志村華という人間を表すとするならば──嘘。その一言に尽きる。
嘘で塗り固められたその人生は、瓦礫の中から拾い上げられたあの時から始まったのだ。
延命を兼ねた改造手術により体の成長は止まり、八歳から九歳程度の容姿のまま、彼女は数々の人格を演じてきた。
──宗教団体、人類再生教の教祖。
──医療財団法人、命の樹の会長。
──その他もろもろ。
その全てを完璧にこなしてきた。他ならぬ、自身の身に宿った個性を使って。
そう、華の個性は『心音』などではない。そんな生易しいものではない。もっともっと極悪な、最悪な、およそ人の身に宿すことは能わぬ個性なのだ。
しかしそれも関係ない。生き返ったあの時より、この体は既に人間ではないのだから。
『心象具現化』
それが、華の本当の個性。あらゆる個性を繋ぎ合わせ、混ぜ合わせ、人の理解が届かぬ場所へと手を掛けた。
心に想い描いたイメージを使って現実を侵食する──それが、華の本当の力。
あれが欲しい、そう願えば手に入る。
これは嫌だ、そう願えば塵も残さず消え去る。
およそ子供のような──子供に持たせてはいけないものだが──ワガママを通す個性なのだ。
それを使い、華は幾多の人間の心さえ操って自分のものにしてきた。
ヴィラン、ヒーロー、一般人。
それら全ては華の操り人形であり、この演劇を完遂させるための駒であり、楽しい遊び相手でもあった。
退屈だ、と思ったことは一度もない。
人間は面白い。いつもいつも、予想もつかない行動をする。いつもいつも、自身の予想の斜め上を行く。
だからこそ、それを楽しみに相手を追い込むこともあるのだが……今回は当てが外れたらしい。
つまらない。期待外れ。そして僅かな感心。
端的に言えば、今の華の心情はそれで事足りるだろう。それ以外に、特段思うこともない。
「はぁ……よくある解決法ですね、つまらない」
目の前で抱き合う二人の男女──緑谷と麗日を見つめ、華は一人ため息をこぼす。
先程までの心地いい闇は既に晴れ、周囲には暖かな光が広がっていた。こちらも心地いい感覚を感じられはするのだが、肝心の華にとっては目に毒だ。
淡水魚が海水では生きられないように、華にとってこの空間はすこぶる居心地が悪い。
「さて……じゃあやること済ませて帰りましょうか」
人差し指を緑谷に向け、その先端から黒い触手のようなものを伸ばす、それは緑谷に向けて一直線に伸びていき。
『やめときなさい』
「……まぁ、そうなりますよね」
瞬間、間に現れた黒い人影によって掴まれ、その動きを完全に止めていた。
その光景を前に、華は隠す気もなく盛大に舌打ちをする。
『いい雰囲気の所に水を差すなんて、それこそ野暮ってものでしょう』
「チッ……過去の亡霊が、余計なお世話だ!」
華は残った四本の指からも黒い触手を伸ばし、緑谷に殺到させる。
しかし。
『余計なお世話、大いに結構。それが私たちヒーローの本質だからね』
伸ばした触手はその全てが掴まれ、束ねられ、人影の手の中で無力にビチビチと跳ね回っていた。
予想通りとはいえ、こう呆気なく無力化されるのは面白くない。華はいつもの穏やかな笑顔を消し、渋面をつくる。
「……一応、聞いておきましょう──何代目だ?」
『
徐々に、その人影を覆っていた闇が晴れていく。そうして、完全に闇が晴れた其所に立っていたのは。
「あなたの、おばあちゃんだよ」
「そうですか。死ね」
追撃。華のもう片方の指先からも、黒い触手が伸びていく。
今度は緑谷を狙ったものではなく、ワン・フォー・オール七代目継承者──
「ごめんね。私が力不足だったせいで、あなたをそんな体にしてしまった」
「黙れ」
しかし、奈菜はそんな攻撃も先程と同様に全てを掴んで拘束して見せていた。
無駄な動きなど一切無い、見惚れるような、舞うような動き。それは華をより一層不快にさせた。
「私が、私たちがアイツを倒して生きて帰ってこれるほど強かったら……孤太郎にも、寂しい思いをさせなくて済んだのにね」
「うるさい」
無力化されるのは想定の内だったのか、華はそのまま腕を大きく振り、触手を掴んだままの奈菜ごと逆側の地面──どこが地面かはハッキリしないが──に叩きつけた。
「がはっ……私が、あなた達を生み出してしまった」
「口を開くな、虫酸が走る」
そのまま腕を振り回し、奈菜の体をどんどんと周囲に叩きつけていく。
透明な壁に叩きつけられ、遥かな距離を振り回され、それでも奈菜は触手を離さない。離したら、攻撃が緑谷に向くことが分かっているからだ。
「ぐっ!? うぅっ、あぁっ!?」
「お前のそれは懺悔じゃない、後悔の吐露でもない──ただの戯言だ」
感情の消えた顔で、華はただただ奈菜を痛ぶっていく。
「何度も何度も、私が私が私が! お前は神様か何かなのか!!」
吼える。ドス黒い感情を吐き出すように華は吼えていた。自分でも、気づかぬ内に。
「自惚れるなよ! 私がこうなったのも、転狐がああなったのも、お前のせいなんかじゃない!! 今さら身内面して謝るなぁぁぁ!!!」
黒い触手を引き戻し、奈菜の体ごと自分の目の前に引き寄せる。
そうしてそのまま、華は右の拳を振り抜いた。
「死ネェェェェェッ!!!」
その幼い体躯に見合わないようなパワーとスピードを持って、華は奈菜の顔面を殴り抜けた。
「がっ、はっ……!」
紙切れのように奈菜の体が吹き飛び、光の中に消えていく。その光景を、華は息を切らしながら苦しそうに眺めていた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……! ぐっ!? ごぼぉっ!!」
かと思えば急に手で腹部を押さえ、口から真っ黒な血を蛇口を捻るように吐き出した。
見れば顔には無数の黒い痣が走っており、それは華の全身を蝕まんとする勢いで加速度的に増していく。
「ゲホ……相変わらずこの体はブッ飛んでますね……ぺっ」
息を整え、華は精神を集中する。自身の個性を思い出せ、制御しろ。自分の体すら、心すら、全てを操り支配しろ──程なくして、華の体に起きた異変は終息する。全身を蝕む黒い痣は消え、普段の華の体に戻っていく。
それを確認してから、華は緑谷と麗日が居た方を見て一つ大きなため息をついた。
「……ホント、ロクなことしませんねあのクソババァ」
既に其所には二人の姿はない。大方ワン・フォー・オールの残滓が二人を現世に帰したのだろう。
ここは心の中。であればこそ、想いの集合体であるワン・フォー・オールの残滓たちはその力を行使することができるという訳で。
「ワン・フォー・オール……あの方が唯一思い通りにできなかった力……そして私の個性でも手に入らない力……」
今回の接触で、洗脳された麗日の解放を理由にワン・フォー・オールの力を戴くつもりだった。
けれど、やはり人々が願った想いの結晶。そう容易くは手に入らないモノのようだ。
「……まぁいいでしょう。どのみち、いざなれば直接消すまでです。この私の──マスターピースの力で」
華の呟きは光に溶け、体は闇となって霞と消える。その不穏すぎる呟きを聞くものは、既にここには居なかった。
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──三日前──
あの後たっぷり二時間は寝て起きた僕は、早速お茶子ちゃんを探しに行こうとして──ラブラバと呼ばれていた少女に待ったをかけられた。
「ついさっきだけど、雄英高校に侵入者が現れたみたいなの」
「侵入者?」
「ええ。ちょっと待ってね……雄英の監視カメラをハッキングして……映像記録は……あった、これね」
何やらノートパソコンを操作した後、画面を向けて僕に一つの映像を見せてくる。
そこに映っていたのは、黒いピッチリスーツを着たお茶子ちゃんの姿だった。
いや、そんなとこで何してんの。そこ雄英の敷地内だと思うんですけど。
「ちなみに、今のは二時間前の映像よ。もうとっくに捕まってるわね」
「うぇ~……僕、ここまで来たの無駄足かぁ……」
「そんなことはない! 君は私たちを助けてくれた、それだけで十分に意義のある時間だったとも!」
「君たちにとっては……ね」
僕にとっては無駄足以外のなにものでもない。まぁ、緑谷くん虐めれたのは楽しかったけどさ。
でもさぁ、その為にトガちゃんとの時間削ってこんな遠くまで来たってのは割りに合わないよねー。義蘭になんて説明しよう。
「ところでさ、さっき力を貸すって言ってたけど、それは君たちがヴィラン連合に入るって認識で良いの?」
「いや……君が紳士的なのは理解したが、私たちはあのような暴力的な犯罪組織には所属するつもりはない。私の流儀に反するからね」
「外側からヴィラン連合を探って、あなたが抜けるための手助けをするって寸法ね!」
ふむ、なるほど? つまり二人は、華ちゃんみたいな外部協力者って立ち位置になる訳だね。昔で言うところの、地方武将とお抱え軍師みたいな関係だろうか。
うん、僕は別にそれでも全然構わない。一応とはいえ仲間が増えるってのは良いことだし。
「では、私たちはこれで失礼する。困ったことがあれば遠慮無く連絡してきてくれたまえ!」
「はい、これが連絡用のアドレスよ」
「どーも」
あんまり使うことは無さそうだけど、一応は貰っておくことにする。
僕のスマホの電話番号も教えてから、ふと気づいたことがある。小さなことだけど、多分重要なことだ。
「えっと……ジェントル、だっけ」
「そうとも! 現代の義賊、ジェントル・クリミナルとは私の事だとも!」
「キャー! 今日も素敵ねジェントル!」
この人たちさっきまで捕まる寸前の大ピンチだったこと忘れてない?
なんでこんなテンション高いの?
「一つ気になったんだけどさ、緑谷くん結構ボロボロだったじゃん。あれ、どうやったの?」
「……どう、とは?」
「君がどうやってあの緑谷くんと肉弾戦してたのかって話だよ。どっからどう見ても格闘タイプじゃないし」
僕の言葉に、ジェントルは少しだけ気まずそうな顔をしてラブラバを見やる。その視線に、ラブラバは真剣な顔でコクリと頷いていた。
唐突にジェントルはラブラバを抱え上げ、まだガラスのはまっていないビルの窓に足を掛ける。黒い燕尾服が風で靡き、どこかカッコいいという印象を植え付けてくる。実際はそんなこと無いんだけどさ。
「そうだね……敢えて言うとするならば──」
そのままの体勢でジェントルは僕を見つめてくる。その瞳に、希望の光を灯しながら。
「愛の力だよ」
なぜそこで愛!
「ではまた会おう!」
疑問符を浮かべる僕をそのままに、ジェントルはラブラバと共に窓からその身を投げ出した。
普通ならば、すわ投身自殺かと疑ってしまうだろうが、そこは個性が蔓延している超人社会。そんな心配は一ミリもないだろう。
現に、空を跳ねながら遠くへと跳んでいくジェントルの姿が確認できた。やっぱりそういう個性だったらしい。
「はぁー……帰ろ」
なんかどっと疲れた。早く帰ってトガちゃん成分補給しなきゃ。具体的に言うと、朝まで繋がりあってドロドロセックスしたい。
そんな不純極まる想いを抱きながら、僕は建設途中のビルを後にした。
「……って、これ帰るのにも三日かかるじゃん……最悪」
しかも、全力で疾走して三日だ。これはもう明確な拷問じゃないか。
愚痴っていてもしょうがないので、僕は思いきり地面を蹴って走り出した。
全ては一刻も早くトガちゃんに会うため。その為ならば、この程度の距離はどうということはない。
愛の力は偉大なのだ。ちょっと──いや、かなり歪んでいることは自覚しているけど。
「なるほど、これが愛の力か」
たぶんそういう意図で言ったんじゃないと思うけど、確かに愛ってのは時には信じられないほどのパワーを授けてくれる尊いものだ。
それが清いかものか、穢れているかはともかく。
僕は勝手に一人で納得しつつ、トガちゃんのもとへと帰るために急いで帰路につくのだった。
「ふふ、言うに事欠いて愛ですか──くだらないですね」
「え?」
そんな、鈴の鳴るような可憐な声を最後に聞きながら。
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懐かしい夢を見ていた。
一戸建ての、真新しい家屋。其処に住んでいるのは平々凡々な四人の家族。父親と、母親と、妹と、そして──子供の頃の
父親は優しくも厳しい人だった。母親はちょっと常識がズレた天然な人だった。妹は歳の割にしっかりとしたおませさんだった。
幸福、だったのだろう。ごく平凡な、何処にでもあるような普通の家族。普通の生活。小さい頃の俺にはそれで不満もなかったし、これからもずっとそんな
「どうして……?」
だから、唐突にその普通の生活に幕が下ろされたときは、どうすれば良いのかと天を仰いだものだ。
俺の足元に広がるのは夥しい血の海。
いつも朝食を食べていた筈のリビングは、床に転がった四つの死体から流れ落ちる血で真っ赤に染まっていた。
「起きてよ……お父さん……お母さん……」
父親と、母親と、妹と、我が家に押し入ってきた強盗──いや、もはや狂人か。晩ご飯時の家に押し入ってきて、一家四人を惨殺して自分も死んだ。そんな人物は狂人以外の何者でもないだろう。
いったい何がしたかったのだろうか。まぁ、死んでしまった今となっては確認のしようもない。きっと狂っていたのだろう。
「ねぇ……起きてよ──」
地面に転がって、ピクリとも動かない妹の名前を呼ぶ。しかし、幼い俺の口から出た言葉はノイズまみれで意味を成していなかった。
いったい、妹の名前は何だっただろうか。そんなことも忘れてしまったのか。なんて薄情な。
「…………」
血が飛び散った蛍光灯が、壊れたように明滅を繰り返していた。
まるで絶えずまばたきを繰り返しているような世界で、俺は何を思ったのか台所へ向かって包丁を手に取る。そうして、その包丁を思いっきり自分の胸に突き刺した。
「っぐ……ああああぁぁぁぁあああああ!」
目の前の景色が血に染まったように真っ赤に濡れ、今までの人生で経験したこともないような激痛が、幼い脳髄を完膚なきまでに焼き焦がしていった。
その痛みに耐えかねたのか、腕が反射的に包丁を傷口から引き抜いた。途端、当然のごとく夥しい量の血が傷口から流れ落ちてくる。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……あ」
服を濡らし、足を伝って地面まで滴り落ちた血液はあっという間にその勢いを止めた。
それもそうだろう。原泉となる傷口がキレイさっぱり消えてしまったのだから。
「……は、はは……」
痛みは既に無い。包丁を指したという痕跡は、服に空いた細い穴のみだ。
傷が治っている。
俺は、この時初めて自分の個性を知った。大怪我をしたときのみ発動する、治癒系の個性。そのお陰で──そのせいで──俺は生き残ったのだろう。
刺す刺す刺す。治る治る治る。
頭を刺す、目を刺す、喉を刺す、腕を刺す、肩を刺す、足を刺す、内臓を刺す、心臓を刺す。
頭が治る、目が治る、喉が治る、腕が治る、肩が治る、足が治る、内臓が治る、心臓が治る。
腕を切り落とす──腕が生えてくる。
目玉をくりぬく──目玉が生えてくる。
喉をかっさばく──傷口がすぐに塞がる。
腹を切り開く──こぼれ落ちた内臓がすぐ生える。
心臓をえぐり出す──既に体内で脈打っている。
死ねない。
死なない。
何をやっても、どうやっても死なない。
足元にバラバラ殺人のごとく、自分の目玉や臓器や手足が何個も散乱した頃、ようやく俺はその事実に気づいた。
俺から流れ出した血で台所は既に血まみれになっており、文字通りそこは血の海だった。
「死ねよっ! 死んでくれよっ!!」
喉が張り裂けそうな程叫ぶ。これ程誰かを殺したいと思ったのは初めてだった。膨大な
だってしょうがないだろう。
子供にとって、家族というのは世界のほぼすべてに等しい。それを一気に失った上に、復讐しようにも家族を殺した相手は既に死んでいる。
なら、この怒りを、絶望を、どうしようもない悲しみを──いったい、誰にぶつければ良いのだろう。
幼い俺には、答えが分からなかった。多分、今でも分かってない。
「死ねっ! 死ね死ね!! 死ね死ね死ねシネシネ死ね死ねシネ死ねシネ死ね死ね死ねシネェェェェェッ!!!」
果たして、そこはもはや地獄と呼ぶに相応しい光景だった。そこかしこに転がる人体のパーツ。腕、脚、頭、臓器の数々。
流れ出した血で家族の死体は覆い隠され、その上に新鮮な俺のパーツが山と乗る。
どのくらい経っただろう。
激情に突き動かされるままに自分の体を傷つけ、切り落とし、辺り一面が真っ赤な人体のパーツで埋まった頃。
「やぁ、これはすごい」
感心したように、その人──先生はそこいらに転がった俺の腕を拾い上げていた。
黒いスーツを着て、まるで何もかもを見透かしたような目で、先生はいつの間にかそこに佇んでいた。
「そこらの有象無象とは、比べ物にならないほどの強力無比な再生能力。素晴らしい」
優しい笑みを浮かべたまま、先生は俺の頭に優しく触れる。
それはまるで、父親が頭を撫でてくれているようで。
「ほぅ……」
驚いたように、あるいは嬉しそうに、先生は俺の頭を撫で続けていた。
それは、まるで新しいオモチャを見つけた子供のようで。
「気に入ったよ」
そう短く告げて、先生は俺の体を抱き上げた。スーツが血で汚れるのも気にせず、先生はその笑顔を崩さず俺に向けて話しかける。
「君は今日から僕の生徒だ。安心するといい、必ず君を立派なヴィランにしてあげるよ。アライブ」
「あら……いぶ……?」
濁りきった俺の瞳に少しだけ、ほんの少しだけ、小さな光が点る。
思えば、俺はあの時死んでいてもおかしくなかったのだろう。死なないけど。
「
こくり、と無意識に頷く。
「ふーむ……そうだねぇ、じゃあ──」
それが最後に聞こえた言葉だった。