【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
ガラヴィという里は、どうということのない農村のように思えたが、馬車の御者台から見える景色には、一般的な庶民用の平屋の建物に混じって、格式の感じる古い二階建てや三階建ての建物もあった。小さな里なのだが歴史だけはあり、古い時代のものがああやって、壊されずに残っていたりしているらしい。
また、里の中央を貫く道を進んでいる一郎たちの馬車を見物するように、道の両側に里の者たちが何人も出て来て、一郎たちはそんな里の者たちに見守られながら、里長の屋敷だという里の奥にある建物に向かっていた。
「外の客が珍しいのかねえ? やたらに見物されているな」
一郎は言った。
珍しく御者台に出ていた一郎だったが、残念ながら馬車を曳く馬の扱いはできないので、いま御者を務めるのはシャングリアだ。
「外の客が珍しいような土地ではないな。ガラヴィは王都街道沿いにある農村の里だから、旅人もそれなりに多いのだ。里の中には商家もあるし、里の先はすぐにミラノの城郭なので、小さいが旅人目当ての宿屋もあるはずだぞ」
隣のシャングリアが応じた。
里の中でもあるし、馬車は歩くような速度でゆっくりと進んでいる。
「だったら、今夜は宿屋泊まりかな。クエスト解決にどのくらいかかるのか知らないが、少なくとも十日は戻るなというミランダの仰せだ。ずっと馬車泊まりというのも、お前たちも大変だろうしね」
一郎は言った。
今回のクエストは、ミランダが直々に持ってきた強制クエストであり、依頼の内容は、この里外れにある廃神殿を調査して欲しいというものだった。
詳細は不明ではあるが、その廃神殿は長く誰も住んでいなかったものの、最近になって人が集まっている気配がしたり、数名の盗賊が入り込んだと思ったら、数日してその盗賊たちが記憶と正体を失って廃神殿の外に追い出されたという奇妙な事件が起こったりしたそうなのだ。しかも、その盗賊たちが廃神殿から持ち出したらしい財貨を持っていたりと、おかしなことばかりなのだという。
いまのところ、大きな被害は出ていないものの、奇妙で不気味なので冒険者ギルドに調査依頼がかかったのだ。
もっとも、その調査依頼がかかったのは、このガラヴィの里に近いミラノという城郭にある地方冒険者ギルドであって、一郎たちが所属している王都ギルドにかかったわけじゃない。それをわざわざ王都ギルドに持ってきて、一郎たちの強制クエストにしたのがミランダだ。
クエストを屋敷まで告げにきたミランダの様子から、ミランダの目的がこのクエスト解決ではなく、しばらく一郎たちを王都から離したいためだけというのは明白であり、一郎としては、その理由を頑なに語ろうとしないのが気になったが、あえて、ミランダに従うことにしたというところだ。
いずれにしても、その地方ギルドでは、その廃神殿の調査クエストを受けた冒険者のパーティが廃神殿に入ったものの、行方不明になっているということでもあり、簡単なクエストということでもないようだ。
とにかく、詳しくは、これからいくガラヴィの里長に訊ねることになっている。
「五人なら二部屋になりますね。あたしはご主人様と一緒の部屋にします。ほかの方はご自由に」
すかさず、後ろからコゼが口を挟んできた。
一郎の周りの女たちは面白い。
馬車の道中のあいだ、一郎が後ろにいると、御者役以外は全員後ろに来て集まり、一郎が御者台に座ると、やっぱり全員が集まる。みんな一郎の隣にぴったりと密着したがるのだ。
従って、いまは一郎の隣には御者をしているシャングリアがいるが、すぐ後ろにも、コゼ、エリカ、スクルズが詰めている。
「なに言っているのよ、コゼ。あんた、昨夜はずっと可愛がってもらったんだから、今夜は自重しなさい」
エリカだ。
昨日のことだが、露営をした森の中の河原で、女四人のバトルロイヤルをやり、一郎は勝者だったコゼとご褒美セックスをやった。
まあ、それは一郎式の徹底したものであり、一度だけでなく、夜中までに三度も繰り返し抱き潰し、さらにコゼの女陰に一郎の男根を挿入して休み、朝起き抜けに、またコゼを抱き潰したという壮絶なものだ。
さすがのコゼも、昼過ぎまで起きあがらなかったが、一郎の淫魔術とスクルズの体力回復の光魔道によって、やっと数ノス前くらいから元気になった。
それなのに、また一郎の相手をしたいというのは、コゼも根性がある。
一郎は苦笑した。
「やよ──。あたしは、ご主人様が好きなんだから……。あっ、だったら、大部屋ではなく、個室ということになれば、五人部屋はなかなかないけど、四人部屋だったらあるんじゃない。やっぱり、高位巫女様は冒険者風情と一緒というわけにはいかないから、おひとりでお泊りになられればいいじゃないですか。それとも、神殿の施設かなんか、この里にはないんですか?」
コゼが半分嫌味っぽく言った。
「意地悪をいわないでください、コゼさん。もうおわかりのくせに……。それではなんのために、わたしがご一緒させてもらったかわからないじゃないですか。わたしは床でも結構です。どうか、ご一緒させてください」
スクルズが応じた。
一郎は振り返ったが、スクルズはにこにこと笑っている。
だんだんとわかってきたが、この高位巫女の微笑みは、彼女独特の処世術のひとつだろう。そうやって、人懐っこい笑みを浮かべながら、大抵の無理は通してしまう。
今回のことだって、いきなり、十日以上も王都を空けて、一郎たちのクエストに同行することになったが、そんな自分のわがままを神殿関係者にちゃんと話を通してきたらしい。
「まさか、王都第三神殿の筆頭巫女のスクルズ殿を床に寝かせるわけにはいかないでしょう。俺が床に寝ますよ」
一郎は笑った。
「だったら、あたしも床にします」
コゼが元気に言った。
「ロウが床なら、みんな床に集まりそうだな。わたしもロウの横で添い寝したいしな」
シャングリアが隣で笑いながら言った。
一郎もこれには苦笑するしかない。
「まあ、だったら、いつもの通りな。生き残り式だ。それで好きにしてくれ。もっとも、まだどんな宿屋が取れるかわからないがな。宿がとれなければ、また馬車になるかもしれん。いずれにしても、そういうことにしとこう」
一郎は言った。
すると、スクルズが怪訝そうな口調で口を開いた。
「生き残り式……とはなんですか?」
「わたしたちの取り決めです、スクルズ様」
エリカが口を挟んだ。
「取り決めとは?」
「ロウ様の隣はふたつです。でも、わたしたちは三人います。だから、一番最初に抱き潰れた者は競争から離脱することになるんです。その代わり、朝のご挨拶は添い寝をしなかった者が優先です。まあ、喧嘩になるのでそういうことになっていて……」
エリカが小さな声で言った。
考えてみれば、我ながら凄い話だが、この三人は一郎の隣で誰が添い寝をするのかというようなことで、本気で喧嘩をするのだ。それでそういうことにして、落ち着いた。
また、この取り決めにしてからというもの、誰かを先に抱き潰そうと、女同士も責め合ったりするので、なかなかに夜の遊びが淫靡なものになっている。
おかげで、毎夜愉しい。
昨夜はそんな争いもすることなく、コゼだけが添い寝ということになったので、また、今夜からそんな性の戦いもあるのだ。
いまから愉しみだ。
「まあ、だったら頑張ります。公平でいいですね」
スクルズが愉しそうに言った。
そんなことをやり合っていると、しばらくして目的の建物らしき場所に到着した。
大きくはないが、里にあったほかの建物とは一線を画した二階建ての煉瓦造りの建物だ。
門番のような者はいないので、そのまま屋敷の前庭に馬車で乗りつける。
馬車の見張りと管理は、とりあえず、そのままシャングリアが受け持つことになり、一郎は、エリカとコゼとスクルズを伴って、馬車から降りて、建物の玄関にあった呼び鈴を鳴らして、冒険者だということを大きな声で告げた。
しばらくすると、勢いよく玄関の扉が開き、中から一郎よりも十歳は年長であろうと思われる中年の男が飛び出してきた。
頭頂部は禿げており、腹も出ているが、服装はかなりいい。
里長自身だろう。
ステータスを読むまでもなく、一郎は思った。
「これはこれは、お待ちしておりました。今回の調査依頼に際し、王都筆頭巫女様直々にお越しくださるというのは、誠にありがたく……。実は、ちょっとした行き違いがあったようでありまして、スクルズ様のご訪来は昼過ぎに報せが届いた次第でございます。そのため、大した準備が……。あっ、失礼しました。ガラヴィの里長のイナーフでございます。ようこそ、里においでくださいました、スクルズ様」
イナーフという里長が満面の愛想笑いを浮かべながら、スクルズに挨拶をした。
「えっ、は、はい……。では、よろしくお願いします、イナーフ殿」
ちょっと面食らった様子のスクルズだったが、すぐに毅然とした態度に変わり、イナーフに挨拶をする。
その姿には、さっきまで一郎の三人娘たちを痴話事を堂々と話していた面影はない。きちんとした高位巫女の装束もしている。
一郎は改めて、やはり、スクルズはそれなりの地位の女性なのだと思った。
「では、立ち話もなんですので、さっそく……」
そして、イナーフは、スクルズを案内して、家の中に招いた。
一郎たちは完全無視だ。
「……あれ? もしかして、俺たちって、スクルズ殿の従者か、付き添いかなにかの扱いになっているのか?」
一郎は横のエリカにささやいた。
「そうみたいですね」
エリカは面白くなさそうな表情で応じた。
「だったら、そういうことにしとこうか」
一郎は笑って、エリカとコゼを伴って、スクルズの後ろからついていった。
*
イナーフは、いい加減な情報を持ってきた冒険者ギルドの使者に舌打ちをする思いだった。
とりあえず、スクルズについては、イナーフ自ら出迎えたが、問題はこれからだ。
昨日までは、依頼したクエストであるあの廃神殿の調査をするために、王都から優秀な冒険者がやってくるという報せだけだった。
イナーフは安堵するともに、冒険者ギルドの素早い対応に感謝もしていた。
なにしろ、あの廃神殿は、いまのところ、大きな実害はないのものの、神殿に入った者を呑み込んだまま返さず、調査のために入った若い冒険者のパーティがすでに二組も帰って来ていない。
城郭からは役人と兵も幾らかやってきたが、そいつらは満足に調査もできずに終わってしまった。
まあ、おかしな事件が起きている廃神殿なのだが、近づかなければ実害はない。しかし、最初の事件で盗賊が記憶と正体を失ったものの、大変な財を持って廃神殿の外に出てきたという噂になってしまい、禁止したものの、ついに里の者まで数日前に神殿内に入り込み、その者たちもまだ戻ってきていないということが起きてしまったのだ。
金で雇った冒険者については、こちらの責任ではないが、里の者を救出することについては、里長の責任でもある。
だから、どうすべきか思い悩んでいたところに、今度はいままでとは異なり、地方都市からの冒険者パーティではなく、王都から派遣すると報せがやって来たのだ。
どうして、わざわざ王都から来るのだと思わないでもなかったが、ギルドによれば、王都でも有名な優秀なパーティということなので、イナーフは喜んでいた。
だが、それが驚愕と困惑に変化したのは、今日の昼過ぎだ。
ギルドではなく、神殿から別の報せがあったのだ。
やって来るのは冒険者ではなく、第三神殿の筆頭巫女のスクルズだというのだ。
筆頭巫女といえば、王侯貴族ではないが、それに匹敵する格式を持った高位の女神官だ。
しかも、スクルズといえば有名であり、高い魔道力のある美貌の女神官だ。
驚いて、改めて冒険者ギルドに問い合わせると、筆頭巫女が同行するのは事実であり、冒険者パーティとは一緒にやって来るという話だった。
それで合点がいった。
冒険者と筆頭巫女が一緒に来るなら、主体は筆頭巫女だ。
わざわざ王都から冒険者パーティがやって来る理由も納得だ。
その冒険者パーティは、筆頭巫女の従者役であり、護衛だろう。
そうに決まっている。
だったら、冒険者ギルドもそう言ってくれればいいのだ。
それなのに、まるで筆頭巫女の方が付き添いのような物言いだった。
そんなはずはないのに……。
とにかく、大した出迎えの準備はできないが、それなりのもてなしの態勢は必要だ。
冒険者だと思っていたので、なんの準備もしていないが、いまは、家人一同で支度を進めているところである。
「では、スクルズ様、こちらにどうぞ」
イナーフは、応接室にスクルズを招き入れると、当然に上座をスクルズに準備した。
冒険者たちの席は、スクルズの後ろ側に簡易椅子で支度させたが、同行するのは男がひとりと女がふたりの三人なので、思ったよりも少ない。
そういえば、馬車にも女がひとり残っていた気配だから、女が主体のパーティなのだろうか。
だったら、今回のクエストには好都合かもしれない。
ところが、スクルズはイナーフが勧めた椅子に当惑する表情を示した。
そして、なぜか冒険者の男に振り返る。
「ロウ様がここにどうぞ」
驚いたことに、イナーフが準備した上座の場所を、同行の冒険者に勧めたのだ。
これには、イナーフも当惑した。
第三神殿の筆頭巫女のスクルズは、魔道についてはかなりの高位魔道保持者だが、気さくで謙虚な女性と耳にしていた。
だが、これほどとは……。
「まさか、ここは筆頭巫女のスクルズ様の席でしょう。冒険者風情の俺たちは後ろで十分です」
冒険者の男はにこにこと笑いながらだが、当然ながらスクルズの言葉を固辞し、そのまま後ろの簡易席に腰掛ける。同行の女ふたりがすっと椅子を移動させ、わざわざ密着するように、さっと男の隣に座る。
イナーフはちょっと意外に思った。
スクルズの美貌もだが、男の隣に座ったエルフ女性は驚くほどに美しかった。しかも、可愛らしい顔をしながらも、なんともいえない色香のようなものも感じる。イナーフもちょっと動揺したくらいだ。
また、もう一人の人間族の女性も、小柄で絶世の美女という感じではないが、随分と可愛い顔をしている。
そのふたりが、ちょっと不自然なほどに椅子を動かして、男に密着したのだ。
明らかに恋人だとわかる距離感であり、イナーフは思わず男を改めて凝視したほどだ。
だが、黒い髪と黒い目はこの国では珍しいものの、平凡な顔立ちの男だ。
年齢も若くない。
しかし、横の女たちに慕われているのは明白だ。
「ロウ様、意地の悪い言い方をなさらないでください。どうか、こっちに……」
だが、スクルズはその状況でも、まだ困っている感じだった。
イナーフはその態度がとても不思議だった。
結局のところ、スクルズは渋々という感じで、イナーフが準備した席に腰掛けた。
とりあえず、イナーフは家人に温かい飲み物と菓子を運ばせた。
そこでも悶着があり、スクルズは男よりも先に自分に飲み物が渡されるのを嫌がり、菓子については皿のまま男側に回してしまった。
イナーフは、ますます不思議に感じた。
「とにかく、クエストの話をしましょう。詳しく説明してください」
そんな感じで奇妙でぎこちないやり取りの後、話を切り出したのは男の方だった。
とりあえず、イナーフは依頼のことを説明することにした。
「問題が発生したのは約一箇月前のことです……」
イナーフは説明を始めた。
もっとも、大まかな内容については、冒険者側の男もスクルズも認識があるようだった。
まずは、廃神殿に盗賊が棲みついたと思ったら、数日後に全裸で正体と記憶を失っている盗賊たちが廃神殿の森で発見されて、そのときに、盗賊たちは全員がひと財産というべき財宝を袋に入れて持っていたこと……。
地方冒険者ギルドに調査依頼をしたところ、若い男女のパーティが入ったが、いまだに外に出てきていないこと……。
さらに、城郭から十数名の兵と役人が調査に入ろうとしたが、魔道の結界らしきものがあり、誰も入れなかったこと……。
その後、もう一組の冒険者パーティが廃屋敷に入り、またもや入ったきり出てこなかったこと……。
最後に数日前のことだが、厳しく禁止したにもかかわらず、里の若い男三人ほどが廃神殿に入り、それも出てこないこと……。
男やスクルズたちは、最初に冒険者が入ったところまでは承知していたが、その後、役人たちが入ろうとしたり、二番目の冒険者パーティも行方不明になっていることは承知していなかった。
それで詳しく説明を求められた。
「つまり、整理すると、大人数だと神殿に入るには結界に阻まれるけど、少人数だと入れるということか……」
一連の話を聞いて、男がひとり言のように呟いた。
「結界とはどのような? それについての調査は?」
スクルズが言った。
イナーフが首を横に振った。
「魔道という以外には……。里には魔道について詳しくわかる者もおりませんし」
イナーフは地方城郭にだって、神殿ひとつを包むような高位の結界魔道のことがわかる者はおらず、ましてやこの里には皆無だと教えた。
「どう思います、ロウ様。危険な匂いも感じますが……」
驚いたことにスクルズが男に向かって判断を仰ぐように言った。
すると、男がちょっと考えた後、しっかりと頷く。
「とりあえず、その廃神殿という場所に行ってみるしかないでしょうね。いまのところ、明確な犠牲者はいませんけど、わかっているだけでも、十数人の人間が捕らわれて神殿の中です。多少危険でも入りましょう」
「わかりました、ロウ様」
スクルズが頷いた。
続いて、男がいくつかの質問をして、イナーフはわかる限りのことを答えた。
それで終わりになった。
男が改めて、さっそく明日から調査に入ると告げるとともに、手頃な宿屋について訊ねた。
どうやら、冒険者たちはスクルズとは、一緒には宿泊しないようだ。
だから、宿屋を訊ねたのだろう。
正直、イナーフとしてもほっとした。
依頼を受けてくれるのだから、無碍にもできないが、やはり、冒険者というのは得体の知れないものだし、やっぱりこの国の法の外にいるような連中なので、簡単に信頼するわけにはいかない者たちだと思っている。
イナーフは、全員が一緒に泊まれる個室が希望ということであったので、里には三軒ほどある宿屋のうち、一番大きな宿屋名を告げた。
イナーフの名を出せば便宜を図ってくれるだろうし、イナーフの記憶では大部屋ではなく四人部屋があったはずだ。
ただ、こんな里にあるくらいであり、安宿でそんなに期待はできないと付け加えた。
男は十分だと応じて立ちあがった。そして、男が立ちあがると、スクルズを含め、女たちの全員が立ちあがった。
「では、よろしくお願いします。ところで、スクルズ様の宿泊ですが、この家にお泊り頂きたいと思います。家人についてはそのまま滞在間は召使いとして、お使いください」
「はい?」
すると、スクルズが目を大きく見開いてびっくりした表情になった。
イナーフは首を傾げた。
「で、ですから、スクルズ様のお泊りの場所については、この家をお使いくださいと……。申し訳ありませんが、この里にはほかには、貴人にお泊り頂くような宿泊場所はなく……。もちろん、私たち家族は、別に移りますので、存分にお使いいただければと……」
スクルズがあまりに怪訝な顔をしているので、さらにイナーフは説明した。
だが、ますますスクルズは、困惑顔になっていく。
「えっ、スクルズ様は、ここに泊まるの?」
冒険者のうち、小柄な女の側が首を傾げながら言った。
よくわからないが、まるで一緒に宿屋に泊まるとでも思っていた口調だ。
「まあ……。神殿から里に連絡があり、きちんとした対応をするようにというお達しもありましたので……。滅多にあることではないが、貴人を里にお迎えする場合には、この家にお泊りしてもらっている」
イナーフはとりあえず、質問らしき言葉を発した女に言った。
すると、その女が突然に爆笑した。
「だったら、御機嫌よう、スクルズ様──。よき夜をお過ごしください。あたしたちは、ご主人様と愉しくすごしますね。明日の朝、お迎えに参ります」
なぜか、急に上機嫌になったその女が、嫌にわざとらしくお辞儀をして、男の腕をぎゅっと抱える仕草をした。
「ちょ、ちょっと待って……」
スクルズ様は急に慌てたように声をあげた。
しかし、男がそれを遮る。
「スクルズ様の宿泊場所は、神殿側からの達示で、特別な宿泊場所を準備するように連絡があったんですね?」
「そ、そうだが……。まあ、貴人に対する措置としては普通のことで……。まさか、筆頭巫女様をこの里にあるような小さな宿屋にお泊り頂くわけにはいかないもので……。あのう……。申し訳ないが、冒険者の皆さんについては、特にそのような準備はしておらず……」
さっきから、なにか噛み合っていないようであり、もしかして、スクルズと冒険者一行は同行してきたのだから、ある程度は待遇を合わせるべきだったのだろうか……?
だが、冒険者を雇う場合の対応というのは決まったものがあり、特に条件がない限り、依頼者側が宿泊などの準備をすることはない。
そもそも、確かにクエストの依頼は里からやったが、形としては里が調査依頼をしたのは冒険者ギルドであり、この冒険者たちは、ギルドに雇われたという立場なのだ。
「いや、いや、いや、確認しただけで……。もしかして、ここには、城郭から誰かがスクルズ様に挨拶に来たりしますか」
さらに男が言った。
「夜になりますが、おそらく……。なにしろ、この里はもちろん、近隣のミラノ城郭にしても、筆頭巫女様のような貴人のご訪問など珍しく、城郭の高官からも是非挨拶をさせてもらいたいと幾名の方々からの連絡も……」
「なるほど、なるほど……。そういうことなら御機嫌よう、スクルズ様……。どうか、そのような面倒には、俺たちを巻き込みなさいませぬよう……。コゼの言った通りに、朝にお迎えにきますよ」
男が立ち去る気配になった。
「そ、そんな──。ロウ様、あんまりです──」
びっくりしたことに、スクルズが男に駆け寄り、その腕を胸にかき抱いた。
イナーフは驚愕した。
「イナーフ殿、誰がなんと言おうと、わたしはこのロウ様のところに泊まります。この屋敷には泊まりません。それと、ここにはこのロウ様のお手伝いをするために来たのです。どなたであれ、挨拶受けなど、とんでもありません。誰が、なんと言おうとです──」
スクルズが男の腕を抱きながら、すごい剣幕で怒鳴った。
イナーフは思わず口をあんぐりとあけてしまったと思う。
「そんなこと言わないで、お偉い筆頭巫女様なんだから、この屋敷に泊まりなさいよ。あたしたちが泊まるような安宿は、スクルズ様には相応しくないわ」
すると、さっきの小柄な女が男の反対の腕を取り、引っ張り返す仕草をして意地悪く言った。
しかし、この女の言うことは正しい。
里に宿屋が三軒あるとはいったが、どの店も酒場と見分けがつかないような安宿だ。
王都神殿の筆頭巫女ほどの者が宿泊するような場所ではないのだ。
それを説明した方がいいだろうか……?
「いえ、そのお話はたったいま、けりが付きました。ロウ様のおそばで添い寝をさせていただく権利をお譲りするつもりはありません、コゼさん」
男の反対側のスクルズが大きな声で言い放った。
添い寝?
添い寝……?
いま、添い寝って言ったか?
「権利ってなんなのよ──。そんなものは最初からないわよ──」
「いいえ。ちゃんと先程聞き留めました。ロウ様に愛していただき、最後まで残ることができれば、ロウ様のお横で添い寝ができると、わたしは聞きました」
「だから、それは抱き潰されなければの話じゃないのよ──」
なぜか興奮した感じのコゼとスクルズが言い争いをする。
それにしても、その赤裸々な内容に、イナーフも驚いた。
そして、もっと驚いたのは、真ん中に挟まれた男がこんなことは慣れっこのように、平然と笑っていることだ。
イナーフは最初に抱いた男に対する印象が全く変わったことに気がついた。
最初は優秀な冒険者という情報にしては、平凡そうな男だと思った。
だが、いまは、なぜか、平凡とはほど遠い非凡さを感じる。
「ス、スクルズ様、そんなこと、ここでは……」
さすがに、エルフ女も驚いた表情で小さくたしなめた。
とにかく、イナーフは唖然とするばかりだ。
目の前で起きているのは、まさに痴話喧嘩に違いなかったからだ。
イナーフの勘違いでなければ、王都からやって来た王都神殿の筆頭巫女であるスクルズは、人間族の若い女と男を巡って言い合いをしているようにしか見えないのだが……。
しかも、スクルズは人目も気にすることなく、豊かそうな胸に男の腕を必死の様子でぐいぐいと押しつけている。
あんなに親しそうにして抵抗がないのは、まさに男とスクルズがそのような関係であるからのようにしか思えない……。
すると、スクルズがきっとイナーフを睨みつけた。
「よいですね、イナーフ殿──。神殿側から、なにを言ってきたか知りませんが、わたしは、このロウ様の侍女であり召使いのつもりでおります。いらぬ礼式は迷惑ですし、ましてや、ロウ様を差し置いて、城郭からのご訪問など、絶対にお断りです……。その旨、連絡を……。いえ、わたしの方から地方神殿には魔道通信で伝えます。そちらから、わたしへの挨拶は不要だと申し伝えます──。誰がやってきても会いません──」
スクルズが激しい口調で言った。
イナーフは、ただただ頷くことしかできなかった。