※この作品はR-18です。

トガちゃん結婚してください!   作:九龍城砦

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光への解放

「二人揃って呼び出しって、いったい何の用事なんやろね、デクくん?」

「…………」

 

 文化祭が中止と発表されてから既に3日が経過していた。あのあと全速力で雄英へと帰って来た緑谷の想いも虚しく、結果として雄英は文化祭の開催を取り止めたのだ。

 学校中が意気消沈するそんな中、麗日と共に相澤から呼び出された緑谷は、指定された空き教室へと歩みを進めている最中だった。

 

「しょ……しょうがないことだったんやって! デクくんが悪い筈ない! 誰のせいでもないやん!」

「…………」

 

 校舎の廊下を歩きながら、意気消沈する緑谷を励ます麗日。そんな甲斐甲斐しい行動も、今の緑谷を立ち直らせるには不十分だった。

 

「デクくん……」

「…………」

 

 心配そうに、悲しそうに、麗日は緑谷を見つめ続ける。しかし、その目がこちらを向くことはない。

 黒く濁ってしまった瞳のまま、俯きながら緑谷は歩き続ける。その先に、更なる絶望が待っているとも知らず。

 

「し、失礼します!」

「……失礼します」

 

 そうしてしばらく歩き続け、空き教室に着いた二人。扉の前で挨拶をしつつ、それを開けて中へと踏み入れようとした──その瞬間。

 

「えっ」

 

 遮光カーテンが閉められて真っ暗になっている部屋の奥から、見慣れた捕縛布が麗日目掛けて伸びてくる。すると無防備だった麗日はその捕縛布にあっという間に絡め取られてしまった。

 

「はっ……!?」

 

 驚く緑谷を尻目に、麗日の姿は部屋の中に消えていく。慌ててそれを追って部屋の中に入ってみれば、そこに居たのは。

 

「来たか、緑谷」

「相澤……先生……?」

「んー! んー!」

 

 部屋の中央に立つ相澤。そして、捕縛布でがんじがらめにされたまま床に転がされている麗日。

 その状況の意味するところが分からず、緑谷は困惑した表情で相澤を見やる。

 

「……何、してるんですか……相澤先生」

「…………」

 

 緑谷の真剣な質問にも、相澤は答えない。底冷えするような冷えた瞳で、足下の麗日を見つめているだけである。

 

「んむーっ……! ぷはっ、デクくん、私はだいじょ──」

 

 ボキリ。

 不意に、そんな音が静かだった部屋内に響き渡る。

 

「──え?」

 

 何の音だ、と思った瞬間。

 

「あああぁぁぁああぁぁぁっっっ!!!?!?!」

 

 そんな疑問を吹き飛ばすかのように、麗日の悲鳴が教室内に鳴り響いた。

 麗日が何故悲鳴を上げたのかと言えば、その理由は至極単純。相澤が麗日の腕をへし折ったからだ。

 右腕の関節が曲がってはいけない方向に曲がり、その表情は激しい痛みによって悲痛に歪んでいる。

 

「やめ──っ!?」

「お待ちください」

 

 そんな麗日の姿を見て、反射的に飛び出そうとした緑谷。そんな彼の前に、一人の幼い少女が立ち塞がる。

 身長から察するに、小学校高学年くらいだろうか。緑の髪をツインテールに結わえ、その瞳は死んだように黒く濁っている。

 まるで、今の緑谷のように。

 

「どいて!」

「そうはいきません」

 

 緑谷は瞬間的にワン・フォー・オール・フルカウルを発動して、目の前の少女の隣を抜けて相澤の元まで向かおうとする──しかし。

 

「血の気が多いのですね。少し落ち着いては如何です?」

 

 一気に加速して、その少女の脇を通り抜けようとした瞬間……緑谷の体は、ガクンとバランスを崩してその場に倒れ伏してしまった。

 そんな姿を見て、少女は悲しそうにまなじりを下げて口を開いた。

 

「これから明らかになる真実は辛いものでしょう……ですが、目を逸らしてはいけませんよ」

 

 少女の諭すような言葉を、緑谷は地面に倒れ伏したまま甘んじて聞き入れていた。

 動けない以上そうするしかないというのもあるのだが、不思議とこの少女の言葉は緑谷の心に直接響いてくるのである。

 

「彼女を救えるのは、貴方しかいないのですから」

 

 どういうことだ──そう聞こうと思ったが、口が動かない。それどころか、体すべてがピクリとも動かない。

 まるで、心が抜け落ちた人形になってしまったかのように。自分の体が、自分の物ではなくなってしまったかのように。

 

「ああぁぁああ────」

 

 そんな中で、視界に映る麗日の様子がおかしいことに気づく。

 手足の先から、徐々にその形が崩れていくのだ。

 

「……やはりか」

 

 泥のようになって崩れていく麗日を見つめながら、相澤は忌々しげに言葉をこぼす。

 後に残ったものは、か(・)つ(・)て(・)麗(・)日(・)だ(・)っ(・)た(・)泥(・)と、彼女が着ていた女子用の制服だけであった。

 

「はい、もう動いて大丈夫ですよ」

「お茶子さんっ!」

 

 少女が両手をポンと叩けば、緑谷の体はすぐさま自由になる。そしてそのまま、緑谷は麗日の元へと走り出す。

 

「あ……」

 

 そうして目の前に広がる光景に、緑谷はガクリと崩れるように両膝をついた。

 

「……偽者だよ」

 

 簡潔に、短く相澤がそう告げる。

 この個性は明らかにヴィラン連合、トゥワイスの個性で作り出されたものだろう。

 今の今まで、だれも気づかないほどに精巧に出来た意思を持つ泥人形。

 この個性を相澤は林間合宿の時に見たことがある。故に、間違いないと断言できる。

 

「じゃ、じゃあ、本物のお茶子さんは!?」

「それならば、ここに」

 

 不意に、部屋の中が明るくなる。次々と天井の照明が点いていき、緑谷は部屋の中に居たそれの姿を見つけた。

 

「え……パン、ドラ……?」

 

 立ち上がった緑谷の目の前に見えたのは、椅子に縛られて目隠しをされたままのパンドラ。あの時と同じく黒いピッチリとしたスーツに身を包んで、椅子に縛りつけられていた。

 何故、どうしてここにヴィラン連合の一員が。まさか、侵入者っていうのはこいつのことか──そんな思考が、緑谷の頭を埋め尽くす。

 

「良いですよね、相澤さん?」

「……はい」

 

 短く相澤と言葉を交わした少女は、パンドラのもとに歩み寄り──その目隠しを取り払った。

 しかして、取り払った後に映っていた顔は、緑谷もよく知っている顔だった。

 

「お茶子……さん?」

 

 目を閉じたまま、眠るように拘束されているパンドラの素顔。それは、いままでよく見た、見馴れたクラスメイトのものであり。

 

 端的に言えば、その素顔は麗日お茶子のものだった。

 

 その光景に、その事実に、緑谷は理解が追い付かず茫然としたままその場に立ち尽くしている。

 驚愕。その一点のみが、緑谷の頭を埋め尽くしていた。

 

「夏休み、お前たち二人はヴィラン連合に拐われた。麗日が偽者と入れ替わったのはその時だろう」

「………………そんな」

「お前と違って、麗日は怪我らしい怪我はしてこなかったからな」

 

 相澤が苦虫を噛み潰したようにそう告げれば、緑谷はその黒く濁った瞳に絶望の色を塗り重ねた。

 そんな二人を前に、先程からちょくちょく介入してきた謎の少女が口を開く。

 

「そして、どうやらこの子は洗脳されているようでして……だからこそ私が呼ばれたのですが」

 

 そういえば自己紹介をしていませんでしたね、と呟いて少女は懐から一枚の名刺を取り出す。

 未だに茫然としたままの緑谷の手にそれを握らせると、少しだけ間を置いて自身の自己紹介を始める。

 

「私(わたくし)、医療財団法人『命の樹』の会長をしております、志村華(しむらはな)と申します。以後お見知りおきを」

「この人は、人の心に関する医療……つまるところカウンセリングだな。その分野で多大な功績を上げた人なんだ」

 

 ふわり、と優雅に頭を下げる華と、先の説明を補足するように口を開く相澤。

 そんな光景を見て、緑谷は何故自分がここに呼ばれたのかという疑問を再び考え始めていた。

 

「私の個性は『心音』と呼ばれておりまして。今回は、それを使って彼女の洗脳を解いてほしいという依頼をここ雄英から受けた故に、こうして足を運んだ次第です」

 

 華が淡々と告げた説明を聞いて、緑谷の瞳に僅かだが希望の光が灯る。

 

「洗脳……と、解けるんですか?」

「ええ。ですが、少々問題がありまして」

 

 曰く、華の個性は音や言葉を用いて心に作用する精神干渉系の個性であり、それを応用すれば洗脳や意識障害、はたまた廃人化といった精神の異常、といったものをすべて直せるとのこと。

 しかしだからこそ、無視できないデメリットがあることもまた確かなのであった。

 

「軽度のものならば一人でも充分治せるのですが……こう心の奥深くまで完全に染め上げられてしまっていては、私だけではどうにもなりません」

 

 華はお手上げといった風に目を閉じたままかぶりをふる。しかし、その直後にはそのまま顔を上げ、その黒く濁った瞳で緑谷を見つめていた。

 

「そこで、あなたの力を借りたいのです緑谷出久さん」

「僕の……?」

 

 たおやかな花のような笑顔を浮かべ、華はにっこりと肯定の返事を返す。

 

「私の個性であなたの心と彼女の心を同調させます。そして、彼女の心の中で、あなたが直接彼女を助けるのです」

「え……」

「私の唄(・)には少々特殊な効果があるのです。聴いた人間同士の心を繋げて一つにするという、いわゆる共感覚に近いものを人為的に発生させるものでして」

「それを使えば、お茶子さんを治せる……?」

「はい、勿論です」

 

 ですが、と華は真面目な顔で付け加える。

 

「この方法はとても危険なのです。下手をすれば、心を繋げた二人が揃って廃人になってしまうほどの」

「…………」

「それでも、やりますか?」

 

 ともすれば、脅すかのような注意事項。しかし、緑谷の答えは既に決まっているも同然だった。

 

「やります。僕の力で、お茶子さんを助けられるのなら」

 

 その言葉に、またも華はニコリと笑みを浮かべた。

 

「では早速始めましょう。相澤さんは退出を。異常があればこの端末で連絡しますので」

「……分かりました。くれぐれも事故の無いように」

 

 懐に仕舞っていた携帯端末をひらひらと振れば、相澤は目に見えて分かるほど渋々といった様子でドアから部屋の外へと出ていくのであった。

 そうして部屋に取り残されたのは、華と緑谷と気絶したままの麗日の三人のみ。

 

「まずは彼女を起こしましょう。意識がなくては同調させることも出来ませんからね」

 

 そう言うと、華は麗日の元へと歩み寄って──その豊満なおっぱいを鷲掴みにした。

 

「おぉ、これは柔らかいですね。大きさも……D、いやEはあると見ました」

「ん……」

「ちょっ、急に何やってるんですか!?」

 

 もにゅもにゅ、と華が指を動かす度に、その黒いボディスーツに沿って麗日のおっぱいが柔らかく形を変えている。

 そんな光景に、緑谷は咄嗟に顔を赤らめてそっぽを向いてしまう。

 偽者とはいえセックスする際に麗日の裸体など飽きるほど見ている筈なのだが、それでもまだ根っこの純朴少年みたいな気質は抜けきっていないらしい。

 

「必要なことなのですよ」

「ほ、本当ですか……?」

 

 続いて、華は麗日の股部分にボディースーツ越しに指を当て、そこをふにふにと愛撫し始めた。

 徐々に顔が紅く、息が荒くなっていく麗日。ボディースーツの内側で、ぬちょぬちょと粘ついた音が聞こえ始める。

 

「ん、ちょっと固いですね。これはやはり……」

「はぅっ……! はぁ、はぁ……!」

 

 華の手慣れた愛撫により徐々に勃起してきた麗日の乳首。それを指でつまみ上げ、コリコリと刺激を与えていく。

 そうして充分におまんこが愛液を吐き出した所で、華はボディースーツの股部分に付いていた──一見すると分からないような──チャックを勢いよく引き下げた。

 

「っ……!」

「ふむ、大陰唇にも形跡無し……と」

 

 ぱっくりとスーツの股部分だけが割れて、黒の中から淫靡なワレメが姿を現す。すると当然、スーツの中で熟成されてきた淫臭が華の鼻腔を刺激する。その臭いはかなり強烈で、離れた場所に居る筈の緑谷にさえも届き始めていた。

 それはおそらく、スーツを脱がず手早く排泄できるよう工夫されたゆえのデザインなのであろうが……少なくとも今この場では、ただのエロギミックに成り果ててしまっている。

 

「では、失礼しまして」

「んぁっ……!」

 

 控え目だがそれなりに毛の生えた麗日のおまんこを、くぱぁっと左右に割り広げる華。

 広げた先に見えるのは、ぐちゅぐちゅと蠢く膣肉と、その奥に張られた薄い肉の膜。処女膜である。

 

「……やはりですか。では、バックアップも問題なく使えますね」

「バックアップ……?」

 

 その言葉に緑谷は首をかしげるが、その疑問に答える事なく、華は麗日のおまんこから手を離した。指についた愛液が透明な橋を作り、プツリと無慈悲に切れる。

 そのまま麗日の肩に手を置くと、そのまま前後に揺すり始めた。どうやら起こし方は普通らしい。

 

「起きてください、麗日さん」

「んぅ……はっ!?」

 

 華が名前を呼べば、弾かれたように麗日は顔を跳ね上げた。

 そうして周りを見回し、華の姿を確認した瞬間──苦虫を噛み潰したような表情のまま歯を食いしばり始める。

 

「ここは……くっ、なるほどそういうことですか。あなた、よくも騙してくれましたね」

「おや、誰かと勘違いしておりませんか? 私と貴女は初対面の筈ですが」

 

 麗日の怨めしい視線もどこ吹く風。華は余裕綽々といった様子で、その可憐な笑顔を崩さない。

 

「とぼけないで──」

「あぁいけない、どうやら洗脳されて記憶が混濁しているようですね。これは一刻も早く治療を始めなければいけません。準備はいいですね? さぁ、いきますよ緑谷さん?」

「は、はい……!」

 

 話は終わりだとでも言わんばかりに麗日の言葉を遮り、そのまま口を開く華。

 その開かれた口から紡がれたのは、いままで聞いたこともないような奇妙な旋律。

 おどろおどろしいような、それでいて耳をすり抜けるほど透明な、二律背反という言葉がしっくり来る実に奇妙な旋律だった。

 

「~~~~~~~~♪」

「ぁ────」

「っ────」

 

 その旋律が紡がれ始めた瞬間、緑谷と麗日の瞳から光が消えた。

 緑谷はその場で立ち尽くし、麗日は気絶したように項垂れる。

 その光景を見て、華は内心で一人ほくそ笑んでいた。

 

(さぁ……精々楽しませてくださいね)

 

 本性を隠して彼女は唄う。絶望の唄を、愉悦の唄を。人間は、絶望に抗う瞬間こそが一番美しい。

 そして、あと一歩及ばずその絶望に呑まれる姿に、華はどうしようもない興奮を覚えてしまうのだ。

 

(ああ、本当にどうしようもない……ねぇ、転狐?)

 

 自身の破綻した部分に苦笑しながら、華は自身の弟の名前を呼ぶ。

 一番絶望を与えてあげたい相手を思い浮かべなが、華は静かに唄い続けるのだった。 

 

 

 ──────────────────

 

 

 暗い、暗い世界を緩やかに落ちていく。いや、沈んでいっていると言った方がいいか。

 真っ黒な泥の中をどこまでも沈んでいくような、ともすればとてつもない不安に教われる状況で、緑谷は意外にもどこか安心感を感じ始めていた。

 温度など感じない筈なのに、どこか温かい。まるでぬるま湯にでも浸かっているような、奇妙な感覚だ。

 

「……ここが、お茶子さんの心の中……?」

 

 何もない。それが緑谷の第一の感想だった。真っ暗な闇が広がるだけの、光の一切射さない漆黒の世界。

 そう、これが今の麗日の心象風景。

 ヴィランという日の当たらない場所へと堕ちて、堕ちて堕ちて堕ちて堕ちて、真っ暗な闇が周りを包む。

 

「……なんか、安心する」

 

 そして、その闇は魔性。何も見なくていい、何も考えなくていい。ああ、それはなんて楽で、心地よい感覚なのであろうか。

 そんな果てない闇の中に放り出された緑谷は、そんな柔らかな心地よさに包まれながらも目の前の闇をじっと見つめ続けていた。

 

「……お茶子さん」

 

 こんな光景が、あの子の心象風景でいいはずがない。彼女はいつも明るくて、麗かで、それこそ闇とは対極的な光のような存在だった。

 なればこそ、この光景が尚更緑谷には我慢できないのだ。

 

「おっ、とと……歩けるんだ」

 

 闇の中でも地面はあるらしい。そのまま足を踏み出してみれば、淡い光が足下を中心に波紋のように広がってすぐに消えていった。

 そのまま、緑谷は足下の僅かな灯りを便りに闇の中を歩いていく。そうして暫く歩いていると、目の前に大きな額縁が見えてきた。

 

「これは……」

 

 額縁の中は空っぽで、周囲と同じ闇が入っているだけ。しかし緑谷にとっては、この闇の中で初めて見つけた変わったものだ。何か打開策が見つかるかもしれないと、恐る恐るその額縁に触れてみる。

 その瞬間、何にも入っていなかった額縁に急に絵が浮かび始めた。

 

『私のヒーロー』

 

 いつの間にか額縁にはそんな題名が付け足されていた。そして、そこに写されていたのは。

 

「……僕だ……」

 

 緑色のヒーローコスチュームを着た、緑谷本人の姿だった。

 その姿はどこ頼りなくて、それでもしっかりと二本の足で前を向いて立っている。

 それを見た緑谷にはすぐに分かった。これは、麗日から見た自分の姿なのだと。

 

「おちゃ……麗日、さん」

 

 違う。本当の自分はこんなにカッコ良くなんてない。ずっと隣で見てきた彼女なら知っている筈なのに。

 そこまで考えて、やはり夏休みから今まで肌を重ねてきた麗日は偽者だったのだと、改めて突きつけられている気がして。

 そんな自分が、彼女を名前で呼ぶのは相応しくないと、そう思ってしまった。

 

「…………」

 

 でも、それでも。彼女が自分の事をヒーローと言ってくれるのなら──もうちょっとだけ、頑張れる気がする。

 ヒーローとして、彼女を助けたいと思えてくる。だって、僕は彼女のヒーローなのだから。

 

「試してみる価値は、ある……」

 

 その絵を見つめたままだった緑谷は、不意に思い立ったように額縁を破壊しようと腕を振り上げ──。

 

『やめて!!』

「っ!?」

 

 途端、頭の中に響くように聞こえてくる大音量の声。そのあまりの声量に、緑谷は堪らず耳を塞いだ。

 

『帰って! 私の好きな人を壊さないで! 私の世界を照らさないで!!』

「……この、声は……」

 

 それは紛れもなく麗日の声。いつものような明るい声ではなく、悲鳴のような震えた声。その声からでも、麗日の内心が察せられる。それほどまでに、思い詰めたような声だった。

 しかし、そんな声を聞いても緑谷の心に迷いはない。今まで、数多くのものを取り零してきた。助けられる筈の人を、むざむざヴィランに奪われてきた。

 

(だから、今度は助ける!)

 

 黒く濁っていた緑谷の瞳の奥で、暖かな炎が揺らめく。それは瞬く間に大きく燃え広がり、緑谷の身体中を駆け巡っていった。

 

「それはできない! 僕は、君を助けに来たんだ!」

『いらない! 助けてなんて頼んでない!!』

 

 麗日の声がいっそう激しく響いたと思えば、緑谷の体に黒い闇が纏わりついてくる。

 それは首もとに巻き付き、手足に巻き付き、体の自由を奪ってくる。

 それはギリギリと全身を万力のように締め付け、緑谷はその苦痛から思わず顔を苦悶に歪めた。

 

(助けてなんて頼んでない……か)

 

 そうかもしれない。緑谷は心の中で──ここが既に心の中だが──そう考える。

 でも、だけれど、なればこそ。

 

「お節介はヒーローの本質なんだ! だから──君が望んでいようとなかろうと、僕は君を助ける!!」

『っ……!』

 

 力強くそう宣言した緑谷の体から、眩いほどの光が溢れてくる。それは体に巻き付いていた闇を瞬く間に吹き飛ばしていった。

 

「ワン・フォー・オール」

 

 闇を祓って地面に着地した緑谷は、拳を握りしめて狙いを定める。

 砕くは偽りの虚像。祓うは果てなき心の闇。

 

「100%」

 

 その拳に、迸る雷光が宿る。

 それは絶望の闇を照らす希望の光。

 

『やめてぇぇぇぇぇっ!!!』

 

 大音量の悲鳴が鼓膜を揺らす。しかし、今の緑谷には効果など無い。

 

「デトロイト──スマァァァッシュ!!!」

 

 振り抜いた拳が、闇に浮かんだ絵を打ち砕く。その瞬間、壊れた額縁からは溢れんばかりの光が洪水のごとく放出されたのだった。

 闇は瞬く間に光によって照らし出され、周囲には明るい光が満ち溢れていた。

 

「……麗日さん」

 

 そうして、砕いた額縁の向こうに、目的の人物を見つけた。

 

「ひっく……ひっく……ぐす……」

 

 自身の服で身体を隠し、涙をこぼしながら蹲る──全裸の麗日の姿を。

 

「見られとなかった……ぐす……こんな姿、デクくんには見られとぉなかったのにぃ……!」

 

 それは恐らく、過去のトラウマなのだろう。緑谷は知る由もないが、麗日はヴィラン連合に拐われてから不眠不休でイかされ続けていた。

 なればこそ、そんな姿を好きな男子に見られたくないと思うのは当然の事だろう。

 

「クラスの皆にも、デクくんにも嫌われてしもうて……ひっく……もう、どうしたらええの……?」

 

 そして、これは洗脳されたときに見た光景のトラウマでもあって。

 クラスメイトという身近な人や、好きな人にまで嫌われた光景を見せられては、心を閉ざしてしまいたくもなるだろう。

 

「嫌いになんてならないよ、麗日さん」

 

 そんな麗日の声を、緑谷はたった一言で吹き飛ばした。

 

「だって、僕は麗日さんのこと大好きだから」

「…………ふぇ?」

 

 突然告げられたその言葉に、麗日は驚いたように顔を上げる。

 無防備に蹲る麗日の元へと歩み寄っていた緑谷は、そのまま麗日の体を優しく抱きしめる。

 

「ごめんね、あの時助けられなくて」

「あ……ぁ……」

「でも、今度は助けられた」

 

 抱きしめられた麗日の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

 それは先程までの悲しみから来る涙ではなく、嬉しさからくる暖かな涙であって。

 

「もう大丈夫──」

 

 自身の腕の中で泣き続ける少女に、今の自分が知る、もっとも安心する言葉を告げる。

 

「僕が来た」

 

 その言葉に、麗日はまたも子供のように、緑谷の腕の中で泣き声を上げるのであった。

 




・書き終わって最初の感想
 あれ……この作品の主人公誰だっけ……(困惑)

 きっと最近デクくんがカッコいい小説読んじゃったからですね。あのクオリティで毎日投稿とかスゴすぎるんじゃが……(嫉妬パルパル)
 まぁ、比べるのが間違いなんですけどね。
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