【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
1050 王太后と娘たち
王宮内にあるアネルザの私室にイザベラとアンがやってきた。
イザベラはともかく、アンはいまは、ロウたちの屋敷で暮らしているので、例の「ポット」とかいう移動術の設備で来たのだろう。
それはともかく、いつもアンと一緒にいる侍女のノヴァが今夜に限っていないようだ。
また、イザベラも護衛は廊下に置いてきた。シャーラがいれば、必ず部屋に入ってくるから、彼女もまた今夜は同行させていないのだろう。
アネルザは侍女を置かないので、三人だけになる。
「お母様、ご挨拶に参りました」
アンがにこにこと微笑みながら言った。
ロウに身柄を引き取られて以来、アンはいつもこうやって幸せそうな顔をしている。
本当に、あのときロウにアンたちを助けてもらってよかった。
もしも、ロウがいなかったら、このアンはまだキシダインのところで監禁されて、不幸な毎日を送っていたのだろう。そして、アネルザはキシダインの準備したアンの偽者と会い、なにも知らずにいたに違いない。
想像するとぞっとしてしまう。
「挨拶って? それに、いつもくっついているノヴァはどうしたんだい?」
だが、今更、挨拶とはなんだろう?
アネルザは首を傾げた、
「今夜はわたしたちだけで参りました。王太后と王女ではなく、母と娘としての訪問です」
「つまりは、婚姻前の花嫁の挨拶だ、王太后殿。いや、母上だな。シャーラは、ロウ殿の手伝いだ」
「手伝い?」
「ロウの準備した婚姻衣装をエリカたちに着せる手伝いだ。つくづく、ロウに任せないで済んでよかった。わたしたちは王家伝来の装束があるからな。だが、うっかりとロウに任せた連中はいま大変だ」
イザベラが苦笑した。
よくわからない。アネルザは首を捻るしかない。
一方でイザベラとアンについては、アネルザがいたテーブルを囲む椅子に座った。
そして、イザベラかテーブルに飲み物の入った瓶と三個のグラスを置いていく。
魔道の収納袋に格納していたようだ。
三人でテーブルを囲むかたちになる。
「明日は婚姻式ですから、一言ご挨拶をと思いました。お忙しいのはわかっているのですが……」
アンが瓶をとり、アネルザの前に置いたグラスに瓶から葡萄酒のようなものを注いでいく。
アネルザは苦笑した。
「忙しいのは事実だね。まあ、大丈夫だよ。だけど、悪いけど酒はやめておくよ。これでも一応妊婦でね」
アネルザの腹にはロウとのあいだにできた子がいる。
まさか、この歳で新しい子を宿すとは夢にも思わなかったが事実だ。アネルザは苦笑を浮かべつつ、まだ全く膨らんではいない自分のお腹に触れた。
「それはわたしも同じだし、アン姉さまもだ。葡萄酒ではなく、それに似せた果実酒だ。形だけのものだ」
イザベラが笑った。
アネルザは、注がれたグラスを手に取って鼻に寄せてみた。
だが、葡萄酒のような香りはある。
本当に酒ではないのか?
まあいいか。
「それにしても、さっきの話はどういうことなんだい? 婚姻衣装の準備が大変というのは? いや、大変なのはわかるけど、普通の衣装合わせじゃないのかい?」
アネルザはさっき気になったことを訊ねた。
明日は、いよいよ、イザベラの戴冠式、さらに、そのイザベラと目の前のアンに加えて、エルフ女王国のガドニエル、そして、エリカ、コゼ、シャングリア、ミランダ、マーズ、イットとロウとの婚姻式である。
ロウが王都に戻って一か月半ほどの時間で突貫で準備したものであり、本来であれば王家の婚姻をこれほどの短時間の準備で行うのはあり得ないのだが、ハロンドール王国の混乱が収まったことを内外に示すのはいい機会だし、無理を押して明日に行うことになった。
幸いにも、超一流の魔道使いが幾人もいるし、後継となったマア商会が潤沢な資金を湯水のように提供してくれた。
おかげで、なんとかかたちにはなったが、それでも王家の婚姻にしてはかなり質素かもしれない。
ただ、ハロンドール王国とナタル森林のエルフ王家が結びついたことを示すには、外交的にもこれ以上はない式典なので、強行することにしたのである。
それはともかく、その一連の準備の中で一番難航したことのひとつが、花嫁たちの衣装の準備である。
イザベラ、アン、ガドニエルについては王家伝来のもので対応することになり、また、その必要があったのだが、問題はその他の女たちだ。
婚姻衣装というのはそう簡単に短期間で準備できるものではないし、そもそも、一か月やそこらで準備できるのは、せいぜい既製品を加工するくらいのものでしかない。
エリカたちは、それで不満はないみたいだったが、それでは王族組とそれ以外の者たちのあいだで格式に差ができてしまう。
正妻の座をエリカにしたのもそうだが、ロウとしては、王族であろうが、元奴隷であろうが、自分の女のあいだに上下をつけたくないだろう。女を全員平等に扱うことは、ロウの強い要望でもあった。
王家の装束に匹敵する衣装を作れる技術を持った縫い子を集めるのも容易ではなく、アネルザが途方に暮れていると、その解決策を提示したのもまたロウだった。
それによれば、ロウには「創始の術」という力があり、あの仮想空間とやらで産み出したものを収納魔道で出せるのだと……
この国よりももっと文化の発展した世界の知識があり、装束を扱う職の経験もあるので、エリカたちの衣装も作り出せる。
問題ないと……。
「衣装合わせというよりは、つまり、ご主人様が作り出せるものは、淫具か、それに類するものでしかできないそうなのです。ですから、その衣装を着るためには、特別な準備をするそうなのです」
アンがくすくすと笑った。
「特別な準備?」
「まあ、あれだな。わたしも少し覗いたが、あれはつらい。それこそ、息をかけられても吹き飛ぶほどに、淫情を溜めさせるのだと言っていたからな」
イザベラが複雑そうな表情で嘆息をした。
よくわからないが、あの男のことだから、碌でもないことに違いない。
アネルザは、それ以上の好奇心を抱かないことに決めた。
首を突っ込めば、それこそ、アネルザも巻き込まれる。
「まあいいさ。それはともかく、律儀なことだね。婚姻式は明日だから、お前たちも忙しいだろうに。それに、イザベラまで、わたしを母と呼んでくれるのは嬉しいねえ。ありがたいことさ」
イザベラとアンのグラスに葡萄の果実酒が注がれるのを待ち、アネルザはグラスを目の高さにあげる。
ふたりはそれに合わせた。
口をつけた果実酒は、確かに酒ではないようだが、ほとんど遜色のない味もして、香りもだ。だが、本当に酒ではない。
「しばらくは酒も自重しないとならないから、こういうものがあれば助かるというものさ。これをどこで手に入れたんだい?」
「おマア様ですわ。お酒の飲めない方のために開発した飲み物だそうです。“無酒精”という名で売り出すそうですわ」
「酒のような酒もどきということかい。あいつも、まだまだ稼ぐつもりのようだね。だが、わたしのような酒好きの妊婦にはありがたい。まとまった数を王室に献上させないとだね」
アネルザは笑った。
「献上ではなく代価は払った方がいいだろう。おマア殿は王宮といえども、無償では渡さないと思うぞ」
「いや、ロウが気に入ったと言うさ。わたしじゃなく、独裁官が好きだと伝えるよ」
「ならば、工場ごと献上しそうだな」
イザベラが声をあげて笑った。
「それにしても、考えてみれば不思議なものさ。わたしとお前は、殺し合ったこともある。それがいまは、こうして母と娘として言葉を交わし、さらに、同じ男の子を孕むとはねえ」
「殺し合った覚えはない。わたしは王太后を殺すつもりなどなかった。ただ、逃げてただけだ」
イザベラだ。
別に不機嫌な様子はない。ただ単純に昔のことを思い出して喋っているという感じだ。
「そうだっだね。だが、謝らないよ。お前はわたしの政敵だった。政敵は容赦なく潰すのが当たり前だ。そういう意味では、わたしは手を抜いたつもりはない。後悔はしているけど、それはわたしの人を見る目がなかったことに対してだよ」
「お母様」
アンが微笑みを浮かべたまま、たしなめるように口を挟む。
「いや、いいのだ、アン姉さん。多分、母上は言いたいことがあるのだろう」
イザベラが微笑んだ。
アネルザは、目の前の葡萄酒もどきで口を湿らせる。
「まあね……。政敵といえば、また貴族どもの一部に手こずっているようだね。政策の協力を拒んでいるんだろう?」
いま、実質的にハロンドール王宮の政務を支えているのは、アネルザに加えて、イザベラの女官団の女たち、そして、最近では、ロウの精を受けることで政務能力を格段に備えるように変わった新教団の女たちだ。
男の官僚もいるが、業務能力や発想力に隔たりがあり、従来の官僚や役人たちが新参の女たちに押されているというのが実態だ。
ただ、アネルザも表向きには、引退をした立場であり、直接に貴族たちとやり取りをするわけにはいかない。
いま、ハロンドール王国内で急速に進めようとしているのは、学校の整備、診療所の整備、さらに魔道使いの能力を持ったものを発掘して、それを育成する仕組みの確立だ。
それはこれまで、すべてローム教会が担っていた役割であり、王都を始め都市部以上に、地方においては教会が民衆の生活に密着している。単に宗教の問題では片付かない民衆の生活そのものに、深く教会が民衆社会に浸透しているのである。
ところが、独裁官となったロウは、そのローム教団と袂を分かつように治政の舵取りをしている。
元々問題のあった教会を容赦なく潰し、教団が専管していた暦法を改め、さらに、成り行きとはいえ、ローム教団に変わるラスカリーナたちの新教団の存在を許した。
そのひとつをとっても、ローム教団には我慢ならないことであり、ローム地方のタリオに総本山の大神殿と持つ教団は、これまで数回使者を送ってきた。
その都度、追い返しているが昨日は、ロウが独裁官として対応し、けんもほろろにあしらったようだ。
冒険者あがりの成り上がり者だと、やってきた枢機卿が尊大な態度だったせいもある。
アネルザは報告を受けただけだが、おそらく、近いうちにロウに対する教団の破門宣言も出るかもしれない。破門宣言を受けようが、ロウの地位に変わりはないが、それが貴族たちがイザベラの治政に抵抗する大義名分になりつつあるのである。
アネルザとしては、ロウがローム教団の影響をハロンドール王国から排除すると決めたのであれば、それが実現するように動くだけなのだが、そのためには、これまで社会の中で教団が担っていた役割を早急に作り出す必要がある。
それが魔道使いの養成を絡めた教育制度の改革であり、地方医療態勢の充実なのだ。
ところが、王家の直轄地とは異なり、貴族領においては勝手にはならない。彼らとしては、いくら王家の助成を受けられても、それまで教団が担っていた役割を自分たちが行うように変えるのは面倒でしかなく、そもそも、これまでうまくいっていたものを変える必要性を感じていないのである。
だから、急に教団との関係を悪化させ始めた独裁官のロウや新女王のイザベラに反撥している勢力も少なくなく、彼らの非協力的な態度で、諸処の制度改革も滞りが見られるというのが現状なのだ。
「貴族派のことを言っておるのか、母上? まあ、踏ん張りどころとは思っている。じっくりと腰を据えて話をしていくつもりだ」
イザベラが飲み物に手を伸ばして口につける。
貴族派というのは、新しい王家が教団と仲違いをしていることを理由として、王家の政策を受けいることを拒んでいる領地貴族のことだ。
その中心だった元宰相のフォックス家を潰したために、求心力は失っているが彼らが少なくない数であることは事実である。
「フォックスを一族ごと潰して大人しくなったけど、最後にはそれでいくしかない。逆らい続けるようであれば、連中が再びまとまる前に、領主貴族のふたつか三つの首を刎ねな」
「処断の姿勢を見せつけることで押さえ込むということか? まあ、処断はいつでもできるが、わたしは穏便なやり方を模索したい」
「穏便な政事などないよ。血を吸うのが政事というものよ、イザベラ」
アネルザはきっぱりと言った。
「もう身内で殺し合いはしたくない。領主貴族を処断をしてもいいことなどない」
「そういう綺麗事はお前の弱点だね。まあ、ロウなら必要であれば、手段は選ばないだろうから、あいつがお前についている限り、これ以上は言わないけど、これだけは覚えておいておくれ。王が優しいと悪いことが起きる。だから、優しくてはならないんだ」
「優しくして、悪いこととはなんなのだ、母上?」
イザベラが顔をしかめた。
「寝首をかかれる。お前だけじゃかく、そのお腹の子にだって手が伸びる。皇帝を僭称したアーサーもいる。調略で内側から崩していくのが、あいつの常套手段だ」
「うっ、寝首か……。わたしが甘いと、この子も攻撃されるということか……。そういうものか……」
イザベラが考え込む表情になった。
寝首などと言ったのは初めてだが、アネルザはそういうものだと思っている。
穏便な話し合いなど絵空事だ。最後には力がものを言う。
王家に逆らえば、一族郎党皆殺しになる──。
その態度を示すことで初めて、領主貴族は王家に忠誠を尽くす振りをするのだ。
「難しい話はそれくらいでいいのではなくて? 今夜は王太后と女王ではなく、母と娘として会っているのですから。イザベラもお母様も、いまはお腹の子を無事に産むことを第一に考えましょう。もちろん、わたしもです」
アンがにこにこと微笑みを浮かべたまま口を挟んできた。
アネルザも、ちょっとばかり熱くなっていたのを自覚して、自嘲気味に笑ってしまった。
「そうだね。悪かったよ、イザベラ。その通りさ。いまは子を無事に産むことが一番大切だったよ。それにしても、お前たちだけじゃなくて、わたしまで孕むとはねえ。想像もしなかったよ」
「ロウ様のおかげです。こんなに幸せな気持ちになれるのですから」
アンだ。
その顔を見れば、心の底から幸せなのだと感じているのがわかる。この表情ひとつだけでも、ロウがアンを引き受けてくれてありがたいと思う。
「まあ、だけど、この子については心配さ……。もちろん、できるだけ、イザベラの邪魔にならないようにするつもりではあるけど……」
アネルザはそっとお腹に手をやって息を吐いた。
イザベラが首を傾げた。
「なにを心配しているのだ、母上?」
イザベラがアネルザに視線を向ける。
「魔道で見てもらった。このお腹の子はおそらく男の子らしい。ロウの子であり、実際には、イザベラやアンの子の異母兄弟なんだけど、対外的には叔父と姪になるからね。王族の血を引いた同世代……。こいつは男で、イザベラの子は女……。考えたくないけど、次の王の座を争う立場にもなりかねない。歳が近すぎる。それを考えるとねえ……」
まだお腹で育ちきっていないので、鑑定魔道も絶対ではないが、かなりの確率でアネルザの子は男だと言われている。
そして、逆に、イザベラの子は娘だ。
アンも娘のようだが、アンの子はともかく、イザベラの子とアネルザの子については、育て方を間違えれば、次代の王の地位を争う火種になりかねないと思う。
それこそ、キシダインとイザベラが争ったように……。
身内で憎しみ合うようなそんな関係にだけは、この子たちをしたくない。
「ふふふ、問題ありませんよ、母上。ロウ様がおられるのです。なにからなにまで、ロウ様にお願いすればいいのです。そして、わたしたちはロウ様をお助けするのです。それで十分なのです」
アンが笑った。
心の底からそれが十分な答えだと信じ切っている表情だ。
アネルザは肩を竦めた。
「確かにね……。わたしたちにはロウがいるか……。いずれにしても、この子たちのことは、確かに生まれてからのことだ。お互いに頑張ろう。わたしにできることがあれば、いつでも、なんでも言っておくれ。きっと力になるから」
アネルザはイザベラとアンに向かって言った。
「母上もな」
イザベラが笑い、アンもその横で大きく頷いた。