【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
1003 会議は踊る
いよいよ、公都における本格的な防御の準備が始まった。
その内容について、女大公であるロクサーヌを参加しての枢密院会議による報告が続いている。
ロクサーヌは、黙って報告を受けながら、居並ぶ枢密院の貴族たちを眺める。
枢密院というのは、ロクサーヌが大公となったのと同時に作られた組織であり、立法上は、大公であるロクサーヌを支える諮問機関ということになっていて、約二十名の人間族の上級貴族から構成される。
ただ、実際には、ロクサーヌはこの枢密院で構成される上級貴族たちの傀儡にすぎず、ロクサーヌは大公としての権力を握っていない。
ロクサーヌに求められている役割は、大公による独裁制から上級貴族たちのよる寡頭制に移行するまでの過渡期の大公となり、この枢密院が名実ともにカロリックの最高行政機関となる体制が整うのを待ち、大公を退位をして権力を新たな寡頭制による政府に移行するというものだ。
ロクサーヌも納得していて、宰相となったガット=スペンサーに、ゼムの統治によって荒れた公国の早急の立て直しをお願いしていた。
できれば一年……。
遅くとも二年……。
さもなければ、カロリック公国は滅びる。
ロクサーヌの予知夢は、それを教えてくれていた。
だが、実際には、一年も過ぎないうちに、タリオ公国によるカロリック侵攻は開始されてしまった。
三公国のかたちだけの宗主だった皇帝が冥王を復活させようという禁忌中の禁忌を犯そうとし、それを理由にタリオ軍が皇帝直轄領に侵攻したのだが、その皇帝一派をカロリック公国が匿ったという口実でだ。
皇帝たちが冥王復活を企んだというのが寝耳に水ならば、タリオが皇帝直轄領に侵攻したのも驚きだった。しかも、タリオ軍の進撃は電撃のような速さであり、それが瞬く間にカロリックへの侵攻に移行したのだ。
タリオ公国軍によるカロリック侵攻は、ロクサーヌは予知夢により予想していた。
だが、全てが後手に回り、ロクサーヌにはなにもできなかった。
予知夢などというが、それだけではなんの役にも立たないということを改めて思い知った。
そして、抗議する余裕もなく開始されたタリオ軍による侵攻──。
指揮官は、ランスロットというアーサー大公の服心の将軍だ。巧みな戦術と逆らった領主や守備隊長を家族ごと見せしめのように残酷に殺しながら、投降や調略による寝返りに対しては、篤く遇するというやり方で瞬く間に公都に進んでくる。
すでに、公国の三分の一がタリオ軍に落ちているが、あの侵攻開始からまだ二十日ほどのことでしかない。
ランスロット将軍の率いるタリオ軍の最前線からこの公都までは、すでに二個の砦しかない。
また、タリオ軍が公都に近づくにつれ、公都から脱出しようとする者も増え、気がつくと枢密院の要員も三分の一ほどになっていて、やたらに空席が目立つ。
報告は続いている。
宰相のガット=スペンサーの報告によれば、公都で緊急に徴募した義勇軍の兵は、三千二百になったそうだ。
それが多いのか、少ないのかは、ロクサーヌは判断はつかない。
ただ、義勇軍といっても、タリオ軍が最初に国境を越えたとき、冒険者ギルドなどを通じて、戦うことのできる戦士については、すでに強制クエストで第一線に送っている。
いま集めた義勇兵というのは、冒険者などという戦うことに慣れている者たちでなく、日常は武器をほとんど持ったこともないような者たちではないだろうかと思った。
ロクサーヌは、報告が終わるのを待ち、口を開いた。
「義勇軍とした者たちは、戦う力を持っている者たちですか? 軍務の経験は?」
ロクサーヌが質問をしたことに、ガットは嫌な顔をした。
この手の会議でロクサーヌが言葉を発するということは滅多にない。明らかにむっとなって、ガットが応じる。
「ひと家族につき、一名以上の参加を義務づけています。軍務の経験は把握していません」
「つまりは烏合の衆ということですね。彼らをどこに配置に?」
「予備ということになるでしょうね。それまでは、調練に加えて、防御の準備を手伝わせます」
「素人にような者たちがそれだけいても、戦局を逆転するとは思えません。それよりも、市民の脱出計画を立ててください。ランスロット将軍は、これまで抵抗をした城郭には略奪をして火を放つということが専らです。公都における戦いが避けられないとなれば、戦闘のできない者たちは逃亡をさせてください」
「逃亡をさせて、どこに行かせようというのです。そんな場所はありやしませんよ」
「それを作るのが避難計画です」
「まあ、わかりました。ですが、やらなければならないことはいくらでもあります。物事には優先順位というものがありましてね。いずれにしても静かにしてもらえますか、大公閣下」
ガットの物言いには侮蔑の響きがある。
でも、ロクサーヌは、黙るわけにはいかない事情がある。
タリオによるカロリック侵攻については、もっと幼い頃から何度も見てきた予知夢だ。
しかし、その内容は、ロクサーヌの年齢の上昇とともに少しずつ変化をしてきている。
数年前までは、タリオ公国が公都に近づくことによって、民衆が反乱を起こし、大公となったロクサーヌがルカリナとともに捕らわれて、その民衆によって残酷に処刑されるという内容に固定されていた。
だが、最近では処刑される夢よりも、その民衆が火の海になった城郭の中でタリオ軍により虐殺されていくという夢も多くなってきた。
あるいは、ロクサーヌとルカリナが逃亡に成功する未来もある。
それが、このところ、毎日のように、変化をしているのだ。
予知夢が変化をするということそのものが、どういう意味なのかわからない。
あるいは、未来などなにも決まってないという暗示なのかもしれない、
ただ、いずれにしても、それらに共通するのは、民衆が犠牲になることと、タリオ軍の侵攻に合わせた獣人族の反乱勃発だ。
少なくとも、ロクサーヌは、カロリック公国がタリオ軍の侵略を防ぐ予知夢は一度も見たことはない。
「もう一度、使者を出しましょう。わたしたちは、皇帝一派を匿ってはおりません。ランスロット将軍にそれ使者を」
ロクサーヌは食い下がった。
「その使者は二度出しました。門前払いどころか、使者団全員がタリオ軍の前で斬首されたそうです。貴族、平民、奴隷の区別なく容赦なくです。無駄ですね」
だったら、これはどうか。
「な、ならば、降伏を……」
「もう黙れ──」
ガットががんとテーブルを叩く。
ロクサーヌはびっくりして身体を竦めてしまった。
すると、すっと肩に手が触れた。
後ろに立っている護衛長のルカリナだ。
ロクサーヌは、大きく息を吐き、動揺した心を整える。
「それにしても、三千二百か……。少ないな。どうだろう。獣人族たちを使っては。コロニーを閉鎖して、全部を義勇軍に入れてはどうだろう。公都周辺の獣人を根こそぎ集めれば、少なくとも五千にはなると思うが?」
「獣人コロニーか」
ゼルによって解体されてた獣人たちのコロニーだが、いまは復活して、都市部に集まっていた獣人たちを強制的にそこに移住させるということをやっていた。
コロニーを解体したことにより、多くの獣人たちが公都をはじめとして都市部に集中して、スラム化して、治安が急速に悪化するということになったからだ。
ロクサーヌの治世に入ってから、とりあえず彼らを専住地域に戻して、最低限の住居と職を与えるという施策を開始したばかりだ。
だが、ロクサーヌははっとした。
「待って──。それは、獣人たちの反乱の可能性が……」
ロクサーヌは声をあげた。
「やれることはやろう。卿が手配してくれ。大枠は任せる」
ロクサーヌの言葉は完璧に無視されて、ガットが発言をした者に同意する。
それからも会議は続き、公都防衛のための様々な意見が出され、防衛計画としてまとめられていった。
ロクサーヌは幾度が発言を求めたが、ガットによって無視され、会議が終わるまでのあいだ、ロクサーヌはそこに存在しない者のように扱われ続けた。