【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
なんの変哲もない山村としか思えなかった。
ノルズとスニフが村の入口に辿りついたのは、陽があがって二ノスほど過ぎた頃だ。
まだ朝といえる刻限であるが、通りかかった旅人が村を訪ねるには不自然すぎる程には早すぎもしない。
そのくらいの時刻だ。
山村全体は、人の背丈ほどの丸木の柵で囲まれており、その柵の外には、転々と堀が作られている。
入口から見える家屋は、二十軒ほどだ。
平屋の建物と建物のあいだには、小さな畑があり、そこで年寄りや若い者が働いているのが見えた。
ノルズたちが登ってきた山道に通じる村への入口には、屈強そうな壮年の人間族の男が三人立っている。
狩猟用の武器を持っていて、歩いて近づくノルズたちにじっと視線を向けている。
「やあ、旅の者っすけど、ここから先の奥山に用事があるんすけど、入れてもらえないっすか? 泊めて欲しいっす。宿代は払うっすよ。できれば、情報も欲しいっすね」
スニフは村の男たちに人懐っこそうに微笑んでまずは声をかける。
「山に? もしかして、冒険者か? またクエスト関連か?」
男のひとりが苛立ったように言った。
ほかのふたりも、なんとなくだが胡散臭そうな視線を向けていくる。もっとも、こういう閉鎖的な山村が部外の者を嫌うのはよくあることだ。
「またってのは、よく来るっすか、ほかの冒険者も?」
「小煩いことにな。もしかして、お前らは、クエストを貰って、ここまであがってきたのか?」
「まあ、そういうことっすね。それと、土産の鳥肉もあるっすよ」
スニフが腰に吊っている焼けた大土鳥を軽く手で叩く。
「ふん──。まあ、だったら、村長のところに、行ってみな。どっちにしても、泊められるような部屋の余裕があるのは、村長のところだけだ。まあ、どっちにしても迷惑なこった。俺らには関係ないのによお」
三人のひとりが地面に唾を吐く。
ノルズは首を傾げた。
「関係ないってのは、どういうことだい? 山に魔獣が出るとなれば、命が危ないのは、この山村に棲むあんたらじゃないのかい?」
ノルズたちがやってきたのは、この山村で何が起きているのか、あるいは、なにも起きていないのかを確認するためだが、冒険者ギルドで、さらに奥深い山中内に出没するという魔獣の確認と魔獣退治のクエストがかけられているのは事実なのだ。
もっとも、クエストを依頼しているのは、この山村の者たちではない。
魔獣が出るというのは、大なり小なり、特異点と呼ばれる異界との切れ間ができている可能性があり、それを数十年も放っておくと、やがて、始末することのできない異界との門になってしまうことがある。
だから、魔獣退治とそれに伴う特異点調査は、王国がクエストをかけることが多い。
今回のクエストも、王国がかけている。
「山なんかには行かねえしな。余所者は好きじゃねえんだ」
「山には行かないって、あんた方って猟師じゃないんっすか? 山に入るんじゃないっすか?」
スニフが言った。
男たちが持っているのは、そもそも狩猟用の武器なのだ。それに、眼に見える範囲に見える畑にあるのは、育てやすいが小さな野菜や、薬草の類いだ。
それだけで五十人が生きていると思えない。
おそらく、この山村は狩猟が主な生活手段の村だと思う。
「奥までは行かねえし、魔獣なんて出遭ったことはないってことだよ。まあいいや。お前らがギルドからクエスト絡みできた冒険者っていうんなら、さっきも言ったが村長の屋敷に行きな」
ひとりが顎で村の中を示す。
小さな小屋みたいな家屋が多い中、比較的小高い丘のような場所に、少し大きめの建物がある。
平屋であることには変わりないが、あれが村長の家なのに違いない。
「ありがとさん」
スニフが陽気に声をかけて、山村の中に入っていく。
ノルズも隣りを進む。
「ちょっと待ちなよ、姐ちゃん」
すると、少し進んだところで、さっきの三人のひとりが声をかけてきた。
「ああ?」
ノルズは振り返る。
「村長のところで断られたら、俺のところでもいいぜ。寝具はひと組しかねえけど、姐ちゃんみたいに色っぽい女なら喜んで泊めてやらあ。あそこの一本気の根元の家だ。行商人も来ねえようなこの村じゃあ、金なんかもらっても使い道がねえから、代金はあんたとの一発でいい。その代わりに、美味い食事をつけらあ」
声をかけた男がげらげらと笑った。ほかのふたりもつられたように笑い声をあげる。
むっとしたが、揶揄い言葉にいちいち反応するわけにもいかない。
ノルズは肩を竦めた。
「生憎と決めた男がいるんでね。だけど、心には留めとくさ」
「決めた男? その男も、ここにあんたが来ることを知っているのか? あっ、いや、もしかして、決めた男っていうのは、その子供か?」
だが、そいつは、ちょっと顔をしかめた。
ノルズはくすりと笑った。
「まさか。あたしの好きな男は、もっといい男だよ」
「けっ──。だが、どうせ、そいつはあんたがクエストでこんな辺鄙なところに来たことまでは知らねえんだろう? だったら、気にすることはねえさ。処女ってわけでもないだろうし」
「まあ、処女じゃないね」
ノルズは吐き捨てた。
それ以上は、話を続ける気にはならずに、山村を進んでいく。
すでに、四人の少女奴隷たちが潜入をしているはずだが、当然ながら、それらしい気配はない。
山村のあちこちで、畑やあるいは自宅の庭のような場所で働いている男女がいるだけだ。
余所者であるノルズとスニフについては、それなりには目立っているとは思うが、ちらちらと見てくるものの、声をかける者まではいない。
随分と閉鎖的な感じだ。
「気にしてたっすね」
そのとき、スニフが小さな声でささやいてきた。
「気にしていた?」
「姐さんが男にここに来ることを告げたかどうかってことっす」
「あれは、それを気にしてたのかい。そもそも、それがどうしたって言うんだい」
ノルズは鼻を鳴らした。
「もしも、冒険者でなく、ただ寄っただけの旅人だって言ったら、どうなっていたすっかね?」
「どうなってたって……。どうにかなっていたと思うのかい?」
ノルズはスニフの顔を見た。
いつものように人懐っこそうな微笑みがそこにあったが、眼は笑ってない。
そして、はっとした。
この山村の不自然なことについてひとつ気がついたのだ。
もう一度、周りを見回す。
いない……。
「もしかして、ノルズ姐さんも気がつきました? この山村は特別に年寄りばかりってわけじゃないっす。それと、男ばかりってわけでもないっす。ここから見えるだけでも、十人以上は若い女がいるっす」
スニフが歩きながら小声で告げる。
ノルズは頷いた。
「でも、子供はいないね……。少なくとも、十代から下はいない……」
「偶然かもしれないっすけどね。たまたま、この村にいる子供が家の中にいるだけかもしれないっす。でも、こういう場所の畑って、子供も仕事をやらせるっす。幼くてもできる仕事はあるっす。そもそも、見た感じ、山の中で猟をして生計を立てている村っすよねえ。そういう場所の畑って、まず子供も働くっす。働かない山村の子供って、あり得ないっす」
「……子供を隠した? それとも……?」
山村から離れた場所で偶然に見つけた子供の死骸……。
この山村に見当たらない幼い子供の姿……。
どういうことか……。
「もうひとつ言っていいっすか?」
スニフが声をかけてきた。
「おれって、特別に眼もいいし、耳もいいって言ったすよねえ」
「ああ、そういえばね」
「それだけじゃなくって、鼻もいいっす。この村って、ものすごい血の匂いがするっす。あちこちから……。異常なほどに……」
「ああっ?」
ノルズは眉間に皺を寄せた。
血の匂い?
さすがに、ノルズにはわからなかったが、このスニフがそういうなら、そうかもしれない。
そういえば、駆けている最中に、近くの草の中にあった血の匂いに気がついたのも、このスニフだった。
やがて、村長らしき家に着く。
垣根に囲まれていて、大きな庭と比較的大きい平屋の建物があった。
声を掛けようとしたら、若い男女が裏から現れた。
「どちら様? 旅の人?」
女が柔和な笑みを浮かべて言った。
山村の入口で接した男たちとは全く異なる陽気な雰囲気だ。
「冒険者っす。ギルドに派遣されてたっすよ。この村の更に深い山奥で発生しているっていう魔獣調査のクエストっす。できれば、調査の数日泊めて欲しいっす。代金は払うっす。それとも、それ以外のものが要望なら、できることならするっす。調査クエストは、この村のためにもなるっすし、お願いできないっすか? 泊めてもらうだけでいいっすけど」
例によって、まずはスニフが話しかける。
すると、女だけでなく、横の男も破顔した。
「おう、魔獣退治──。なるほど、なるほど、よかった。なら、あがってくれ。村長にも話をして欲しい。俺たちは村長の家で働く者ですけど、どうぞ中に」
男がノルズたちを招いてくれた。
とりあえず、ほっとする。
そのとき、スニフが近寄ってきた。
「……血の匂い……。とても、濃くなったっす。特に、庭の方から……」
「……庭?」
ノルズは怪訝に思った。
しかし、まあいい。
先導する男に声をかける。
「ああ、いきなりお屋敷の中には……。こんなに汚れているし、泊めてもらうのは納屋の中でも横でもいいし、とにかく屋根さえあれば。話も汚い格好であがるのも気が引けますし、庭側にでも入れてもらえれば」
ノルズは言った。
建物の入口を開けようとしていた男が振り返る。
「えっ? 庭に?」
「どうか、庭に」
ノルズは重ねて言った。
家人だと言った男がちょっと女を見る。
「いいでしょう。じゃあ、庭の方にどうぞ」
すると、女が言った。
女はノルズとスニフを男と挟むように、後ろからついてきていたのだ。
その女の案内で、庭にまわる。
だが、庭に周り終わったところで、スニフがすっと離れた。
しかも、脱兎のごとく駆けて、垣根に近い草むらに飛び込んだ。
「ちょ、ちょっと、なにを──」
男がびっくりして声をあげた。
女も呆気に取られている。
「スニフ?」
ノルズも声をかけた。
そのとき、すぐに戻ったスニフだったが、手に小さな布を持っていた。
血……?
紐が付いている白い布片だが、半分くらいは真っ赤に濡れていた。
その赤いものが、人間の血であることは間違いなさそうだった。
そして、そのスニフが持っている布片って……。
ノルズもはっとなった。
「これは紐パンっす。姐さん、おれたちって、命令でみんな、この紐パンをはいてるっす。しかも、この血って、とても新しいっす。どういうことっすかねえ?」
スニフが手に持った血糊についた紐パンを示しながら言った。
ノルズは、家人だという男女を見た。
「説明してくれるかい? その布についている血は誰の者なんだい?」
そして、その同行していた男と女を睨みつける。
「さあねえ。誰のだったかしら。お前、覚えている?」
「朝っぱらから、小さな羽虫がやってきたから退治したやつかな。でっかい虫がいたな。四匹ほど」
すると、その男と女が懐からなにかを出した。
ノルズは眼を見張った。
ロウが扱うような短銃だ。
すでに火縄がついていて、銃口が真っ直ぐにこっちを向いている。
「五匹目と、六匹目かい?」
「目的はなんだ? なぜ、ここに来た?」
さらに、別の声がした。
まるで宙から現れるように、周囲から男女が出てきた。
その全員が筒の長い銃を持っている。
しかも、十数人だ──。
ノルズは眼を見張った。
「どうやら、本物の冒険者じゃないようだ。殺しても足はつかんだろう。だが、手足を狙え──。すぐに殺すな。撃て」
建物側から老人の声がした。
周囲の男女の持つ銃から一斉に轟音が鳴り響いた。