【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
138 女豪商への訪問者
女豪商マアの一日は、書きもので始まり、書きもので終わると言っていい。
書きものといっても、単なる日記のこともあれば、商会としての日報のこともある。本国タリオ公国に送る注文書の場合もあれば、このハロンドールのさまざまな地位にある重要人物への手紙のこともある。当たり前だが、直接にこの王都における商売に関わる文書も多い。
当然ながら、逆にこれらに関する手紙や書類を読むことも大半だ。
とにかく、一日のほとんどは、マアの前に書類がやってきて目を通し、それに対して書きものをして、部下を呼んでそれを渡して処置させるということをして過ごす。
それをするために、朝が始まり、昼がすぎ、夕方がやってきて、夜を迎える。
このあいだに、日に数回行う化粧と食事をして、身体を洗い、その他の最小限やらなければならない日常のことをする……。
この繰り返しだ。
その最小限度やらないことの中には、人と会うということも含まれている。
もっとも、マアは必要以上に人に会うということはしない。
もちろん、商業ギルドが支配しているハロンドール王国で、それに支配されない自由流通を引っさげて、タリオから幾つかの商会を連れてやってきた中心人物のマアに面会を求める者は多い。
しかし、マアはそれを可能な限り断るということにしていた。
面倒だということもあるが、マアには敵も多い。
不用意な隙を作りたくはない。
対外的には、脚が悪いということにしているが、実際にはそれほどでもない。
だが、六十歳をすぎたマアの年齢では、積極的に表に出ないことについて、違和感を覚える者は少ないだろう。
マアは、読んでいた商売に関する報告書を机上にある処置済みの棚に置いてから、部屋にある窓から空を見た。
ここは、ハロンドール王都ハロルドの中心部にある自由商会連合の会議所だ。マア商会と通称されている商会の事務室も兼ねている。
マアの住まいは、この会議所の事務室にある。私室部分は事務室の奥の小さな部屋だ。
そこに、寝台があり、衣装棚があり、大きな化粧机がある。
なんの愉しみもない生活だが、化粧だけが道楽といえば道楽だろうか。自分の自由になるお金は、ほとんど化粧道具に費やしているといっても過言ではない。
とにかく、ハロンドールにやって来てから一年近くになるが、タリオ公国で過ごしていた頃から、この流儀であり、マアは自宅というものを持った覚えがない。
なにしろ、タリオ公国の商業ギルドの事務員だった少女時代から始まり、ギルドの中で出世し、自分の商家を立ちあげ発展させ、いまのタリオ大公が公国内の商業ギルドを解散させて、自由流通市場を導入して、マアの商家が商会に組織を改めるという激動の時代のあいだ、マアはずっとその第一線に存在し続けてきた。
恋人のような相手は何人かいたが、ついに家族というものを得るに至らなかった。まあ、それも巡り合わせだろうが……。
だから、わざわざ、屋敷のようなものを構える必要性を見出せない。
家族らしい家族といえば、事務室の中で我が物顔でくつろいでいる五匹ほどの猫だ。
部下には迷惑かもしれないが、この歳まで仕事に開けれ暮れていたマアの我が儘のひとつとして、事務室内で猫を飼わせてもらっている。
いずれにしても、仕事が終わって、屋敷に戻るという時間も面倒だし、こうやって仕事場を住まいにしている。
窓から見える陽は、中天にもう少しで届くというところだった。
今日は、王妃のアネルザが訪問をすると言ってきた日だ。
面談の予定は午後ということだったから、まだしばらくはある。
だが、一体全体、なにをしに来るのだろう。
ほとんどの面談希望は、理由をつけて断り、用件は手紙で欲しいと促すのだが、今回は、かなり強硬でほとんど脅迫に近かった。
そのくせ、肝心の用件は判然とせず、ただ、マアのためになる話だと主張してくるばかりだった。
だが、さすがに、王妃からの面談を断るわけにもいかず、ついに今日会うということになっていた。
それにしても、我儘王妃で有名なアネルザが、宮殿に呼びつけるのではなく、わざわざ、ここにやって来るというのだから、珍しいこともあるものだと思っている。
マアは、机上の書類に意識を戻し、次の書類を取った。
次の文書は手紙であり、キシダイン卿からの金の要求である。色々と書いているが、要するに賂の請求だ。
面倒な話のようだ。
マアは嘆息した。
商業ギルドが支配しているハロンドールにおいて、ギルドに属することなく、商売をする「自由流通」を掲げている商会群がこの国の商業に参入できたのは、ハロルド公キシダイン卿のおかげである。
それは認める。
しかし、それに対する賄賂の要求の度がだんだんと度を越してくるようになってきている。
この手紙に書かれている内容の額など巨大なものだ。
どうしたものだろうか……。
マアたちタリオ公国からやってきた「商会」という名の豪商たちが一団となって、この国に求めているのは、この国に残っている商業ギルドを廃止して専売制の撤廃をすることだ。
商業ギルドというのは、まさに専売制による商業制度であり、商業のことごとくをギルドが支配し、その販売をギルドが押さえ、もしも、ギルドに属さずに勝手に売り買いをしたものがいれば、厳しく罰するという旧態依然の仕組みだ。
罰するのは国王であり、つまりは各地の代官や領主ということになる。あるいは、商業ギルド自身が襲撃者を雇って、ギルド外の商売を打ち壊すのだ。もちろん、商業ギルドのやった暴力が咎められることはない。
ところが、ハロルド公として、この王都の治政を司っているキシダイン卿は、王都に限り、商業ギルドによる専売を廃止する通達を出したのである。
そのおかげで、タリオ公国からやって来たマアたち自由流通の商人たちは、この王都で商売をすることができるようになったということだ。
マアたち自由流通制度より取引をする商会の集団を「自由商会連合」としてまとめているのが、マアでもある。
当然に商業ギルドの反感は、キシダイン卿にも向かうし、マアたち自由商会連合にも向かう。
だが、いまやキシダイン卿は、かなりの権力を持っているのみならず、自分の息のかかった傭兵団を王都に数個入れたりしており、商業ギルドになにも言わせない武力がある。
それで、商業ギルドも、さすがにキシダイン卿に逆らってまで、制裁のようなものは発動できないでいる。
マアたちからしても、そのような商業ギルドの力が強い土地で、それに逆らうやり方で商売をする危険は認識しているが、なんといっても、ハロンドールは大国だ。
いまは王都限定ではあるが、それでも、かなりの商売規模だし、さらに、キシダイン卿が国王になって、王国全部から商業ギルドが廃止されれば、自由流通はこの国全体に拡がるだろう。
そうなったら、とんでもない商業規模となり、大量の利益も見込める。
マアたちとしては、キシダイン卿大歓迎だ。この国の後継者がまだ未定であることは承知しているが、是非とも、次期国王になってもらいたい。
キシダイン卿を引きたてることは、自由流通商会としても、絶対に必要な先行投資ではある。
「だがのう……」
マアはキシダイン卿からの手紙にもう一度目をやり、またもや嘆息してしまった。
最近では求めてくる贈賄の額も桁外れになったし、求め方も露骨だ。
今日の手紙にあったものなど常識外の額だ。
こんなに支払えるわけがない。
将来への望みがあるから、求めに応じて出してはいるが、ここしばらくは、この国の王都で得た商売のほとんどの利益をこのキシダインに吸いあげられているという状況に近くなっている。
これでは、商売もままならない。
「まあ、出さねばならんだろうが、いくらなんでもこれは……」
マアはひとりごとを言った。
言われたものを出さなければ、あのキシダインのことだ。これまで認めてきた自由流通などあっさりと禁止に戻して、商業ギルドの権利を復活させるだろう。
もちろん、商業ギルドからの大きな見返りは求めるだろうが……。
マアは、キシダインの手紙にあったものについては保留するように指示することにした。とにかく、払わないとは言わないが、額は減額してもらうしかない。
いずれにしても、少し話し合いが必要だ。
そのための指示書を書こうとして、インク壺が切れていることに気がついた。
机の引き出しから新しいインク壺を出し、ペンに浸そうとして首を傾げた。
「んっ?」
だが、やがて、鈴を鳴らして使用人を呼んだ。
入ってきたのは、マアの身の回りの世話をしている若い娘だ。
「厨房に行って、生肉の残りをちょっともらってきてくれるかい? それと、戻るときには、ラレンも一緒に連れてきておくれ。」
「はい、かしこまりました」
部屋にいる猫の餌だと思っただろう。
実際に、マアはその肉は猫にあげるつもりだった。だが、ラレンを伴って戻れという指示には首を傾げている様子だ。
ラレンというのは、マアの腹心ともいえる部下であり、長年マアに仕えてもらっている男だ。
マアがひとりで商家を構えた時代に、店で働かせる小僧として引き取った子供であり、いまでは四十過ぎの男になった。
すでに一人前の商売人であり、いまではマアの右腕だ。
五年前に若い娘を妻にして、ふたりの子供がいる。
マアとは異なり、なかなかの家族想いであり、今回のハロンドール進出に際しても、家族を帯同させて、商会の近くに家を構えている。
ほどなく、娘とラレンが戻ってきた。
「どうかしましたか、マア様?」
ラレンが言った。
「まあ、見ておいで」
ラレンを長椅子に座らせて、使用人の娘から皿に乗った肉片を受け取ると、さっき開けたばかりのインク壺に肉片を少し浸した。
「それはなんのまじないですか?」
ラレンは、生肉をインクに浸すという不思議な行為に笑っている。
「さあね」
マアは立ちあがると、五匹の猫の一匹を抱きあげて、インク液の浸った生肉を置いた皿をその猫の前に置く。
ほかの猫が近づいたが、それは追っ払う。
すぐに、その猫は生肉に飛びついたが、急に喉の奥から叫び声を出した。
そして、口から血を吐いてばったりと死んでしまった。
「や、やや、こ、これは?」
「ひいっ」
ラレンは立ちあがってびっくりしている。
使用人の若い娘に至っては、真っ蒼になり顔をひきつらせた。
「毒だね。これからは食材だけでなく、こういうものにも気をつけさせておくれ。あたしが、文字を書きながら指を舐める癖があるのを調べたんだろうね」
マアはインクに蓋を戻そうとしたが、ラレンが慌ててインクそのものをひったくった。
「これは調べます。猫も……」
「ああ……。そして、その後で葬っておくれ。これでもあたしの家族さ。あたしの代わりに死んだようなものだしね」
「わかりました」
ラレンが鈴で部下を呼んだ。
すぐに二、三人の部下が入ってきて、事情を説明されて目を丸くしている。男たちはラレンの指示を受けて、板のようなものをさらに持ってきて、インクとともに猫の死骸を運び出した。
また、使用人の娘も外に出される。
部屋に、ラレンとふたりきりになった。
「驚きました。インクに毒とは……。意表をついておりました。しかし、誰が……」
インク壺など、ただ瓶にインクを入れて油蓋をして紐で縛っているだけだ。
物を購ってから、どの段階でもインクに毒を混入できる。紐を解いても、毒を入れて紐を縛り直せば、まずわからない。
「まあ、この事務室内で働く者の誰かだろうねえ。インクに毒を混入させるのは簡単でも、それが確実にあたしのところに来るように処置できる者は多くはないさ。徹底的に調べな……。まあ、どうせ、その裏で指示をした者には辿り着かないだろうけどね」
「命を狙われる心当たりはありますか、マア様?」
「ははは、馬鹿かい、お前」
マアは声をあげて笑ってしまった。
「心当たりはありありさ。あたしらは、商業ギルドには恨まれている。あたしが死んだところで、自由商会連合が撤退することにはならないだろうけど、いまはあたしが商会の中心には変わりないんだ。とにかく、手足になった者だけでも見つけるんだ。そして、家族ともども完全に没落させな。脅迫されてやらされたとしても、これを許すと、繰り返しがあるからね」
「わかりました」
ラレンが頭をさげた。
*
意外なことに、王妃アネルザは護衛の衛兵の一個隊でも引き連れてやって来るのかと思ったが、一緒に来たのは、王都第三神殿の筆頭巫女のスクルズと、冒険者と思われるひと組の男女の三人だけだった。
しかも、王妃を出迎えた家人の耳打ちによれば、王妃は、前触れの使者を送ることなく、同行した三人とともに、突然に商会の表に現れたのだという。
マアは、第三神殿の筆頭巫女のスクルズと聞いて、おそらく移動術で跳躍してきたのだろうと察した。
スクルズといえば、王都一の魔道遣いの評判もある若い美貌の魔道遣いでもある。
移動術はお手のものだろう。
しかし、おかげで、王妃を表で迎えることができずに、この事務室まで乗り込まれてしまった。
マアは、ずかずかと事務室に入り込んできたアネルザに呆気にとられた。アネルザの後ろには、一緒に来たアネルザの連れがいて、さらにその後ろから商会の者たちが泡を喰って追いかけてきたという具合だ。
「これは失礼しました、王妃殿下。では、客室に……」
マアがアネルザを迎えることができたのは、この事務室でだ。
そのときには、すでにアネルザは、豪快な笑い声をさせながら、長椅子に座り込んでしまっていた。
「いや、ここで結構よ。これはお忍びよ。お忍び……。だから、儀礼は不要よ。それと、申し訳ないけど、ここでは飲み食いはしないわ。手続きと事前の食物調査なしで、自由に食べ物を口にもできないのよ。悪く思わないでおくれ。まあ、王妃稼業も不便なものさ。だから、全員さがらせてくれるかい?」
どうやら、人払いをしろと言っているようだ。
マアは、ラレンを除いて、全員にさがるように指示した。
ラレンは残り、閉められた扉の横の壁際に立つ。
次いでマアは、仕方なく王妃の正面に腰かけた。
すると、驚いたことに、アネルザの隣に冒険者だと思う男がいきなり座ったのだ。
スクルズともうひとりの冒険者風の女は、アネルザと男の後ろ側に立っている。
これには面食らった。
こいつは何者だろう?
冒険者など、本来であれば、正式の訪問であろうとなかろうと、王妃の前で腰をおろすなど許されない。ましてや、隣に座るなど。
だが、アネルザは文句をいう気配もない。
上機嫌そうに、にこにこしているだけだ。
一方で、もうひとりの冒険者風のエルフ美女は完全に護衛だとわかる。武芸と魔道ができるのがわかるし、身構えや視線の送り方に隙が無い。
いまも、マアとラレンに、鋭く気を配っている。
「マア、わたしは人払いを頼んだけどね」
アネルザがマアを睨む。
だが、マアは軽く肩を竦めただけだ。
「ラレンは、あたしの一部のようなものです。どんな会合でも、ラレンはあたしから離れません。あたしにも身を護る者が必要ですから、殿下」
マアは返した。
それにしても、しつこいから仕方なく、訪問を受けることに応じたが、なんの用なのだろう。
すると、スクルズが口を開いた。
「なんの問題もありません。存分にお話しください、ロウ様」
ロウ様……?
アネルザではなく、男に話しかけたのか?
しかし、次の瞬間、この部屋をなにかの結界のようなものが包むのがわかった。
マアも魔道力は高くないが、丸っきりの無能力者ではない。魔道が走ったくらいはわかる。
人払いを求めていたので、防音の結界かもしれない。
そして、驚くことに、ラレンが壁を背にしたまま、寝息をかき始めた。
スクルズが魔道で眠らせたのか?
「初めまして、ロウといいます。一介の冒険者ですが、イザベラ王女の代理人とでも思ってください。そして、突然の訪問をお許しください。マア様との会合を求めたのは俺です。でも、マア様はなかなか会うのは難しい人だとか……。それで、アネルザに仲介を頼んだんです」
ロウと名乗った男が言った。
マアはまたしても、びっくりしてしまった。
アネルザを呼び捨てだ。
そもそも、目の前の状態がおかしいのだ。誰であろうと、同じ長椅子のアネルザの横に誰かが座るということは、本来あってはならないことである。しかも、貴族ではないが、上級貴族の格式をも有する筆頭巫女のスクルズが立ち、ただの冒険者が腰かけるということが常識外れだ。
第一、アネルザ王妃にしても、スクルズにしても、随分とこのロウと親しそうである。
そのロウがマアをじっと見た。
マアはちょっと気後れする感情に襲われた。
相手が大公であろうと、国王そのものであろうとも、本当は物怖じなどしないマアである。
だが、なぜかこのロウがマアの顔を覗き込んだとき、なにもかも見透かされているような嫌な気持ちになった。
なんだ、これは……?
マアは思わず、眉をひそめた。
「フィーイの毒……」
すると、ロウがぽつりと言った。
フィーイの毒?
なんだ、それ?
フィーイの毒とは、エルニア産で生産される魔道毒の中で、極めて特殊なものであり、検知しにくいにもかかわらず、確実に人を殺せる致死性の高い毒だ。だが、かなり愉快な性質があり、魔道力の高い者には効果はないのだが、魔道力が低い者に対してだけ、致死性に変わるというものだ。
その愉快な性質から、やり方によって、毒味をかいくぐることもできるので、暗殺者の使う毒としては、比較的よく知られている。
もちろん、魔道力の高くないマアも注意している。
マアの食事の毒味は、魔道力の高い者とない者のふたりを使っているし、いつも猫を周りに置いているのもそのためだ。
この猫たちは、無臭の毒煙にも敏感に反応するように育成されていた特殊なものであり、人が倒れるよりも早く、猫に異常が起きる。
フィーイの毒の毒味も、この猫でもできる。
しかし、フィーイの毒がどうしたというのだろう?
「それが、なんだい?」
仕方なくマアは言った。
すると、男が首を横に振った。
「白だね。イザベラ姫様の名を出しても、フィーイの毒名を口にしても、まったく動揺がなかった。支配しているわけでもないから絶対じゃないけど、知らなかったんだろう」
ロウが言った。マアにではなく、王妃たちに語りかけたのだ。
「どういうことだい?」
さすがに、マアも訊ねた。
「面倒な話は抜きにしましょう……。最近のことですが、実はイザベラ王女がフィーイの毒で毒殺されかかりました。俺たちはクエストで、その犯人について調査をしています。その結果、当時の姫様の侍女と、彼女にそれらしき薬物を手渡した男に辿り着きました。それが……」
次いでロウはひとりの男の名を言った。
ロウが口にしたのは、マア商会に属する部下のひとりの名だった。
キシダインとの接触を担任させている男であり、今日の午前中に指示を送ったキシダインへの賂についても、その男に対するものだ。
マアは仰天した。
もちろん、顔には出さないようにしたが……。
「そんなに動揺しているということは、紛れもなく知らなかったようですね。まあ。信じましょう。でも、そいつは渡してもらいますよ。このまま連れていきます。別に強引に連れていってもよかったんですけど、一応筋は通そうと思いましてね。それに、あなたが黒幕の可能性もあった。俺としては、白でよかったと思います」
「ま、待て──」
マアは慌てていった。
心の動揺を見透かされるとは思わなかった。
だが、いきなりやってきて、部下を王女暗殺未遂の犯人として、連れていくなど承知できるものじゃない。
確かに、フィーイの毒は、鎖国中のエルニア王国の産物の魔道毒だが、タリオ公国にある商会本店を通じれば、手に入れられないことはないが……。
とにかく、真実かどうかはわからないが、あの男は仕事熱心な男だ。
毒を渡したとしても、おそらく、キシダインに迫られてやむなく渡したのだろう。そもそも、まさか、王女毒殺に使うとも思わなかったかもしれない。
いずれにしても、引き渡すのは、マアが直接に話を訊いてからだ。
いや、そうだとしても、引き渡しはしない。
なんとか、この場をやり過ごして、タリオにでも戻すか……。
しかし、逃がしたとあっては、この商会にまで捜査が……。
「待ちませんね。あっ、言っておきますけど、こうやって教えたのは、すでにその男の身柄は確保したはずだからです。俺の仲間は、エリカだけじゃないですしね。とにかく、口を割らせる方法はいくらでもあるし、拷問なんかしなくても、頭の中にあることをなにもかも、口にさせる手段はいくらでもあります。それでキシダインに辿り着くかどうかわかりませんけどね……。辿りついたところで、まあ、向こうも大して困りもしないかもしれませんし」
「な、なんだとっ」
マアは立ちあがりかけた。
しかし、いきなり細剣を突きつけられていた。
マアは全身を緊張させた。
顔から血の気が引くのがわかる。
「大人しくしなさい、あんた――。あんたがどう考えようが、あんたの部下がキシダインの求めに応じて、イザベラ姫様の侍女にフィーイの魔道毒をこっそりと渡したところまでは辿り着いたのよ。本来であれば、商会ごと潰すところよ──。一国の王女の毒殺未遂に関わっておいて、知りませんでしたじゃ済まないのよ──」
女エルフが剣を突きつけたまま怒鳴った。
しかし、マアは剣を突きつけられたことよりも、女エルフが怒鳴った内容にはっとした。
午前中に送られてきた常識外のキシダインからの賂の要求だ。
どうしていきなりと思ったが、あるいは、今回のことが背景になっているのではないだろうか……?
マアのその部下は、キシダインの求めに逆らえずに、フィーイの毒をこっそりとイザベラの侍女とやらに手渡した……。
このロウや王妃が持ってきた話が真実かどうかも不明だし、信用する材料が完全に不足しているが、考えてみれば、突然の桁違いのキシダインからの賂の要求は、なにかの変事がなければ不自然だ……。
もしかして、あれは、マアの部下に王女暗殺魔道薬を手伝わせたことで、弱みを握ったことによる要求か?
暗殺を手伝わせておいて、さらにそれを弱みに金銭を要求するというのは卑劣だが、あのキシダインという男なら、やりそうなことだ……。
つまりは……。
「まあ、剣を引けよ、エリカ……。だが、意図したものか、していないのかわからないが、致死量にはずっと乏しい量だった。それで、姫様は死ななくても済んだんだけどね……。まあ、調べはするけど、悪いようにはしないさ」
ロウがエルフ女に言って、剣をさげさせた。
さすがに、マアはがくりと全身を脱力させてしまった。
背中にはべっとりと汗をかいている。
どうやら限りなく追い詰められいる状況であることがわかってきた。
とにかく、この場を取り繕わなければ……。
考えていたのはそれだ。
いずれにせよ、この場を支配しているのは、王妃でもなく、ましてやスクルズじゃない。
このロウという男だ。
「待ってくれ。とにかく、あたしにも、彼と話をさせておくれ。ちゃんと調べた末に、やはりそれが事実だとわかれば、逃げも隠れもせん。ちゃんと当局に出頭する」
マアははっきりと言った。
だが、だんだんと真実なのではないかと思ってきてはいる。
心当たりがあるのだ。
商品の注文や移動に関する無数に近い書類がマアを通りすぎるけど、エルニア産の魔道関連品を沿岸諸国とタリオ本国経由でここに移送する注文書があった。
無論、フィーイの魔毒などとは書かれてなかったが、いまにして思うと不自然な物の動きだった。あれに紛れ込ませて、フィーイの魔毒を移入したか?
マアは、ロウたちが口に出した部下のことを考えた。キシダインの求めに応じて、逆らいきれずに魔道薬を提供するというのは、その男だったら、やりかねないと思った。追い詰められて、マアに相談しないのも、あいつならあり得る。
だが、アネルザが半分、怒ったように顔をしかめた。
「なにが当局だ。この王都の大抵のものは、キシダインが牛耳っておるわ。お前らが出頭したところで、放免されて終るだけではないか。そもそも、このままわたしらが戻れば、お前は、キシダインに泣き込み、知らぬ存ぜぬを決め込むだろう。だから、わざわざ、強引に乗り込んだのだ」
そのアネルザだ。
しかし、それでやっと冷静な部分が出てきた。
そもそも、キシダイン卿とイザベラ王女との後継者争いでは、王妃アネルザがキシダイン支持派の筆頭だったはずだ。
それが、なぜ、イザベラ王女の味方のような口ぶりなのだ?
「お、王妃殿下は、キシダイン卿と昵懇ではなかったのですか」
思わず言った。
そんなこと訊ねても、まともな答えなど戻るわけがないと思ったが、アネルザが豪快に笑う。
「秘密だが、イザベラの支持に寝返った。お前たちが、自由流通を推し進めるキシダインに運動資金を出しているのは知っておる。だが、あの男はあてにはならんぞ。それよりも、お前たちも王女に寝返りせよ。自由流通の発展性については、わたしが責任を持って、王女に説明する機会を作ってやる」
アネルザが言った。
マアはびっくりした。
キシダイン派で知られていた王妃は、すでにイザベラ王女の支持に?
「さて、それでどうしますか、ロウ様? 屋敷に連れていきますか? それともここで?」
すると、たったいままで剣を突きつけていたエルフ女が言った。
連れていく?
不穏な言葉に、マアは怪訝になった。
「あまり、時間もかけられないしな。どんなに誤魔化しても一ノスくらいしか粘れないだろう。ここでいいさ。調べによれば、奥がこのマア殿の寝室なんだろう? そこでいい」
すると、ロウが急に立ちあがった。
唖然とすることに、いきなりその場で服を脱ぎ始めた。
マアは呆気にとられた。
しかも、ほかの女も別段それを咎める様子もない。
それどころか、さっき、凄まじい殺気を見せたエルフ女が一転して、甲斐甲斐しくロウから脱いだものを受け取っては、それを畳んでいる。
「ま、待て、な、なにをする気だ」
マアは流石に立ちあがった。
だが、すでに上半身が裸体になっているロウが、逃げようとしたマアの片腕を掴む。
そして、ぐいと引き寄せて、反対の手でマアの胴体に腕を回して、後ろから抱きあげた。
「色々と調べさせてもらったけど、あんたの部下がやったことを糾弾するよりも、あんたを取り込んだ方がいろいろと都合がいいということがわかってね。あんたらの商会連合はキシダインの金庫のようなものだ。多くの運営資金はあんたらのところから、キシダイン側に流れている……。さっきもアネルザが言ったけど、だから、寝返ってもらう。あんたを取り込めば、キシダインの金の流れは遮断できるし、金のないイザベラ姫様の心強い資金源になる」
ロウが完全にマアを横抱きにした。
「う、うわっ」
脚を蹴ってもがくが、この年齢ではそれ以上の抵抗などできない。
そして、マアは部屋を横切って、奥に運ばれていく。
ロウが口にしていた、マアの寝台のある私室の扉の方向だ。
「お開けしますね」
スクルズがにこにこ微笑んだまま、先回りにして扉を開ける。
そのまま寝台に運ばれた。
「ま、まさか、あたしを犯すつもりかい──。あ、あたしは六十を越した老婆だよ」
マアはうつ伏せに寝台に押し伏せられた。
逃げようとしたが、背中をぐいと手で押されて、それだけで逃げられなくなってしまう。
「これでも女には慎みがない方でね。それに六十は老婆じゃないさ。せいぜい熟女だ。いずれにしても、大事な話はやることをやってからだ……。それと、なんの趣味もないあんただけど、化粧だけには金に糸目をつけないんだってね。俺に犯されれば、化粧など必要のない身体になる。請け負うよ……。人生をやりなおす機会をやろう……。その代わりに、俺の精を受け入れてもらう」
ロウがマアを押さえたまま、マアから腰の紐を抜いた。
マアは腰に飾り紐のような布紐をしていたのだ。
ロウがマアの両手を背中に捩じりあげて、両手を水平にさせると、マアから外した腰紐でさっと縛りあげてしまった。
「さあ、こうなったら諦めてもらいますよ。大人しく犯されてください。悲鳴だったら、いくら出してもいいですが無駄ですよ。スクルズが防音の結界を刻んだのは、すでに気がついていると思いますが」
ロウがマアの腰からスカートの留め具を外して、あっという間に腰からおろして、足首から抜いてしまった。
マアは下半身を下着だけにされ、悲鳴をあげてしまった。
「や、やめておくれ」
マアは叫んだ。
「悪魔と契約でもしたと思ってください。でも、この悪魔はあなたが被る恥辱に相応しい快楽と幸福を約束します」
ロウがマアの老いた太腿にすっと手を伸ばす。
その瞬間、これまでの人生で味わったことのない快感が沸き起こり、マアは完全に気が動転してしまった。