基本的に、僕が彼女の行動に反対する事はない。ただ、今回に限っては反対した方が良かったんじゃないかと思ってしまう。
「わぁー! ここがステ様のお仲間のアジト!? なんかボロっちぃですね!」
「ズバッと言うねー」
「…………」
目の前にそびえ立つビルを一望し、その前ではしゃぐ彼女たちを見やる。
いつも通り可愛い、天使な彼女。そして、ヴィラン連合とやらに僕らを紹介したヴィラン仲介屋の義蘭。
あとは身体の至る所に火傷の跡がある青年。たしか名前は……荼毘くんとか言ってたような。
「にしても驚きだな。あの不死身のアライブがヴィラン連合に興味があったとはね」
「僕は別に? 興味があるのはトガちゃんだよ」
物珍しいといった表情でこちらを覗き込む義蘭に、僕はそっけない返事を返す。
「って、ちょーっと待った」
「むー、なんで邪魔するんですかー?」
しかしその間にも彼女はビルの中に突撃しそうになっていて、僕は慌てて彼女の手を掴んだ。
彼女が不服そうにこちらを睨んでくるが、急に行ったら絶対に迎撃されるのが目に見えている。なので、やっぱりここは人身御供として義蘭を先に行かせるのが適切だろう。
そういうわけで、僕たち四人は義蘭を先頭にビルの中へと入っていく。外見はアレだが、中もアレだった。正にヴィランのアジトって感じの場所である。
「はやくっ、はやくっ。ステ様殺したいですっ♪」
「……物騒なイカれ女だな」
「いや、そこは全く同意」
物騒な歌を歌いながら歩く彼女を尻目に、荼毘くんが彼女に関しての感想を述べる。
そしてその感想に対して同意した僕を見て、荼毘くんは心底意外そうな顔を晒していた。
「……怒らねぇのか」
「ん、何が?」
「恋人なんだろ、あのイカれ女と」
その問いかけで、さっきの荼毘くんの意外そうな表情の理由が分かった。
要するに──自分が好きな女の子を"イカれてる"なんて言われれば、怒って当然だろうと考えていたらしい。
まぁ、その心理も分からなくはないけどね。
「別に? だって事実だもん。彼女は世間一般から見ればイカれたサイコパスだよ。でも、だからどうしたって話だよね」
「ほう……?」
「重要なのは、僕がトガちゃんをどう思ってるか。それ以外なんて些末事だよ」
他人からの評価なんてどうでもいい。僕は彼女を心の底から愛している、ただそれだけの事だ。
それにヴィランだしね、僕たち。社会からどう見えてるかなんて気にする必要もない。
「それに、君は一つ勘違いをしてる」
否定の言葉を述べた僕に、荼毘くんは不思議そうに首を傾げている。
そのキョトンとした顔、外見と最高にマッチしてなくて笑えるんだけども。
「僕と彼女は、セフレだよ」
今はまだ、と付け加えるのも忘れない。
そう、あの本気の子作りセックスの後、まだ正式に彼女が結婚を受け入れてくれていないのだ。有耶無耶にされてしまっている。
だから、暫定的に僕らはセフレのままということになる。もちろん、赤ちゃんが出来たら責任は取るけども。
「…………セフレって何だ」
「おぉっと、そこからかー」
荼毘くんってば見た目に反して意外とピュアだね。知らないなんて意外だった。
「えーっとね、セフレっていうのはセックスフレンドの略称で──」
「おーい。お二人さん、着いたぜー」
「はやくはやくー」
前方から、義蘭の声が響いてくる。説明が中断されちゃったよ、まったくもう。
とある扉の前で立ち止まっているのを見るに、そこが目的地なのだろう。その隣で手招きする彼女が可愛すぎて、危うく死にそうになった。死なないけども。
「くれぐれも失礼のないように……つっても聞く奴らじゃないか」
半ば諦めたように苦笑し、義蘭は扉を開けた。その中に居たのは、顔に手を張り付けた青年と、頭と顔が黒モヤで包まれた男性だった。
男性、だよね? たぶん、そうだと思う。
「よう、ヴィラン連合のお二人さん。メンバーを紹介しに来たぜ」
義蘭がそう言った直後、僕は開口一番にこう言った。挑発と、牽制を込めた言葉。
「やぁ、大物ヴィランさん。一応忠告しとくけど──トガちゃんに手ぇ出したら問答無用で殺すんで、そこんところヨロシク」
それが僕の自己紹介だった。簡潔で分かりやすく、それでいて有益な自己紹介だと思っている。
って言うか、義蘭と荼毘くんは何で顔青くしてるのかな。手で隠れてて分かりづらいけど、青年も何だか雰囲気が固くなったような。黒モヤの人は何か磨いてたグラス落としてるし。
──と。そんな中で唯一、彼女だけが頬を赤く染めていたのだった。何故か。
────────────────────
ヴィラン連合のリーダー、
他でもない、目の前に居る彼のせいで。
黒髪黒目の、純日本人みたいな見た目をしている青年。
なんて濃密な殺気を放ってくるのか。さっき部屋に入って来たときには、のほほんとした能天気そうな青年に見えていたというのに。
(なんだ、コイツ……見た目は俺より下だってのに、纏ってる雰囲気が別物すぎる。いったいいくつ修羅場を潜り抜けて来たんだ……?)
彼が言うトガちゃんとは、隣にいる少女の事だろうか。そう言われてみれば二人は年が近そうであり、非常にお似合いに見えるだろう。
事実、そう言った旨の発言をしていたし。
「……し、死柄木弔……」
隣から、強ばった声が聞こえてきた。
「まぁ──トガちゃんに手ぇ出さないって言うなら、是非仲良くして欲しいなー」
瞬間、周囲に充満していた殺気が霧散し、彼の表情が能天気なものに戻っていた。
そうしてにこやかに握手を求めてくる彼を見ていると、何やら狐や狸にでも化かされたのかと思ってしまう。それほどの豹変ぶりだった。
「…………」
「ありゃ、握手してくれないの?」
不思議そうな顔で小首を傾げた彼は、特に気にした様子もなく手を引っ込めた。
(……何なんだ、コイツ)
それが死柄木の率直な感想だった。
意味不明。
そんな言葉がしっくりくる。
「…………」
彼が帰った後でも、死柄木の心は晴れなかった。
その後、後ろの二人も何か言っていたような気もするが、まったく記憶に残っていない。それほどに彼との出会いは衝撃的だったのだ。
人は自分の理解できないものを恐れるというが、その通りだと思ってしまう。アレは、自分が師事する先生と同じ類いの人間だ。
つまるところ、イカれている。
いや、イカれ過ぎていると言った方がいいか。そこらのヴィランはネジが二、三本トんでいる程度だが、アレは頭のネジがすべてぶっ飛んでいる。
もしかしたら元から無いのかもしれない。理性というネジが外れて、本能で日々を生きているような獣。
だからこそ、あんな獣を手なずけているトガヒミコという少女に驚愕を禁じ得ない。もっとよく話を聞いておけば良かったと思う死柄木なのであった。
まぁ、仮に聞いていたとしても、それは要領を得ない会話であっただろうが。
「……………………めんどくせぇ」
そう一言呟いて、死柄木は降って湧いたジョーカーをどうするか頭を悩ませるのであった。
────────────────────
「…………」
「…………」
今現在、僕は色々と理解不能な状況に陥っていた。目の前には、パンツをおろしたまま便座に座った彼女が居る。
そして、僕はそれを真正面からじっくりと見てしまっていた。しゃぁぁぁ、というある種卑猥な水音が、狭い個室に木霊する。
「…………」
「…………」
「……あ、あの、トガちゃん……?」
彼女は無言でこちらを見つめてくる。その間も彼女の股からはおしっこが流れ落ちており、僕はそっちから目が離せなかった。
普通に便座に座っているせいで、彼女のおまんこが丸見えになっている。そして、そこから流れ落ちるおしっこの軌跡もバッチリと丸見えだ。
「…………」
「…………」
「……んっ、ふぅ……」
ちょろろろ……という弱々しい水音と共に彼女は放尿を済ませた。
そうして、手に持った
「これ」
「え、えっと……」
僕は何となく察しながら、その検査キットに目を向ける。
そうして、そこに書かれている反応を見て息が止まりそうになった。いや、実際止まった。
「妊娠検査薬……陽性」
「はい。つまりはそういう事ですね」
なるほど、彼女はご懐妊という事ですか。
「……………………って、ええええええぇぇ!??!?」
「声が大きいです」
「いや、だって!! だってですよ!?」
時期から考えれば、本気セックスしたあの時か。覚悟はしていたけれども、それでもビックリするものはビックリする。
望んでお化け屋敷に入った客が、ちゃっちぃ仕掛けでビックリするようなものだ。いや、ちょっと違うかもしれないけど、まぁいい。
「落ち着け……まだ慌てるような時間じゃない……」
どうも頭が混乱しているようだ。
一旦冷静にならなければ。
「この子の名前、何にします?」
「待って! まだそこまで落ち着けてないから!!」
脳みそぐるぐるな僕とは違って、彼女は至極落ち着いている様子だった。
赤ちゃんが出来たこと、事前に知ってたんだろうか。
「覚悟してたんでしょー? だったら早く名前ぐらい考えてくださいよー」
「そ、そりゃあしてたよ? してたんだけど……いざこうして赤ちゃんできましたって言われると、その……嬉しくなっちゃって」
実際、頬がにやけて止まらない。きっと今の僕は相当にだらしない顔をしているだろう。
そう、心の底から嬉しいのだ。
嬉しすぎて、パニックに陥ってしまっている。嬉しい悲鳴、というやつかもしれない。
「男の子? 女の子?」
「まだ分かんないですよ」
気が早いですね、と彼女が笑う。
気が早いのはそっちもだと思うけど。
「後で、闇医者紹介してもらわないといけませんね」
「だね」
今後の方針を話し合いながら、僕たちは個室から退出していく。もちろん、女子トイレの個室だ。
いやまって、僕は無実だよ。彼女にいきなり連れ込まれたんだってば。
この時ばかりは社会的に死んだと思ったね。誰も居ない深夜の公衆トイレでよかったよ、ホント。
「もしかしたら双子だったりして」
「そうだったら嬉しさ二倍だね」
公衆トイレを抜け出し、夜の街を歩く僕たち。ヴィラン連合との顔合わせから数時間経って、ようやくここまで帰ってきたのだ。
まぁ、ここまで遅くなった原因は、道中にあった人気のない公園で青空セックスしてたからなんだけども。
やっぱり、外でやるのはなんとも言えないスリルと解放感があっていいよね。
「アライブ念願のボテ腹プレイも出来ますよ? よかったですねー」
「念願って……まぁ、想像してないって言えば嘘になるけど」
妊娠してるって分かってたなら、あんな過激なプレイさせなかったんだけどなぁ。
僕は青空セックスの最中に、プレイと称して全裸の彼女に首輪とリードを付けるという暴挙を行ってしまったのだ。おまけに、そのままリードを引っ張って公園を徘徊させるという鬼畜の所業付きで。
まぁ、彼女もおまんこから愛液ダラダラ垂らしてたから、興奮はしていたんだろうけども。
「止まれ!」
と、そんな感じで雑談しながら歩いていたら、路地裏に入った所で急に呼び止められた。いや、どちらかというと命令されたという感じだろうか。
「ん」
「およ?」
珍しいこともあるものだと、僕たちは揃って振り返る。すると、路地裏の入り口にコスチュームを身に纏った、見るからにヒーローっぽい男性が立っていたのだった。
いや、ヒーローっぽいっていうか、ヒーローだねあれ。隣に居る女性はサイドキックかな。
「その顔……お前、不死身のアライブだな?」
「……その名前で呼ぶのやめてくんない?」
「ぷっ、あはは! 何回聞いても笑えます、その二つ名!」
嫌そうな顔をする僕の横で、彼女が大爆笑している。そんなに笑わなくても良いのに……酷い。
傷心している僕を他所に、今度はサイドキックの女性が口を開く。
「それにそっちは……吸血姫トガヒミコ!」
「トガちゃんも大概だと思うけど」
「えー、私のは可愛いじゃないですか」
そうかなぁ。どっちもどっちな気がするけど。
「──で? ご立派なヒーローさんが、僕たちに何のご用?」
ギロリ、と相手を睨み、いつも通りの威嚇を試してみる。所謂ガン飛ばしというやつだ。
低級のヴィランとかならこれだけで逃げてくけど、ヒーローにはあんまり効果ないんだよねぇ。
「…………!!」
「ヒッ……!」
現に、今も二人揃って逃げてないし。うーん、僕も鈍ったかなぁ。最近、ヌルい相手としか戦ってなかった弊害かな。
しかし、隣に立っている彼女はうっとりとした──とろけそうな──表情で、僕の方を見つめていた。可愛いなぁ、もう。
「アライブ、普段からそういう顔しててくださいよ。いつものバカっぽい顔じゃなくて」
「バカっぽいて……傷つくなぁ、トガちゃん……」
普段はそんなにバカっぽい顔してるだろうか? というか、彼女が隣にいると自然と頬が弛んでしまうのだから仕方ないじゃないか。
それに、普段から気を張ってると疲れるんだよね。オフの日はダラダラしてたいじゃない。
まぁ、僕らヴィランだから、オンもオフも無いんだけどね。気が向いたら適当に金づるボコるだけだし。
「くっ……退かない……退いてたまるか……!」
一歩、また一歩と、ヒーローがこちらに向かって歩みを進める。
流石はヒーロー。凶悪なヴィランに立ち向かうその勇気、アッパレだ。
「ふぅん……戦う意思アリと見なすよ」
ただ、相手は選んだ方が良いけどね。
「──ふっ!」
膝を曲げ、渾身の力を籠めておもいっきり跳躍。すると脚の骨がバキバキに砕け、筋肉が余すところなくズタズタになる感触があった。
しかし、そのお陰でヒーローとの距離を詰められたのだからノープロブレムだ。目の前に、間抜けなまでに驚くヒーローの顔が映りこむ。
「なっ、速──!!」
さっき居た場所から、ヒーローの元まで約10メートル。掛かる時間はたった1秒。それだけの時間で、さっきぐちゃぐちゃに壊れた脚はもう元通りに
「でりゃあっ!」
突進する勢いのまま、右の拳を振り抜く。すると、僕が放った拳は思いっきりヒーローの溝尾にヒットした。
「────っ!!!」
まるでピンポン玉みたいにヒーローは吹っ飛び、遠くにあった居酒屋の建物に激突して停止した。
入り口部分が壊滅してしまっている。定休日で良かったね。
「えっ、あ……え?」
ヒーローの隣に立っていたサイドキックが、呆気にとられた様子でこちらを見ていた。
まぁ、一瞬で相棒がぶっ飛ばされればそういう反応にもなるよね。
「大丈夫大丈夫。死んでないから……多分」
「ヒィッ!?」
先程振り抜いた右腕を顔の前に持ってくる。指がそれぞれあり得ない方向にひん曲がっており、腕の部分は割れた風船のように内部から破裂していた。
うん、僕の怪我がこのくらいなら多分大丈夫。全治三週間は掛かると思うけど、死んではいない筈。
メキメキという異音を響かせながら、僕の腕が元通りに再生していった。
「ふ、不死身のアライブ……!」
声に恐怖をにじませながら、サイドキックは再び僕の名前を呼ぶ。
というか、恥ずかしいからフルで呼ばないで……せめてアライブだけにして欲しい。
「あー……驚くのは良いんだけどさぁ、後ろには気をつけたほうがいいよ」
「──え?」
僕の言葉を受けて、後ろを振り向こうとした瞬間──サイドキックの喉元に、横から鋭いナイフが突き刺さった。
「あ……ぇあ?」
目を白黒させるサイドキック。その後ろには、ニンマリとした笑みを浮かべる彼女が居たのだった。
刺さったナイフをぐちぐちと動かしながら、彼女は妖艶な笑みを浮かべる。喉に刺したのに即死させてないあたり、彼女の技量の高さが伺えるね。
「いいねぇ、いいねぇ、良いですよぉ。あなたの顔、恋する乙女の顔です」
「あ、か……ごぼっ」
「お相手は誰かなぁ? さっきのヒーローさん? 良いよねぇ、コイバナ楽しいねぇ」
コイバナて。たぶん、今のこの状況をコイバナだと思ってるの彼女だけだと思う。
エグいなぁ、と思いながら、僕はいつもあれ以上の攻めを受けているのを思い出して苦笑する。
「れろっ……ちうちう、ちうちう」
「あっ、あぁ……やめぇ……!」
刺さっていたナイフを抜き、抜いた傷口に吸い付く彼女。ポーズだけみれば、レズいことしてる風にみえるんだけどなぁ。
実際は吸血鬼の真似事なのだ。いや、吸血鬼よりもタチが悪いかも。
「あーあ、だから忠告したのに。どう? 自分が自分じゃなくなっていく感触は」
「なに……いっ、てぇ……!」
「もうすぐわかるよ。ほら、君じゃない君だ」
僕は彼女の腕を掴んで、隣に引き寄せる。
サイドキックの後ろから、僕の隣へするりと移動してきた彼女。しかして、その姿は。
「どーもー」
「はぇ……? わ、わたし……!?」
紅い髪を腰まで伸ばした、綺麗な女性の姿に変化していた。
出るところは出ているのに、腰はくびれているという理想のボディ。
コスチュームを脱いでいる以外は、目の前に居るサイドキックと同じ姿をしていたのだ。
尚、脱ぎ過ぎたのか全裸になっていたが。瑞々しい柔肌が、路地裏の闇に浮かんでいる。
「あ……血、飲まれ……ごぷっ」
流石に、彼女の個性については知っていたようだ。まぁ当然だよね。ヴィラン名を知ってる以上、その詳細を知っていても不思議じゃない。
警察組織優秀だからなー。ヒーローに出番とられてばっかりだけど。
「えへへー……今日から私がアナタだよっ、
「っ……! 私の……名前、どうして……!」
「身分証はもっと分かりにくい所に隠した方が良いですよー?」
小悪魔チックに笑って、彼女はヒラヒラと手に持った身分証を見せつける。いつの間に盗ったんだろうか。
「えーと、年齢は二十歳になったばかり。家族構成は父、母……ふーん、その他諸々フッツーですね」
「良いじゃん普通。僕はトガちゃんと普通に暮らしたいって思ってるけど?」
「普通とは縁遠い人が何か言ってますね」
それはどういう意味かな。まぁ、その通りなんだけどさ。
「ツイてないですね、茜ちゃん。こんな大きな怪我しちゃって……可哀想だから、イイモノ見せてあげます」
「ぇ……?」
いや、その怪我の原因は彼女なのだが。と、そんな風にツッコミを入れようとしたら、いきなり唇を塞がれた。
他でもない、彼女の唇で。姿はサイドキック──アカネちゃんなので、相当に背徳感が凄いけれども。
「あむっ……れるっ、ちゅぷ……はぁ……うふふ、どうですかぁ? アナタのファーストキス、奪われちゃいましたねぇ?」
「あ……あぅぁ……!」
唇を離したときに香ってきたのは、ふわりとした太陽の香り。暖かいと表現できるような、そんな香りだった。
彼女の言葉を聞いたアカネちゃんは、顔を真っ赤にして、虚ろな目でこちらを見つめている。
そりゃ自分の姿で好きでもない男にキスされたらショックだよね。おまけに、血が足りなくなって頭がボーッとしているらしい。目の焦点が定まっていなかった。
「わたしの……はじめて……」
「そうですよー? アナタの初めては彼のもの。アナタの存在は私のもの。脱け殻になったアナタは、なーんにも気にせず楽になっちゃっていいんですよー?」
「あ……あぁ……」
遂に意識を保つのも限界になったのか、アカネちゃんはドサリとその場に倒れ伏した。
首もとから、真っ赤な血がドクドクと流れ続けている。
「うふふ……あー、愉しかった。さ、行きましょ、アライブ」
「あー、うん……でもこのまま行ったらその子死んじゃわない?」
「? 別に良いじゃないですか。
妖艶な笑みで、彼女は嗤う。顔どころか身体までもがアカネちゃんなせいで、その表情はいつもと違ってとても新鮮だ。
「トガちゃんは無邪気に残酷だなぁ。しゃーない、今回は余計なお世話したげよっかな」
「ヴィランなのにヒーローを助けるんですか?」
「助けるなんて大層なことはしないよ。僕はただ、きっかけを与えてあげるだけさ」
このままだと確実に死ぬアカネちゃんに、少しだけの希望を持たせてあげるのだ。
僕は彼女からナイフを借りると、自らの右手首を切り裂いた。焼けるような痛みと共に、真っ赤な鮮血がドクドクと溢れだしてくる。
「ごくり……」
ハイそこー、物欲しそうな顔しないの。後でちゃんと吸わせてあげるから。
倒れているアカネちゃんに近づき、その身体を抱き起こす。そうして、その瑞々しい唇に僕の右手首を押し当てた。
「えぷっ……んぐっ、げほっ、げほげほっ!」
うん、ちゃんと飲んだね。これでひとまず大丈夫だろう。僕はそのまま彼女を再び地面に下ろし、立ち上がる。
「むぅー……」
「ん、どうしたのトガちゃん」
立ち上がった瞬間に、膨れっ面の彼女と目があった。うーん、頬を膨らませてる姿もかわいいなぁ。まだアカネちゃんの姿だけど。
と、そんな事言ってる場合じゃなかった。怒ってる理由になんとなく心当たりがある僕は、ばつの悪そうな顔をして目を背ける。
「『僕のすべては君のもの』」
「あー……うん、ごめんね。ちょっと面白いこと思い付いたからやってみたくて」
「…………ふんっ」
「あっ、ちょっと待ってってばー。おーい、トガちゃーん」
膨れっ面のまま路地裏の闇に消えていく彼女。そんな彼女を追って、僕もまた路地裏の闇に消えていくのだった。
────────────────────
数日後、日向茜が目覚めた場所は病院だった。
通りがかった通行人が病院に連絡を入れてくれたらしく、相棒のヒーローと共に緊急搬送されたのだ。
二人とも命に別状は無かったと、お医者さまが教えてくれた。
「二人とも、あの不死身のアライブと戦ってよく無事だったね。まぁ、命があって何よりだよ」
それから更に数日、茜は病院でごく普通の入院生活を送っていた。
そんなある日の事。
「…………っ!」
夜も更けた丑三つ時。なかなか寝付けずに起きてしまった茜は、あの時の光景を思い出し、病院のベッドの上で真っ赤な顔を晒す。
自身の唇に触れ、目に焼き付いた光景を反芻してしまう。彼の唇を奪って、メスの顔で快楽を貪る自分の姿。
「最っ低……!」
思わず口から言葉が漏れてしまう。他人の姿でアンナコトをするなんて、ヴィランの風上にも置けない。いや、ヴィランの風上には置けるのか?
ともかく、あの二人は最低の犯罪者だと言うことが分かった。今度は容赦しない。必ず捕まえてやる、と決心した所で。
ピロン、と。
ベッド横の机に置いてあったスマホが、動画ファイルが送られてきた旨を報らせてくれる。
何が送られて来たのだろうかと、茜はスマホを手にとってそのファイルを開いた。
開いて、しまった。
『ハーイ、茜ちゃん元気にしてるー?』
「…………え?」
開かれた動画に映っていたのは、紛れもない自分の顔だった。
紅い髪、くりくりした眼、幼い輪郭。それらを引き立たせるかわいい系の顔立ちは、いつも朝の姿見で確認しているものと同じだった。
『あの時は刺しちゃってゴメンねー。お詫びにぃ……あなたの身体でセックスしてあげる!』
「…………は?」
言うが早いかカメラは後ろに下がっていき、引き伸ばされた画面は動画の茜の全体像を映し出した。
真っ白なベッドの上で、男の肉棒にまたがっている自分の姿を。
「えっ、なに……してるの?」
理解が追い付かなかった。動画の中にいる茜は、十中八九トガヒミコだろう。だが頭でわかっていても、目から入ってくる情報はその前提を曇らせてしまうほどに衝撃的なものだった。
「うそ……うそうそ、やだ……そんなの入らないって……!」
自分の姿をしたトガヒミコが、そのまま腰を落とし、自身のおまんこで太い肉棒を咥え込もうとしている。
徐々に腰を落としていくと、その肉棒は抵抗なくおまんこに挿入されてしまった。
自分の腕ほどもある肉棒をぐっぽりと咥え込んでいるその姿は、卑猥という言葉が最も相応しく感じる光景だ。
「……うわぁ……うわぁ……え、動くの? もう一杯なのに? いや、いやいやっ! そんなことしたら私壊れちゃ──!」
動画の茜は自ら腰を上下させ、男の肉棒を味わうようにおまんこでしゃぶっている。
俗にいう、騎乗位と呼ばれる体勢だ。
「あ……んぅ……そんな、気持ち良さそうな顔しないでぇ……」
下品な喘ぎ声を出しながら、動画の茜は快楽に歪んだ顔でセックスを楽しんでいる。
それは下手なAVなんかよりもよっぽど過激で、刺激が強いものだった。もちろん、無修正である。
「あっ……射精、してる……」
どのくらい見ていただろうか。動画の時間は三十分以上あったはずなのに、時間はあっという間に過ぎていた。
一際大きい叫び声を上げて、動画の茜は絶頂する。その子宮を使って、白濁とした液体を一身に受け止めていた。
「はぁ……はぁ……はっ!」
その圧倒的なまでの情事を見届けた茜は、自身が無意識に股ぐらを弄っている事に今さらながら気づいた。
指で入り口を擦りながら、残り少ない動画を一心不乱に見つめ続ける。
『はぁー……はぁー……あはは、どうだったぁ? 興奮してくれたかなぁ? これからも送ってあげるからねぇ』
残り数秒という所で、動画の茜がドロリと蝋のように溶け出す。そうして中から現れたのは、やはりというかトガヒミコだった。
真っ赤に上気した顔で、小瓶に入った赤い液体を見せびらかしている。そこで動画は終わっていた。
「あ、あれ、私の血……? いつの間に……」
あの血がトガヒミコの手元にある以上、自身の生殺与奪権を握られたも同然だ。
何故なら、茜の姿で犯罪をするだけであっという間に茜は刑務所行きになるのだから。
「────」
底冷えする恐怖が沸き上がってくる。しかしそれと共に感じたのは、感じるだけでお腹の奥が疼くような期待の感情だった。
また、あれが見れる──?
性欲に曇った瞳で、茜は画面に映ったトガヒミコを見つめ続けている。まるで、お預けを食らった犬のように。
「……あはっ」
静寂に包まれた病室。そのベッドの上で、茜は歪んだ笑みを溢すのだった。