【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「ご無沙汰しています。ところで、なんとお呼びすればいいですか? 先回にお会いしたときには、冒険者殿として会いました。しかし、ナタル森林では英雄公の肩書を授けられ、王国に戻ったという情報とともに、あなたは独裁官になったと知らされました。先ほどの戴冠式では、ハロルド公になったとか……。あなたに会ったり、噂に接するたびに地位も役職も変わっていく」
目の前のランスロットが屈託のない笑みを顔に浮かべた。
先ほど終わったイザベラの戴冠式と、今夕に予定されている一郎たちの婚姻式典の間隙を利用して行うことになったランスロットと一郎との会合だ。
ランスロットは、ローム新皇帝を称したアーサーの親友にして腹心であり、今回の式典には、そのアーサー帝の名代として出席していた。
これまでの一連の王国の騒乱のかなりの部分で、アーサーの謀略が関わっていることはわかっているし、アーサー側についても、エルザの帰国要請をこっちが無視していることで、いまや、両国間の関係は最悪の状況となっている。
だが、表向きには、友好的な顔を見せ合っている。
それが外交というものなのだろう。
今回のランスロットの訪問にあたり、女王イザベラではなく、一郎と面会をしたいと希望を出したのは、ランスロット側だ。
一郎は応じることにした。
王宮内に設けられたふたりの会合のための部屋であり、一郎はベアトリーチェ以下の王軍から派遣された護衛数名である。
いつもの三人は、婚姻式のための準備から抜けられないし、スクルドについても、いまは、あのナンという得体の知れない侵入者の行方を追っている。捕えたという報告はないから、まだ追っているのだろう。魔眼でも読み取れることは少なかったし、かなりの能力者ではないかという予感はある。
それはともかく、会合に際して、ランスロットは、彼以外の誰も連れてこなかった。
ただのひとりである。
ランスロット自身が武芸に秀でており、彼に護衛は必要ないことはわかっているものの、これについては、一郎もちょっと呆気にとられた。
「お好きなように呼んでください。まあ、ロウとでも気軽に」
ランスロットの言葉に、一郎はそう応じた。
「なるほど、それであれば、俺についても、ランスロットと呼んでください」
ランスロットが笑みを浮かべる。
それはともかく、一郎は目の前のランスロットが以前に会ったときの印象に比べて、いまの印象が随分とかけ離れていると思った。
前回会ったのは、あのアーサーがこの王都に騎士隊を連れてやって来たときであり、一年近くほど前のことだ。
キシダイン失脚の直後であり、アーサーは自分の妃として、アンやイザベラをもらい受ける交渉にやってきたのであり、ランスロットはその随行者のひとりだった。
そのときのランスロットは、生真面目そうな好青年という印象であり、ひと癖もふた癖もありそうなアーサーに対して、ランスロットは控えな行儀の良さが目立っていた気がする。
ところが、目の前にいるランスロットは、同じ人間ではあるものの、まるで別人であるかのような太々しさを感じる。
なんというか、全体的に毒がある印象だ。
まあ、根拠のない一郎の直感のようなものなのだが……。
とりあえず、ステータスを読む。
相手が男の場合は、大した情報は得られないのだが、それでも、その印象の違いの根拠が得られるかもしれない。
“ランスロット=デラク
人間、男
新ローム帝国筆頭将軍
伯爵家三男
年齢:28
ジョブ
軍師(レベル50)
戦士(レベル50)
魔道遣い(レベル10)
経験人数
男0、女1
***と共生状態”
共生──?
なんのことだろう?
だが、それ以上の情報は、一郎には読むことはできなかった。
それに、以前に会ったときに比べて、ジョブに示されている能力レベルが随分とあがっている。
確か、一年前のステータスでは、戦士レベルは“30”程度だったように記憶している。それが倍以上にあがっている。ほかのジョブレベルもだ。
経験や訓練によって能力向上があることは当然だが、それにしてもあがりすぎだ。
おそらく、よくわからない「共生」というのが関係あるのだろう。
そして、もうひとつ興味を抱いたのは、一年前には童貞だった性経験が“女1”に変わっていることだ。女については、誠実そうな男なので恋人でもできたか?
まあ、どうでもいいが……。
「ところで、ロウ殿、酒は飲みますか?」
「酒? まあ嗜みはしますね」
飲むかと問われれば、特別に好きでもないが、飲めないわけでもない。
ただ、酒といえば、以前に、無理矢理にエリカだか、スクルドだかに、尻から飲ませて大騒ぎになったことをふと思い出した。
すると、ランスロットが腰に掛けていた袋から一本の瓶を取り出した。魔道袋だったみたいだ。
「デセオ産のドメーヌ・ワインです。あの国は女の味も格別ですが、酒の味も一流です。帝室の酒造から出してきたものです。四十年物です。この国でいえば、この国の内乱と粛清の嵐に導いた兇王と呼ばれたエンゲル王の時代です。まあ、時代はともかく、この年代のワインは最高級だと知られています」
皮肉のつもりなのだろうか?
ランスロットが木箱に入ったワインを差し出す。
一郎は戸惑いながらそれを受け取った。
でも、なんで、ワイン?
「乾杯……でもしますか?」
婚姻式は夕方であり、まだ数ノスはある。
一杯程度飲んだところで、特段に影響はないので試しに言ってみた。
すると、なぜかランスロットは首を傾げた。
「うーん、飲みますか。だが、いまの反応でわかりました。ロウ殿は、酒には興味はないようですね。デセオ産のドメーヌ・ワインのその年代物は最高級品とされてます。ただ、戦争の重なった時代で残っているものも少ない。愛好家であれば、どれだけの代価を支払っても味わいたいと思うような貴重な逸品です」
まったくなにがしたいのかわからない。
とにかく、一郎は、護衛のベアトリーチェにグラスを二つ準備するように指示した。
「しかし……」
だが、ベアトリーチェはちょっと躊躇うような反応を返した。
こういう場では、簡単には開いての差し出す飲み物を食べ物を口にしない。毒が混入している可能性があるからだ。
毒は必ずしも即効性とは限らない。
魔道が発達しているこの世界では、遅効性にして、たちの悪い毒はいくらでも存在するようだ。
「問題ないよ、ベアトリ-チェ。悪意があれば、悪意で返せる。毒にしろ、剣にしろ、悪意をもって俺を傷つけようとすれば、その悪意は仕掛けた側に跳ね返る」
これははったりだ。
以前は、ルードルフ王がしていた「王家の宝珠」というすべての悪意ある攻撃を仕掛けた者に跳ね返すという暗殺防止の守り具を持っていたが、それは壊れてしまった。
ただ、ランスロットがワインを手にしているいま、魔眼により、それがただのワインであることは読み取っている。なにも仕掛けられていない。
ベアトリーチェの指示で、すぐに眼の前にワイングラスが運ばれてきた。
「せっかくなので、いただきますか。今度はロウ殿の喜ぶ土産を持参することにしましょう。俺もワインに眼がないので、世の中の者はすべてワイン愛好家と思ってしまう」
白い歯を見せたランスロットが取り出した器具を使って洗練された動作でワインの栓を抜いた。
その言葉で、一郎はやっとなんのためにワインを差し出したのかわかった。
「もしかして、これって、お土産という意味ですか?」
「個人的なね。帝国からの贈答品については、これとは別に正式な目録を渡してあります。これについては、俺が帝室の保管庫に忍び込んで持ってきた正真正銘の個人としての贈り物です。婚姻おめでとうございます」
ランスロットが笑いながら、準備されたふたつのグラスにワインを少しずつ注ぐ。
一郎はそれを手に取った。
それはともかく、ランスロットの友好的な態度には戸惑うばかりだ。
「それはありがとうございます。うちには酒好きの女も多いので、ありがたく飲みます」
「それはいい。あと二本あります。後ほど、それもお渡ししましょう……。では、ロウ殿とあなたが愛する女性たちのために……」
乾杯をした。
「……そして、この大陸を統一する新しい皇帝のために」
すると、ランスロットが悪戯っぽく小さく付け足してから、ワインに口をつける
一郎も口をつけた。
最高級品とは言われたが、やはりよくわからない。多分、美味しいのだろう。
一郎はグラスをテーブルに戻した。
一方で、ランスロットは眼を閉じ、ワインの味を堪能するかのように、しばらく無言でワインを口の中で転がしてから、喉の奥に飲んだ。
「お土産で持ってきたもので、俺が愉しんではいけませんね。だけど、あなたがなにを好むのかという情報がなかったのでね。教えてもられば、改めて祝いの品を送りますから、よければ趣味とかを教えてください」
「いや、十分な贈り物です。感謝します」
一郎の趣味といえば、まあ、いわゆる責め具だろうが、まさか、そんなものをランスロットに送ってもらうわけにはいかないだろう。
性風習の盛んなデセオ産の淫具というのは興味はあるが……。
「そうですか?」
ランスロットがグラスを置く。
あっという間だが、いつの間にか空になっている。
ワインを注ぎ足そうとワインに手を伸ばしたが、それはランスロットが制した。
「もう十分です。残りは是非、皆さんと」
ランスロットはワインの瓶を横に移動させた。
「ところで、さっきのランスロット殿の言葉ですが、この大陸を統一するというのは、ハロンドール、ローム、ナタル、そして、エルニア国のことですよね。いつか統一されるのですか?」
「我が皇帝陛下はそれを望んでいますね」
ランスロットがにやりと笑った。
一郎はちょっと驚いた。
「つまりは、このハロンドール王国は、いずれ、ローム帝国に呑み込まれるということになりますが?」
「それは仕方はないかもしれません。さっきのワインが生まれた五十年前は、タリオはローム地区にあるひとつの小国にすぎなかった。そして、ハロンドール王国は途方もない巨人だった。しかし、いまや、タリオは日ののぼる国であり、ここの王国は日の没する国だ。あと十年もすれば、巨人というのはロームのことになり、ハロンドールというのは、帝国に含まれる一地方のことを差す地名になっているのかもしれませんよ」
「ローム帝国には、このハロンドール王国を侵略する意思があるということですか? わざわざ、それを宣言しに? だったら、それ相応の対応をしなければなりませんね。とにかく驚きました。とりあえず、我が女王陛下に報告してもよろしいですか?」
「いくらでもどうぞ。ただし、いまここで話していることは、俺の個人的な話です。帝国としての言葉ではないことは言及しておきます」
「個人的言葉? それがこの会談の目的ですか? 俺はてっきり、エルザをいまだにタリオに帰国させないことに抗議をされるのかと思ってましたけどね」
一郎は笑った。
「もしも、ここでの話をなにかに記録するのであれば、ローム帝国から正式に抗議があったと記録しておいてください。実際のところ、どうでもいい。ああ、個人的にはですよ。妃に逃げられるのは、アーサーが悪い。あれは決して、いい夫とはいえないですからね。ああ、これは記録には載せないでください」
ランスロットが首を竦めた。
一郎は唖然とした。
「記録など作りませんよ。だけど、ちょっと驚きましたね。あなたは、アーサー陛下の親友だと思っていたんですけどね」
「親友ですよ。少なくとも、俺はそう思っています。ただ、あいつは嫉妬深いんですよ。それなのに、手に入れた女を大事にしない。だから、エルザ妃は逃げたのです。でも、正直、驚いたのは事実です。エルザ妃は、タリオにいるときには、アーサーに心酔しきっているようにしか見えませんでしたから」
「猫を被るのが上手なんですよ、あいつは。そして、したたかだ」
一郎は声をあげて笑った。
ランスロットは眉をひそめた。
「もしかして、エルザ妃については、もうロウ殿が? あなたが女扱いが上手なのは有名ですしね。アーサーは自分がそうだと思っているけど、本当の女たらしはロウ殿です。アーサーが喉から手が出るほどに欲しかったガドニエルの女王や、イザベラ女王の心を掴んだ。アーサーが嫉妬に狂うのは当然だ。だから、アーサーはこの国を目の仇にする」
「まさかとは思うけど、皇帝陛下の嫉妬心から、ハロンドールを侵略するんじゃないでしょうね」
一郎はわざとらしく笑った。
「実際の話、戦争などというのは、実に馬鹿馬鹿しい理由で起きるものなのですよ。それを大義名分とかいう飾りで偽装する。しかし、本当に裏にあるのは、人の感情です。アーサーはロウ殿に強い感情を向けている。もしかしたら、憎悪に近いかもしれません。それを忘れないことですね」
「もしかして、俺は脅迫されているのですか?」
どうして、ランスロットがさっきから挑発的な言葉を並べるのかわからない。
そもそも、アーサーが一郎に敵愾心を抱いていることを改めて強調する意味も不明だ。
すると、ランスロットが首を横に振った。
「俺はロウ殿を脅迫しているつもりもないし、敵対したいと思っているわけではありません。それだけは言っておきます。さっきも言いましたが、これは個人的会合です。ローム帝国の代表団としての言葉と、俺というランスロットとしての言葉は別です」
「わからないですね。つまりは、なにが言いたいんですか?」
「そうですね。つまりは、ここにいるランスロットは、目の前のロウ殿に個人的な友愛を求めているということです。土産はあなたが喜ぶものとしては不十分だったかもしれませんが、友情を約束してもらうのに、なにか求めるものはありませんか。品物でも……。なにかの行動でも……。あるいは情報でも……」
「友情? 情報?」
一郎は面食らった。
「例えば、ロウ殿は今現在、タリオに総本山があるローム神殿と仲が悪い。それを取り持つとかはいかがです?」
「それをする代わりに、ランスロット殿と友情を? ああ、それは構いませんよ……。いや、そうじゃなくて、もちろん、友情を結ぶのはありがたい。個人的なことですよね。でも、教団との間に入ってもらうのは不要です」
「そうですか。わかりました。まあ、実際、神殿など伏魔殿ですしねえ」
ランスロットは大きく息を吐いた。
一郎はますます困惑した。
「もしかして、ランスロット殿は、個人的に俺になにかを頼みたいとか?」
試しに訊ねてみた。
さっきからのランスロットの言葉や態度から考えると、もしかして、そういうことではないだろうか?
「いまは、なんの頼み事はありません。将来はわかりませんけどね。俺が求めるのは、ロウ殿に貸しを作ることです。なにかのときに、俺の個人的な頼みを受け入れてくれるだけの貸しを……」
ランスロットが意味ありげに言った。
そして、握手を求めるように手を差出してきた。
よくわからないが、まあ、いいだろう。
一郎は差し出されたランスロットの手を握った。すると、さらにランスロットがもう一方の手を重ねてきた。
手をがっしりと両手で握られる。
すると、一郎の手の中になにかを握らされた。
「えっ?」
握らされたのは紙の破片みたいだった。
後ろの護衛たちにわからないように、なにかを渡された手を胸に移動する。そして、手の中を覗き見た。
やはり、紙の破片だ。
一郎はこの国の文字はまだ読めないので、はっきりとはわからなかったが、小さな字で地名や人の名前が書いている感じだ。
すぐに、その紙を亜空間に移動させる。
「調べてみるといい。今日は時間をとっていただき感謝します。渡したものが有意義なものだったら、ロウ殿の借りにして欲しい。それと、さっき戦の話を少ししたけど、戦というのは、軍と軍がぶつかることだけを言うんじゃない。それは最後だ。戦いというのは、この平素の段階から起きるものです。謀略や調略とかね」
ランスロットはそれだけを言うと立ちあがった。
そして、魔道袋からさらに二本の木箱の入ったワインを出すとテーブルに置いてから退出をしていった。
とりあえず、その場で見送りをしたが、結局首を傾げることばかりだった。
ただ、もしかしたら……とは思った。
あるいは、最後に隠すように渡されたのは、タリオが謀略や調略をかけている場所や相手のリストを示している?
それをひそかに、ランスロットが一郎に漏らした?
対価として、一郎になにかを求めるために?
いずれにしても、首を傾げることばかりの会同であったことには違いない。