むマグネ。
あ、これ一昔前の少女漫画で見たことあるポーズだ。マグネがやって絵になってるのが不思議だけど。
「まぁ、精々利用させてもらうとするさ」
そう言って、弔くんは口角を上げる。
その姿は正に、ヴィランそのものだった。
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あのマグネの上半身ぶっ飛び事件から数日後、僕とトガちゃん、そしてトゥワイスはヴィラン連合から出向することになってしまった。
と言っても、ヴィラン連合を辞めた訳じゃないけどね。多分。僕のなかでは、だけど。
「ヤクザかぁ……ヤバそうな人がいっぱい居るのかなぁ」
「ヤバい人が何か言ってますね」
「お前が一番ヤバいぜ! トガちゃんが一番だな!」
今現在、死穢八斎会の敷地にある地下洞窟を歩いている最中だったり。
僕らはリーダーである弔くんの命を受けて、同盟相手である死穢八斎会に援軍として送り込まれている訳なのだが。
実際のところ、相手方が指名してきたのはトガちゃんにトゥワイス。そしてクロギリさんだったらしいが、弔くんが押し通してクロギリさんは回避したらしい。
ちなみに僕はというと、トガちゃんが行くって決まった時点で行くことを決めてました。
いやー、だってさ。トガちゃんが無事に帰ってくるのを大人しく待てるほど、僕ってお利口じゃないんだよね。
「私は仁くんが一番だと思いますけど」
「なにぃ!? ふざけんなよトガちゃん! そうかもな!」
ワイワイと会話をする二人を尻目に、無機質な鉄の地下道を歩いていく。
聞いたところによると、この地下道は若頭であるオーバーホールが一人で作ったらしい。
几帳面な性格が出てる気がするよね。
僕は腕の中に抱きかかえた赤ちゃんをあやしながら、割りと精巧に作られた通路に感心していた。
あ、なんで僕が赤ちゃんを抱いてるのかっていうと、単純に世話をする人が居なかったからだ。もう一人はマグネに預かってもらっているが、流石のマグネも赤ちゃん二人はキツいらしい。
「あー、うー?」
「あ、起きちゃった? よーしよし、寝起き顔も可愛いねぇ」
数日経って目も見えてきたのか、時々ふにゃっと笑うことがあるのだ。それがもう可愛いのなんのって。
どことなく彼女の面影を残しているせいで、僕の心はもうメロメロだ。
親バカと言われれば、その通りだと胸を張って宣言できるくらいには溺愛している自覚がある。
うっすらと生えてきた髪は黒色なので、どちらかと言えば僕の血が濃いのだろう。この子は個性も僕よりになりそうだ。
「っと、指定されたのはこの辺りの部屋だっけ」
「んーと……あっ、あそこじゃないですか?」
通路の壁に付いているドアを発見し、三人揃ってそこをくぐる。
すると、その中には若頭のオーバーホールを始めとした数人の男たちが揃っていた。
「来たか」
如何にも、大物といった感じで言葉を発するオーバーホール。その姿を見てトゥワイスは顔をしかめるが、トガちゃんはいつも通りのぽへっとした顔である。
「余計なのもいるみたいだが」
「あ、どうも。付き添いのアライブです」
「その腕の中のものは何だ?」
「これ? これは僕とトガちゃんの赤ちゃんだよ。抱っこする?」
「いい。近づけないでくれ」
ありゃ、断られてしまった。可愛いのに。
「マグネの件はすまなかったな。俺も彼を殺したくなかったんだ。恨む気持ちもわかるが、協力関係となった以上計画遂行に助力してほしい」
「どの口が言ってんだ……よろしくな!」
「で、何すればいいんですか?」
うん、トゥワイスはいつも通りで安心した。
あと、トガちゃんもいつも通りで安心した。
「組の者と同様、我々の指示に従ってくれればいい。その為にも個性の詳細を教えてくれ。情報交換──もしもの時連携を取りやすいようにしておきたい」
「はぁ!? 誰が教えるかよ! 俺の個性は"二倍"! あらゆるものを二つに増やす個性だ!」
ん?
「その為に必要なのは明確なイメージ! イメージが出来てなきゃ不完全なゴミが増えるだけ! 人で言うなら身長・胸囲・足のサイズ、多くのデータが必要だ。モノによって異なるが、一定のダメージを与えると消せる! 同時に増やせるのは二つまで! そして一身上の都合により俺は俺を作れない!」
んー……なんだかいつものトゥワイスじゃないね、安心できない感じ。
「血を摂るとその人に変身できます。摂った血がエネルギーになるので変身時間と摂取量が比例します。一度にいろんな人の血を飲めばそれだけいろんな人になれます」
わぁお、トガちゃんもかー。これは、あのヤクザさんたちの誰かの個性かな。さしずめ、本当の事をしゃべらせる個性ってところ?
「僕の個性は──」
あ、まずい。口が勝手に。
と、そう思った瞬間。
「おぎゃあああああああぁぁぁ!!!」
「!?」
僕の腕に抱いた赤ちゃんが、勢いよく泣き出したのだ。産まれてから初めての大号泣じゃないこれ。普段こんなに泣かないのに。
うわ。いや、まって。耳、耳がヤバい。こんな至近距離で聴いたら鼓膜破けるってマジで。
「おぎゃあああああああぁぁぁ!!!」
「なんだ、これは……! 喧しい……!」
「あー、よーしよし。知らないオジサンばっかりで緊張しちゃったのかなー。泣き止んでー」
腕を前後に揺すって、何とか泣き止ませようと尽力してみる。
しかし、泣き止む様子は一向にない。
ちょっ、ちょっと。二人とも耳塞いでないで手伝って。何だったらそこら辺に立ってるやくざの人でも良いから。
「おぎゃあああああああぁぁぁ!!!」
「えっと……ちょっと部屋の外出てもいい?」
「いいから、早くその喧しい奴を連れて出ていけ……!」
オーバーホールの許可も得たので、僕は赤ちゃんを抱きかかえて部屋の外に出る。
流石にあの大音量を間近で聞きたくなかったのか、ヤクザの人達は誰もついてこなかったけど。
「おぎゃあああああああぁぁぁ!!!」
「いってらっしゃーい」
「めっちゃうるせぇな! クラシック音楽みてぇだぜ!」
いや付いてきてくれないんかーい。
なんでこの超音波兵器を僕一人に押し付けるんですかねぇ。トガちゃん、ママなんだから変わってほしいなぁ。
え、イヤ? そっかぁ。イヤなんだったらしょうがないなぁ……うん、パパ頑張っちゃうぞ!
「おぎゃあああああああぁぁぁ!!!」
「ふう……僕の個性が超再生でよかった」
鼓膜が破れてもすぐに治るからね。ん……あれ? でもそれって、延々とこの泣き声を聞き続ける事になるんじゃ?
うわぁ……助けて。
「おぎゃあああああああぁぁぁ!!!」
「と、取り敢えずそこら辺歩き回ろっか!」
歩き回ってれば自然と落ち着くでしょ。落ち着いてくれなかったら困る。
僕は赤ちゃんを必死にあやしながら、地下の迷宮をグルグルと歩き回る。ここって無駄に広いから、歩き回るにはぴったりだね。殺風景なのが玉に瑕だけど。
そうして三十分以上グルグルと歩き回っていれば、ようやく赤ちゃんも泣き止んできたみたいで。
パワフル過ぎるでしょ、まったくもう……赤ちゃんパワー舐めてたね。あの泣き声ヤバいわ、あれ。
「ふぇ……ふにゅ……」
「お、泣き疲れたのかな?」
「すぅ……すぅ……」
目元を泣き腫らしながらも眠りについた赤ちゃんを眺めながら、僕は人知れず安堵の息をこぼす。
いやー、よかった。ホントに良かった。ガチ泣きした時はどうするかと思ったけど、泣き止んでくれて良かったよ。
「……で、問題は」
ここが何処なのかって話だよね。
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暗い部屋に、その少女は横たわっていた。
大きなベッドの上で、なにも音を発することなく丸まっていた。
腕に巻かれた包帯。その下に付いた無数の傷跡から、じくりと鈍い痛みが走る。
何時間、何日、そうしていただろうか。
数日前にこの部屋から逃げ出した時、嫌と言うほど理解したのだ。
あの男からは逃げられない。逃げたところで、意味がない。そんな事実が、少女の心にのし掛かる。
(あの人の手……暖かかった)
傷痕が残る、暖かくて優しい手。頭を撫でて貰った時に感じたあの感覚は、きっと嘘じゃなくて。
少女の目から涙がこぼれる。しかし、少女にはその涙がこぼれる意味が分からなかった。
ただ、どうしようもない感情が胸の奥から湧いては消えていく。
それは少女のにとって初めての事で、困惑が頭のなかを支配していく。
と、そんなとき。
「おじゃましまーす」
「え……?」
急に部屋の扉が開いて、真っ暗な部屋に光が射し込んでくる。
聞いたことのない声だ。この前、新しく付けられた監視の人間とも違う。
とても優しくて、暖かな声だ。
「うわっ、まっくらだね。だれか居ますかー?」
「…………」
「んっ? おぉ、第二村人発見。この部屋の前に居たヤクザっぽい人よりもずいぶん可愛いね」
その腕に何かを抱きかかえているその人影は、躊躇する素振りも見せず少女に向けて歩いてくる。
その際にチラリと見えたのは、部屋の外に監視の人間が気絶して転がっている姿だった。
「いやー、なんか恐い顔して扉の前に立ってるなーって思ったら、君の護衛してたんだね。悪いことしちゃったなぁ……部屋の中が気になったから、トガちゃん式暗殺術でちょっと眠ってもらったんだけどさ。あ、眠ってもらったってのは当て身ね? 殺した訳じゃないから、そこんとこあの若頭さんには内緒ね?」
「ぁ……」
ベッドの縁に遠慮なく腰掛け、人影はふにゃりと笑う。その人影の正体は青年だった。
あの男よりも少し年上に見えるが、その実雰囲気は子供のようで。どこかチグハグな印象を受けるその人の言葉に毒気を抜かれて、少女は言葉を失う。
少女は元々口数が多い方でもない。ここに来てさらにそれが顕著になってきていた少女は、こんなに話し掛けられるという未知の状況にすっかり呆然としてしまっていた。
「ん……? もしもーし、大丈夫? まさか喋れないとか?」
「ぇ……えっと……」
何とか言葉を絞り出そうとするが、何も言葉が出てこない。そうして少女がしどろもどろに言葉を探していれば、青年は少女の腕に巻かれた包帯に気がついたようで。
「あれ、その包帯……もしかして怪我してるのかな?」
「…………」
少女は目を逸らす。その様子を見て確信を持った青年は何を思ったのか、抱きかかえていた何か──赤ん坊だった──をベッドにそっと寝かせると、ゆっくりと少女の方へ近づいてきた。
「ひっ……!」
「大丈夫。痛いことはしないから……」
ゆっくりと、まるで妖艶な猫を思わせる四つん這いで少女の元へ迫る青年。怯えるなと言う方が無理だと思うが、少女はじっとその場で動かない。
数秒後。少女の元へ辿り着いた青年は、安心させるため少女の顔に手でそっと触れる。
「いきなり直で飲んでっていうのも酷だしね。ちょっとくすぐったいかもだけど……いくよ?」
「ぇ……な、なに……んむっ!?」
唐突に少女の唇に暖かいものが触れた──それは、青年の唇だった。
「ガリッ……ちゅるっ、ちゅぷっ」
「んっ!? んんっ!!」
二つの唇が触れ合った瞬間、青年は自分の舌に傷をつけた。そこから滲み出す血液を少しの間口内に溜め、自らの唾液と共に少女の口へと注いでいく。
いきなりの事に目を白黒させている少女は、訳も分からず口内に流れてくる液体を飲み込んでしまう。
二人の唇が触れ合っていたのは、時間にして数秒だっただろうか。少女が液体を飲み込んだ事を確認すると、青年はゆっくりと唇を離した。
二人の唇の間に、つぅっと赤い橋がかかる。その光景を、少女はどこか他人事のように眺めていた。
「ふぇっ……!?」
そして数秒後。その光景が現実であることを悟ると、少女は茹でダコもかくやといった様子で、その幼い顔を真っ赤に染め上げた。
「これでよし。小さい傷なら全部治って……って、どうしたの? 顔真っ赤だよ?」
「はっ、はわっ……はわわわわ……!!」
キス。それは大人同士がする愛を誓うための行為。少女がずっと前に読んだ絵本には、そんなことが書いてあった。
古くから読まれているとある童話だったのだが、そこに出てくる結婚式のシーンで、主人公とヒロインがキスをしているのを見た。
あの時の少女はただ漠然と、結婚したらキスをするんだな、としか捉えていなかったが。
だがしかし。
実際に自分がしてみたなら、お腹の奥からなんだかよく分からない感覚が沸き上がってくるのだった。
(キス……! キス、しちゃった! この人と!)
キスをした、という事実を実感すればするほど、少女の顔はさらに真っ赤になっていく。
そして、お腹の奥が更に疼いてしまってたまらなくなる。
今まで感じたことのない激情が、頭を熱暴走のように茹で上がらせていくのが分かった。
「んー……熱でもあるのかな?」
「ひゃうっ!?」
少女が内心で必死に自らの感情を整理しようと戦っていると、青年が更なる追い討ちをかけてきた。
「触った感じ、熱はなさそうだけど」
「うっ……ううううぅぅぅ~~~~~!!!」
近い。近いのだ。おでことおでこが触れ合って、二人の顔が急接近してしまっている。
少女の目の前に広がる、未知の光景。そして、触れ合う温かな未知の感覚。そのどれもが、少女にとっては劇薬のような物だった。
「僕の個性って、怪我は治せるけど病気は治せないんだよねぇ……いや、決めつけは良くないな。怪我だろうと病気だろうと、体の異常っていう括りなら治せるかもだしね!」
「……えっ?」
怒濤の展開を体験しすぎて、頭が朦朧としてきている少女。
そんな少女の唇に、またも青年の唇が触れる。
「──んむぅぅぅぅぅ!?」
しかも、今度はさっきのような唇同士が触れるだけのライトなものではない。少女の無垢な口内に、青年の舌が遠慮なく侵入してきたのだ。
「ガリッ……ちゅぶっ……ひょくせつそそぐよ……」
「んぶっ……んやぁぁ……」
ぬるぬると滑る少女の口内を、青年の舌が蹂躙していく。
生え揃った幼い歯も、柔らかで温かな頬っぺたの内側も。そして、相手を求めて踊るように痙攣する舌に、青年は自身の舌を絡め始めた。
(あたまぼーっとする……なに……わたし、なにされてるの……? きす……だよね……?)
生まれて初めてのディープキスに、思考をとろかされていく少女。
ぼんやりと霞がかったような頭とは裏腹に、口は本能で青年の唾液を求めるように激しく動き出す。絡まった少女の舌が、まるで蛇のようにうねり出した。
それは今まで攻める側だった青年を少しだけ驚かせ、そしてその悪戯心に火をつける。
(ほほぅ……この子、センスあるね)
いったいなんのセンスだ、と言いたくなるが。
「ちゅぷっ……れるっ、れろぉっ……」
「んぷっ……んっ、んっ……!」
拙いながらも、少女は青年を求めて自分の舌を絡ませる。
その行為は紛れもなく、オスを求めるメスの動きだった。
この年で既にその才能を開花させつつあるのは、少女の元々持つ気質か。それとも、青年が持つ尋常ならざる色気に引っ張られたからか。
どちらにしろ、少女の目はとろん、ととろけ始め、股からは透明な液体が溢れてくる。
それは少女の未成熟な体が発する、明確な発情の合図だった。
「ぷはっ……凄いね君。多分さっきのがファーストキスなんでしょ?」
「んぷぁっ……! はぁっ……はぁっ……!!」
やっと二人の唇が離れ、少女が苦しそうに呼吸をし始めた。その様子を見て、青年は感心に目を丸くする。
既にトロトロと愛液を吐き出し続けている下半身からは、まだ薄いながらも確かなメスの臭いが香ってくる。
たった二度キスをしただけなのに、少女の体はとっくに発情させられてしまっていた。
「君……いや、ずっと君って呼ぶのも失礼かな。君の名前は?」
「はぁ……はぁ……え、エリ……」
「エリ……エリちゃんっていうんだね」
かわいい名前だ、と青年が呟けば、少女の顔は再び真っ赤に染まる。
かわいいなんて言われたのは生まれて初めての事で。ここに来てからは常に虐げられていたのもあって。その言葉は
それはともすれば、逃げ出した時に感じたあの感覚に似ていて。
暖かいものが胸を満たして、無くなってほしくないと思う。許されないと分かっていても、ずっと感じていたいと思ってしまう。
その気持ちに名前をつけるならば──。
「……お、お兄さんの……なまえは?」
恋、だろうか。
「僕? 僕の名前は──アライブ」
幼い少女が抱いた淡い恋心。それは、絶対に叶わない初恋。その、始まりの一ページ。
「不死身のアライブだよ」
そう言って青年は笑みを浮かべながら、自らの名前を少女に告げるのだった。
キスは欧米じゃわりとフランクにやるものだから、決して浮気ではない……決してトガちゃんを裏切ったとかではない……イイネ?