【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
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「よろしいでしょうか、リィナ執政官?」
リィナ=ワイズの執務室にセントが入ってきた。
セントというのは、リィナがこの辺境域の新しい盟主となるにあたり、直属の政務官として集めた十人の中のひとりである。
「辺境域」と称されているこのハロンドール王国の北西部一隊について、リィナが事実上の支配に置いてから約一か月が過ぎていた。
この一帯の環境は、以前から準備していたこともあり、まだ一か月とは思えないほどの劇的な変化をした。独裁官となったロウの仲介もあり、王国からこの地域を事実上の独立させるとともに、やはりロウが橋渡しをしてくれたことで、いまや国境を跨ぐ豪商となったマアや、エルフ族女王のガドニエルなどからもたらされる富や魔石が一気にこの地域に活気を引き起こしたのだ。
おそらく、この辺境域がこれ程の好景気に沸くのは、かつてないことだと思う。
多分、この場所は、世界のどこよりも素晴らしい場所になる。リィナはそう自負している。
もっとも、まだまだやりたいことは山積みであり、この地域をどこよりも豊かな場所にするまでには、遠い道のりなのはわかっている。
リィナは、この地域の事実上の盟主になるにあたり、それまでマルエダ辺境侯の当主が、盟主としてほかの主要五家をなんとなく支配し、また、なんとなく支配されるというかたちを全て改めた。
即ち、それまでは、形式の上では、辺境域の各領主は、すべて王都に位置する国王に忠誠を誓っていて、爵位の上下はあれど、国王に従属するという意味で対等であったのだが、リィナはこの辺境域に属する各領主については、国王ではなく、盟約によって「盟主」の統制下に入り、その領主たちが「代表者」として選んだ盟主がハロンドール王国の王に対して封建を誓うというかたちに直した。
地域ごとの、事実上の王家からの独立である。
だが、マルエダ家の嫡男がタリオの工作に嵌った罪を問われて盟主の地位を失うという混乱はあったものの、それはあまりもにも平和的に移行されたため、ほとんどの者は、その変化に気づくこともなかった。
精々、新たにワイズ伯爵家が盟主となったのが変化らしい変化だと認識するくらいだろう。実際には、大きな政治体制の変革なのであるが……。
そもそも王家が、ハロンドール王国の国境沿いの地域である「辺境域」の独立を許すなどあり得ず、リィナはマルエダ家からの盟主の地位の簒奪後、少なくとも十年の時間を使って、地域の独立性を確保する算段だったのだ。
しかし、ロウは、新たな辺境域が王家との相互不可侵及び同盟関係を維持することを条件に、リィナの組織する列州同盟の政治的自由を保障した。
そして、ロウは約束を守った。
もっとも、実際のところ、リィナは半信半疑だった。なにしろ、ロウは女王となるイザベラの愛人だとはいえ、もともとは、この王国の貴族の血すら引いていない流浪人であり、彼の個人的な能力は認めても、王家や中央貴族たちを納得させるような力があるとは思えなかったのだ。
ところが、実際にはロウが王都で口添えをして、女王となったイザベラは列州同盟の存在を認め、リィナの列州同盟地区を王国における半独立地域としての立場を容認したのである。
列州同盟の成立については、王都ではまったく問題視すらされなかったらしい。
リィナは、ロウの影響力の凄まじさを改めて思い知ることになった。
いずれにしても、リィナは、マルエダ家からワイズ家が盟主になるにあたり、各領主が国王ではなく、直接には盟主に従うことを認めさせ、「列州同盟」という地域連合体を正式のものとして発足させた。
盟主という曖昧な立場の名前も改め、列州同盟に所属する各領への統制機関を「同盟本部」として、その長を「執政官」という呼称とした。
執政官は世襲ではなく、数年置きに各領主の合意によって選ばれた者に交替するのである。
また、もうひとつの大きな改革は軍事制度だ。
これまで各領主ごとにもっていた国境警備のための軍を統一し、ひとりの将軍の指揮する統一守備軍としてまとめあげることにしたのである。
統一軍の総司令官も各領主の合意によって選定するのだが、今回の話し合いにより、初代司令官にはリィナの息子のひとりが就くことになった。
つまりは、列州同盟本部初代統一執政官がリィナ=ワイズであり、軍指揮官がリィナの息子ということだ。
形式はともかく、実際的にはリィナを長とする独裁態勢ということだ。
「例の件についての報告?」
リィナは執務をする机の前に座ったまま顔をあげた。リィナの前にも横にも、様々な内容の書類の束がうず高く積みあげられている。そのリィナの後ろには、護衛役であり、直接の補佐役であるアンテローナという三十歳の女が影のように控えている。
「王都地区に流れた武器の流れがわかりました。やはり、荷を運ぶ船を利用したものでした。ただ残念ながら、その武器の動きは二か月程前のことのようです」
セントが報告をしてきた。
彼にやらせていたのは、王都地区近辺で、タリオのアーサー帝によるものだと思われる諜報組織の拠点が相次いで摘発されたことを受けて、その諜報組織が集めた人や武器がどういう流れで動いたかという調査だ。
タリオが支配しているタリオ地区及びカロリック地区からそれらが流れたとすれば、そのルートはほぼ間違いなく、この辺境域を通過していたことになる。
ルートが現存しているのであれば、早急に潰さなければならず、これはハロンドール王宮からの依頼でもある。
つまりは、ロウの要望ということであり、リィナにとっては、「主」からの指示ということだ。
リィナは、このセントにそれを調べ、すぐに摘発するように指示していた。
「二か月も前?」
リィナはセントを見た。
セントの表情から類推すると、どうやら摘発という状況にはならない気配だ。おそらく、すでに、その密輸のルートについては閉鎖されてしまっているのだろう。
「当時のことですが、夜中に三艘の大型の輸送船が河川を使って移動したのが目撃されておりました。怪しいものでなく、書類も整えられたものだったようです。ただ、臨検は書類のみで、荷を改めなかったことは、当時の担当の役人だった者に吐かせました。
「二か月前というと、臨検に当たったのは、マルエダ家の手配した者たちね」
この地域の盟主の座が辺境候のマルエダ家から、リィナのワイズ家に移動したのは、まだ一か月足らずだ。
武器が密かに流れたのが、二か月前なら、そのときはまだマルエダ家の手配の役人だ。リィナがマルエダ家を盟主から引きずり落としたときには、マルエダ家はタリオの諜者に虫食いのように巣くられていた状態だったのだから、大抵のことはやられただろう。
いまは、役人も総入れ替えをして、厳しく取り締まりをさせている。
「そのとおりです。おそらく、それ以前から頻繁に使われていたのでしょう。その方法でタリオの武器が大量に王国に入ったのではないかと推測します。あの南方のドピィに叛乱においても、この経路が使われたかもしれません」
「南方の叛乱は十年以上の時間を使って準備されていたという噂もあるわ。つまりは、十年以上も、一般の荷船にやつした水路で、タリオからの武器が叛乱者などにひそかに流れていたということになるのかしら?」
「あくまでも推測です。今回については、王都で摘発された獣人族部隊の拠点を逆に辿って、辺境域を通過する荷物船に辿り着いたのです。裏付けはとれませんでした」
「裏付けがとれなかったというのは?」
「関わっていた商人が姿を消したのです。数日後、殺されているのが発見されました」
「口止めということかしら?」
「そうかもしれません。まだ疑惑の段階だったのですが……」
「商人のことなら、商人から辿れるかもしれないわね。いいわ。それについては報告書を出しなさい。そっちの正面からさらに探索をしましょう」
リィナが考えたのは、いまやハロンドールのみならず、ローム三公国にまで販路を拡げて流通を牛耳る勢いのマアのことだ。
会ったことはないが、ロウを通じて手紙のやり取りはしている。
彼女を通じて、その商人について辿ってもらえば、なにかがわかる可能性はある。
「すでに、その道は消されたと思いますよ。いまさら調べても、摘発には至らないでしょう。すべて闇に隠されているに違いありません」
セントが首を横に振った。
「わかりきったことを口にしないで。それでも、どういう方法でしてやられたかを確認するのは大事よ。とにかく、武器搬入経路と、謀略員の獣人たちの潜入経路は別々ということね?」
「間違いないと思います。曲がりなりにも辿れるのは武器の搬入経路です。この王国は、流人の入国を制限していません。王都近郊で捕えた獣人兵たちが人間族に変装していたのだとすれば、ましてや辿りようもありません。実際、冒険者にでもなって、適当なクエストで入国をしたりしていれば、自然に入れるのでしょう。彼らの全てを取り調べるわけにはいきません」
「そりゃあそうね。まあ、人の動きについてはいいわ。今後も武器の流れに的を絞って調査を継続しなさい。その水路のルートを閉鎖されたとしても、新たな搬入経路が作られているはずよ。ひとつひとつ発見しては摘発するしかないわ」
「わかりました」
「この件について、ほかに報告は?」
「大きなものについては……」
「わかったわ。じゃあ、さがりなさい」
タリオのアーサー帝は、派手な武略と果断な政略で知られるが、実は謀略や諜者の使い手であり、大量の諜報者を対立する勢力に送り込み、表側の動きと相まって、裏の謀略による攻略を得意とすることはあまり知られていない。
だが、彼の野望であったローム三公国の統一を成し遂げたいま、次の標的がこのハロンドールであることは間違いないだろう。
特に、ハロンドールの独裁官となったロウとは、個人的にも対立しているということは、最近になって知った。
アーサーがハロンドールに手を伸ばすとすれば、その入口は間違いなく、この辺境域になる。
リィナは、自分が盟主となったこの地域で、これまでのようにタリオに好き勝手させるつもりは毛頭ない。
リィナの見るところ、王都周辺で摘発された怪しげな獣人部隊の集団は、アーサーが企てている謀略の氷山の一角だと思う。
まだまだ、水面下の戦いを続ける必要があるだろう。
少なくとも、リィナの支配する地域から、好き勝手に武器を密輸するなど冗談じゃない。
絶対に潰してやる──。
「あっ、いや、別件ですが、ご報告が一件」
セントは立ちあがることなく、リィナにやや身を乗り出すようにしてきた。
「別件?」
リィナはセントを睨んだ。
「クレオンのことです」
「クレオン? 辺境侯のこと?」
リィナは訝しんだ。
クレオンというのは、クレオン=マルエダ──。前盟主にして、王太后となったアネルザの実父である人物だ。紆余曲折あって、この列州同盟では執政官リィナの相談役の立場を渡している。
ただ、そのマルエダ家がタリオの工作に引っ掛かり、この国を大きな危機に陥れかけたということから、マルエダ家が盟主の立場から落ちたことを失脚だと捉える勢力が少なからずある。
呼び捨てには驚いたが、おそらく、セントもそういう前盟主を軽んじたい者のひとりなのだろう。
「彼について怪しい動きがあります。最近になって、頻繁に神殿の者と面会する動きがあります」
セントが神妙な表情で言ってきた。
リィナは驚いてしまった。
「お前に、辺境侯について調査を命じた覚えはないわ──」
リィナは声を荒げた。
「申し訳ありません。独自の判断で動きました。しかし、クレオンが怪しい動きをしているのは事実です。神殿の後ろには、間違いなくタリオがあります。調べさせてください。タリオの謀略の動きを阻止することに繋がるのは間違いありません」
「もう一度言うわよ──。お前に、辺境侯の調査を命じた覚えはないわよ。そもそも、彼を呼び捨てにするのはやめなさい──」
「も、申し訳ありません……」
セントが頭をさげた。
だが、その顔には明らかな不満が浮かんでいる。
リィナは嘆息した。
「不服なの?」
「いえ……。ですが不安なのです。急に始まった王国と神殿界との対立ですが、私の勘ですが、現在起こっているこの王国とローム神殿との対立もタリオが背景にいる可能性も……」
「わかりきったことを言わないのよ。ローム神殿の背後に、タリオのアーサーがいることは間違いないに決まっているでしょう」
「で、でしたら、その神殿に急に接近しているクレオン……いえ、辺境侯には怪しいものがあります。少なくとも動きを監視させるべきです。俺にやらせてください」
セントが言った。
王国と神殿界の対立というのは、王都で始まっている事象のひとつであり、あのロウがこれまで神殿が独占していた暦法管理を神殿側と協議することなく、一方的に新たな暦を王国に取り入れたことから始まったものだ。
そもそも、神殿の管理していた暦は、神話に基づくものであり、五個の月が全て出る夜か、あるいは、全く出ない夜ごとに、月を入れ替えるというものであり、毎月の日数が異なり、また一年間の月数も毎年変化するという極めて難解なものだった。
それをロウは、一か月を三十日、一年を十二か月にする新暦を作りだして、神殿暦との併用を宣言したのである。
リィナとしては、ロウの発案はもっともなことで、利用しやすい新暦はまだわずかな日数であるにもかかわらず、急激な勢いで王国に拡がっている。
早晩、従来の神殿暦にとってかわるのは間違いないと思う。
だが、それに怒ったのは神殿側だ。
しかも、暦法問題に加えて、不正を繰り返していた神殿をロウが摘発したことや、王都を中心に拡大しているという新たな民衆信仰をロウが認めたということも、王家と神殿の対立に拍車をかけることになった。
王家……というよりは、独裁官のロウにだが、神殿界側は強い抗議の姿勢を示していて、もはや、ロウへの破門宣言も辞さない構えだ。
この国にとって神殿の影響は高く、特に地方においては、一般民衆の医療や教育に直接に結び付いていることから、王国内の神殿が一斉に反発すれば、今度こそ、かつてない動乱に襲われる可能性もあるのだ。
リィナも、これについては頭を痛めるとともに、とるべき処置を急いでやらせている。
セントの発言は、それを受けてのものであるが、まさか、神殿とクレオンを結び付けて、勝手に調査を実施しているとは思わなかった。
リィナは唖然としてしまった、
実のところ、辺境侯であり相談役となってクレオンに、神殿への工作を頼んだのは、リィナの発案だ。
外から見れば、前盟主であり、リィナに立場を奪われたクレオン=マルエダが王家やリィナの列州同盟に恨みを抱いているのが当然と思うだろう。
神殿界の総本山はタリオにある大神殿であり、ローム皇帝を僭称したアーサーの妃は、大神殿の教皇の孫娘である。
ロウのことをよく思っていないアーサーが、神殿とロウの対立を利用するのは当たり前であり、当然にクレオンに接近すると思っていた。
だから、クレオンにはあえて、それを拒まずに受け入れ、ひそかにリィナに情報を提供するように頼んでいたのである。
まさか、それをセントが勝手に近づき、摘発しようと動いているのは夢にも思わなかった。
とにかく、絶対にセントはとめねばならない。
おかしな動きをすれば、折角のクレオンの工作が無駄になる。
「もういいわ──。辺境侯のことについては一切の介入を許しません。手を引きなさい。お前は、武器の密輸ルートを追いなさい。それに専念をしなさい。これは絶対の命令よ」
「わかりました」
セントが出ていった。
やはり、不満そうな顔をしていた。
セントが部屋から出ていったところで、すぐにリィナは後ろに立つアンテローナを振り返った。
「セントを消しなさい。自殺したかたちでいいわ」
「承知しました。今夕にでも」
アンテローナが静かに頷いた。
セントはリィナが直接に指揮する十人のひとりであり、当然ながらかなりの権限を持っている。
だが、指示した以上にほかのことをするとは思わなかった。
あの感じだと、リィナの命令に反して、クレオンの周りを独自に探ることはやめない気がする。
彼に情報を与えてないのが理由でもあるが、リィナの指示に従わず、勝手に動かれるのは困る。
使えない──。
降格させてもいいが、クレオンに対して余計な反感もあるみたいだ。
それに、すでにかなりの裏を教えてしまった。
処分する方が安心だ。
「彼に変わる政務官の候補をあげてちょうだい。明日の朝には欲しいわね」
「それも了解しました」
アンテローナが無表情のまま頭をさげた。
相変わらず、愛想がない。
彼女との付き合いは短くはないのだが、いまだに、彼女が笑ったりするのを見たことがない。
そのときだった。
目の前に、透明の球体が出現した。
いわゆる「通信球」というものだ。
魔道遣い同士が連絡に用いるものであるが、高位魔道遣いは、相手が魔道遣いでなくても、それを送ったりできる。
リィナは魔道はないので、誰かが一方的に、リィナに送ったのだろう。
とりあえず、指で突く。
すると、球体が弾けて、「声」がリィナの頭に響いた。
通信球には、周りの全員に聞かせるものもあるが、いまのように、特定の者にだけ知らせるものもある。
リィナに送り付けられたのは、後者だったみたいだ。
「アンテローナ──。席を外しなさい。言われたことを実行するように──。そして、一ノス……。いえ、二ノスのあいだ、わたしをひとりにして──。質問はなし──。言われたことを実行しなさい──」
リィナは相好が崩れるのを必死に我慢しながら、アンテローナに声をかける。
ちょっと戸惑った感じだったが、リィナがひとりにしてくれというのは珍しいことではない。
考え事をするときには、リィナはいつもひとりにしてもらう。
思考のときの癖なのだ。
アンテローナが部屋から出た。
さっきの通信球による伝言は、これからすぐにロウが来るという伝言だったのだ。
王都にいるロウがどうして、ここに来たのは知らない。
そもそも、ロウと女王たちとの婚姻式は数日後だ。
一番忙しい時期にもかかわらず、ロウがわざわざここに来るというのは、余程のことがあったのだろうか?
いずれにしても、ロウに会える──。
リィナは自分の中に大きな喜びが膨らむを自覚した。
そして、我慢しようとしても、どうしても表情が雌の顔になりそうなことも……。
すると、目の前の空間が歪んで机の上に鞄が出現した。
ロウではない。
リィナは首を傾げた。
鞄の横に紙がある。
文字が書いてあるので、取りあえず読んだ。
《鞄にある下着に着替えろ。すぐにだ》
そう書いてあった。
「えっ?」
リィナは訝しみつつ、鞄を開いた。
そして、驚きで眼を見開いてしまった。