【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「お目に書かれて光栄です、閣下」
「こちらこそ、小侯爵。侯爵閣下にお会いできなかったのは残念ですわ。是非、お話をしたいこともあったのに」
エルザが茶会として準備した場所は、庭園ではなく南部総督府の一室である。大きな窓に日差しが降り注ぎ、その窓から鮮やかな緑の庭園が覗けるという場所だ。
すでに、十人の侍女が入っていて壁際に立っている。侍女ではあるが護衛も兼ねており、それぞれがかなりの武芸の持ち主でもある。
また、茶会の席に待っていたレス=アズコーンは、噂どうりの美男子だった。
精錬された動作で優雅に挨拶をして、茶会の席に入ってきたエルザに柔和な微笑みを向ける。
いかにも女慣れしているという感じであり、襟足丈の銀髪と艶っぽい眉毛、意思の強そうな瞳、そして、細く通っている鼻と白い肌をした彼は、驚くほどに美しかった。
随分女にもてるという話だったが、これだけの美貌であるなら、それも当然かとエルザは思った。
それはともかく、部屋で待っていたのは、小侯爵こと、エルザの見合いの相手のレスひとりである。
約束であれば、この席に父親のアズコーン侯爵も同席するはずだったのだが、急な頭痛ということで、宿で医師の診断を受けた結果、急遽来れなくなったということだった。
しかし、わざわざ見合いだとわかっているレスとの茶会に応じたのは、エルザが進めようとしている南部十三州の税制統一の施策を実現するためであり、アズコーン侯を説得することは、その重要な鍵だったのだ。だからこそ、見合いであろうと、なんだろうと、侯爵が来るならという条件で応じたのに、ぎりぎりでそれを覆されるのは、エルザからすれば裏切られた思いである。
侯爵が訪れないという事前連絡はなく、このレスが到着して初めて知らされたのだ。
侍女から訪問者がレスのみであることと、その事情を知らされ、エルザは無意味となった茶会を改めて仕切り直すことだけを告げ、レスについては門前払いしようとさえ思ったが、こうやって会う気になったのは、そのレスから父親から手紙を預かっているという伝言をさらに侍女を通じて伝えられたからだ。
はっきりとは言わなかったが、南部総督府の政策に関する侯爵の意見が書かれているということでもあった。
だから、その手紙だけでも受け取ろうと、エルザは茶会の席にやってきたのである。
「父も残念そうでした。ただ、もともと持病もありまして、ここまで無理をして馬車で移動してきたこともあり、疲れも出たのでしょう。ただ、閣下のご懸念は預かっている父からの手紙で事足りるかと」
レスが微笑んだ。
どうやら、このレスも、どうしてエルザが見合いとしての茶会に応じたのか、理解している様子である。
だが、エルザはそれに違和感を覚えた。
レスは結婚こそしていないものの三十歳であり、本来であれば、侯爵代理として普通に領主業務をこなしていいくらいの年齢だ。
しかし、レスは元来の怠け癖があり、放蕩者であって、見た目の美しさの反面、仕事に関しては全くの役立たずというのが事前調査の結果だった。
だからこそ、エルザはレスひとりでは話にならないので、父親とも対面することを要求していたのである。
ところが、まだほんの少しの会話でしかないが、目の前のレスは所作も堂々としているし、不思議な威厳のようなものも感じる。
随分と評判と異なる。
まあ、エルザとしては、施策の話ができるのであれば、相手が侯爵自身であろうとも、名代としてのレスであっても構わないのだが……。
促してソファに座ってもらう。
「改めて、ご挨拶申し上げます、閣下。お美しい装いです。本当に素晴らしい」
レスがじっとエルザを見つめてくる。
この男が放蕩者の昼行燈?
やはり、そんな感じには見えない。
まあいいか……。
それよりも侯爵からの手紙だ。
「ところで、まずは侯爵閣下からの手紙を拝見したのですが?」
エルザは言った。
「もちろんです。ただ、その前にお人払いはできませんか? 見合いの席でもありますしね。ふたりきりになりたいですから」
すると、レスが微笑んだまま言った。
エルザは唖然としてしまった。
「そんなことができるわけがないでしょう。会ったばかりの男女がふたりきりなどあり得ませんよ。ちょっと無礼では?」
エルザはレスを睨んだ。
「ははは、だめですか。まあ、でも、父からの手紙を読んでから、また考えてもらえませんか」
レスが頭を掻く。
なんだ、こいつ──と思った。
とりあえず、レスが懐から取り出した封書を受け取る。
蝋封があり、確かにアズコーン家の紋章だ。
眼で合図をすると、侍女のひとりが盆に載せたペーパーナイフを差し出した。
封を切る。
「えっ?」
中に入っていたのは、手紙が一枚と、黒い紙だった。
とりあえず手紙に眼を通す。
時効の挨拶と、急な体調悪化のために訪問の約束を守れなかったことの詫び、そして、すべてを息子のレスに託しているので、レスが応じれば侯爵家としては、それを守ることを約束するという内容だった。
つまりは、このレスが名代であることの明言だ。
「あなたに全て委ねるということなのですね」
エルザはレスに視線を向ける。
この場でしたかったのは、本来、政策の話だったので、それができるということはありがたい。
まずは、見合い話をのらりくらりとかわしながら、どうやって、一緒にやってくるはずだった侯爵自身と税制の話をしようかと悩んでいたので、手紙といい、レスといい、向こうが最初から施策の話をしてくれそうなのは、本当にありがたいことだ。
レスはにこにこと微笑んでいる。
「どうぞ。二枚目を」
レスに言われて、視線を手元に戻して、二枚目を出す。
しかし、二枚目は真っ黒な紙であり、中心に染みのような白いものがあった。なにかと思って、眼を近づける。
模様……?
文字ではない。
なにかの図形のように思えた。
だが小さすぎてわからない。
顔を黒い紙に近づけて目を凝らす。
えっ?
魔道陣──?
はっとした。
これは魔道陣だ──。魔道の紋様だ──。
二枚目の黒い紙そのものが、事前に魔道を込めた「魔道紙」になっていた。
気がついたときにはもう遅かった。
頭が見えないものに掴まれた感じになり、一瞬、一切の視界と音が消滅した。
だが、すぐに晴れた。
しかし、頭が霞にかかったような気持ちの悪さが残っている。
とにかく、なにかを仕掛けられたのは明白だ。
迂闊にも魔道紙を不用心に作動させてしまったのだ。
助けを呼ぼうと、振り返って声を出そうとした。
「……静かに。動かないで……」
そのとき、レスがぼそりと言った。
ほんの聞こえるか、聞こえないかの小さな声だ。
部屋は広いので、壁際の侍女たちには聞こえてないだろう。
だが、エルザの耳には、明瞭な音として伝わった。
しかも、その瞬間、金縛りになったかのように、エルザは声を出せなくなり、身体も動かせなくなった。
エルザは愕然とした。
眼を丸くして、レスを見る。
「大事な政策の話ですので、お人払いをしてください──。さあ、命令をしてもらえますか」
今度はレスがはっきりとした声で告げた。さらに、小さな声で付け加えてきた。
「……あなたの権限でうまく人払いをするんです」
怪訝に思ったが、驚愕したのは、エルザの口が勝手に開いたことだ。
「全員、外に出なさい。命令よ──。問題ない。外に出るのです」
エルザは声をあげていた。
それは、エルザの意思にまったく関係のないことであり、エルザは唖然となった。
そして、恐怖した。
「し、しかし……」
さすがにエルザとレスをふたりきりにするのを躊躇った感じの侍女の長が躊躇の言葉を口にする。
だが、エルザが首を横に振った。
これもまた、エルザの身体が勝手にしていることだ。
これがさっきの魔道紙の効果──?
身体を操るのか?
そんな魔道など、隷属魔道でしか聞いたことはないが、隷属魔道とはそんな簡単にかけられるものではない。
だが、これは隷属魔道にほかならない。
どういうこと?
エルザの背に冷たい汗が流れる。
でも、逆らえない。
「これは絶対の命令です。こちらから指示があるまで、中の様子を探ってはいけません。なにかあれば、合図します。それまでは外で待機しなさい」
「わ、わかりました……」
エルザの口から出た強い口調で侍女たちがぞろぞろと出ていく。
レスとふたりきりになった。
「じゃあ、話をしましょうか。ただ、折角なので、話のあいだはスカートでもめくってもらいましょうかね。さあ、立ってスカートをめくってください」
レズが微笑んだまま言った。
すると、エルザの身体が立ちあがり、両手が勝手にスカートの裾をぎゅっと掴んだ。