【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「ふふふ、なにか気に入ったものはあったかしら。娘になるあなたに、贈り物をさせてちょうだい。言っておくけど、これでも財はそれなりに持っているわ。まあ、あんたには、物欲がなさそうだけどね」
エルヴェラがにこにこと微笑みながら、隣に腰掛けているロクサーヌに言った。
大公宮に幾つかある談話室のひとつであり、ロクサーヌはそこにエルヴェラとともにやって来ている。
前に拡げられているのは、宝石の類いだ。
ロクサーヌも、妾腹といはいえ、一応は大公一族の端くれだ。多少の目利きはできる。
並べられている美しい宝石群は、どれも一流の品物であることはわかる。
また、目の前で商品を拡げて説明するのは、大公宮に出入りする御用商人だ。手代を称している三十歳ほどの男を連れていた。
「ロクサーヌ様は、とても可愛らしいお顔をしておられますからね。どれもお似合いになるでしょう。このネックレスなどいかがですか。イズムル石の一等品でございます。また、こっちはアメチ石。そして、どの宝石も魔石の粉を使った特別な研磨をしておりまして、宝石でありながら、魔力を込めることも可能なものです。たとえば、防御壁の魔道陣を組み込めば、短い時間ではありますが、咄嗟の歳に防御壁を展開することもできます。毒消しの魔道陣を刻めば、これを装着しているあいだは、毒を防ぐことができます」
説明をするのは御用商人であり、手代は黙って、商品を拡げたり、片付けたりというのを手伝っている。
今日は、エルヴェラがロクサーヌのために贈り物するという触れ込みで、御用商人に宝石などの装飾具を持ってこさせたということになっている。
もちろん、商人を呼び出すことについてのゼルの許可は受けているらしい。
「ほう、面白いわねえ。どんな魔道でも刻めるの?」
エルヴェラが身を乗り出した。
「それほど複雑な魔道でなければですが、我が商会も腕のよい魔道技師を揃えておりますので、満足して頂けるものをご提供する自信はございます」
「なるほどねえ。ならば、これなどはどう。これにも魔道を刻める?」
エルヴェラが手を伸ばしたのは、並んでいる宝石群の中でも、赤ん坊の拳ほどの大きさの白いペルラ石だ。だが、通常のペルラ石はどんなに大きくても指先ほどの大きさが普通なので、これはベルラ石の中では巨石といっていい。
おそらく、これもまた、なんらかの魔道処置をしていると思った。
そうでなければ、この大きさはあり得ない。
「もちろん刻めます。しかし、この大きさでは、ネックレスにしても大きすぎますなあ。同じ形状のもう少し小さなものに致しますか? あるいは、これを土台になにかのかたちに加工してもよろしいですな。そして、ブローチなどにしてもよいかもしれません」
「いや、それには及ばないわ。この大きさのままでいい。ただし、形状は限りなく球体に近くで頼むわ。机上などに置く観賞用にするの」
「なるほど。では、それに見合う置き台も見繕わないとなりませんな。おい、右端の荷から宝石台の見本を出せ」
商人が手代に指示をして、机の上に宝石台を五、六個並べ出す。
見本というよりは、注文をイメージするための展示品という感じだ。宝石にしろ、宝石台にしろ、ここにあるものを買うのではなく、それを一例として、どのようなものを加工するのか指示をするのである。
実際に物ができあがるのは、かなり先になる。
いずれにしても、ロクサーヌのものを買うということになっているのに、商品を選んで喋っているのは、エルヴェラばかりだ。
ロクサーヌはほとんど喋っていない。
まあ、本当に興味がないので、どうでもいいのだが……。
「だが、この大きさであれば、魔道陣はひとつではなく、二種類刻めないかしら?」
エルヴェラはさっきのベルラ石を指した。
どうやら、これに決まりなのか?
「簡単なものであれば」
「いずれも、初級魔道よ」
「ほう。どのような?」
商人が真っ直ぐにエルヴェラを見た。
「待って。ここから先は、ちょっと人数を制限させてちょうだい。ロクサーヌに贈る宝石にどんな魔道を組み込むのか知られたくないの。侍女と護衛はルカリナを除いて、全員さがりなさい。護衛は部屋の外で待機よ」
エルヴェラの指示で、部屋の壁際にいた十名ほどの護衛と侍女が退出していく。
彼らたちがいなくなり、部屋にロクサーヌとエルヴェラ、そして、ルカリナと、さらに商人とその手代の五人のみになると、手代が荷の中から小さな黒い箱をテーブルに置く。
エルヴェラと商人が、その手代に視線をやった。
すると、手代が頷く。
「この部屋にいかなる仕掛けがあったとしても、これで全て遮断する。喋って問題ない」
手代が空いているソファに腰を沈める。
商人が手代に頭をさげた。
「私は遮蔽袋を被って、後ろを向いております。声も視界もなくなりますのでご安心を。話が終わりましたら、肩を叩いて合図をください」
商人が薄い布地でできた袋を手に取る。
「すまんな。感謝する」
「いいえ。私たち商会は、スペンサー家のご主人様には大変お世話になりました。できることはなんでもいたします」
商人はそう言うと、壁際に向かってこちらに背を向け、その袋を頭にすっぽりと被った。
それで、一切の外部からの音などが遮断されるのだろう。
「久しぶりね、ガット兄さん」
「お前もすっかりと、あばずれの真似が似合っているぞ……。ええっと……」
「エルヴェラよ。そう名乗っているわ」
「そうだったな。エルヴェラだ。女伯爵だ」
手代ということになっていた三十過ぎの男、ガットと呼ばれた男が笑った。
エルヴェラとは随分と親しげだ。
“兄さん”とエルヴェラが呼んだが、兄妹?
だが、ロクサーヌが考えたことがわかったのか、エルヴェラが笑って首を横に振る。
「兄妹なんかじゃないわ。従兄妹よ。幼い頃、二年ほど一緒に暮らしたことがあったわ。その頃の名残ね」
「まだ、シャルル様たちが生まれる前だな。ところで、お前がロクサーヌか。改めて名乗ろう。ガット=スペンサーだ。いつもは偽名を使っているが、いまはあえて、スペンサー家を名乗っておく。本家がゼルに粛正さされてから、生き残りのスペンサー一族は、俺がまとめた」
ガットがロクサーヌを値踏みするような視線を向けながら言った。
「ガット兄さん。仮にも次期大公様よ。あたしたちが担ぐね。態度は改めなさいよ」
エルヴェラが呆れた口調で口を挟んだ。
「まだ大公ではない。大願が叶えば、それなりの敬意は示す。だが、いまはまだ、力のない小娘であろう。ゼルの手のついた性奴隷のな」
「言っていくけど、あの男は、ロクサーヌ様に一度も手を出したことはないわよ。まあ、倒錯した感情をもっているかもしれないけどね」
エルヴェラだ。
倒錯した感情?
「ふん、どうでもよい。この娘がゼルの慰み者というのは、誰も知っておる公然の秘密よ。まだ童女だったロクサーヌに恋慕したあれが、無理矢理に養女にして、手元に引き取ったのであろう」
驚いた。
そんな噂になっているのかと思った。
でも、本当に?
「どうでもいいでしょう──。そもそも、ロクサーヌ様という
「わかっている」
すると、ガットが尊大そうな態度で腰掛けていた姿勢をただし、すっとロクサーヌに向かって深く頭をさげた。
「我らが旗頭になっていただきます、ロクサーヌ殿下」
「わかりました。あなた方が望むように、旗頭にでも、傀儡にでもなります」
ロクサーヌの言葉に満足したのか、ガットが大きく頷く。
「……それと、エルヴェラを通じて求められたチムルという獣人族の女の救助だが密かに、彼女の仲間による脱獄を手引きをさせました。連中は死体を入れ替えて、牢から脱出させたようですが、酷い状況だったようです。でも、あれを助けることになんの意味があるので? なにかの恩義でもあるのですか?」
チムルというゼルの恋人だった獣人女性が地下牢に入れられたと耳にして、エルヴェラを通じて頼んだのは、できれば助けて欲しいということだ。
モイラにしろ、チムルにしろ、ロクサーヌがゼルに嘘の予知夢を口にしなければ、死ぬことはなかった者たちだ。
無分別に人の死を厭うわけではないが、ゼルがふたりの処刑を実行したことで、ゼルの昔からの部下たちがゼルを離反する状況を作りあげるという目的はすでに達したはずだ。
ならば、できれば助けたかった。
偽善といえば、偽善だが……。
「面識はありません。ただの自己満足です。ありがとうございました……。それと、ほかのわたしからの要求ですが、後ろに立っているルカリナ、彼女との静かな生活を要求します。いずれ、わたしにそれを与えると約束してください」
「ルカリナ? そこの獣人族の護衛のことか?」
ガットは初めて、ルカリナの存在に気がついたような表情になった。
そして、怪訝そうにロクサーヌに視線を戻す。
「そのルカリナです。わたしの大切な人です」
ロクサーヌはきっぱりと言った。
ガットは面食らったような顔になったが、すぐに噴き出した。
「ガット兄さん、無礼よ」
エルヴェラが不快そうに言った。
「いいでしょう。我らの傀儡になっていただく代償に、ロクサーヌ様とそのルカリナに安寧の生活を贈ると約束いたします。ただし、十年は大公でいていただきます。そのあいだ、婚姻はしないでいただきたい。あなたに子ができれば、その子に継承権が生まれます。物事は複雑になりますから」
「婚姻については、その気はありません。でも、十年も……? 一年では?」
「一年? まさか。十年あれば、この国を大貴族による合議制の体勢に移行できます。だが、一年では……」
「一年で無理なら二年で。わたしが大公として、貴族議会を開きます。大公の命令は、すべて議会の承認を必要とするものと決め、実際の政事は議会が作る執行機関に委ねましょう。そうすれば、もっと短いかたちで自然に、あなたの主張する合議制の体勢が作れるのではありませんか」
「大公自らが自らの権威と権限を縮小するということですか?」
ガットは不思議そうな顔になった。
ロクサーヌは微笑んだ。
「もともと、なんの力もない傀儡のつもりです。でも、この国がひとつにまとまるためにできることはいたしましょう。ガット殿が大貴族を主体とした合議制体制がもっとも国を強くするというのであれば、そうしてください。でも、十年では遅すぎます。できれば、一年──。どんなにかかっても、二年でこの公国を再びまとめてください」
「二年という時間に、なにか意味が?」
「まとまることができなければ、この公国は外敵に必ず滅ぼされます」
ロクサーヌはきっぱりと言った。
すると、ガットがちょっと圧倒されたかのように、面食らった顔になった。
そのとき、ぱんと大きく手を叩く音がした。
エルヴェラだ。
「さて、あまり長く話し込むと、疑いを呼んじゃうわ。顔見せはここまでにしましょう。あの坊やを引きずり落とした後のことは、それからでもできる。いまは、お互いに協力できるということを確認できただけで十分じゃないかしら」
「そうだな。確かに。我々は協力できる。ロクサーヌ殿、時は明日──。我々は明日動く」
ガットが言った。
「わかりました。ならば、わたしもその先頭に立ちましょう」
「ロクサーヌ殿が?」
ガットは驚いたようだ。
しかし、ロクサーヌは、もしも、反乱が実現するのであれば、そうしようと決めていた。
「立派な旗頭になってみせますね。それに、あのゼルには、わたしもルカリナも恨みがあるのです。あの男が転げ落ちるのをじっと待つだけなど、我慢できるわけありません。できれば、わたしたちも舞台に立ちたいです」
ロクサーヌは微笑んだ。
意外だと思ったのか、エルヴェラもガットも、ちょっと戸惑ったような顔になった。
しかし、すぐに、まずはエルヴェラが笑顔になって口を開いた。
「恨みなら遠慮をしないで晴らしましょうよ。あれをどうしたいの? どんな風に殺したい? なにか仕返ししたい?」
「仕返し……ですか」
そう言われても咄嗟には思いつかない。
ロクサーヌがちょっと黙っていると、ずっと黙っていたルカリナが動いて、前に出てきた。
なんとなく、三人の視線がルカリナに集まる。
「その場で、殺さず、囚人としての日々を。そして、処刑の日まで、女の格好をさせて、男に毎日犯させる」
すると、ルカリナが無表情で言った。
エルヴェラが噴き出した。
「そりゃあ、いいわねえ。絶対にそうしてちょうだい、ガット兄さん。それと、ロクサーヌが受けた拷問具に、無理矢理に巨大張形をねじ込む道具があるんだけど、それをあれの尻に突き刺すってのは?」
「是非に」
エルヴェラの言葉にルカリナが頷く。
えっ、あれを?
ロクサーヌは呆気にとられた。